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出会い

001


「......う......あ」


 遠のいていた意識が覚醒し、閉じていた重い瞼を開くとそこは、薄暗く冷たい石作りの部屋にある頑丈な檻の中。人の酷く鼻につく臭いが辺りを漂い、誰があげたかもわからないくぐもった声のようなものが聞こえる。そこはいつもの奴隷商店の管理部屋の檻の中だ。

 何度これは夢なのだと思ったことか、早く覚めればいいのにと願ったことか。今日も変わらぬ現実に絶望して、再び夢の中に帰るために瞼を落とし、意識を深く深く沈めていく。


 私は沈みゆく意識の中、いつものようにあの日のことを思い出した。私の日常が崩れ去った日のことを、私の故郷が失われた日のことを。

 私の故郷は、この王国の隣に存在したとある小国の田舎。私は兎の獣人が住む集落の族長の娘であった。当時の私は本を読むことが好きで、よく家の書庫に入り浸っては物語の世界に没頭していた。そんな私に対し、事あるごとに小言を言ってくる母様、苦笑して頭を撫でるだけの父様、やたらと外に連れ出そうとする兄様。あのときはとてもうっとうしく感じていたけど、今思えば、とても至福で幸福な毎日であった。


 そう、あの日が来るまでは。


◇◇◇


 その日は唐突に訪れた…というわけではなかったが、そんなことずっと先のことだと思っていた。隣の王国と大小少なからず小競り合いを起こしていたのは知っていたけれど、私たちの地域はそんな戦場より遠く離れていたことぐらいは知っていた。大きな戦いが起きたら避難しなくちゃいけないことぐらい分かっていたけれど、そんなことはすぐには起きないと周りの大人たちは言っていた。当時の私はそれらの言葉を盲目的に信じていて、王国のことなど頭の隅に追いやっていた。


 そんな危機感のない集落をある一人の王国兵が襲った。


 信じたくなかった。

 認めたくなかった。

 見たくなかった。聞きたくなかった。知りたくなかった。


 目の前で家々が燃えていくところを、あちこちから聞こえる慟哭(どうこく)、怒号、絶叫の数々を。

 近所に住むニコニコしたおじいさんが。いつも挨拶をするとお菓子をくれるお店の人が。先月子供が生まれたという若い夫婦が。そして、父様母様が。

 倒れ伏して二度と動かない姿を。

 たった一人の王国兵によって私の故郷は滅茶苦茶になってしまったのだということ。


 そんな中命からがら別の場所に逃れられて、私の種族の者達で所在が明らかになったのは、私を含めわずか数名であった。それだけ彼の者の力は強大であった、ということだ。


 なんの力もなくただ逃げるだけの自分が憎い。

 立ち向かうことすらできない自分が恨めしい。


 この日ほど、神を世界を運命を、そしてなりよりも、私の全てを奪っていった王国を呪った日はない。


◇◇◇


「......ッハ!」


 近くで何かの物音が気がして意識が戻ってしまった。目を凝らして辺りを見てみるが特に変わりはない。最近ずっとこうだ。夜の間、眠ろうとするたびに様々なものに過敏に反応して眠りとは言えないものと覚醒を繰り返し朝を迎える。たまに夢か現実か本気で分からなくなる。

 鉄格子越しの空を見てみると薄っすらと白み始めている、もう朝近い。私はもう寝るのはあきらめて、過去を回想しながらひたすらジッとしていることにした。


 その後、故郷を追われた私は近くの都市へ身を寄せ、少しでも敵を討つため従軍することになったが、戦争は瞬く間に激化し、破竹の勢いで攻めてくる王国を退けることができず、終には壊滅的な被害を受けた私たちの国は滅びた。国民の多くが奴隷として王国へ連れ去られることとなった。私もその例に漏れなかった。


 私達の一族、ネーデル一族は兎の獣人の中でも特異な一族だ。一族通して低身長、大人であろうと子供っぽい印象を受ける容姿。獣人にしては非力だが、魔術に明るいものが多い、そんな特殊な一族だ。私達が狙われてた理由も排出される魔術師が多いだとかその辺りだろう。実際、昔に国王直属まで上り詰めた者もいる。

 そんな特徴があるため労働奴隷にはならなかったが代わりに待っていたのは別の地獄だった。私達のような容姿を好む好事家に高額で買い取られては、慰み者になる日々だった。


 あの時のことを思い出すと未だに全身に耐えがたい悪寒が走り、全身を()(むし)りたくなる衝動に駆られて咄嗟に身をよじるが、生傷だらけの体からは今頃思い出したかのように、刺すような痛みが走る。思えばこれらの傷のいくつかはここに売られる前につけられてたものだ。

 私は王国の連中には決して屈しない立場を貫いていたので、買われる先々で反抗的な態度ばかりとっていた。その度に暴力を受けていたがそれでも屈せず、終には商店に売り戻されること繰り返していた。そんなことばかりしていたせいか最近は滅多に買い手がつかなくなった。


 ――グアァァン、グアァァン!

