高貴なるミール教会聖騎士団
モンゴラ平原に到着し、依頼の薬草の採集のために街道を離れて数刻、小さな泉の側に点在するアクアミントの群生を発見し、手分けして採集に当たる。
緑の地平線の彼方の西の空がほんのりと赤く染まる頃には手元の麻袋は鼻を通る爽やかな香りを放つアクアミントで一杯になり、頃合いを見て集合の笛を鳴らす。
「にゅーん 頑張ったのににゃあ……」
みけは麻袋八分目ほどまで入った自分の収穫と、二つを満杯にしたユーリカの収穫を見比べてだらりと耳を寝かせ、ユーリカはしょんぼりするみけの頭を撫でている。
「うふふ、猫耳民が植物採集でエルフに勝てる訳ないじゃない。みけちゃんもお昼寝我慢してよく頑張ったわ」
「にゃーん」
「まぁ、これだけあれば十分だな。今日はここまでにしよう。日が沈む前に野営の準備をしなければ」
全員分の麻袋を荷台に積み込んでいると、みけが自分の鞄を降ろして斜めがけにし、少し離れた泉の方を指差す。
「お魚獲ってきても良いにゃ?」
「はいはい、いってらっしゃい。溺れないように気をつけなさいよ」
「獲れなくても構わないから暗くならないうちに戻ってくるんだぞ」
「うにゅ いってくるにゃん」
どうやって魚を獲るつもりなのかは解らないが、意気揚々と泉に向かうみけの背中を見送り、ユーリカと野営の場所を確保するために整地をしていると、先程見送ったみけが戻ってきた。
「ん、早かったな。忘れ物か?」
「んにゃ お仲間さんにゃ」
みけの後ろから少し警戒した様子で、黒髪の猫耳民の少女がそっと顔を覗かせ、こちらを見て躊躇いがちにみけの隣に並ぶ。
背丈はみけより少しだけ低く、腰まである艶やかな黒髪を赤いリボンでツインテールに纏め、結び目の上辺りに猫耳民の特徴である三角の耳がちょこんと覗く。
じとっと目を細めてこちらを見つめる金眼銀眼のオッドアイ、魔法紋の刺繍が施された黒いローブを纏い、先端の魔石が輝く身長を超える長さの魔杖には釣り糸が巻きつけられている。 ……魔導種の猫耳民だ。
「きゃあ! 可愛いっ! どうしたの? その子? 野良猫耳民?」
「……違うにゃ」
……どう見ても違うな。おそらく保護する気満々なのだろう。
年甲斐もなくはしゃぐユーリカに、少女はにべもなく答えて冷ややかな視線を送る。
「この子は魔導種の猫耳民のくろちゃんにゃ」
「……魔導士のクロエ・ノクトにゃ くろって呼ばれてるにゃ」
「くろちゃんのパーティもこの辺でキャンプしてるそうにゃ」
猫耳民が二人いると雰囲気が一気に猫々しくなるな。
「……そうか、私はこのパーティのリーダー、オッジ・オールドマンだ」
「ユーリカよ。よろしくね。くろちゃん」
「……よろしく おっさん ユーリカ」
おっさん…… オッジを略したあだ名でオッさんなのか、中年男性をスロレートに呼ぶおっさんなのか、どちらだろうか?
