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纏魔師ユーリカ

 みけとの生活が始まって1週間が経ち、二人での冒険生活にも慣れ始めてきた。

火力に欠ける盾役(タンカー)治癒師(ヒーラー)のペアでは低難度で報酬の少ない依頼しか受けられないが、それでも二人で協力し合って必死に依頼をこなして、何とか糊口をしのいでいた。


 そして、今日も今日とて、依頼を受けるためギルドに足を運び、みけと二人で掲示板に張り出された依頼書を見ている。

壁一面に所狭しと依頼書が張り出されてはいるが、なかなか条件の良いものは見つからず、終いには背の低いみけが身軽にぴょんと私の肩車に飛び乗り、人目に付きにくい高い位置のものまで漁っている始末だ。


「おっちゃん これはどうかにゃ?」


みけが指差す少し高い位置に張られた一枚へ目をやる。


「ふむ…… 報酬は良いのだが、討伐対象(あいて)が多すぎるな。二人では期日までに倒しきるのは難しいだろう」

「うにゅぅ…… なかなか良いのが見つからにゃいにゃあ」


探すのに飽きたのかしょんぼりした声を出して私の頭に顎を乗せてウダウダしだした。

仕方のない奴だ。そんなみけの代わりに上の方の依頼書もチェックしてみると……


「ん? みけ、その依頼書を読んでくれるか?」

「にゃ? これ? モンゴラ平原で各種薬草の採集 期日は一週間後 報酬は……激安にゃ」

「ま、採集の依頼だからそんなもんだろう」

「これじゃ オーマ・ハーバーのマッグーロも食べられにゃいにゃ」


最近のみけはなんだかふてぶてしいな…… 私が甘やかし過ぎなのだろうか?

それでは、少し気合を入れてやろう。


「マッグーロの代わりに良いものが食べられるかも知れんぞ?」

「にゃ!? なにそれなにそれ?」


ふむ、良い食いつきっぷりだ。だが私の頭をパシパシ叩くのはやめて欲しい。


「モンゴラ平原にはジンギスホーンという魔獣が住んでいてな。焼肉にすると美味いと評判で周辺の街の名物料理になっているんだ」

「ふにゅふにゅ」

「ジンギスホーンは薬草を主食にしていて、採集するならジンギスホーンの討伐は必須になる」

「にゃるほど」

「つまり、薬草を採集するついでにジンギスホーンを討伐して近くの街に持って行けば、金にもなるし、ついでにジンギスホーン料理も振舞ってもらえると言う訳だ」

「にゃーん! おっちゃん わたし この依頼受けるにゃ!」

「そうだな。最近は近場の依頼ばかりだったし、たまには旅行気分で行くのも良いだろう」

「やったー! それじゃ 受付いこー」


みけは壁に貼ってある依頼書を剥がすと、くるりと宙返りをして私の肩から降り、耳と尻尾をピンと立てて嬉しそうに受付へと向かっていく。



◇◇◇◇◇◇



 受付へ向かう途中、冒険者たちが集う待合ホールに男女の言い争う声が響いていた。


「――って言ってるじゃない」

「しょうがねぇだろ! 耐えられねぇんだからよ!」

「直接攻撃を受けるわけでもない攻撃手(アタッカー)纏魔(エンチャント)の代償に耐えられなくてどうするの?」

「そりゃそうだが、加減ってもんがあるだろ! 正直痛ってぇんだよ。ユーリカの纏魔(エンチャント)は!」

「あなたの基礎攻撃力が低いから相応の魔力をエンチャントしないといけないのよ。殲滅に時間がかかればかかる程タンカーに負担がかかってパーティー崩壊のリスクが増えるってこと、解ってるでしょ?」

