91話
ヘラの案内でお土産を買ってから、何かしらの噂が流れたのかも知れない。
若干キッツキツだった一日の行動予定とその連続が、一挙にスカスカになったのだ。
理由は様々だ。
急遽教会からのお達しでそちらを優先させなければならなくなったとか、遠方の地で魔物によって苦しめられている人が居るので救いと助けを与えにいかなければならないとか。
何にしても、変に構われたり拘束される事がなくなり、時間の猶予がチラホラと出来てしまったのだ。
じゃあ何をすべきだろうかと考えていると、ヘラが来訪してきた。
メモ帳に横線を入れている作業の真っ最中の事だ。
「すみません、お茶でもご一緒しようかと思いまして。忙しかったですか?」
「ああ、いや。逆に、いきなり暇になったとこ?」
「じゃあ、丁度良かった感じですね」
そう言ってヘラはメイドさん達にお願いして、直ぐに俺がメモ帳と金と土産を展開していた机を占拠してしまう。
ストレージに何もかも放り込んだとは言え、余りにも手際が良すぎて公爵家とはまた一段と違う質に驚くばかりだ。
そもそも部屋から殆ど出てなかったしな……。
「なんだか、色々なものを出しているみたいですが。何なのですか?」
「ん? あぁ、装備の点検をしてたんだ。ここに来てからまだ手入れも整備もしてなかったし、使ったら次にも同じように使えるようにしないといけないから」
部屋の中に、雑毛布を敷いて使った銃が分解されて転がっている。
既にブラシによる黒墨も大部分が取り終わり、今は少しばかり油を滲ませて細かい墨を取る為の準備をしているところだった。
ストレージに突っ込んでしまうと時から切り離されてしまう。
食事は腐敗しないし、温かいものは温かく、冷たいものは冷たいままに出来るがこういった時には実時間に晒さないといけないのが面倒だった。
「あれが、武器?」
「マリー達も驚いてたな……けど、そう。弓より遠くまで、弩よりも力の要らない、しかも矢継ぎ早に攻撃できて、その威力は甲冑を着込もうが着用者を確実に仕留められる」
「──ユニオン共和国のものは、そのような威力はありませんでしたが」
「ユニオン共和国のは魔法だろ? 魔力を弾に出来るってだけで、これとは似ても別物。これは物理だ、数学、化学、計算式の塊」
俺にはそこらへん、様々な学者が髄を凝らしたコイツを語る程の学は無い。
ただかみ合った弾を込めて、安全装置を外して、狙いを定めて、引き金を絞れば相手の生が終わる。
商売道具であり、相棒であり、俺が俺である為の、少なくとも生を受けてから産まれた事に意味があったと言えるに値する期間の代物だ。
ただそれだけで有ればいいし、それ以上でも以下でもない。
拳銃を前に一つ暴発で失ったが、道具は道具でしかない。
ダメになれば新しく手に入れるか、交換すれば良いだけ。
無くなれば寂しいが、それは命と引き換えにする程のものでもない。
「立食会の時に、ロビンと張り合うように使った奴」
「細かい物が多いんですね」
「まあねえ……」
給仕をされるように、茶だのお菓子だのを用意される。
普段はマリーだのミラノだのといった手合いに対して自分が行っていたから、手持ち無沙汰で居心地が悪い。
「その武器って、暫くは使えそうに無いですか?」
「いや、使用自体なら組み立てて──この前使った分の弾込めをし直せば行けるけど。──あ」
来客でありながら、そんな武器を持っている事を知られてしまった。
最悪「国王を狙うかもしれない」と思われても仕方の無い話しだ。
血の気が引いていくのを感じながら、俺は下手に出るしかない。
「あの~……これって罪になりますかね?」
「けど、これの整備が出来る人がご自分しか居ないんですよね?」
「そう、だけどさ」
「なら大丈夫ですよ。別に直ぐに使える状態のままに部屋を出て行くわけでは無いですから。けど、持ち歩いたりしないでくださいね?」
「りょ、うかい」
締め付けられた心臓が解放された気がした。
一息つくと、後で片付けようと思う。
仕方が無いが、城を出るまでは簡易整備で我慢してもらおう。
未使用の八十九小銃を使用する事も考えなければならないが、出来れば使い潰してから新しいのに手をつけたいという欲がある。
「そう言えば、なんだか魔物の活動が活発化したらしいけど」
逃れるように俺は手にしているメモ帳を眺めた。
その中に、武器を使える若い連中からの辞退の理由も書かれている。
それを聞いたヘラが顔を少しばかり歪めると、小さく頷いた。
「はい。今年に入ってからでしょうか? 徐々にですが魔物の活動が活発化しだしていて、前までは聖騎士の方々を動かさなくても良い場所でも必要とされるようになりまして」
「それほど酷いのか」
「少なくとも、ヴィスコンティ国とこの国を繋ぐ海路が襲われる事がここ最近無かった位には」
と言う事は、俺が海に放り出され剣を突き立てる羽目になったあのクラーケンの存在が、そもそもイレギュラーだったのかも知れない。
それを考えながら俺はメモ帳のページを全部すっ飛ばして、未使用の尻の方を開いた。
「魔物の種類って国ごとに違ったりするのか?」
「どう、なんでしょうか。ツアル皇国は激戦区なので、あそこに居る魔物の脅威度はかなり高いですね。ゴーレム、ハーピー、マンティコア……。様々な能力を保有した魔物が混在した部隊との戦いが繰り広げられていると聞いています。逆にヴィスコンティでは小柄な魔物が多いように思えました。ゴブリン、オーク、ウルフ……。魔物としての級は低いかも知れませんが、繁殖能力や潜伏能力の高い魔物ばかりですね」
「ふんふん……」
今しがた語られている話を直ぐにメモ帳に書き殴る。
そう言う情報は学園では聞いていないし、直接戦って得られる知識でもない。
