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元自衛官、異世界に赴任する  作者: 旗本蔵屋敷
6章 元自衛官、異国での戦いを開始する
99/182

99話

「半壊の歩兵部隊を合流、騎兵隊は戦闘部隊ではなく遊撃兵に」

「歩兵部隊の皆さんは右翼の方々を迎え撃つようにしながら平押ししていって下さい」


 二日目の戦場、さらに状況は宜しくない。

 先日戦線復帰させた連中も軽傷だった連中も、風に吹かれて直ぐに充足率にダメージを受けて言った。

 頬の傷口が一向に治癒せず、この世界は過酷な世界なのだと俺は理解した。

 こんな世界、少し賢けりゃ戦ってまで人類の勝利を掴むだなんて馬鹿げている。

 もう少し賢ければ、生まれてくる事を拒否したくなるような物だ。

 ただ、夕食時の会話でAAR《After Action Report》をしたときに、理解できた事がある。

 相手は此方に比べて士気・統制が低いようだ。

 本来であれば圧倒的に不利な人類は殴れば死ぬような物なのだが、交戦をすると勝ちを見出せないと追撃すら覚束無いようだ。

 それどころか、タケルやアイアス等と言った中身入りの駒と交戦した場合、僅かに後退したり硬直を起こす事も分かった。


 あとは……地形を生かす、等といった事を全く考えていないようだ。

 もう誰もがど忘れしただろうが、一人……いや、一つの部隊を潜伏させたまま戦場から消したままだ。

 俺は嫌悪から、ヘラは追及しなかったが――戦場の動きを見るに近寄りたくないのか、或いは忘れたかのように避けられていた。

 これはこれで使うべきだと思い、暫くそのまま沈めておく事にする。


「……物資等、陣はそのままに最低限の荷のみで前進する」


 そして、全く馬鹿げた話だが……陣替えもなにも、それすら拒否してしまえば王の駒とて素早く動けるのであった。

 つまり、俺は鈍重な荷物を丸々抱えたままに移動をしていた訳だ。

 マス目に『物』と書かれた物が表示され、それが陣地ごと置き去りにした物資の事だと直ぐに悟る。

 騎兵を乗り降りさせる事も出来、そう言った切り替えも出来るのかと思いながら兎に角試行錯誤する。

 

 幸いな事といえば魔物軍の方は人類に比べると動きが鈍重で、こちらが朝早くに起きて戦闘準備や偵察をしていてもまだ休憩中のままだった。

 朝食を軽くとった時にもまだ眠っていたりして、これは隙なのかと思いはしたが……有害な雪が解けなければ部隊を動かせないのだ。


「ご主人様、勝ち目は?」

「――正直、わかんね」

「……そう」


 あと、一つ分かった事がある。

 女王のコマを前進させると、どうやら味方部隊の戦闘能力が上昇しているように見えた。

 少なくとも被害が減り、与えるダメージが増えている。

 そして先日は命令拒否をした僧兵のコマも、それに着いてくるようにリキャスト時間半分で前進しだす。

 


「アイアスとタケルはそれぞれ歩兵部隊を二ずつ指揮権を委譲する。マリーは二人の中間くらいの後方に位置して左右翼の敵に圧力、二人が敵を押さえ込んで脅威を感じなくなったら……魔法で敵の中央に風穴を」


 先日よりは柔軟な部隊の行動をさせていると思う。

 そして伝令ラグだの行動や再行動待機時間だの面倒臭い考えは、無駄な枝葉を取り払って最適化する。

 ゲームだけど、ゲームじゃない。

 俺のすべきは『かつて、早馬や伝令によって命令伝達をしながら戦う戦争』である。

 なら、俺一人が全てを担当する必要は無い。

 仲間に部隊を預けられるのなら預ければいい、必要な時に必要な情報を伝達して下げたり移動させたりするだけでよくて、後はスキル……特別な行動をする時だけ注意を払えばいいのだ。


 しかし、足りない。一手が足りない。

 此方は統制と士気が高いが充足させられない死兵だらけ。

 対して相手は統制も士気も低いが、数においてはこちらを上回る部隊だ。

 アイアスたちが二部隊による別方角の攻撃や、それこそ正面と横からというアンブッシュめいた攻撃でもゴーレムが倒れない。

 ……いや、倒せていない訳ではないのだ。

 ただ、一体を倒すのに三倍の兵力を要するような戦いだ、時間がこちらをドンドン苦しめる。


「アイアス、タケル、ロビン、ファムはそれぞれ自らの持てる技能を使用して適宜敵に打撃を与えてくれ。殲滅はしなくて良い、敗残兵を多数生み出す削り出しで敵の全体士気を低下させる」


