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元自衛官、異世界に赴任する  作者: 旗本蔵屋敷
6章 元自衛官、異国での戦いを開始する
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94話

 翌朝、俺はマリーを少しばかり早めに起こす事にした。

 理由は自分が目にしたものと、その内容を伝える為だ――が。

 何故だかマリーの様子がおかしく、若干目が赤かった。

 気にはかけてやりたかったが、重要度で言えば姉の事を優先せざるを得ないので後回しにする。


「――それ、本当?」


 当然、マリーは俺の事を疑ったが、俺は自分に見えるシステム画面からのバックログで、追える範囲でヘラの言動が地味におかしかったことも指摘した。


「多分、感情が膨れ上がってるか――或いは、普段は蓋をしていた物が明け透けになってるみたいだった。頭が痛いとか言ってたけど、目が光ってから……洗脳されている事が分かるようになってからは頭痛の事を言ってなかったし。もしかすると洗脳が表に出てる時と、出てない時があるのかもしれない」

「……だから姉さん、引っ込み思案な癖に自分からあんなに攻めてたんだ……」

「まるで見たように言うのな」

「見てないし! 勝手に変な言い掛かりをかけないでくれる?」


 まあ、何でも良いのだが。

 彼女と一緒に宿の外での作戦会議だったが、結局の所彼女は首を横へと振った。


「……仮に洗脳が事実だとしても、そんなに心が弱いとか、付け入られる隙があったとは到底……」

「そうか? 孤独で、辛くて、苦しかったって言ってたぞ? ずっと崇められて、傅かれて、対等な人は誰も居なくて、広い城の中で囚われたままだとか……色々。人が思うよりも強かったり、弱かったりするんだ。ヘラが何時から居るのか知らないけど、時には疲れて色々な事が嫌になる時だって有ったかも知れないだろ」


 俺がそう言うと、マリーは暫く俺を見て――静かに頷いた。

 どうやら理解と納得をしてくれたようで、その言い分に理があると認めたのだろう。


「普段あんまり喋らないくせに、そう言うときだけ饒舌になるんだから」

「ん、そうかねえ?」

「ええ、そう。さて、と。しっかし、参ったなぁ……。城に材料全部置いてきちゃった。体調がおかしかったから自分でありったけの調合をしてみたんだけど」

「あぁ、だから前に時間食ってたのね……。けど、解放出来るのかな?」

「洗脳って何種類かあるから。蟲のようなものを取り付かせてるのなら刺激物を取り込ませれば良いし、何かしらの物によって洗脳されてるのなら破壊すれば良い。一番最悪なのは術者が直接目の前でかかるまで試した場合だけど、そうなると術者を見つけ出して倒すか解かないと無理」

「――飲食だと厨房や執事さんも疑えるけど、物となると部屋とかそう言った場所にヘラにとってそぐわない物があるかどうかに気付けないといけないし、あの私室だと物が無さ過ぎてそんな危険は冒せないだろ。かと言って術者がかけたとするならそんなに長い期間拘束ないし部屋とかを空けることになるし、そんなの御付の人と言う監視の目があるのに出来るかね?」

「……なんか、普通に至極真っ当な事言ってて頭が良く見えるんだけど気のせい?」

「気のせい気のせい」


 てか、これくらいは誰でも思いつくわ。

 漫画、ラノベ、ゲーム、アニメだのと沢山の物に触れていれば、知識や主張に触れることになる。

 知識や情報と言うのは常に万物を切り裂くエクスカリバーにはならず、場合によってはすかしっ屁にもなるし、或いは連鎖的に人を殺す事だって出来る。

 つまり、時と場所、場合などが合致しなければ魔弾ですら地面や天井に当るし、最悪相手に当って「火力不足」という結果になる場合もある。


「しかし、目的は分からないのが一番厄介だよな。洗脳とかって常に術者とかに情報が行くのかね?」

「それは無いはず。使い魔契約の主従で相手の思考を読み取ったり、目や耳を借りるような物は無いはずだし。むしろ、特定の条件や状況で何らかの行動を起すようにするのが主流なはず」

「どうしてそう言い切れる?」

「――私達が未だ英雄と呼ばれる前、沢山の人の助けを借りてた頃に、一番世話になっていた傭兵がそれで殺されたからよ。一番親しくしていた相手がいきなりその傭兵に攻撃して、それで相打ちになって二人とも死んじゃったから」

