97話
タケルとファムに入浴・食事休憩をして貰ってから、俺たちは一度ばかりホールに集まる。
本当ならマリーの部屋に集まった方が良かったのかも知れないが、英雄殺しにそのことで声をかけるのが癪だったからだ。
ホールにある沢山の長椅子と、女神像――アーニャをかなり美化して別人にしてしまったような石像がある。
長椅子で自分の真上に小さな焔を漂わせながら、英雄殺しは身を横たえて休んでいた。
「起さなくていいの?」
「多分勝手に聞くだろ。重要だと思えば勝手に聞くだろうし、後で聞いてなかったと言われても俺は知らん」
マリーの声に俺は中立の立場を宣言し、仲間かどうかは怪しいと断じた。
実際ここまで不透明な奴を仲間扱いするのは難しいし、頼るのは余計に危険だと感じたからだ。
「――ヘラの戦力的脅威を知りたい。どうせ俺なんかじゃ正面切ったらまともに相手を出来るとは思わない」
「タケル、あいつに代わって話を進めてあげたら? 多分今頃頭スッカラカンだろうし」
「いやいや。合流したのは俺たちの方が後だし、情報を一番握ってる人が場を仕切ったほうが良いと思うよ」
「悪かったな。出来れば俺だって壇上に立ちたくないよ!」
本来であれば経験豊富であったり、機転や思考に優れているだろう英霊の誰かに場を任せたかった。
しかし、マリーは兵の指揮すらした事の無い上にそう言う経験が無いからとパス。
ファムも「真っ直ぐ言って右手で殴れば良いんじゃないかにゃ~」等と言っていたのでダメだった。
じゃあタケルか英雄殺しが場を仕切ればいいのだろうが、タケルは上記の理由により辞退し、英雄殺しは起きてるのか寝ているのか――そもそも呼吸すらしているように見えないのであった。
「ヘラの杖に関して、あとはその魔法だとか色々聞きたい」
「姉さんの魔法は私と違って詠唱や準備を要する物が多いわ。その代わり、持ってる杖で一人で何人分も……いえ、十人以上の魔法の威力を出す事が出来るの。支援や援護、回復系の魔法が優れていて、兵士を一気に全員強化や支援をされたら殺さないってのは難しくなると思う」
魔法に長けているマリーが姉のヘラに関して即座に知識を解放してくれる。
彼女も彼女で「相手のことを知らなければ作戦も何も無いし、無力化できたかもしれないのに何も知らないと最悪の事態しか招けない」と言う事を考えたからだろう。
直ぐにメモ帳に書き込みながら、ヘラ自身の役割と考えられる彼女自身の立ち回りを思い描く。
「アイアスとロビンもあっちについてるから、実質遠近戦闘が可能な奴が揃った上で支援が出来る状態なんだよな……」
「あまりこんな事は言いたくないけど、良い状況じゃないね。むしろ、出来るのなら避けるべき状況と言った方が伝わるかな」
「どうせ逃げられないし、逃げれば首脳部が乗っ取られてる以上戦争し放題だぞ。後になって色々主張しようがしまいが、兵や国民がどっちを信じるかと言ったら身近で――国の為に色々尽力した人を信じる方が考えやすい」
街には既にお触れが出回っているし、下手すると早馬で関所や港にも連絡をしている可能性すらある。
逃げちゃいけない、逃げたら負けな状況を既に来た時から作り上げられていたわけだ。
「もしアイアスとロビンを足止めないしあたるとしたら、この場に居る三人だとどういう組み合わせが好ましいと思う?」
「ん~、そうだね。俺がアイアス、ロビンをマリー、ヘラにファムが当ればとりあえずは膠着させられるよ。ただ、相手がどれくらいの勢いで攻撃してくるか分からないし、こっちは出来るのなら倒してしまいたくないからどうしても手段は限られる。その上長年共に戦ってきた相手だから、手の内は全て晒されてると思った方が良いよ」
「つまり、下手すりゃお互い張り付くも逃げ切るも思うが侭で上手くいかないと?」
「それに、兵士達の事もある。自分たちの手勢を使わないで一騎打ちをするとは思えない。やるのなら兵士たちを切り離すか、或いは邪魔が入らないようにしないと俺たちは組み付かれたり取っ付かれたりしたらおしまいだよ」
まあ、分かりきっていた話だ。
目線をチラリと向けるが、英雄殺しは全く反応が無い。
自身の上に出している焔で暖を取りながら眠っているようにしか見えなくて、なんとも苛立たしい。
しかし……しかしだ。安易に助けを求めるのは、なんか違うと思った。
あいつの召喚主がどのような意味で『助けろ』といったのか分からない以上、へんに期待すると痛い目を見るかもしれないのだ。
少なくとも、言動からして積極的じゃないのは確かなのだから。
「兵を切り離すとして、単純なアイディア……案として、複数個所で騒ぎを起し、なおかつその重要度を無視できない、軽微ではない物にするしかないけど――」
「アイアスとロビンがいるから、やりすぎると今度は警戒して兵を集中させると思うよ。ヘラも兵の指揮経験は俺たちの中では浅い方だけど、それでも兵を徒に散らすんじゃなくて纏めて防御をするくらいは思いつくだろうし」
「……本当なら纏まってる所を吹き飛ばせれば楽なんだけど」
「それだと本末転倒でしょ」
そう指摘されて、俺は溜息を吐くしかない。
LAMだの手榴弾だの、携行爆薬だのと様々な範囲殺傷兵器を持っていながら、そのどれもが不殺という目的に適していないのだ。
閃光手榴弾も二人を救出する際に使ってしまったので、情報が流れていて効果が望めない可能性すらある。
煙幕だって閉所だからこそ意味があったのであって、弾数無限チートで煙幕を投げながら突き進む訳じゃないのなら使用は現実的じゃない。
「タケルやファム、マリーが居たら相手はどう動くと思う?」
