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シンデレラタイムの終了

作者: 村岡みのり

訂正内容:保険でR15にしました。


令和元年12月10日(火)

加筆訂正を行いました。内容に変更はありません。




「私はお前との婚約を破棄する」


 目の前で広がる光景。それを見ているとにやつきそうになるが、必死に堪える。

 ああ、なんていいの。こんな簡単に、ゲーム通りの展開になるなんて!

 殿下から婚約破棄を言い渡された公爵令嬢の顔ったら! まさにこの世の絶望を味わっているようで気持ちいいわぁ。

 ここはゲームの中の世界なんだから、いくらアンタが嫌がらせしようと、ヒロインである私が殿下を選んだ時点でこうなることは決まっていたのよ! 無駄な努力ご苦労様でした。あはっ、ざまぁないわね。


「これでもう、私とお前を阻むものはなにもない。ずっと私の隣にいてくれ」

「はい、殿下……」


 祝福する皆に囲まれ、感極まる様に、王太子殿下の胸の中へ飛びこんだ。

 その瞬間拍手喝采に包まれ、聴き慣れたエンディングテーマも流れてきた気がした。


◇◇◇◇◇


 乙女ゲームの中に転生し、自分がヒロインだと分かった時から一番好きなキャラだった王太子ルートを私は歩んだ。

 ゲームの内容は単純。男爵家の娘であるヒロインが、普通なら結ばれない身分が高い相手との恋愛過程を楽しむゲーム。

 単純だからのめりこみ、ボイスも好きで繰り返し前世でプレイしていたから、ヒロインがどんな行動を選択すればよいのか覚えていた。その選択通りに行動するだけで、殿下からの寵愛を受けることに成功。本当チョロかったわ。味気ないくらいよ。

 殿下はゲーム通り公爵令嬢との婚約を破棄。新たに未来の妃として私を選んだ。

 ゲームの中と同じで最初は私たちの仲に難色を示した連中も、今では祝福してくれている。王や王妃なんて大した反対もせず、いとも簡単に私を受け入れてくれている。


 あはっ、なんて素晴らしい世界!

 あとは二年後に殿下と結婚式をあげて、さらに幸せになるだけね。

 ありがとう神様、こんな素敵な人生をプレゼントしてくれて。あはっ。


◇◇◇◇◇


 あるあるで殿下の学園卒業パーティーに合わせ婚約破棄は行われたけど、殿下より一つ学年が下の私はまだ学園生活を送っている。


「この順位……。とても王太子妃として皆に認められない成績ですね」


 攻略対象でもあり将来、殿下の側近を約束されている宰相の息子。ワゼルはテスト結果が発表されるなりそう言ってきた。


「でも……。私なりに頑張って……」


 この男は一見冷たいように見えて、その実は情熱キャラ。その二面性がいいと前世では一部のプレイヤーにウケていたが、王道テンプレ好きな私のタイプではない。

 だけどあまりに殿下がチョロいから、他の攻略者にもゲーム通り接したら、コイツらも私に好意を寄せてきた。

 ワゼルは誰より先に婚約破棄を行った攻略対象者。それだけ私のことを愛していると思うと、タイプではないけど悪い気はしない。一番かわいいペットって感じよね、あはっ。


「殿下と婚約されてから、頻繁に遊ばれていましたよね。お茶会に行かれる前に、やるべきことを成されるべきだったのではありませんか?」

「将来の王太子妃として、皆と交流を深めるのは必要だと思ったから……」


 反省しています。と言う感じに、しょんぼりと肩を落としながら上目づかいに許してと訴える。


「交流? 限定された者としか会わないことが?」

「なんで……? なんで、そんな冷たいことを言うの……? そんなことを言うあなたなんて、嫌いよ……」


 今度は拳を口元に当て、潤んだ瞳でお前を嫌いになるぞと宣言する。

 この男は毎回これで私を許す。本当チョロいんだよ、攻略対象者様。あはっ。


 今回もそうやって楽勝と思っていたのに……。


「事実を告げたまでです」


 冷たい視線を向けられ、そう言われた。


 思えばこの時からだ。ゲーム通りバラ色な世界だったのに、崩壊が始まったのは……。


◇◇◇◇◇


「殿下、少しは貴方からも注意を行ってください。将来の王妃の教養が臣下より遥かに劣っているなど、皆に示しがつきません。それに諸外国の方々に知られれば、我が国の恥となります」