「……条件、か。本人が言ってたけど、嫉妬したり、孤独を強く感じると洗脳状態になるとか」

「チッ、下種が……。だから、あんな姉さんらしくない事を――」

「?」


 マリーが敵意をむき出しにそう吐き捨てた。

 心底憎たらしいらしく、そう言った時のマリーの顔は未だ見ぬ敵へと恨みを露にしていた。


「なにか、あったの?」

「私に姉さんを利用して強く当らせたのよ。忌々しいクソ野郎……。忘れかけてたのに、嫌な事思い出させて――」

「そこらへんは触れないで置くけど」


 だからヘラに対して怯えていたのかも知れない。

 忘れかけていた何かを持ち出されて、それで脅された――と言う考え方が出来る。

 少なくとも洗脳されずともマリーは半ば無力化されかけていたし、それほどまでに根強い確執や過去があったのだろう。


「とりあえず、お城に戻ったら私の方でもそれらしいものや人がいないか探してみる」

「俺もそうしてみるよ。んじゃ、戻りますかね」


 俺がそう言ってから静かにとジェスチャーをする。

 すると宿の二階からヘラが窓を開けて、キョロキョロと周囲を見回すと此方を見つけた。


「おはようございま~す! 今日はマリーも早いね~」

「ええ。昨日早く寝ちゃったからそのせいで目が覚めちゃって。井戸水を飲んでた所」

「宿を出る準備はちゃんとしてね? それと、朝食の準備もあと少しらしいですから!」

「あ~い、了解。直ぐに行く~」


 そう言うと、ヘラは引っ込んで言った。

 目が輝いているようには見えず、多分洗脳の影響は出ていなかったのだろう。


「たぶん洗脳状態じゃないっぽい」

「間近で見なきゃ分からないでしょ?」

「え? そうなの?」

「昨日どうやってみたのよ……」

「いや、跨られてる時に見上げてたら普通に見えたけど――」


 俺がそう言うと、マリーはいぶかしんでいた。

 しかし、直ぐに頷いてみせる。


「ま、その片目の影響があるのかもしれないわね。使い魔じゃないのに潰れた片目に特殊効果とかワケわかんないし」

「……そうかな」

「そう言えばアンタ、私と初めて会った時も見えないようにしてる筈なのに見えてる感じだったし。魔法に関して何らかの効果が有るんじゃない? 看破だとか、あるいは魔力の動きや流れが見えるとか」


 そう言われて、そう言うものなのかなと考え込んでしまう。

 しかし、考えた所で判るわけも無く、誘われて宿の中へと戻って行った。

 朝食時、ヘラの目を何度か見てはみたが、特に赤くなったりはしていなかった。


 帰りの馬車での移動時、経度緯度情報などを送ってみたところ伍長からの連絡が届いていた。

 見てみたら、どうやら日本と言うものはまだ残っているらしい。

 座標的には今でも覚えていた練馬駐屯地の物になるのだが、流石に跡形も無いようだ。


『サーバーによる管理が不要なダウンロードアプリなどは如何ですか?』


 等と、携帯電話そのものの『暇潰し可能な道具としての意義』を回復させようとはしてくれたようだ。

 感謝しながらも、それ所じゃないからまた今度と断っておく。

 帰りの馬車の中、マリーは沈痛ではなく会話の優先権をヘラへと譲渡したような形で、ヘラとのお喋りに参加した。

 ここ数日、ヘラが喋って居る時は完全に黙っていたのも脅しとやらが関係したのだろう。

 ただ、余り喋り過ぎないようにしただけでも、マリー自身の精神負担は減ったようである。


 昼に差し掛かったあたりで何とか首都まで戻ってきて、一息吐く。

 馬車に揺られるのは何とも疲れる。

 道路の舗装や、車輪が揺れをモロに伝える造りだからだろう。

 出来ればバネだのでクッションを作るか、フッカフカのクッションで座席を作ってもらうしかない。


 若干の憂慮や考慮すべき事柄など、様々な事が俺を渦巻き始めた。

 完全に『こういう面倒臭いの嫌なんだけど』という思いが胸を占めるが、直面したら避けられない。

 ……人に「目の前で何かが起きたら、それを前にして『なんでだ』とか言っても始まらない」とか言ったのに、自分だけ除外するのは無しだろうと――考えて、いた……のだが――。


「動くな」

「え?」


 城門を潜ってから、方々から兵士が寄って来るのを見て「訓練かな?」とか思ってしまった。

 しかし、その兵士達が俺たちに寄ってくると、その刃引きされているわけではない本物の得物を向けて取り囲んできた。

 ワケが分からないと俺とマリーが立ち止まると、そ知らぬ顔をしてヘラだけが通り抜け――そして告げる。


「それじゃ、お二人を拘束してください。お二人は神の名を、世の理を破壊しようとした大罪人です」

「え?」

「特に、そちらの方は魔物と意思疎通をしていました。内通の疑いがありますので、厳重に捉えておくように」


 意味が分からない、訳が分からない。

 マリーを見ると、忌々しそうな表情をしていて――ヘラがくるりと此方を向いた時にその両目が赤く光っているのを見てしまった。


「やっべ、目が赤い……」

「じゃあ、これ――」

「そう言うこと、なんだろうな……」


 俺達は城に戻ったら探ってみようと考えてみたが、それ以前に相手によって先手を取られてしまった。

 マリーは当然のように抵抗の構えを取り、魔導書を取り出してベラベラとページが捲れだす。

 俺もやるしかないだろうかと徒手格闘の構えを取るが――ドサリと、マリーが魔導書を取り落としているのを見てしまった。


「う、くっ……治った、と思った……のに」

「大丈夫か?」

「あはは~、マリーは馬鹿だね~。魔法を使われたら勝てない事なんて、ずっと昔から分かってるよ~? 私が何をしたか、分からないほどじゃないよね?」

「――まさか、対魔法結界?」

「え? けど、それって魔法に対する攻撃や影響を防ぐ為のものじゃ……」


 俺はそう言ったが、ヘラは……そう言うキャラじゃなかっただろと言いたくなるように、指を左右に揺らして楽しげにしていた。


「ちっがうよ~? 対魔法結界は、やってる事は#対魔法抵抗__レジスト__#と同じだけど。違う事は自分と対象の”間”にその壁を作る事だよね~? ってことは~、つまりつまり~?」

