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元自衛官、異世界に赴任する  作者: 旗本蔵屋敷
1章 元自衛官、異世界に赴任する
9/182

9話

 戦いとは相手の嫌がることをいかに沢山こなせるかで勝敗が決まる。

 そう言われたのは、富士の演習場で長い行軍を終えて突撃に入る直前だった。何故そんな事を言うのだろうと、十四時間にも及ぶ行軍を経て眠気と疲労と待機中でも寝てはならないと集中している時。中には起きているふりが上手くなって眠っている同期もいたが、その隊員の頭を叩いて二曹は語る。


『休む暇を与えず、物資に困らせ、こちらの在り処と意図を秘匿し、包囲などの劣勢に置き、通信を取れなくし、こちらは元気で士気旺盛で有る事』


 なんだ、そんな事かと当時は思って居たが、それがいかに難しい事かを理解するのは陸曹教に入ってからだ。何百、何千、何万と兵士が敵味方関係ナシに存在する。つまり、個人というものがそれだけ存在し、網のように繋がりあっていながらも思惑というモノは存在する。

 疲弊する事を嫌う兵士、食事に対する不満度が高い兵士、眠気に対して忠実な兵士、野外などの環境下での行動を忌避する兵士など、色々だ。そう言った不満を押さえつけられる環境や状況であれば、まだ大丈夫だろう。けれども不満が高まった兵士は部隊としての機能を著しく損ない、それこそ士気や統制などは崩れていく。

 つまり、味方の兵士のやる気を保つ難しさと、逆に敵のやる気を損なわせる難しさが存在するのだ。不利になれば平静じゃ無くなる、死者や損害は最も分かりやすい影響度を持つものでしかない。 

 ――なので、人数差という劣勢が俺個人にしか影響しない以上、相手は八人という人数が大きく士気に影響するのは分かりきった話だ。


 俺が一人、相手は八人。既に分かりきった勝負と、興味を持たない魔法使い、これからの”ショー”をニヤニヤしながら見ているもの、弱いものを虐めるなと抗議するものなどで色分けが出来ている。ヒュウガは抗議してくれたが突き飛ばされて無力化され、ミナセはミラノを呼ばなきゃ! と言って出て行ってしまった。

 そして俺は装備品の確認だけをする。今所有しているのは模擬長剣、模擬ナイフ、そして個人所有物の銃だ。魔力の弾が撃てるとは説明受けしてるが、その威力が分からないので使い道に困る。

 こっそりと拳銃にして取り出したそれを、まず安全装置がかかっているのを確認した。スライドを下げて装弾されてないのを確認、そしてマガジン装填をしてからスライドを戻して準備良しとした。魔力の弾を使うときは弾を籠めずとも良い、ただ持って引き金を引けば弾が出る。

 安全装置を解除、片膝をついて地面に幾らか銃口を近づけて引き金を引いてみた。すると実弾のように炸裂音が響き、土を幾らか散らしながら地面を抉った。ちと”貫通力”が高いなと思い、威力調整できるかなと二発目を打つと鈍い音はしたが今度は土を散らしも抉ったりもしなかった。

 これなら殺しはしないだろうと頷き、銃をこっそりと隠す。背を向けて何をしているのか隠していたおかげか、アルバートは腕を組みながらこちらを見たが別に興味を持たなかったようだ。

 ナイフは左手で直ぐに使えるように腰の左側へ位置調整し、ヒュウガがしていたように長剣の鞘は背の方向へと移動させた。


「して、準備は出来たか? なあに、負けても命だけは取らぬさ」

「そりゃどうも。その代わり下着姿で滅多打ちなんだろうけど……」


 俺が大きな息一つと同時に覚悟を決めると、向こうでは既に補助能力の詠唱を終えてこちらを見ていた。そして「では、行くぞ!」という掛け声で戦闘は始まった――ハズだった。

 どういう連携で来るのかと身構えた俺だったが、実際に近づいてきたのは八人中四人で、じゃあ残りの四人は後ろから支援や援護攻撃などでもしてくるのかと思えば何もしないのであった。