ペンを走らせていると、ここ最近使いすぎたからかペン先のボールがインクを上手く吐き出さない。
数度振り回してインクを偏らせると、そのまま再びペンを走らせる。
「神聖フランツ皇国で見かける魔物はまた違うと?」
「この国で見かける種類は、環境によるものが多いですかね。森林なら人面樹とか、ローパー……触手や花などが居ますし、海に面している事が多いので魚系もそれなりに。山岳地帯からは鳥系も出てきます、平原などでは動物系なども見かけますね」
「そういった情報って、何か纏められていたりは?」
「あるにはありますけど、そういったものは傭兵組合か軍事情報になりますね」
あぁ、ギルドで依頼を受けて金を稼ぐか、それこそ国の為に働く上で必要だからと軍部が握っているという事か。
それを聞いてから溜息を漏らすと、そう言うものかと納得する。
識字率と言うものがそもそも有るし、学と言う物が一般的では無いからだ。
じゃあそんなものを態々纏めた所で、一般庶民からすれば「生活を脅かす存在」以外の何者でもなく、その性質や特質などはどうでもいいのだろう。
そもそも本だって慈善で出されている訳ではなく、娯楽──金で出ているのだからパトロンが金を出し渋るようなものを出す訳にもいかない。
「──勉強熱心ですね」
「これに関しては知らないと命に関わる。自分が守れなけりゃ誰も守る事も、助ける事も出来ない。自分の面倒は自分で見ろ、それが出来ない奴が誰かを助ける事なんてできやしないんだって散々叩き込まれてるからなぁ……」
自衛官候補生時代の話だが。
自衛隊で一番追い込まれるのはメンタルで、兎にも角にも圧力を加えて「慣れさせる」事に終始する。
ゴムだの弦だのと同じで、緊張させているといずれ緩んでくる。
その緩みが「馴れ」であり、生じた精神的余裕と言う見方もできる。
限度や限界はそれぞれ違うだろうが、追い込まれて辛い経験をすると、それを比較対象に持ち出すことで今まで辛く思えたことが何でも無くなるのだ。
──なにもできねぇ、ヒヨッコ如きがよぉ!!!──
全員で反省させられながら、頭上から罵声を浴びせられたっけな。
入隊理由なんてそれぞれだが、やはり「人の役に立ちたい」とか「国の為に働きたい」と言う人もごくごく稀には存在する。
そういった立派なお題目と言う花をとにかく踏みつけ、踏み躙り、それでも咲いていられるようにするのが目的なんじゃないかと今でも思う。
「そのおかげで、ご自分の主人とその姉──」
「姉? ……ん?」
姉と言う言葉を聞いて、ロジックエラーのようなものを感じた。
確かに、ミラノはアリアからクローニングされた……後から出でた存在だ。
しかしアリアはミラノを姉と呼んでいるし、対外的にはミラノ自身が姉を振舞っている……筈だ。
情報が誤って伝わったのだろう、そうでなければ何故それを知っているのだという話しになってしまう。
「失礼。俺の主人が姉で、もう一人は妹なんですが」
「あ、そうなんですか?」
「ミラノが姉で、アリアって子が妹なんで」
少なくとも、ミラノ達の複雑な関係が解消されて本人達が前に踏み出さないままに間違えられると、不用意に傷口に触れられかねない。
それを危惧しての発言だったが、どうやらヘラはスンナリと受け入れてくれたようだ。
「済みませんでした。侮辱にあたるような真似をして……」
「まあ、大丈夫ですよ」
そう言ってから何でもないという風を装うように、お茶やお菓子に手をつける。
……なんだっけな、母親や父親が「いいお茶、いい珈琲を飲みたければこれくらいの温度のお湯にしろ」的なのを言ってたのを思い出す。
たぶんそれは正解なのだろうが、なにぶん猫舌だ。
舌の腹に少しばかり乗せて火傷をすると、若干涙目になりながら冷めるのを待つ。
「姉妹と、そのご友人等を救う事が出来た……ですよね」
「臆病で何も出来ない自分とは別で、兵士として行動できる自分も別で持ててるから、そのおかげだと思う」
これに関しては自己分析も済んでいるので理解はある。
そもそも脅威を排除するという事に躊躇も迷いも抱かない、それよりも守るべき相手を失う方が怖いのだ。
それに──俺のして居る事は自己犠牲による誰かの救済では無い、誰かの救済をしつつあわよくば綺麗なまま死ねるのでは無いかと言う救済目的ですらある。
もっとも、それはミナセとヒュウガを救った際に生き返らされているので望み薄となったが。
それでも、俺がもういいやと言えばそれ以上蘇生したりはしないと言っているので、ただ魂のみとなって洗浄を待つのみとなるのだが。
「そのおかげで皆とは縁や関係を築けたってのが大きな収穫かな。もっとも、英雄扱いされて面倒臭い事になってるけど」
「名声や地位を面倒だなんていう人はそうそう居ませんよ」
「だって、地位や名声を活用する方法も目的も無いのならただ邪魔でしかない。ただ、爵位は貰えたから民草と思われないだけ収穫かも知れないけどさ」
「厳しい訓練や実績の先にあるのが当代限りの騎士たる爵位のはずなんですけど、それを貰うというのも凄い筈なんですけどね」
さて、どうかなと俺は思う。
地位や爵位は有っても良いけれども、名声だけはどうしようもないくらいに不要だ。
別にスーパーマンやスパイダーマンのようになりたいとは言ってないが、先日のヘラのように出歩くだけで注目されるようになってしまったら行動の自由が失われてしまう。
何をするにしても強い香りや色濃い足跡がつくようになってしまっては、何をするにしても不自由だ。
「それで、その~……お願いがあるのですが」
「お願い?」
「はい」
「俺に出来る事なら、可能な範囲で」
変な事を言って「今なんでもするって言ったよね?」という事態になるのだけは避けたい。
