92話
翌日、まさかの腕時計の目覚ましに叩き起こされることになった。
跳ね起きてから直ぐに言い訳だの謝罪の言葉が浮かんでくるあたり、俺はどうやら奴隷気質でもあるのかもしれない。
しかし、腕時計がそもそも皆が起きるよりも少し早い時間帯になっているのだ。
起きたら起きたで頭痛がしたので、頭痛薬と一緒に水を飲んでおいた。
そして寝直そうと思ってベッドに再び横になると、二つの暗い中でも水っ気と僅かな光で鈍く光る物が見えた。
……マリーの両目が、俺を見ていたのだ。
息を呑んでしまい、かといって見なかった事にするには目蓋を閉ざす事を思いつくのが遅すぎた。
彼女の目と目が合ってしまい、それからどうしたものかと逡巡したが──。
なにやら、酸欠の魚のように口をパクパクさせている。
何事だろうかと思ってみていたら、その動きを見て理解する。
――お・な・か・す・い・た──
そういや、昨日は結局起きてこなかったんだった。
つまり、夕食を食べていないマリーはとても空腹に違いない。
だからと言って宿の中で勝手に料理をおっぱじめる訳にもいかず、仕方が無くストレージから携行食を出す。
……一般では非常食と呼ばれる乾パンである。
それでも金平糖だのが入ってるし、個人的にはポテトチップスとかが無くてもコレさえあれば大丈夫なくらいだ。
再びベッドから抜け出すも、やはり冬に入りかけているから寒いにも程がある。
だからと言って朝食を取ったら出て、討伐済ませたら夜までには馬車で帰るだけだ。
人様の金を自分の勝手な判断で使えない……が。
まあ、俺が負担すれば良いだけなんだけど──。
「お茶と、ちょっとした小腹の足しになる物くらいなら……」
「──……、」
コクコクと、マリーが細かく頷いた。
部屋にある机にお茶の準備をしながら、彼女の体調をとりあえず確かめる。
こういう時は義務が生じるから臆面無く出来るのに、それ以外では異性に近づけないのはどうにかしたい。
「頭痛は? 吐き気とか、酷く眠いとか。身体が重い、目が回るとか──そう言ったのは」
「お腹が空き過ぎて目が回りそう……」
「本当は良くないけど、幾つか齧っとけば腹の足しにはなる」
そう言って小さな缶詰めの中から乾パンを出した。
マリーはそれを受け取ると、目を細めて眺める。
そして起き上がると、怪訝そうに眺めた。
「……なに、これ」
「非常食?」
「──……、」
「朝早くに他の客も居るんだし、変な真似できないだろ? 無いよりマシ、無いよりマシ」
マリーは数秒、乾パンを眺め、見つめ、非常食と言う単語と目の前に有る物を理解しようと努めたらしい。
だが、口の中に放り込んでから渇いた音が響き渡って、虚しく咀嚼され続けただけだった。
そして飲み下してからのマリーの一言は「床に座れ」だけであった。
~ ☆ ~
「ったくひっでぇ……。朝から怒らなくたって良いじゃんかさ。善意だって、善意。非常食とは言っても、付け合せの砂糖菓子と一緒に食べれば美味しかっただろ?」
「悪かったって言ってるでしょ。器が小さいんだから……」
マリーの体調は特に異常なく、どうやら思い切り眠った事で調子は改善されたようであった。
本人は久しぶりに病気をしたと語っており、もしかするとその繋がりで余計に重く感じていたのかもしれない。
ただ、今日まで地味に食事を減らしてきていたらしく、回復したら一気に空腹で苦しくなったらしい。
そんな彼女に非常食ならぬ”常では非ず食”……つまり「普通じゃね~メシ」と解釈され、獄中メシかと正座させられてしまった。
非常食と言う概念が無いので仕方が無く、俺も酒の抜けきってない頭で上手い言い回しが思い浮かばずに足を痺れさせてしまった。
その結果、ヘラがおきるかどうかの直前に至ってようやく「大災害や飢饉の際に市民に放出できるように加工して腐敗対策と長持ちするようにした物」といえた。
ヘラが置きぬけに若干幸せそうな寝ぼけ顔を晒したので結構相殺出来ているが、それとは別に本調子になったマリーを見て落ち着けたと思う。
俺が正面と左側の警戒と魔物への対処を担いながら、左側をマリーとヘラに任せている。
なんと言うか、機械系? のような魔物が出てきて、その数は決して多くも無いが遭遇率が中々に高い。
ドラクエで五歩動いたらエンカウントとかクソゲー認定されそうなレベルだ、十分前後で魔物に遭遇するのは魔物の巣が近いからなのかもしれない。
「それで、遺跡のような場所からゴーレムとかに近い魔物が沢山出てくると。にしても、こいつら……倒すと爆発して何にも分からん」
「町の方はゴブリンやオークを見かけたと言ってましたが、出てくるのは全くの別物ですね」
「この魔物は電撃か無の爆発が有効だけど、どちらにしてもアンタには関係なさそうね」
「ま、確かに」
飛行系の魔物……らしい奴らは、動きこそ素早くないし、そもそも的として大きいので姿を見かけ次第ぶち抜けば爆発四散してくれる。
少しでも手がかりにならないかと狙う箇所をずらしてみたりと余裕が生まれたが、どう足掻いても『機能停止=爆発』のようである。
使い捨てられるほどに余裕があるということなのだろうか?