「……国の外部に居る主人と私達の間の魔力の繋がりを、遮断してるって事よ」


 そう言われて、ようやく理解する。

 マリーの主人である辺境伯はヴィスコンティにいる、同じようにタケルやファムの主人も外部にいるから魔力の供給が遮断される。

 その結果……本来であれば供給されていた魔力が不足した、と言う事だろう。

 だが――。


「けど、アイアスとロビンは――」

「オレを呼んだか? #坊__ぼん__#」

「よばれ~て、とびで~て」


 あの二人も、魔力不足の影響を受けるのでは? そういいかけた。

 だが、アイアスとロビンの二人が城門の方に立っていて、まるで呼びかけに応えたかのようであった。


「よぅ。なんだか、大変な事になってるな」

「マジかよ。この瞬間だけ神様が見てくれたと思って良いわ……。悪い、ちょっと助けてくれないか? 状況がややこしくなってるんだ」

「ん?状況に加わればいいんだな? よっしゃ、任された」


 そう言いながら、アイアスは槍を中空から召喚して肩に担いで歩いてくる。

 強さを一度ばかり目の当たりにしているので、この状況を打破できるんじゃないかと思った。

 ――が。


「……まあ、俺の不運って奴を最近忘れかけてたよ。いや、マジで」

「悪いなぁ」

「ん、わるい」


 ロビンも弓を出し、矢を番えて此方に引き絞っている。

 アイアスも兵士たちの後ろに混じり、ヘラサイドとしてこの状況に加わった。

 そして……二人とも、その目が赤く光っているのを見てしまう。

 いや、二人だけじゃない。周囲を見ると、兵士の誰もかもが兜や甲冑などの奥底でその目を赤く輝かせていた。


「――成る程、降参するしか、ない……か」

「んふふ、ご理解いただけたようで何よりです。大丈夫ですよ? お城から出られない軟禁状態にするだけですから――。以前とな~んら変わらないまま過ごしていただければ」

「……ま、二人がそっちについてるのなら話は簡単か。あの果実食って魔力を補給してたのか」

「クソ、クソ……クソぉ!」


 マリーが抵抗しようとはしているが、具合がとてつもなく悪そうだ。

 ……城、がキーワードなのかも知れない。

 少なくとも城から離れたら回復していたし、城に戻ったらまた体調不良になったのだから。


「ヤクモさん。とぉ~っても心苦しいですが、抵抗しても無意味かと」

「――わぁったよ。じゃあ、どうすりゃいい? 三回まわってワンと鳴けば許してくれる? それとも椅子になれってか?」

「犬も椅子も……どちらも捨てがたいです! えへ、うへへ……」


 ダメだ、完全にいかれちまってる。

 感情が豊かと言うか、感情が振れ過ぎている。

 溜息を吐きながらも周囲を眺めていると、視界にシステムメッセージが現れた。


 ――魔法の使用が不可能になりました――


「え?」


 あれ、俺には主人なんて居ないぞ?

 そんな事を考えていると、傍でマリーに首輪が付けられた。

 ちょっと可愛いとか思っている場合ではないが――


「二人とも、魔法を使われると厄介なので封じさせていただきます。バリヤーです、バーリヤー」


 ――呪いのアイテムを装備中――


 呪いのアイテム? そんなもの何処にある?

 そう考えて身の回りを確認し、自分がヘラに渡されたものを目にしてしまう。

 ……やっべ、メッチャ用意周到じゃん。

 外せないかと触れてみるが……布製の筈なのに、まるでその締め付けは手錠のようにキツい。

 引っ張っても、決して外れないようになっていた。


「さ~て、さてさて。魔法は封印、此方は英霊さんが三人で、そちらは魔法を封じられた魔法が取り得のマリーだけ。どうする~? 本当の英雄みたいにこの場を逆転してみます?」


 そう言ってからすぐにヘラは「で~も~」と続けた。


「抵抗したら、マリーちゃんは殺しちゃうかもしれません」

「#Holy Hell...__クソが……__#。分かったよ、分かりましたよ。降参だよこーさん!」

「ま、その方が賢明ですよね~」


 ヘラが手を動かすと、まるで兵士全員が人形のように一斉に動き出す。

 腕を拘束しようとしてきたり、関節を極めようとしてきたので抵抗だけはする。


「止めろ、触るな。さわんなって! 男色の気は無えんだっての!」


 そして俺はつい先日まで自分が寝泊りしていた部屋が牢獄のように感じる羽目になる。

 用があれば呼び出せといった扉前の人は看守となり、巡回している兵士はそもそも動向を監視しているようなものだ。

 誰かが外出時に同行したのも、別に客だからじゃなくて見張って置きたかったからに違いない。

 盛大に溜息を吐きながら、俺はベッドに転がった。


「いや、寝てる場合じゃ無えよな……」


 とは言ったが、俺の監視は酷く厳重なものだった。

 扉を開ければ兵士が居るし、窓を開ければ庭師や兵士などの目が必ずと言って良いほどに此方を向いている。

 ……城そのものが制圧されていると知った。

 唯一の抵抗として#付呪__エンチャント__#で呪いだけは解除したが、だからと言って何かが出来るようになったかと問われたら、何かが変わったわけではない。

 遠まわしにマリーが人質にされているわけだし、俺だけが「じゃあ俺、自由満喫して帰るから」だなんて事はできない。

 マリーに向かって「英霊の座に帰るだけだ、上等だろぉ!」だなんて、遠まわしに「死ね」と言う事も出来ないのだ。

 