だからそういったのだが、彼女はそれを聞いて安堵したようでもある。
「その、ですね。タケルさん等にもお願いしたのですが、魔物が巣を作っているみたいで。その駆除をお願いできないかと」
「別にいいけど、タケル達はよく受諾したな」
「鈍りたくないからっていうのと、個人的なお願いとしてだったので。ファムさんと一緒にお二人で出られました。アイアスさんもロビンさんと出てます」
なるほど、個人的なお願いと言う事は──自分たちの存在理由、人類の脅威への抵抗及び排除と言う事か。
それに関して個人間であれば後で問題になりにくいだろうし、外に出たいとか鈍りたくないというのも理解できた。
――が。
「けど、俺は皆のように強くは無いぞ? 確かに何かしらをやらかしたという意味では目立ってるけど──」
「それに関してはご心配なく。私が同行します。私が支援や援護をしますから、背中を任せていただければ」
「──……、」
英雄であるヘラが同行するのであれば多少の艱難辛苦は大丈夫だろうが……。
「何故、俺に?」
「以前お話したと思いますが、この国の軍事力と言うのは高くありません。防御……言ってしまえば防いだり保つ事に関しては長けていますが、攻め込んだり鎮圧・制圧する事には長けていないんです」
「つまり、魔物が襲ってきても大丈夫だけど、その巣などを殲滅、破壊するのには向いていないと?」
どんな軍隊だよと思ったが、自分も専守防衛の徒であった事を思い出すと言葉には出来ない。
相手が撃ってこなければ撃ち返せず、脅威度が低いと銃を向けただけで武器の使用扱いになって後々問題になるような存在だ。
「だとしても──」
「多くの方が、ここ数日動いています。数が多くない騎士たちは既に都と城を防衛するくらいしか残っていません」
「それは流石に動かしすぎじゃないか……?」
「辺境でも既に魔物の存在が蠢いています、ここで見過ごしたり見逃したりすれば私達を信じてくれている方に顔向けが出来ません」
……なんだろうな、理想は良いのだけれども現実と合致してない気がした。
それは俺が「自分の世界に存在する人々さえ無事なら良い」と言う思考を、今の所抱いているからだろう。
全ての危機に対処する……聞こえは良いが、それをこなすには相応の力が必要となる。
社会のようだ、上層部が利益を求めて下に無理を強いるような感じがしたのだ。
今回はアイアスやロビン、タケルやファムといった英雄達が居たから良いものの……。
俺含めて、彼女たちは元いた国へと帰る身だ。
現実に見合った理想を持たなければならない、無理を強いて全滅するのは賢い選択ではない。
しかし、俺は為政者でも何でもない。
素人考えで色々ケチをつける事は出来るだろうが、彼女には彼女なりの考えがあるのだろう。
俺は息を吐くと、受諾する事にした。
「やるよ。もう長い間訓練以外身体を動かす機会もなかったし、外を知る機会にも繋がるのなら否定する理由も無い」
「すみません、ちゃんとお礼はしますから」
「お礼……」
一瞬、脳を淫夢がちらついた。
それを頭を振って打ち消すと、咳払いをして誤魔化す。
「それに関しては追々話すとして。どれくらいかかる?」
「ここを出て一日かかるかどうかの位置です。遺跡のような建物に巣食っているみたいで……」
「一日、か──」
メモ帳を再び捲りなおして予定を確認する。
「う゛……」
「どうかしましたか?」
「いや、人と会う予定が──」
しかも一人だとか二人だとかじゃない。
スカスカになったにしても、回数が減っただけであって会う人数自体はそれでも多い。
下手なことすると、丸ごと嫌われかねないのが難点だ。
しかしヘラは人物名を俺に尋ねてくると、それらを聞いた後で笑みを浮かべたまま言い切る。
「大丈夫ですよ。人を救うこと、それは即ち神の御心に沿うものです。それに異を唱えさせたりはしません」
「ええっと、つまりどうするおつもりで?」
「断りを私の方で出しておきますので、遠慮なく出かけましょう」
わぁい、英雄サマ直々のブッチ命令だ~。
それはそれで心苦しいが、生産的な時間かと問われると否む事しかできない。
変な良心を押し殺し、それを受けることにする。
……あぁ、そうだよ。面倒臭かったさ、嫌だったよ会食だの誰かにつき合わされるのなんて!
英雄サマのお言葉だぞ? いや~、逆らえないな~、だからゴメンね?
「なら、道中で相手の情報とかそう言ったのを聞こう。一日かかるって事は近場で一泊しなきゃいけないだろうし、そこを基点に行動を考えないと」
そう言いながら俺は雑毛布の傍に向かうと、片膝をついて素早くくみ上げる。
一分ちょっとで結合自体は終了し、動作確認も即座に終わらせる。
「安全装置、よし。薬室、よし。ア、よし。ア、よし。レ、よし。レ、よし。三、よし。三、よし。タ、よし。ア、よし。ダストカバーよし──」
結合を終わらせた八九小銃の脚を畳み、銃口を誰にも当てないように気をつけながら天井に向ける。
そしてEリングだのなんだのと不具合や脱落が無いのを確認すると、三点スリングを通して準備完了である。
「それで、俺たちはそれで良いとして──マリーは? まさか置いていくのか?」
弾倉の残弾を確認して、一度すべて排出してから再度込めなおす。
余りよろしくないが、三十発をみっちり込めておく事で弾切れの対策もしておく。
ヘラの方を見る事無く投げかけた言葉だったが、その返事には余りにも空白が生じすぎていた。
「マリー、を?」
「だって、体調悪いんだろ? しかもタケルだのアイアスだの誰も居ないのに置き去りにするのか?」
少なくとも対人関係やコミュニケーション能力に難が有る上に、人付き合いを選ぶ性質だ。
そんな彼女を安静と言う名目で一人にするのはちと酷なのではなかろうか?
