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元自衛官、異世界に赴任する  作者: 旗本蔵屋敷
5章 元自衛官、異国へ赴任する
82/182

82話

 ~ ☆ ~


 関が通行可能になったという事で、それまでの遅れを取り返すために馬車に乗り込むことにした。

 支払いに関しては高いと思ったが、その分速度は確保できるので二台に四人で乗り込む。

 一応馬車の護衛として雇われた傭兵のような奴らも同乗しており、それとは別で支払いをした人も積荷のように乗り込んでくる。

 必然的に人のすし詰め状態となり、マリーは不満そうにしていた。


「私、人が多い所って嫌い」

「そう言うなよ……。俺もなんだか服装のせいか滅茶苦茶見られるし、落ち着いてられないってのに」


 学園に居た頃はお互い様と言うか、俺からして見れば「機能性の無い服を見せびらかす為だけに着てら」と言う所があった。

 しかし、学園から出てみればそんなものは無くなる。

 俺だけが周囲と全く馴染む事の無い格好をしており、大タケルやフアルのように他国の人と言い切るには毛色が違いすぎる為に好奇の視線にさらされた。

 そもそも移動中暇だからと多くの場面においてヘッドセットを首につけてるのがいけなかった。

 馬車でガタゴトと揺られて退屈な間は良いが、余計に「何あれ?」と見られてしまう。


「だったら馴染む格好でもしたら?」

「マリーだって目立ってるんだからその三角帽子外せば良いのに」

「これはね、都合が悪くなったら表情を隠す為に使うの」

「寝てませんって主張の為の小道具!?」


 対面くらいの場所に大タケルとフアルもおり、二人とも雑談もそこそこにさっさと眠ることを選んだようだ。

 そこそこ窮屈な馬車は、屋根の上でも良いからと乗る人が居る。

 これでも大丈夫なのだろうかと考えてしまうが、馬は何ら問題無さそうに牽引して行った。


「のどかだねえ……。揺れと土埃が酷いけど、船の時と同じで何もやる事が無いってのは有り難い」

「そう? 確かに徒歩移動よりも多少早いかもしれないけど、私は嫌な予感しかしないわ」

「止めて? 待って? 船の時みたいに、また何か有るかも知れないって?」

「──人が言葉にしないでいたのに、何であんな悲惨なのを思い出すの」

「大丈夫だって。今度は……陸だし、海じゃないし」

「それでこの前脱走兵と賊と遭遇したじゃない」


 マリーのその言葉に沈黙が重く圧し掛かる。

 そういえば、関方面で何かあったとは言ってたけど、その問題って取り除かれたのか?

 取り除かれていない場合、これから俺たちは突っ込むことになるんだけど、宜しくない事だ。


「──……、」

「……──、」


 二人して沈黙してしまい、気まずくなった。

 身近な出来事として思い浮かんだのがこの前処分しなきゃいけなくなった人間たちだ。

 しょっ引いていくのも放置することも出来ない、法の外に居る奴ら。

 元々は普通の人だったのかもしれないが、何かしらの負荷によって身を窶す破目になった。

 