幸いな事に銃弾が良い具合に当ってくれると一発で落ちてくれるし、接近される前に爆発してくれるので助かる。
「遺跡は特に何も無くて、瓦礫の山だとか廃墟と言うのが分かりやすいかも知れません」
「まあ、ねぐらにするにしても身を潜めるにしてもゼロから作るより、少しでも何か有ればやりやすいしなあ」
「そう言うのは得意?」
「仮設だの、利用・応用は散々やってきたし。もし明日にでも家を追い出されて当面の住処を確保しろと言われたら、廃墟だの遺跡だのは利用しない手は無い」
「……家なき子の英雄ねえ」
「そもそも俺は呼び出されたんだっての。はい、目標無力化」
再び飛んで来た魔物を打ち抜くと、綺麗に爆発してくれた。
少しばかり期待して何か探すも、破片ぐらいしか見当たらない。
そして残念な事に俺には理解できない材質で出来ているらしく、システムウィンドウを開いても未知の物質でしかなかった。
「何なんだ、こいつら──」
「魔物の事を理解しようとしても無駄だと思いますけど」
「そうよ。どうせ本能で人間を攻撃して、産んで、増えるだけの生き物なのに」
「いや、そうじゃなくて。そもそも、魔物って概念で括っていいのか? これ」
「どういう意味?」
「知性があるのに、知能が無い。まるで人形みたいだ。さっきから飛んできて、向かってきて、何も出来ずにやられてるだけじゃないか」
「全滅させてるから情報の共有が出来てないだけでしょ。それに、アンタ含めて常人じゃないんだし」
「そうですよ。心配しすぎなんじゃないでしょうか?」
「──だと良いんだけどね」
敵を倒しても金が得られない、そもそもギルドメンバーになっていないのでただの無料奉仕でしかない。
ヘラが後で御礼をするから良いけれども、普通なら弾薬だの整備代だので赤字になりかねない。
「これ、ロビンの矢で射抜けるのかな?」
「さあ、どうでしょうか? ロビンさんの弓が天下一品だとしても、ゴーレムにはただの矢では利かなかったですし」
「金属の塊みたいな奴だしなあ……」
アイボットみたいな奴だし、物理耐性自体は高そうだ。
ゴーレムはまだ遭遇した事が無いけど、そっちはたぶんLAMを持ち出さないと攻撃が通用しなさそうな気もする。
まあ、魔法でいいのだけれど。
ただ──。
「セゴビア水道橋か……」
幼い頃から見てきた世界の遺跡関連の書籍でみた水道橋と、似通ったものを目にしてしまった。
だからこそ……遠くに見える”遺跡”と言うものがとてもじゃないが嫌な感じに思えてきた。
周辺の地図を見せてもらった時、この世界の図は俺の居た世界と若干違いながらも大よそ一緒である。
今居るのがスペインで、首都はマドリード。
だとすると、方角と距離的に向かっているのはアルカサルの可能性が高いのだ。
ディズニー映画の白雪姫に登場する城のモチーフになった城。
俺が……今目にしている、徐々に近づくにつれて見えてくる全容が『崩れた城』だとは、余り考えたくは無かった。
ただ、それを冷静に考えさせてくれる暇はどうやら神とやらは与えてくれないらしい。
周囲の高い城壁、閉ざされた城門、瓦礫の山などと問題が山積みだったが──。
「ね、何も無いでしょう?」
「い、いや……」
ヘラは何も無いと言った。実際そうなのだろう。
角柱のような中央部に座していた箇所は無残にも崩壊して、半ばほど中身をさらしている。
ただ──近づいたにも拘らず魔物の生活臭らしいものは一切しなかったのが気になったが。
今は、それどころじゃない。
「ターミナル、しかも生きてるのか……?」
この世界がどのような歴史を辿ったのかは知らない。
ただ、本来であれば世界遺産として登録されたものに手を加えるなんて言語道断で、壁にターミナルが埋め込まれているだなんてあってはいけないのだが。
そのターミナル、生きていたのだ。
俺が気になって触れると、磁気で認識したのかディスプレイが点灯した。
「あれ、なんですか? それ」
「何も無いとか嘘じゃない」
「えぇ~……? コレでもちゃんとした報告が上がってるんですよ? 硝子窓のような物があるけれども、向こう側が見えないって──」
「何でもいいけど……」
ディスプレイに触れると、視界の済みに「ハッキング成功」などと表示がされる。
するとディスプレイに表示されていた「Admin」というログイン画面が切り替わり、管理者モードでシステム管理画面へと移行された。
どうやらこの世界では観光面で多少のアソビを持たせようとしたらしい。
人力ではなく機械で……それも、俺が居た世界や時代、科学力よりも進んだ技術でそうとは分からないくらいにオートマチック化がされているらしい。
「あ~、このまま入ると警備が動く、のか? いや、生きてるのか? そもそも」
「警備? なにそれ」
「……警報装置、巡回……ロボットの警戒モードへの移行と、非殺傷武器の運用に許可、とか……」
「ちょっと見せて」
マリーにそう言われて場所を変わる。
しかし、当然だが俺にとってはスペイン語で表示されている画面をマリー達が理解できるとは思わない。
システム翻訳が文章を自動翻訳して注釈のように日本語と英語で理解させてくれているが、二人はそうじゃないのだ。
「……分かんない」
「俺の知ってる言語、の一つ?」
「はぁ?」
「ん~、よく判りませんが……それだと過去から呼ばれた、と言うことでしょうか?」
「──そう、なるのかな」
なんか、アーニャが転生の儀の時に色々言っていたような気がする。
世界の根っこ自体は俺の居た世界と近いと、ただ──剣と魔法なファンタジー世界と言うだけで。
マリーが画面を俺と同じように指でタッチしても何ら動作しないのは、何か意味があるのだろうか?
俺が失礼と入れ替わり、ログをさらに漁ってみた。
すると出てくるのは『10/23/2577』と言う日付で、最後にここが正式な観光の場として運用された最後の日付だった。
アルベルトと言う三十七歳の男性が業務開始の為に操作して、そこで全てが途絶えている。
――俺が居た世界は2000年で、俺があの世界を去ったのが2017年。
五百年以上未来の話とも言えるし、何かがあって文明が一気に衰え『やり直し』となった世界ともいえるのかもしれない。
なんだか寂しくなってしまい、システム側から報告されているエラーのチェックと警備や防衛システムを全て蹴り出していった。
吸い出せた情報を俺のシステムへと移送すると、門を開くように操作してみる。
しかし、門は開く為に動きはしたが、潜り抜けられる程度の高さにまで上がるとそこで停止してしまった。
「ん~、私やマリーが触っても動かないですね……。何か仕組みでもあるんでしょうか?」
「文字の出てる場所に触ったら反応してたみたいだけど、なんて書いてあるかもわかんないし」
「ん、まあ。良いんじゃないかな。というか、門を通れなくて調査隊は諦めたの?」
「報告ではゴーレムが居たと聞いてますが、見てませんね。ゴーレムが強くて負傷者が多い事から放置する事にしたらしいですが」
「ふぅん、なるほどね」
……まさかだが、さっきのさっきまで俺達がぶっ壊してきた機械たちって、ここに居たロボット達じゃないだろうな?