「いえ、マリーは……まだ、万全では無いとは思いますけど」
「なら聞いておいた方が良くないか? 少なくとも城にずっと居るよりは外に出たほうが良い気分転換になるかも知れないし、なんならそれで回復するかもしれないし──っと」
弾込めを終えた弾倉を手に叩きつけて偏りを無くす、変に偏っていると装弾不良を起しかねない。
弾嚢にねじ込んで準備を進めるのだが、ヘラの様子がおかしかった。
彼女は何故か緊張しているような──あるいは、困惑しているような様子だったからだ。
「ヘラ?」
「あの……そんなに、マリーが気になりますか?」
「気になるも何も、少なくとも背中も命も預けた相手だし、この国を発つ時にはまた一緒に道を行くんだ。その相手の体調を気にかけない奴が居る方が変だろ」
少しばかり間を置いてから、俺は再び口を開く。
「どうせアイアスやロビンは俺の事からかうだろうし、面子的に考えると俺がマリーを背負って行動しなきゃいけないのは見えてる。やだな~、流石にそんな長居距離と数日間を過ごしたくないな~。だから、出来る事はする、回復する為にやれる事はやる。その上でどうしようもなければ背負って帰るしかないけど、背中に涎を垂らされるのはチト癪だ」
なんて、軽口も叩いておいた。
実際には背負って返る事は無く、馬車に揺られて大鼾をかきながら帰るのだろう。
けれども、それくらいはするのかもしれない。しても良い。
そう言う意味での言葉だったが、ヘラは溜息を吐いた。
「仲間の為、ですか」
「いんや、俺の為だ」
「だったら、仕方が無いですね」
そういった彼女は、どこか壊れそうな脆さを見せた。
言ってしまえば、アニメやゲームで「告白したヒロインが、相手には既に意中の相手が居て、振られた」という時のような顔。
傷つき、情けなくなり、泣きたいけれども精一杯の虚勢で笑顔を貼り付けている。
ただ、俺にはその理由が分からなかった。
彼女が「それじゃあ、準備してきますね。マリーにも声をかけておきます」と言って去り、一人のメイドのみが後片付けを任され残る。
彼女のお茶はまだなみなみと注がれたままで、それを飲む時間も期待も俺がぶち壊したのだろうという事だけは理解できた。
~ ☆ ~
数時間後、マリーを引き連れたヘラと合流した俺たちは最寄まで馬車で行く事になった。
そのまま御者と馬車は最寄の町で待機し、任務達成し次第また揺られて帰るのだ。
「マリー、大丈夫か?」
今回はただの乗組員である俺は目的地まで揺られるだけで、やる事が何も無い。
だからこそ、ヘラの隣で元気と言う物を失った彼女を見ると嫌になる。
そして──挨拶回りや顔見せのように忙しさに感けていた自分に、嫌気が差した。
「だい、じょ、ぶ……」
「どう見ても大丈夫じゃ無さそうなんだが……。前の戦いで消耗した魔力が回復してない、とか」
「それは有り得ません。マリーには魔力を回復させる果実を食べてもらってます。それがどれほど効果があるかは分かりませんが、増えはしても減る事は無いです」
「何でそういいきれるのか、聞いても?」
「私がそうだからです」
……イマイチ話しが飲み込めず、俺は難しい顔をしてしまう。
それを見たヘラが、即座に両手を慌てて振った。
「あぁ、えっと。私って主人無しの英雄なんですよ」
「はい?」
「それで、魔力の供給が出来ないじゃないですか。そんなの、普通一年と持たずにさようならなんですけど、あの果実を食べ続けているおかげで存在し続けられてます」
「召喚した主人は?」
「──聞きたいですか?」
その言葉に俺はなんだか嫌なものを感じたが、ついつい聞きたくて否定できなかった。
言葉無き俺の反応を是と見て、ヘラは言葉を潜める。
「……召喚の儀をした人は、主人である事で自分が特別になってしまうのを避けるために、自ら命を立ちました」
「──……、」
「馬鹿げてるとか思ったかもしれませんが、それくらいの重みや意味があるんです。私達の存在って」
……英雄を使役する、それが宗教国家であるこの国では自殺志願者になるのと等しいという事か。
英雄を使役するなんてと言う憤慨。
英雄の主人になるなんてと言う妬み。
英雄を下に置くとはと言う怒り。
様々な面倒臭い感情が降りかかったであろう事は想像に難くない。
ただ、一つだけ確信できてしまった事がある。
あの夢において、アイアスやロビンが国を裏切って神聖フランツ帝国に残れた理由の裏づけが、今取れてしまったのだ。
生死問わず、マリーの言っていた『契約破棄』さえ出来てしまえば、後は果実を摂取し続ける事で英雄達は存在し続けられる。
それこそ、主人を殺してでも、だ。
「だから、マリーが魔力不足での不調だと言う可能性は排除できます」
「そっか、なら良いけど……いや、良くないけど──」
それでも、マリーの調子が良くないのを見ているとこちらも心苦しくなってくる。
ならばせめてと、俺はストレージから睡眠薬を取り出した。
「マリー、せめて道中楽になる為にも寝ておいた方が良くないか?」
「寝る……?」
「薬だけど、辛いまま起きているよりは寝ているほうが楽になるんじゃないかと思って」
「──ちょーだい」
一瞬「外見的には未成年だけど、中身は成人だから何錠が正解だ?」と考え込んでしまう。
しかし、辛いのなら仕方が無いと成人の分量を渡す。
彼女は錠剤と水筒を受け取ると、すぐさま飲みこんだ。
当然だが直ぐに効き目が現れる事は無い。
「これ、どうなるの?」
「暫くすると眠気が来るから、それで数時間──じゃなくて、一刻から二刻の間は安眠できると思う」
「……有難うね」
「いや、出来る事をしただけだし──っと、そうだ。これも渡さないと」
薬などをしまうと、今度はマリーに渡すはずだった髪飾りを取り出した。
ヘラのとは違い、大きくは無いが二つある。
筒状の髪飾りで、細工も少しばかりされていて見栄えも良い。
「渡すもの?」
「前に髪の毛が長いって話しただろ? それで、髪を束ねられるようにって買ってみたんだけど、どうかな」
「──見せて」
そう言われて、俺は包みから取り出して見せた。
取り出したそれをマリーは暫く見ていたが、辛そうな表情に僅かながら生気が戻った──気がする。
「どういう風に使って欲しかったの?」
「そのまま髪に通しても良いし、髪の毛を途中で折り返して短めにしても良いかなと。前に戦闘になったときに、顔にかかって邪魔そうだったし」
「切った方が早いのに」
「男性の髪の毛と違って、気軽に切れとは言えないっての。それに、何だかんだ今の髪型を見慣れてるから、切ってしまうのは勿体無いと思って」
俺は迂遠的な表現をし、そうした方がいいと言う個人的な感想のみを匂わせた。
しかし、それは即座にヘラが「今の髪形が好きだからと言えば良いじゃないですか」という言葉にぶち壊される。
「ぶふっ……」
「素直じゃないですね~。今のマリーが好きだから、出来るだけ変えたくないと言えば良いのに」