「──案外、人類の危機って奴も始まってるのかもな」

「……そう、思う?」

「まあ、俺が……世間知らずで、この前の出来事だけで『ヤベェ』って思ってるだけかもしれないけどさ」


 一度の遭遇や出来事だけで「治安が悪化してる」だとか「実はツアル皇国が既に危機的状況で、逃げ出した兵が沢山居る」だなんて考えるのは早計だとは思う。

 それでも脱走兵が居ることと、賊になった理由とその経緯は考えた方が良いかもしれない。

 欠伸を大きく漏らしながら、ウォークマンを弄った。

 高機動車の後部座席やトラックでの移動中はウォークマンを聞く事が多かったな、そういえば。

 あの時はインナーイヤーだったけど、今はヘッドセットで随分勝手が違う。

 再生ボタンを押してから何を聞こうかなと操作していると、マリーが画面を覗き込む。


「やっぱり読めない……」

「残念でした。これは俺の物だからね、変に弄くられたらたまんないっての」

「何か面白いの無いの?」

「そうだなぁ……」


 パチポチと曲を再生してみるが、日本語の曲だったとしても通じないのだ。

 英語やスペイン語等も通じないだろう、だからこそ歌じゃない物を好むのだろうが。


「歌、は分からないもんな」

「アンタが翻訳してくれるなら分かるけど」

「ここで? それなんて羞恥プレイ? 俺を悶死させるつもり?」

「別に歌えって言ってないでしょ。ほら、その曲」

「仕方ないな」


 そして、よりにもよって一人で聞くには良いけど、訳して聞かせるのは若干躊躇われる物がきた。

 なに? 虐め? 変な曲じゃないから良いけどさ……。


「あ、これ……なんだったっけ。聞いた事のある楽器」

「ピアノ? なんだっけ、洋琴で通じるか?」

「あぁ、それそれ。で、なんて言ってるか訳して」

「あ~、ん~……。『繰り返す旋律メロディ、呼んでいる想いを乗せて。巡りあういつしか、同じ場所で──』」


 個人的には好きな曲だが、これを他人に聞かせるとなると個人的な思い入れや感情の暴露がされそうで嫌なだけだ。

 別にふぃぎゅ@的な曲が流れ出したり、悪霊退散ドーマンセーマンと言う曲がでて来た訳じゃない。

 歌詞を翻訳して分かる状態にして伝える、その上でリピート再生で聞かせ、最後に音楽に合わせて訳を乗せて聞かせる。

 ……やってる事が子供の面倒を見ている時みたいだなとか思ってしまう。


「ふぅん……。やってる事や言ってる事に見合わず良い曲聞いてるのね」

「俺、どんな風に見られてるんですかねえ……。まあ良いや、満足したか? それじゃあお休み」


 もう良いだろうとヘッドセットを耳にあてがい、目蓋を閉じて眠ろうとした。

 しかし、直ぐにマリーの居るほうの耳が密封状態から開放されてしまう。

 みればマリーが引っ張って俺が一人の世界に閉じこもろうとしたのを妨害していた。


「なに一人だけ楽しようとしてるのよ。私だけ魔導書見てろっての?」

「魔導書読めるだけ俺とは違う意味で良いと思うんですけど、どうなんですかね……」

「こんなギュウギュウ詰めで出来る訳無いでしょ」


 それもそうだと思っていたら、違う曲になっているのに気付かれてしまう。

 そして直ぐに始まる「これはなんて言ってるの?」という質問攻め。

 結局そのまま俺たちは関を通過し、一日目は無事に過ごせた。

 だが、その時点で気を抜いていた俺達が馬鹿だったのだろう。

 翌日の昼ごろになって、俺たちは襲撃を受ける事となる。


「フアル、馬車飛ばしてくれ! マリー、援護! タケルは弓を弾けるなら弾いてくれぇ!!!」


 フランツ帝国領に入り、昼ぐらいに休憩を取る事になった。

 乗客もずっと満足に身動きが取れず、その上なにかしらの拠点にたどり着くまで乗せられた豚のままと言うのもつらい話だ。

 昼飯休憩するじゃん? そこに馬に乗って突っ込んでくる奴ら見えるじゃん?

 気がつけば傭兵ども逃げ出してるじゃん? 御者は弓矢でご臨終じゃん?


「マリー! もうお前とは『嫌な予感がする』って話はしないからな!」

「アンタだって『船が襲われた時みたいだ~』とか、間抜けな顔して──わぁ、私の帽子!?」

「二人とも、喋ってないで追っ手をどうにかしてくれるかな? 俺にはどうにも出来ないからさ!」


 助かる道といったら、持ち主の無くなった馬車に乗って、兎にも角にも逃げる方法しかなかった。

 射撃訓練は沢山してきたが、残念ながら揺れる馬車に乗って馬に乗りながら追ってくる相手を撃つという事はしたことが無い。

 しかも最悪な事に、だ。銃声なんて聞いた事の無い人や馬がパニック起している。

 フアルに任せているが、もはや制御しているのか暴走しているのか分からないのだとか。

 

「ヤクモ、ばら撒く奴!」

「準備してねぇわ!」


 六十四小銃と八十九小銃は幾つか弾倉に弾込めしてストレージに突っ込んである。

 しかし、MINIMIに関してはリング繋ぎにしてボックスマガジンに詰め込むという作業が苦痛でやっていなかった。

 リングと弾を繋げ合わせる作業自体は単純だが、それを百発、二百発分となると気が遠くなる。

 それをリロード分含めて幾つ用意しろと? 五個分準備すれば千発?

 一人でやるとしたら気が遠くなるし、そんな暇無かったわ!


