再会とお誘い
この世界には、魔女王という悪の権化と勇者という善の化身の話がある。
悪逆非道で強大な力を持つ魔女王を勇者が倒し、封印したというどこにでもありそうな英雄譚だ。
その勇者というのがこことは異なる世界から迷い込んできた男性で、この世界の人間にはない不思議な力を持っていたという。
その力で魔女王の人を操る魔法を弾き、魔女王の胸を貫いて封印した。そして約一千年に一度、魔女王が復活しないように勇者の世界の人に封印をし直してもらうのだ。
その人たちのことも、私たちは勇者様と呼ぶ。勇者様たちには合意のもとこの世界に来てもらい、いつでも元の世界に帰れる権利と三つまでなら願いを叶えてもらえる権利と引き換えに魔女王の封印をして貰うのだ。
もうこれくらいしないと世界を救うお礼にはならないよね、ということで。
ちなみにお願い事は死者を蘇らせること、人の心を操ること以外なら大抵のことは叶えてもらえる。
そして現在、一定数はいるとはいえ、普段は人里にほとんど降りてこない知性を持ち人間を襲う動物、魔物が今は溢れかえるほど湧いて出ている。そして前に勇者が来てからちょうど一千年経っているということから、魔女王の力が増してきているのではないかと言われている。
そのため私も含めてたくさんの魔法使いたちが勇者召喚の儀式のために動いていた。
…のだが、最近ではもっぱら魔物討伐の方が忙しくて、ほとんど勇者召喚の儀式の準備が進められていないのが現状だ。
だって、魔物討伐だけで魔力は尽きるし、体力も削られていくんだもの。その傍で世界を挙げての大きな儀式の準備などできようはずもなかった。
早く帰りたいなぁ、なんて思いつつ飛んで帰る魔力が回復するまで荒野を歩いていると。
「おーい、フィオー!レオーン!」
遠くから久々に会う仲間の声が聞こえてきた。
振り向くと、魔物の死屍が累々と転がる荒地を真っ白な狼と立派な角を持つ牡鹿に跨るふたりの人影が見えた。
「あの声、ピナか⁈」
死んだ魚のような目をして歩いていたレオンがパッと目を輝かせる。
「そうみたいね。ピナとランスだわ」
動物に乗った2人がもの凄い速さで近付いてくるのを見ながら、私は唇の端が上がっていくのを抑えることはできなかった。
「ピナ!ランス!」
レオンが大きく手を振る。が、その際に背中の傷が少し開いたらしく、
「いってぇ⁉︎」
と大げさに痛がって蹲った。その目には薄っすら涙まで浮かんでいる。
「無理に動こうとするからよ」
少し回復してきた魔力で治癒魔法を紡ぎ、彼の背中の傷を癒す。
治癒魔法は相性が悪いから本当はやりたくないのよねぇ。魔力も無駄に使うし。
だから歩ける程度にと傷を治しているうちに二人が目の前までやって来た。彼らの相棒が生温かい息を吐く。
「ふたりとも久しぶり!」
大きな牡鹿から飛び降りた少女、ピナが駆け寄ってきて私に抱きついてきた。
「わっ…と。ピナ、ランスも久しぶりね!」
飛びついてきたピナを受け止めて、私も彼女の小柄な体を抱きしめた。
ピナは私よりも頭一つ分背が低くて子どものように可愛いけれど、私よりも一つ年上で研究室に篭ってばかりの私の数少ない友人の一人なのだ。
ついでに言うと、妖精の国の姫というすごい肩書きを持っている美少女でもある。
「ホント久しぶりだな!ずっとクレッシェにいたのか?」
レオンがランスの方に駆け寄る。ランスも狼の頭を一撫ですると地面に降りて、端正な顔にふと笑みを浮かべた。
「ああ、久しぶりだな。最近はフォルティスに行っていた。魔物が増えたからな」
ランスの答えに、やっぱりクレッシェでも魔物が増えているのかと危機感が増した。
この世界には三つの大国がある。
ひとつは私たち人間の国、アンダンティカ王国。人間を主として、他にも獣人や龍人、天人などの少数民族も共に暮らす多種族国家だ。人口の一番多い国でもある。
