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花は微笑まない  作者: 青空
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巡り会い


さて、レオンが出て行った部屋で私はひとつため息を落とした。

あの長い夢…たぶん前世と呼ばれる過去の記憶を軽く反芻する。そして先ほど霧散した聖水の中から出てきた人物の顔と声を思い出して、思わず頭を抱えた。

「あの人…樹だわ」

前世の私を一部屋に閉じ込めて、家畜同然に扱っていた人物。あの人を見たせいで、この世界では必要ない前世の記憶まで思い出した。

正直、あの人が勇者だなんて信じたくないわね。本当はもう二度と会いたくない。早く帰ってくれないかしら。

そう思うけれど、実験の失敗で呼び出してしまったという負い目がある。こちらの落ち度で迷惑をかけてしまったのだから、一度ちゃんと謝らなければならない。

「…はぁあ、気が重いけれど一度だけだもの。しょうがないわよね」

私は愛用の杖を手に取り、魔法で割れないように強化されたガラス窓を開け放つ。

ふわりと花の匂いを含んだ風が薄暗い部屋に舞い込む。

太陽はアンダンティカ王国を明るく照らし出し、羊雲は青い空をのんびりとお散歩している。

世界は危機的な状況にあるというのに、なんとも穏やかではないか。

その見慣れた風景が心の底に溜まった黒い淀を押し流していった。

「まずはプリュイさんのところよね」

杖に飛び乗り、お説教覚悟で魔力の痕跡を辿ってトラブルの時に一番頼りになる人の元へと飛んで行った。


プリュイさんはどうやら仕事が嫌になって抜け出した王様を探しているらしく、王宮の屋根の上にいた。

「ああ、フィオーレ!もう大丈夫なんですか?」

そう言いながらも、目は忙しなく王宮のあちこちを行き来している。きっと会話をしながら王様を探しているのだろう。

いなくなった王様探し出せるのは、なぜか魔法が使えるわけでも、優れた視力や聴覚を持つわけでもないプリュイさんだけだから。

「はい、大丈夫です。…それより、召喚された人は?」

プリュイさんの王様探しのことは気にせずにそう尋ねると、プリュイさんが一旦王様探しを中断して私の方を向いた。

彼…いや、今は彼女の森の色の瞳が私を射抜く。

「…あれに会ってはいけません」

プリュイさんの冷え冷えとした低い声と紡がれた言葉に私は耳を疑った。

プリュイさんは怒らせなければ、普段は温厚で物腰柔らかい人だ。間違っても人をあれ呼ばわりなんてしない。

「えっと…なんでですか?私、あの人に謝らないと…」

「必要ありません。それよりも自分の身を大切になさい」

プリュイさんの、国の大事な案件を処理している時よりも真剣な眼差しを向けられる。その瞳には不安と心配、そして憤怒が混ざった複雑な色を宿しているように見えた。

「それはどういう…」

「あれを見て」

私の言葉を遮って、プリュイさんが黄月棟の方を指差す。

その指の動きにつられるようにして黄月棟の中庭、いつもピナが昼寝をしているお気に入りの場所に目を向けて愕然とした。

香り高いサクという実がなる木の下、ピナが木の根元に寄りかかっている。それはいつものことだからいい。

問題はピナがいつも一緒にいる牡鹿やランスを遠ざけて隣にあの男を座らせ、まるで娼婦のようにしなだれかかっていることだ。

目に強化の魔法をかけて2人を観察する。

ピナとあの男が微笑みあう。まるで睦みあうように。

次の瞬間、あの男とピナの影が重なった。

頭をガツンと鈍器で殴られたような衝撃に呻き、蹲った。

頭が酷く痛む。吐き気がこみ上げてくる。

「……レ?フィオーレ⁉︎」

プリュイさんの声が、耳を何かで覆われたみたいにこもって聞こえる。

昔からそうだった。

恋というものが苦手だった。誰かが口づけを交わしているところでも見ようものなら、こうやってその場にうずくまって吐き気に耐えていた。

昔はなんで、と泣いていたけれど今ならその理由もなんとなく想像がつく。

…きっと、あの前世の記憶が魂にまで染み付いていたのね。恋というものが人を狂わせ、家族同然の人間でさえ不幸のどん底に突き落とす恐ろしいものだと知っていたから…。

「フィオーレ、大丈夫ですか⁈」

プリュイさんの、温かい手が背中を優しく撫でる。

…理由を知ってしまえば、もう怖がる必要はないわ。対策を立てることも、関わらないようにすることも可能だもの。

「ええ、大丈夫です」

眩暈を堪えてゆっくり立ち上がり、杖で体を支える。

このくらいで恐がってなんかられないわ。私はこの国を守る魔導師なんだもの。

「ですが…いえ、なんでもありません。ただ、無茶はダメですよ」

母代わりであり、兄代わりであった彼女が心配そうに私を見つめる。

「はい!」

頷き、強張る表情筋を無理矢理吊り上げて笑った。

それに前世の鬼門が目の前に現れたからって、へこたれてなんかられない。

ピナの急変した理由を調べて、何か対策を立てなければならない。それに、プリュイさんがあの男に近づいてはならないと言うんだから理由があるはずだ。

あの男を呼んだのは私なのだから、その責任は取らないといけない。

「ではプリュイさん、失礼します。プリュイさんも王様探し頑張ってくださいね!」

再び杖に飛び乗り、私は眼下のあの男…樹を睨みつけた。

「ええ、また」

プリュイさんがヒラヒラと手を振り、また目線を王宮中に彷徨わせる。きっと王様探しを再開させたのだろう。

私も樹に会いに行こう。それで勝手にここに連れてきたことを謝って、必要なお詫びもキチンとして、丁重にお帰り頂こう。

ともすれば震えだしそうな身体を押さえつけて、自分に迷う暇を与えないようにトンビのようにあの男へと向かっていった。

…プリュイさんがそのまま黄月棟に向かって飛んで行った私の背中を見送りながら、

「ああ、もう。女性はあの男に近づいちゃダメだって言ってるのに」

と困ったように呟きながら王宮の屋根から降りたことに、私は最後まで気づくことがなかった。


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