表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元自衛官、異世界に赴任する  作者: 旗本蔵屋敷
6章 元自衛官、異国での戦いを開始する
95/182

95話

 マリーの部屋を出てから、俺は大っぴらに部屋を出歩いた。

 当然だが大勢の兵士の警戒があるし、城門を潜っても今度は国民の目が全て俺を見て居ることに気がついてしまう。

 そのどれもが赤く染まっており、洗脳されている事を理解する。

 下手すると国……あるいは、首都丸ごとを支配下に置いているのかも知れない。

 溜息を吐きながら、俺は念のために首都から出る事が出来るのかを確認してしまう。


「ふへぇ……マジだ」


 街を覆う壁、そして門を通って出て行こうとする。

 しかし、一定距離を歩くと何も無い空間で壁にぶち当たったかのような衝撃を受けた。

 見れば俺がぶつかった衝撃を受けて、結界らしい物が見えるようになっている。

 そして一度認識すると、片目がその結界を捉え続けてくれた。

 見れば首都そのものを大きく囲っているらしく、俺が拳をたたきつけると一瞬砕けたが、直ぐに修復してしまった。

 ……ただ、即座にアイアスとロビンが駆けつけてきたのを見ると、結界に何かあると察知されるようである。

 降参して大人しく街まで引き返すと、今度は街中を散策する。

 

 ……なるほど。多分、教会が重要施設と言うのは間違いないのだろう。

 俺が言ったからかは分からないが、兵士がそれとなく警戒配置についている。

 大事なので来ないでくださいと言っている様な物だなと内心で笑いながら、さらに情報を得ようとする。

 結界は見れば二重で、首都そのものを物理的に隔離しているのと、城内部を隔離しているもので別なようだ。

 多分城の中に居ると魔力の遮断効果が有るのだろう。

 あるいは、強まるのかも知れない。


『この町全体が、まるで能力の支配下にあるみたいですね』

「どゆこと?」

『そうですねえ……。ゲームで言う所の、バリヤーのようなものを巡らせているのですが、それを集積・増幅・連携をする設備が有ると見て良いでしょう。複数の人が同じ方向へと力を作用させ、それを集めて増幅する。それらをただ発揮するのではなく、複数の場所と提携・連携をする事で乗算的に効果を膨らませている……。この時代にもあの鉱石を加工する知恵や技術が有ったのですね』

「どゆこと?」

『ふむ、そうですね……。ご主人様やこの世界にあわせるのなら、魔法や魔力を増幅したり蓄積する鉱石ですよ。あれに向けて魔力を多くの人が差し出し、それを魔石に設定された魔法に変換・増幅して発動している――と言えば宜しいでしょうか?』

「それなら、礼拝堂や教会全てが疑わしくなるな」


 散歩をしながらマップを埋めているが、人の出入りが激しいのはそう言った宗教的施設だった。

 ただ、全てがそうと言う訳では無く、どうやら十二英雄に関わる施設のみのようである。

 アーニャの姿は確認できなかったが、彼女の居る教会には残念ながら閑古鳥が居座っているくらいだ。

 それでも伍長に確認してもらった所、多くて五箇所だとか。


『ご主人様の状況を下敷きに考えますと、異教徒どもを前に尻尾をまく以外では手を出さないほうが宜しいかと。むしろ、城の方は下準備をして爆破でもして、神にその信仰を知らしめましょう』

「異教徒て……」

『私の神は常にただ一人で御座います。イエス・キリストの御名に誓って、それだけは譲れません。しかし、Forgive your enemies, but never forget their namesというお言葉も御座います。赦しましょうとも、相手が乞い願うのであれば』