「あれ、え? 馬鹿にしすぎじゃね?」

「フハハハハ! 貴様如きに全員で行くのも勿体無いのでな、遊んでもらうが良い」


 わ~い、俺にとっての勝率が更に上がったぞ! 目の前に横並びの横隊で歩きながら近寄ってくる四人だけを相手にすれば良いわけだし、その遠くから攻撃や邪魔が飛んでくる心配も不必要なわけだ。

 横並びで歩いてくるとか、機関銃でも設置してやれば一薙ぎで全滅だ。指揮官はその指揮能力を疑われ、兵を無駄死にさせた責に追われるだろう。

 しかし、気持ちは冷めても心臓の鼓動が高鳴るのは収まらない。むしろ頭は冷静なのに気分ばかりがどんどん高揚していく。そしてアルバートの「包囲し、好きにやれ!」という号令で正面二名と右と左に一人ずつという配置に敵がつこうとしていた。

 どいつもこいつも剣一択か、騎士道でも流行ってるのかも知れないなと思って居ると、凄い速さで剣が振り出された。


「おわ、っ!?」


 やはり見てるのと、実際にそれを体験するのでは全く違うのだろう。ヒュウガとミナセがやり合ってる時は「早いな~」程度だったのに、実際に振り出されてきたのは当たれば骨が折れてもおかしくないほどの速度だった。

 相手は自身を強化している、けれども俺はまだしていない。それで理解と判断と反応という段階的なものを踏んでいるうちに俺は頬を裂かれた。剣の速さと模擬とは言えそれなりに形作っている剣によって皮膚が持っていかれたのだろう、鈍い痛みと共に血が滲んできた。

 そして他の三人も攻撃してきて、それを逸らし、受け流し、受け止めてみれば物凄い衝撃だった。鍛え抜かれた軍人のキックをmイット越しに受けたみたいだ、木剣を握っている手が幾らか痺れる。


「くそっ、きちぃや……」

「そらそら、どうした!」

「お前見てるだけじゃねぇか!」


 アルバートは高みの見物しながら、あたかも自分が上手く立ち回り相手を圧しているかのような台詞を吐いた。たぶん大将として君臨しているが故に功績も全て奴のものになるのだろう、そして功績で地位が高くなれば取り巻きの評価もついでに上がると。たぶん家柄が無ければ取り巻きの一人もつかなかっただろうなと思いながら、俺の動きに合わせて半包囲のスタンスを崩さない四人組に少しだけ苛立った。

 回避、受け流し、防御。それらを繰り返しているうちに傷が増えていく。それでも疲労の蓄積は鈍く、呼気の乱れがなかなかおこらない分、優れた肉体にしてもらったのだろうとアーニャに感謝した。そして適度に傷ついているからこそ、アルバートは苛立ったり攻撃の手を強めさせたりはしないでくれる。


 だから、技術と経験で押し切ってみることにした。


 出てきた突きにあわせて左手でいなしながら、右手で相手の肩を隣の奴の方へと思い切り押してやった。姿勢を崩したソイツがもう一人を巻き添えにしてぶつかり、もつれて地面に倒れこんだ。俺を叩きのめそうと腕を振り上げた奴に対して、その腕を掴みながら自分の体を反転させて払い腰で地面に転がし、残ったもう一人の攻撃を剣で受け止めた。横ばいにした剣に相手の剣がぶつかり、両手で剣を持って少しだけ拮抗させる。それを傾けさせ、受け流しながら銃床殴りの要領で顎の下を殴るとクラリと目が上向いてこてんと倒れた。そして縺れて倒れこんだ奴等が起き上がる前に一人を気道締めで拘束し、もう一人は足と膝で倒れたまま動けないように首を固定した。

 気道を絞められて抵抗が無くなった奴を解放し、足で拘束していた奴から退くと同時にその顔面に殴りを叩き込んだ。痛がり苦しんでいる、暫くは復帰しないだろうと少し安心してたらその背中を思い切り攻撃されて地面を転がった。受身を取りながら方向転換と姿勢の立て直しをすると投げた奴が既に立ち上がっていた。