 そもそも、英霊達はかつての戦場でも既に魔法や技能、技術を扱って戦ったはずだ。

 だからこそこの判断をして、命令を下す。

 一瞬、何倍もの打撃を与える表示と敵ゴーレム周囲のゴーストモンスター達が逃げ出すのを目にする。

 高威力で大打撃を与え、その被害を前に一部敗走し出したという事だろうか。

 ただ、まだ相手に余裕が有るので後衛に合流した一部のモンスターは再び時間を置いて戦線復帰してしまう。


「マリー、相手の僧兵を妨害するように魔法を。もう一人の僧兵は出来る限りの援護を味方に」


 ……スキル、魔法、個の特殊能力。

 それらを使えば一時的に相手を叩きのめす事ができるが、それでも足りない。

 しかも、それらを行使すると言う事はそれぞれに負担を与える事につながる。

 魔力を消費する、味方を巻き添えにしないように下準備が必要になる、疲労がたまる……。

 

「歩兵部隊は全体でもう半分はダメだ!」

「きへー、もう……つかれきってるし、かぜとゆきで、うごけない」

「魔法をもっと撃たせて! じゃ無いと助けられないでしょ!」

「疲労度が高くてこれ以上は急な転換も移動も出来ない」

「にゃ~……もう、武器がダメになってきたにゃ~……」


 方々から上がる報告、戦況は……五分五分にはなった。

 しかし、五分五分ではダメなのだ。

 二日目を終えたとして、また日を跨げば互いに戦線復帰と充足がされる。

 しかし人類側に補充兵はおらず、治癒による戦線復帰しかない。

 対して相手は――クソ、兵の数を回復させてくる。

 これが絶望的な戦い、人類は勝利以外に生き延びる道は無く、その為には一気に叩きのめさなければならない。

 全体が群れて瓦解してしまうような大打撃を与えるか、その奥のキングを……ヘラを倒すかだ。


 二日目が終わり、俺は出来る限りの指示を下すと疲労ゆえに倒れこんでしまう。

 降り積もる雪の中、冷たさよりも熱さを感じながらカティアに引き起こされる。


 指揮官だ、司令官だ。

 なのに、やっている事は最前線司令部と同じで、休まる暇が無い。

 数度騎兵隊が味方を貫通して本陣まで攻め込んできた、その時に俺はゴーレムと交戦してやられまいとした。

 そんな事を二十四時間分も体験して、瞬きの回数すら忘れるくらいに集中したら精根尽き果ててしまった。


 カティアに陣まで連れ戻され、食事は天幕の中でとることに。

 夜、再び俺は眠れずに被害状況と現在の状況と見落としが無いかを確認し続けた。

 夕食の時に、出来る限りの情報と意見を求めた。

 しかし、しかし――それでも足りない。


「ご主人様……」


 二日目の夜も、カティアの心配そうな声を聞いた。

 それを聞きながらも、俺は再び深夜の陣容を眺めながら――睨みながら震えながら朝を迎える。

 三日目は、もはやこれは戦争ではなくただの残党狩りなのではないかとさえ思ってしまった。

 相手の戦力は七割を切らせた、しかし此方は既に五割を切った。

 普通なら……そう、普通であればこれ以上の戦闘など馬鹿のやる事なのだ。

 ゲーム上ではあるが、実際に戦闘し疲弊するかのようにアイアス達も疲弊している。

 出来る事を色々試し、女王の駒や王の駒でさえ既に前線近くにまで投与している。

 

 だが、それでも……足りないのだ。

 相手は何度も瓦解するのだが、撤退した先で合流してまた戦線に復帰してしまう。

 必要なのは後方部隊もズタボロにしてやり、そちらが勝ち目を諦めさせなければならないのだ。

 前線の一部が瓦解しても、その穴を埋めている間に後方で再編して前線に復帰させられる。

 

「くそ、機関銃で蜂の巣にしてやりてえ……」


 だが、これは再現だという。

 であれば、王の駒と女王の駒……だけじゃなく、他の空白の駒がどんな役割を担っているのかを知らないのだ。

 アイアスやロビン、マリーやファム、タケルに……あの英雄殺しなら、多少理解できているからこそ特性を生かせる。

 だが、本来そこに居たであろう人物を知らないからこそ、リーダー無き部隊のように成り下がっているのだ。

 マリーは魔法が得意だが、もう一つの僧兵の駒はなんなのだろうか?

 ロビンが騎兵を率いているが、もう一つの騎兵の駒は誰が指揮している?

 ファムと並んで突撃して敵を思い切り蹴散らしてくれる戦車部隊のもう一人は、どのような活躍をするのだ?

 分からない、分からない事だらけだ。

 ヘラはあれ以降こちらには来ず、俺は眠さと頭痛を抱えながら三日目の夜に寝床に倒れた。

 

 迫ってくるバッドエンド、敗北と言う覆せない――認めるしかない結末。

 いや、本当は分かっている。

 ”王と女王の駒”が何が出来て、何をすべきかさえ分かればまだ多少はやりようがあるのだ。

 なのに、リーダー不明で交戦させて戦力が削られていくこんなマゾゲー、どこが正々堂々とした勝負だと言うんだ?