「マリー、爆発で吹き飛ばしてくれよ!」

「冗談! 馬車が巻き添えになるでしょ!」


 マリーと俺は馬車の後方に陣取って、小銃と魔法で逐次攻撃を加えるが中々に敵は退散しない。

 まるで仇敵が乗っているか、この馬車に何かしらの目的があってそれを果たさない限り戻ったら処罰や死刑が命ぜられてるかの勢いだ。


「マリー、落ち着いて狙って。ヤクモは弓を手にしてる連中を先に狙って。相手が君の持っている武器とマリーの魔法で若干戸惑ってくれてるから良いけど、一斉射をされたら流石に俺でも切り払えないから、早く!」

「タケルは──何か無いのか!?」

「遠距離はダメなんだよ。それに、足場が不安定すぎる」


 大タケルは屋根の上で追っ手への対処と矢への対処、両方を担ってくれている。

 もし大タケルが居なければハリネズミと化して、被害がでていただろう。

 今の所マリーの帽子が貫かれて馬車の中で転がってるくらいだ。

 息を吸ってから呼吸を止めて引き金を引く、息を思い切り吐いてから肺を空にしてから引き金を引く。

 どっちの方が安定したかなと考えながら、目の前の敵を排除することに集中する。

 

「あぁ、クソ。馬刺しに出来りゃなあ……」


 足を奪う事を優先し、馬に弾があたる度に乗り手が放り出されながら追っ手が減っていく。

 倒れた馬や投げ出された人によって巻き添えで一人、二人と減っていく。

 そしてマリーが火炎で恐怖を煽りながら敵を焼き、雷撃だの地面を隆起させて激突させたり、雷撃で素早く相手を感電させたりと色々してくれる。

 何度も何度も矢が飛んで来た所で危うい場面があったが、そういう時は届く限り大タケルが全てを切り払ってくれた。

 数十と居た馬に乗った訳の分からん襲撃者達が数を減らした所で、余裕が若干生じた。

 そうなると目の前の出来事に思考リソースを割かなくてよくなるから、どうしても「なぜ奴らはあんな必死なんだ?」とか考え出してしまう。


「あのピカッ! てする、光と音の奴!」

「クソ、仕方ないな――」


 閃光手榴弾の事を言ってるのだろうと、ストレージから出す。

 ……逃走速度と追っ手の速度、地面に転がすのと投擲とで差異はあるかどうか――。


「考えんな!」


 マリーに後頭部を叩かれ、俺は慌てて閃光手榴弾を使おうとする。

 しかし、タイミング悪く馬車が大きく揺れた。

 揺れで閃光手榴弾が手から毀れ、咄嗟に掴もうと手を伸ばしてしまう。

 追い討ちのようにもう一度大きく揺れ、俺は馬車から大きく投げ出されてしまった。


「嘘だろ――」

「ヤ――」


 ぐるんと空中で逆さになった状態で、走る馬車と乗っているマリーが見えた。

 マリーが手を伸ばして何か言っていたが、即座に遠ざかり声が聞こえなくなる。

 地面をゴロゴロと転がり、止まる。

 顔を上げると手を伸ばしてまで掴もうとした閃光手榴弾が傍に転がっているが、起き上がるまでには当然のように追いつかれている。


「馬車に七、こっちは三で良い。行け!」


 追いつかれた物の、その声で七……割か?