「あ~、俺も一応カトリックだけど、そこまで熱心じゃないから……」


 どうにもお国柄と言うか、ロボットの癖に人間味が強すぎる。

 その内「十字軍万歳!」とか「我が国の為に!」とか言い出さないかと冷や冷やしてしまう。

 こんな会話をしているのだが、周囲は既に人でごった返している。

 見ていない、監視していないつもりなのかもしれないが――何度もチラチラと此方を見て居るのが分かってしまう。

 余り話をするのも良くないだろうと、声は潜めておく。


『TRPを頂ければ、直ぐにでも浄化して差し上げますが』

「まてまてまてまて。砲撃する気か!? いやいや、それは……」

『ご主人様が先ほど結界をお殴りになった時、一瞬穴が開いたのを確認してます。つまり、集中的に飽和攻撃をすれば、教会だろうと直ぐに爆破できますが』

「それをやると無意味に被害を広げちまうから、手段だけ確保して様子見。指示が無いまま独断で武力行使は禁止」

『はあ、まるで自衛隊のような縛りプレイで御座いますね。あぁ、いえ。ご主人様は、鬼籍に入られているのに何故かここに居ますし、所在も自衛隊でしたね』

「何処まで調べてるんだ……。ったく、プライバシーも何もあったもんじゃないな」


 そう言って伍長との通話も切り、出来る限りの散策をしておいた。

 城の中でも大分歩き回ったが、伍長が「ここ」と言う場所が中々に見つからない。

 その結果、逆算で一箇所しか該当しないともいえるのだが。


「……王の間か」


 そこは俺達がいくらか前に来た場所で、その時は挨拶をした場でも有った。

 あの時は数々のお偉いさんがいて、俺はただの場違いな来訪者のように思えていたが……。

 いまでは、あの時出会ったような偉い人が居ない。

 俺に好意的だった若い人や、女性も居ない。

 今では兵士達だけが蠢いていて、俺はまるで重要参考人のように扱われている。

 王の間に入れないか試そうとはしたが、兵士によって阻まれている。


 もうその日の内に出来る事は無いだろうと、夕食までベッドに寝転がる事にした。

 部屋に軟禁されてやる事が無い、英霊達と比べて自分だけ場違いだなんて言っていたのは遠い日のように思える。

 食事が運び込まれてきたが、それらが安全かどうか分からない今となっては口にすることも出来ない。

 俺が……知らず知らずの内に洗脳、支配ないし操られない可能性も無いのだ。

 一部をジップロックの中に入れてストレージに突っ込むと、そのまま「少し食べたけど食欲がわかない」という言い訳で一切口にしない事を選んだ。

 メイドさん等が心配をしている……ような事を告げたが、そんな物は俺には関係ない。

 敵地で、敵の出す物をホイホイと口にする事ほど馬鹿な真似は出来ない。

 ご機嫌取りのつもりなのかワインも出されたが、俺はそれらを無視して夜まで一旦寝ておく。

 日が沈んでからの時間、若干の眠気を引きずりながらも俺は部屋の中で窓の外を窺う。

 カーテンの陰に隠れ、或いは壁に張り付きながら様々な角度から深夜の警戒状況を注視し続ける。


「深夜は庭師等は居ない、居るのは巡回と固定配置の兵士のみか……。ただ、ロビンとアイアスがどうしているかだな……」


 メモ帳とシステム画面のマップを展開して、同時に情報を記入しながら不寝番の如く窓際に張り付き、動向を見張る。

 日が昇りかけた頃に、流石に闇夜に紛れるのは難しいだろうとベッドに入り、眠る。

 朝食も同じように食べたフリで誤魔化し、メモ帳を眺めながらシステム画面のマップを睨み続けた。

 庭に下りれば発見され辛くなるが、マリーを救い出せない。

 マリーを救うとしたら廊下に出るか窓から壁をよじ登るしかないが、窓の外にしても廊下にしても被発見率が高すぎる。

 マリーを見捨てる? いや、見捨てる事は出来ない。

 じゃあ、ぼろ糞にされるの覚悟で廊下や窓から出て行くか? それも馬鹿な話だ。


「眠っ……」


 眠気が晴れず、俺は珈琲を入れることにした。

 自分で作ったものなら何かを混入される可能性は低いので、安心してジョッキほどの容れ物へとインスタント珈琲を作り上げた。

 飲んでいたら吐き気がする。

 どうやら珈琲の摂取のしすぎなようであったが、それでも今は僅かな無駄すら勿体無い。

 まだ、一日が始まったばかりなのに吐き出す余裕なんて無いのだ。


 珈琲を飲み、胃のムカムカを押し殺していると再びヘラがやってきた。

 満面の笑みで、俺と言う存在が籠の中に居る事を喜ぶように。


「や~、ヤクモさん。聞きましたよ~? 夕食だけじゃなくて、朝食も……ちゃんと食べてないと」

「ま、気分が悪くてね。どうやったら兎のように素早くこの巣から逃げられるか考えていた所」

「またまた~。逃げられると? マリーを、見捨てると? 私はそんな男を好いたつもりは無いんですけどね~」

「けど、自由にもしないと。何が目的なのやら」

「諦めて、この国に住んでください。そうすることで、人類の未来が開けるのです!」


 どうやら、とうとういかれてしまったらしい。

 俺は頭を抱えるが、彼女はそのまま「G」と言った。

 その後に羅列された数字を聞き、それが俺の首からぶら下がっている『新式番号』である事を理解する。


「――何を言ってるのやら」

「とぼけても無駄ですよ? ヤクモさんが、かつての人類である事は既に割れています。別に生死は問いませんが、私は――生きて欲しい――から! 生かしているだけなんです」


 一瞬だけまた正気に戻ったように見えたが、それも一瞬だった。

 あまり刺激すると良くないので見逃した事にしておき、情報だけを蓄積する。


「まさか、俺が重要?」

「ええ、そうです。今や地球を席巻している新人類と言うミュータントが、かつてのヨーロッパを支配している……それが堪えられないのです。何とかかつての栄光を、ヨーロッパを、連合国を! 復活させようと思うことが、変な話でしょうか? ヴィスコンティに複製装置があるのを知り、ヤクモさんを元にアダムとイヴを作り出し、再び世界を純粋な人間の物にする……それが私達の願いであり、望みです」

「大仰だな……」


 旧人類復活? そのために生きた俺が――滅びる世界の前に存在していた俺が必要?

 ヴィスコンティで単独行動をしてたのも、きっとミラノが誕生する原因である複製装置を見に行く為だろう。

 

「諦めて下さい、そうすれば悪いようにはしませんから」


 諦める、ほうが……早いんだろうな。

 そう考えて目を閉ざし、開くと――何故か俺は変な映像を目にする事になる。


『すみません。けど、こうするしかないんです』

『んがぁぁあああッ!?』


 何かに拘束されているらしい俺が、台に横たわっている。

 その目の前で、まるで施術……いや、解体のためと思われる機械が蠢いて俺に殺到する光景が見えた。

 首筋に鋭い痛みが走り、意識があるままに腹腔が切り開かれる。

 そして内蔵が目の前で摘出されるのに、まだ死なないで居る。

 そのまま頭が固定され、首が切断される。

 死ぬだろうと思ったが、培養液らしいものにケーブルを接続されて浸された。

 