 

「顔色が悪いわ、少し……休んだら?」

「――……、」

「疲れたら頭が回らないでしょ? もしかしたら寝ている間にも何か閃くかも知れないじゃない。休む事も仕事の内だって、ご主人様言ってたし――」


 カティアが普段の強気を見せずに労わってきて、本格的に自分がダメになったのだなと理解する。

 ――対人関係に関しては素人だが、本来とは違う言動で接して来たという事は何かが違うと言う事を察する事が出来る。

 その原因が彼女に無いのであれば、俺にしかないのだ。

 ゲームの対戦相手であり、彼女の主人である俺しか――。


「……ん、ごめん。カティア、悪いんだけど――」

「ん、何か有ったら起すわ」

「あり、がと……」


 二徹は流石にキツイ。

 仮眠すらとっていない状態では、既に脳のエンジンも歯車も擦り切れ、磨耗し、焼ききれていた。

 頭の中で歯車が噛み合ってない状態で、どうやってアイディアを閃けというのか。

 横になると不安が襲ってくる、仕方が無く詰まれた物資を背にして座りながら目蓋を閉じ――。


「よいしょ、っと」


 そんな俺に、もう一枚の毛皮を被せられた。

 みると、カティアが一緒にくっ付いて座ってくれている。


「ご主人様、クイーンを……私を使うのが、怖い?」


 それは、分かりきっている物だった。

 戦線を動かしている上で、一番自由度の高い駒はクイーンで……その拘束力や抑止力は、どの駒よりも直接的に高い。

 ナイトの駒は間接的に、ポーンは斜め一マスではあるが前線を膠着させる。

 本来のチェスであれば、そうなのだ。


 しかし、俺はカティアを……クイーンを前線に連れて行きはするが、一切の交戦をさせなかった。

 ただのチェスでも、そうだった。

 マリーやヘラと遊んだ時も、クイーンを動かしはしてもリスクが有る場合は、逃れられないと思ったら動かす事も出来ない。

 キングに関しては取られれば負けだとは分かっていても、一マスしか動かせない事が逆に気を楽にしてくれて、安易に動かせるのだ。


「……だな」

「ゲームなのに?」

「――……、」


 思い込み、固定観念、情報の欠落による勝手な推測。

 ただ、どの時でも俺はいつも”強い駒”ほど大切にしたがる。

 本当のRTSやSLGなら、ユニットは量産ができるか非量産化で判断が分かれる。

 どんなに強くても量産ができるのなら、その重いコストを支払っても使い潰せる。

 しかし、英雄ユニットや特殊ユニットは使い潰せない。

 歩兵は一体潰されれば穴が開くが致命的じゃない、他の駒で埋め合わせができる。

 だが、希少性の高いユニットほど奪われたくない。

 王と対の女王なんて、まさに奪われたくない駒であった。


「もっと、突っ込ませないと、ダメか?」

「私は疑問を呈するだけですわ、ご主人様。ただ思ったように口にするだけ――」

「――……、」


 頭が痛い、薬を飲んでから目蓋を閉ざすと世界そのものから隔絶されたかのように思えた。

 意識は有るのに、五感が全て失われていく感じ。

 身体は寝ているのに、頭だけが稼働し続けている様子。

 休めていないのを感じ取りながら、俺はひたすらに「休まなきゃ、休まないと」と自分に言い聞かせる。

 本当はダメだ、そうすると鬱が酷くなると散々言われてきた。

 しかし既に性分で、そればかりはどうしようもなかった……が。


「起きろタコ助!」

「っ!?」


 揺さぶられ、叫ぶような声に俺は驚き目を開く。

 すると……俺は毛皮に包まり、外の木の下で一人寝ていた。

 目を開くと居るのはアイアスで……格好が、今までの物とは違う。

 頭を叩かれ、その強さに思考が吹っ飛びそうになるが――クリアになる。


「作戦会議だ、お前も出ろ」

「あ、えぇ!?」

「グズグズすんな、今日を越えられなきゃみんな死ぬんだぞ!」


 胸倉をつかまれ、間近で切れられる。

 いや、分かってるはず……なのだが、何故アイアスがこうもまでキレているのかが理解できなかった。


「アイアス、声を抑えるんだ。敵に気付かれる」


 そして、胸倉を掴んでいるアイアスの背後にはタケルが現れるが、彼もまた格好が違った。

 ……今の、綺麗なタケルやアイアスでは無い。

 むしろ雪の汚染に肌を焼かれ、血を滲ませ、泥や汚臭に塗れていると言う事で全てが違った。


「急ごう。俺たちは時間と作戦で相手を上回るしかない」

「分かった」

「ちょ、ぐるじい」


 胸倉を掴まれた俺は、そのまま身体を引きずられていく。

 汚染された雪に塗れ、引きずられた箇所が酷く痛む。

 だがそれも長くは続かず、とある場所にまでたどり着くとアイアスは開放してくれた。


「座れ」

「――……、」


 俺はその言葉に従い、黙って腰を下ろす。