ひとつはピナたち妖精の国、クレッシェ王国。世界樹を中心とした森に囲まれた王国で、ピクシーやエルフなどの妖精が住んでいる国だ。自然豊かで、美しい自然の景色や食べ物を目玉とした観光に力を入れている。
最後のひとつは魔王様が治める魔族の国、フォルティス帝国だ。魔力も体力も生命力も桁外れに強い魔族と呼ばれる種族が暮らす王国で、世界一の経済大国だ。またの名を世界の工場である。
普段は三つの国が得意な部分でお互いの不足部分を補っているのだけれど、最近は魔物急増の影響でその国家間の協力にも影響が出てきた。
昔はよくアンダンティカ王宮に遊びに来ていたピナたちも最近は対応に追われて、こちらにやって来る回数は減っていた。
「フォルティスってことは、魔武器や魔道具の買い付けかしら?」
「そだよー。久しぶりにソレイユさんやルーナに会ってきたの」
ピナがふにゃりと笑みを浮かべる。
ソレイユさんというのは魔王様のことであり、ルーナはソレイユさんの護衛だ。きっとピナもクレッシェの女王の代理としてフォルティスに行っていたのだろう。
「ソレイユさんもルーナも元気だった?」
「元気すぎて困るくらいだった」
ランスが困ったように笑いながら答える。
「勇者召喚の時にアンダンティカに来るってさ」
ピナがニヤリと笑い、私に耳打ちする。
「ソレイユさんがフィオとレオンのために美味しいお酒と珍しい魔法石持ってくるってさ!」
その言葉に私は久しぶりに心が弾んだ。
「本当⁈」
「うん、フィオの魔法属性によく合う魔法石?なんだって」
ピナの言葉に、私は心の中で小躍りした。
魔法属性の…しかも私の属性に合う魔法石なんて珍しい!
早く見たい!触れたい!研究したいっ‼︎
私の一番の得意分野である氷属性の魔法石はなかなかないのだ。
「楽しみだわ」
「何が楽しみだって?」
早くソレイユさん来ないかしら?と、彼がこの国に来ると聞いたばかりなのにソワソワしていると、ふとレオンに声をかけられた。
「ソレイユさんが氷の魔法石と美味しいお酒を持ってきてくれるのよ」
お酒好きのレオンにそう言うと、レオンもまた子どものように目を輝かせた。
「美味い酒⁉︎」
「うん。ピチカの蒸留酒だって!」
同じくお酒が大好きなピナが蝶のように身を翻してレオンに駆け寄る。
ピチカかぁ。美味しそう。
ピチカというのは瑞々しくて甘い夏の果実だ。生で食べても美味しいし、お菓子なんかに入れても美味しい、クレッシェでしか採れないフルーツだ。
毎年ピナから届くのを楽しみにしているくらい好きな果実なのよね。きっとお酒にしても美味しいわ。
「ピチカ?ならフィオでも呑めるんねぇか?」
「レオン、蒸留酒はさすがに…。フィオは強いお酒はダメだったはずだぞ」
レオンの言葉にランスがストップをかける。
ランスの言う通りなのが少し悔しい。
美味しいけれどレオンやピナほどお酒に強くはないから、蒸留酒なんて飲んだら一杯で潰れてしまうのよね。
うーん、本当は諦めた方が良いのだけれど、それでも飲みたいのよねぇ。
「大丈夫だよー。レオンの部屋で飲めばいいし」
「…妙齢の女性が男性の部屋に入るのもどうかと思うぞ」
ランスが渋い顔をしているが、ピチカのお酒は気になる。
それにレオンの部屋なら、潰れても一泊させて貰えば良いわよね。
「なら私も少しだけ呑もうかしら」
小さく笑みを浮かべると、レオンがうげ、と声を漏らした。
「何よ、やっぱりやめたはナシよ」
「酒のことじゃねぇよ!俺の部屋はやめようぜ。お前酔うと…」
「じゃあ決まり!早く帰ろう!」
レオンの言葉を遮ってピナがパチンと手を叩いた。そして、
「ソレイユさんが来たらレオンの部屋で酒盛りね!」
とパッといたずらが成功した子どものように笑う。
女は強かった。
「話聞けよ!」
とレオンが叫び、ランスが肩を落としたがピナには聞こえていない、見えていないのだった。