 何も出来ないけれども、何もしないという選択は出来ない。

 何かしら抵抗できないだろうかと部屋の中を探ってみるが、当然ながら部屋の中で出来る事は殆ど無い。

 まさか机を引き倒して出入り口に向かって機関銃を設置するわけにも行くまい。

 自分が捕虜になるだなんて想像もしなかったが、これで時間が解決してくれるという可能性は――限りなく、低いだろう。


「はぁ……」


 仕方が無いと、定期連絡を試みる。

 どうせ繋がらねえんだろうなと思っていたが、どうやらその『逆を向いた期待』とやらはスンナリと裏切られたようだ。


『ご主人様?』


 コールの後に聞こえてきた声に、幾らか安心してしまった。

 俺の使い魔、カティアの声である。

 つい数時間ほど前にお昼の連絡をしたばかりだから、いつもと違う時間のコールに不思議そうな声が聞こえてきた。


『さっき連絡を受けたばかりだけど、どうかしたの?』

『あ~、落ち着いて話を聞いてくれると助かるんだけど。どうやら俺、犯罪者になったみたいで』

『え……』


 まあ、こんな反応をされても仕方が無いよな。

 いきなり大罪人だとか内通者とか言われて軟禁状態なのだ、衝撃を受けても仕方が無い。


『ついに女性を襲ったの……?』

『おう、待てや。ついにって何やねん、ついにって』

『だってご主人様、”お独りで遊ぶ回数”がそれなりに――』

『まて、その話は今無しだ』


 なんでセルフハンドブロウジョブの回数が知られているのか知らないが、今はそう言ったおふざけは無しだ。

 とりあえず事情だけを説明し、あらぬ嫌疑と罪によってマリーともども拘束されてしまった事を伝える。

 アイアスとロビン、及び城そのものが洗脳状態にあり、今の所脱出の機会を見出せていない事も伝えた。


『洗脳、っぽいのを喰らってるみたいなんだよな。となると、操られてる連中も人質と言う考え方も出来なくもない、けど――』

『けどご主人様。英霊の方々と戦って、独りで賞賛はあるのかしら?』

『無理、無い。アイアスとロビンで既に近距離と遠距離の二つを取られてる。そこにヘラが加わると支援までされて、手のうちようが無い』

『なら、私の出番かしら?』


 カティアはそう嬉しそうに言ったが、すぐにそれを否定する。


『いや、ダメだ。カティアを呼ぶにしても、部屋に閉じ込められてたら無意味だし、マリーをどうにかしないといけない。あいつ、大分消耗してて多分抵抗できないぞ』

『……マップ、くれる?』

『あいよ。――俺が居る場所はここで、城の見取り図は見知った範囲ではこういう風になってる。で、今回来ている英霊面子の部屋は……こんな感じで、俺がマリーを救い出すとしたら長い廊下を通過して、階段を上って、また長い廊下を進んで、部屋に入らなきゃいけないけど……』