「少なくともアイアスやロビンの誰かが来る事は間違いないと思うよ。場所にも拠るけど、ただ兵を差し向けた所で少数なら負けるつもりは無いし、負ける気もしないから。言っておくと助けて貰った時は閉所で相手を倒したところで行動が制限されるから行き詰まるからダメだったんだ。別に兵士なんかに遅れを取った訳じゃない事は知っていて欲しい」
「じゃあ、兵士と英霊は必ず組で動くと……。けどさ、ロビンは射撃武器だけど、狙撃されないっていえる?」
「アンタ、私をなめてんの? アイツの考える事、癖、どういった戦い方を好んで、どういう立ち回りをして、どういった場所から射撃をするかまでとっくに知り尽くしてるのよ? 何処でアイアスと戦うかが分かれば、そこから地形や周囲の建物でそう言ったのに適している場所を見つけ出して私が炙り出してやる」
そう言ってマリーは、何処となく対抗心を見せた。
幻想の中でマリーはロビンと喧嘩しているように見えたし、木を蹴りつけてロビンを叩き落していたっけな。
と言う事は、その言葉はとりあえず信じても良いと思う。
タケルやファムでアイアスを釣って、それの支援を狙ったロビンをマリーで潰す。
ヘラがどう動くかは分からないけれども、釣り野伏せ的なやり方も検討していいかもしれない。
「――アイアスとロビンをそれで拘束すれば、後の脅威は兵士とヘラという城の脅威だけど。それってファムに大暴れさせて手薄に出来そうかな?」
「わ~、私も出番ある~?」
「城に入って、中庭で大暴れして兵士を釣る……とか」
「それだけだと私も辛いにゃ……。何かもっとすごい事出来ない?」
「まあ、無くも無いけど……」
「出来る事全てやりなさい」
俺が渋っていると、マリーからの叱咤の声が飛んで来た。
それを受けて、俺は溜息を吐きながらアイディアを出した。
最初は全員がそれを聞いていたが、最終的にマリーの顔が渋めに歪む。
「それ、現実的な手段だと思う? 少なくとも、一番厄介な事を引き受けてるって自覚有る?」
「けど、同じように相手にとっての非現実的な事柄だからこそ意味があるんだろ?」
「多数け~つ! 私は反対」
そう言ってマリーが手を上げたが、それに続く人は誰一人としていなかった。
タケルは噛み締めて考えているようだし、ファムはファムで多分理解していないのだろう。
反対者が自分しか居ないのにマリーは恥ずかしさを覚えたのか手を覚えたが、「カカ」と笑う声が響く。
聞いていたのか、英雄殺しが身体を起してこちらを見ていた。
半眼で生意気そうな表情で、笑みを浮かべたままにこちらを見て居る。
「面白そうじゃねぇか。失敗すれば大罪人、成功させるまで地獄、成功させれば無罪放免ってわけだ。そんな面白そうな話、乗らない理由は無い」
「面白いかどうかで乗る話じゃないでしょ」
「じゃあ乾涸びるまでここに篭るか? それともどんな影響があるかどうかも分からない洗脳の支配下に長らく置いておくか? 聞くに支配が強すぎて個と反発しておかしくなりかけてるって話じゃねぇか。こんな、何処にでもいるような、何者でもない小僧に助けを求めるくらい辛い事を味わってるんだ――なら、マリー。お前が案を出せ」
「アンタ、ほんっと……大ッ嫌い」
英雄殺しの主張にマリーは憎たらしさを隠しもせずにそう吐き捨てた。
英雄殺しはそれを軽く受け流し、此方へと歩み寄ってくる。
「さて、オレものせてもらおうか。枢機卿や国王を高台につるし上げて、突き落とすフリでもすればいいか?」
「あの、それは間違いなくファムが大暴れどころじゃないし、兵士が全員そっちに行きそうなんですが……」
「兵士が沢山集まったところで突き落として、下で助けさせる。麻痺毒でも仕込んでおけば尚更コトは重大だ。兵士は軽視できないし、ヘラも軽視出来ない……どうだ?」
「たぶん後々まで引きずりそうなくらい反感買うから止めた方が良いと思う」
「善人ぶって死ぬか?」
「偽善でも善を貫かなきゃ英霊連中が後で困るだろうが」
「オマエはクソ野郎だ」
「クソで結構。だから俺が一番重要なところをやるんだろうが」
そう言って、英雄殺しと暫く睨み合っていた。
目線を先に外し他方が負けだとでも言わんばかりに、瞬きの回数すら少なくして。
先に目線を外したのは英雄殺しで、「わかったよ、わかった」といって両手を上げた。
「じゃあどうする? 敵の目の前で『英霊とは死ぬことに意味があり!』って自爆でもするか?」
「アンタ、私の事を馬鹿にしてるんでしょ? そうでしょ?」
「――隠密行動に関して、或いは工作だのにどれくらい自信がある?」
「暗殺、じゃ無くてか」
「そうだ」
「城に侵入しても気付かれてない、結界を通り抜けても感知されないくらいには隠密に長けてる自信は有るね。必要なら兵に紛れてデタラメ言ってまったく別方向に兵を流す事だってやって見せる」
「なら話は簡単だ。お前と俺で仕込だ」
「仕込み、ねえ?」
俺は簡単に纏め上げた考えをぶち上げる。
即興で考えた作戦では有ったが、これ以上の援護もなし、援軍も無しで相手の戦力を分散させ此方は集中させるにはこれしかない。
マリーは当然のように不満そうだったし、英雄殺しは不満でも満足でもなくといった様子だ。
だが、最終的にこれが通った、通ってしまったのだ。
ただ情報を多く握っているからと言う理由で、状況や事情を理解しているのが俺だからと言う理由で。
英霊の誰でもない、何の功績も地位も無い、曹になりそこなって除隊した分際の俺がだ。
しかもそれを、こんな子供にでも思いつくような嫌がらせを作戦として認め、支持する。
はは、冗談だろ?