「そう怒るな。ユレンも頑張っているではないか」

「……言い方を変えましょう。殿下とお会いする時間を減らし、その時間を勉学に費やすようにして下さい」


 城で殿下と楽しくお茶をしているとワゼルが乗りこんできた。

 せっかく殿下と楽しい時間を過ごしていたのに、とんだお邪魔虫が来たもんだ。

 コイツ最近、勉強しろしろとしつこくてウザイのよね。


「どうしたんだ、ワゼル。ついこの前までお前もユレンなら、今すぐにでも王妃になれると言っていたではないか」


 殿下は不思議そうな顔で尋ねる。


「あの頃は……っ」


 そこで一度言葉を切ると、ワゼルが頼んできた。


「ユレン様、席を外していただけませんか? 殿下と大切な話があります」


 ……嫌な予感がする。

 私は素直に応じる振りをしてバルコニーから外へ出ると……。

 室内からの死角に移動し、会話を盗み聞きすることにした。


「我ながらあの頃はどうかしていたとしか思えません。今なら断言できます。彼女は王妃の器たる人物ではありません。彼女との結婚はお考え直されるべきです」


 はあ⁉ たかが攻略対象者のくせに、ヒロインを貶めるような発言をするなんて信じられない! なんて奴……っ。たかがゲームキャラのくせして生意気よ!


「そうか? ユレンは素直で気さくな人物だ。それに優しいし、王妃としてやっていけるとも」

「目をお覚ましください! 彼女は愚か者です! 人によって態度も変え……」


 私はわなわな震え、壁に当てている指に力を込める。

 殿下は私への寵愛を失っていない。それなのにどうして⁉ どうしてワゼルはヒロインへの愛が消えているの⁉

 アンタは攻略対象なんだから、ヒロインへの愛を抱いて当たり前の存在なのよ‼ バグでも起きたの⁉ どういうことよ!


◇◇◇◇◇


「ワゼルはきっと、あなたが後々困らないよう憎まれ役になっているのですよ」


 騎士団長の息子チェイブは、変わらぬ優しい声で慰めてくれる。

 ほらね、やっぱりワゼルがおかしいのよ。ヒロインへの愛を失うなんてあいつ、バグったに違いないわ。あはっ。ゲームの中で一人狂うなんてかわいそうなヤツ。


「私は前のように、ワゼルとも仲良くやっていきたいのに……。嫌われたようで悲しいわ……」


 騎士道を幼い頃より父親から叩きこまれているチェイブは、優しく慰め続けてくれた。

 チェイブにまだ愛されていると確信し満足すると、彼と別れる。それから数刻後、校内を歩いていると……。


「仲良く、な……。無理だな。どうして彼女に盲信していたのか分からない」


 ワゼルの声が聞こえてきた。


「ああ、僕もだ」


 それに同意したのは、あの優しいチェイブだった。


「ワゼル。結局、婚約は結び直せたのかい?」

「いや、難航している。というか、無理だろう……。俺から婚約破棄を言い出したのに、今さらどういうつもりだと彼女も許してくれない」

「一時の気の迷いと言っても理解してくれないだろうな。あのなにかに操られていたような感覚は、体感した者にしか分からないだろう」

「お前が羨ましい。婚約破棄寸前までいったが、破棄していないだろ?」

「そうだけど……。やっぱり僕も彼女やご両親から信頼を失っている状態さ……。本当、どうしてあんなに彼女に惹かれていたのか分からない。僕が好きだったのは婚約者なのに」


 チェイブまで⁉

 あんなに私の味方をしてくれ慰めてくれたのに……! 一体、なにが起きているの⁉


◇◇◇◇◇


 それから次々と攻略者たちは好意を翻した。攻略者以外も殿下に考え直すよう説得する者が出始め……。私への態度を変えないのは殿下たち王家だけ……。


 この頃になり、ある恐怖に襲われていた。

 ひょっとして私、ゲーム本編で描かれた期間だけヒロインになれていたの?

 ゲーム本編は誰かと結ばれたら終わる。それで皆ゲーム補正から解き放され、好意を失っているの?

 私だから好きになったのではなく、『攻略者』だから『ヒロイン』を好きになっただけで……?

 世界そのもの、ゲーム補正の影響がなくなったとか……?


「……じゃあ、いつか殿下も……?」


 本編終了エンドロール後、結婚式スチルでゲームは完全に終わっていた。

 つまり結婚式が終わったら、殿下からの寵愛も失ってしまう、とか……?


「……嘘よ! そんなわけない!」


 殿下からの寵愛は本物よ! きっと彼だけは違うわ!