 光景が途切れ、気がつくと俺は城に戻っていた。


『ヤクモさん、今日の調子は如何ですか~?』


 そう言ってヘラが俺の頬らしき場所を触れるが――その遠くに有った鏡を見てしまう。

 培養液に付けられた脳と眼球のみが、プカプカと浮かんでいる光景を。

 そしてそれを見て居る俺が、その哀れな存在だと理解すると吐き気がした。


「うぉえっ!」


 口元を押さえ、直ぐに自分に手足や顔……身体があるという現実に戻ってくる。

 気分が悪い、気持ちが悪い。

 けれども……直ぐに酸っぱい珈琲の混じった液体を飲み下すと、精一杯の虚勢を張る。


「未来は未定で、不定っていうだろ。なら、そんなものに未来を預けられるか」


 不愉快な光景、身体がズタズタに切り刻まれるような幻痛を感じながらも、そう言うしかない。

 ヘラは俺の言い分を聞いて、諦めた。


「ま、強がって居られるのも今のうちです。けど、信じて欲しいのは――食事に、何かを混ぜたりはしません――苦しませたりするつもりは……ありませんから」


 ヘラが正気に戻るパターンが未だに分からないが、優しさを見せるときや思いやりを見せる時だけ正気に戻っているようだ。

 と言う事は、そこだけは洗脳でも何でもなく本心なのだろう。

 もしくは、洗脳されていてもどちらでも共通している彼女と言う存在なのかも知れないが。


「何時から……そう言う風に考え始めたんだ?」

「何時からって、大分前に……外を、歩いてから――」


 そこまで口にして、彼女はまるで静止画に閉じ込められた人物画のように止まってしまう。

 しかし、暫くして鼻血が垂れているのを見て、俺は慌てて頭を叩く。

 叩かれて、彼女は戻ってきた。


「はっ、あっ……」

「良い、考えるな。くそ……Fuck'n Old World...《クソ忌々しい旧世界が……》」

「けど、私達は……その、歴史に、生かされてきた。女王様が……また、世界を――」


 女王様って事は、イギリスじゃねえか。

 てか、現在魔物が大量に溢れてきているのがイギリス本土であり、そこから何故か地続きになってしまったフランス側へと流入してきているのも分かっている。

 ツアル皇国とヘルマン国が、海の向こう側……イギリスから来る魔物と戦い続けていると。

 ヘラに治癒魔法をかけ続けると、彼女の苦痛が和らいだのか目の妖しい光が明滅している。

 正気と狂気の狭間を行き来しているみたいで、見ていて安心出来ない。


「女王……違う、あの女性が……世界を救うんです。旧人類……じゃな、くて――人類を……救うんです」

「――喪ったと嘆いた話か」

「二度と、喪わない……喪わせない。ヤクモさんも、マリーも……」


 明滅が止み、ピンク色の瞳になる。

 そして彼女は倒れ、俺はそれを抱きとめてゆっくりとしゃがんだ。

 再び鼻血が流れ、俺は治癒を続けるが。


「ヤクモさん」


 そう言われて、彼女のそのピンクの瞳を正面から見据える。


「助けて――」


 その言葉に、口を引き結び、強がりとハッタリをかますしかなかった。

 それが今支配されている彼女の助けとなるのなら、心の支えとなるのなら幾らでも嘘をつく。

 俺は幾らでも命を差し出せる、けれども――ゲームオーバー《詰み》だけは回避しなければならないんだ。

 十年後の世界で大乱を招いても、降参して脳と眼球だけにされるのもダメだ。

 今の俺が、立ち向かわなければ……ならないんだ。


「泣きそうな、顔をしていますね。あの人も、そうでした――。やりたくないのに、なりたくないのに……皆の、リーダーになって。喪えば喪うほどに深く悲しんで、けど……誰にも見せられなくて。最後の瞬間も、そっかって言って……泣いてました」

「――ヘラ、多分。それは――」


 死にたくないから流した涙じゃなくて、安堵から流れた涙だと思う。

 そう言おうとしたが、遅かった。

 彼女の瞳が再び狂気に染め上げられてしまい、俺は深い悲しみと怒りを抱えるしかない。

 ヘラが再びあっけらかんと狂気の元に笑みを浮かべているのを、俺は吐き気と共に怨む。


 死人が生きている人を支配する?