深呼吸をしてから、皆を見る。
ゴーサインを出してしまったら、後は失敗か中止か成功しかない。
やり残した事は? 考え残しはないか? 他にも良い考えや、最善の策は無いか?
……考えては見たが、戦術とは結局の所そんなものだ。
場当たり的に、その場その時に応じて即座に流れを引き寄せる物でしかない。
攻撃も、強襲も、電撃戦も、浸透強襲も、良く考えられた連動する作戦も、横撃も、火力支援突撃も。
防御も、遅滞も、待ち伏せも、戦術的撤退も、縦深防御も、後の先も、ゲリラ戦も。
頭が痛いくらいに詰め込まれた情報の量に頭が痛くなる。
そしてただの勉学や発想で得た物を実際に扱うのは――人の命を、自分が扱うのはこれが初めてだった。
俺の判断でこの中の誰かが辛い思いをする、あるいは辛い状況に陥る。
もっと上手くやれたんじゃないかと後から後悔しても、時間も状況も取り戻せない。
一瞬カティアの事が脳裏を過ぎったが、彼女を活かせる状況が思い浮かばない。
伍長も考えてみたが、同じように良い考えが浮かばなかった。
やろうとしている事と二人を合致させる事が出来なくて、これじゃ三曹になっても苦労しただろうと思う。
いや……なれなかったからこそこの程度なのかもしれないが。
「――それじゃあ、詳細を詰める」
そして俺は、ゴーサインを出した。
話自体は一時間ほどで済み、俺は行動開始前に仮眠を取ることにした。
ストレージで今作戦に必要な物を確認し、それから目蓋を閉ざして欠伸を漏らす。
……さっきまでは心臓がバクバクしていたのに、腹を決めると途端に恐れも恐怖も消えうせている。
本当は良くないだろう、或いは嫌われても仕方の無い部分だと思う。
今となっては、自分が候補生時代と陸教でどのような人物評価をされていたかが気になって仕方が無いが。
正義の味方とは、他人の不幸を餌にする存在である……か。
「……難儀だな」
悪人にはなりたくない、けれども正義の味方になろうとすれば被害者を待ちわびなければならない。
正しい事をしたい、けれどもその為に手段を選ばずに取捨選択で守る物を選ぶ。
善悪混在、混沌、どっちつかず。
もっと経験をつんだり自信がつけば大丈夫になるのだろうか?
そんな事を考えながら、幾許かの眠りについた。
――☆――
日が朱色に変わり、町での活動が徐々に収束しつつある。
昼頃に発生した一部の騒動も沈静化し、街中での巡回兵が幾らか増えたにも関わらず、街の人々はそれを自然な物として受け入れた。
無意識に刷り込まれた洗脳が、本来であれば「何かあったのかもしれない」と言う考えを封殺していたのだ。
気の早い人々は既に酒場で乾杯をして酒を煽り、店じまいや始末が必要な人々はそう言った作業をして今日も終わりにしようとしている。
一部の人々は教会へと向かい、英霊や魔法を与えた神への今日を無事に終える事が出来た感謝をし、良い事も悪い事も全て神に捧げた。
無垢であろうとした、出来るなら善であろうとした。
そう言った人々の祈りが、念が捧げられ、知らぬうちに首都を覆う結界の力へと変換されていく。
それによりヤクモ達は物理的に脱出を阻害されていた。
しかし、そんな事を知らぬ人々はただ立派な十字架が取り付けられた教会へと足を運ぶだけ。
人々にとって教会とは、安全や安心への投資だった。
道徳でもあり、規律でもあった。
他国と比べて平穏であり穏やかな理由として、決して小さくない要因だったのだ。
ヘラが召喚されてから、その傾向は顕著になった。
彼女が人類の為、その一歩目としてこの国の人々の為に様々な事をしたのだ。
この結界も、そのひとつだった。
本来であれば魔物を寄せ付けない為の物だったが、それが違う使い方をされているだけ。
市民でも安価で使えるような聖職者の治癒や回復魔法を提供した。
聖職者の一部を聖騎士として戦いの訓練も詰ませる事で、教会を中心とした魔物への対抗手段への下地にしようともした。
そう言った小さなことから大きな変化を受けた人々は、自然と感謝と祈りを捧げるようになっただけなのだ。
だが、そんな彼らの平和は静かに終わりを告げる。
静止した水に水滴が垂れ、波紋が広がるように幾つかの情報が広まり始めた。
「お触れにあった英霊を見かけた」
その噂を聞いて、兵士が動き出す。
ヘラにも報告があがり、アイアスとロビンがそれぞれ城で兵を指揮し始める。
「異国の服装に身を纏った英霊が兵士を複数沈黙させ逃走、その行き先は――」
兵士達にも情報や噂が流れ始める。
当初は曖昧だった情報や噂が、時間経過や人の口の数に応じ正確になっていった。
その頃には町の人々は何かを察知し、建物から極力出ないようにし始める。
酒場で飲んでいた連中は通りを行き交う兵士たちを眺めながら「なんだ?」と言うだけ。
通りにいた人々も、足早に帰宅するか酒場や食堂などに飛び込んでいく。
「ツアル皇国のタケル様を発見、負傷者多数。至急援護を送られたし」
アイアスとロビンが、其々に編成した兵を引き連れて行動を開始する。
夕日はかなり傾き、沈む前の最大限の輝きで世界を染めている。
アイアスが兵を引き連れてタケルと遭遇し、交戦開始の報告がヘラにまで届けられた。
ロビンは報告を傍らで聞きながら、直ぐにその脳裏に狙撃や射撃に適した位置を思い描き、行動する。
支援射撃や援護射撃、狙撃といった事柄を多くしてきた彼女にとって、アイアスと言う凡雄がタケルの相手をする分の悪さを理解し、ヘラはそれを許諾した。
ロビンは自信が率いるはずだった兵をそのままに、単独で行動する。
高い建物の上、彼女は人が豆のように見える遠さから二人を捕らえた。