 それなのに不安は消えない。


◇◇◇◇◇


 結婚式を迎える前には、ついには国王と王妃からも冷たい目を向けられるようになった。


「なぜあのような教養のない娘との結婚を許可したのか、自分でも分からん……」


 ある日、国王と王妃の会話を聞いてしまう。


「王太子の熱に圧されたのではありませんか? 正直私もあの時は息子が恋人と結ばれることに喜び、冷静さを欠きました。王妃というよりも、ただの母であったように思います」

「……あの娘は王妃としてやっていけると思うか?」

「無理でしょう。王太子には元婚約者を側妻にするよう忠告しましたが、断られました。ただ彼女は異常な状態を前々から理解しており、万が一の際はいつでも城に来られるようにと、全ての結婚申込を断ってくれております」

「まさに鑑だな。それに比べて……。怠けてばかりだな、あの娘は」

「着飾ることにも興味はあるようですわ。大切なことを学ぼうとしないのに、困ったことです」


 二人が私を認めていない。

 信じられなかった。本編終了後もあんなに優しく祝福してくれたのに……。私が王太子に選ばれて嬉しい、元婚約者など必要ないと言っていたのに……。


◇◇◇◇◇


 結婚式当日。

 笑顔なのは私の家族と殿下だけ。私は怖くて体の震えが止まらなかった。


「こんなに震えて……。どうしたのかい、私の天使」

「……緊張して」

「私が隣にいるから、なにも心配することはない。緊張せず任せてくれ」


 怖い。この結婚式が終わればどうなるの? 彼からの寵愛を失ってしまうの?

 恐怖を抱えたまま式を終え……。

 そのまま問題なく初夜を迎え翌朝……。

 昨晩のことを思い出し、満たされていた。


 あはっ。あんなに愛されたのだから、彼から私への寵愛が失われることなんてないわね! 無駄な心配しちゃった! あはっ。


 二人で朝食を食べ、また夜となり……。


 以来、殿下と閨をともにしたことはない。


◇◇◇◇◇


 公式の行事が執り行われる時だけ、国民の前に王妃として立ち彼と夫婦のように振る舞う。

 だけど非公式のパーティーや普段の生活では夫に見向きもされず、彼の隣には元婚約者が当たり前のように居座っている。

 これではどちらが本妻だか分からない……。

 私は本来、愛人や側妻が住む離宮へ追いやられた。

 元婚約者は城で暮らし夫からの愛を受けている。

 なぜ? 途中まではゲーム通り進み、幸せだったのに……。

 もしエンディング終了後のスチルが老後だったら……。それまで彼からの寵愛を受けられ続けられたの?

 ゲームの時間が終わったから、ヒロインが存在しない普通の世界に戻ってしまったの?

 今では『王妃』として仕事をすることで離宮に住むことを許されている身。ただそれだけ。これじゃあ、なんのために……。攻略者たちと出会い恋に落ちる学園生活はなんだったの?


 その座から追い出したはずの彼女は彼の子を何人も産んだ。表向き、私の子どもとして……。あはは……。私は子を抱くことがないのにね。


「明日の新年の行事ですが……」


 説明を聞きながら、どうして私はここにいるのか考える。

 結婚式のスチルと最後のセリフから、結婚後も殿下と幸せに仲睦まじく暮らしたと思って当然じゃない? それが乙女ゲームのハッピーエンドってもんでしょう? ハッピーエンド後に不幸になるなんて創作物、誰も望んでいないわよ。

 ゲーム会社が、人生終了までちゃんと幸せな未来だったと描いてくれていたら……。

 ……ううん、もしゲームの通りに行動しただけでなく、あの女のように教養も身につけていたら……。本当の寵愛を受けられたのかしら……。


「リセット……。リセットしたい……」


 何度離宮で呟いただろう。

 だけどどんなに望んでもリセットされるわけがなく……。


 元ヒロインは寂しい日々を送るだけ。






お読み下さり、ありがとうございます。


書いていると、『あはっ』が脳内で繰り返されました……。


シンデレラタイムは、もちろん王太子との幸せな時間のことです。


追記(2022年9月18日)

漢字をわざと平仮名にしている箇所があります。

そういった所を誤字報告されても適用しませんので、ご了承下さい。

これは本作以外、全ての作品に言えることであります。

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[良い点] しっかりザマァされてるところ。 [一言] 王太子は確かに悪いですが、補正というか洗脳が解けたのが初夜直後だったのではないでしょうか? 洗脳が解けた瞬間に、色々と混乱してしまい、とりあえずの…
[一言] (UMAじゃ)ないです 「ヴィクトリア朝」「医療」「獣」「狩人」「クトゥルフ」あたりで検索して引っかかってくる死にゲーがあったら、それに出てくる神様的なナマモノの量産型的なアレです。 メイン…
[気になる点] タグが「バット」エンドになってたので、ヒロインがいつバットで撲殺されるのかと待ち望んでいたのに肩透かしを食らいました。 [一言] ゲーム補正の影響を受けてたってことは、どこかで上位存在…
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