「そりゃそうだが――」


一人は軽装で両手剣(ツヴァイハンダー)を差した剣士、もう一人はエルフの魔術師、纏魔師(エンチャンター)のユーリカ殿だ。よくある役割分担でのいざこざだろう。

周囲の仲間も言い争う二人をなだめてはいるが…… しばらく収まりそうにないな。


「気になるか? 見ていてもしょうがないだろう」

「ふにゅ 行くにゃ」

足を止めてじっと見つめるみけの頭にポンと手を乗せるとくすぐったそうに耳を動かした。


「受付票書いて来るね」

「……みけは文字は書けるのか?」

「にゃ! おっちゃんはわたしを馬鹿にし過ぎなの 猫耳民の知能は人間と変わらないにゃあ」

「そうか、すまない……」


少し腑に落ちないところはあるが、どうやらそうらしい。

カウンターに立つ受付嬢のステラ殿から受付票を貰い、鼻歌をうたいながらすらすらと空欄に事項を記入している。


「これでお願いしますにゃ」

「はい、承りました。こちらが依頼の指示書になります。期日までに依頼内容を達成して報告して下さいね」

「任せるにゃん」

「みけちゃん、新しい仲間が見つかって良かったわね。パーティーが解散したときは心配したけれど、オッジさんみたいな真面目な人と一緒なら一安心だわ」

「うにゅ おっちゃんは良いおっちゃんにゃ!」


それを聞いたステラ殿はうふふと笑い、こちらを見てぺこりと頭を下げる。


「オッジさん、みけちゃんをよろしくお願いします」

「ああ、みけは大事な仲間です。大切にしますよ」

「おっちゃん そろそろ行こー またにゃ ステラちゃん」

「ええ、気を付けていってらっしゃい。みけちゃん」


みけはぺこりと頭を下げて、たたたとホールの方へ走って行った。


「ふふ、なんだか親子みたいですね」

「確かにそれくらい歳は離れているが、そう言われると…… ふむ、解せんな……」

「まぁ、そうおっしゃらずに」

「それでは、私も行ってまいります」

「はい、いってらっしゃいませ」


 おいでおいでしているみけに急かされてホールへ行くと、先ほど喧嘩をしていたユーリカ殿が不機嫌そうに一人ぽつんと立っていた。

互いに長く冒険者をしているので見知ってはいるが、正直得意なタイプではないので関わらないようにしていたのだが……


「ユーリカちゃん、お一人なのにゃ?」


おい、みけよ……


「きゃあ! 何この子!? 猫耳民!? かわいいっ! 何で私の名前を知ってるの?」

「ケンカしてた時にそう呼ばれてたにゃ」

「まぁ、お利口さんね! 良い子良い子~ わ、結構もふもふなのね」

「もふもふ」


三色の猫っ毛を優しい手つきで撫でられたみけは嬉しそうに目を細めて耳を寝かせている。

これは、いったいどうしたら良いものか……


「あなたのお名前は?」

「みけにゃ」

「みけちゃんね。改めまして、ユーリカよ。よろしく」

「よろしくにゃん」

「ねね ユーリカちゃん お一人だったらみけのパーティーに入るにゃ」


みけのコミュニケーション能力には全く頭が下がるが、パーティーの勧誘などそう上手く行くものではない。特に我々のような半端ものではなおさら……


「みけちゃんはB級?」

「ぎりB級にゃあ」

「ん~、そうね…… 新しいパーティーを探すのは大変だし、相性の合うメンバーも中々見つかるものではないし…… 正パーティーが見つかるまでの仮パーティーだったら良いかしら。みけちゃんと一緒に居るのも楽しそうだしね」

「やったにゃ!」


みけはユーリカの手を取ってぴょんぴょん跳ねて喜んでいるが、嫌な予感しかしないな……

しかし、まぁ、みけとの二人パーティーを続けるのは無理があるし、背に腹は代えられんか。


「おっちゃん 新しい仲間が増えたにゃ!」

「ああ、そのようだな」


手を振るみけの元に寄ると、隣に立つユーリカ殿が訝しそうに睨んでくる。


「おっちゃん? みけちゃん、この人はどなた?」

「うちのパーティーのリーダーにゃ」


ユーリカ殿は小さく「うげ」と言い、あからさまに嫌な顔を向けてくる。

今の内に断ってくれてもいいんだぞ。


「オッジ・オールドマンです。よろしく、ユーリカ殿」

纏魔師(エンチャンター)のユーリカよ。よろしく。 ……お、おっじさん」


えらく微妙な言い回しをしてくるな。


「……おじさんで良いですぞ。ユーリカ殿」

「ふん、それじゃあ、おじさん。私の事は呼び捨てで良いわ。それに、敬語は使わないで。年上に見られちゃうから」


高圧的な態度も気になるが、何だ? その理由は。

歳を取らないエルフでも年齢を気にするのか?


「わたしは十七歳にゃ ユーリカちゃんは?」


みけの質問にユーリカが顔を曇らせる。やはり何かあるのだろうか?

