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色づき傾く空

015


 私は彼に手を引かれるまま大通りに出た。あの騒ぎからも随分離れ、ずっと鼻について離れなかった血の臭いも、大通りの雑多な臭いの中に紛れて分からなくなってしまった。少し暗くなり始め、ピークの時間帯を過ぎた大通りは人通りが疎らになって、朝のごちゃごちゃとした人混みと喧騒とは大違いだ。暫く歩いていると、王都の大通りの中央に位置する、大きな噴水のある広場に出た。ピーク時は出店などで賑わっているが、今は少し閑散としている。


「先ずは座ろうか。疲れただろうし」


 彼はそう言いながら、噴水の縁の指差した。


「旦那様......でも」

「今のロルは人の子供の姿で、しかも女の子で荷物も持ってるときた。それなのに何も持ってない俺だけが座る訳にもいかないだろう?」

「それもそうですが......」

「いいから」


 彼の言うことにも一理あるので仕方なく荷物を置いて噴水の縁に腰掛けようとしたときだった。


「ああ、これ使って」


 と言って彼から渡されたのは、白い無地のハンカチーフだった。彼がいつも持ち歩いているもので、なんの飾り気のないものだ。私は何の為に渡されたのか分からず困惑していると


「それを敷いて座りな。案外縁は汚れているからな」


 そう彼はなんてことは無い、いつもの口調で軽く言うと、縁を手で軽く払って腰掛けた。

 そのとき私の中の何かが酷く揺さぶられような、ガツンと殴られたような衝撃が走った。悪い気はせず、むしろ重く体の芯に響くようなものであった。初めて感じた未知の感覚に引きずられて、動くことができなかった。


「ふぅ......ん?ほら、どうした。さっさと座れ」


 深く腰を掛け一息着いた彼は私が微動だにしないのを、私が未だ遠慮しているとでも思ったのだろう。彼は有無を言わせない声色で言った。


「あっ……申し訳ありません。えっと……少し立ち眩みがして」

「そうか、大丈夫か?」

「はい、問題ありません。」


 私は内心の動揺を必死に押し込めて、精一杯平常であるかのように振舞った。彼から貰ったハンカチを敷くと、少し間を開けて彼の隣に座った。


「ふむ......今日は帰るのは止めておくか。今から帰ったら確実に真っ暗だ。」


 空を見上げてみると、空の端の方がオレンジに染まっているのが分かる。今から急いで行けば、何とか乗合馬車の最終便に間に合うか、といった微妙な時分だ。


「わ、私は平気ですよ?」

「無茶を言うな。さっき立ち眩みがするって言ってただろうに。それに、いつもよりも疲れているだろう?というか、俺もまだまだ寝不足でな。素直にどっか宿を押さえたい」


 彼はそういうと、伸びながら大きく欠伸をして目を擦った。そんな彼を見ていたら、気が抜けたのか立つのも億劫に感じるぐらいの疲労が全身を押し寄せてきた。

 1人で慣れない所に来て、慣れないことをして、不愉快な現場を見たからであろう。あの亜獣人の男のことは気がかりだが、今の私にできることは何一つない。私は今の私にできることをやるだけだ。

 そんな考えを頭の片隅に追いやりつつ、早く休みたいと思う気持ちが強くなっていたので、彼の提案に乗ることにした。


「それもそうですね。実を言うと私、クタクタなんですよ」

「フフっ、そうと決まれば宿を見つけるとするか」


そう言いながら、私達は立ち上がった。


◇◇◇


「あー、お客さん。すまないね!今日もう満室なんだ、夕飯ぐらい食っていくかい?」

「いや、早く宿を見つけなきゃだからな」

「そりゃそうだ。引き止めて悪いねお兄さん!またのお越しを」

「ああ」


 私は何度目かになる宿の店主と彼のやり取りを見ていた。今回もダメだったみたいだ。私は彼と一緒にその宿を出た。


「ふぅん、ダメだな。やっぱり宿を探すのが遅すぎたか」


 今日の宿を取るべく王都にある宿屋をいくつか回ったが、如何せん探すのが遅かったようで、どこも満室で空きのあるところがなかった。すっかり日は沈み、夜の闇が王都を包む中、居酒屋から漏れる明かりと街灯を頼りに道を歩いていた。


「もうこの際安宿でいいんじゃないのでしょうか。食事は何処かで済ませましょう」

「えー、藁嫌なんだよな。チクチクして全く眠れない」

「でも現状宿が取れてないのですから。もう選択肢がないのでありませんか?仕方ないですよ」

「いや、まだ無いわけじゃないんだが......」


 彼はそう歯切れの悪そうに言った。そんな彼に少し疑問に思いつつも、疲れ切っていた私は、あまり深く考えられなかった。


「まだアテがあるならそこに行きましょう旦那様」

「......まぁ、仕方ないか。……行くかぁ」


 そう言いつつ、方向転換をした彼の足取りが若干重かったのが少し気になったがやっと休めるかもしれないと思うとそんなことは気にならなかった。しかし少し歩いてから暫く経った後、私は嫌な予感がした。彼がある区画に向かって歩いているように感じたからだ。そんなことはないだろうと、思いつつ恐る恐る彼に問いかけた。


「あのう……旦那様。そちらは貴族の方々の住む高級邸宅区域ですよ。そちらに宿はないと思うのですが」

「そりゃ宿じゃないからな」

「え、まさか……」

「今日は知り合いの貴族の奴に泊めてもらうとする」


 彼は神妙な面持ちでそう言い放った。

最後ちょっと甘いですが。気が向いたら書きかえます。

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