 また……また俺は、変な夢を見て居るようであった。


 そうやって座っていると、様々な人物が集ってくる。

 マリー、ロビン、ファム、そして眼鏡をかけた具合の悪そうな青年等と見知った顔もあれば知らない顔もある。

 そして――最後にやってきたのは、銀髪の彼女だった。

 マリーやヘラ、アイアスたちが「中心人物だった」と言う人物で……マリーが一度召喚して見せた、強い剣士でもあった。


 彼女の登場を見て全員が目線をそちらへとやる。

 欠伸を漏らし、そのまま彼女はこちらに来ると僅かな笑みを浮かべる。


「やあ、お早うみんな。今日は生きるにしても、死ぬにしても良い日だと思う」


 そんな挨拶で、俺は少しばかり表情を引きつらせかけた。

 しかし、他の誰もそんな軽口に突っかかったりはしなかった。

 全員が至極真面目な顔をして、彼女の言葉を聞いていた。


「あれ、アイアスは突っかからないんだ。死ぬには良い日だなんて縁起が悪い~とか」

「縁起? そんな物を担いで戦いに勝てるのなら、幾らでも担いでやる。ここに居る全員、そんな曖昧な物に縋らないってのは分かってんだろ?」


 俺の知っているアイアスは、ここまで真面目じゃなかった。

 飄々としていて、真面目であってもどこか底を読まれないような浅薄さがあった。

 だが、ここに居るアイアスは違う。

 真っ直ぐで、直情的で、感情的に見える。

 タケルも、まだ片目を失う前のようだ。


「――ま、その通りだね。今日……そう、今日を勝たないと人類に先は無い。しかも、今日を勝った所で明日や明後日が楽になる訳じゃない。それでも……それでもだよ? 多くの人が少しでも魔物達から逃れ、安息や安寧を得られるように拠点ができた。其処に敵が群れを成してやって来る――。そう、たとえ偽りの拠点であっても、尚更敵に本命があって、そこに多くの人が居る事を悟られちゃいけないんだ」

「私が、ゴホッ……補足します」


 体調の優れない、顔色の悪い眼鏡の青年が抱えていた巻き物を急ごしらえの台へと広げてみせる。


「ここ数年――ゴホッ――総力を挙げて、敵の目を逃れるために地中に、或いは山中に、横穴に、滝の裏に拠点を……ッ、作ってきました。どこかは食料を、どこかは工作を、どこかは収集を、どこかは人々の為に……。それぞれに、役割を担わせながらも、明日滅びぬように、明後日滅びぬようにしてきたわけ……です。しかし――そのどれも、生き延びた方々が、協力してくれているおかげなのです。もし――ッ、彼らが敵に斃される様なことがあれば、それは……私達の生命線を、全ての未来を失う事になるんです」


 眼鏡の青年は喋れば喋るほどに咳き込み、途中からは口から血を吐いている。

 それでも、自身の体調や健康を気にする事無く、この一線に興亡ありと言わんばかりに語った。

 彼の背中をヘラがさすり、眼鏡の青年は申し訳無さそうにしている。

 その言葉を受けて、銀髪の少女は話を続ける。


「ま、聞いての通りなんだけど。ここが最大の拠点である、そう思わせこれからも敵の意識をここに集中させる事。そうする事で相手の隙を生み出し、その上で他拠点の安全化を図らなきゃいけない。悲しいけど、ここの傍にはまだ仮設拠点から移動しきれてない人達が居る、それをなんとしても守る事。それが今回の目的。さて、タケル。この目的を果たす為に最大限やらなきゃいけない事は、なんだと思う?」

「それは……もちろん、相手の意識がこれからも俺たちに向き続ける事。つまり、圧勝出来なくても、圧倒的な力を見せ付ける必要がある。ここに全ての戦力が集っているように見せかければ、それだけ安全になるからね」

「だが、無事では終わるまい」

「無事も何も、だから言ったでしょ? 死ぬには良い日だ、って。今日を乗り切れなければそもそも終わりなんだから、死力を尽くして……その上でみんな死んで」


 生きろでは無く、死ねと彼女は言った。

 俺は直ぐにその言葉の意味を汲み取る。

 全力を出し切れ、全力を尽くさずに死ぬ事は許さない、全てを出し尽くしてから死ねと……そう言ったのだ。

 自衛隊でも良く言われる、上下関係とは多少の私を混ぜても良いが絶対的な公によって成立しなければならない。

 上官はさらに上から「すまないが、死んでくれ」と言われるに等しい命令を受ける。

 それを中隊長、小隊長、分隊長、班長へと指示を達成する為に言葉を変えながら下されていく。

 その場で踏みとどまり、ほぼ全滅や殲滅覚悟で他部隊や国民等を救えという事だってある。

 戦略を行動指針へ、行動指針から戦術へと形を変え、そしてそのようにしなければならない。

 それが、軍人なのだ。


「この世界に生まれて、この世界に死ぬ。国も家族も家さえも失ったんだから、今更自分の命と仲間の命以外に何を失う心配をするの? 生きたければ戦って、戦いたくなければ死ぬしかない」