 突然金属同士が打ち付けられる音が辺りに鳴り響いた。


「オラァ!起きろ!さっさとしやがれ!」


 男はガンガンと檻を蹴飛ばしながら起床を告げる。今日の担当者は酷く不機嫌だ。不機嫌な様子を微塵も隠すことなく当たり散らしている。全くもって不愉快であったが、私は八つ当たりを避けるためにもすぐに起き上がった。誰か不幸な人がいたらしく、男の罵声とうめき声が聞こえてくる。しかし、そんなことは関係ない。巻き込まれないためにも他の者たちと同じように、檻の前に立ち次の指示を待つ。こんな環境に随分と慣らされたのだなとふと感じた私がとてもおかしく感じて、思わず笑みを浮かべた。


「ちッ。畜生がッなに笑ってんだッ!」

「!」


 見られたと思った瞬間、腹部に衝撃が走った。あまりの痛みにお腹を抱え、蹲ると今度は背中にパシンッという音と共に痛みが走り、痛みに耐えきれず口から悲鳴が洩れる。ひとしきり鞭で叩いたあと、男は(きびす)を返して他の者たちに指示を飛ばしていた。口の中は鉄の味しかしなかった。


 熱くなった傷跡にひんやりとした床が気持ちよく、思わず私はブラックアウトした。


 ――――――。


「――に寝てやがるッ!おい、てめぇ!」


 一瞬気を失っていたが、腹部を襲う痛みでたたき起こされ、次の衝撃に耐えようと身構えると、忌々しい商人の声が聞こえた。


「おい、さっさと商品を並べろ」

「わかってるよ、旦那。ちっ、起きろ」


 もう蹴られることがないことにほっとして、それから大人しく声の通りに従った。


「あぁ、これか。次で買い手がつかんようならそろそろ()()するかぁ?」

「お?いんですかい?」

「あぁ。こんな性格じゃもう買い手つかんだろう、飯代のムダにしかなんねぇだろ」

「ちげえねえ!」

「死にたくなかったら、買ってもらえるように頑張るんだぞぉ?」


 檻を叩きつけるように閉め、下衆な笑い声をあげながら去っていくのが分かったが、私の頭はそれを理解するのを拒んでいた。


 私が?

 このまま何もできずに?


「......ぃ......」


 私の意識は再び深い闇に落ちた。


――――。


 少しの間意識を失っていたが、人の気配を感じて目を開けそちらに目を向けて見ると、客であろう男が先ほどの下衆な奴と共に私を見ているところであった。黒目黒髪でこの辺りの人間には少し珍しい容姿であったその男は、今までの客とは違って、亜人と分かって眉をひそめ、他の奴隷を見るために立ち去るわけでもなく、下衆じみた表情でこちらを見るわけでなく、ただ一片の感情も表に出さない能面のような顔でこちらの様子をじっと観察していた。暫くの間じっと動かずそうしていたがおもむろに口を開いた。


「こいつにする」

「......ホントにこれでいいんですかい?人にしても亜人にしても、もっといいのを取り揃えておりますよ?言っちゃあなんですが、何をしても言うことを全く聞かないですよ?」

「ああ、問題ない。こいつでいい」

「はあ、そういうことなら、それなら――」


 男たちはいくつか言葉を交わして何やら取引をしていたが、再びその男はこちらを見て告げた。


「お前は今日から俺の奴隷だ」


 私はその言葉にどす黒い感情を覚えた。この瞬間は何度味わっても薄れることがなく、また慣れることがなかった。そしてそのたびに私は新たに誓うのであった。


 私の国を滅ぼした王国とその民に決して屈しはしないと、そしていつの日か奴隷を脱して私の故郷を焼き尽くしたあの王国兵に復讐を、王国に滅亡を!


 塗炭の苦しみを味わった一族の恨みを果たすためには、どんな責め苦を凌辱を受けてでも必ず――。


 そう、誓うのであった。

初投稿となります。気になったところなどありましたらどうぞご指摘ください!

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