「姉さん、からかわないで──」
「からかってないよ~? だってね~、ヤクモさんね~──」
これ以上ヘラが変な事を言うと俺の精神力が崩壊してしまう。
失礼ながら両手で押さえ込んで口を塞ぎ、彼女が諦めたのを確認してから話を進める。
「──要らないなら素直に言ってくれると助かるかな」
「要らないとは、言ってないし。けど……良いの?」
「良いのって、何が」
「その……私なんかにそんな事して」
「何を今更。これでも、一応は感謝してるんだぞ? その……上手く表現出来てるか、有り難いと思ってるって事が伝えられてるかどうかは自信ないけどさ」
俺がそう言うと、少しの間があった。
ヘラがニヤニヤしてこちらを見て居るような気がして、これが仲間だの悪友だのと気の置けない間柄だったら小突いている所だ。
ただ、言ったとおり──態度として、行動として、言葉として少しでも伝えられているかは分からない。
そこに関しては対人経験の少なさが面倒臭いくらいに低い事を自覚している。
黙っていると、なにを考えているか分からないらしいから。
「ヘラには語ったけど、ミラノ達には俺の……新しいここでの生活において、身近で──色々な意味で救ってくれてる。けど、マリー達には、俺が俺である為に手放せない戦いだとかそう言った方面で色々教わり、学び、助けられてきた。だから、有難う」
マリーは魔法に関して色々教えてくれた。
タケルだってその時は身分を偽っていたとは言え、魔法と近接戦闘を複合させた戦い方を教えてくれた。
アイアスにも手合わせだのしてもらったし、世話になりっぱなしである。
ミラノ達が「自衛官としての自分の存在意義を満たしてくれる相手」だとすれば、マリー達は逆に「自衛官じゃない自分が成長し自信を付けさせてくれる相手」である。
どちらも未熟な俺には、満足に片方だけを立たせることが出来ない。
だから世話になり、迷惑をかけている。
なら、少しでもお礼をしないといけない。
――俺が、見限られないようにと言う意味も、あるのだが──
「……付け方は、どういうのがアンタは良いと思う?」
「姉妹揃って同じ事を言うのな……。はいはい、分かりましたよお姫様。それじゃあ失礼して」
他意はなく、ただの作業に過ぎない。
ヘラの時は緊張と臆病と恐怖に飲まれたが、一度体験してしまえば立ち直りは早くできる。
格闘訓練で地面に投げ飛ばされた時に地面に転がるか、受身を取ってリカバリーが出来るか。
慣れたくは無いが、これに関しては嘘吐きである事を利用して演じるしかない。
嘘は、吐き慣れている。自分の為にも、相手の為にも。
マリーの両サイドの髪の毛を慎重に扱いながら、髪飾りへと通していく。
筒型の髪飾りを扱うのは初めてだけれども、リボンを結わって髪を挟んで痛がられるような事は無い。
多分だけれども、上手に──俺が「こうしてあると、マリーに似合うだろうな」という付け方をして見せた。
余り重くないはずだ、これで髪が抜けられたら元も子もない。
ただ……俺の思う「この方が可愛い」と言う幻想には近づいた。
「ふぅ……」
「ふぅじゃ無くて、鏡とかは?」
「あぁ、悪い」
手鏡を直ぐに取り出してそれを彼女に向ける。
……ミラノの相手で慣れてしまったが、慣れて良かった事なのかどうかの判断は難しい。
ただ、気遣いが出来る男はモテるよと母親には言われた記憶がある。
そうでなくとも「他人に配慮できるようになりなさい」と父親に言われてるし、間違いでは無いはずだ。
「ど、どうかな?」
「そうね。悪くない、かしらね。ありがと」
「そ、っか。そう言ってもらえただけ、良かったかな」
グズグズに自信が無くなり自衛官モードが解除されてしまう。
しかし直ぐに頬を叩き、感情の波を出来るだけ落ち着けて自分を排除する。
そして頼りにならない自分から、不安を感じさせない俺へと切り替えた。
「──ありがとう」
「……変なの。普通、こういうのは貰った側が言うんじゃない?」
「それはそうかも知れないけど。いや、ほら……。受け取ってくれて有難う?」
言葉を重ねられるが、それをするには自衛官の自分を脱ぎ捨てなきゃいけない。
それが即座に出来なかったので、再び間が出来てしまった。
だが、彼女は帽子を深く被り欠伸を漏らすと眠そうな声で語り始める。
「……演じなくても良いのに」
「え?」
「気に入られる自分、皆が期待する自分、肩書きに見合った自分、嫌われない自分……。沢山、あるけど……。私も、アンタも──もしかしたら、皆も……そればかり、気にしてるのかも知れないわね──」
「マリーも?」
「……私も。無能じゃない、生きていても良い……立派な、まほう、つか……に──」
そこまで言って、マリーの意識は途絶えたようだ。
彼女の呼吸が、規則正しい睡眠の物になったのを聞いて俺は寒くないようにと彼女へと上着を被せる。
しかし、無能じゃない、生きていても良い魔法使いに……なんだ?
彼女もまた、何かから逃れようとしていた?
あるいは、そうじゃない自分を必至に演じていた……と言う事なのだろうか?
「ヘラ?」
「──そっとしておいてあげてください。マリーも、未だに抱えているものがあるんです。勿論、私もですが」
そう言われてしまうと聞くことも出来ない。
或いは、知りたいと思ってしまった事自体が間違いなのかもしれないが。
俺は自分自身を偽って喧伝しているのに、他人の秘密は知りたいだなんて……。
そんなの、良くないよな。
そして俺達は馬車に揺られて移動を終える。
決して早いとは言えない速度では有ったが、それでも夕日が沈むよりも先に町までたどり着けた。
「ヘラ様?」
「ヘラ様だ!」
「あぁ、ヘラ様──」
マリーを背負い馬車から降りると、先に降りていたヘラが住民によって崇められ、拝まれている。
それを見ていてなんとも言えなくなり、マリーの言葉が頭の中で響く。
──無能じゃない、生きていても良い、立派な魔法使いに……──
俺は、自衛官であることを演じ、そこから立派な自分と言う幻想を手に入れた。
何も無い、無能で、生きている意味を見出せない俺が縋っている一握りの存在理由。
ヘラの事は分からないし、安易に談じるのは良くないかもしれないが。
それでも、感謝され、拝まれているだけ俺達とは違うと思えた。
宿を取るにしても、ヘラは俺に任せるといった。
既に馬車も御者も休ませて別れている以上、彼女が任せると言えば任せられたことになる。
背中で少しばかり身じろぎし、まるで温もりを──生を感じるかのようにくっ付くマリーを楽にさせてやりたいと思い、良い場所を探そうとする。
……はっきり言えば、馬鹿なのだろう。
ヘラのことを利用し、名前を借り、彼女が泊まると言えば楽に部屋ぐらいは確保できただろう。
しかし、それはできなかった。
臆病だからか、悪いと思ったからなのかは分からない。
ただ、部屋を借りた時には夕飯時に突入してしまい、マリーはそれでも目を覚まさなかった事を覚えている。