兵士は既に全員沈黙しており、アイアスが『悪い癖』を見せて兵士を全滅させただろう事を彼女は理解する。
溜息、弓と矢を手にし、数度の呼吸と共に引き絞る。
ギギギと弦が張られる音と共に、遠方で逆刃持ちをしながらアイアスと戦うタケルに狙いを絞る。
数秒先、殺してしまわないように配慮しつつ無力化に適した瞬間を彼女は狙った。
当っても致命的にならなければそれで良い、当らなくてもアイアスが致命的な隙を突ければそれで良いと考えて。
しかし、彼女はその目論見を果たす事はなかった。
真下から飛んで来た雷撃に、彼女は飛び降りるようにして回避を試みる。
宙で逆さになりながら、彼女を見上げている一人の存在に気がつく。
マリーであり、悠長な性格と余裕の無い性格とでしょっちゅう衝突している相手だった。
マリーは回避されたのを見越して――最初からそうなると読んでいたかのように二撃目を放つ。
空中で回避が出来ないロビンは、矢を放って魔法に飲み込ませる事で回避を狙う。
矢が魔法に当たり、炸裂した余波で少しばかり吹き飛ばされながらも、綺麗に姿勢を制御して彼女は建物の上に着地して見せた。
そんな自分のライバルを見て、マリーは笑みを浮かべる。
久しぶりにこうやって対峙するわねと、遠い昔を思い出しながらマリーは笑みを浮かべる。
ロビンは薄赤い色に目を染めながらも、それに肯定して見せた。
マリーの放った二発の魔法をタケルもアイアスも認識していた。
それを見て、アイアスは一度ばかり距離を置き、彼女からの支援が得られない事に舌打ちする。
しかし、直ぐに表情を引き締め、彼自身にとっての強敵であるタケルを睨んだ。
それを受けても、タケルはアイアスを見ることすらしない。
彼もまた、遠い昔を思い出していた。
まだアイアスが不甲斐無かった頃、今よりも戦いに対して不器用で視野が狭かった頃――。
何度も手合わせをしてもらった相手にタケルが居て、その時も余所見をしている事が多かったなと。
思い出してから、アイアスは投げかけた。
お前の敵は遠くに居るのか? と。
タケルは我に返り、ゆっくりとアイアスを見てから構えなおす。
俺の敵はいつも情けない自分だよと言われ、アイアスは笑った。
そのように、城の外でタケルとマリーが確認された頃、城門の方でも騒ぎが発生する。
兵士が容赦なくなぎ倒され、吹き飛ばされ、宙を舞う。
まるで暴風を前にした木の葉のように兵士達は散らされ、地面に叩きつけられる。
騒ぎを聞いたヘラは直ぐに自身も向かおうとするが――。
彼女がテラスから部屋に戻ろうとした時、複数の場所で爆発が発生した。
その爆発は城門から内側に存在する、複数の十字架を破壊し崩落させる。
一瞬ヘラは唖然としてしまったが、即座にそれらが果たしていた役割を思い出し、空を見上げた。
すると城を囲うように存在していた結界が薄れ、ある程度薄れた所で硝子のように砕けて消えていった。
それを受けたファムが、魔力の供給を受けられるようになり若干の息切れから回復して再び造園に来た兵士すらもなぎ倒す。
直ぐに被害状況を確認するようにと幾らかの兵士を向かわせると、自身はファムの所に行くべきか結界を生成・維持していた十字架の被害を確認すべきか迷っていた。
しかし――ヘラはそこで一つ思い出す。
爆発が起こったが、彼女の知る中でそれができる人物は二人しか居なかった。
その一人は自分の妹であり、マリーは現在城の外でロビンと交戦していることを聞いている。
ではもう一人はと考えた所、今の所発見所かその行動すら察知できていない人物が一人居たのだ。
兵士が城外、城内で複数個所に散ってしまい、手薄な場所が方々に存在する。
そこで自分でさえもどこかへ行ってしまったら――それこそが、狙いなのではないだろうか?
そう考えた所まではよかったが……ヘラは「じゃあ、どうしたら良いのか?」と言うところで止まってしまった。
ヘラが硬直する傍らで、彼女が迷っている様子を闇に紛れて遮光対策を施した双眼鏡で見つめている人物が居て――。
その人物は、ゆっくりと屋根に横たえた身体を起すと、作戦行動を開始した。
~ ☆ ~
プランは簡単だ。
英雄殺しには俺と一緒に破壊工作の準備を手伝ってもらい、それが済んだら兵士に紛れて噂を流す準備をしてもらう。
夕方が近づいたらタケルにはわざと発見されてもらい、兵士を幾らか蹴散らしてもらいながら撤退してもらう。
英雄殺しはタケルが発見される少し前から街と兵士たちに噂を甘く、けれども徐々に明確になるように流して信用されるように促すして兵士の動きを潤滑にする。
狙撃ポイントを限定できる場所にまで移動してもらったら、そこで抵抗を続けてもらいアイアスとロビンの出撃を待つ。
タケルはアイアスを、マリーがロビンの相手をしてもらう傍らで、ファムには城門――相手の目と鼻の先で暴れてもらい、ヘラが出て行きやすい状況で混乱を招く。
しかし、その傍らで魔力を遮断していた結界に関わる十字架を全て俺が爆破、破壊してヘラにはその行動をどうすべきか迷わせる。
……ヘラがファムに食いつこうが、食いつくまいが兵士はどうしたって出張らなきゃいけない。
その結果城の内部で俺が行動しやすくなり、王の間までたどり着きやすくなると言う、なんとも杜撰で甘い考えだった。
だが、その甘い考えは以外にもうまく行った。
信じて良いのか迷ったが、携行爆薬を設置するために噂を流しての兵士の誘導や警戒の希薄化という役割をちゃんと果たしてくれたのだ。
