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奏鵺街の日常。  作者: 蒼銃
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封札師

 むせ返るような煙の中で、少年は作業していた。

 煙は魔力を一時的に高めるもの。

 元はただの紙である、札に魔を込める。

 魔を込められた札は、一時的な守りや攻撃となり消え去る。

 それを商売として売る、封札師だった。

 正確には、少年は封札師見習いなのだが。

「祝帝」

 奥から札の束を持った師匠、老年で二百年近く生きた妖人だ。

 祝帝(しゅくてい)とは少年の名前だ。苗字はなく、捨て子だった祝帝は師にこの名を与えられた。

 師匠と同じように、封札の才能があった。そのため、恐らく祝帝も妖人なのだろう。

「はい。師匠」

 作業していた手を止め、師匠に向き合う。

「よいよい、そのまま続けなさい」

「はい」

 祝帝は作業を再開する。魔力を込めて、丹念に丁寧に。

「そのまま聞きなさい」

 出来上がった封札をまとめながら、師匠は言う。

「これからはお前が封札を作ること。私は補佐に回ります」

「師匠、僕はまだ未熟です」

 魔力に込めて、次へ。

 祝帝の込める魔力はムラがあり、苦情の元になっていた。

 封札を使用するのは命をかける場面が多い。失敗があってはならないのだ。

「わかっている。しかし、私ももうこの歳。封札は少々きつくなってきた」

「……」

 年のことを言われると祝帝は弱る。反論のしようがないからだ。

「これから少しずつ、しっかりしていけばいい」

 そこでやっと祝帝は作業の手を止めて師匠を正面から見た。

 師匠は見た目は八十代の老齢の男性だ。小さめの眼鏡をかけて、左目はほとんど見えていなかった。

「これからはお前の魔力で札を作っていくんですよ」

 これからは──。その言葉の重さに気づき、祝帝は眉をひそめる。

「外にお客さんがいらしてます。行ってきなさい」

 師匠から、まとめていた封札を渡された祝帝は、渋々表に向かった。

 表に向かった祝帝を迎えたのは、真っ赤な外套を着た背中だった。

 小上がりに座っていたのは、二刀流の白髪の青年だ。常連だ。時々表に出ることがある祝帝もよく見た顔だった。

 腰に下げているはずの刀ふた振りを皮の腰巻から抜いて持っている。

「いらっしゃいませ」

 振り返る青年はまだ年若かった。

 封札屋を利用する者は、荒事に関わるものがほとんどだ。

 青年がどういう荒事に関わっているか、祝帝は知らない。興味がなかった。

 ただ、使用するときの発動に失敗がなかったかどうか。命に別状はないか、それだけが心配だ。

「封札、攻撃型を百枚くれ」

「はい。……あの」

 差し出しかけた封札を祝帝は引っ込めた。

 目を丸くする青年に、祝帝は思い切って言う。

「用法、用量を守り使用を。封札の力を過信しすぎませんよう」

 こんな当たり前の説明など、最初に伝えてあることだ。無意味。

 俯いて祝帝は恥じた。店番もできないとは。

「おお、わかった」

 ハッと顔を上げると、青年は少し驚いたように頭をかいていた。

「たまに言われないと忘れちまうもんだな。サンキュー」

 祝帝は言わなければという、切羽詰まったものに追い込まれる。

「まだ師匠の作成ものの在庫がありますが、そのうち僕が作成した封札のみの販売となります。ご留意ください」

 頭を下げる。

 申し訳なさと、これからのご愛顧を込めて。

「へぇ。でも今までもあんたが作ってるのあったんだろ?」

 青年はなんてことないという風に語る。

 祝帝にしてはおおごとだ。命に関わることを任されたのだ。

「はい、ですが」

 ニヤリと青年は挑発的な笑みを浮かべた。なんという、色気のある顔か。祝帝はどきりとした。同性なのに。

 言葉を失う祝帝に青年は言う。

「見習いだからとか言うなよ。あんたも封札のプロなんだ」

 ぷろ、とはなんだろう。

 戸惑いを隠せない祝帝に、青年は先ほどとは別の、ぎこちない笑みを浮かべた。

「ここに来るってことは、あんたと封札を信用してるってことだ。俺は今、あんたを信用した。誰にでも失敗はあるもんだ。それを少しずつ減らしてけばいい」

 青年の信用という言葉が重い。

 祝帝は受け止めきれるだろうかと思った、いや受け止めねばならない。

「お客様も、失敗をしましたか?」

 祝帝の素朴な疑問にも青年は気を害した様子なく答える。

「ああ、仲間に一生消えない傷を残す怪我をさせた。俺のミスでな」

 ミスとはなんだろう。

 このお客は、不思議な言葉を使う。外の世界の人だろうか。

 青年の横顔は、遠くを見て黄昏ていた。

「ミスしたら謝ればいい、許す奴は許してくれるし、許さない奴とはそれっきりだ」

 それは、なんて、気の軽い付き合いだろうか。

 青年はそうして自由に生きてきたのだ、きっと。

 祝帝にそんな自由な生き方はできない。

 狭い部屋で、煙に巻かれて、一人で封札を作ってきた祝帝には眩しい世界だった。

「ああでも、客商売じゃそうもいかねーな。変なこと話したな」

 くしゃりと笑う青年。

 帰るに立ち上がりそうな雰囲気を感じ、祝帝は引っ込めた封札を差し出す。

 持っていた二つの刀を腰に差してから、礼を言って受け取った青年は、懐から紙幣を出した。

 祝帝が両手で受けとる頃には、青年は封札をしまっている。

 自分の封札がお客に渡る。その重みに改めて身の引き締まる思いがした。

「じゃあな、店主。またくる」

 赤い外套を翻し、青年は颯爽と店を後にした。後に残された祝帝は、戸惑うしかない。

「てんしゅ……」

 鏡のような銀の瞳を伏せて、祝帝はその言葉の重みを受け止めた。

 再び目を開けた祝帝の瞳には、確かな、しっかりとした意思が宿っている。封札師というたった一人に認められた新たな道を行くことを。

 その小さな背中を店の奥から、師匠が見守っていた。

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