エンカウント
正午を過ぎて依頼の薬草の採集を終え、モンゴラ平原北部にあるミールの街へと入る。日干し煉瓦で組まれた平屋建ての建物が建ち並び、馬車やラクダの行き交う賑やかな雑踏には山羊や羊の群れが入り交じる。
威勢の良い商いの呼び声が響く中を通り、路地の一帯に天幕の張られたマーケットを抜け、中央広場へと出て、その一角にある石造りの神殿へ入る。
シスターに依頼の品を確認してもらい、不備がなければ今回の依頼も無事達成だ。
「――はい、確認しました。品質も素晴らしいですね。ありがとうございます。本当に助かりました」
薬草を詰めた麻袋の一つ一つを確認したシスターが、確認を終えた最後の麻袋をポンと叩き顔を上げて笑顔を見せる。
「ユーリカちゃんのおかげにゃ!」
「ああ、そうだな」
「当然のことよ」
「それでは。依頼書に達成のサインを願おう」
「はい、ご苦労様でした。 ……どうぞ。報酬はギルドに預けてありますので、依頼達成報告と引き換えに受け取ってください」
「にゃ! これで依頼達成にゃあ」
当然の結果ではあるが、肩の荷が下りたことには変わりない。今回はユーリカの功績で採集も滞りなく行えたのが幸いだったな。
「あの、冒険者様にお願いがあるのですが……」
シスターが一転して表情を曇らせる。
お願い、か……
「ふむ…… 未確認の魔物のことですかな?」
「ああ、ご存知でしたか。ここ最近モンゴラ平原一帯で未確認の魔物の被害が出ておりまして、この教会の聖騎士団が調査にあたっているのですが…… その、少し、胸騒ぎがするものでして……」
「聖騎士団って、あの『高貴なるミール教会聖騎士団』のことよね? 三人だけの。 ここに来る途中で出会ったわ」
「もうお友達にゃ!」
「まぁ! そうでしたか。その、お願いというのがですね、たいへん厚かましい施しを乞うことになるのですが……」
シスターの願いはただ一つ。
ユーリカとみけと目配せし合い、互いの意思を確認する。
我々の答えもまた、ただ一つ。
「彼女たちを助けて欲しい。でしょ 聞くまでもないわ」
「そして検討するまでもない」
「任せるにゃん!」
「あぁ…… ありがとうございます! あの子達は私の子供同然、どうか、あの子達を無事に……!」
信頼できる仲間がいるのは良いことだ。
「シスター、ご安心ください。このオッジ・オールドマン。必ずや聖騎士団とともに魔物を倒し、無事ここに帰還することをお約束しよう!」
「約束にゃ!」
「全く、カッコつけて勝手にタダ働きの約束しないでよ」
「皆様…… 本当に…… なんと感謝を述べればよいか……」
「感謝はみんなを無事に連れ戻してからでいいわ。それより報酬は…… ま、今日の宿で許してあげる。教会からの依頼だしね」
「重ね重ね、お心遣いに本当に感謝します。それでは、お部屋をご用意しますので、お時間をいただいてもよろしいですか?」
「それでは我々は仕留めたジンギスホーンを売りに行き、ついでに食事も済ませよう。では、シスター、また後ほど世話になります」
「はい、いってらっしゃいませ」
シスターに一時の別れを告げてミール教会を後にし、先程仕留めたジンギスホーンを乗せた荷車を牽いてマーケットへと向かった。
◇◇◇◇◇◇
ミールの街はモンゴラ平原で穫れるジンギスホーンを余すことなく利用し、主要産業としている。被毛は毛織物に、皮は革製品に、巨大な角は装飾品に、そして肉はもちろん食用に。マーケットの入口近くの一際大きな建物がジンギスホーンの取引と一次加工を行う専門の市場だ。我々の獲物の売却交渉はユーリカに任せておけば間違いない。
みけとマーケットで買い出しを行い、その後再びユーリカと合流し、噂に聞いたジンギスホーン料理の名店を訪れた。
「はむはむ うにゃうにゃ」
「またお肉ばっかり食べて…… お野菜も美味しいから食べなさい」
「お野菜は美味しいからユーリカちゃんにあげ……にゃー!」
「そういうこと言う子には、猫耳みーん」
肉に齧り付きながら器用に野菜をユーリカの皿に移すみけの耳の先を摘んで、みーんと引っ張りながらユーリカが楽しげな表情を見せる。
どうやら今日の儲けに随分上機嫌なようだ。
「ユーリカ、ジンギスホーンも良い値で売れたし、今日くらいは好きに食べればよかろう」
「ふふふ、そうね。あの一頭で二十五万ディルは美味しいわ。それに依頼達成の報酬もあるしね」
「お肉も美味しいにゃ」
「ま、みけちゃんのお手柄だし、お好きに食べなさい」
「にゃ! おっちゃんもユーリカちゃんも大好きにゃあ!」
「はいはい、私も大好きよ。みけちゃん」
「相変わらず調子の良い奴だな」
「ふにふに」
