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エンネの町

柔らかな日差しの中を駅馬車に揺られながら、暇を飽かしている。やる事が無いので有角種の言語や文化について書かれた書物を読もうと努力したが気分が悪くなり、諦めて幌の外を眺める。そもそも、この大陸の言語は亜人種と人間の歴史の中で混じり合い、多少の差はあるが似たようなものとなっている。


ここまでの旅路は駅馬車を利用してきた。駅馬車は十数人程度の人間が乗れるようになっており、都市間で運行されている。その経路の途中にある村や街などにも立ち寄っては乗客の乗り降りを行うので、現在の乗車人数は六名だ。


なお、駅馬車の経路に関してはある程度の安全が確保されており、めったな事では魔物などの危険な生き物は出てこない。ゆえに旅路は平穏であり、既に数日前にファベル連邦南部地域に入っている。次の大規模な町に入れば目的とする中核都市を擁するエッジワース領の端っこに着く。


ふと隣を見ると、向かい側に座る気の良さそうな老夫婦から焼き菓子を貰ったクリムが美味しそうに食んでいる。その老夫婦の夫が会釈して話しかけてきたので、開いたままの書物を閉じた。


「私らは都市ジノヴァの息子夫婦のところにいくのですが、そちらは何処まで行かれるのですか?」


「私達はその少し手前のエンネの町までです」

「エンネの町から別の乗合馬車を待って、南端の中核都市ヴェルナに行くつもりです」


「ヴェルナですか、あそこの港は海洋都市との交易で活気がありますけど、特に今は南方山脈付近の亜人討伐遠征もありますからね。人と物資が集まり、一層の活気があると行商から聞きました」


「お見受けしたところ魔術師のようですが、今回の討伐に参加なさるんですか?」


ご老人の視線が追加で焼き菓子をご婦人から貰っているクリムに移る。


「あ、お菓子、ありがとうございます」


「いえ、お気になさらないでください、ちょうど似たような年頃の孫娘がいるんですよ」


そう答えるご婦人に礼を言い、その夫の問いに答える。


「いえ、娘がいますからね。私はこれで儲けさせてもらおうかと」


懐から魔導銃の銃弾を取り出して見せる。


「あぁ、銃弾の魔霊銀への魔力充填ですか!ひょっとすると直接傭兵として参加するよりも良いかもしれませんね」


その後、クリムを交えて老夫婦と他愛のない会話を交わし、エンネの町の入り口で駅馬車を降りた。


「気の良い人達だったな」


「そうですね。お菓子、美味しかったです」


「…… 亜人に肩入れするとなると、人間と敵対することになるけどな」


「父さん、それは違うのです。何も自分から敵という認識を持つ必要はありません。人間にも良い人がいれば悪い人もいますし、それは他種族でも同じでしょう。手は取り合えるはずです。それに…… 最終的には亜人も人間も関係なく眷属にしますから♪」


「…………」


何処まで増やすというんだ眷属を…… まぁ、眷属化は魔力干渉を行い、その生命の根源と魔力の制御回路、肉体を変質させる事で行う。そのため、一日に眷属にできる人数は二人合わせて数人程度だから先の長い話である。


「さて、入る前に俺達の魔力を偽装しないとな」


今まで、駅馬車の経路にある村落を選んで滞在していたので、警戒の魔術を展開している大規模な町に入るのはこれが初めてである。多少の不安はあるが、どこかで試行しなければ不便に過ぎるし、そろそろ纏まった物資の調達が必要になってくる。


村という規模では自給自足の側面が強く、購入できるものに限りがあるのだ。幸い、駅馬車の路線ということはあって、泊まるところはなんとかなったが。


「父さん…… やっと私の下着が買えるのですね、感激です」


実は先ほどの理由から下着は手に入らなかったのだ…… というか、村娘と下着の買い取り交渉などしたくないのが本音だ。ともかく、旅の途中で考案しておいた自らの内側の魔力を偽装する魔術を自身とクリムにかける。


で、慎重に町の入り口へ一歩を踏む。

その横をクリムが澱みない足取りで抜けていった。


「………」


木製のアーチをくぐり、街の中心部へと歩いていく。

偽装は上手く働いており、結果的に問題は起きていない様だが……


「もうちょっと、警戒すべきじゃないか?」


「いざとなれば、飛翼で逃げればいいのです」

「あれ、消費魔力が結構激しいじゃないか…」


飛翼も旅の間に考案した魔術の一つで、背に不可視の魔力の翼を展開し、その翼と風魔術の応用で起こした上昇気流によって飛ぶという純魔力系と風系の複合魔術である。


…… 念のため墜落時を想定して、同時に考案した圧縮空気によるエアクッションの魔術を小魔石に込めて手首に紐で括り付け、いつでも発動できるようにしている。


これらは、クリムの眷属となる前はできなかった芸当だ。もしかすると、人でも元の俺より優れた連中ならできるのかもしれないが……


他にも魔力量が多いという種族特性と併せて、通常魔術の倍近い魔力を込めた魔術を精密な魔力操作で維持・発動させる超過魔術の試みなども行った。中級の火系魔術であるファイアーボールで試したところ、込めた魔力量にほぼ比例した大きさの火球ができ、その威力はかなりのものだった。