 そんな傲慢な事があって堪るかと。

 現在……召喚されたにしても、生きている彼女を支配している連中は百度殺しても足りないだろうと、ドロドロした感情が煮えたぎる。

 そのまま、拘束二日目も大した事ができぬままに夜を迎えてしまった。



 ――☆――


 夕食だけは、彼女に騙されたつもりで食事を食べてみた。

 とりあえずシステムメッセージは毒だの汚染だのを感知せず、嘘偽りは無かったようだと理解する。

 ただ、そんな『ヘラ』が何処まで持つか分からない。

 大事だと言いながら相手の死を受け入れてしまうような……俺を、解剖分解してしまうような思考に染まるまでの猶予も無いだろう。


「……くそ、苛立つな」


 窓の外だけじゃなくて、今度は扉の前で床に付して外の気配や音を探ろうとしてみた。

 だが、時折聞こえてくる装具や服の擦れる音に、廊下側の警戒も大分強いと察する。

 カティアを召喚しても、カティアにマリーが居る場所まで行って貰って救出してもらうのは難しいだろう。

 同じようにカティアに陽動を頼んだ所で俺がマリーを担げば隠密出来ないのだ。

 俺と言う存在が足枷となり、逆に俺だけが逃れようとすればマリーと言う人質が無視できなかった。


 再び窓の外を確認し、思い切って窓を開いてみる。

 すると窓の真下に兵がいて、直ぐに窓を凝視して視認での警戒をして来た。

 窓を閉ざし、どうすればいいんだよと頭を抱えるしかない。


「時間をかければマリーもヘラも危ない。けど……俺一人ならどうにかなるけど、マリーが居るんじゃ……」

「お呼びかな?」

「ッ!?」


 突然声が聞こえ、驚いて硬直してしまう。

 周囲を見ると、ベッドの上で横たわりながら楽な姿勢でニヤニヤと此方を見て居る青年が居た。

 いや……一度だけ会っている事があり、俺は思わず声を上げてしまう。


「おまっ――」

「声を出すとか、馬鹿じゃねぇか? ここで死んだほうがマシなほどに愚かかな?」


 開いた口に反ったナイフがねじ込まれ、舌先が刃物に触れて切れてしまう。

 血の味を口内で感じながら、俺は両手を上げた。

 先ほどまでベッドに転がっていたはずなのに、今では窓際にいる俺にナイフを咥えさせている。

 力量の差と言う物を、痛いほどに思い知らされた。


 ……英雄殺しと呼んでいる、かつてマリーを殺そうとした男がそこに居た。

 真っ赤な両目が俺を夜の中捉えており、その赤さは今まで殺してきた人や冷たさを思わせるに十分なくらいに細められている。

 俺が騒がない事を知ると、英雄殺しはナイフを収め窓際から離れる。

 そして俺を手招きすると声を潜める。


「んで、何してんだ?」

「お前こそ、どうやって城に……」

「はっは~。オレにとっては闇と影さえあれば十分でね。オマエさんが壁を背にして警戒していようとも首を掻っ捌くくらい訳無いさ」

「で、俺を殺しに来たと?」


 そう言うと、英霊は弄んでいたナイフを止める。


「いや、指示が下った。オマエと、マリーを城から救い出せって命令だ。マリーは受け持つ、オマエは教会まで逃げな。アニエス教会……あそこなら十分だ」

「いや、待てって。それが真実だとどうして分かる? お前が俺を騙してない証拠は?」

「証拠? 殺さないでいる事と、この状況に介入すると言う事で十分じゃねえの?」


 そう言って、英雄殺しはカーテンを閉ざした。

 それから窓だけは開け放ち、風の流れでカーテンがはためくに任せる。


「手を下さなくても勝手に死ぬのならそれで良いだろ。どっちにしろ今の状況じゃ詰んでるだろ。それとも、銃を乱射しながらマリーを救うか?」

「それは……」

「口から文句とクソを垂れる前に、案を出せ。それが納得の行くものなら、どうぞ好きにしろ。オレとしてはどうでも良いんだ。失敗しました~って報告をしても、それはオマエの無能が原因なんだからな」

「分かったよ、一々嫌味ったらしい事を言いやがって。案を聞かせろ」


 俺はとりあえず自分の荷物を全て確認しながら、忘れ物が無いかを点検する。

 その傍らで英雄殺しはニンマリと、意地の悪い笑みを浮かべて見せた。


「オレは窓から出て行ってマリーをさっき言った場所まで何とか送り届ける。オマエは扉をぶち破って何とかしろ、以上だ」

「お前、馬鹿だろ? アイアスとロビンが居るのに逃げろって?」

「あの二人ならタケルとファムを探してるさ。マリーと違って全く消耗していない上に掴まえる前に逃げられたからな。オマエ一人なら何とかなる、というか、しろ。Capish《分かったか?》」