 コイツだけでも真面目に剣でやってみようと打ち合ってみるが、まともにやりあうと経験がある分相手の方が勝っているのが分かる。それでも俺は武器を弾かれてよろけるように一歩下がった。


「貰った!」


 トドメと思った相手だろうが、よろめいた時の一歩をそのまま前進の為に踏み込み、身体を反転させて回転と前進の勢いを乗せた後ろ蹴りを胴体へと叩き込んだ。

 ……これが半長靴とかの硬い靴じゃなくて良かったと思う、じゃ無けりゃ肋骨が折れてても仕方が無いし、暫く笑うだけでも死にそうなくらいに痛みを覚えただろう。その時被害にあったのは俺だったが。


「戦闘不能者は急いで運び出せ!」


 ヒュウガが良いタイミングで叫んでくれた。おかげで俺の周囲で気を失った奴とまだ戦えそうな奴関係なしに除外されていき、綺麗さっぱり四人が始末された。弾かれた木剣を拾い上げ、ゆっくりとアルバートの方へと近寄っていく。


「――やるようだな」

「いや、なに。想像してたよりもやっぱ強かったわ……舐めてた」


 素人でも、身体能力を強化すればバカに出来ないほど強くなるのをとりあえず身をもって理解した。頭部、腕、足、胴体。何処も数度は掠り辺りをしている、こっそりと見れば腕の部分だけでも痣が出来上がっており、百叩きも強化した上でやられていたら処刑だったんじゃないかと恐ろしさを理解した。


「けど、後は四人だ」

「抜かせ。我が槍術の前にひれ伏すが良い!」

「――まあ、その為には邪魔者を排除だな」


 と、大分身体も痛めつけられたし、長引いてしまうのも嫌なので拳銃を取り出して安全装置を解除。パパパとアルバートを除いた三人の胴体部分を片手撃ちで撃つと、崩れ落ちたり後ろに倒れたり吹き飛んだりする。そして気味の悪い静寂が漂う。――まるで俺が誤射をしたみたいじゃないか、堪え切れずに「タイム」と宣言して倒れた三人を確認する。


「し、死んでないよな?」

「死なす攻撃をしたのか貴様!?」

「い、いや。人に――記憶がぁっ!!!」


 もう、全て記憶喪失のせいにした。何で戦えるの? 記憶が無いから分かりません! 何処で戦い方を覚えたの? 記憶が無いから分かりません! その武器何? 記憶が無いから分かりません!

 記憶喪失最強説来たかも知れん、もうこうなったら記憶がないということを最大限利用してやろう。幸いな事に三人とも気を失ったり悶絶していて動けなくなっているだけのようだ、ヒュウガを至急呼び寄せてこの三人も退場させてとりあえずタイム終了。


「ふう、脈があってよかった……」

「ちょ、ちょっと待て。貴様はユニオン共和国の――魔法使いなのか?」

「んぁ、なんでよ?」

「その武器はユニオン共和国の者しか使わん。そして使えるのは魔法使いのみだ」

「――実は魔法が使えるんですよ~。つい先日ご主人様が練習に付き合っていただきましてね?」

「ぐ、ぬ……ぅ」


 どうやら使い魔である事以前に、常識も分からないと言う事で完全に無能扱いされていたようだ。それはそれで今回のやりやすさに関連していたので有難い事だ、ぜひとももっと軽んじて欲しい。


「くっ――」

「……最後ぐらいちゃんと手合わせしたいし、そんな落城寸前の城主みたいな顔をせんでも」

「ほ、本当だな? よし、勝負だぁ!!!」


 なんという切り替えの早さ、なんという思い切りの良さ。銃を仕舞い込む動作に入るか入らないかの瞬間にはもう突撃開始をしていた、いっそ清々しい。しかし、先ほどの四人とは違って偉そうな口調に見合った強さを持っているようだ。突きが鋭く胴体を穿ち、一歩遅れの後方回避と被って何とか軽減するも、そのまま尻から地面に倒れこみ、そのまま勢いを生かしてゴロリと後転からの姿勢回復をする。