それを気に病む事はしないが、お互いに厳かな……或いは、沈痛な雰囲気で食事をしているのだけは理解できる。
その理由を酒を飲みながら深く、深くまで探っていると手にしていた杯がカツリと鳴った。
「あまり気を揉んでも仕方が無いですよ? 私達は、人でありながら人であることをやめなければならなかった……そう言う存在です」
ヘラが困ったような表情をしながら、そう言って俺を現実へと引き戻した。
俺の悪癖である思考をすると周囲が見えなくなると言うものは、どうやらヘラの存在までも忘れさせたらしい。
ほぼほぼ回答までたどり着いた思考を一度ばかり片付けると、彼女の相手を始めた。
「あまり、そう言う事は言わない方がいいんじゃないかな」
「──失望する人がいるから、ですね」
「肩書きや地位、身分だけで勝手に人は色眼鏡で判断をする。そうすると、本来の自分と言うのが出せなくなっていく事がある。けど、周囲の人間はそれこそ気にしないし、関係ない。身近な相手でもなければ、勝手な幻想で相手を見て、勝手に期待して、勝手に失望する──その繰り返しだよ」
そう言うとヘラは「その通りです」と言って笑みを浮かべた。
俺はまるで賢しらな言葉を吐きながら、それが自分を傷つける刃となって自傷行為に溺れる。
マリーが弱音を吐いた、その事で勝手に失望し、気落ちしているのだ。
そして自分がまた下らない人である事を再確認し、自嘲して、テンションを下げている。
これじゃよろしくないと、目の前の女性に集中する為に俺は杯の酒を全て呷った。
苦すぎて不味いとしか言えない、けれども──それが良い。
「……人はそれぞれ、色々あるからなあ。俺だけが他人を知ろうと思うのは、良くない事だと考え直したよ」
「互いに胸の内を開く、というのはしないのですか?」
「それが出来るほど強くは無いからなあ」
「けど、強くないと言えるくらいには胸の内をさらしてるような」
「英雄とかを相手にそんな事をしても仕方が無いからなあ。自衛官は一般人の前では不安がらせたり、弱そうな姿勢は見せられない──と言う風に教わってるから」
「”ジエーカン”ってなんなのでしょうか……」
結局の所、俺は語りたがりなのだろう。
あるいは、自分がまるで賢いように見せたがるのか。
それとも、そうやって賢人ぶることで「頼れる人だ」と思われたいのかもしれない。
時々会話を上手くアクセント付けてから止め、問いをヘラへと投げかける。
自分だけが語り過ぎないように、俺も相手を理解できるように。
「ヘラの支援って、どういった事を期待して立ち回ればいいのかな?」
「んっと、私は一応自分の身は自分でも守れますけど、マリーほど強くは抵抗できないので余り突っ込まないで居てくれれば──」
「あ~……。俺は近接戦闘は余り。この前立食会で使った、あの武器で中距離から遠距離くらいで戦うのが主かな。近接も出来なくは無いけど、タケルやアイアスに比べたら下手だし」
「あれ、そうなんですか? 剣を持っているからそちらが得意なのかとばかり」
「あれは分かりやすい抑止力の為に提げてるの。それに──」
「それに?」
あんな……クラーケンを真っ二つにしてしまう、全く抵抗を感じずに相手を切り裂いてしまう剣を気楽に使えねぇよ……。
下手に人間相手に使って、鍔競り合いをしようと思ったら武器ごと相手を叩き斬って御用とか笑えない。
昔の人は剣で相手を殴り倒して、殴打や隙間を狙って殺したと言うが、防具ごと切り裂いたらもはや怖くて使う気にもなれない。
なら最初から使い慣れている銃を使うほうが気楽で良い。
その事を言うと、ヘラは笑った。笑い事じゃないんだけどなぁ……。
「支援と言っても、相手の攻撃に対する防御を作るとか、怪我をしても他の方よりも治療に長けていると言うくらいですが。後は、学園で教えている自己能力増強の魔法があると思いますが、あれを適切に扱えます」
「適切に? どういうこと?」
「学園で教えているものは自分に行使するものですが、それを他人にかけることが出来ます。それの応用で、負傷が酷くても一時的に傷口を塞いだり、或いは気持ちが弱っているのを誤魔化して手当てや回復まで持ちこたえさせられます。多くの魔法を、人の命を救う事に育てました」
「マリーとは逆だ」
「私達は姉妹ですから。二人とも守りの魔法を覚えても仕方が無いですし、マリーが最初に世界に飛び出して、私はその後を追うように出て行った。選択の余地は無かったとも言えますが」
その言葉に、何故か棘を感じたのは俺が疑り深いからかも知れない。
あるいは、俺自身がヘラの事をまだ受容し、許容できていないからかも知れないが。
好意的な言い方をするのなら「妹がこうだから、私はこうすることにした」という言い方で良いと思う。
だのに、彼女はまるで自分にはその選択する権利が無かったという風に語ったのだ。
なぜか、後出しじゃんけんのように最初のパートナーを選んだら弱点属性を選んでくるポケモンを思い出した。
姉妹なのに、なんだか──歪んでる?
いや、俺も弟や妹と関係が良好だったとは到底言えないか……。
常に、片思いをしっぱなしで、一方通行だったわけだし。
「──……、」
別に、姉妹なのだから悪く言ったって良いじゃないか。
こうあるべき、こうでなければならない論を押し付けても仕方が無い。
俺も──言ったし、言われた記憶が蘇ってきた。
『お前なんか、兄でも何でも無い!』
『助けられないくせに、助けるなんていわないでよぉ……!』
拒絶の、否定の言葉が残っている。
俺たちは皆ハーフで、特定の国で晩学をし、思想や思考を習得した訳じゃない。
俺がそうであるように、弟や妹も海外では日本人として、日本では外国人として扱われた。
虐められた事はある、だからこそ弟や妹を守りたかったが……。
結果として、悪化させただけだった。
ただ俺が誰もかもに嫌われて、その後で二人は落ち着きを見せたと言えば丸く収まったようには見えるが……。
二人の間で何があったのかを知らないのに、綺麗事を押し付ける事なんて出来やしなかった。
まあ、弟は就職して独身ながらもネットでは上手くやってるみたいだし、妹も既婚者だ。
二人はきっと、あの時の事も既に過去にしてしまえているのだろう。
「マリーが後ろから魔法で援護してくれるし、ヘラが支援してくれるのなら戦い方を切り替えて動けるから楽で良いな」
「相手の魔法は防ぎます、攻撃は低減します。怪我をすれば治しますし、任せてください」
「三人で上手くやれるといいなあ……」
「いいなあじゃなくて、やるんです。失敗すれば被害拡大、成功すれば未然に防げるだけの話ですから。それに──」
「それに?」
「かつて、世界を救った英雄が二人居るんです。前衛職じゃないにしても、その存在は十二分に過ぎるんじゃないですか?」
その言葉はヘラからの挑戦でもあり、あるいは太鼓判でもあった。
うまくやれるだろ? むしろ失敗とかありえなくね?