「いや、ちょ――」

「さて、行動開始だ」


 そう言って英雄殺しは窓から飛び出していった。

 慌てて窓から外を見るが、既に姿は無い上に下に居た兵士が壁を背にして項垂れているのが見える。

 気絶、させたのか? それにしても早すぎる……。

 しかし行動開始してしまった以上、マリーが居なくなったのに俺がまごまごしていたら俺だけ拘束されてしまう。

 仕方なく、俺は自室の扉の前までいき――ノックをした。


「ん、なんだ?」


 相手の反応を聞き、再びノックをする。

 相手が扉の前に来て、扉を開こうとした瞬間――俺は思い切り蹴りつけた。

 蝶番が外れ、内開きの扉が外に居た兵士ごと吹き飛んでいく。

 廊下に扉と共に兵士が倒れこみ、俺は即座に廊下に飛び出した。


「何だ、何の騒ぎだ!」

「やっべ……」


 幸いな事に部屋の前に張り付いていた兵士は一人しかおらず、そのおかげで俺の姿が視認される事はなかった。

 直ぐに対面にある廊下の窓から身を投げ出して中庭側にぶら下がり、壁をしっかりと両手両足で掴む。

 そのままゆっくりとぶら下がっているのが廊下から見えないように、窓枠の横まで移動した。


「なっ……逃げられたぞ!」


 直ぐに状況を察知され、俺が飛び出した窓の方も確認される。

 しかしながら、窓から飛び降りたとしか考えて居なかったようで、相手が身を乗り出して下を見て居るのを固唾を呑んで耐える。

 兵士が引っ込み、直ぐにその足音が遠のくのを確認すると、そのままよじ登って屋根の上へと乗った。

 幸いな事に斜面が有るので、城壁の上に居る兵士達からは見えないように身を屈めながらゆっくりと移動する。

 ……大分前に靴に静穏化を施したのが活きるとは思わなかった。

 屋根の上に伏せて動向を確認すると、今度は壁を伝って降りる事になる。


 しかし、ここで不運な事に壁が剥がれて背中から生垣へと落下する事になる。

 当然だが音を聞いた兵士達が群がり始め、今度は植物などで視線を切りながら移動をしていく。

 城門までたどり着くと、クソ真面目に出入りを監視している兵士が居たので裸締めで落とし、そいつを引きずって傍の茂みに入る。

 装具を全て剥ぐと、それらを身に付けて外見的な誤魔化しをこなすと悠々と正面から出て行く。


「おい」

「ッ……」


 しかし、やはり上手くいかない。

 橋を渡りきった所に居る兵士に呼び止められ、俺は唾を飲んでしまう。


「はっ、何でしょう」

「お前の持ち場は門じゃなかったか? なんでこんな所にいる?」


 どうしよう、なんて言おう?

 戸惑いながらも、即座に口をついて出た言葉は自分でも驚くようなものだった。


「はっ。それが、脱走騒ぎが起きていまして、可能な限り街にも展開している兵士をかき集め、城から出すなと言うご指示です!」

「脱走?」

「ええ」


 兜を被っていて本当に良かったと思う。

 下っ端の物だから顔までは隠れないが、灯りを持っていない上に夜だから即座に判別は付かないだろう。

 そもそも顔を認識できているかに関しては半々だ、祈るしかない。

 しかし、直ぐに城の方で「おい、どうした!」という声が聞こえてくる。

 それによって俺は首の皮一枚のところで救われる事となった。


「分かった。では誓ってその通りにするように。おい、行くぞ」


 そう言って橋の前に居た兵士も城門まで駆けて行き、門に数名を残して城へと向かっていった。

 俺はカラカラに渇いた口内を舌で湿らせると、直ぐに駆け出す。

 兵士に会うたびに何とか「それ所じゃない!」とか「城で騒ぎだ、直ぐに応援に来てくれ!」と言って誤魔化す。

 ある程度城から離れると、今度は装具と今まで来ていた衣類を全て脱ぎ捨てて深夜に適正のある戦闘迷彩を着込む。

 私服は既に割れているし、だからと言って制服もダメだ。

 ならこれしかないと、ドウランまでも首の上から耳裏まで含めて塗りたくった。

 そして準備が整うと、路地から出て物音や声から人を避けて走る。

 

 途中で人とぶつかってしまったが、直ぐに「イア! イア! クトゥルー、フタグン!」と叫び、ベロベロベロベロと唾を吐き散らしながら舌を大げさに動かし、目を出来る限り――飛び出して落ちてしまうのではないかと思うほどに見開いて威圧した。


「ひ、ひぁ~!!!!!」


 可哀相に。相手は腰に付けていた布袋を落とし、逃げていった。

 金が入っているようだが、それを蹴り飛ばして大通りへと中身を散らすと再び走り出す。

 重要なのは視認されない事ではなく、それが何なのかを認識させない事である。

 下手にコソコソするよりも「なんだあれ?」程度に思わせるほうがいいのだ。

 迷彩で全身を包み、肌は全て背景に溶け込むような暗色。

 アニエス教会まで向かえと言われ、俺はその通りにした。

 教会の扉をノックし、周囲の植物に隠れるようにしゃがみ込んで丸まっていると解錠の音が聞こえ、蝋燭と共に中から人が出てきた。


「あの、どちら様ですか?」


 それはアーニャで、この世界の管理を任されている女神であった。

 直ぐに名前を呼び、ゆっくりとそちらを向くと悲鳴をあげる直前で硬直するのが見える。

 俺は即座に口を塞ぎ、拘束の要領で彼女を引きずりながら教会内へと入る。

 通りに人の姿が無いかを確認すると、即座に扉を閉ざした。


~ ☆ ~


「貴方様は、なんだか……自ら厄介ごとを招いてるのですか?」

「んな訳無いだろ……」


 ウェットティッシュでドウランを落としながら、俺は何とか一息吐く。

 アニエス教会……本来であれば十二英雄に加護を与えた神を信奉する教会なのだが、この国では余り好まれていないようだ。


「他の人は?」

「私以外は巡礼で出ちゃいました。なので、私しか居ません」

「いいのか、それで……」

「だって、人が来ないですから」


 それは自虐なのだろうか、それともただの事実通達?

 分かりはしないが、手鏡を見ながら顔に塗りたくったドウランを大よそ落とし終えたのを確認する。


「けど、貴方様が自衛官の姿をしているのを見るのは初めてです」

「こんな逃げ惑う為にじゃなくて、戦う時の為に使いたかったよ……っと」


 鉄パチは流石に首周りが不自由なので、懐かしの部隊帽を被る。

 青い帽子で、金色刺繍で「1st Infantry」と書かれている。

 戦斗帽が相応しいのだろうが、針金を通していないのでフニャフニャに潰れてしまうのが悲しい所だ。


「それで、どうするのですか?」

「とりあえずは、待つ」

「誰をですか?」

「人質にされた仲間と、それを連れてくると言ってた奴を」


 そう言うとほぼ同時くらいに、ノックが聞こえてきた。

 俺は奥に隠れると、アーニャが再び対応する。


「あの、どちら様ですか?」


 さっきと同じ台詞だよねと思ったが、その後の展開も同じだった。

 硬直したアーニャを拘束して引きずりながら英雄殺しが入ってくる。

 マリーを壁に預けて座らせると、即座に通りを確認してから扉を閉めた。


「どうやら、脱出には成功したようだな。悪いね、シスター。ちょっと失礼するよ」

「あのあのあのあの――」


 アーニャは何かを言いたかったようだが、英雄殺しはそれを黙殺したようだ。

 何を言うべきか迷ったが、直ぐに通りが騒がしくなる。

 ガチャガチャと装具や足音が複数響き、此方へと近寄ってくる。


「隊長。見失いました」

「探せ! 建物を一件ずつ、くまなくな!」


 それやばくね? この建物にも乗り込んでくるんじゃね?