 咽て酸素が吐き出されてしまう、そしてもしマトモに受けていたなら戦闘不能になっていたのは自分の方だったと嫌でも理解できた。

 ――能力強化の度合いも、魔法使いとしてのランクの高さか基礎の能力の高さによって左右されるのかもしれない。先ほどの四人から受けた攻撃よりも、たぶん、強い。


「我が家に代々受け継がれし槍術、貴様に受けきれるか!」

「なん、とかっ、なっ!」


 確かに素早く鋭い突きが次々繰り出されてくる、これは脅威だ。突きの恐ろしさは防御のしにくさや動作は入りからの猶予の短さに有る。斬る、薙ぐなどの動作は如何しても大振りになり、面での攻撃になるから防御はしやすいしいなし易い。けれども点での攻撃は逸らすにしても難しいし、そもそも防御をするには盾でもないとすり抜けられる。

 剣を持っていた肩を突かれ、鋭い痛みに――久々の激痛に武器を落としてしまった。そして左手でナイフを抜いて追撃を払うようにして防御する。


「あ~、撃ちてぇぇえええっ!!!」

「おい、それでは先ほどの発言と違うではないか!?」

「……もう少し頑張ってみる。だから頼む、付き合ってくれ」


 俺の発言の意味を理解できないアルバート、けれどもナイフを左手から右手に持ち替えて、幾らか姿勢を低く構えた俺にアルバートは攻撃を再開する。

 突き、突き、突き、突き。弾き、打たれ、打たれ、いなし、受け流し。強化されたはずの肉体、それでも追いつかない認識と反応速度。それでも予想、予測、先打ち、先の後――あらゆる手段を”思い出しながら”自分に出来ていた錆をこそげ落としていく。腕が嫌に痛む、皹が入ったかもしれない。肺が痛む、呼吸が追いついてないのかもしれない。


『お前な、死ぬんだよ人が! 訓練でも死ぬんだ、実戦だと俺たちの誰かが、敵対した誰かが死ぬんだよ! 訓練だから、練習だからって気を抜くのなら軍人辞めちまえ!』


 遠い昔に聞いた、当時の格闘訓練副教官の三曹の言葉だ。俺にはレンジャー教育がどれくらい辛いのか伝聞でしか知らない、だから何も分からない。けれども、格闘のセンスがあると褒めてくれた人が首まで赤くなって怒鳴るのはとてもじゃないが怖かった。

 だから、ここで自分を追い込む。死ぬかもしれないギリギリにまで追い込まなければ、数年ものブランクという”甘え”を、断ち切れないのだから。

 前はできた事が、全て過去になって埋もれている。それは怠慢と、自棄から来た放棄。それを全て取り戻すには、痛みしかない。人は、痛い目を見なければ覚えないし、学習しない。そうやって負傷し、細かいキズを幾つも体につけ、時には骨の一つや二つ折りながらも歩いてきた。

 だから、アルバートに打ちのめされ、キズだらけになっても思い出すのは過去の事ばかりだった。そして痛む身体と異常を訴えてくる神経に脳を侵されて、何でこんなに必死何だろうと考え――



――親に認められたかったから、どんな目にあっても前に進めたんだ――



 そこに行き着いた瞬間、時間がバカみたいに遅く感じた。これがきっと、アーニャの言っていたアドレナリンに応じた体感時間を遅くするというものなのだろう。もしこれが覚醒とかだったなら、もうちょっと格好良く目覚めて欲しかった。