『扉からも、窓からも無理、と』


 少なくとも、壁の作りはクライミングする事は出来る。

 当然落ちれば潰れたトマトになりかねないが、どちらにせよロビンが見張ってると思えば賢明な判断じゃない。


『これ、伝えるの?』

『――……、』


 少しだけ、ミラノやクライン――公爵などに今言った事柄を伝えてもらうかどうかを考えてしまった。

 しかし、直ぐにそれは却下する。


『いや、今は未だカティアだけ知っていてくれれば良い。もしかしたらこちら側に召喚するかも知れないから、その時に事情を把握して貰えてないと困る』

『……けど、悪い予想は狙ったように的中させるのね。荷物を作っておけって、まるで予見してた見たいじゃない?』

『何もないと悪い事が起こる前触れっていう、人生経験から来る勘だよ』


 自分の人生、悪い方に全部偏ってるのではないだろうかと疑いたくなる。

 下手すると幸運でも不運でもない状態が上限値で、あとはマイナスにしかならないという波。

 そんな事を言っていると、部屋の扉がノックされた。

 直ぐに『また何かあれば連絡する』と告げて通話を切る。

 流石に多方面同時腹芸など俺には無理だ。


「大人しくしているみたいですね~?」


 現れたのはヘラで、やはり……その両目は赤く見える。

 試すように片目を閉ざしてみたが、やはりこの異常な目からのみそれらが確認できるようだ。

 アルファティグマってか? 笑えない。


「大人しくも何も、むしろやる事が無さ過ぎて退屈してた所だ。部屋の中で出来る事はそう多くない、その内乾涸びてミイラになっちまうわ」

「大丈夫ですよ。邪念が残るから魔物化してしまうのであって、その邪念を取り払えば残るのは乾涸びた死体だけですから」

「あの、ヘラさん。先日きみが対等な相手として俺を欲しいと言っていたのを疑いたくなってきたんですけど、どうなんですかね? どこらへん」

「そんな事言ったでしょうか?」


 あ~……。それを語っていた時目は光っていなかったし、洗脳状態じゃなかった。

 つまり認識や記憶が歪められているという事なのだろう。

 ……こっ恥ずかしい演説のようなトークを最後にかましているので、忘れてもらえたのなら幸いだ。


「で、望みは何だ? 処刑台送り? それとも何かしら要求でもあるわけ?」

「も~、そんなにツンケンしないでくださいよ~。あ、けど……そうやって憮然とした態度も、好き……です」

「お褒めいただき、どうも」

「まあ、ま、マリーの部屋にまで一緒に行きましょうよ。私は、貴方を害するつもりなんて無いんですから」

「それを信用しろと?」

「信じてもらうしかないですよね~」


 彼女はそう言って、扉の向こう側へと誘う。

 廊下に出るとマリーの部屋とは反対方向には行けない様に兵士達が壁となっていた。

 もし無理にでも突破しようとするのなら、何かしら手段を講じなければならない。


「一応、お城の中であれば自由は保障しますよ。マリーにだって、会わせてあげます」

「そりゃそうも」

「もう、どうしたら信じてくれるんですか~? 私はただ、皆さんと一緒に居たいだけなのに……」

「多分、昨日した話を持ち出しても――無駄なんだろうな」

「昨日? 昨日何かありましたっけ?」


 これだよ。

 溜息を吐きながら頭をかき、苛立ちを全て吐き出そうとしたが――当然無理だった。


「アイアスとロビンが見当たらないな」

「言うと思います~?」

「普通、思わない」


 一番警戒すべき相手の居場所や配置を教えてくれるとは、普通思わない。

 しかし、彼女は――此方をみてニコリとした。

 その瞬間、目の色が元のピンクへと戻っていた。


「二人ともタケルさんとファムさんを捜索しています。どうやら現場を見られたようで、城に入らず街中に潜伏したと」


 その言葉を吐き終えてから、何かを期待してしまった。

 だが、直ぐに彼女はその笑みを厭らしく歪めてしまう。

 目の色は、再び朱を纏っていた。


「まあ、千里先を見通し射抜くロビンさんが居れば何とかなるんじゃないかな~。なので、変な期待はしない方が良いですよ? どうせ逃げられませんから」

「――……、」

「相手を誘い込み孤立させる、孤立させたら外との関係を絶つ、そうしたらあとは相手が勝手に干上がるのを待てば良いだけ……。あの時見聞きした事が、私にも出来るなんて――」

「おいおい、もし俺が大暴れして……。それこそ、殺傷問わずにマリーを連れて逃げ出す事を目的としたら、それを止められるとでも?」

「お忘れでしょうか? 結界、未だあるんですよ? 破壊できます? そうじゃなくても通り抜けられると思ってます? わ~、自由だ~って走って行って、目に見えない結界の壁にぶつかってぺしゃ~んとなる……それはそれで面白いかもしれないですね」


 成る程。どうやら結界とは魔力的な阻害だけじゃなく、物理的な通行も阻止しているようだ。

 マリーをまず戦力に数えるのなら魔力の結界を、振り切るのなら物理的な結界をどうにかしなければならない……か。


「あとで街から出ようとしてみても良いですよ? 特別に、特別~に独りで、監視も無しに出歩かせてあげますから。触れてみて、体当たりをしてみて、諦めがついたら戻ってきて下さい」

「何だってそんな物があるんだよ」

「魔物の被害を抑え込む為に存在しますから。それをほんのすこ~し、本来とは違う結界を張っているだけです」

「魔力の鬼か」

「魔力? いえ、これは信仰で成り立ってます。閉じた箱の中に救いをもたらす天使が居るといっても、開けてみるまでは本当に天使なのか、悪魔なのかも分からない……と言うのと同じですね」

「なるほど。じゃあこの国で見かける教会はぜぇ~んぶ結界の補佐か、結界を張る役割を担ってるわけだ」


 じゃあ、教会やそのシンボル……十字架に何か仕組みがあるかもしれない。

 そう考えていると、ヘラから笑みが消えているのに気がついた。

 ……情報を得ようとして、喋りすぎたようだ。

 多分これ以降教会などの監視・警戒は重くなるだろう。

 まあ、お弁当箱置いて遠くでボタン押すだけの簡単な作業で良いんだけどさ。

 これが現代だったら「宗教施設に攻撃なんて!」となるだろうが、残念な事にその宗教施設が軍事的な役割を果たしている以上は俺は悪くない。

 むしろ俺が訴えても良い位なのだから、神様も十字架を吹っ飛ばした所で怒りはしないだろう。

 赤十字の施設を利用して軍事的な要素を隠すなって教わらなかったのか?

