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花は微笑まない  作者: 青空
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目覚め


長い長い夢を見た。

過去の…前世の私が生まれてから死ぬまでの夢を。

その全てを見ても、彼女と私が同じ人物だとは思えない。彼女の人生は、私にはまるで物語のように感じられた。

けれど、その記憶は。同時に私に、あの男へのどうしようもない恐怖を植え付けた。


…音が聞こえる。シャーリシャーリと何かを擦り付ける音だ。小さい頃から幾度となく聞いている音…。

目を開けると、白いゆったりとした衣を纏う男の背中が目に入った。

「…レオン?」

彼の名前を呼ぶ。喉が震えると同時に出た存外高く細い声に自分自身でも驚いた。

彼が振り向く。

その綺麗な黒曜石に瞳がまん丸に見開かれた。

「…起きたのか?」

「…アンタの目は節穴なの?」

見ればわかるでしょう。いくら朝に弱い私でも自分で起きるときくらいあるわよ。

「このババア…!」

「私がババアなら同い年のアンタはジジイよ」

起き上がりいつものように笑ってみせると、レオンが片眉を跳ね上げた。そして手に持っていた黒光りする剣とヤスリをしまう。

来るかしら?

いつものように取っ組み合いの喧嘩が始まると思って身構えた私に。やって来たのは頬を引っ張る指でも肩を掴む手でもなかった。

温かくてゴツゴツと堅いものにふわりと包まれる。

「え…」

目の前が幼なじみの着ていた白に染まった。

いつもは臭いと言いながら鼻をつまむ、お日様と汗と土埃が混ざった臭いが鼻腔をくすぐる。

「…ったく、このバカ女。心配させんじゃねぇよ」

耳に届いたのは幼なじみの弱ったような声だった。

背中に回された腕はたくましく、昔は私よりも背が小さかった幼なじみも大きくなったんだな、と実感させられる。

それにしても、こうやって抱きつかれるのはいつぶりかしら?

まだ5歳にも満たない、孤児院にいた時はお互いに怖い夢を見たと言って抱き合って眠っていたけれど。

シスターがご高齢で孤児院をやめることになって、行き場のない私たちはこの王宮に引き取られた。その頃からだんだんとこうやってお互いに甘えることはなくなっていった気がする。

お互いにこの国を守る強い戦士になるんだって言って。甘えるのは弱い証拠だって思っていたから…。

「えっと…レオン?」

泣き虫のただの子どもだった時のように私にくっついているレオンの背中にそっと腕を回す。

さっき私が倒れたって言っていたわね。私もこの国を守ってる魔導師なんだから、今まで倒れたことなんて数え切れないほどあったのに。

その時はだから魔導師は…って笑ってきたくせに、今回はどういう風の吹き回しかしら。

「レオン?」

昔のようにぽんぽんと背中を叩きながら声をかけると、レオンがピクリと動いた。

黒曜石のような瞳と出会う。

黒い瞳が驚きとも呆気ともつかない色合いの染まる。その次の瞬間。

「っ⁉︎うわぁあ!」

「きゃあ⁈」

不意に強い力で突き飛ばされて、慌てて防御魔法を編む。魔法はクッションの役割を果たして、私はなんとか頭が壁に激突するのを防いだ。

「ちょっと、何すんのよ!」

危ないじゃない!

いきなり突き飛ばした犯人を睨みつけると、奴は耳まで真っ赤にしながら、

「なんでもねぇ!」

と叫びながら私から距離を取った。

その手にはさっき磨いていた奴の愛剣が鞘ごと握られている。

訳がわからない。

呆気に取られている私を残して、レオンはものすごい速さで扉の方へ走っていく。

「なんでもねぇからな!勘違いすんなよ、引きこもりババア‼︎」

捨て台詞を吐いてそのまま部屋から出て行った。開いたままの扉の向こうで、バタバタと廊下を駆けていく音が遠ざかっていく。

「…って、突き飛ばしたことくらい謝りなさいよ脳筋ジジイ!」

慌てて叫んだが、きっとアイツの耳には届いていなかっただろう。

言い終わる頃にはレオンの背中はすでに見えなくなっていた。


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