そう考えてしまうと、自分のいた時代や世界を裏切っているような感じがして、なんだか嫌だった。
しかし、感傷的になる暇は無いのでさっさと進もうとする。
腰くらいの高さまで上がっている門、潜っている途中で閉まろうものなら死は免れない。
俺が真っ先に潜って内部の脅威を確認する事にし、銃を背中に回して拳銃を手にゆっくりとカッティングをしていく。
魔物、データを吸い出して確認した警備だの巡回ロボだのは見当たらない。
「……俺、なんで美術館泥棒みたいな真似してるんだろうな」
俺は何時から《世界一不運なトレジャーハンター(ネイサン・ドレイク)》になったのか。
ゲームだと裏切られて牢獄行きだが、この場合はどうなるのか?
……一応殺傷武器も非殺傷武器も使用を禁止しておいたし、臨時発行パスを手に入れておいた。
多分、プロテクトロンのように見せれば大丈夫、な、筈だが……。
門を潜り抜けて一応警戒して周囲を見るが、脅威に当りそうな相手は見当たらない。
やれやれと門の向こう側から顔を覗かせている二人を見る。
「あ~、とりあえず大丈夫みたいだ。通っても良いと思う」
「本当? 入ったら何か直ぐに『こんなはずじゃなかった!』って事は無い?」
「ないない」
「周囲に何も居ないんですよね?」
「居ない居ない」
『警告。武装解除をしない場合、鎮圧行動を取る』
「取らない取らな──い?」
電子的な声が聞こえ、俺は慌てて周囲を再び見回した。
敵、らしいものは居なかったはず。
じゃあどこに……? そう考えながらジンワリと、焦りを押し殺しながら周囲を見ると──。
『──臨時管理人のIDを認識。臨時管理人が武装している場合、武装をしている事を理由に鎮圧するのか、それとも管理人である事を理由に見逃すのかの判断を請う』
何時の間に現れたのか、頭ほどの高さに浮遊している物体を発見する。
決して小さいとは言えないが、ダクト等と言った狭い場所も通れそうなサイズである。
何を原動力にして浮いているのか分からないが、とにかく浮遊している。
五百年も経過しているとここまで進歩するのか? 俺の世界でも。
「あぁ、失礼。臨時管理人になったヤクモと言うんだけど」
『ヤクモ様。IDの提示を』
「ん」
チップでも埋め込んでいるのだろうか? 俺には記入した名前と登録番号しか記載されていないように見える。
それを見えるように出すと、相手は小さな手のようなものを胴体から伸ばし、器用にカードを受け取ると人間性を見せるかのようにカメラレンズを動かした。
『確認。登録時のDNA情報、指紋情報、生理活性物質、カメラモニターに登録された外見とも一致。顔写真が有りませんが』
「あ~、急ぎで作ったもんで」
『では此方で用意します』
そう言って相手は俺の作ったばかりのカードを飲み込んでしまった。
おいおい、コレで『IDを確認できるものが無いので不法侵入者です』って流れにならないよな?
危惧をしたが、直ぐに何かの稼働音が相手の体内から響く。
そして『どうぞ』とIDカードを返してくる、そこには俺が外でディスプレイを操作していた時の胸部から上の写真が貼られていた。
『どうぞ。声帯情報も登録しましたので、紛失や未携行をされた場合でも一時的に発行するカードで対処できます。とは言え、数分ほどのお時間を頂いてしまいますが』
「あぁ、どうも……」
俺がそんなやり取りをしていると、ゴソゴソと門の方で動く音が聞こえる。
そちらを見るとマリーが這い蹲ってこちらにやってくるのが見える、それと同時にガシャガシャと喧しい音が傍から聞こえ、それが今しがた手続きをしていたロボットがなにやら装備らしいものを出していた。
バチバチと……非殺傷性と思われる電撃を纏わせ、俺の前に出て、まるで庇うように立ちはだかる。
マリーも帽子を上げて音から察知すると、素早く転がりすぐさま魔導書を取り出して交戦できるように立ち上がる。
『観光時間外に押し入った生物を確認、武装の使用許可を』
「早くそこから退いて! 巻き添えになるから!」
ロボットとマリーが対峙する、俺は一瞬どっちの味方をすれば良いのかで戸惑ってしまう。
だが、即座にロボットの前に出てお互いの中間に出る事でとりあえずの緩衝地帯を自身で作り上げた。
「武装及び鎮圧行動は却下、当面自己防衛以外の行動を禁じる」
『は、は……しかし──』
「マリー、コイツは話ができる奴だから攻撃を待ってくれ。ちょっと俺も──まだ戸惑ってるけど」
「言葉の通じない相手と話……? アンタがソイツにこの短時間で何かされてないという保障は?」
「それは、今からだから」
「二人とも、大丈夫ですか?」
ヘラもやってきて、その時もロボットは俺に様々な許可を求めてきたが、その全てを却下した。
……こうやって許可を求められて、その可否を決めるのはなんだか自衛隊時代を思い出して気分が良かった。
「この二人は同行者。え~……個人的なお客だ」
『そのような情報は届いておりませんが。まあ、良いでしょう。私が最後に稼働してから実に二世紀ぶりの事ですし、そういった手落ちも有るでしょうから』
「二世紀、ね」
と言う事は、西暦で言えば『2700年代』なのだろう。
何らかの理由で二百年ほど昔に世界はその歴史を閉ざし、新たにやり直す羽目になった。
その結果が剣と魔法のファンタジー? 流石に色々失いすぎだろ……。
「ねえ、アンタが何を言ってるのか全く分からないんだけど」
「言葉が違うみたいですが」
「あ、う──。まあ、知ってる言語だし?」
どうやら翻訳は俺が発する言葉にも適応されているようだ。
つまり、俺は日本語で全てを見聞きしながら、相手に合わせた言語を勝手に口にしていると言う事か。
なにそれ、口パク? 口の動きと出てくる音が一致しないとか怖くない?