勿論、こんなの命綱なしでやる物じゃねぇと思いながら潜入とクライミングをする俺は別の意味で一番重い役割を背負っていた。
幸いな事に、城壁よりも高い位置にある十字架は立ち上がったりしなければ下からは人影を視認させる事は無い。
中腰や匍匐での移動で酷い汗をかいたが、それでも数箇所に及ぶ十字架の爆破と無力化に成功。
「こりゃ、あとで大罪人だな……」
それでも街の方を壊してしまうと魔物対策が出来なくなってしまうし、後で言い包めでも何でもするしかない。
宗教施設に手を出すなと教わってはいるが、その宗教施設が相手の戦力に組み込まれている以上壊すしかないのだ。
「はは、惑ってる惑ってる……銃声は鬨の声とは言うけど、爆破はウォークライだな」
当初はマリーがこの役割を買って出ようとしたが、それは却下した。
おなじく英雄殺しも「切断すれば一撃だ」と言ったが、それも却下した。
爆破にこそ意味がある、静寂からの突然の炸裂音と瓦解していく象徴。
その二つを持って、混乱を招き余裕を失わせると言うのが目的だったのだから。
兵士の目が釘付けになり、或いは分散した事で俺の行動はしやすくなる。
窓のある場所まで移動すると、念の為に内部を確認してから侵入した。
高すぎる天井、静か過ぎる廊下……。
何度か兵士が行き交い、窓から飛び出してぶら下がりやり過ごす。
それでも、警戒が皆無と言うに近いほどに兵士は居なかった。
王の間までたどり着いた俺は、兵士が居ないのを確認すると念の為に扉の下から部屋の中に誰も居ないかスネークカメラを使ってみた。
一通りの教育と操作はさせて貰ったが、実践に用いるのは初めてである。
それでも室内に誰も居ないのを確認すると、静かに部屋へと身を滑り込ませた。
……本来なら、警戒が厳重であろう一室。
しかし、監視カメラも赤外線もセキュリティも無い世界では、人の目が無ければ安全と言いきれるくらいに気は抜けた。
ただ気になるのは、柱ごとに左右に存在する大きなゴーレムのような甲冑たちだ。
それぞれが違う得物を持っており、王の居るはずの玉座にたどり着くまでに散々なまでに威圧を受けることだろう。
奥にも王と女王を象ったゴーレムモドキがあり、彼ら彼女らも武器を持っている。
……もし彼らが動いたら大変だなと思いながらも、王を象った物へと近寄る。
電波障害でも発生しているのか、伍長が話かけてくる事は無かった。
それでも携帯をかざし、事前に行われた説明通りに赤外線センサーを向けて暫くすると、接続を断たれたが故に独立したAIとして伍長がしゃべりだした。
『これは……。どうやら、これを作った人は”愛国者”みたいですね』
「愛国者?」
『国の滅びを感じながらも、いつかは再び自分の国が蘇るようにと――その為に他人を支配下に置くようなマインドハックが施されていたみたいです。しかし、既に機能自体は停止しております。電源が生きていれば状況を確認して上書きやハッキングも出来たかも知れませんが、死んでいるのであれば……』
つまり、こいつ自体をどうにかしてヘラを洗脳から解放するという手段は取れなくなったわけだ。
玉座の裏で座り込み、王のような像を見上げながら少しばかり考える。
「――洗脳を解くとしたら、手段は?」
『あるかも分からないオート・ドクを探して放り込む事で治療するか、同じくあるかも分からない精神・心理医療系の設備で直すしかありません。或いは、強い衝撃を与えれば治るかと』
「強い衝撃?」
『洗脳の期間が短ければ、本来は自身の考えとは食い違う矛盾などを指摘していくと強いストレスとなって、解除する事はできました。しかし、ご主人様の話に寄れば二重人格に些か近い状況にまでなっているとの事でしたので――』
「ので?」
『命を、賭けるしかないでしょうね』
俺は溜息を吐き、携帯電話を頭に重ねて祈りとも取れるような時間を使う。
それから溜息を吐いて、それじゃダメだと言った。
しかし、現実は無情だ。
『では、どうしますか。治るまで拷問にでもかけますか? 飲食を制限して、行動を制限するように束縛して、感覚を狭めるように麻袋を被せて、睡眠出来ないように犬や水で環境を劣悪にする。電撃を何度も何度も流し、爪を剥がし、肉体を掘削して穴を開け、極限と言う極限に追い込むまどろっこしいけれども非人情的な手段を取られますか? もちろん、その際も私はお手伝いいたしますし、必要とあらば私めがその汚い役割をおおせ仕りましょう』
「ダメだ、却下だ。けど、命を――賭ける? どうやって?」
『重傷、出血過多、致命傷に近い状態にすると言うのが単純明快かと。勿論、洗脳が解けたのを確認し次第治療しなければなりません。殺めたくないのでしょう?』
一瞬「冷血野郎か」と言いたくなってしまった。
だが、伍長は人間の脳を詰んだロボットでしかなく、その言葉はきっと「ええ、機械ですから。温かい血も、涙もありません」と返した事だろう。
携帯電話をしまい、俺は暫く悩んだ。
ストレージから銃を出し、拳銃と突撃銃を床に並べて見つめる。
――自衛官はな、自国民を守らなきゃいけないんだよ。喩え、反対派であってもな――
――怒りたい気持ちは分かるけど、それで国民を……守るべき相手を傷つけたら本末転倒だろ?――
――自国民が刃物を持とうが、自衛官を傷つけようが……銃も向けられない存在なんだよ――
眩暈がし、目の前が遠のき見えなくなってしまった。
選ぶべき道は二つに一つで、ヘラを半殺しにして洗脳が解けるのに賭けるか、そんな事は出来ないと言って、今現在戦っているタケルたちを……俺の作戦に乗った皆を犠牲にするか。
魔導書を取り出し、洗脳を解くような魔法が無いか確認してしまう。