 追いついた認識、追いつかせる判断に槍が確実に弾かれる。そして自分の姿勢が好ましい状態になり、突きが繰り出されたのに対して俺はようやく動けた。


「くっ、離せ――!」

「離すかよ。これが、負け続けてきた俺の最初の……一歩だ!」


 槍を弾き、ナイフを手放しながら相手のほうへと踏み込んでいく。時間が遅い、俺も遅い。これが、生死の狭間に踏み込んだ状態なのだろうか? 相手と交差するように踏み込んだ足で相手の足を固定し、顎を掴み伸びきった左腕を思い切り引き寄せて身動きを封じる。そのまま相手の顔を圧するように崩していき、首返しという技で地面へと叩き付けた。


「ふっ――!?」


 状況が分かっていないアルバート、掴んだ腕をそのまま捻りながら膝で体重をかけて動けなくする。うつ伏せの体勢にされ、胸部の真裏を押さえつけたら呼吸もうまく整えられない。

 これで勝ちかと思ったが、俺の意識は突如として遠くへと消えていく。

 なんだと思ったが、観客席の方から矢が飛んできたのだ。それを側頭部に受けて、脳が意識を保てなくなったのだろう。最後に意外だと思ったのは、敵対的だったはずのアルバートが俺を揺さぶり、観客席に向けて叫んでいる

 何を言っているのだろうと考えていると、そのまま意識が遠のいて消えた。



――☆――


 目を覚ました俺は、この世界に来てから見てきた”見た事の無い天井”だった。けれども半身をゆっくりと起こすと、それがミラノの部屋であると判明した。くべられた薪と燃え盛る火、程よく暖かい部屋のなかで俺はまたベッドで寝かされていたわけだ。

 今回は何か言われる前にとベッドから抜け出し、綺麗にベッドメイクをしてから暖炉前で椅子に腰掛けた。火の熱さを感じながら、眼球が乾くのを瞬きで誤魔化しつつぼんやりとする。

 一人AAR(After Action Review)をすることにする、今回分かった事と反省点を挙げ連ねてこれからに生かす事だ。

 まず、身体能力を上げた奴等は俺の知っている世界でのプロ並に力量や素早さが出せるということ、そしてその素早さや力量には素の俺では技術でしか対抗できないということ。正面からやってみようというのは無謀だった。


「……情けねー」


 調子に乗ったのだろう、もしかしたらこのままでもいけるかも知れないと自惚れた。その結果、俺は周囲で見ている奴等が敵対し、妨害してくる可能性を忘れていたのだ。正面しか見えていなかった、物凄く悪い癖だ。

 傍にいる人物だけが敵だと思っていた、けれども違った。冷静に考えてみろ、特権階級に所属する奴等が溢れるこの場所で、何処の誰かも分からない奴に負けるということを観衆とは言え同じ奴等が許し、見逃すか? 特権階級が、負ける。それを許せるような世界か、考えていなかった。


「死ぬな、生き延びろ。それだけで奴等への復讐になる」


 何時ものように、名言を思い出した。とあるゲームで、プレイヤーが死んだ時に表示される戦いに纏わる名言たち。至言でもあり、間違いでも有る。それでも、時代を見てきたその人たちの言葉は俺によく響いた。


「無様ね」

「――……、」


 どれくらい暖炉を前にうな垂れていたのか、或いは時間は経過しておらず最初から居たのかも知れない。カティアにそう言われて、俺の臆病で脆弱な部分がビクリと震えた。


「八人相手に、勝てると思ったのかしら」

「さあな。けど、なにかしら……。起きると思ったんだ」

「自分を追い込んで、傷だらけになる事で?」

「あぁ」


 カティアを見ることもせず、暖炉の火ばかり見ていた。そして、自分を追い込んでというくだりもきっと自罰な面から来たものでしかないのだろうなと考えると、やはり自分は如何しても下らない人間なのだろうなと思えた。つまり、何をしても結局の所”見栄”でしかないのだ。

 一人思考に落ちていると、正面に来たカティアが両手を俺の顔に沿え、強制的に彼女の顔へと向きを変えられた。彼女の顔は、怒っているようで――泣きそうだ。


「自分を大事にしてよ! 貴方が居なくなったら、私はどうしたらいいの!?」

「――……、」


 そしてもう一つ、自暴自棄の癖が抜けていないらしい。ここで”俺が死んでもミラノやアリアが居るだろう”という考えは、あまりにも身勝手すぎる。そんなモノは、責任を全て放り捨てて逃避しているだけに過ぎない。

