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はじめての三人旅

 イストラの街を出て数刻、モンゴラ平原へと向かう街道では魔物と出会うこともなく郊外の田園地帯を抜け、管理された林を通り、穏やかな道のりが続く。


 みけは相変わらず荷車の上で丸くなってすやすやとよく眠り、ユーリカは時折みけの頭を撫でたり尻尾を掴んだりしながらのんびりと傍らをついて歩いている。


「それにしても、よく眠るわね」


元凶となったユーリカが他人事のように悪びれる様子もなく言う。


「君が一晩中構っていたのが原因だろう。だが、まぁ、普段から一日の半分は寝ているな」

「お気楽な民族よねぇ よく冒険者が務まるもんだわ。……可愛いから許すけど」


そういう問題なのか?


「他人が痛い思いをするのが(つら)いから治癒師(ヒーラー)になったと言っていたな。適正は無いようで回復力はあまり期待できないが、優しい子だ」

「優しさだけじゃ仲間は護れないわ。そうでしょ? おじさん」


その通りだ、だが……


「いや、優さがなければ仲間を護れない。そうだろう? ユーリカ」

「……ええ、そうね」


ユーリカは少し声を落とし、納得したように応えた。



 鳥のさえずりが響き、木々が風にざわめく中、沈黙の時間が続く。

林の木々は街道を進むにつれ密度を増し、行く手は少しづつ登り勾配が付き始める。


「これから山越えになる。少し休憩しようか」

「そうね、良い頃合いかしら。 ……ほら、みけちゃん、起きなさい」


ユーリカがゆさゆさと肩をゆすると気持ちよさそうにごろんと寝返りを打つ。

みけ、早く起きないと玩具にされるぞ。


「むにゃむにゃ……」

「ほーら、ぷにぷに~ えい!」


そうこうしているうちに痺れを切らせたユーリカが中々起きないみけの頬をむにむにと摘まんで引っ張る。


「みゃ! ふにゅふにゅ…… にゃぁ? もう着いたの?」

「そんなわけないでしょ いつまで寝る気なのよ」


みけがびっくりして跳び起き、まだ眠そうな目をこすりながら耳と尻尾をだらりと垂らして言うのんきな言葉に、ユーリカの鋭い突込みが飛ぶ。


「うにゅ~ 気持ち良いお天気にゃあ」


みけはというとユーリカの言葉も右から左で、伸びをしながら大あくびしている。

しょうがない奴だ。


「ほら、みけ、昼食休憩にするぞ」

「ごはん~!」


みけはそう言ってはしゃぎながら耳をと尻尾をピンと立てて、荷車からぴょんと跳び下りた。


「もう、お年頃の女の子なんだから、もっとちゃんとしなきゃダメよ」

「はいにゃ」


ユーリカがみけの頭をぽんぽんしてたしなめると、みけも素直に返事をする。

少々キツい所はあるが、この優しく面倒見の良い性格は未熟者のみけにとっても、二人だけだったこのパーティにとっても、大きな助けになるだろう。


「二人とも、手伝ってくれるか?」


街道の脇の少し開けた場所に荷車の掛け布を敷物代わりに地面に広げると、みけは早速敷物の上でゴロゴロし始める。


「こら、さっき言ったばかりでしょ」

「ぎにゃ!」


尻尾を引っ張られたみけが飛び上がり、正座の姿勢で着地をする。


「ごめんにゃさい」

「わかればよろしい」


まだまだ先は思いやられるが……


「おっちゃん、ご飯食べて良い?」

「ああ、日が暮れないうちに山を二つ越えた宿場町に到着しないといけないから、しっかり食べて、この先はちゃんと自分で歩くんだぞ」

「は~い。 いただきますにゃ」


みけは食糧を入れた袋に手を伸ばし、蝋引き紙に包まれたビスケットと干し肉を取り出してそれぞれを片手ずつに持って美味しそうに齧り始める。


「ユーリカも食べると良い」

「ありがとう。頂くわ」


ユーリカはみけが目の前に広げた蝋引き紙に乗ったビスケットを何枚か取って白いハンカチの上に乗せ、自分の荷物から色とりどりの野菜を茹でて乾燥させたものが入った瓶を取り出す。