しかし、洗脳を洗脳で上書きする事も解除する事も描かれておらず、そもそも機械による洗脳は魔法での洗脳とは畑違いなのを思い出して舌打ちした。
「何がチートだ、何が何でも出来るだ……」
蓋を開けてみれば、結局俺は何も出来ない人間のままだった。
身体能力では解決できない問題がある、何でも出来る魔法でも解決できない問題がある。
その問題にぶち当たり、己の無能さを思い知らされた。
遠くで爆発音が聞こえ、それがタケルやファム、マリー達のものかも分からない。
しかし、直ぐに溜息を吐いて『仲間』を思った。
彼らもまた仲間の為に武器を向けるという嫌な事を受け持っているのだ、俺も嫌な事をせねばなるまい。
じゃ無ければ、俺は偽善者ですらなくなってしまう。
綺麗事すら、いえなくなってしまうから。
「……クソ、やるか」
「なにを、するんですか?」
「ッ!?」
立ち上がり振り替えると、王の間の出入り口から声が響いた。
静か過ぎるが故に、その声が小さくとも鳴る様に聞こえてしまう。
既に立ち上がって姿を出してしまった以上、誤魔化す事はできなかった。
俺は玉座を盾にしたまま、彼女を見つめる。
「あぁ、ヤクモさん……。もしかして、気付いちゃいました? 見ちゃいました? しっちゃいました?」
「まあ、ボチボチ」
「そうですか。流石はヤクモさんと言ったところでしょうか? 私が見込んだだけの事はあります」
そう言ってヘラが杖で一度床を叩くと、周囲が騒がしくなる。
見れば柱ごとに存在していた甲冑たちが動き出し、ゆっくりと此方を向いてくるではないか。
唖然としてしまったが、即座に背後を見る。
その時には、様々な物が遅すぎた。
王の手が俺を掴みその手の中に収まってしまった俺は、どうやっても抜け出す事が出来ない。
まるでエルヒガンテに握りつぶされる時みたいだと思いながらも、苦痛を感じさせるような圧力だけは加えられなかった。
「ぐ、ウッ――」
「いやぁ、気づくのが遅れるところでした。私の仲間を全員囮にして、二人を釣り上げて、その上兵の皆さんまで追い出しちゃうなんて。おかげで、お城の結界は無くなっちゃいました。神の威光が怖くないんですか?」
「戦時国際法って、知ってるか?」
「もっちろん、ご存知ですよ~? けどけどぉ~、ヤクモさんは軍事組織の一員でもないですし、此方も『宗教組織』でしかないので――どちらが罪か、わかりますよね?」
「当然……。宗教組織に見せかけた軍事組織が悪いに、決まってるだろ」
何とか強がりを言いながらも、歩み寄ってくるヘラを見ながらも逃れようと試みる。
しかし、片腕だけではどうする事もできず、その上ゴーレムの手から逃れる事も出来ない。
ゴーレムは俺を彼女の前に差し出すような高さにまで下ろすと、ヘラは間近にまで顔を寄せて笑みを浮かべる。
どうしようもないだろ? 何も出来ないだろ?
そんな風に言われているようで、血が頭に上りかけた。
彼女は腰の後ろに手をやると、取り出したナイフで俺の頬に斜めの傷をつける。
血が滴り落ち、ゴーレムの手を伝って地面に毀れた。
彼女はその血を指で掬い、舌で舐める。
「これで国が蘇る……。外の皆に、もう争わなくて良いって言ってあげられる――」
「降参でも、呼びかけるか?」
「ええ、降参を呼びかけます。姉さんは絶対に降伏してくれますし、失敗したと知ったらファムさんも従うでしょう。その状態で戦う無意味さを知っているから、タケルさんも……そうしてくれるでしょう」
……英雄殺しには、設置と流言しか頼まなかった。
そう言う意味ではこれ以上の活躍を望むのは他力本願が過ぎるし、覚悟がなさ過ぎる。
俺の血で口紅を作った彼女は動けない俺にキスをする。
頬に、湿っぽい感触だけが残った。
「これで、やっと……ようやく――」
「と、思うのは……ちと都合が良すぎないか?」
そう、俺は言った。
ゲホゴホとむせ返り胃袋から色々な物が出てきた。
俺は項垂れ、ゴーレムの手の上に顔を預ける。
「しかし、詰みですよ? ゲームオーバーですよ? そこからどうやって形勢逆転をするんですか? まさか、英霊のように……あるいは、私達を上回る事をしてみせると?」
コッソリと、吐き出したものを片腕と口で扱う。
それに何かを感じたらしいヘラが、俺の髪の毛を掴んで顔を引き上げた。
「――俺さ、子供の頃から何でも飲んでて。薬だけじゃなくて、硬貨まで飲み込んだりしてたんだよね。そのせいで今でも嘔吐癖が直らなくて、胃の中に多少の物を仕込んで吐き出すって事まで出来ちゃうんだよね」
「それは、なんですか?」
「マリーに頼んで貰った、劇薬があってさ。それを、俺の持ってる薬の中に仕込んだ。粉末サラサラ、飲めばその毒で血液が固まって、血管が詰まった影響で血を噴出しながら死ぬ毒だ。凄い魔物も、居るもんだなぁ」
胃袋の中に隠しこんでいた、コンドーム包みのカプセル。
その中身は、実際にマリーから貰った劇薬だった。
最悪の場合……彼女が俺を欲しがっている事を利用して、脅しをかけると言う事を考えたのだ。
当然、脅しじゃない。
実際はマリーがどんな効能かを説明したが、その半分も今じゃ覚えていない。
少なくとも、直ぐに効果が現れて、死ぬということくらいしか分からない。
「俺は毒を飲んで死に、お前は俺と言う人質も――旧人類の遺伝子情報も失う。死んでからも暫くは毒が身体を破壊し続ける。つま先から、頭の先まで。爪や、毛の先までお前には呉れてやらない」
「そんな脅しが、役立つと思いますか?」