美味い料理の並ぶ賑やかな晩餐に、今日の酒も一際旨く感じる。
冒険者をしていて良かった。心からそう思う瞬間だ。
「おじさん、楽しく呑んでる最中に申し訳ないけど、さっきお店の人と交渉中に聞いてみたら、やっぱり最近ジンギスホーン専門のハンターが何人か消息を絶っているみたいよ」
さすがベテラン冒険者と言うべきか、この抜け目のなさは尊敬に値する。
「ふむ、調査中の魔物か。消息を絶った場所は聞いているか?」
「もちろん。モンゴラ平原の東端、沙漠地帯に入る手前辺りだそう」
「にゅ 東はくろちゃんたちが向かった方角にゃ」
「どんな魔物だ?」
「さぁ、そこまでは。手練のパーティがまるごと消えてるらしいから普通の魔物でないのは確かね」
「ふむ、平原と沙漠に出没する希少種か…… できることなら相手を特定して対策をしていきたいところだが、情報が少なすぎるな」
「知った所で対策する時間なんて無いんじゃないかしら?」
「うにゅ 心配にゃ」
「そうだな。明日の夜明け前にここを発とう」
「にゃ!」
「それじゃ、夕食は早めに切り上げて、今日はしっかり休まないとね。おじさん、二日酔いで出てきたら承知しないわよ」
「ユーリカこそ、みけをきちんと寝かすように」
「はいはい、我慢するわ」
「にゃーん」
◇◇◇◇◇◇
東の空が薄っすらと明るくなり始める頃、半分眠った状態でフラフラと歩くみけの手を引いて教会を後にする。
東を目指して歩きながら朝食のビスケットを齧っているうちに、みけもすっかり目を覚まし更にペースを上げて歩くこと数刻、青々としていた草原は瑞々しさを失い始め、所々に土が露出し、茶色い葉を持つ草や多肉植物が点在する沙漠地帯へと景色が変貌する。
――バシーンッ! ズズズ……
行く手の地平線の手前辺りで閃光が走り、少し遅れて低い破裂音が響く。
「ん! あれは……!?」
「雷撃魔法? ……それほど遠くないわね」
「くろちゃんたちにゃ! 魔物から逃げてる!」
閃光が走った辺りには砂煙が巻き起こり、低い地響きが地を伝う。
「ユーリカ!」
「言われなくてもわかってるわ。エンチャント・ウィンディア! 『風精の羽衣』!」
◇◇◇◇◇◇
地響きが轟き、砂煙が舞い上がる前方、ミール教会聖騎士団の三人が砂煙から逃げるようにこちらへ向かって走ってくる。クライス殿を先頭に、続くキャロ殿がくろを後ろ向きで左脇に抱えている。
「はぁ、はぁ、はぁ…… くろ、どうだ?」
「……あんまり効いてにゃい」
「はぁ、はぁ、はぁ、げほっ…… んっ、はぁ……」
「はぁ…… 大丈夫かっ、クライス?」
「んぐっ、なん、とかっ……」
「……クライス、攻撃態勢にはいったにゃ」
砂煙を巻き上げる巨大な魔物が少し速度を落とし、長い尾を反り返らせるように持ち上げて先端の鋭い針を前方の三人へ向ける。
「ええっ!?」
「はぁ、はぁ、はぁ…… クライス、君も、くろみたいに、抱えようか?」
「はぁ、キャロさん、からかわないで、下さいっ、僕だって、男なんですよっ、はぁ、まだまだ、大丈夫、ですっ! 『|《物理防壁》プロテクション・シールド』!」
――ブシャア!
魔物の尾の先端の針から禍々しい色の液体が高圧で発射され、恐ろしい勢いで三人に迫るが、すんでのところで発生した聖なる光の壁に阻まれて飛沫となって宙に散り、地面に落ちる。飛沫が落ちた部分からはたちまちブクブクと泡が立ち、黒い煙を立ち上らせた。
キャロ殿に抱えられたくろはロッドをかざし、先端に埋め込まれた宝珠を砂煙の発生源へと向け、呪文を詠唱する。
「………… 『泡沫の爆撃』」
宝珠を向ける先に展開した炎属性を示す真紅の魔法陣から無数の光の玉が放たれ、魔物に接触した瞬間に爆炎とともに弾ける。
――ズドドドドドドドン!
幾つもの爆轟が連続で響き、三人の後方の視界は完全に砂煙に覆われる。
「やったか!?」
「……それはやれてない時に言うやつにゃ ちょっと怯んだだけ」
「そんなぁっ!」
「逃げ切れそうか?」
砂煙の中、ギチギチと金属が軋むような音が不気味に鳴り響く。
「……無理。また動き出した」
「僕がっ、ここを、食い止めますのでっ、お二人は、先にっ!」
「あっはっは! 馬鹿を言うな。私の仕事を奪う気か!?」
「……クライスじゃ足止めにもならないにゃ」
「クライス、くろ、先に行け! 後で必ず追いつく!」
「そ、そんなことっ!」
「……絶対いやにゃ」
「はぁ、はぁ、それじゃあ、どうする? 三人で、心中するか? 教会はどうする? シスターが三倍悲しむぞ?」
「……また攻撃が来るにゃ」
「二人で逃げろ。 ……命令だ」
砂煙を纏った魔物は再び巨大な尾を持ち上げ、先端の針を前方へと向ける。