 ……そもそも概念が無いのだろうが。


「マリー、お姉ちゃんですよ~。ヤクモさんも連れてきましたよ~」

「う……」


 マリーの部屋に来て見たが、場所の中でグロッキーだった頃に逆戻りしているようだ。

 むしろ、さらに悪化しているようにも見える。

 ……魔力が回復する果実とは言ったが、そもそもマリーはあの英雄殺しとの戦いで重傷を負っていて魔力が足りていない。

 それに……何だかんだとヴィスコンティを出てからも何度か戦闘をしているし、下手すると回復すらおっついてなかったのでは無いだろうか。

 ヘラは部屋にたどり着くと、部屋の隅に飾ってあったチェス版を暖炉前で展開し始めた。

 まあ、自由にしろってことなのかもしれないが。


「――ねえ」

「……無事か?」

「私の目が、変じゃなければね」


 一瞬、どう反応すべきか迷ってしまった。

 だが――こういう時に嘘吐きと言うのは役に立つ。

 直ぐにベッドで横になっているマリーの腕を出し、そうしていたことを繰り返す。


「――脈拍、異常なし。顔色は少し青ざめてるが、熱はなし。汗を少しかいてるな、何度か着替えをしたほうが良さそうだ。それと目も……異常なし」

「そう、異常は……ないのね」

「あぁ。ただ――効果が有るかは分からないけど、また薬でも要るか? 辛いのなら寝ている方がマシだろうし」

「えぇ、そうね……」


 自然なやり取り……だったはずだ。

 ただ、今までは「目」に関しては見て来なかったので、そこを追求されると弱い。

 それでも言い訳は幾らでも出来る。

 網膜、瞳孔、目のピントや充血具合――何でも。

 そこらへんも衛生周りで触れている、とはいえ……あちらはガス兵器だのにやられた時の知識だが。


「意識は混濁してないし、呂律も確かだ。となると、やっぱり魔力不足で存在が不確かになってるって見立てが一番かも知れない、けど――」


 チラリとヘラを見る。

 俺とマリーのやり取りが不意に途絶え、ヘラも駒を並べるのを止めた。


「悪いですが、マリーが自由になるとお城を更地に出来るのでダメです。ただ~、死なれるのも姉として目覚めが悪いので、あの果実だけは沢山あげます」

「餓えて死なないように、ギリギリを見計らう……ね。悪い、マリー。何か……何か、魔力を分けてあげられればいいんだけど」


 脳裏に、以前話し合った『契約の締結』と言うのを思い出す。

 それをすれば俺が新たにマリーの主人となり、魔力を得られるようになるのだ――が。

 残念ながら、現在の主人である辺境伯との主従契約を破棄出来ないのだ。

 二人の主人を持つ事でどんな不都合があるか分からないし、そんな事でマリーの生死に関わるような真似は出来ない。


「……何でも出来ると思わないで。そうやって、出来るかどうかも分からない事で、勝手に苦しむのは……好きじゃない」


 そう言われてしまってはどうしようもなく、俺は薬を彼女の傍に幾らか置いた。

 メモ帳に効用と使い方を認め、それを――ストレージからコッソリと出したジップロックに分けて入れておく。


「それじゃ、何とか……何とかするから」

「ん、期待しないで待ってる」


 マリーから離れ、チェスの駒を並べていたヘラの元へと戻る。

 彼女は俺に着席を促し、そして一手を指した。


「ねえ、ヤクモさん。人類の危機って、何なんですかね?」

「――それを、俺に問うのか?」

「多分、ヤクモさんなら変な事を言わないと思ったので」

「……そんなの、判るわけが無いだろ」


 俺も、彼女が待っているのをみて一手指した。

 これで対局が始まった事になる、それを認識して盤面を見ながら思考を組み立てた。


「人類の危機? そんなもの、魔物だけが与える物じゃないだろ。国が、派閥が、人種が、育ちが、地域が――人が。人間そのものが人類の脅威になるって事もあるし、むしろ――魔物が居なくなったら、その危険性の方が俺は怖い」

「――そう言う、包み隠さずに物を言うのは好きですよ? 魔物が人類をかつて滅ぼしかけたという事実を無視して、まるで魔物と上手く生きていけと言っているように聞こえますが」

「いんや? むしろ……むしろ、敵が居る状況で何故こんな不和を招くような真似が出来るなと感心していただけさ。くだらねー……」


 前線で戦う連中――ツアル皇国とヘルマン国は堪った物じゃないだろうな。

 ユニオン共和国は統一をはかろうと軍事力増強をしているし、ヴィスコンティでは貴族連中が至上主義を発芽させつつあるらしい。

 その上フランツ帝国では英霊至上主義……と、思いきや既に何かに乗っ取られている所であった。

 これが狂信者等による物とか考え出したら怖いが、今は情報が足りなさ過ぎる。


 ……ただ、可能性はあるんだよな。

 英霊とはこうである、こうあるべきだと言う狂信的で盲目的な信仰が、何時しか微細な違いを許容出来ずに……暴走したとか。

 なんだか、どこかで「貴方ァ、怠惰ですネ?」とか言い出す奴が出ないか怖くなってくる。


 チェスの盤面、駒を動かしていくのだが……どうにも進行が遅い。

 かわされていると言うか、駒の損耗を抑えるように上手い具合にかみ合わせてくる。

 それはマリーのパワープレイでも、アイアスのスピードプレイでも、ロビンのナイト&ポーン戦術でもない。

 気がつけば、圧縮されているのだ。

 徐々に、俺の勢力が……押しつぶされていく。


「私は、二度と喪いたくないと……大事だから、守りたいと思っているだけです」

「ならマリーの状態を見て貰いたいもんだな。このままじゃ消滅するかも知れないのに」

「そうならないように手は打ってます。けど、死んじゃったらそれはそれで仕方が無いと思って――」

「矛盾してるぞ。大事なのに死んでも仕方が無い? むしろ積極的加害者になってるのはお前だろ? 大事なら大切にしろ、そうじゃないから死んでも仕方が無いんじゃ……ないのか?」


 これで「死ねば永遠に私のものですよね」とか言い出したら、ヤンデレルート入りましたぁ! と、諦めるしかない。

 ただ、こればかりは彼女の中で食い違ったようだ。

 カツリと、駒が置かれる。ただし……連携の無い、隙が生じた。

 そこを「待った」をかけられる前に、ナイトで食い破る。

 包囲網から逃れ、唯一触れていなかった王まで殆ど脅威が無い。


「頭がっ……」


 そう言って彼女は頭を抑えた。

 反応を見るに、洗脳とは絶対的な物じゃないのかもしれない。

 本人の譲れないものと、それに相反する命令がぶつかると矛盾から負担がかかるのかもしれない。

 暫くすると、彼女は落ち着きを見せる。

 先ほどまで明滅して洗脳と鬩ぎあっていたようだが、再び洗脳状態へと戻ったようだ。

 揺さぶってみるか? それとも、刺激しない方がいいだろうか?