「ねえ、そんな事を一々言わなくてもみんな分かってる。だから、具体的に何をするか言って。みんな貴方がどんな風に私達を死なせるのか……それを待ってる」


 マリーの言葉に、銀髪の少女は咳払いをした。

 そして机の無い土へと、剣の鞘でガリガリと図版を作り出す。

 俺にとっては見慣れたもので、図板のような地形図を彼女は作り上げる。


「さて、敵の配置は西洋将棋と同じでキレーな横隊を組んでる。そこにハーピーやガーゴイルの飛行部隊、ゴーレムやオークの突破部隊、コボルトやゴブリンといった歩兵部隊、魔法を使うのに長けているメイジやゴースト、ウルフやビースト系の騎兵部隊に準じた連中……。綺麗に勢ぞろいで、互いに補い合うような戦力を持ってきてる。これを、こっちは退けなきゃいけない」

「どう考えても自殺行為……ですよね?」

「本来なら自殺行為だし、戦う事そのものを回避しなきゃいけない。けど、それが出来ないのなら打ち破るしかない。ここでこっちが相手に勝っている点は、士気の高さと統制の徹底。逆を言えば、相手は烏合の衆とも言えるから、実際の戦力は半分と見て良いかも知れない」

「つまり、相手の全部隊のやる気を奪えれば良いんだね?」


 ヘラは昔と変わっていないようだが、ファムは変な語尾をつけていない。

 普通の活発娘といった様子で、そう言った事を訊ねていた。


「ん、その通り。結局あっちは訓練や仲間意識での強固な部隊じゃなくて、数に頼った戦意しかないから、周囲が怯えたり逃げ出せば続いて逃げ出す。それを後衛が拾って再編したら意味が無いから、○○に相手の裏側にまでいってもらう」


 ノイズが走り、誰の事を言っているのか理解できなかった。

 しかし、言っている内容は理解が出来るので黙って話を聞く。


「マリーは出会い頭にでかいのを一発お願い。近接部隊は直ぐに穴を拡張するように前線を押し上げつつ敵を自由にさせない。ロビンは相手の行動を鈍らせるように射撃と狙撃を。……は、味方の支援をお願い」


 銀髪の少女は可能な限りの展望推測し、それらを考えながらもどういった連携や行動をすべきか次々に指示を出していく。

 その場に集った多くの人に指示を出しえ終えてから、最後にヘラを見る。


「ヘラは辛いと思うけど、魔法全てを防げるように頑張って」

「はい。私がお役に立てるのなら、なんでも! けど、それだと――さんは、どうするんですか?」

「自分はね、そうやって皆が戦線を固定化して多少膠着させたら……突撃するよ」


 その言葉に、全員が何も言えなくなった。

 だが、直ぐにアイアスの怒声が響く。


「馬鹿が! 貴様が突っ込んで、それが何になると? 無駄死にして終わりだ!」

「ちがうよ。死ぬために敵中に飛び込むんじゃない、生きる為に飛び込むんだ」


 アイアスはその言葉の意味を理解できていないようであったが、銀髪の少女はそのまま俺の方へと……視点主へと歩み寄ってくる。

 そして彼女は俺の肩を叩き、笑みを浮かべた。


「それじゃ、頼りにしてるから」


 頼りに? 何を?

 その言葉の意味が理解できずに居ると、時が飛んだ。


「はっ、はぁ、はっ――うぉぉっぉおおおおおおおッ!!!!!」


 視点が揺れている、息苦しそうに呼吸が繰り返される。

 口元を覆う布で呼吸がうまく出来ず、その上布の上に座れた雪が張り付いて舌を焼いた。

 だが、視点主は走るのをやめない。

 遠く……そう、遥か遠くに銀髪の少女が居て、独り戦っているからだ。


 彼女は周囲に居る自分の倍以上の体躯、二桁以上もいる魔物を前に全く怯むことなく戦っている。

 攻撃をされると、それがたとえ背後であっても剣で受け流した。

 場合によっては蹴りで相手を突き放し、その隙に他の敵を切り捨てる。

 追いつく前に、合流する前に彼女は剣を分離させると回転させる事なく真っ直ぐに投げ飛ばした。

 その剣が遠くの敵の肩へと突き刺さると、その剣を最初から手にしていたかのように魔物の傍へと瞬間的に移動をしている。

 そのまま剣で肩を切り、回転して相手の首を跳ね飛ばす。


 無双といえるような働きが目の前で行われており、視点主はその取りこぼしといえる僅かな魔物を走りながら斬り捨て、彼女を追うだけだった。

 だが、彼女は早い、彼女は強い。

 一つの隊伍を殲滅すると、次から次へと他の隊伍へと移動しては同じ事を繰り返す。

 ただ、その手段が豊富だった、そのインパクトは一つではなかった。

 まるで彼女自身がマリーのような魔法で集団を焼き払い、アイアスのように素早く相手に張り付いて一人だと思わせず、タケルのように素早く斬り捨て、ロビンのように剣で長距離の敵を貫き、ファムのような突破力で敵を薙ぎ払い、ヘラの結界のように全ての攻撃を寄せ付けない。

 

「隊長……タイチョぉぉぉぉおおおおッ!!!!!」


 視点主が吼えながら、その人握りでも真似るように魔物を攻撃する。

 剣をつき立て、内部から敵を魔法で焼き尽くした。

 足の裏に力を篭め、十m先の敵の首に剣を突き立てるとそのまま回転して新たに剣を叩きつけて首を飛ばす。

 攻撃を美味く剣でいなし、そのまま喉へと剣を突き刺して捻る事で致命傷にした。

 飛んで来た矢や魔法を、手に魔力を宿して弾いたり空中で捉えて魔物へと放ち返して眉間を穿つ。

 