「ねぇ、くろちゃん。撫で撫でしてもいい?」
「……だめ」
「それじゃあ抱っこは?」
「……もっとだめ」
嬉しそうににじり寄るユーリカをじとっと睨んで警戒するようにみけの背後に隠れる。
「……それでは、こちらからもご挨拶に行こう。協力して野営できればお互いに負担を減らせるからな。くろ殿、案内をお願いできるだろうか?」
「……こっちにゃ くろでいいにゃ おっさん」
降ろしかけた荷物を手分けして荷車に戻し、背後にぴったりと着くユーリカを警戒しながら案内するくろに続いて泉の方へ向かうと、若い男女が野営の準備に取り掛かっていた。
「……ただいま キャロ クライス」
「おー! おかえり! もう獲れたのか? 流石くろ!」
「くろさん! 良かった、無事で〜 溺れてはいないかと心配してたんですよ〜」
長身の背中に掛かるブロンドを三つ編みに纏め教会の紋章で飾られた白銀の鎧を着込んだ、柘榴石の瞳に強い意志を秘める女性が、帰ってきたくろに磊落な調子で声をかけ、おかっぱに切りそろえた茶髪に琥珀の瞳、教会の紋章が刺繍された道服を着た華奢で気弱そうな、いかにも修道士、と言った感じの男が、気の抜けた声で安堵の言葉を続ける。
二人とも歳は二十代半ばといったところか、若くはあるが未熟ではない、おそらく教会所属の冒険者だな。
「あっはっは! くろがそんなドジをするわけ無いだろー。心配しすぎだぞ。クライス」
「痛い痛い…… やめて下さいよ、キャロさん」
キャロと呼ばれた女騎士が豪快に笑いながらクライスと呼ばれた修道士の背中を力強く叩く。この二人にくろを加えるとなると……
ふむ、最近の冒険者は荒くれで厄介者も少なくないが、なかなか良いパーティに巡り会えたようだ。
「くろさん、こちらの方々は?」
「やぁ! こんにちは、冒険者諸君!」
「……一緒にキャンプするにゃ」
こちらに視線を向け、会釈する二人にくろが簡潔に答え、こちらもそれぞれに挨拶を返し、早々に本題に入る。
「我々も今夜この辺りで野営しようと思っておりましてな。良ければ共に如何か?」
「おー、そうか! 歓迎するよー」
「そう言って貰えるとありがたい。パーティリーダーのオッジ・オールドマンだ。世話になる」
「纏魔師のユーリカよ。よろしくね」
「治癒師のみけにゃあ」
私が名乗った途端、女騎士殿が驚いたように眼を丸くし、握手を求めて右手を差し出してくる。
「あぁ! あなたがオッジさんですか! 我等こそ女神様の祝福を受け栄光に輝く正義の剣『高貴なるミール教会聖騎士団』! 団長で聖騎士のキャロライン・キスリングです。よろしくお願いします! 私のことは気軽にキャロと呼んで下さい!」
キャロ殿は一歩下がり、抜いた剣を胸元に捧げて朗々と凛々しく名乗りを上げる。
「……騎士団と言っても三人しかいないにゃ」
「『……騎士団』の聖職者のクライス・テルルです。よろしくお願いします」
そして、その様子をじとっと見ていたくろが冷静に補足説明を入れ、修道士は顔を赤らめて恥ずかしそうに俯き、おそらく『高貴なるミール教会聖騎士団」と消え入りそうな声で言ってから自己紹介をする。
「にゃ! 楽しそうにゃあ!」
「はっはっは! そうだろう! 見る目があるな。みけ君!」
微妙な空気が漂い始める中、笑いながら耳と尻尾をピンと立てて目を輝かせるみけの頭をポンポンと撫でる。きっと、みけの言う「楽しそう」の意味を取り違えているのだろう。
「……そうか?」
「……そうかしら?」
「……そうらしいです」
キャロ殿は疑問を浮かべる皆の表情と微妙な空気を気にすることなく高らかに笑っている。
「いやぁ、それにしても。こんな所であの『不沈艦』にお会い出来るとは、光栄の至り!」
「まぁ、そう呼ばれていたこともあるが……」
若かりし頃は鉄壁の純衛手として名を馳せたこともあるが、それも一時の話。攻撃的衛手が主流となった今ではもう時代遅れの老頭児だ。
「その呼び名は初めて聞いたわ。やっぱり珍しい特殊な加護持ちだと色々呼び名があるのね」
「ええ、その通り! 私達の世代の前衛職の間ではオッジさんの名前を知らない者はいないくらいです!」
「にゅーん 今はただの良いおっちゃんにゃあ」
良いおっちゃん、か…… この二人とこうして行動を共にしているとそれも悪くないと思えてくるな。
「あっはっは、良いおっちゃんとは恐れ入る! ……おっと失礼。みけ君は知らないだろうけど、オッジさんは凄い人なんだぞ!」
「ふむ、その話はまた後で良いだろう。先に設営を終わらせよう」
「そうでした、憧れの人を前にしてついつい……」
とは言え、この様に実直で正義感溢れる女性に憧れを抱かれ、過去の栄光を語ってくれるのに悪い気はしないな。
