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モンゴラ平原

 オーク討伐の実績収集を終えて再び街道を行くこと数刻、道中で遭遇する魔物のうちすぐに倒せるものは手早く片付け、時間が掛かりそうなものは遭遇を回避し、メガコッコを見つけては屠ろうとするみけの尻尾を引っ張り……そうして歩くうちに木々は徐々に密度を減らし、太陽が天頂から西に少し傾く頃には森を抜け、まばらに民家が建つ田園地帯を過ぎて大きな川に差し掛かる。

街道と河川が交差する場所にあるオーミアは渡船業者や運送業者が軒を連ね、多くの旅人が行き交う交易の街だ。


「さぁ、この川を渡ればモンゴラ平原だ」

「おっきい川にゃ〜 お魚獲れるかにゃ?」

「やっと休憩できるわね。お食事できるところはあるのかしら?」

「わたし お魚が良いにゃ」

「そうだな。オーミアは新鮮な魚と芋を揚げたものを塩と酢とシトラで味付けした物が名物料理らしいぞ」

「にゃ! それにするにゃ!」

「みけちゃん、はしゃいで迷子にならないようにしなさいよ」

「にゃ〜ん」


みけはぴょんと跳ねて実に猫耳民らしい返事をして軽い足取りで雑踏をすり抜けていく。


「おっちゃん! ユーリカちゃん! いいとこ見つけたにゃ!」


みけが指差す先には川が見渡せる場所にテーブルと椅子が並べられた屋台で、魚の形に切られた木の看板が吊り下げられ香ばしい香りが漂っている。


「みけちゃんって、こういうことには目聡いわね」

「まぁ、確かに良さそうだな」


 屋台の主人に名物料理を注文して空いているテーブルに着き、待ちきれずに足をパタパタさせるみけを眺めながら暫くすると、揚げた魚と芋の乗った皿が三つ運ばれてくる。


「あいよ、おまっとさん!」

「お待ちしてましたにゃん!」

「はは、ありがとよ。熱いから気をつけて食べておくれよ!」

「はいにゃ いただきますにゃあ! ……ふにゃ! あつあつ…… ふーふー」

「ふぅん、やっぱり猫耳民は猫舌だったか」


みけは元気よく愛想の良い主人に応えると、装備したフォークとナイフを使って熱々の魚料理と格闘を始め、耳をぴょこぴょこさせて揚げた魚を端から少しづつ齧る様子をユーリカが楽しげに見ている。


「おっちゃんのスキルがあればにゃあ…… ちらっ ちらっ」


相変わらず変な知恵が働く奴だな……

こんなところで甘やかしても仕方がない。上目遣いでちらちらとこちらに向ける視線を無視して自分の前の魚料理に手を付ける。

きつね色に揚げられた衣にナイフを入れるとサクッと軽い感触がして切り口から湯気が上がり、口に運ぶとサクサクとした衣に包まれた肉厚な白身魚の旨味を塩味と酸味とシトラの香りが引き立てる…… 美味い。流石、名物になるだけのことはあるな。