 そう思って俺は腰を浮かせたが、耳を澄ましていた所で何時までたっても此方に来るような気配はなかった。

 三十分ほど経過し、周辺の建物の扉を叩き、乗り込んでいった兵士達が報告していく。

 そして「次の場所に行くぞ」と言って遠ざかって行ってしまった。


「ま、心神深い連中が他教とは言え教会を調べる訳が無いわな」


 英雄殺しはそう言って口笛を鳴らしながら椅子にドカリと座り込んだ。

 俺は戸惑いながらも、アーニャが片目を閉ざして「シーッ、ですよ」と言っているのを見てしまう。

 ……もしかすると、「ここは良いんじゃね?」的な感じにさせたのかもしれない。

 なんでこの教会を選んだのか不思議だったが、一人しか居ないのならそれは正解だったと言う事になる。


「うぅ、気持ち悪い……」


 マリーが「うえっ……」と、気分悪そうにしていた。

 俺は直ぐにストレージからコップを出し、水で満たして彼女へと飲ませた。

 彼女はそれを受け取ると、やはり気持ち悪そうにしながらも、落ち着きを見せた。


「アンタ、さいって~。人を担いだり、投げたり、放り捨てたり、空中で掴まえたり……」

「はは、良い気分だっただろ? 魔法を使わず、自殺するでもなくフリーフォールを体験したのは、多分オマエが初めてだよ」

「むっかつく……。ヤクモが居なきゃ、アンタなんて許してないのに……」


 マリーの言葉を聞いても「お褒めいただき、恐悦至極だね」と軽く受け流していた。

 かつての仲間を殺せと言われて厭わないからこそ出来る事なのかも知れない。

 俺だったらガチでマリー怒らせたら「胴体のみ」とか「焦げたナニカ」にされてしまいかねない。

 そこらへん一応ビビリながら間合いを計ってるのだが、ようやるわ。


「……さて、話してもらいたいもんだね。なんで以前俺やマリーを殺そうとした奴が、いきなり手の平を返して救出しに来たのか。その理由や目的とか」

「おいおい、オマエさ……何時からそれを問えるくらい”ご立派”になったんだ? 口を割らせたければ、主人に頼むかオレに勝てるようになってから言え」

「くそ……一応、相打ちになったと思うんだけど気のせいですかね?」

「相打ち、相打ち? そりゃ笑えねぇなぁ。マリーが自爆して今でもそのダメージを引きずるくらいの大爆発にお前は乗じただけだろ? しかも、それで得た結果が相打ち? ツメが甘いんだよ」

「――……、」

「剣を突き刺す余裕があったなら、喉でも良かっただろ? そうじゃなくても、捻って傷口を広げて、切り下ろす事だって出来たはずだ。なのにしなかった――いや、出来なかったのはオマエが無能だからだ」


 そう言われてしまうと、大分追い詰められていたとは言えそれが出来なかったのは自分の不出来だと言う外ない。

 俺はこみ上げる物を飲み込んで、溜息を吐いた。


「……で、これからどうする?」

「おい。一度助けたからと、全部オレに頼るな。テメエが考えろ」

「――マリー、とりあえず話が出来そうか?」

「ん……少し、休めば」


 そう言いながらも、しばらくは吐き気を催しているようであった。

 背中をさすりながら水を飲まし、休ませる。

 アーニャはその間に寝る場所を作ってくれたらしく「寝室の方をご用意いたしましたので」と言ってくれた。

 腕時計を見て、既に深夜を越えているのに気がつく。

 何だかんだあの脱走劇で時間を使っていたらしく、俺自身も汗で張り付いていた服が幾らか乾いているのも分かった。


「日が昇ったら大っぴらに行動できなくなる。出来るのなら直ぐにでも行動したいけど……」

「けど、なんだ?」

「今の俺、嫌疑かけられてるんだよね。このまま国外脱出したら、それはそれで戦争の種になりそうなんだけど」

「なら、その嫌疑を潰せばいい」

「簡単に言ってくれるね……。まだ出来るかどうかも分からないのに」


 そう言いながらも、俺は幾らか考えを纏める。

 そして「確実じゃないし、確証もない」と前置きした。


「――王の間に、今回の騒ぎを招いた何かがある。それを見つけ出して、ぶっ壊すか解除すれば、全員元通りになると思う」

「思う、ね。そんな曖昧な論拠でよく話しが出来るな」

「確認してないんだから、それを踏まえて言うしかないだろ。全部が全部曖昧だったら話にならないけど、これに関してはちゃんと推測できてる」


 そう言って俺は携帯電話を出す。


「昨日あったあの機械生命体の一部が、この中に入ってる。そいつが言うには、既に動作を停止しているけれども他人の意識に働きかける装置が城の中に有ると言った。そして俺は可能な限り街中や城を歩き回って、ホット&コールド理論……ソナー探知――あぁ、面倒臭い。兎に角、こいつで場所を狭めていった結果、王の間にしかないと絞り込んだ。あの部屋にまで絞り込めたんだ、ならあとは王の間に乗り込んで探せば良いんだ、上等だろ!」