 怒ったら、何時もの小悪魔的な感じを維持できなくなったのだろう。ポロポロと涙を流したカティアの頭を撫でて「ごめん」としかいえなかった。けれどもカティアは泣き止んでくれなくて、そして俺も普段のように大丈夫そうに見せかける事もできなくて……。

 これからは、もうちょっと自分の事以外のことも考えなくちゃいけないなと、床を叩く彼女の涙を見て思った。


「どうしたら良かったかな」

「――……、」

「ミラノの体裁を保ちつつ、けどミラノの言いつけを守りながらうまくやる方法は他にもあったかな……」

「はなして、くれる?」

「あぁ……」



 俺は、相手の言い分とその時の自分の考えとか全部入り混ぜて彼女に語った。其処には相手の情報不足は妄想や希望的観測では語らず、己の事は偽る事無く事実だけ話す。その全てを知って彼女は何を思うのか、興味はあっても期待はしない。

 だから――


「ばかじゃないの?」


 鼻水を少したらしながら、まだ若干涙目の彼女が俺をそう切って捨てたときは笑うべきなのか残念がるべきなのかは分からなかった。とりあえず鼻水をハンカチで拭い、涙を指で消してあげることしかできない。


「貴方は……、ミラノが来るのを待つべきだったのよ」

「あぁ、やっぱりそれが一番だよな」

「ええ、そうね。ミラノがくれば、とりあえずは収まった出来事じゃない。

 けれども貴方はそうしなかった」


 カティアによって、冷静に分析が進んでいく。そしてそれが最善だっただろうと、俺は後になって知らされる。

 何故それを考えなかった、ミナセがミラノを呼びに行ったのを見ていたのに? いや、きっと俺は期待して居なかったのだろう。そんな”都合の良い展開”とやらが、期待できないとして自分から切って捨てていたわけだ。

 カティアが正面で睨んでいる、どうやらひとしきり泣いたら怒りの感情のみが残ったようだった。


「それに、私も呼んでくれなかった……」

「――呼べるものなのか?」

「今度、そこらへんも全部教えてあげるから。二度と勝手に戦わない事!」


 そしてビンタされる、滅茶苦茶痛い。けれども、やはり痛んだのは肉体ではなく心だった、精神だった。情けない上に、みっともない。

 彼女に了解の旨を伝えると、切り替えるように今の時間を尋ねる。


「お昼はもう過ぎたわ。貴方は、本当に長く眠っていたの」

「……そうなんだ」

「食事もあったけど――冷めてしまったわね」


 先ほどはベッドからさっさと出ることしか考えていなかったが、傍の机には食事が置かれていた。もう冷め切っているだろう、それでも俺は近寄って皿を持ちながら一つまみ、二つまみと食べる。

 肉料理だ、けれどもトマトスープに入っているようなもので肉のしつこさはなく、トロミとあっさりした感じがする。それを食べながら暖炉まで戻り、席についてその一切れをカティアに「食べるか?」と近づけた。

 カティアは少し躊躇したが、なぜかそのまま食べる。指が少しばかり彼女の口内に入り、指先に柔らかい舌の感触。呆気にとられていると食べ物を飲み込んだ彼女が「お、美味しかったわよ」と言ってきた。


「そういや、誰が俺を……」

「ヒュウガって人が、貴方を担いでくれたの。それでミラノが部屋にまで連れて来させて、アリアが手当てしてた」

「――そっか」

「それで、何回か――貴方と戦った相手の人が来てたわ。ミラノが追い返してたけど、謝りたいって」

「謝るって、何を」

「さあ、其処までは」


 食事を済ませ、空のコップに「水」と言って魔法で水を注ぐとそれを飲む。魔法の消費と循環とかどうなってるのだろうと考えてしまう、思考にはまり込んでしまう自分に気がついて止めた。