ユーリカを見ると魚には手を付けずに芋だけを少しづつ食べ、みけは魚を細かく切ってふーふーしながら幸せそうに頬張っている。


「ユーリカちゃん、お芋とお魚交換するにゃ」

「言うと思ったわ。お魚は上げるからお芋もちゃんと食べなさい」


そうして、いち早く魚だけを食べ終えたみけがまだ手付かずのユーリカの魚をじっと見つめながらおねだりし、ユーリカは呆れながらも「はい」とみけの方に皿を差し出す。


「にゃ〜 ユーリカちゃん優しいから大好きにゃ」

「もう、ほんとに調子良いんだから」


ユーリカはみけの言葉に目を細め、フォークとナイフを使って自分の皿に魚を移し替えようとしているみけを愛おしむようにぽんぽんと撫でる。


「ユーリカ、それだけでは足りないんじゃないか?」

「気にしないで。エルフは長寿だし、きっと人間よりエネルギーが効率が良いのよ」

「まぁそうかもしれないが、道中の食事に困るかもしれないからと、ミリア殿からこれを渡されていてな……」


傍らにおいた鞄から瓶を二つ取り出し、「なにかしら?」と不思議そうにするユーリカに手渡す。


「……瓶詰めのサラダと乾燥野菜? ふふ、二人が育てたお野菜、美味しかったから嬉しいわ」


色とりどりの野菜が詰まった瓶を見つめ、ユーリカは何かを思うように穏やかに微笑む。


「そうか。そう思って貰えればミリア殿も喜ぶ。乾燥野菜の方はまだいくつかあるから、暫くは困らないだろう」

「私、人間のこういう所が好きなの。エルフの社会から離れてつくづく思うわ」

「ふむ、ユーリカの人間臭さは、ときに人間以上に人間らしく思うぞ」


……いろいろな意味でな。


「そう? 有難う。褒めても見返りは出さないけど」

「ははは、それで良い」


ユーリカは乾燥野菜の瓶から幾つか摘んでみけの皿に乗せ、一つを齧ってからサラダの瓶空けた。



 食事と休憩を終えて屋台を離れ、船着場に向かって川岸を歩き、人の良さそうな番頭に声を掛ける。


「いらっしゃい、御一行さん。向こうまでの渡し賃は大人が二千ディル、子供が千ディル、大きな荷物が千ディルだよ」


ということは、大人三人に荷車一台で七千ディルか……


「それでは大人さんに……」


番頭に答えようとすると、それを止めるように袖をちょいちょいと引かれる。


「おっちゃん わたし おしっこもれそうなの……」


いつの間にかフードを被って尻尾を隠したみけがわざとらしくもじもじながら、ちらりと番頭の方を見る。

この手際は常習犯だな……


「ん? トイレはあそこの小屋だよ。可愛いお嬢ちゃん。漏れないうちに早くいってらっしゃい。 ……大人二人に子供一人に荷車一台だね」


すたこらと小屋に走っていくみけを見送るユーリカがはっと気づく。


「はっ!? わ、私もお花摘みに……」

「あいよ、いってらっしゃい。エルフの姉ちゃん。 ……それじゃ、合計六千ディルね」

「くっ……」


みけに遅れを取ったユーリカは悔しそうに下唇を噛んで、みけに続いて小屋に駆けていった。


「ああ、六千ディルだな……」

「うん、ぴったりだね。ありがとよ。船を着けるからちょっと待ってておくれ」


その後船に乗り川を渡る間中、ごきげんな様子で川の中を覗き込んで魚を探すみけをよそにユーリカは不機嫌にしていた。



◇◇◇◇◇◇



船を降りて対岸の街から出ると、そこはすぐに地平線まで一面緑に覆い尽くされた広大な草原が広がる。ここが今回の依頼の目的地、モンゴラ平原だ。


「にゃにゃ! 広い! 何もにゃい! 草ばっかり!」


みけは快晴の空の下で青々と茂る草原に大はしゃぎで寝転び、気持ちよさそうにゴロゴロ転がる。


「みけちゃん、すぐにごろごろしないの。もう、顔中草まみれじゃない」

「にゃ〜 顔中草まみれにゃ」


……なんだろう、この流れは?


「……遊んでいないで先を急ぐぞ」

「その前に、依頼書と地図を見せてもらえるかしら?」

「ああ、……これだ」


みけを放って話しかけてくるユーリカに従って書類を渡すと、ペンを出して地図に何か書き込んでいく。


「黄金リコリスは日当たりの良い丘に、アクアミントは水辺で、月光草は背の高い草に隠れて生えるから……」

「ジンギスホーン!」

「ジンギスホーンはおまけでしょ 運ぶのが大変だから一番最後よ。 ……となると、ミールの街の近くで主食のホーリークローバーが生えるとしたらこの辺っと。 ……よし、こんなものかしら?」

「なるほど。これなら依頼の薬草を効率よく集められるな」

「ジンギスホーンも街の近くで狩れるにゃ」

「ま、エルフですもの。これくらいは当然よ」

「さすが年のこ……んにゅ エルフは凄いにゃ〜」


言葉には気をつけるんだぞ。みけ。


「良かったな、みけ」

「にゃ!」

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