 俺がそう言うと、英雄殺しは人差し指で携帯電話を指し示し、クイクイと指を動かした。

 寄越せと言う事だろうか? 俺が渋ると「壊しゃしねぇよ」と言われたので、投げ渡した。


「なら、決まりだ。今夜は休んでおけ、その間に忍び込んでくるさ」

「は、え?」


 そう言うと、携帯電話を奪ったままに、英雄殺しは歩いていき、鐘楼へと登る梯子へと手をかけた。


「いや、ちょ――」

「どうせもう夜が明ける。それに……仲間を増やしてからの方が良いだろう?」


 英雄殺しは梯子を上っていくと、直ぐに消えうせたようだ。

 携帯電話を奪われ、居るのはグッタリとしたマリーとアーニャだけ。

 俺だけでは何も出来ない、そのことを深く認識する。


「……アイツの言うとおりにするの?」

「――するしか、ないだろうな」


 少なくとも王の間に乗り込んでから探すよりは効率が良いし、仲間を増やすと言うのは乗り込むまでの戦力や期待値を増やすと言う事だろう。

 俺は溜息を吐き、頭をかいた。


「ゴメン、あ……ニエス。泊めて貰っても良い?」

「もちの、ロンです! というか、準備したのに行っちゃったら、それはそれで寂しいな~と思うんです」

「そういや、準備してもらったんだった……。マリー、動けるか?」

「ゴメン……」

「仕方ない――」


 マリーを抱き抱えてアーニャの案内してくれた部屋にまで運び込む。

 そして彼女に薬を飲ませると、ゆっくりと休ませる事にした。

 俺も部屋を案内してもらいながら、アーニャがクスリと笑うのを聞いた。


「なにか、変かな?」

「いえ。むしろ喜ばしいかなと。初めて会ったとき、死んだ目をしていた貴方様を思い出すと、なんだか嬉しくなってしまって」


 そう言って、アーニャは微笑んでいた。

 それこそ、慈愛だとか受容とか……そう言った、優しい笑みだ。

 少し前までは、ヘラに見出せていた物で、今は見えなくなったもの。


「あの頃の貴方様は自棄で、余り多くを喋らなくて……。もし許されるのなら、直ぐにでも消えてなくなりたいと願うような、そんな方でした」

「――……、」

「けど、今では少し踏み出せたのかもしれませんね。ミラノ様、アリア様。カティアちゃん……。クライン様、マーガレット様、アルバート様、グリム様。それだけじゃなくて、マリー様を初めとしたこの世界で英霊と呼ばれる人たちとも親しくしていて……。言われるがままに生きて、自分からは何もしない――そんな筈だったのに、今は自分から色々動き出している」


 違う、そんな訳は無い。

 俺はずっと地続きで変化しておらず、そんな立派な人物になった記憶もなかった。

 ただ、目の前で……肩越しに見える彼女の笑みが寂しさへと変わったのだけは見てしまった。

 心が、とても痛かった。


「もう、私なんか居なくても良いんじゃないかなって、そう思えてきて。いえ、本当は個人にここまで深く関わる事自体がおかしいんですけどね。けど――私が、女神がいなくても……大丈夫じゃないですか」

「――そんな訳、無いだろ?」

「え?」


 胸に溢れる、こみ上げる思いを何とか飲み込んで声を絞り出した。

 しかし、湿っぽさを隠せなかった声は彼女を振り返らせてしまった。

 なんとか強がろうと笑みを浮かべようとしてみたが、苦笑にしかならなかった。


「友達や知り合いって、増えたからって歯の様に生え変わって消えていく訳が無いだろ? アーニャは、どんなに同じ名前や背格好、声をしていても俺にとっては今目の前に居る……優しいけれども、何時もどこかヌケていて。態々自分が任された世界に下っ端シスターとして苦労をしている、そんな子を言うんだ。特別だとは言わないけど、代わりは世界中を探したとしても……絶対見つかるわけが無いんだ」

「貴方様――」

「だからさ、愛想をつかして、呆れて、関わりたくないのなら……それでも良いけどさ。知り合いが増えて、親しい人が増えたからって誰かを斬り捨てていく関係なんて――そんなの、寂しすぎるじゃないか」


 そう言ってから、鼻を擦る。

 寒さからではなく、悲しみから鼻水が出てしまった。

 それを誤魔化すように笑っては見たが、どう伝わったか……。


「願うなら。最初から最後まで……。俺が生きて、生きたと報告するその時まで――付き合ってくれないかな。多分、俺は何度でも諦めるし、挫ける。その時に一人でも、一つでも多く……背中を押してくれる人が、背中を押したい――諦めたくないと思える相手が欲しいから」

「……困った方ですね。英雄と呼ばれるようになったのに、子供のような事を仰って」

「悪いな。俺は――大人と子供の境界を未だに見出せない、ピーターパンだから」


 世界中の多くの人は二十になれば成人だと、常に学生の頃から言い続けてきた。

 しかし、蓋を開けてみれば「どうすれば大人になれるか」は教えてくれなかった。

 その癖にいい大人なんだからと言い、大人なんだからと何かを制する。

 じゃあ年配者は大人なのかと言えば一概にそうは言えず、いい歳をした大人がまるで子供のような分別の付かない事を言う。

 俺は大人なのだろうか、それとも子供のままなのだろうか?