 アルバートが、なぜか気を失っている俺のところに来たという。その理由は良く分からないけれども、俺が目的だという事は明らかだ。


「ミラノとかは、なんて言ってた?」

「怒ってた、物凄く。アリアは心配してたみたいだけど」

「――追放されるかな?」

「その時は一緒だから、大丈夫よ」


 カティアは、小悪魔的だがその本質は良い子なのだろう。なら責任を持たなければ、主人ではなくなってしまう。彼女の真っ直ぐな目線に恥ずかしさを感じて頬をかきながら皿を戻しに行こうとすると、その扉が荒々しく開かれた。

 アルバートだ、背後にはグリムも居る。癖で銃を突撃銃――八九式小銃にして構えてしまった。完全に”突入への対処”の行動である。

 安全装置から三に移動させ、魔法での射撃に構える。ハイレディ、上向き携行要領。肩が痛む、皹が入ったかもしれない腕も痛む。けれども今は俺一人じゃない、カティアが居る、そしてミラノの部屋でもある。

 侵される訳には行かない、少なくとも何をしに来たのかわからない以上は、この場所は。カティアが俺の前に出ようとしたのを腕で制し、窓の指差して「出れるようにしといてくれ」と言う。


「ま、待て! 違う、敵対しに来たわけではない!」

「その言を信じる理由も、根拠も、関係も俺たちには無い。違うか?」

「違わ、無いが――! ぐ、グリム!?」

「――……、」


 慌てるアルバートに対し、グリムは無表情な表情でアルバートの前に出て深く頭を下げた。その行動にも構えた銃はおろさず、相手の行動にだけ注視していた。


「――アルとあなたの戦いに、横槍を入れた。御免なさい」

「あぁ、あの攻撃はお前のか」

「そ、その、だな。こいつは、オレの従者でな、ミナセの話を聞いてやってきて、我がやられているのを見て攻撃してしまった、ということらしい」

「なるほど」


 銃を下げ、そしてコンパクトに変形させて戻した。そして窓を開けてその高さを見ていたカティアを招き寄せるも、一応逃せられる位置に立っておく。


「……邪魔が入らなければ、負けていたのは我だ。横槍を入れさせた事も、それで貴様が負けたというのも詫びねばならぬと」

「詫び、ねえ……」

「あの場において人数差はあったとは言え、我と貴様との戦いだった。それを外部から、しかも我が従者が外部から手出しをした。それは到底許容できる事ではない」

「――意外ね、むしろ外部からの攻撃とは言え勝ったのは自分と言うのかと思ってた」

「我は卑怯者ではない! たっ、確かに始まりは酷かったかもしれないが、それでも外部からの手出しを許容した記憶は無い!」


 そう言って、叫んでおきながら咽るアルバートに別のコップへと水を魔法で満たして差し出した。それを受け取り、飲み干してからアルバートはいっそう落ち着いたようだ。


「魔法が使えるのだな」

「ミラノのおかげでな」

「それに、強かった。以前何かしていたのか」

「さあ、覚えてないよ。覚えてないくらい、遠い昔のことなんだよ――」


 そう、毎日が忙しくて一日一日が濃い内容であっという間に過ぎ去っていた昔は、内容が全く無いままに過ぎ去っていく最近よりも遠くの記憶に思えた。対峙するまでは完全に考えもしなかった、戦い方と言うものを最近のように語れはしない。

 それ以上は多く語れず、だんまりを決め込んでいると今度はアルバートが頭を下げた。


「――頼みがある!」

「嫌だ!」

「ふおっ!? は、話くらい聞いてくれても良いだろう!!」

「アル、殴って良い?」

「貴様も落ち着けと言っておろうが!