「みけちゃんも食べる? 私が育てたお野菜で作ったの。美味しいわよ」

「猫耳民は肉食だから野菜なんか食べないにゃ」


みけは干し肉を噛み千切るのを中断してユーリカににべもなく答える。


「あっそ、じゃあこっちもいらないわね」


そう言ってドライフルーツの入った別の瓶を見せびらかすようにチラリと袋から覗かせる。


「にゃーん! そっちは食べるにゃ」

「猫耳民は肉食なんでしょ?」

「ユーリカちゃんの意地悪~」


パーティとは良いものだ。じゃれ合う二人を見てつくづくそう思う。


「私も貰って良いかな?」

「ええ、もちろんよ」


差し出された瓶からスティック状の野菜を摘まんで一口齧ると、素材そのものの甘みと風味が口に広がる。


「ほう、美味いな」

「当然。エルフの伝統食のドライサラダよ。 ほら、栄養あるからみけちゃんも食べなさい」

「いらにゃい。猫耳民が野菜を食べないのはエルフがお肉を食べないのとおんなじなのにゃあ」


みけは屁理屈を言いながらプイとそっぽを向く。

いい加減にしないと怖いお姉さんが怒りだすぞ。


「ただの好き嫌いでしょ 一緒にしないで頂戴」


……と思ったが、ユーリカは大人の対応でさらりと返す。

さすが年の功だ。これを言ったらみけではなく私の方が怒られるだろうが……


「みけ、騙されたと思って食べてみると良い。本当にうまいぞ」

「う~ん、カボチャなら食べやすいかしら?」


みけは二人に見られながら「はい」と渡されたカボチャのスティックを嫌そうに受け取って暫く見つめている。


「うにゅ~ ……かぷ」


おっ、食べた。えらいぞ、みけ。


「にゃ! おいしいにゃあ」

「それじゃ、もっとあげる」


さっきまでだらりと垂らしていた耳と尻尾をピンと立てて、ユーリカから貰ったドライサラダを一所懸命がじがじ齧っている。

なんともわかりやすい子だ。


「えらいえらい。タマネギのも美味しいわよ」

「んにゅ。それはホントに食べられにゃいの」


みけは真顔で返事をする。これは多分嘘ではないのだろう。


「ふふふ、じゃあ、『猫耳民は野菜を食べない』っていうのは本当じゃなかったのかしらねぇ」

「にゃ!? ユーリカちゃん、ずっこいにゃ!」


楽し気に笑うユーリカにぷぅと頬を膨らませる。


「ははは、その前からばればれだったぞ。でも、ちゃんと野菜も食べられたじゃないか」

「おっちゃんも意地悪にゃ~」

「冒険者たるもの好き嫌いは良くないぞ」

「じゃあ、ユーリカちゃんもお肉食べるにゃあ」

「ふむ、そうだな。それじゃあ、みけの干し肉をユーリカに食べてもらうとするか」

「……やっぱりユーリカちゃんは野菜だけで良いにゃ」

「ふぅん、おじさんもなかなかやるじゃないの」



 太陽がちょうど真上を通過する頃、食事を終えて満足したみけがユーリカの膝枕で昼寝し、ユーリカもみけの頭を撫でながらのんびりとした時間を過ごしている。


「相変わらずよく寝るわねぇ」


みけの寝顔を見て穏やかな表情で目を細める。


「みけの事ではずいぶん世話になっているな。この子も君に懐いているようで何よりだ」

「みけちゃんは大切な仲間ですもの」

「仲間というよりも、なんだか親子という感じだな」

「やめてよ。強いて言うなら姉妹かしら?」


確かにみけはどう見ても子供だし、エルフであるユーリカも黙っていれば十代にも見えるが……

黙っていれば、だな。

「……そういうことにしておこう」

「引っ掛かる言い方だけど、まぁいいわ。 ……ところで、二人とも今まで一体どうやって依頼をこなしてたの?」

「私一人の力で何とか倒せる討伐対象(あいて)の依頼だけでなんとかやっていたが、正直に言うと限界を感じていたところだ。君が加入してくれて助かっているよ」

「まだこのパーティーで一度も依頼をこなしていないし、お互いのことを何も知らないけど?」


ユーリカは疑問を口にしながら頬杖を突くように頬に手を当てて首を傾げる。


「その子の事だ。私一人ではどうしても持て余してしまうというか、甘やかしてしまうというか…… 私では冒険者として成長するには良いパートナーにはなれそうもないからな」

「ま、そうかも知れないわね。『治癒師(ヒーラー)泣かせ』のオッジ・オールドマンさん」

「……知っていたのか」


長くこの稼業をしている冒険者ならば渾名や二つ名が付くことも珍しくはない。誇れるものから不名誉なものまで様々ではあるが、『治癒師(ヒーラー)泣かせ』は特に不本意なものだ。


「噂には聞いているわ。 ……どこまで本当かは知らないけど」

「試してみるか?」

「そのうち嫌でも見ることになるでしょ 何もない時に仲間を傷付ける趣味は無いわ」


曇らせた表情と含みのある言い方が気になる。


「何かある時には?」

「傷つけるかもしれないわね。私、纏魔師(エンチャンター)には向いてないの。魔力が強すぎて仲間への負担が大き過ぎるから。 ……かといって魔導士(ウィザード)の適正もないみたいだし」

