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虚の混淆  作者: 緑茶猫
揺籃から墓場まで
12/16

4(3)

「着いたわ」


 そう水之江先輩が口にした所でハッとする。女性の匂いでぼーっとしていたなんて、まるで変態だ。我ながら恥ずかしい。


 惚けていた事を誤魔化そうとすると却って焦ってしまい、何か無いかと周りを見渡すと、そこは自分もよく知る場所だった。さっきのカフェの位置から考えると、遠回りをしていた気もするが、水之江先輩としては散歩も楽しみの一つだったのかもしれない。……失礼な事をしてしまっただろうか。


 けれど、今はそれよりも気掛かりな事があった。


「先輩……ここって……」


「ええ、覚えているでしょう?」


 バイトの帰り道の通りだ。それも、一昨日水之江先輩と出会った路地裏を少し入った所。俺の馬鹿野郎、どうしてこの路地に入った時に気付かなかった?


「お、覚えますよ。先輩こそ……覚えていたんですね……」


 心臓の音が早く、強く鳴る。嫌な汗が頬を伝う。落ち着け、落ち着け。


 ……そもそも、覚えているなら、どうして昨日は知らない振りをしたんだ? でも、一昨日は『悪いことは言わない、ここで見たことは忘れて、帰りなさい』と、まるで俺を遠ざけようとしていた。そう考えると、必ずしも悪い方向に考えるべきでは無いのだろうか。


「ええ、申し訳無いけど、事情があってね」


 水之江先輩はそう言うと、左手を真上に伸ばす。


「事情……ですか……?」


 チャリン――そんな小さな鈴の音が聞こえた。


「見過ごす事は出来なくってね」


「何を――――」


 そうやって訊ねようとした時、真っ白な鞘と柄の刀が一振、文字通り空から(・・・)彼女の翳した手元に落ちて来て収まった。


 水之江先輩は白い鞘を左手で掴むと、同じく白い柄に右手を伸ばして、滑らし、銀色の刀身を剥き出しにする。眼前で、拙い光を反射させるそれは本物であると嫌でも理解出来てしまう。


 そうして、振るった。


「――――あれ?」


 手の平を見て、腕を見て、全身を見る。痛みはおろか何処にも傷なんてものは見当たらない。けれど、何が起こったのか理解出来なかったのは一瞬だった。


 いつの間にか俺の隣に水之江先輩は居て、俺の頬と刀身には血が付着していた。返り血だった。


 振り向くと、水之江先輩と向き合う形で、路地裏の入り口の方から、知らない女がこっちに向かって立っていた。腕には少しだけ血が滴っているが、瞬きしている間に傷は消えていた。


 女は恐らく俺達と同年代。その様子は何処か虚ろげで、しかし歓喜に満ちた表情をしている。裸足で、服装はまるで病院から抜け出してきたかのような病衣だった。手足の爪は長く伸び、歯も獣の様に鋭く尖っていて、普通じゃない。


『嗚ア……ア呼……! 見付ケタ! 見付ケタ! 愛シイ貴方! ヨウヤク、カナッタ!』


 爪や歯を除けば、一見人の様な容貌であるにも拘わらず、発される言葉は皆、片言で狂気に満ちている。言葉も通じそうには無く、到底話し合いで解決出来そうにもない。


「水之江先輩、これは……」


「貴方は一旦この先で身を隠しなさい。こいつは貴方を狙っているから、周りを変に動かれると面倒なの」


「俺を……?」


 何故? あの女と面識なんて無いし、狙われる理由だって無い筈なのに。……けれど、人間離れした速度と動きで向かってくる病衣の女を、刀で退けている水之江先輩の様子は、嘘を言っている様にも見えない。……でも。


「水之江先輩も危険じゃないんですか……? それなら俺が囮に――」


「何度も言わせないで、足手纏いよ」

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