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花は微笑まない  作者: 青空
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前世の物語


白い靄のような光が満ち、金色の星のような光の粒が弾ける。

「この光、勇者召喚のものだわ…!」

まさか陣を描いていなくても発動するなんて…!

「んなっ⁈俺たちがあっちに行っちまったらどうすんだよ⁉︎」

耳元で怒鳴り声が聞こえた。と同時に腕を引かれ、体全体を温かくて固いものが覆った。

光の靄が晴れてくる。揺らめく光の靄の中から現れたのは、見慣れた私の研究室の台。

よかった、向こうの世界に行ったわけではないわね。

ほっと安堵したのも束の間。

「…ここは?」

見知らぬ人の、だけれどどこかで聞いた覚えがある声が耳に届いた。その瞬間、背筋がゾクリとするような、または心臓を掴まれたような嫌な感覚が身体中を走り抜ける。

光の靄が完全に晴れる。

靄の中から現れたのは、黒髪に黒い目の、女の私ぐらいの背丈の男性で…。

「ひっ…!」

その人の目を見た瞬間、悪寒が襲いかかってきた。手が勝手に震え出し、歯がガタガタと鳴る。

「おい、どうしたんだ?」

仲間の声が遠く聞こえる。

「…君は……」

再びその人の声を聞いた時。

頭の奥底から赤い記憶が波のように押し寄せてきた。

「…いや」

「おい、フィオーレ?」

目の前がクラクラ眩んで歪んでいく。

鮮紅の血と黒い鎖、開かない扉…。

記憶が脳を侵食していく感覚とともに心の臓が炙られるような嫌悪感が押し寄せてきた。

いやだ、イヤ。嫌!

もう私はあそこには戻りたくない…‼︎

ポロリと目尻から熱い雫がこぼれ落ちた。それは頬を滑り落ちると同時に冷たくなり、最後には弾けて消えてしまった。

「おい!フィオーレ‼︎」

ふと耳元で叫ばれた。肩を強く揺さぶられる。

「…え」

ふと目の前の光景が鮮明になる。近くにはよく見慣れた褐色の肌の男。その背中の向こうには愛用の実験器具たちと相棒の杖に読みかけの魔導書。

そうだ、ここはアンダンティカの青星棟、私の研究室。隣にいるのは憎たらしいけれど一番信頼できる仲間。

隣の赤陽棟には頼りになる王様もプリュイさんもいるし、黄月棟にはピナとランスがいるだろう。

私はフィオーレ。この国の筆頭魔導士。“あの子”じゃないわ。

もうあんなことは起こらない。

安堵した瞬間、身体中から力が抜けて。

「あ、おい!」

焦る幼なじみの声を聞きながら、私は意識を手放したのだった。


私は前世では、地球の日本という国に住む女の子だった。

私にはひとりの幼なじみがいた。彼の名前は林道樹。小さい頃にお母さんを亡くして以来、私と家族のように育ってきた男の子だ。

彼は私が人と関わるのを嫌がり、私も人付き合いは苦手な方だったから友達は少なかった。

私が話すのは数少ない友達と家族、樹の前でだけ。それでも私は幸せだったんだ。

だけれど高校に入学して、優しくて明るいクラスメイトたちに恵まれた。引っ込み思案の私にも新しい友達もできて、男友達というものも初めて持った。

一気に人脈が広がり、私はみんなと騒ぐ楽しさを知ってしまったんだ。

それがあの末路に繋がるということさえ知らずに。

樹は私が男子と話しているのを見て、氷の刃よりも鋭利で冷酷な目で私たちを睨むようになった。

仲良くなった男子はみんな一気に恐れをなしたのか、それとも別の原因か気づいたら私を避けるようになっていった。

それだけじゃなくて、女子の友達もいつのまにか私を無視するようになった。さすがにどうにかしようと動き始めたが、その時にはもう手遅れだった。

私の近くに残ったのは家族と樹だけ。

だけれど家族も冬のある日、居眠り運転をしていた車とぶつかってそのまま…。

いつのまにか、私には頼れる人なんかいなくなっていた。

高校二年生になって新しいクラスになっても友達はできなかった。…正確に言うと、話しかけても無視されるようになった。話しかけられるのは面倒ごとを押し付けられる時だけ。

それだけで自分でも驚くほどナイーブな心は消耗していった。クラスにいるだけで燃やされているような痛みが胃を襲い、トイレでずっと戻したこともあった。

食べたものを吐き出しながら、私は勝手に流れる涙をずっと袖で拭っていた。

落ち込む私を慰めてくれたのは樹だけだった。

唯一私に話しかけてくれる樹を信頼していた。だから、一緒に暮らそうって言われた時も家族みたいなものだからって二つ返事で了承してしまった。

これが悪夢の始まりだとも知らずに。

一緒に暮らし始めてから、樹は私のそばを離れなくなった。

春、大学受験が始まる頃には私は樹がうっかり起こした“事故”で両足の腱を切ってしまい、外に出られなくなっていた。

高校最後の夏休みには鎖で繋がれ、本格的に部屋から出られなくなった。

樹はいつも笑っていた。

「ようやく君を手に入れたよ」

と。

それから私はずっと、樹に甚振られ続けた。樹のストレスが溜まればサンドバッグに、機嫌が良い時には体の良い抱き枕にされた。

正直、心はとうに限界を迎えていた。

涙も助けてのサインも、誰にも届かなくて。

何回目かの春が来たある日。

私が閉じ込められていた部屋に、久しぶりに樹じゃない人が入ってきた。

包丁を握り、薄っすらと笑う彼女は明らかに普通ではなかったけれど、それでも樹以外の人が来てくれたことに一縷の望みを抱いた。

もしかしたら、この生き地獄から私を連れ出してくれるかもしれない、と。

「たす…けて……!」

叫び続けた喉は潰れて、掠れた声しか出なかった。

彼女は言った。

「貴女がいるせいで樹くんが私を見てくれないのね?」

と。彼女は私の左胸…心臓のあたりに冷たく煌めく刃を突き立てた。

痛かった。熱かった。苦しかった。寒かった。

だけれど、これで終わりなんだって思って瞬間安心した。そして私の命を終わらせにきた彼女に感謝した。

やっと…やっとこれで解放されるんだ。あの人から離れられるんだ!

「…あり、がと」

自然と笑みがこぼれた。彼女は私を気味が悪そうに見つめていた。…が、

「おい、何をやっているんだ!」

という樹の声で、弾かれたように窓から逃げ出した。

その様がまるで自由に飛び立つ鳥のように見えて。

私もあんな風に自由に空を飛んでいけるんだと思うと、数年ぶりに心が躍った。

「ーー!」

樹が私の名前を叫ぶ。

けれど、それももう怖くない。もうすぐ貴方の手の届かないところに行けるんだから。

目の前が自分の胸から溢れる血で赤に染まる。

ジャラジャラと私をここに縛り付けていた黒い鎖が音を立てる。

私に苦痛ばかり与えていた腕が私を抱き上げる。死が迫り感覚がなくなってきているのか、もう痛みも熱さも感じなかった。

意識が遠のいていく。

「花!」

あの男の声が耳に木霊する…。

赤い命の水の最後の一雫が落ちた。


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