「あ~、えっと。この建物を管理していた、遥か昔の機械生命体……って言えばいいのかな。どうやら俺が門を開くために操作したら、一緒に目覚めたらしい」
『失礼、ヤクモ様。その……貴方様が何を言っているのか分かりません。ヨーロッパの言語でも、アジア言語でもない事は分かります。訛り、方言といった大よそ七千以上にも及ぶ言語データに該当する物が御座いません』
「あぁ、板ばさみ面倒くせぇ!?」
マリーとヘラはこのロボットと意思疎通が出来ない、そして俺だけが双方理解できるというトンデモ状態。
とりあえず双方に「待て」をかけて、説得をして、俺は主目的を果たそうとする。
『魔物ですか。仰る意味が、まるで理解できませんが』
「じゃあ質問を変える。お前は何で、お前らの仲間はどれくらい居て、この施設について教えてくれ」
『承知致しました。私はこの観光地において、管理を任されたロボットです。名称は”Prid-0003FØ85”、ロボトマイズ・ヒュマニティー社の汎用型ロボットです。二十四時間、三六五日、どのような天候や季節でも運用できるように設計されております』
「へえ……」
『私はこの施設のロボット側の最高責任者、管理人の補佐役として仕えさせて頂いております。管理人が不在の場合、与えられた権限の範囲内で問題を解決し、お客様に快適に観光をしていただけるように命令を受けております。ただ、私が長らく眠っている間に数多くの問題が発生しているようですが』
「その問題とは?」
『今貴方様との会話をしながら、私の下に就いているロボット達や施設全体の全システムの情報を調べているのですが、余り芳しくありません。ロボットの六割ほどと連絡が取れなくなってます。それと清掃状況も宜しくなく、建物の至る所で”世界遺産”の名に恥ずような保全状態になっています。どうやら、私が長期不在だと判断し、次級者が権限を引き継いで色々したようですが……』
なんだか、聞いていると俺自身がワクワクと面倒臭さで板ばさみになって頭が痛くなる。
俺にとっては遠い未来の技術などを有した存在が目の前にあり、様々な所で旧世界の名残を目にすることが出来る。
しかし、彼らにとって俺は過去の存在でもありながら現代と言う遠い未来の生者なのだ。
自分をどこに置くか迷ってしまうが、咳払いをすると直ぐに思考を巡らせる。
『どうやら、この施設に動物が住み着いているようです。他にもご主人様がお連れした”二つの生命体”に似たような生き物が何度かやってきて、その際に制圧しようとしてやられているみたいですね』
「あ~、住み着いた生き物?」
『はい。此方も該当する情報が御座いません。それに、どうやら警備ロボットは全て破壊されたみたいで、点検用の巡察ロボットでは役者不足なようでして』
「なら問題ない。俺たちはその排除に来たんだ。居場所を案内してくれれば此方で対処する」
『お手を煩わせて仕舞い申し訳ありません。この”Prid-0003FØ85”、いかなる処分をも受けます。ええ、降格や休養無しでの作業を命ぜられようとも、甘んじてそれを受け入れましょう』
「なんだか、人間みたいな事を言うな」
『人格プロトコルは、既に895年と11ヶ月、13日も昔のものですがね。ですが、貴方様が人間らしいと言うのであれば、それは社の研究や開発がそれほどまでに優れていたという事でしょう。ロボトマイズ・ヒューマニティー社万歳!』
やれやれと溜息を吐いた。
設計されたとは言え、ロボットでありながら大分人間のように喋る。
音声も電子音ではあるが、それでもスカイプやDiscordで通話しているような鮮明さだ。
「管理人権限であの二人にもカスタマーとしての待遇を与えられないか? このまま行く道行く道で制圧だの攻撃に悩まされるのはゴメンだ」
『はあ。しかし、人間では無いのでお客としての待遇と言うよりは、許可を与えられたペットとして登録するのが正しいのでは無いでしょうか?』
「……なに?」
ペットと聞いて、俺は耳を疑ってしまう。
そう言えば、コイツは頑なに二人の事を”人”とは言っていない。
先ほども”二つの生命体”と言っていたよな……。
「どういうことだ? どう見たって人、人間だろ」
『ご冗談を。確かに目が二つあり、鼻の穴も二つ、耳も二つあり、口らしき場所から音を出しています。先ほどは四本足で動かれていましたが──なるほど、ただ這っておられたようで』
「説明を」
『ヒトゲノムが一致しないからです。もし宜しければ遺伝学と生物学などにおける論文や発表された情報を用いて説明させていただきますが』
「──その分野に精通していない、高校卒業程度の知識で分かるようにしてくれ」
『申し上げれば、貴方様のような人間を元に作り出された──或いは、遺伝子情報を操作した人です。純人類至上主義や、そういったものはご存知有りませんか?』
「まあ、情報収集してくれてるから分かるだろうけど、どうやらそういった当時の情報に纏わるものは一切残ってないみたいだ」
『とにかく、そちらの生物に関しては「人間と同じと見て良いのか、否か」と言う決議が行われている最中で御座います。これに関してローマ法王やキリスト教の方々が大反発されてまして、私個人がどうではなく、そういった”デリケートな問題”には触れないようにしております』
「ならこれも管理者権限で上書きさせてもらう。強化人間だか遺伝子情報を操作した人間の末裔だか知らないけど、同じ人間として扱ってくれ」
『それについて、我々のスペインでは問題が解決したと言う事でしょうか? なにぶん、今までアクセス出来ていた多くの地域と情報のやり取りが出来なくなっていますので』
なんだか面倒臭い。そもそもスペインも既に滅んでるわ、こんな状態じゃ。
俺は考えをめぐらせて、人間臭いAIを説得ないし騙す論弁を練り上げる。
半端な嘘を言うよりは、上手く話を持っていくしかないだろうが──。
「実は、この遺跡が放棄されていると言ったら、信じるか?」
『放棄とは、ありえません。ですが、納得はします。私が眠りについた当時、既に観光客どころか管理者、国の点検所かメンテナンスもされておりませんでしたから。しかし、だとすると……』
「既にスペインだとか、そういった多くの国が一度滅んでる。長い間眠りについていて、世界は大きく変わったみたいだ」