そんな幻聴が、頭骨から脳に浸透してきた。
苦笑しながら、その声を自分への枷として受け入れる。
「英雄達って、皆交戦的だなぁ……」
「はあ、そうでしょうか? これが普通だと思いますが」
「ふうん?」
「未来と言う言葉を忘れてしまいそうな、あの荒廃した世界。産まれる者はすぐに息を引き取り、弱り衰えたものから死んでいく世界……。あれを見てしまったのなら、二度はごめんなさいと思うのが当たり前、じゃないですかね」
そう言ってヘラは目を伏せた。
置き換えれば簡単な話で、俺も──平穏と言う意味では実家に引き篭もっていた時間を懐かしむことは少なくない。
けれども、それを幸福だとか恵まれているかと問われたなら、違う。
変化の無い停滞の中で、悪い事と一緒に良い事も起きない。
他人と関わりもしないから自分だけが世界の全てで、そこに一石を投じるような他人は居ない。
ただ……それで良いのか? とは何度も考えてきたし、思ってきた。
けれども、納得し、受け入れるしかなかった。
無職を長く続けていると、日本ではどうしようもないくらいに不利になる。
それ以前に片足を引きずり、肥満体質じゃ……人としての魅力は皆無なのだから。
平穏を思えば「何も無い」事を考えてしまうが、幸福を考えればミラノやマリー達と一緒の今が良い。
衝突もする、すれ違いもするが今の所決定的な破綻には至っていない。
そう言うのを含めて『人間関係』なのだと、俺は思うが──。
「今度は間違わない、失わない、失いたくない……。たとえこの身が私だけのモノじゃなくなったとしても、今ここに居る意味やその想いだけは──決して、譲れないですから」
「譲れない、か……」
酒のお代わりが来て、それを一息で半ばほど飲み下す。
……どうしようもない時、それくらいに精神的にグシャグシャになったとき、全てを投げ出したい時。
そういったとき、ストレートでウォッカだのジンだのを飲みたくなる。
俺に譲れないものは、何かあるだろうか?
家族愛? いや、それは家族離れ出来てないだけだ。
ミラノ達を裏切らずに残る? いや、それもまた依存だ。
何とか頑張ろうと──、それもカティアへの依存だった。
依存ではなく、俺自身が「いや、こうじゃなけりゃダメなんだ」と言うのは有っただろうか?
考えてしまうと、俺には俺と言うものがない気がしてきてならない。
お代わりが運ばれてきて、手にした酒を眺める。
泡と液体、その中に存在する酔いの成分。
――飲酒も、これまた依存なのだろうと考えてしまい、自虐的な笑みが漏れた。
何がチートだ、何が魔法だ。
結局、そういった「圧倒的な装備」を手に入れても、冒険に出なければ持ち腐れと同じだ。
そして……俺が一番ダメージを受けるのは戦闘でも、境遇でも何でもない。
対人関係で、矮小さと不出来を認識させられる瞬間だ。
対物理防御だけ固めて、最強の武器を装備しても──物理以外のダメージでやられる。
心が弱い、か……。それだけは、指摘された事もなかったな。
まあ、他人に全てが分かる訳でもないしな。
自己評価の全てを他人に投げるのもおかしな話だ。
「譲れないものって、ないですか?」
「さあ、考えた事も無かったな……。多分、自分だけが不利益を被らなきゃ──なんでも良いと思ってるんじゃないかな」
「けど、それだとおかしくないでしょうか? それだと、周囲の状況を把握するついでで人を助けたりはしないと思いますが」
「余裕が無ければどうだったか判らないけど、あの時はそうじゃなかった……そうじゃなかったんだ」
俺だって、地震自体にはなれてる。
しかし、自分自身も半ば被災者のような目にあうのは初めてだ。
あの時の事は、とてもじゃないが詳細は今じゃ思いだせない。
ただ瓦礫の山と被災者が大勢居て、声が五月蝿かった──そう五月蝿かったんだ。
災害派遣の時は、もうちょっと静かだったことは覚えている。
それで、その声を少しでも減らしたかった。
なら──やったことが、やってきたことが、やるべき事があった。
ただ、それだけだ。
周囲の声が減ったら落ち着いてきた、それは掃除と同じだった。
そして落ち着いてみたら、何一人で自衛隊の真似事をしてるんだよと自虐的になれた。
その時には、カティアも結構埃だらけだった。
「なんでヘラは……」
「はい」
「その──失いたくないとか、そう言うことに拘るんだ? いや、言いにくいなら良いけど」
「そうですねえ──」
ヘラは手にしている酒に口をつけ、大きく飲みこんだ。
聖女にしてはいい飲みっぷり過ぎるなと思ったけれども、その”聖女”という肩書きそのものが間違いなのかもしれない。
周囲が──あるいは、俺が勝手に思い込んでいる先入観でしかなく、ヘラはヘラなのだから。
「私達には多くの仲間が居ました。しかし、最後の最後の場面で、私達は全ての荷を一人に背負わせてしまったんです。確かにマリーを除いて、私は家族を失いました。国も、肩書きも、地位も──安寧や平和の上で成り立っていた全てを無くしたんです。けど、それ自体が辛いとは思いませんでした。仲間が居たからなんです」
「仲間……」
「妹ですが、マリーだって仲間の一人です。タケルさん、ファムさん、アイアスさん、ロビンさん……全員が同じことを体験しているから、悲観的にはならずに済みました。むしろ、はい……むしろ──」
ヘラの声が湿っぽくなる、そして閉ざした目からツッと涙が静かに流れ落ちた。
鼻を啜ったりしない、静かな涙。
内心で既に大パニックを起こしており、こういうときに対人スキル極振りしてるイケメンでも居てくれればと願ってしまう。
しかし、こういう時はどちらが良いだろうかと自分の中の選択肢に頼る。
見なかった振りをするか、あるいはその涙を拭うものを渡すか。
……顔を擦らせるのも良くないかと、ハンカチをストレージから出して彼女へと渡した。
ヘラはそれで静かに涙を拭った。
「──あの人は、自分の全てを差し出しました。もう、記憶からも少しずつ零れ落ちているのが分かるんです」
「結末に関して聞いた事が無いけど、どういったものだったんだ?」
「相打ち、と言った表現が正しいかは分かりませんが。私達が一人ずつ、勝利によって合流した時にはもうその存在は崩壊している最中でした。触れるとそこから崩れ落ちて、最後には身動きすらままならなくなりました。皆さんがそれぞれに色々言っていましたが、そのどれも思い出せません。最後に『──そっか』と言って、消滅した事だけは覚えています」