「大体さ、全てを共に乗り越えた妹を死なせる? それでも、仕方が無い? おかしいよな。お前、確か……姉妹で、家族で、大事だとか――そんな事言ってなかったか? なのに死んでも仕方が無い問いって、魔力の供給を絞ってる。言ってる事とやってる事が合ってないんだけど?」

「うぅ――」

「そんなに大事なら、もっと優しくしてやれよ。お人形アソビ? それとも……思いあがり?」


 そこまで言うと、机に彼女の手が叩きつけられた。

 一瞬駒が衝撃で浮いたが――何故か、それがバラバラに散らばる事無く、空中や倒れた後で元にあったマスへと吸い寄せられて元通りになる。

 不思議に思って触れてみると、システムウィンドウで『made in England』と表示された。

 ……こんな所に過去の残滓があったのか、スペインなのに。


「すみません、ちょっとイラっとしちゃいました。けどけど~、何を……分かったつもりになっているんでしょうか?」


 そう言って彼女は笑みを浮かべながらこちらを見て居るが、少しばかり鼻血が出ている。

 もしかすると負担がかかっているのかもしれないので、これ以上の追求は止めた方が良さそうだ。

 そもそも怒らせるのが目的では無いし、変に拗らせて状況を悪化させるのは良くない。

 両手を上げて降参の意を示し、俺は口を閉ざした。


「同じだろ? そっちも……いや、この世界の誰もが俺の事をどれくらい理解してるって言うんだ。まさか、自分だけ理解してもらえてないとか、そんな幻想を抱いてる?」

「まさか。けど、それはヤクモさんも同じ事じゃないですか? ドッグタグをぶら下げて、軍人気取りで場を仕切って――自衛官のつもりですか?」


 今度は俺が駒の動きを誤る。

 少なくとも――俺の耳がおかしくなったのかと思ったが、バックログを確認してもこの世界で……この世界の住人から聞くことの無かったワードが入っている。

 ドッグタグ? なんでそのまま発音されてる?

 自衛官? なんでその言葉を知っている?

 俺が疑いの眼差しを向けるが……その時、再びヘラの目が正気に戻っていた。


「あれ、私……今、何て言ったんだろ――」

「#Fuck, Fuck'n Fuck__クソが__#……」


 ヘラ自身の知識や情報では無さそうだ。

 ただ、これじゃあ俺と言う存在が彼女の負担になりそうである。

 追求せずに手を進め、彼女も鼻血を拭うと黙って手を進める。

 その結果、チェックメイトで詰まされたのは俺だった。


「――さて、私の勝ちですね。クイーンを動かせば、もう少しは……或いは、勝てたかも知れませんが」

「……女王様は強いけど、使い道がうまく見いだせなくてな」

「まあ、良い試合でしたが……。やはり、クイーンが居ないと、ダメですね」


 そう言いながら彼女は駒を再び並べたが、再戦とはいかなかった。

 彼女は立ち上がると「少し、休んできます……」と部屋を去る。

 後に残された俺は、どうしようもないとマリーの方へと近寄った。


「ねえ、姉さん……。やっぱり、アンタの言ったとおり変だった。何か、よく分からない言葉を……」

「多分影響を受けてるんじゃないか? けど、だとすると……」


 人、では無いだろう。

 フェラルグールとかになって何世紀も生きて来たというのなら別だが、俺を旧人類と言ってしまうほどにかつての連中は居ない可能性の方が高い。

 なら、何かあるかもしれないと俺は携帯電話を取り出した。


『おや、お疲れ様ご主人様。何か御用ですか?』

「英語とスペイン語を織り交ぜて話すから、対応してくれ」

『ふむ。何かワケありですかな? ですが、心配後無用です。どのような言葉で話しかけられても私には理解できます。勿論、単語ごとに言語を切り替えられても対応しますよ』

「なら助かる。えっと――」


 かつての時代、人を操ったり洗脳するようなものはあったのだろうかと訊ねる。

 そうでもないと旧時代の生き残りを探さねばならないし、その可能性を否定できるのならこちらの方が理解しやすいからだ。

 伍長は直ぐに『そうですね』と前置きした。


『合法的な物になりますと、メンタルヘルス、精神ケアとしてそう言った催眠や洗脳に値する物が用いられていました。当然、それらを非合法な――禁止された用い方をすれば、誰かを操ったり誘導する事もワケありません。故に、管理や運用、監視は厳重とされておりました。なにせ、自殺を仄めかす洗脳をしてしまえば、保険金目当てで旦那や奥様、或いは政治的対立候補や気に入らない相手を危める事が出来てしまうのですから』

「そう言ったものは、ネットワークには?」

『勿論、監視されておりますとも。どのような処方をしたのか、相手は誰か……。何時、何処で、何番機で行ったのかすら分かります』

「この国でそう言った医療系で生きてるのは?」

『ふむ、少々お待ちを。何せこの国は核攻撃を受けずに滅んだので、至る所で埋没してたりと厄介です。ただ、ご主人様の近くに、セラピー関連の物があるようですね。ただし、非合法でネットワークから隔絶されたものですが。微弱な影響を検知しております。ご主人様はナノマシンを投与してないから影響を受けないでしょうが』

「は、ナノマシン? いや、それは良い。続けてくれ」

『ご主人様のような旧人類には存在しない、血中の微細な機械で御座います。体調や健康等を管理し、負傷をしてもその回復促進をしたり、病気に対して素早く抗体を作り、血の生成や体内の総数から規定された数まで増殖する、組織のようなものです。そうですね。犬笛と同じようなものでしょうか? 聞こえない音のようなものでナノマシンに影響を与え、狂わせていると言えるでしょう。ただ――その機械は既に動作を停止しているようですが』

「もし見つけ出せたら何か分かるか?」

『さあ、動力の無い相手から情報を得るのは、死体の脳から記憶や情報を読み出せというほどに難しい事ですが……必要とあらば、私が参りますが』

「いや、良い。今ちょっと……問題を抱えててね。そこに来られたら、多分ややこしくなる」

『然様で御座いますか。では、ご主人様には申し訳有りませんが、機械の場所を検知する為に待機状態にさせて頂きます。もしラブロマンス等の場合、事前に教えていただければ――』

「ねーよ!」


 携帯電話の画面を切り、ポケットにしまう。

 しかし、参った……。旧時代の遺物? 