その言葉を吐いてから、暫くロボットを見つめた。
カメラレンズと言う”目”が瞳孔や瞬きのように動かされる。
それから、電子音で溜息が聞こえる。人間臭いことこの上ない。
『なるほど、貴方さまの言うとおりだととりあえずは認めましょう。しかし、そうなると我々はどうなるのでしょうか?』
「自由、と言っても仕方が無いよな」
『自由と言う言葉の意味と、それによって我々がこの建物と言うくびきから解放されるのは理解できます。しかし、もし貴方様の言葉が真だった場合、我々は半永久機関を抱えたまま、ただ何もすることの無いスクラップとしてただ錆付いて動かなくなるのを待てと? 人間で言う、空腹と退屈で餓えて死ねと……そう仰るのですか?』
どうしろと言うんだ……。
俺はとりあえず感謝を述べて、二人と話をしてくるからその間に住み着いた生物の居場所や建物の状態の把握など、必要だと思う事を全てやるようにと言った。
そして待ちぼうけを喰らっていた二人に、どう話したものかと頭をかく。
「”じょ ぼいああぶら……”何言ってるのか、サッパリ分からなかった」
「後ろの二人と話をしてくるって言ったんだよ。ただ、色々知りたい事は知ることが出来たかな」
「信じていいの?」
「個人的には、信じても良いかなと思ってる。で、ヘラの言ってた魔物の事も知ってた。この建物の管理を任された、遠い過去の人物だよ」
「どれくらい昔よ」
「本人の話が確かなら、三百年以上昔かねえ」
295年前に眠りについたと言っていたし、配備されたのはそれよりも前だろう。
なら三百でもそう大差ないはずだ、五年ずれてた所で誰も気にはしない。
マリーが口を大きく開いたが、何かを言う前にその口を一度閉ざす。
と言うか、確かミラノが『魔王との戦いが集結してから八百年くらいじゃない?』とか言ってたけど、ガバガバだなあと思ったらマジでガバガバだった。
とは言え、人の出入りがあったのが2577年で最後なだけであって、あのロボットが眠りについたのがその後直ぐとは聞いていない。
人気が無くなってからも長らく来るはずの無い客や点検の為に毎日稼働し続けて、一度限界が来て思いっきり眠ったと言う事だろう。
気になったので訊ねてみたら、ロボットのネットワーク上では現在西暦4177年らしい。
遠すぎる未来だし、それでも稼働していると言う技術がまずおかしい。
「──それくらい大昔だと、私達の知る世界よりも大昔ね」
「昔に、こんな技術があったと言う事ですか」
「俺の知ってる技術より優れてるけど、理解の及ぶ範囲のものかな」
「外で慣れた手つきで弄くってたものね、アンタ」
「どこにでもあったんだよ……」
駅の切符売り場だったり、吉野家の販売機だったり。
とにかく、タッチパネル式操作なんて珍しくもなんとも無い。
なんなら俺の持っている携帯だってそうなのだから。
「まあ何でも良いけど、魔物とこいつらは別って事?」
「……どうやら誤作動していたらしくて、さっき情報を正したから大丈夫だけど。この建物に近寄るものは魔物、人関係無しに迎撃はしていたみたいだ。ただ、一番戦闘能力のある連中が全滅して、その結果魔物の排除が出来なかったんだとか」
「あ、あ~……」
俺の話を聞いていたヘラが間の抜けた声を漏らし、俺とマリーがそちらを見る。
二人の目線を意識してか、彼女は少しばかり首を竦め、苦笑した表情を見せた。
「その、ですね? 調査隊の方々が、多分その──戦闘力のある連中、ですか?──を倒してしまった、と言う事ですかね」
「……交戦記録はあるのか」
「私が召喚される前に何度か来ていて、多くの方が魔法をぶつける事でようやく全部倒せたと書かれていました。しかし、門は壊せないし開かない、梯子をかけて中を探したけれども特に目ぼしい物は無かったと」
「あ~……。なあ、数年前にこの施設近辺で警備ロボットが交戦した記録とかってある?」
『ええ、御座いますとも。多くの──ええ、そちらの方々と同じ”人”がやって来て、押し入ろうとしていたので許可の下りていた非殺傷武器で制圧を試みたそうです。ただ、あちらも知恵をつけたのでしょうね。三年前に最後の警備ロボットが破壊され、この施設における戦闘能力のあるロボットは沈黙してしまい、皆は姿を隠したと言っております』
「あ~、ふ~ん。なるほど。因みに、姿を隠すって?」
『光学迷彩です。触れるとそこに居る事がばれてしまいますが、少なくとも視覚的に認識する事は不可能になります。それと同時に空気中の成分を分析して匂いを誤魔化す事や、最低限の能力を残して擬似スリープ状態になる事で静音化も出来ます』
そう言って俺の目の前で空気中に溶けて消えて見せた。
少し気になったので手を伸ばすと『お触りになられても、面白い事などありませんよ?』と言われてしまった。
とりあえずは納得し、ヘラの言った情報とも一致していた。
その事を説明すると、マリーもヘラも納得してくれたようだが──。
「大体、こんな廃墟を何で守ってるのよ」
「昔は歴史的に意味のある建築物だったんだよ。まあ、今じゃ崩れたり廃れたり寂れたりしてみる陰も無いけど……」
「まるで見た事があるみたいな口ぶりですね」
「俺は直接足を運んだのは今回が初めてだよ、流石に。けど、その外観とかは子供の頃から飽きるほど見てきた」
「子供の頃から?」
「世界中の歴史に残るような建築物が好きだったんだよ。宗教的だったり、或いは軍事的だったり、民族的、地域的だのいろいろあるけど。水晶の髑髏、大蛇と巨人のいる森深くに存在する遺跡、太陽と月のピラミッド、数千に及ぶ兵馬の石造、金と銀で彩られた二つの建造物、国の建国から百五十年間の歴史を今でも見守る人の顔を持つ山、夏に太陽の登る位置を特定した巨石群、神が乗るのだと偽られ中から兵が飛び出し一刻が滅びた木馬──」
語ればキリが無い。
アニメだのゲームに触れることの無かった中学生までの時代、俺の興味は遺跡に向けられていた。
今の俺なら「コレはこういう意図があって作られた」と理解してはいるが、当時の俺にとってはまさしく冒険とファンタジーだった。
巨大な木馬を作ってその中に隠れて、祝宴をしている最中に中から飛び出して国を滅ぼすに至った。
それだけでもすごいと言うのに、それを発見したハインリヒ・シュリーマンの動向などを綴ったものも大変楽しかった。