「いんや――脅しじゃないさ。俺は、昔からずっとどう死ぬか、意味のある生を送れるかしか考えてなかったんでね。人質に取られてみんなの足を引っ張る? そんなの、最低じゃないか」
「ヤクモさん、待っ――」
歯で咥え込んだカプセルを噛んで中身をさらけ出してから飲み込む。
数秒、ただただ静かだった。
しかし――俺は直ぐに「毒とは外道である」と理解する。
エボラ出血熱を思い出すくらいに、俺の状況は悲惨だったと思う。
寒気、震え、頭痛、吐き気。
痙攣を引き起こし、直ぐに鼻血が流れ出す。
目が酷く熱くなり、両目からも血が流れ出した。
こみ上げる物を我慢できず、吐けば血しか出てこなかった。
多分、これは失敗の代償と言う奴だろう。
幸いな事に、劇薬は俺の命を直ぐに刈り取ってくれた。
痛みと苦しみを意識ごと遠のかせながら、溺死するかのように視界の光景が遠い物へと変わっていく。
――貴方様――
多分、アーニャの声だったと思う。
それを聞いた時俺は死んだのだなと思い、これからどうなるのかも予想がつかなかった。
だが、アーニャの声を聞いたはずなのに……彼女の姿は何時までたっても見る事が出来なかった。
「ヤクモさん!」
パン! と、俺の頬が張られて意識が引き戻される。
楽になっていたはずなのに、再び激痛や苦しみの世界に引き戻されてしまった。
見れば、ヘラによって魔法をかけられ続けている。
死人になりかけた俺から、毒と言う劇薬の効果が抜け落ち、徐々に楽になってしまう。
違う、これじゃあダメなんだ。
俺が生き延びたら……人質になったら、ダメなのに――。
「馬鹿ですか、阿呆なんですか! 自分が死ねばみんな助かると……そんな事を考えたんですか!」
「――……、」
「私はっ! そんなの! 認めないです!」
その時だけ、ヘラから狂気が消えうせていた。
しかし、声が出せない。喉が焼け付いてそれ所じゃない。
正気なのか狂気なのかも分からないまま、俺は治療を受け続けた。
……一つだけ収穫があるとすれば、動物毒だろうが植物毒だろうが魔法で解毒できるという事だ。
魔物に動物や植物が居るからかもしれないが、これで誰かを救う事が出来る……。
そこまで考えて、脳裏でアーニャが「誰かの為ですか」と苦笑していたのを思い出す。
再び、ヘラの両目は赤く染まってしまったが……俺への治癒を止める事はなく、必死だった。
涙を滲ませ、俺の血で服を汚しながら、辛そうに……苦しそうにしながら魔法を使い続ける。
本来であれば死ぬしかない毒ですら回復させるとか、魔法ってまじすげぇんだなぁ……。
「……ヤクモさん、一つだけ認めます。貴方の考えのせいで、私の方はヤクモさんを捕らえた以外は全て失敗しました。アイアスさんはタケルさんに敗れ、ロビンさんもマリーさんに負けました。城の兵士はファムさんに蹴散らされましたし、本来城では好き勝手出来ないようにするための結界も破られました」
「んら……こ、く――」
「降伏? しないですよ?最悪、私とヤクモさんだけ居れば何とかなるので」
そう言っていたが、治癒を受けいているうちに王の間の扉が押し開かれる。
そこには外で戦っているはずの皆が居て、アイアスとロビンが両手をあげたり腕を拘束されながら入ってきて――。
「ヤク――」
「おっと、そこまで……かな? 状況が見えないわけじゃないよね? マリー」
「ッ……」
治癒の手が止められ、即座に人質にされる。
それでもマリーは魔導書を使いながら複数の火球を生み出し、いつでも攻撃できるように此方を睨んでいる。
「ちょっと、その血――」
「私じゃ、ないよ? と言っても、信じてくれないだろうけど」
「ヤクモに何をしたぁぁぁあああああ!!!!!」
「落ち着いてよ、マリー。毒を、抜かなきゃいけないんだからさ」
ヘラの言い分に、マリーは硬直し、理解する。
俺が……本来であれば停滞や膠着を招く為に使用しないと言った毒を飲んだと。
そんな”クソみたいな選択をした”事に気が付いてしまったようだ。
周囲に浮かばせていた炎が消えうせ、彼女が信じられないと言った様相で俺を見て居るのが分かる。
「使わないって、言ったのに!」
「予想外だったよ? そのせいで、二人に指示が出せなくなっちゃったし。捕まっちゃったんだね~……」
「ハナから勝てるとは思ってなかったが、やっぱ強ぇなぁ……」
「まけてない。けいせーがふりになっただけ」
アイアスもロビンも、洗脳されてはいるが二人とも素の二人のような感じだった。
やはり、洗脳が深まるとヘラのように二重人格チックになってしまうのかもしれない。
ただ、マリー達の乱入のせいで治癒が止まり、毒が薄まったとは言え巡ってきて身体を蹂躙するかのように焼く。
ゲホと、血の塊を吐き出すとマリーは完全に黙り込んだようだ。
「取引しよ?」
「取引、ね。さて。直ぐに俺たちがヘラを押さえ込んでも良いんだよ?」
「けど、この中でヤクモさんの毒を取り除ける人って……誰かな? 私以外に治癒や解毒に長けてる人、居る?」
「……その言葉には一理あるけど、取引内容は?」
「一定時間……そうだな~。ヤクモさんが治せるまでの間、停戦。治ったら――最後に盟約に乗っ取った戦いをしよ?」
「……誰と、誰が?」
「当事者同士」
盟約に乗っ取った戦い……、俺と、ヘラ……?
話が分からないし、全く読めない。
しかし――英霊たちはそれを飲むつもりなようであった。
ダメだ、止めろ。
俺は首を振ったが、タケルは苦笑していた。
「悪いね。けどさ、俺も……誰かを犠牲にするのも、それを是とし勝利を齎されるだけってのも嫌なんだ」
それは、親友を失ったと言う事に繋がっているのだろうか?