しかし、倍以上の魔力を込めようとすると魔術崩壊を起こしてしまう…… 火傷してしまった。ちゃんと、威力を上げたければしっかりとした上級魔術を使えと言いう事なんだろう。


何となく、今までの試みを思い出しつつ、隣を歩くクリムに話しかける。


「先に奴に話を通したい、先ずは町役場に行くぞ」


「… 奴って、誰ですか?」


「魔術学院時代の同期だよ」


……………

………


そして、今何故か町役場ではなく服飾店の前に立っている俺がいる。

“人と会うのなら先ず、身なりからなのです!!” っと怒られてしまったからだ。女性の下着と服を一緒に選ぶ趣味はないので、お金だけ渡して店の前でさっきからずっと待っている。


「お待たせしました、父さん!…… どうでしょうか?」


あざとい仕草で小首を傾げて尋ねてくる。


白の麻のシャツに長めの黒のスカート、上に黒の魔術師用の外套を羽織っている。


「あぁ、良く似合っている」


隣に並んでくる彼女の頭が、ちょうど良い位置に来るので思わず撫でる。あまり年頃の娘の頭を撫でるのもどうかと思ったが… まぁ、本人が嬉しそうだから気にすることもないか。


町役場に行く途中に、冒険者ギルドの向かいに道具・雑貨屋を見つけた。資金に余裕はあるが、せっかく目に留まったわけだし、後で鉱物や銃弾の魔霊銀への魔力充填の仕事が無いか聞いてみよう。そんな事を考えつつ町役場に入り、受付へと向かう。


「すいません、コルト・ベアリットと申します。この町の専任魔術師のエリック・トライバート氏にお会いしたいのですが」


「確認してきますので、少々お待ちください」


施政に雇われている魔術師となると、その町や都市の様々な面に携わるので多忙となる。上手く時間を取って貰えればいいのだが…… そのまま役場のロビーで15分程度待っていると、受付嬢が戻ってくる。


「お会いになられるそうです、こちらへどうぞ」


受付嬢に執務室の部屋の扉の前まで案内してもらう。学院時代はよく一緒に飯を食った仲といえども、久しぶりに会う友人に対して柄にもなく緊張しつつ、扉をノックする。


「ぞうど」


扉を開いて、クリムと一緒に中に入る。


「や、エリック、久しぶりだな!」

「あぁ!七年振りくらいか?あやうく誰か思いだせなかったところだ」


やはり、お互いに歳は取っているが、そこまで変わっているわけではない。ブラウンの髪に眼鏡をかけた、幾分年齢より若く見える男がそこにいる。


ふと、エリックの視線がクリムに向く。


「初めまして、クリム・ベアリットと申します」


ペコリと頭を下げて挨拶をする。


「ベアリット? お前の身内か…… ん?」


クリムの魔術師、又は神官としての資質を見ようとしたのか、魔力を籠めた瞳で彼女を見たエリックが怪訝な表情をする。


「… 何故に魔力を隠蔽してるんだ?」


「やはり、そこは気になるか」


「そりゃあな、わざわざ隠すって事は事情があるんだろ」


「まぁ、お前相手に偽装する必要もないんだけどな、事前に言っとくと、実験の影響で魔力が変質してな…… ぶっちゃけると、お前の警戒の魔術に引っかかる」


それを聞いた彼の目に警戒が宿る。


「おいおい、まさかヴァンパイアになったとか言うなよ……」


「よく見ろ、お前なら偽装していても分かるだろう」


「確かに違うようだが、分からないな……」


そこで、クリムが話に加わってくる。


「魔導種と名乗っています」


「…… 新たな種? まさか!? 研究していたアレか!」


エリックの驚いた顔に思わずにやけてしまう。


学院時代はいつもこいつには勝てなかったのだ。因みに、町や都市の専任魔術師になるための試験の勉強も一緒にしていたが、俺は落ちてこいつは受かったわけだ。心のどこかに劣等感があった事は否定しない。


読んでくださる皆様には本当に感謝です!!

一応、10万文字、小説一冊分程度の第一部を連続して投稿する予定です!!

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