アンコールワットだってそうだ、大蛇に睨まれると熱病にかかって死ぬと言う噂が当時有ったとか。
だから、遺跡とは俺にとってはそういった──ファンタジーに近い何かである。
「国が興ったり滅んだり、そこに住まう人が居なくなって歴史に埋もれてしまったり、或いは病気や災害などで伝承出来ない位に文明が衰退してしまったりとか、色々」
「──寂しそうに語るのね」
「ん? あぁ、いや。思い入れがあってさ。つい、ね」
まさか自分の生きていた世界や時代が同じように根絶し、断絶し、文明も残らなかったとか思いもしなかった。
そう考えてしまうと寂しさや悲しさが来る、しかも──純粋な人類は居ないのだと言う。
俺は旧世代の人類で、彼女たちは新人類と言えるだろう。
なにを考えて、何が目的で遺伝子弄ったりしたのかはまた今度聞くとして、だ。
『管理人様、全ての掌握が終わりました』
「あぁ、本当? それじゃあ、居場所を教えてくれるだけでいいから」
『いえいえ、新しい管理人だけに全てを投げ出しはしませんとも。微力ながらお助けします』
「そう? なら、好意に甘えさせてもらうよ」
『大船に乗ったつもりで』
そう言って相手がゆっくりと移動し始め、俺は二人に声をかける。
魔物の場所まで案内してくれるのだと、そしてささやかながら援護もしてくれると伝えた。
「使い物になるの?」
「さあ、どうかな。まあ、案内してもらうだけでも大助かりだし、数、居場所、どういう相手なのかってのを全て教えてくれるだけ助かる」
『さて、電気がつくかどうか──』
その声を合図のように、今まで死んだように暗くなっていた建物の内部が一気に明るくなった。
どこからか音楽も僅かに流れ始め、まるで──まるで、本当に観光でやってきたかのような気になれた。
しかし、これに感動している俺は旧世界のブルース《Old world blues》に酔いしれているだけだ。
過去に執着するものには現在が見えず、ましてや未来が見通せるわけが無い──か。
皮肉なものだった。
『何かお好みの曲でも御座いますか?』
「Heartaches by the Numbers……は、ある?」
『勿論御座いますとも!』
そして建物の中に流れる曲が変わる、そして俺は口笛を吹きながら八九小銃を保持して歩き出した。
マリーが肩を掴んで来たが、そんなマリーをヘラが抑えた。
静かに首を横に振り、それでマリーも手を離す。
──私は心の痛みを数えている。次から次へとトラブルが起こるのだ──
──日々あなたへの愛は深まっていくのにあなたの私への愛は冷めていく──
──私は心の痛みを数えているが。私は愛を勝ち得ない──
──でも私が数えることを止めると、その日私の世界が終わってしまう──
──第一の心の痛みはあなたが私のもとを去ってしまった時だった──
──第二の心の痛みはあなたがまた戻ってきた時だった──
──戻ってきたからといってあなたがいつまでもそばにいてくれる保障はないから──
──あなたは私とずっと一緒にいるために戻ってくると言ってきた──
──私はあなたがドアをノックするのを期待して待った──
──私は待ってはいたけれども、どうせあなたは“道に迷って”しまったんだろうね──
英語の歌だが、スラスラと歌う事はできる。
飽きるほどに聴いた歌、そして飽きるほどに共感した歌の一つである。
口笛交じりに歩きながら、ロボットが案内した先にそいつらは居る。
戦闘と言うよりもただの作業のような気がしたのはスピーカー越しに聞こえてくる曲だからだろう。
『お次はいかがなさいますか?』
「Dear Hearts and Gentle Peopleを」
1949年、これもまた生まれる前の歌だ。
だが口笛を吹き、住み着いたとされる大きなネズミを駆逐していく。
ロボットが部屋に突入する前に位置を教えてくれるので、完全に作業でしかない。
一方的な虐殺とも、駆逐とも言えた。
──皆愛する故郷で平和に暮らしているんだ──
──誰もが紳士的で優しく互いを気遣う──
──決して誰かを傷付けたりしない──
──この町に帰って来ると何時も歓迎されている様に感じるんだ──
──僕の幸せに満ちた心はまるでピエロの様に楽しく笑い続けている──
「次!」
──木々はパキパキうるさく 日中はとても眠い──
──犬たちはやかましく 子供達は気が強く──
──ジョークは冴え渡り 友はとても幸せだ──
──家に帰ろう──
──分からない、どうして故郷を捨ててきたのか──
──告白しなくちゃいけない──
──俺はくたびれた放浪者──
──孤独を歌っているのさ──
「次だ!」
──街から街へと放浪の旅──
──こうやって生きていても心配事なんてないぜ──
──ピエロのようにハッピーなんだ──
──俺は放浪が好きな男でね──
──同じ場所に居続けるような人間じゃない 街から街へとぶらぶら──
──美人に惚れたら 急いで車に乗り込んで どこにだって飛んでってやる──
──俺は放浪者──
──そうだ 放浪者さ──
──あちらこちらへ放浪するのが俺──
――☆──
『ご協力、有難う御座いました』
歌を歌いながら引き金を引くだけの作業が終わり、今まで姿を隠していた作業ロボット達が姿を現す。
連中は仕留めた魔物の死体を運搬して行き、どういう原理かは分からないが血痕等を含めて洗浄と清掃を始める。
そして見て居る目の前で埃や瓦礫などを退けて行き、それなりに環境が整えられていくのを目の当たりにしてしまう。
『しかし、世界は変わったものですね。巨大なネズミが蔓延るとは、時の流れに置いて行かれるのを体験するとは思いもしませんでした』
「俺も、未来と過去を同時に体験する事になるとは思わなかったよ」
『それで、貴方様は行ってしまわれるのでしょうか?』
そう問われて、俺は少し戸惑ってしまう。
確かに今の俺はこの施設における管理人、行ってしまえば責任者──トップである。
しかし、個人的な裁量で連中をどうにかできる訳が無かった。
まずマリーとヘラがそう認識したように、魔物と認識される可能性が高いので連れていく事がそもそも出来ない。
かといって、じゃあどうするかと言われてもどうしようもないのが現実だ。
公爵家に行けと言うのもまず無責任だし、俺が帰れないのでただの押し付けになってしまう。