それにしても、みけ……そんな歳だったのか。

十二歳ほどにしか見えなかったが、確かに冒険者になれるのは十六からだし、B級になるならその歳になるか……


「よ……よんじゅうにさい、よ……」

「にゃ! おっちゃんと同い年にゃあ」


その瞬間ユーリカ殿が青ざめて「ひぃ!」と悲鳴を上げた。



◇◇◇◇◇◇



 先ほどの依頼のパーティー構成変更の申請を終わらせ、明日からの旅の準備の為マーケットで買い出しをする。

みけはいつもの如くあちこちの屋台を走り回ってはしゃぎ、時折ユーリカにじゃれついては頭や尻尾をもふもふされている。

そうして暗くならないうちに食糧や必要物資などを一通り買い揃えた後、解散の前に広場で少し休憩する。


「ユーリカちゃんはお家どこなのにゃ?」

「北の居住区のアパルトマンを借りているのよ。みけちゃんは?」

「おっちゃんの部屋にいそーろーしてるにゃ ちっちゃいお部屋だけど みけは狭い所好きだし おやすみするときもおっちゃんと一緒のお布団だから寂しくないにゃ」


それを聞いてユーリカがじろりと睨んでくる。


「自警団さーん、こいつでーす!」

「違う! 私は床で寝ていて、みけにはベッドで寝るように言っているのだが、いつも勝手に布団に潜り込んでくるんだ!」

「ふぅん…… まぁいいわ。これからみけちゃんは私の部屋に居候してもらうわ。そのカッコを見ると女の子としてロクに身だしなみも整えられてないようだし、倫理上これ以上おじさんの部屋に住まわせるわけにはいかないわ」

「ふむ、言い方は気になるが、私としてもその方が助かる」

「ふふん、と言う訳で、みけちゃんは今日から私の同居人だからね」

「にゅぅ ……なんか嫌な予感がするにゃ」


ユーリカは鼻を鳴らして目を輝かせながら言い、みけは何かを感じ取ったのか、耳を寝かせて尻尾をだらりと垂らしている。


「それじゃ、おじさん。私たちはここで。 明日の朝、八の刻にギルドの前に集合で良いかしら?」

「ああ、それで良いだろう。では、また明日。みけ、ユーリカ」

「ええ、また明日」

「ばいばい おっちゃん」


沈む夕日が長い影を落とす中、別れの言葉と共にそれぞれの家路についた。



◇◇◇◇◇◇



 モンゴラ平原への遠征初日、約束の時間の少し前にギルドに着いて荷車を借り、二人を待つ。


「おはよう、おじさん。待たせてしまってごめんなさい」

「うにゅ~ おはようさんにゃあ」


約束の時間を少し過ぎたころに、昨日と変わらず澄ました様子のユーリカと少し身なりの良くなったみけがやってきた。

みけはいつも朝から元気だが、今日は眠そうにふらふらしている。


「ああ、二人ともおはよう。……みけ、大丈夫か?」

「ユーリカちゃんに一晩中もふられて眠れなかったのにゃあ…… 尻尾もずっと掴んだままだったし」

「抱っこして、たまになでなでしてただけじゃない。慣れたら眠れるようになるわよ。きっと」

「うにゃ~ん 今度からおっちゃんの家に帰るにゃあ」


みけはみけで苦労をしているようだ。


「ギルドで荷車を借りているから、暫くこれに乗って寝ていると良いぞ」

「にゃ! おっちゃん大好き」


傍らに停めた荷車を指差すとみけはぴょんと飛び跳ねて荷車に飛び乗った。


「ユーリカも一緒に乗るか?」

「私は歩くから結構よ。おじさんにばかり負担をかける訳にはいかないもの。時々だけど私も牽くから」


高慢でわがままな性格なのかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。


「そうか、意外とそういう気は使うのだな」

「なによ。引っ掛かる言い方ね」


私の言葉に少し照れたような素振りを見せ、訝しげに睨んでくる。


「いや、何でもない。さて、行くか」

「……まぁいいわ。そうね。早く行きましょ」

「うにゅ しゅっぱつしんこー」


そうして、みけが乗る荷車を牽き、荷車の中のみけにちょっかいを出すユーリカを伴って街を後にし、北へ向かう街道に沿ってモンゴラ平原へと向かった。

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