なんか、凄まじく、複雑なんですが
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と、宗旦狐の端末が急に震え出す。
誰かから、メールが来たらしい。
宗旦狐はそれを読んでから、
「ちょっと、出てきます」
と言って立ち上がった。
「行ってらっしゃーい」
何の用だろう?
まあ、先生同士の連絡事項かな。
あたし、宗旦狐が資料室の扉を閉めて出て行ったのを確認してから、端末を取り出してチョコのレシピをインターネットから引っ張り出す。
……手作りチョコねえ。
あたし、ぶっちゃけ本当にお菓子作り苦手なんだよなー。
ほら、普通の料理であれば、目分量でなんとかなるけど、お菓子ってそうはいかないでしょ。
一回、目分量でクッキー作って歯が折れそうな奴出来上がったことあるんだよね。
でもって、手作りチョコにはトラウマがあるから、できれば市販の方が心の傷に塩を塗らずに済むんだが。
というか、そもそもバレンタインって文化が気に入らない。
それ自体がトラウマだわ。
いい思い出なんて一つもないんだから。
それにしても、相変わらず暇だな。
あたし、立ち上がって窓の外を眺める。
あーあ、いい天気だこと。
ここ、資料室の窓からは、資料室がある十号館の裏庭が見える。
たまに学生がベンチに座ってお昼を食べてたりするのを見かけるけど、今日はさすがにいないか。
ーーと思ったら、いた。
あの子、うちの学生だ。
お昼ご飯は食べてないけど、なんか小さいカラフルな紙袋を持ってベンチに座ってる。
今、大学は春休み真っ只中。
そして、今日は卒業生の成績発表。
ってことは、あの子は今年度の卒業生かな?
と、卒業生ちゃん、急に何かを見つけたらしく、ばっと立ち上がる。
卒業生ちゃんの目線の先にから現れたのは、宗旦狐だった。
……あっ、察し。
あの卒業生ちゃん、宗旦狐にチョコ渡すんだ。
バレンタインは明日だけど、春休みだから、宗旦狐が明日大学に来ることはない。
だから、今日のうちに渡そうと。
でもって、前日であってもチョコを渡したいってことは、あれは、多分本命。
……いやでも待って、宗旦狐、さっきメールで呼び出されてた?
え?あの卒業生ちゃんとメアド交換してんの?
へえ?
ま、まあ、あたしも大旦那とメアド交換してるし?
先生と学生がメアド交換してたって、別に普通っていうか?
と、卒業生ちゃん、ばっとカラフルな紙袋を宗旦狐に差し出した。
ここからでもわかるくらい、卒業生ちゃんの顔、真っ赤。
なんか、あたしまで緊張してきた。
宗旦狐は、卒業生ちゃんに何かを話し出す。
ここからだと表情はわからないけど、多分、困ったように笑ってるんだろう。
途端、卒業生ちゃんは泣きそうな笑みを浮かべた。
「大丈夫です。ありがとうございました」って口が動く。
所在なさげに差し出された紙袋。
卒業生ちゃんは、一度引っ込めるも、再び宗旦狐に渡した。
きっと、自分じゃどうすることもできないから、宗旦狐になんとかしてもらおうって思って差し出したんだろう。
宗旦狐は、それを受け取った。
そして、卒業生ちゃんに何かを言って十号館へと戻ってくる。
ーーなんか、凄まじく、複雑なんですが。
見なきゃ、よかったんだよね。
でも、なんか気になっちゃって、結局一部始終を見届けてしまった。
ああ、宗旦狐はこっちに戻ってくるんだろうか。
戻ってくるよね。