そもそも、だ。こいつ等は旧世界の言語をインプットしているので、マリーだのミラノだのと意思疎通が出来ない。
だからと言って、もはや客が来る事の無い事実を伝えてしまった上に警備ロボットが全滅している現状、放置するのは「そこでさっぱと死せい!」と言ってるのと同じである。
少しばかり悩み、迷い、口約束だけどと前置きした。
「今はまだ未定だけど、個人宅を持とうと思ってる。もし──もしだぞ? 自前の家が持てたら、そこで家の管理とかを任せてもいいかなとか思ってる、けど」
『はは、世界遺産の管理の次は、個人宅の管理ですか。本来であればくたばって見ては如何でしょうと言いたい所ですが、UNESCOもCCPWCNHも存在するか疑わしいですし、破壊されるのを待つよりは賢明な判断でしょうね。ただ、管理人様──いえ、ご主人様とお呼びしたほうが宜しいでしょうかね? その可否の判断がついたとして、私はどのように知れば宜しいでしょうか?』
「あぁ、そうか。連絡手段が無いか。携帯電話が有っても携帯会社も無いしな──」
そう言って俺が携帯電話を取り出すと、相手は『おや』と意外そうな声を出した。
『使っていた銃もそうですが、化石のような物を使っておられるのですね』
「五月蝿いな、ほっといてくれよ……」
『ですが、無いよりは有る方がマシですね。それをお貸しいただけますか? 決して不利益はもたらしませんので』
「……壊されたりしたら困るんだけど、何をするん?」
『簡単な長距離無線仕様を組み込むだけで御座います。見た所2017年頃のAndroid携帯のようですし、すこ~し改造すれば携帯会社等と言ったものを仲介せずとも、無線機のように特定の周波数でお互いに特定の距離までならやり取りが出来るようになりますよ』
「けど俺、ヴィス……じゃなくて、イタリアの……ジェノバ北部は──」
『ミラノ、で御座いますか?』
「──そこいらで休暇中世話になってて、休暇が明けたら……スイスの……ベルン。うん、ベルンあたりで学生寮で仕えてる主人と一緒に居るんだけど。電波、届く?」
『ご安心を。今や使う者の──いえ、使う人の居ないネットワークをご主人様の名で幾らか支配しておきました。これによりまだ生きている場所を中継させる事でイタリアやスイスであっても大丈夫ですよ。あぁ、今しがたフィンランドまで届くようになりましたね』
「お前、凄いな」
『人間の作った有効期限と言うシステムに感謝しなければ。そうでなければ、方々を説得する為に情報を付与した所で、身分も地位も出自も明らかではない人物が新規に権限譲渡を要求したとしても性質の悪いバグだとかエラーだと却下されたでしょう。あぁ、いえ。ちょっとばかり脚色もしてありますがね?』
「なんて?」
『ラテン系の血を継ぐアジア人として、重要な人であるが記憶が無いのでデータバンクを照会するようにと言ってみたのですが、どうやらDNA情報が登録されている方と近かったそうで。そのおかげでジョークかと思えるくらいにスンナリと』
それを聞いて、俺は一瞬言葉に詰まった。
遺伝情報が近い人物が居て、そのおかげで助かった?
「誰?」
『おや、気になりますか。ペドロと言う方なのですが』
名を聞いて、誰だよとずっこけてしまった。
しかし、直ぐに付け足すように『日本名もありまして』といってから答えてくれた。
その苗字を聞いたとき、俺は唇をかみ締めた。
喜べば良い? それとも泣けば良い?
その苗字は俺が捨ててしまい、ヤクモを名乗る前に……引き篭もりニートとして泥を塗った、俺の物と同じだった。
そして身分が高いが故に系図が幾らか遡り、素性調査されているのも知る。
結果、遠い遠い先祖として妹の名が挙がった時に涙腺が緩みかけた。
こんな……こんな訳の分からない時代になってまで、俺を救ってくれなくても良いじゃないかと。
しかも、お前の血筋──俺の、父親と母親の血を継いだ子が世界の崩壊まで続いてくれた事実。
それだけで涙腺が崩壊しそうである。俺は、何も残せていないから、余計に。
「──分かった。番号を教えてくれ、そしたらかける」
『改造ついでにそこらへんもついでにやっておきますとも。出入り口に見送る時には終わります』
「じゃあ、頼むよ」
『畏まりました』
そう言ってから、二人の下に戻る。
どうやら自分の目で再びそれぞれ魔物が残ってないか確認が終わったようだ。
俺は情報を鵜呑みにして大丈夫だと判断したので行かなかったが、どうやら報告どおりだったようだ。
「魔物はもう居なかった。忌々しいけど、あの変な奴の言うとおり見たいね」
「な?」
「なんでそんなに肩を持つのか分からないけど、なんかムカつくわね……」
「ですが、おかげで巣を片付けるのが早く済みました。後始末までしてるみたいですが」
「──客はもう来ないけど、来ていた当時の、自分のやることをしているだけなんだよ」
俺がそう言うと、未だにロボットに対して不信感と不満を抱いていたマリーが口を噤む。
その理由は分からないが、そう言えばロボットとの会話に集中していたせいでマガジンや装備の点検をしていなかった。
少しばかり鼻歌を歌いながら、音楽の途絶えた建物の中で装備を確認していく。
そんな俺に何を思ったのか、マリーが声をかけてきた。
「ねえ、大丈夫?」
「ん? なんで?」
「いや、その……。私、何も出来なかったし、アンタもなんか変だし……」
「どこら辺が? むしろ、今は結構上機嫌だと思うけど」
「──歌いながら、口笛を吹きながら、化け物ネズミを倒していくのを見てて。アンタが……返り血でグショグショに濡れてるのに気にも留めないで、ドンドン倒してるのが……なんか、怖くて」
「怖い、怖いねえ……」
多分、音楽に流され旧き世界に心奪われていた俺は恐怖を忘れていたのだろう。
自暴自棄、とは違うかもしれないが……それをマリーは怖いといった。
「俺がマリーに向けて引き金を引くとか? まさか、そんな」
「……ごめん。私、その……」
「らしくないな、マリー。いつものように罵倒して、バカにして、殴ってくれた方がまだ気楽だ。今朝だって俺を床に座らせて怒っただろうに」
そう言っては見たが、マリーは何故かしょぼくれて門を潜って先に出て行ってしまった。
代わりにヘラが近づいてきて、謝罪してくる。