 その判断も付かず、ただ多くの事を諦め、それが世界なのだと飲み込み……今日も生きる。


「まあ、このままだと死ぬか解剖されるかの未来しか見えないんだけどさ。俺のラック値ってどうなってる? F-になってたりしない?」

「さあ、どうでしょう。ただ、運が良い方には見えませんね」

「厳しッ!?」

「そもそも、魔物の襲撃を都市ごと受けるだなんて、運が悪い以外の表現が出来ますでしょうか?」


 それは確かに出来ないなと、俺は溜息を吐いた。

 部屋を教えてもらうと、俺はその部屋で出来うる限りの準備を始めるように店を広げた。

 銃器、装備、弾薬。

 先日使った小銃も机の上で分解し、整備を始めた。

 アーニャは、ベッドに座ってそんな俺の様子を見て居る。


「寝ないんですか?」

「不測の事態は何時起こるか分からないし、本来最大戦力たるマリーが現在ダウンしている以上、俺が備えなけりゃならないだろ」

「……ま~た、他人の為じゃないですか~、やだ~」

「ヤダじゃ有りません。常に最悪を想像し、想定し、備えるのが俺たちの役目だ。いざと言う時に備えてませんでした、予想外でしたで守るべき国を、人を、誰かを侵されるのは許容も受容もされるべき事柄じゃない」


 分解すると、火薬と煤の匂いが銃身からあふれ出した。

 それと返り血で錆が酷く浮いていて、そこも磨いてやらなければと溜息を吐く。

 アーニャはプラプラと、ベッドに座りながら足を揺らした。


「……もしかすると、生き甲斐なのかもしれませんね、それが」

「生き甲斐ぃ? やだよこんなの。艱難辛苦来たれ、神仏照覧あれってキャラじゃないの。楽して生きたいの!」

「けど、私が見るに一番生き生きして見えますけどね」

「生き生き、ね」


 分解を負え、整備用の油を使いながらブラシで擦りあげる。

 煤と言うのは中々に落ちづらく、MINIMI等になると弾丸使用数が多すぎて整備がおっ付かない。

 酷い時はン百発と撃った銃を整備する時だ、煤が多すぎてヤバイ。

 整備を続けながら、少しばかり言葉を選ぶ。


「俺はマクレーン一家の血筋でも何でもないし、遺跡を毎度ぶっ壊すドレイク一族でもないけど、流石にこりゃ無いだろと言いたくなる。ただ、勿論……何も無くて腐ってるときよりは、生き甲斐は感じてるけど」

「じゃあ、それ以上の生き甲斐を見つけなきゃですね」

「それ以上の生き甲斐か……ギルドに入るとか」

「それも戦闘が多くないですか?」

「遺跡を探す」

「少なくとも人の気が少ない場所ですし、危険じゃないですか?」

「なら、遠い国を見て見たいとか」

「間違いなく賊に襲われますよね? やっぱり戦う事が好きなんじゃないですか?」


 そう言われて、違うんだよと内心突っ込む。

 たしかに戦いになるだろう確率は高いけど、俺の思考は別にこの時代に合わせて言ったものじゃないんだ……。

 現代でチャリで旅をしていたからと「ヒャッハー、身包み全て剥げぇーっ!」と言う世紀末な連中は居ないし、遺跡を探したいからって「見ろ、ドラゴンだ!」と九死に一生を得るような真似がしたいわけじゃない。

 溜息を吐きながら、何か言い訳しようとしたが……無理だった。


「ま、今の所取り得が戦闘面しかないからなあ。このゴタゴタが終わったら、少し何か考えてみるよ」

「終わったらって……多分、明日明後日に何とかしたとしても、帰ったら次の日に学園に向けて出発なんじゃないですか?」


 俺の休みが無ぇぇぇえええええッ!!!!?

 誰だよノンビリ出来るとかいった奴、出て来いよぉ!!!

 俺の休み……クライン演じて、神聖フランツ帝国に向かってる最中に投げ出されて、到着したら軟禁生活をして、拘禁されて終わった……。


「あ、あのさ。アーニャ。俺の休み、どうにかならない?」

「なりません!」

「そんなぁ……」

「貴方様? 時間の流れを捻じ曲げたり、ましてや休みたいが為に生み出すだなんて許され無いんだ! ですよ?」

「い、一度くらい良いじゃないか――って言えば、良いかな?」


 俺がそう指摘すると、アーニャは何かに気が付いたようにハッとした表情になる。

 この女神、リアル精神と時の部屋で疲れたら何日分も一気に休んで、その上で朝になったら「ハリキっていきましょ~!」とか言ってるタイプだ。

 しかもその空間でニコニコだのつべだのと漁りまくっているようで、直ぐにネタが分かってしまった。

 ……分かってしまう俺もおかしいのだろうが。


「それじゃあ、暫く見守っていますね」

「女神なだけに?」

「はい、女神なだけに!」


 と、威勢よく言ってくれたは良いものの。

 一時間後には「スピー……」と人様のベッドで眠っていた。

 俺は涎塗れのシーツに呆れながら、アーニャを彼女の部屋に寝かしつけた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