「戦闘で必要なら纏魔(エンチャント)の代償は引き受けるべきだろう」

「おじさんみたいな人ばかりだと良いんだけれど。 ……このパーティーで戦闘するのを楽しみにしてるわ」


少し寂しそうに笑うユーリカにチクリと心が痛む。

私は彼女に思い違いをしていたようだ。



 道具の整理と武具の手入れも終えたが、みけは相変わらずユーリカの膝枕で気持ちよさそうに寝息を立てている。

陽が落ちるまでに宿場にたどり着くには、そろそろ出発しないと――


「にゃっ! 何かいる!?」

「わっ! びっくりするじゃないの」


突然みけがユーリカの膝からがばっと頭を上げ、立てた耳を動かして周囲を警戒する。


「魔物か?」

「メガコッコ! あそこにいるにゃ」


声を潜めたみけが指差す先をよく見ると、人が隠れるくらいの茂みの上から赤いトサカがちらりと見えた。野生化した鶏が魔性を帯びて巨大化した魔物、メガコッコだ。


「ホントだ。よく見つけるわね。 こっちにはまだ気づいてないみたいだけど、どうするの?」

「こちらから何かしなければ害はない。ここは無視しして出発しよう」

「んにゃ、狩るにゃ!」

「みけちゃん、言う事聞きなさい」


みけはじっとメガコッコを見つめて全意識を集中させ、ユーリカの声も届いていないようだ。


「仕方ない、倒すか。ここで放置すれば人を襲うかもしれん」


鎧通し(スティレット)を抜いて、みけと同じようにメガコッコに注視する。


「全く、甘いんだから…… 私は手伝わないからね。メガコッコくらい二人で倒しなさい」

「わたし一人で大丈夫にゃ!」


対応を考えているうちに、みけがそう言って足音も立てずにメガコッコに向かって一直線に走り出す。


「ちょっと、待ちなさい! みけちゃん!」

「『君の痛みは私の物(ペインディール)』!」


メガコッコが殺気に気付いた瞬間に、みけは走り出した勢いを落とすことなくぴょんと飛び跳ねる。


「ねこパラライザー!」

「コケェェェ!」


みけは跳んだ瞬間にかざした手のひらから青白い電光を放ち、相手を見失って戸惑っているメガコッコに浴びせかけ、そのまま茂みの奥に消えて行った。


「は? 何今の?」


ユーリカは困惑しているが慌てる様子もなく、みけが消えて行った茂みの方を見つめている。


「怪我はしていないようだが……」

「謎だわ」


ペインディールによるダメージは受けておらず、茂みもざわざわと小さな物音がするだけで戦闘している様子もない。


「見に行くか」

「そうね」


二人で顔を見合わせて、三毛が消えていった茂みの方へ歩み寄る。


「みけ、大丈夫か?」

「だいじょぶにゃ」


茂みを抜けるとみけがメガコッコに馬乗りになって首を絞めている最中だった。


「はぁ…… どうするのよ、それ?」

「貴重な蛋白源にゃ」


電撃で麻痺したメガコッコの喉にみけの両親指が深くめり込んで、一見して絶命寸前だとわかる。

食べるつもりで狩ったのか……


「もう、これから山越えするのにそんなに大きな死体運べないでしょ?」


みけの返事を聞いて嫌な顔をしながらユーリカが叱りつける。


「みけもくるま押すの手伝うにゃ」


そう言いながら腰に差した小さなナイフでメガコッコの喉を切り裂くと傷口から大量の血が噴き出す。どうやらかなり手慣れているようだ。


「まぁ、その大きさならこの依頼の経費くらいは賄えるか。随分手慣れているようだが、誰かに教わったのか?」

「パパから教わったのにゃ~ 猫耳民たるものこのくらいの獲物は自分で狩りなさい。って」

「……猫耳民らしいわねぇ そういえば随分昔に男の猫耳民と一緒のパーティーだったことあるけど、全然言うこと聞かないし大変なことだらけだったわ」


と話している間にもばりばり羽毛をむしって、あたりがメガコッコの羽毛だらけになっている。

とてもじゃないが治癒師(ヒーラー)がやることとは思えない光景だな。


「おっちゃんも手伝うにゃ」

「ああ、仕方ないな」


協力して大方の羽毛を抜き終えると、みけはナイフで器用に内蔵を傷つけないように腹を切り開いて喉と肛門に繋がる部分を切り離して内蔵を引きずり出した。


「みけ、内蔵(それ)は捨てていくぞ」

「もったいないにゃ~」

「ここでは処理できないだろう。放っておけばその辺の獣がさらっていくさ」


処理を一通り終えて、みけが嫌そうな顔をして作業を見守っていたユーリカに「おわったにゃ」と報告する。


「うぇ…… よくそんなことできるわねぇ ほら、これでおてて拭きなさい」


ユーリカが手を血まみれにしたみけを見て眉をしかめ、ハンカチを手渡す。


『氷結(フリーズロック)』!」

「ユーリカちゃん便利にゃー」


あっという間にカチコチに凍ったメガコッコを見てみけは感動しているが、誉めるところはそこじゃないぞ。



 宿場街へ向かう山道を進むにつれて、道は荒れて勾配は急になっていく。子供の体重ほどもあるメガコッコを乗せた荷車を牽くのは大変だが、後ろからみけが一所懸命押して手助けしてくれているうちにユーリカも黙ってみけの隣について一緒に押し始める。


そうして山を二つ越えてようやく到着したのは陽が少し暮れる頃だった。

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