青薔薇の君
奏鵺街。
そうぬえがい。そう呼ばれた私の故郷は、残念ながらそんなに治安のいいところではなかった。
スリや強盗は日常茶飯事だし、物騒なものでは殺人も起きたりしていた。
でもまぁ、普通にお店は構えられたし、私の夢は店を持つことなのだけど。
日常を送る人たちにはあまり関係のない荒事だ。
今は奏鵺街の一角にある蕎麦屋さんで働かせてもらっていた。
「いらっしゃいませー」
お昼も終わり、昼の暖簾を下ろそうとしたところに、その人たちは現れる。
真っ赤な燃えるような髪に、金の瞳。柔和な雰囲気の成人男性。見た目には人だ。二十代にみえるけど、いくつくらいなんだろう?
それと、ちらりと男性の後ろを見る。
ふよふよと足がない、目を見せない存在、幽鬼だ。人に取り付いて生気を搾り取るといわれている。
美しい黒髪に、目元には青薔薇を咲かせて、白い洋装に足元からは青い蝶が舞っている。誰もが見惚れる美しい女性の姿をしていた。
普通、妖はお断りするのだが、店長はこの人たちはいいと毎回通していた。
「こんにちは~」
にこやかに笑う青年に、私も営業用の笑顔を浮かべる。
最初は怖くてぎこちなかった笑顔も、だいぶ慣れたように思う。
「いらっしゃいませ! お好きな席へどうぞ」
「ありがとう」
青年─私は青薔薇の君と呼んでいる─は、こうして同じ頃合いに幽鬼と連れ立って来店する。
品書きを見つつ、青年は人気のない店内で私に聞こえるように言った。
「ざるそば大盛りで」
「はーい! 店長、ざるそば大盛りひとつ!」
「あいよー」
店の奥からやる気のない声が聞こえる。
私はそれを耳にしつつ、お茶を持って青薔薇の君の元に運ぶ。
「今日も紅葉嵐がひどいね」
「はい、掃除が大変で……」
「店先、ひどいことになってたよー」
「ええっやだなぁ、また掃除しなきゃ」
「ふふふ、その様子だと店長さんはやってくれないんだね」
「そりゃあもちろん! 私がいる間は任せっきりですよ!」
ははは、と声をあげて笑う姿は、ただの美形だ。
青薔薇の君は、喋ると普通だ。
幽鬼を連れてなお溌剌としている以外は。
時々喋ることのない幽鬼と喋っている以外は。
時々死んだ目をしているとき以外は。
「ざるそば大盛り一丁」
「はーい!」
ざるそばを青薔薇の君に運ぶ。
「ありがとうー」
食べている間は暇だ。箒を持って外の掃除をしようと外にでた私を、紅葉嵐が吹雪く。
赤赤々、真っ赤に色づいた紅葉が風に乗って吹き荒れる。
「うわ……っ」
まだこれだけ吹き荒れていれば、掃除しても骨折り損になりそう。
がっかりした私は、箒を持ったまま中に入った。
「まだ荒れてたでしょー?」
「はい……もうすこし時間経ってからいきます」
そこで初めて、青薔薇の君は苦笑した。
「ご愁傷様」
肩を落として奥に引っ込んだ私の目に、煙管をふかす店長が目にはいる。
店長は人鬼だ。腕っ節のいい鬼族は、警護の仕事とか荒っぽい仕事に就くことが多いのだけど、この店長はどうやら変わり者らしく、腕っ節はからっきしだ。荒っぽい客がくると全部私に押し付けてくる。
「あ、店長! お店やってるときは煙管禁止!」
「いいじゃねぇか。もう閉めるんだし」
「そうですけど!」
けじめがあるでしょう!
と腹を立てる私の頭をわざわざ立ち上がってがしがし撫でる。
髪が乱れる!
「いっぱしのこと言うんじゃねぇ。それよりお客ほっといていいのかよ」
「店長に言われなくても!」
そう言って厨房と店内の暖簾をくぐった私は、誰もいなくなった店内に呆然とした。
青薔薇の君が座っていた席には、代金と食べ終えた器。
(まるで幽鬼みたいな人)
青薔薇の君の笑顔を思い出す。
儚くはない、むしろ現実味をちゃんと帯びていた。
現実味がなかったのは、後ろに控える幽鬼のせい?
「おい、店じまいするぞ」
「あ、はーい!」
暖簾を外しに外にでれば、紅葉嵐は去り、嵐が残した赤々の紅葉の葉だけが残る。
まるで、紅葉嵐が青薔薇の君を連れてきたように。




