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晩酌

017


 俺は初老の執事に案内されて屋敷の応接室にいた。


「それでは、こちらの部屋でお待ち下さい」

「ああ」


 近くのソファに腰かけ、部屋にいたメイドにお茶を頼んで一服してた。俺がこの応接室に来て十数分といったところだろうか、応接室の扉が豪快に開いた。そこにいたのは数時間前にもあった美丈夫の姿があった。

そいつの名前はフィン。リーズ王国にある3つの公爵家の一つライヒシュタイン家の次男にして、第一騎士団を率いる騎士団長の補佐でこの前早朝からうちに突撃してきた張本人である。


「よく来たな!ユージン。何はともあれ先ずは場所を移動しようか。俺の部屋に来い」


そう言いながら早々に応接室を出ていったフィンを追いかけて彼の部屋に入ると、彼は既にソファに座っていた。テーブルの上には軽食とワインが用意されていて少しげんなりした。


(ああ......またコイツの晩酌に付き合わされるのか。まぁ、宿代だと思えばなんとか......)


「おい!ボッと突っ立ってないで早く座れ」


 俺は観念してその対面に腰掛けると、用意されていたグラスにワインを注いでグラスを手にした。


「それじゃ、俺達の出会いに」


 グラスを軽く合わせて、喉を湿らす程度にワインを口にした。普段口にしているものより遥かに上質なものだ。まるで絹のような舌触りで、まろやかな味わいだ。


「美味いな」

「そうだろう?折角だから良いのを選んだんだ」


 フィンは上機嫌に軽く肩を揺らしながら笑っていたが、急に笑いを止めた。


「それで?今日は昼間に一度来たんだろ。今度は一体どんな用事で?」

「あぁ、別に大したことじゃないんだ。ちょっと聞きたいことがあってな」

「ふぅん?」

「今日一か月ぶりぐらいに王都に来たが、なんだかやけに王都の雰囲気がピリピリしているから気になってな」

「ああ、そのことか」


 フィンは一気にグラスを傾けると一気に飲み干し、グラスにワインをドバっと注いだ。俺は相変わらず豪快な飲み方をする奴だなと思った。


「最近な上から変なお達しが来たんだよ。その内容っていうのがさ”亜人の取り締まりを強化せよ。罪状の真偽は問わない”ってのなんだよ。俺は部下の報告書にはちゃんと目を通しているし、現場に当たっている奴にも聞いてる。きな臭い話なんて一つもない。亜人供は寧ろ、神の従順な信者のようにおとなしくしてるんだぜ?ま、所詮獣ごときじゃ人間様には勝てないってことだな!」


 立て板に水のごとく次々と喋るフィンに俺は思わず目を見開いた。コイツは決して馬鹿じゃない、守るべきものは守る奴だ。


「おいもう酔ってんのか。フィン、そのこと機密なんじゃないのか」

「いや?別に。末端にまで知りわたっていることだ。もう部外者のお前が聞いたところで、今更どうにもならんしな。それに、最近は鬱憤を晴らせられる機会がないからな、みんな嬉々としてやってるさ」

「そうか......」


 俺は軽い動揺を誤魔化すために、グラスに口をつけた。気が付かぬ間に空になっていたようで、未開封のワインを開けて注いだ。フィンの奴はもうグラスを空けたようで、グラスを差し出し俺に暗に注げと催促してくる。俺は呆れながらなみなみと注いでやった。


「そういやぁ、ユージンのとこは兎も飼ってるんだったな。今日は違う奴みたいだったが。そりゃ少しは気にもなるか。まぁ、安心しな。基本的に取り締まってんのは不法に王都に住んでいるヤツらだけだからよ」

「そんなことは別に気にしてない。それより俺のつくった魔導具。一体()()使()()つもりなんだ?このことと関係してない訳ないよな?」


 フィンは上機嫌にグラスを傾けていたが、俺の言葉を聞いた途端、ストンと表情を落とし、こちらをじっと見つめた。


「さぁ?俺は頼まれて用意しただけだからな。普通にそのまま使うんじゃないか?」

「ドラゴンはいないのにか?」


 俺は探るような目線を向けると、フィンは困ったように肩をすくめた。


「そんなこと言われてもなぁ。上の意向だし。……それよりも、ユージン。お前こそ変だぞ?今まであそこに独りで住んでいたのに、奴隷なんて飼いだして。どういう風の吹き回しだ?俺たちがどんな奴を推薦しようとも雇わなかったくせに。しかも、少なくとも一匹は兎だろう?」


 フィンは軽く身を乗り出してずいっと顔を近づけて言った。顔は下世話な話をしているときの表情を浮かべていたが、目だけは感情が抜け落ちたみたいにがらんどうとしていた。


「何、ただの気まぐれだ」

「……ふぅん、そうかよ。しかし、なんだか話が重たいな。もっと楽しくいこうぜ折角飲んでいるんだからよ。あ!そういやぁ、聞いてくれよ。この前な――」


 フィンはソファに座り直すと、元の上機嫌な様子で話し始めた。彼の話はワインを口へ運ぶごとに段々と熱を帯びていった。彼がようやく話を止めたのは、酔いつぶれて寝てしまったときだ。

 俺は使用人たちにフィンを任せて、ようやく一息ついた時にはもう既に空は白み始めていた。途方もない疲労感に襲われている体が拒否しているのを無視して、メイドに二時間後には起こすように伝えた後、与えられた部屋で束の間の休息を取るべくベッドに体を横たえた。

 

(ロルはしっかりと寝られただろうか……)


 それだけを思うと、俺の意識は急速に暗転した。


◇◇◇


「んあ?あー……頭痛い。おい……誰かいないか?」

「お早うございます旦那様。薬をどうぞ、お水もこちらに」

「すまんな」


 俺は渡された薬を口に放り込み、水で一気に押し流した。暫くすると、ズキズキと痛む頭が嘘のように軽くなった。流石ユージンの作った魔法薬だ。俺は早速身支度をしていたが、ふと思い出したことがあったので、近くに控えていた執事に声をかけた。


「おい、昨日あのワインを用意したのは誰だ?」

「それは私でございます」

「あれはちゃんと自白剤の入ったワインだったよな?」

「それは旦那様も確認されていることかと」


 そう言われて昨日飲んだ味を思い出すと、確かに間違いではなかった。


「愚問だったな。忘れろ」


 身支度が済んだので、執務室に移動し人払いをした後、金庫の中からある書類を引っ張り出した。それの内容をもう一度眺めながら、あいつの泊まっているであろう部屋の方向に目を向ける。


「ふぅん……どうしようかなぁ」


 書類を片手に思考を巡らせていると、軽く扉をノックされた。書類を金庫に戻して許可を出すと、先ほどの執事が部屋に入ってきた。


「旦那様。お客様が帰られるそうですが」

「そうか。なら、見送ろう」


 俺は一旦考えることを放棄して、先ずは友人の帰宅を見送ろうと部屋を後にした。


ちょっと忙しかったので。

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