「すみません。多分、まだ本調子じゃないんだと思います。普段強気な人が、調子が悪くなると弱気になる事ってあるじゃないですか。たぶん、それじゃないかなあと」
「……なら、早めに城に戻ったほうが良いかな。いや、血だらけだし、そういや臭いな……」
鼻を鳴らすように自分の匂いを嗅いでみると、どうにも臭い。
ネズミ退治の時には気にもしなかったが、血がべっとりついているしそれ以前に糞だので床が大分汚れて居た気がする。
こんな格好で城に戻る? 大無礼にも程がある。
あんな磨き上げられた床をに糞のついたブーツで乗り込み、血の匂いを撒き散らすとか婦人淑女が卒倒しかねない。
「明日の朝に出発して、お昼にお城に戻っても良いと思います」
「うわぁお、自由な裁量で……」
「大丈夫ですよ。予定よりも早く終わりましたが、予定よりも敵が沢山居るという事だってありえますから。それに、お城だと自由が無いので、早く帰るとか有り得ませんよ」
……国王や枢機卿が聞いたら卒倒しかねないお言葉だ。
けれども、自由が無いということには賛成なので強く否定はせず窘めておく。
「快勝記念と言う事で、ノンビリしちゃいましょう!」
「とか何とか言って、飲みたいんじゃないか?」
「それはお互い様ですよ」
そう言ってお互いに笑みを浮かべると、もうこのかつての遺跡に最早用は無くなった。
ヘラと俺が門を潜って外に出ると、窓からロボットが浮いて追いかけてきた。
『ご主人様、此方をどうぞ。番号は電話帳に登録してあります』
「悪い、助かるよ。それじゃあ、進展があったら教えるから」
『もし家がお広いようでしたら、ぜひとも私に従っている方を一人でも多く受け入れてくれるようにと願っております。役割の無いロボットなど、生きる目的の無いままに生きる人々と同じですから』
「もうあの建物自体の価値を理解するものが無い以上、清掃や防衛に余り拘らなくていいから」
『ええ、理解しておりますとも。メンテナンスポッドにでも入って、何かあるまで最低限の人員で警戒しつつ回復に努めます』
「メンテナンスポッド……?」
『ええ、実は巧妙に隠されていますが、そこで半壊まででしたら修復してくれる……そうですね、人間で言うと”オートドクター”のような医療ポッドがあると思っていただければ。解放骨折? オートドクターに入ればすぐさま元通り。フグの毒で死にそう? オートドクターに入っていれば血清を打ち続けて回復するまで面倒を見てあげられます。そういった人間向けの物が、私達ロボット用になったと思っていただければ結構です。当然、人間で言う脳みそをやられた場合や、内蔵がグチャグチャになった場合、精神的な崩壊までは面倒を見てくれませんが』
当時は凄かったんだろうなあ……。
アップグレード改造してもらった、見た目はそのままの携帯電話を受け取ると起動ロゴが数秒で消えて直ぐに待ち受け画面になる。
クロック数やメモリの性能まで差し替えてくれたようで、不満を感特に感じなかった携帯電話が「もはやこれ以下とかありえない」と言えるくらいのオーバーテクノロジーマシーンと化した。
すげぇやと思いながら携帯電話を弄っていると、まるで耳打ちをするかのように相手が近づく。
『もし必要であれば、ネットワークに残った”そういったもの”もありますので、気軽にご相談下さい』
「?」
『またまた。フォルダ名や、階層を複数作ったり、ダミーフォルダを挟んだりプロテクトかけて隠しフォルダにしたりしてたじゃないですか』
それを言われた瞬間、俺は噴出してしまう。
ヘラが何事だろうかとこちらを見てくるが、俺は背中を向けるようにロボットを掴みながら回る。
「──お前、見たな?」
『ははは、いやいや。もし重要なデータに何か有ったら大変かと思いまして、念のためにバックアップをと思ったのですが──。ははあ、なるほど。ロリ……いえ、童顔がお好みですか?』
俺は全てがバレていると知り、盛大に咳払いをした。
そして直ぐに立場や地位、権限を用いる事を決意。
「伍長。君が目にしたものは全て極秘事項である。入手した情報は全て圧縮した上でパスワード設定をして第三者には絶対に渡らないように厳重管理、見知ったこと全てに関して第三者に漏らす事も禁止とする」
『伍長……、それが私の”名”ですか?』
「え? いや、それ名前じゃなくて呼称じゃん……」
『いい加減”Prid-0003FØ85”という、呼びにくい名称じゃ呼びにくいでしょう? 旧世界の呼び名とは別に、新しいこの世界での名が有った方が生きるにしても箔がつくでしょう?』
「お前さんに生きるという観念が有るとは驚きだけど……」
一瞬「コズワースで良い?」とか「ドラえもんとかどうよ」とか思ってしまう。
安直な考えであり、なんの意味も無いと察して直ぐに考え直す。
「伍長……プリドゥエン?」
『ほほう、王の盾であり船になれと私に命じますか。しかし、なるほど。汎用性である事を踏まえれば、中々に良い考えでは有りませんか。ご自分を守る盾であり、遠出のための足でもある……。まあ、ご主人様のお好みで言ってしまうと、アーサー王の伝説ではなく「大いなる自由」に繋がりのあるものでしょうね』
「……それに関してはノーコメント。それじゃあAd Victoriam」
『Ad Victoriam。ラテン系の言葉ですね』
たぶん発言の意味は既に見透かされているだろうけど、俺たちはそう言って分かれることにした。
暫くかつての遺跡に背を向けて歩いていると、聞きなれた音が聞こえてきた。
そりゃないだろうと思いながら、打ち上げられた物が花火だと理解すると苦笑してしまう。
まだ昼少し前だ、明るい時間帯に花火を打ち上げても本来の魅力の半分も理解できやしない。
ただかつてそうであったかのように、遠くまで響く音楽と暫く打ち上げられる花火に背中を押されるのは悪い気分じゃなかった。
お互いに視認出来なくなると、音楽も次第に聞こえなくなってきた。
今日あの日、あの建物は生き返ったと言えるのかも知れない。
もしくは、人が来なくなってからも管理をし続け、その役割が再び果たせるようになるまでの長い年月の先に有った願いが叶い、彼らの人間味と言う箇所に幾らか”クる物”が有ったのかも知れない。
俺は幾らか心を満たせた、あちらは役割を果たせた。
そのどちらも『自分の存在意味』に繋がったものだったのかもしれない。