貧相な想像力で考えてみた。
十四人の英雄達が、それぞれラスボス前に敵を足止めしたり、対峙することで核たる一人を送り出した。
必ず追いつくと、それまで無理はするな、持ちこたえてくれと言いながら一人だけが魔王へとたどり着いた。
直ぐに追いつく、合流する──それは相手への約束でもあり、自分への戒めでもあったはずだ。
なぜなら三名ほどが決戦で死んでいる、十四人居て三人で済んだのは奇跡なのかも知れないが。
だが……合流した時には既に決着がついていて、核たる人物が相打ちで世界を救った。
到底悔やみきれる話では無いだろう。
もし一人でも追いつけていたのなら、合流できていたのなら避けられたかも知れないという事柄だ。
「一つ、お尋ねしてもいいでしょうか?」
「ん? 俺に答えられる事なら、なんでも」
「もし自分が仲間を引き連れて、同じような状況になったとして──何故そうしたかとか、もし同じように自分の生命だけじゃなく存在そのものが抹消されるとして……その胸中はどのようなものか」
「……俺はただの一般人だ。けど、それでもいいというのなら、そうだな……」
酒を飲んだ、逃避のためではなく思考の潤滑油として必要だったから。
そのアルコールで頭を柔らかくして、必死に自分と言う海を泳ぎ、潜ってみた。
「参考になるかは分からないけど、もし自分が同じような境遇になったとして──。兵士としての自分なら、仲間を待つと思う。けど、個人としての俺なら──相打ちでも、その結果戦いそのものが一気に沈静化するのなら有りかなと思った」
「消えてしまうのに、ですか?」
「自分の仲間が大事なら、自分の命と引き換えに最大十三人も救えるんだ。自分が戦いを長引かせる事でその多くが救えないくらいなら、そのほうが救われた気持ちになる……」
その人物が何を考え、どのような人物であり、どんな背景があったのかなんて分からない。
ただ、自分だったなら──と考えれば、秤に乗っけるものは最初から傾いているに決まっている。
俺と言う個人が長生きするよりは、自分が信じられる人々の方が生きてくれたら、そのほうが良い。
失うよりは、自分が消えるほうがどう考えても百利有って一害無しだ。
未来を見る事は出来なくなるが……、上手くやってくれるさと──それくらいの人だから自分が消えても後悔しない、だから仲間なんだと思う。
「自分がたとえ死ぬ事になったとしても、大事な仲間を救えるのならその方が──個人的には満足して逝ける。そう思うんだ」
「けど、それって放棄じゃないですか? 自分が悲しみたくないから、苦しみたくないから全てを投げ出したとも……言えるじゃないですか」
「それと同じ疑問がある。──正解は無い。ヘラは……人の乗った馬車が暴走しているのを見つけました」
俺は、鉄道の問題を何とか置き換えてヘラに語る。
本来であれば「太った人を突き落とせば線路上で作業をしている人が助かり、落とさなければ線路上の作業員が全員引かれて死ぬ」という問題だ。
他にも「切り替えレバーを操作すると列車は脱線事故を起こさないが人が轢かれて死に愛する人は救えるが、切り替えなかった場合列車に乗った人ごと愛する人は死ぬ」と言うものもある。
若干違うが、そんな意地悪な質問をヘラへとした。
「魔王を倒せば十三人の命は救われますが、自分が死にます。しかし魔王を倒さなければ仲間の──そうだな──全員が死にます。当然、時間をかければ仲間が死ぬ危険性は高まります。さあ、どうしますか?」
「その質問、ずるいです。だって、そんなの……」
「そう。アイアスやヘラ、マリーが大事だと言っている仲間を最悪全員死なせるか、自分が死んででも全員救うかのどちらかしかない。確かに後を考えれば逃げかも知れない、或いは他にも何か妙案もあったかもしれない。けど、放った矢は落下するか当たるまで止まらないし、手元に戻ってこない。だから俺は考える、それが最善だったと思うからこそ、そうしたんだと」
遠まわしに、何故か姿形しか知らない消え去った主格の人物の擁護をしていることに気がつく。
しかし、戦いなどは準備段階から既に始まっているものと考えれば、実際に戦闘開始をした時点で取れる手段など限られてくる。
準備なんて幾らしても足りない位だが、時間も物資も有限である以上無限に準備し続けられる訳じゃない。
時間をかければ滅びるのが人類だったのなら、相打ちで死ぬとしてもその他の全員が多く生き延びるのなら──それは勝ちと言えるのではないだろうか?
「後から生き残った人が、上手くやれたんじゃないかと悩むのも良いけど、だからと言って批判しても何も生まれないと思う。悪く言えば……やってる事は、ただの死体蹴りだ。もう口を利く事の出来ない相手にずるいとか何とか言っても、相手は二度と弁明も反論も出来ないんだから」
「──そう、ですか」
ヘラは暫くションボリしていたが、それでも──何を思ったのか──酒を一気に飲み干した。
そして声を大にして、お代わりを頼む。
俺でも驚いたし、周囲も幾らか驚いていたようだ。
「あ~、えっと。まあ、なんだ。魔王と相打った英雄のした事は今更どうこう出来ないけど、そのために──」
「はい、二度と同じような事を繰り返さないように……頑張ります」
そういったヘラは、深く息を吐いた。
その息と共になにやら重苦しいものも吐き出された気がしたが、幾らかマシになったようだ。
そして……俺は思い知ることになる。
マリーは一気に飲んで一気に酔いつぶれるスピードドランカーだ。
対するヘラは、飲んでも飲んでもザル……以上の”フチ”レベルで飲んでいく。
俺が何度か小として摂取した分を出したが、仕舞いにはギブアップを始めて宣言した。
立ち上がった瞬間にブラックアウトしかけ、フラフラとヘラに付き添われながらベッドへと倒れこむ。
倒れた瞬間、身体と思考が一気に切り離されていく。
身体の自由が利かない、このままでは風邪をひきかねないと分かっていてもどうしようもない。
「風邪引いちゃいますよ? はい」
「ん……」
喉に鉛でも詰まったかのように声が出ない。
それでも、ヘラが俺に毛布をかけてくれたのだけは理解できた。
そういや、マリーは……?
いや、起きた様子は無かった。
ベッドに倒れる前に、隣のベッドを見た所寝たままだったのは映像記憶として脳にある。
なら……寝ても、いっか──。