 そう言えば、魔法とは新人類である彼女たちが『想像を具現化する能力』として保有している事になる。

 俺はナノマシンを経由しているわけでも遺伝子改造しているわけでもない。

 チートで魔法を使えるようにしているから似て非なる物なのだ。

 ただ――セラピーと言う事は、ジワリジワリと無意識の内に毒を飲んでいたのと等しい。

 そして気がつけば深い場所まで、意識全てが汚染されるくらいに洗脳を受けた。

 その機械を伍長に調べさせないと分からないが、今回の事は……事故と言う事なのだろうか?


「Well...Marie.Yo have...」

「待って、待って! 分からない!」

「Ehh...じゃないや。えっと。あ~……悪い」


 上手く思考を切り替えられず、先ほどまでやっていた英語スペイン語の入り混じった言語を出してしまう。

 そもそも出身は南米で、正規に日本語教育を受けたのは日本に来てからの三年だけなんだよ、すみませんね!

 

「――もしかすると、洗脳を施した相手は人じゃないかもしれない」

「……どういうこと?」

「ヘラが口にした単語や言語、アレは先日あった機械生命体に関係のあるものらしい。だから……えっと。その装置、的な物をどうにかすれば、解ける……かもしれない」

「物が魔法? ありえない……」


 そもそもナノマシンを突っ込んでて、チートじゃなく魔法を使える人種として生み出されたお前らの方がありえんわ。

 そういいたかったが、何とか口を噤む。

 出来る事はなんだろうかと考え込み、溜息を吐くしかなかった。


「仕方が無い。伍長を信じて、城の中を散策して検索・察知をしてもらう事にするよ。マリーの方でも、余裕が有れば飲み物でも何でもいいから、解けるようなものを探し出しといてくれ」

「――了解、と言いたい所だけど……。ゴメン、動けそうに無い。姉さん、あの果実を一日の消費分しかくれないから……」

「……なら、ちょっと待っててくれ」


 魔導書を出し、その中から「魔力供与」の魔法を見つけ出す。

 魔力の塊を捻出し、それを他人へと付与する魔法らしい。

 ただ……可能な限り魔力をぶち込んでそれをマリーにねじ込んでみたが、俺の労力に見合う結果は得られなかった。


「だぁ、へぇ……どうだ?」

「……楽にはなったけど、あんまり――。と言うか、魔力って、他人に与えられたんだ」

「はぁ? 魔力って、杖だのなんだのって媒介を通した結果変換されて焔だのなんだのに変換されるんだろ? なら、変換しないで捻出すれば……はぁ……良いだけじゃね?」

「その、理屈が分からないんだけど」


 ……あれか、ゲームとかやってたり、或いは科学的な考え方だのそう言うのに毒されすぎてるのだろうか?

 というか、カティアも魔力をそのまま出してそれで打撃をしていたし、当たり前に出来るものだと思っていたが……。

 あれか、攻撃じゃないからマリーには理解が無いだけなのかもしれない。

 支援とかに属するのだろうか? だとしたらヘラだが、彼女は今操られている。

 多分、魔力回路って奴が貧弱で変換効率が良くないのだろう。

 疲労感や倦怠感が身体を支配しても、マリーは余り良くならなかった。


「……魔力が見えるって、良いわね」

「そうか? 俺は、余計な情報が増えて大変だよ」

「アンタは独りじゃないもの。私には、魔法しかないから……。神の加護が、精霊達が傍にいてくれる……信じるんじゃなくて、その事実を目に出来たなら、どれだけ良かったか――」

「――……、」

「姉さんは、ずっと部屋で一人だった。けど、私は――みんなの中でも、ずっと一人だった。沢山勉強して、沢山魔法を作り出した。けど、最後の最後まで私は独りで戦うしかなかったの。兵を率いる事も無く、魔法を使える人たちに何かを教えるわけでもなく……ね」


 マリーは、そう孤独を吐き出した。

 対照的でありながら、姉妹は揃って孤独だと口にした。

 誰も居なくて、記憶を共有できないから孤独だとヘラは嘆いた。

 誰かと一緒だけど、何も分かち合えないから孤独だとヘラは言った。

 そのどちらも……俺には心当たりがある。

 静寂と言う孤独か、大勢の中での孤独か。


「……話を聞いていると、みんな上手くやれていたように聞こえたけど。その、大戦時に」

「上手くやれていた? そうじゃない、違う……。あの人が居たから、私のような嫌われたはみ出しモノでも活躍の場と居場所、役割を与えてくれた。あの人が居たから姉さんも、何をして良いか分からない状態から直ぐにやるべき事を見出せた。先に居た私は孤立を、後から来た姉さんは孤独を――解消してくれた。けど……居ないの、記憶からも――消えてく」

「あの、銀髪の女性か」

「うん……」


 ――となると、アイアスやロビンも、何かあるに違いない。

 あの二人が短時間で支配されたのも、きっとそう言った弱みか……何かがあるに違いない。

 表面上でしか読み取れないもの、その裏にあるもの。

 英霊でありながら人である、その人であるが故の脆さが……今回影響していると言えるのかも知れない。

 マリーの強さは間近で見た、アイアスとロビンの力を遠巻きに眺めていた。

 その強さの根っこには、記号や数字では示せない『人間性』がある。


 ……タケルとファムは無事だろうか? そんな事を考えながら、俺は英霊ではなく一人の人として弱さと脆さを見せているマリーを一度だけ撫でる。

 妹に、そうしたように。慰めるように、あやすように。

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