 それでも、銀髪の少女には遥かに及ばない。

 一人を狙った矢の雨を全て空中で捕らえ、並列に放って射手を全て黙らせる。

 魔法が振ってきても、それを弾いて別の魔物へと炸裂させる。

 迫りくる巨体を前に地面を強く踏みしめると、魔物達の足元の地面がひび割れ、そのまま飲まれて消えてしまった。

 剣で地面を突き刺して敵の集団へと思い切り振りぬくと、地面を走る火柱が敵のど真ん中で火柱となって全てを焦がす。

 数十は居る眼前の魔物を前に手の平をかざすと、暫くして大爆発が発生して血煙や肉片、内蔵等と化して部隊が消滅する。

 周囲を見れば、交戦しても居ない魔物たちが壊走し始めていた。

 それを追う様に、周囲の追いついてきた人類達もそれぞれに魔法を使い、敵を一体でも多く――恐怖を刻み付けるように暴れまわる。

 ただ、その一方で……何名かの人がやられたり、既に屍と化して転がっていたりもした。

 それをみた視点主が唾を飲み込み、恐怖を打ち払うように叫び続ける。


「隊長、タイチョウぁぁぁあああああッ!!!!!」


 銀髪の少女は止まらない、敵陣の置く深くへと突き進んでいく。

 既にゴブリンだのコボルトだのといった下級の魔物ではなく、ハーピーやガーゴイル、ウルフやワービースト、メイジだのといったランクの高い脅威を目前にしながら……彼女はそれらを纏める敵へと迫っていった。

 暫くして、空中に一つの物体が大きく跳ね飛ばされる。

 ボールのようなその物体が液体を曳きながら飛ぶのを見て、首級だと言う事を周囲が理解する。


 それが、全ての始まりだった。


「追撃だぁぁぁあああああッ!!!!!」


 銀髪の少女の声が轟き、浮き足立った魔物たちへと他の部隊も猛攻を開始する。

 アイアスが業火を撒き散らしながら敵中を突破して多数の敵を葬る。

 タケルが一振りで眼前の敵を細切れにし、その返す刃でその周りの敵の上半身と下半身を別れさせた。

 ファムが大剣を振るい、グチャグチャになった敵が複数宙に舞う。

 ロビンが指揮をとり前線を維持しようとしていた魔物を遠距離から狙撃し、瓦解を決定的な物になるように仕向ける。

 マリーは退却する敵のど真ん中に、或いは眼前で大爆発を起して更なる被害を生み出そうと尽力した。

 

 多数の味方が魔物を良いように屠り、魔物は人類よりも多数でありながらも既に戦力を失った。

 こんな馬鹿げた戦いがあるか、こんなチートだらけの人類による抗戦があってたまるか。

 そう思いながらも、俺は心踊る。

 間違いなく、彼女は英雄だった。

 彼らも同じように、間違いなく英霊だった。


 死力を尽くし魔物を屠りまくる様は、間違いなく全ての人にとって頼もしい限りだった。

 その活躍する様は、一種の芸術性すらをも感じさせた。

 英雄と言う存在を見て、俺はそう有りたいと――いつものように、思った。


 そう、思ってしまった。

 口元を覆う布を剥がし、剣を掲げて視点主は勝利を宣言するように雄叫びを上げた。

 遠くに……疎らに消えていく魔物たちが見える。

 人類は、勝利したのだ。

 そう――誰かの言ったように、あるいは……俺がそう言われたように。


「勝てる、勝てるぞ――」


 その言葉が、俺の物なのか視点主の物かはわからない。

 どこか充足した気持ちを抱えながら、俺の意識は遠のいていく。

 そう、勝てるのだ。

 俺は、勝てる……。


「勝てる――」

「勝てるの?」


 カティアの声に、俺は驚いて瞬きを繰り返した。

 ……今まで俺は戦場で一兵士として、英霊に付き従って戦っていたはずだった。

 しかし、気がつけば毛皮に包まったままにカティアと一緒に眠っていたようであった。

 外を見ると幾らか明るくなってきていて、朝が近いことを知った。


「あれ、朝……?」

「ご主人様、鼾をかいていたわね。疲れてたのかしら? これが終わったら、ちゃんと横になって寝ないとね」

「ん~……」


 やはり、睡眠は偉大だと思う。

 少なくとも煮詰まっていた状況を打開できるかも知れない『過去』を見ることが出来た。

 それを下敷きに、俺はカティアの駒を”銀髪の少女”だと考える。

 とすれば、その働きを考えれば万夫不当の活躍をしてくれるかも知れない。


 ただ――躊躇いはある。

 アイアス達はゲーム上でありながら疲弊し、魔力を枯渇させ、傷だらけになり、出血もしている。

 感情と言う物が全員無くなり、兵士や戦士のような顔付きをしていて――。

 カティアも、傷だらけにしてしまうのかと考えると恐ろしくなった。

 