「皆で協力してさっさと済ませましょ ほら、おじさんも、言った側からぼんやりしてないで、早く荷物を降ろして頂戴」
「ああ…… そうだな」
ユーリカにも私を敬う気持ちを少しは持って貰いたいものだ。
「わたしはくろちゃんとお魚獲りにいってくるにゃ」
「うにゅ いってくる ……いこ。みけ」
「うふふ、もう仲良しさんね」
「おー! 大漁を期待してるよ!」
「まかせるにゃん」
「二人とも、気をつけてくださいね」
「うにゅ ……クライスは心配症なのにゃ」
「私とクライス君は薪を集めてくるから、ここはお願いね。おじさん、キャロさん。 それじゃ、行きましょ クライス君」
「はっ、はいっ ユーリカさん」
そうして手を繋いでうにゃうにゃ言いながら泉の方へと向かう猫耳民の二人を見送った後、ユーリカはクライス殿を連れて木立の茂みに消えていった。
◇◇◇◇◇◇
西の空に陽が沈みかける頃になり、キャロ殿とともに二張のテントを張り終えて、竈の準備をしていると、魚を獲りに行っていた猫耳民の二人と薪を集めに出ていたユーリカとクライスの組がちょうど同じ頃合いに戻ってくる。
「オールドマンさん、ユーリカさん。ご協力有難うございます」
「やはり協力して正解だな!」
「いや、こちらこそ。君達の力があってこそだ」
「お魚もいっぱい獲れたにゃ」
「みけさんも、ありがとうございます」
「……大漁にゃ」
くろが持つ釣り竿代わりの魔杖には鰓から口に縄を通された魚が何匹も連なってぶら下げられている。
「おー! 本当だ。さすが猫耳民。この時間でそんなに穫れるとは!」
「くろちゃんが釣り糸から電気の魔法を流して わたしが浮いてきたお魚を投網で集めたのにゃ」
「相変わらず見かけに似合わずえぐい方法で狩りするわね……」
「流石狩猟民といいますか、よくそんな方法思いつきますよね……」
「……ふにふに」
呆れ顔の採集民二人に対し、狩猟民の二人は今日の収穫に納得の様子で得意顔だ。
そうして、竈に薪を並べ焚き火の準備をしていると、ユーリカが真剣な目で全員を見渡し、何かを考えている。
「テント二張ということは…… 小柄な私とくろちゃんとみけちゃんで一張、キャロさんとクライス君で二張、あとは、おじさんが見張りね」
「あっはっは! 上手いこと言うな! ユーリカさんは!」
「そんなに上手くないにゃ」
「……にゅ? ……今何か言ったにゃ?」
「えっ、え〜と……」
「んっふっふー 今夜が楽しみだわ」
全員の反応を無視するようにユーリカは猫耳民の二人を見ながら悪い笑顔をみせている。
「……嫌な予感にゃ」
「にゅーん」
やましい意図は感じるが、提案としては妥当か……
「……私はそれで構わないが、キャロ殿とクライス殿は如何か?」
「ぼっ、僕もオールドマンさんと外で見張りしてますっ! 野営の時はいつもそうしてますからっ!」
クライスの反応を見たユーリカがこちらに目配せをする。
そういうことか。
「ふむ、この辺ならそうそう危険はないだろう。見張りなら私一人で十分だ。クライス殿もテントで休むと良い」
「クライス、ここの夜は冷える。いつも苦労をかけているんだ、今日くらいはユーリカさんのお言葉に甘えてテントでゆっくり休むと良いぞ! ……それとも、私と一緒のテントで寝るのは嫌か?」
「い、嫌というわけでは…… 無いですけど…… その……」
「そうか! それじゃあ遠慮するな!」
顔を真赤にして俯くクライスの背中をばしっと叩く。クライス殿も前途多難なようだ。
「うふふ、それじゃ 決まりね!」
地平線が黄昏に色付き紫色に輝く空を背景に、ユーリカが蒼玉の瞳を輝かせて妖艶に笑った。
◇◇◇◇◇◇
夜の帳が下りて、空には満天の星空が広がり、周囲には虫の音とぱちぱちと薪の爆ぜる音だけが響く。テント二張と焚き火を囲む六人、炎の明かりに照らされた範囲だけが我々の世界だ。
「早く焼けにゃいかにゃ〜」
「……まだかにゃ」
「まだだ」
「……にゃん」
猫耳民の二人は焚き火のすぐ側に陣取って座り込み、立てかけた木の枝に挿した魚が焼けるのをそわそわしながらじっと見つめている。
「もう良いかにゃ?」
「……もう良いかも」
「まだだ」
「にゅーん」
どうやら今日の焚き火は見張りの見張りが必要らしい。魚の焼け具合を見ながら待ちきれずに手を伸ばそうとするみけとくろを牽制し、少し離れた所でその様子をユーリカとキャロ殿が面白そうに眺めている。
「あっはっは! まだ焼き始めたばかりじゃないか!」
「ちゃんと焼かないと寄生虫が怖いわよ。お腹が痛くなるだけじゃ済まないこともあるんだから」
