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待ち人は

011


「はぁ......」


 私は綺麗に磨かれた床をモップに(もた)れ掛かりながら溜息をついた。私の全く汚れのない床にモップを走らせる姿は他の人から見たら、何故こいつは汚れてもいないのにモップ掛けをしているんだ、と困惑するだろう。私はただ彼から受けた『命令』を忠実に熟しているだけであった。

 奴隷が必ずと言っていいほど、主にかけられる隷属の魔術の一つには、主からの『命令』に対して強制力を持たせるものがある。術によってはそれを何度も拒絶すれば、最悪死に至るような強力なのもある。

 実際のところ私にはその手の中で最も弱い強制力しか発揮できないものであり、彼はそれすらも使わないような大変奇特な人であった。

 それなのに何故、私がそんな彼の『命令』とも呼べないものに抗うわけでもなく、淡々と従っているのか。それは至極単純な理由だった。


 私は二階のある一室に耳を傾けた。音は聞こえてくるが、相変わらず出てくる気配は全くない。


「はぁ............退屈」


 謎の王国騎士が彼に手紙を渡し、彼が作業室と呼んでいる部屋に閉じこもってから10日程が経った。しかし全く出てこないわけではないみたいで、夜遅くに階下から物音がするので、夜出ていてはいるのだろうが、昼間というか私の活動している時間に、部屋から出てきたことは一度もない。私への当てつけなのか。

 まあそれはいいとしても問題なのは、とても退屈であることだ。前貰った本は、もうとっくに読んでしまったし、仕事を全てやっても時間は余る。外出しようにも、彼の許可がないと遠出はできない。結果、やることもないので仕事でも……となったわけだが、大して汚れてもいない部屋を、毎日毎日磨くのもそろそろ苦痛になってきた。


「......前の環境に比べたら、それは雲泥の差なのだけれど......あ、もうお昼」


 そう思案しながら、ふと時計を見るともう昼食時間であった。モップを片付け、今日のメニューを考えつつ、貯蔵庫の中を探っているとあることに気がついた。


「あ、あれ?食料が全然ない......」


 豊富......とまではいかないが、昨日の夜まではまだ余裕があった食料は、もって2、3日といった程度しかなく、ずっと手をつけていなかった私の嫌いなものばかりになっていた。ここ数日娯楽と呼べるようなものが、もはや毎回の食事しかなかった私は、驚きのあまり床に膝をついた。


「な、なんで食料が......はっ!もしや、彼が夜中のうちに!それだ、それしか考えられない。彼に何とかしてもらわないと......!」


 私は居ても立っても居られず、作業室の扉の前に直行した。そして壊れるかもしれないのも気にせず、乱暴に扉を叩いた。しかし暫く待っても彼は出てくることはなく、私は途方に暮れて床に座り込んだ。


「......いったいどうすれば出てきてくれるの!?......やっぱり()()()()しかッ――」


 私がそんなことを考えているときであった。

 

 ガチャ


「んあぁぁ、やっっっと、終わったぁ。あれ?......ロル、どうした?」


 いくら押せど引けども開かなかった扉はあっさり開いて、大きな欠伸をしながら彼が出てきた。目元はくっきりとした隈ができていて、髪はボサボサ、全身には覇気がなく今にも寝てしまいそうであった。私は慌てて立ち上がって礼をした。



「お早うございます旦那様。大変お疲れのご様子ですね、私この数日の間、旦那様の事をずっと心配しておりましたよ。ええ、それはもう。それはさておいて、何かご用意しましょうか?」

「いや......いい。今、ものすごい眠い。起きてから、で」


 そういうと彼は頭痛でもあるのか、頭を押さえながら寝室の方へ向かって行こうとした。不味い、今寝られたらきっと一日は起きてこない。これ以上待たされるのも嫌だと思い、慌てて彼の前に立ち塞がった。


「あ?ああ......今お前の相手をしてやれるほど余裕はなくてな。後にしてくれ」

「旦那様。一つ、報告があるのです」

「なんだ?」

「今、貯蔵庫に全く余裕がなくてですね。至急買い足さなくてはいけない状況なのですよ」

「......ふむ。しかし、今ものすごく眠いんだが」

「私一人でも買い出しぐらい行けますよ、何度も連れていってもらっているので地理も完璧です」

「......いや」

「そこをなんとかお願い致します!」

「............分かった」


 彼はひとしきり唸りながら、ひげに覆われた顎に手を当てて考えていたが、私の必死さが伝わったのか彼は渋々といった様子で頷いた。私はお礼を言って、すぐさま外出の準備を整え、意気揚々と玄関を出ようとした。


「待て、ロル」

「はいなんでしょう」


 私は振り返ってそういうと彼は金属の輪っかを差し出して、私の手首にそれを通した。どうやらブレスレットのようだ。パッと見るとよくある普通の厚めのブレスレットだが、裏を見ると、魔術言語らしきものがびっしりと彫られている。私がしげしげと眺めていると彼が説明をし始めた。


「これは姿形を変える魔導具だ。お前は奴隷で獣人なんだから、主人がいないのに王都をうろついていると確実に衛兵に連れていかれるし、物もまともに買えないだろうから、これをつけとけ。人に見えるはずだ」

「は、はい」

「あと、首輪の魔術で遠くにいけないのにどうやって行こうとしてたんだ」

「そ、そうでしたね」


 彼はそういうと、私の首輪に触れた。ああ、それも忘れていた。王都に行けるのが嬉しすぎてすっぽりと頭から抜けていた。私が少し恥ずかしく感じていると、彼は更に続けた。


「間違っても、前断られた店には絶対入るなよ。行ったことのあるのだけだぞ。寄り道はするなよ、分かったか?」

「し、承知しております」


 私は心にもないことをにっこりとした笑顔で言うと、彼ははぁーと溜息をついた。


「まぁ、大丈夫だとは思うけど、気を付けていけ、ロル」

「行ってまいります、旦那様」


 私は彼に丁寧にお辞儀をすると、玄関の扉を開けた。


 この家に来てから初めて訪れた大きなチャンスだ、相変わらず命令をださない彼の忠告なんて守るわけがない。より多くの情報を手にして、できれば味方になってくれる人が欲しい。そう思いつつ私は歩を進めた。

話の転がし方がなかなか生まれてきませんでした。許してね。

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