「カティア」

「なあに? ご主人様」

「もし俺がカティアに……クイーンに前線で戦えって、隙を見て敵を横からぶん殴れって――最悪、敵に狙われる事を覚悟しろって言ったら、どうする?」

「私も手を汚せってことかしら」

「まあ、そういう言い方もあるかな――」

「――だったら、答えはいつもと同じよ。私はご主人様に救ってもらった小さな子猫だもの、その恩義に酬いられるのなら……喜んで何でも差し出すわ」


 その回答に、俺は幾らか戸惑いながらも苦笑した。

 結局のところ、覚悟が決まっていなかったのは俺だけのようだ。

 じゃあ、なりふり構わず攻めてみるか――。

 そんな事を考えながら、俺は二度寝を決め込むことにした。

 少しでも多くの疲労を回復し、万全の脳みそに近づけて判断能力を出来る限り損わずに戦おうと思ったからだ。

 その結果、俺は朝食の場に遅れて出る事になってしまう。

 ……英霊たちが、既にボロボロな状態で俺を見てきた。


「――坊」

「……やあ、お早う。今日は――死ぬには良い日だ」


 半ば無意識で、俺はそんな事を言っていた。

 口にしてから直ぐに、俺は何を言っているんだと思ったが……きっと当てられたのだろう。

 あの活躍を見せ付けられて、何も思わない人は居ないだろう。

 追いかけても追いかけても追いつけない背中、一人で何十人分もの活躍をしてなお煌く銀髪と装具。

 戦争や戦いとは程遠い、美や芸術としか思えない――酔いしれてしまう光景。

 それで居てなお「追撃だ!」と言い切ってしまう豪胆さ。

 それだけじゃなく――アイアス達全員の特性を兼ね備えた、万能とも器用貧乏ともいえるあの在り方が……気に入ったのだ。


 ただ、俺の言葉を聞いた全員は凍りついたように黙っている。

 凝視されているのを見ながら、俺は自らその雰囲気を打開しようとする。


「まあ、すんごい今更だけど。ごめん、みんな。遅くなった」

「――って事は、解決策が見えたって事かな?」

「見えたというかなんと言うか――。カティアを……女王に暴れまわってもらう。だから皆は、相手の王を討ち取る為に前線をこじ開けて欲しい」

「はっ、良い命令だ。むしろ……今日それを言い出さなきゃオレはもうお手上げだ。酒も女も休みも足りて無え、さっさとこんなクソッタレな空間からはおさらばだ」

「じゃあ……最終確認だ。ヤクモ……”死力を尽くせ”って事で、いいのかな」

「死力を尽くせ、やられるにしてもそれを果たしてから倒れてくれ。ただ、約束する。それまでに、王を潰す」


 そう言った、言い切ってしまった。

 本来であれば出来るかどうかを考えてから言わなきゃいけないのに、まだ計算しつくす前に言ってしまった。

 だが――俺が言った言葉は、皆の力となった。

 俺の言葉ではない、かつて……皆が付き従った、一人の少女の言葉だからこそ響いたと思っている。

 悔しいと思いながらも、どこか嬉しかった。

 どこかしら傍若無人な振る舞いをしたり、好き勝手にする英霊達だが――ただ考えや価値観が血がうだけの、人間なのだ。

 信じられる相手が居る、鼓舞されるに値する相手が居る、命をかけるに値する相手が居る。

 その対象が俺ではないが、その光景は見ていて心地良かった。


 だからこそ、やらねばならないのだ。


「お前ら、ここが死地だ。ここで負ければみんな死ぬ、勝たなきゃ未来は無い! 突撃だぁぁぁあああああッ!!!!!」


 王の駒、女王の駒と共に突撃す。

 マリーが敵前線部隊に何度も何度も魔法を叩き込んだ、アイアスやタケルたちが敵前線を食い留め、ファムたちが全力で敵に打撃を与えて兵士を崩していく。


「カティア、頼んだ」

「任せて、ご主人様!」


 王の駒は一マスしか前進できず、カティアたちにはどうやっても追い縋れない。

 それでも……それでも、あの夢のように――俺は追いかける。

 俺自身も、戦場の駒として。


「カティア、そのまま横に転じて一度アイアスの敵をぶっ潰せ、其処からリキャストしたら僧兵ぶちのめすんだ!」

「ええ!」


 俺はカティアが戦う所を見たことが無かった。

 しかし……以前、学園で見せたような戦い方から幾らか変化している。

 ただ魔力の球体を出して、それで打撃を行うというのが彼女の攻撃手段だった。

 それと舞踏、ダンスを織り交ぜで回転やバネを生かしてさらに攻撃力を増すというやり方だったが――。

 今見ると、彼女は球体ではなく、魔力で作り出したナイフを武器のようにして投擲すらしている。

 他にも、攻撃がくると球体を薄く広げて盾の様にして全てを凌いでしまう。

 兵士に向けられた矢でさえも魔力で拘束して受け止めてしまい、まるで……そう、まるで俺が夢で見た銀髪の少女と同じだった。

 ただ違うところが有るとすれば、カティアの方が小さい上に剣を使っていない。

 そして――顔付きも、カティアとは似ても似つかなかった。