「二人とも、ちょっとは我慢して下さい。さ、今のうちにお祈りを済ませますよ」
クライス殿の提案に魚に夢中の二人もおとなしく従い、手を組んでむにゃむにゃと祈りを捧げはじめ、私達も続いて祈りの言葉を口にする。
その後魚が焼けあがるのを待つ間、キャロ殿が若い頃に聞いたという私の噂や逸話を身振り手振りを交えて熱心に語り始めるが、聞いているのは恐らくクライス殿だけだろう。
みけとくろは焚き火の炎に炙られる魚に夢中で、ユーリカはそんな二人に夢中だ。
程なくして魚も焼きあがり、キャロ殿の熱弁に耳を傾ける様子もなくみけもくろもこんがりと焼けた魚の尻尾の端から少しづつ身を齧り取ってはふはふ言いながら一所懸命食べている。
「――という逸話もある! このオッジさんはどんな強敵を前にしても決して倒れず、諦めず、身を挺して仲間を守り抜く。そういうお方なんだ! 聞いているか? 君達!」
「にゃー」「……にゃ」「ふぅん」
これは聞いていない返事だな。
「少し良く言い過ぎだ。仲間を守り抜くのは自分のためでもあるし、衛手として当然の勤めだからな」
「オールドマンさん、僕、感動しちゃいました。本当に凄い方なんですね!」
これはもう、私もナントカ騎士団に入団した方が幸せになれそうだな……
「ところで、オッジさん達はどうしてここに?」
「ああ、ギルドからミール教会の依頼を受けて薬草の収集に来たんだ」
「そうでしたか! それはありがたい! 普段であれば私達がしている仕事のなのですが、あいにく別の任務を賜りまして、仕方なくギルドに依頼を出したのですよ」
「ということは、あなた達は今その任務中ってことかしら?」
「はい、このモンゴラ平原に未確認の強力な魔物の被害が発生しているとの知らせが協会に入りまして、ただいまその調査にあたっているところなんです」
未確認の強力な魔物か…… このパーティでどこまで戦えるか、考えておかないといけないな。
「ということは希少種か、種類は解るか?」
「希少種であることは確実ですが、種類の特定には至っていません。調査をはじめてもう五日になりますが、未だに気配すら感じられず、もはや遭遇することの方が幸運なのかも知れません……」
「それなら私たちが遭遇することもなさそうね。ま、何か情報があったら教会に報告しておくわ」
「それは心強い! 後は我等『高貴なるミール教会聖騎士団』で対処可能な相手であることを願うばかりです!」
「対処できない場合は、どうする気だ?」
「あっはっは! 三十六計逃げるに如かず! その時は全力で逃げるまでです! 私にはなんとしても護らなければならない仲間が居ります故、私自身も命を落とすことは出来ません!」
クライス殿とくろに眼差しを向けて、あっけらかんと笑うキャロ殿の姿に溜飲が下がる。
このパーティなら大丈夫だろう。
「それなら良い。キャロ殿のような冒険者は勇気と正義感で強力な敵に挑んで犠牲になることが多いからな。それを聞いて安心した」
「ご心配ありがとうございます! 心して! ……ん、どうした? くろ」
気づくと先程まで黙々と魚に齧りついていたくろが手を止め、ちろりと舌を出している。
「くろちゃん 舌やけどしちゃったにゃ?」
「……にゅ」
「慌てて食べるからだ。魚は逃げないからゆっくり食べると良いぞ!」
「って言いながらキャロちゃんはもう三匹も食べてるにゃ……」
「ああ! やはり獲れたての魚は焼き立て熱々の内に食べるのが一番美味いな!」
「ぐにゅにゅ……」「……むっすー」
豪快に魚を頬張るキャロ殿の天然の煽りに猫耳民の二人はじとっと抗議の眼差しを向け、ユーリカがぷぷっと吹き出す。
「あはは、残念だったわね。猫舌で。みけちゃん、くろちゃんのやけど、治してあげなさい」
「うにゅ くろちゃん 痛いの痛いの飛んでくにゃん」
みけは痛がるクロの頬をいつもの如くぺろりと舐めて『ねこヒール』を掛ける。
「……治った みけ ありがとにゃ」
「えっ!? なんですか、今の? 『聖癒術』じゃなさそうだし…… くろさん、舌見せて下さい」
「……クライスのえっち」
「ああっ! ええっと…… そうじゃなくって…… うん、ほんとに治ってる」
「みけ君は治癒師なんだから治って当然だろう?」
「えっと、治し方が問題でして……」
「それ、変なスキルでしょ」
「うーん、初めて見ますね〜」
「『ねこヒール』にゃ 痛いのがどっかいってダメージがゆっくり回復するのにゃあ」
こうして『ねこヒール』の謎は解けることなく食事を終え、上機嫌なユーリカは警戒するみけとくろと一緒にテントに入り、片付けを手伝ってくれたクライス殿は躊躇いながらキャロ殿が一足先に休んでいるテントに入っていった。