それとも、マリー達の言う名のなき英霊の事を言っているのか。
俺は……そこまでの人間じゃない、じゃないんだ――。
俺が死ねば少なくともマリー達は結界を破って逃げてよかった、英霊たちの事柄に関して何か言っても多少は無理や融通が聞くだろうと思った。
俺みたいな木っ端が濡れ衣を被せられるのと、彼らが被せられる物は程度が違う。
俺が居たら上手く行かない、なら……俺が居なくなればいい。
そんな単純な事に、何故気付かない――!
情けない話だった、しかも……満場一致で俺の馬鹿な行動を敵味方関係無しに否定された。
受け入れられた停戦、自分の信じた『相手の目標達成不可の為の一手』の否定。
苦しみ、血と苦しみをまるでただの責め苦のように受け入れるしかなかった。
……そして回復が終わり、俺は一番卑屈な気にすらなった。
当り散らしたい、あるいは喚きたい気分ですらある。
少しばかりふらつきながらも、俺は多数のゴーレムやヘラを見ながら憎々しく問うしかない。
「で、これからどうするんだ」
「そうですねぇ……。神の名の下に、ゲームをしませんか?」
「ゲーム?」
「スピードチェス……ご存知ですか?」
「いや……」
「じゃあ、その説明は後で。それと、盟約に誓うゲームとは、この世界で言う杖に賭けて~とか、神に誓って~とかと同じです。ただ――強制力があります」
そう言って、彼女は俺の渇き切らない血を指で掬い、床にそれで字を書いた。
それから――彼女は、自身の指を切り、その血で同じように字を描く。
「血に誓う、相手に誓う、絶対に裏切らない……。いえ、裏切れないように出来ています。『私ヘラは、決してヤクモさんに手を上げないことを、害を加えない事を誓います』」
彼女は、そう言って血と血で重ねた文章に手を重ねる。
すると、文章が光り輝いて何かしらの効果を持った事を理解する。
そして彼女は「失礼しますね」と言って、ナイフを俺へと――胸へと振り下ろした。
当然ながら無防備だし、毒が抜けきってもその影響は抜けていない。
防御も出来ず、回避も出来ない。
しかし――ナイフが俺の胸へと突き刺さる事はなかった。
ギリギリギリと、ナイフが俺の胸に触れながらもそれ以上動く事はなかった。
ヘラが力を加えているのが理解でき、その手がブルブルと力む余りに震えているのすら分かる。
「このっ、ようにっ……。盟約に誓った事は、破れません。当然、破ろうとすれば……それなりの代償を支払う事になりますが――」
そう言ったヘラの胸が、赤く染まり出す。
彼女の口からも血が流れ出し、戸惑うしかない。
「本来、ヤクモさんが負う筈だった傷が、裏切り者の私に返って来ました。このように、誓えば……今後関わらない事も、出来ます」
そう言ってから、彼女は自身の治癒を始める。
口元を拭い、血の流れた胸元を確認する。
そして……俺は溜息を吐いた。
「つまり、戦う前に互いに盟約を結んで、勝っても負けてもそれに従うと?」
「そのとうり! 私はもうここまで乗り込まれちゃいましたし? もうここまでしないと勝てないじゃないですか。けど、そっちも手詰まりですよね?」
それを言われてしまえば、その通りだった。
俺は溜息を吐きながら、受けるしかないと理解する。
俺と言う戦略目標を毒で細胞レベルで汚染して駄目にする目論見は外れた。
かといって、同じようにヘラをどうやって洗脳から解放するかも分かっていない。
「俺が負ければ、連れて行かれるだろう事は理解できる。けど、俺が勝ったら何が得られる?」
「そうですね~……。支配権でもあげれば、多分勝手が出来なくなるだけマシじゃないですか?」
「それ、自殺行為だって分かって言ってる?」
「え、私が負けて何か不都合があるんですか? どうせどこかに同じように頑張ってくれる人が居る。そう考えれば、私が失敗したところで野望が潰えるわけじゃないですし。民主主義の、国の旗は瓦礫の下からいつか再び翻ります」
なにそれ、メッチャ格好いい。
けれども、考えてみれば「他にも愛国者は居るだろうから私はどうなっても潰しが聞く」という意味にもなる。
それがどこまで本当なのかは分からないが、自分じゃなきゃ駄目だと言う考えが無いのは助かる。
下手に「私が倒れては、誰がこれからの未来を紡ぐんですか!」と抵抗されても困るし、これでよかったのだろう。
悪く言えば、勝てば狂気も正気もひっくるめてヘラを盟約下で束縛すると言う事だ。
負ければ当然俺は遺伝子の為に連れて行かれて、あのへんな幻視を信じるのなら解剖されてしまう。
しかし、チェスか、チェス……。
「ゲームに変更は――」
「え? 何で自分に分のあるゲームを放棄すると思うんですか?」
「じゃあ何で自分に分の無いゲームにのると思うんですかね……」
「私は別に、この場で皆さんを追い出して正式に国として抗議の声を発しても良いんですよ?」
それを言われてしまうとどうしようもない。
受けるしか、無いのか……。
ここで「俺がゲームに乗ると言ったな、アレは嘘だ」と拳銃でぶち抜くのも変な話だし、先ほど俺が満場一致で相手の目的を挫く為の手段が否定されたばかりだ。
若干認識を共有できなくなっていて、価値観の違いが決して小さくない事を理解する。
――溜息を吐いた、良く分からないゲームで挑むしかないと言う辛さが存在する。
「血の盟約、か」
「――何故それを知ってるかは分からないですが、それも後にしましょう。受けて、いただけますね?」
俺は銃剣を抜き、その刃で親指を切って血を流す。
「受ける」
「そう、言ってくれると思ってました」
彼女もまた、血の流れる指を見せた。
クソ圧倒的に不利な戦いとか、自殺行為でしかないんだがなあ……。