 クイーンを、カティアを動かした時点で不可視要素が大きく変動した。

 カティアの活躍度合いに応じて、兵士達の動きが良くなったのだ。

 俺は夢で見たあの光景を知っているから良く分かる、一つの舞台が局所的にとは言え戦線をひっくり返していくのだ。

 アレを見て鼓舞されない兵は居ない、奮起しない味方は居ない。

 俺も同じように前進する、物資や陣など――どうでも良い。


 ゴーレムと俺は実在するので直接切り結ぶしかないが、周囲に居る兵士達はゴースト同士で戦うしかない。

 駒の主格である俺たちがゴーストを攻撃しても良いが、ゴーストたちは俺たち主格の相手に攻撃ができない。

 王を進め、目の前に居たナイトの駒を――本来であればハーピーやガーゴイルで構成された飛行部隊の駒を破砕する。

 ヘラサイドで僧兵による支援を行おうとしたようだが、それが効果をなす前に此方の攻撃がゴーレムを打ち砕いてしまった。

 生き残っていたゴースト兵は、主格であるゴーレムを失うとその場で直ちに消滅してしまう。

 リーダーの死が、そのまま部隊の死のようであった。


「おらぁ、手前等。一人にだけ働かせてんなよぉ!」

「前進だ!」

「行っくにゃ~っ!!!」


 押せ、押せ、押せ。

 そう、守勢に回ったらだめだったのだ。

 負けているからこその短期決戦、そして死力を――文字通り、持てる全ての力を尽くしてなぎ倒すしかない。

 個の力で瞬間的に敵をなぎ倒し、敵を瓦解させるしか……それしかないのだ。


「あはぁ……ヤクモさん、良いです――」


 うっとりとした声が聞こえてきて、それがマクロの視点からの物だと知って俺は盤面を眺める立場に戻る。

 ミクロの視点に入り浸りすぎて、ここ数日彼女の事を忘れていた。

 見れば、物凄い遅れてではあるが彼女の部隊を圧倒し出していた。

 本来であればゴーレムたちを取り囲む魔物の数が多くて、今までであればゴーレムの撃破にまで至る事はそうそう無かった。

 だが、今日だけで既に幾つかのゴーレムが破壊され、破片となって砕け散っている。

 戦場での撃破が、そのままこの現実においての破壊になっているようなのだ。


「やはり、私が見込んだだけの事は有りました。英霊を指揮する立場になっても、自分が騙されたと知っても言い訳をする前に――負ける前に出来る限りの事をしようとしている。良いです、ベリー・グッドです!」

「その余裕がいつまで持つかな? その仮面を引っぺがして――俺は、出来る限り最善の結果を掴む」

「果たして、そう上手くいくでしょうか? ――当時の戦いでは、その戦いに参加して無事な人は多くありませんでした。タケルさんは片目を失い、英雄と呼ばれる事の無かった……一人の、眼鏡をかけた方が、参謀や作戦の立案を担った方が亡くなっていますから。ファムさんもその時に戦いでアドレナリンの過剰分泌が戦闘の度に起こるような身体になってしまいましたし。この戦いでも、犠牲なくして勝利はありえません」


 彼女はそう寂しげに言った。

 狂気を孕んでいるくせに、その根幹であるどちらにも共有される記憶。

 

「――事に臨んでは危険を顧みず。誰もが出来る事をしようとする。その結果、死ぬ人は居ます。そうするしかなかったと分かっていても、寂しい物ですよ」


 その言葉は、何故か俺の胸に突き刺さる。

 いや、違う。俺は――死んで欲しいわけじゃない。

 死んでしまうのは仕方が無いと自分に言い聞かせることは出来ても、ずっとそれを引きずるだろう。

 そう考えている中で、カティアの駒が――前進してゴーレムを新たに撃破した。

 それ自体は望ましい事だが、一つだけ夢と違う点がある。

 

 ――相手は、まだ瓦解していないし、王にまだたどり着いていない。

 そして……カティアは、深入りしすぎていた。


「チェック……。安くない犠牲でしたが、まんまと乗ってくれましたね? ヤクモさん」

「やべっ――」


 カティアにどうしろ、ああしろと様々な指示は出した。

 しかし――こうするな、ああするなという”否定の指示”をしていなかった。

 アイアス達には指揮を委譲することで、確固の判断によって押し引きをしてくれていた。

 それに関しては、完全に戦闘経験の豊富さからくる勘に頼りきっていた。

 だが、カティアは違う。

 英霊でも何でもなく、ゲームとは言えこれが初実践だったのだ。


 どういった時に引けばいいか、言われた事に対してどのようにそれを達成すべきか――。

 そう言った”軍の歯車”としての思考能力が無い事を、アッサリと失念しきっていたのだ。


 目の前で、飛んで来たナイトによってクイーンが……カティアが討ち取られるのを見てしまう。

 その瞬間、此方の軍勢の快進撃は――全てが頓挫してしまった。

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