 まず、名を聞かせてくれ」


 グリムは従者の鑑と言える位、妄信的な主人優先的思想の持ち主なのかもしれない。カティアはどうかなとチラと見たが、彼女は彼女なりに警戒を解かない様子で「ふかーっ!」と唸っていた。猫か。


「……ヤクモ」

「そうか、ヤクモか。ではヤクモ、改めて頼みがある。

 今度から、我と戦ってくれないか」

「そして横からまた撃たれろって言うのか?」

「いや、”処罰”ではなく”手合わせ”としてだ。今度からは、邪魔はさせない」

「――アルがそう言うのなら、そうする。そうしろって、言われたから、邪魔しない」


 アルバートの言いつけがなければ主人のピンチに横槍を居れ汚名を被ってでも助けるということだろう、そのあり方は評価されないだろうが褒められた行動かもしれない。だからと言って、カティアに同じことをさせたがるかと言えば、そうでもないが。

 敵意が薄れていくと同時に、口調と態度を改めなければならないなと少しばかり居住まいを正す。


「……一つ、聞いても良いですかね」

「何だ?」

「自分は、何で初対面から攻撃されたのでしょうかね」

「あぁ、そんな――あ、へぇあ!? いや、それは今でなくとも答えるが、今は断る!」

「なら、あんまり協力できないかもしれ――なんでしょうかね、グリム様」


 チョイチョイとグリムに袖を引っ張られ、ナイショ話をしたがるような体勢になっていた。何を言うのだろうと耳を寄せると――


「――アル、ミラノが好きだから」

「おい、グリム! ききき、貴様! あああ、ある事無い事、いいい、言ってるのではないぞ!」


 あ、滅茶苦茶動揺してますやん。ってことは何か、単純にアルバートがミラノの事を好いていて、突如現れた見知らぬ男に動揺と嫉妬を隠せずに絡んできたと。そりゃ絡むし、やり方も色々あるとは思うが陰湿っぽかったのも納得がいくわ。


「いつから?」

「――この学校に来て、一目ぼれ」

「はは~……。アルバート様、俺が悪かったです」

「そんな同情要らぬわぁ! それと畏まった口調も気に入らぬから砕けて話せ!」


 許可が下りたので内心よっしゃと思いながら、口調を砕けることにした。そしてグリムを見ると無表情で俺を見てキョトリと首を傾げた。そしてポムと手を叩くと「――私も、普通で良い」って言った。たぶんアルバートが砕けて良いと言ったから、従者の自分も許可するのが妥当とでも思ったのかもしれない。


「――ん、宜しく」

「よろしく頼む」

「やっ、ヤクモ! 貴様も、これから我と手合わせするのだぞ、良いな!」


 そして俺がグリムと挨拶している間にアルバートは去って行った、どうやらミラノに片思いしているということを知られたのが恥ずかしいのか赤くなっていた。たぶん、この部屋に来るのも勇気が要ったことだろう。

 しかし直ぐに「先ほど聞いた事、ぜっったいに洩らすなよ!」と念を押して今度こそ去っていった、言われずともとりあえずは言うつもりは無かった。そしてグリムもアルバートを追って去っていく、今度こそ部屋は静かになった。


「――俺、許されたのかな?」

「許されたというよりも、気に入られたんじゃないかしら」

「そこらへんもミラノに聞いておいたほうが良いかな……」


 アルバートが去っていき、腕時計を見ると既に今日の授業は全て終わっているような時間帯だった。アルバートはもしかしたら謝罪をするために、何度も何度も足繁く部屋にまで来てくれたのかもしれない。

 そう考えると、ミラノと言う存在が関係していなければ其処まで悪い奴じゃないのかもしれない。ビビリだし、悪いことは出来なさそうだ。


「カティア、俺は――俺たちは進めてるかな?」

「少しずつ、確実に。けど、ボッチ癖が酷いから、それは治して欲しいかしら」

「善処するよ」


 ミラノが帰ってくるまでの間、俺はカティアに世話をして貰いながらカティアの小言をぶつくさと聞かされていた。使い魔にしてるのに呼んでくれなかった事、拘束の少ない現状への不安、何でも一人で考え込む事への寂しさとか、色々。

 苦笑しながら、それで彼女の気が済むのならと黙って当り散らされながら世話をされる、これも一種の幸せなことなんじゃないかなとか思った。

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