 とにかく、半数以上はそのまま馬を駆けさせて馬車を追って行った。

 舗装されているようで殆ど砂利道のような物だ。

 小石だの石だのと散在する道を転がったせいでダメージが小さくない。

 多分鋭利な石は刺さってるかも知れない、全身が痛んだが――こういうときに限ってステータスの恩恵得てて良かったと言えるのも変な話だ。


「よし、そいつを立たせろ」

「あ~……穏便に、何とかやれませんかね?」


 数名が馬から下りて、俺を拘束しながら引き起こす。

 俺がそんな提案をすると、左の頬を思い切り殴られた。

 当たり前だけれども痛いし、だからと言ってここでキレた所で相手の方が多すぎて博打になるのでダメだ。


「クソ、なにが楽な仕事だ……。手前等にどれだけ仲間がやられた? それを穏便だ? ふざけてんのか!」

「いや、ほら。それは馬車に居る魔法使いの方であって、俺は放り出されただけのただの人だから」

「そんな見間違うことの無い服装で、こっちを攻撃しながら良く言えたな」


 あ~、やっぱこの服装は目立つのか……。

 銃は馬車の中に手放してきたから大丈夫かなとか思ったけど、服でバレるのね。

 屋根の上に居た大タケルや魔法を使ってる相手の方が目立つと思ったけど、俺も一応認識されてたのか。


「馬鹿な奴だ。何もしなけりゃ生き延びたかも知れないってのに」

「同乗者に凄いのが居たんだ、抵抗して逃げ切れれば――生き延びるだろ?」

「――お前ら、少しこいつの口を閉ざせ」


 軽口ついでに時間稼ぎでも出来れば良いなと思ったが、どうやらやりすぎたようである。

 後ろ手を縄で縛られ、襟首を掴まれた状態で入れ替わり立ち代りに痛めつけられる。

 口の中に血の味が広がり、目蓋でも腫れてきたのか視界が狭まって見えた。

 顔はヤバイだろと地面に無理矢理蹲ると、その脇腹や背中を蹴られたり踏まれた。

 そうやって痛めつけられて惨めになっていると「起せ」とまた声がかかる。

 痛みで、呼吸が……。


「お前にはついて来て貰おうか。あの馬車の中に、良いご身分の奴が居るらしいからな」

「えほっ――」

「まあ、矢を切り払ってた奴と魔法を撃ってた奴がそうだろ。あと二人捕らえればお仕舞いなんだからな」


 それって、俺たちじゃね……?

 大タケルとマリーが含まれてるなら、その繋がりでパッとでてくるのはフアルと……俺か。

 まあ、俺は排除されてて、実はお忍び旅行をしてる人が居てもおかしくないし、そこらへんは誤差だろうが。

 けど、それって……フランツ帝国で英雄達が来る事と、馬車に乗った事が漏れてるって事か?

 それはちと被害妄想が過ぎるか、ならなんだ……?

 

「おい、餓鬼」

「――……、」

「お前の持ってたこれ、なんだ?」


 閃光手榴弾をまるで玩具のように取り扱っている相手に、俺は少しばかり考え込んでしまう。

 そして直ぐに考えを纏めると、教えてやることにした。


「それは……」

「これは?」

「使うと、範囲で、相手を――気絶させる道具」


 半分嘘、半分本当の情報。

 実際にこれで気絶する奴も居るが、実際には大きな音と一瞬の閃光で耳と視界を塞ぐ物でしかない。

 そして当然のように言ってないけれども、投げるものである。

 どっかのゲームみたいに投擲準備完了した状態で保持して、手も手で大爆発と言う愚を犯す奴は居ない。


 当然、知っていればだが。

 使い方を根掘り葉掘り聞き出され、相手はそれで理解したつもりになる。

 対する俺は既にボコボコ、ここで嘘をつけば同じことを繰り返されると言う『信用』が有った。

 嘘をついていると思われれば再び暴力の嵐だ、それを理解していると言う前提での話だから信じてもらえる。

 当然軽口なんて叩いてられないが、後手なら後手の先を取るしか有利性を確保する方法は無い。

 

 ……しかし、馬鹿な奴らだ。

 仕事だとか何とか言ってたけど、あの場にマリーと言う英雄が同乗してるんだぞ?

 相手の事も知らされずに、ただ魔法が使える良いご身分の相手としか思ってないんじゃ生き延びる事は出来ないだろ。

 少なくとも大タケルも居るわけだし、遅れを取る訳が無い。


 ――そう思っていた時期が、俺にも有りました。

 縛り上げられた俺が半ば引きずられるように連行された先に、更に数を減らした仲間が折り返してきていた。

 もう全員足しても三十は居ないんじゃないだろうか?

 道すがら、マリーの魔法等で脱落した馬だの乗り手だのが沢山転がっているのを見かけた。

 その度に苛立たしそうにする奴ら、そしてその怒りをどうすべきか考えるように俺を見る。

 もう大分痛めつけただろ、勘弁しろよ……。

 しかし、俺を捕らえた事で更に人を散らすかなと思ったけれども、中々に冷静だった。

 これじゃあ一人じゃ対処できないなと、最悪自爆じみた魔法の炸裂でもさせるべきだろうかとこれから先の事を考えていると、どうやらそれすら難しくなったらしい。


 ……なんでだよ。マリーと大タケルが歩きながらこっちに連行されてきていた。


「おい、馬車はどうした!」

「いや、それが。馬車には逃げられちまいまして。この三人しか捕らえられませんで」

「そうか」


 リーダー格の奴が馬から下りて歩み寄る。

 それを見て追撃組の統制をしていたであろう奴も降りるが――。

 ソイツをあっさりと、慣れた手つきで抜いたナイフで刺してしまう。

 それを見ている俺にももはや理解が出来ない。

 挿された時にナイフを捻られたのだろう、悶え苦しみながら地面に倒れ、徐々にその命を血液ごと失っていった。

 ……流石に負傷をどうにか出来ても、血管内に酸素――気泡が紛れたらどうしようもない。


「他に、今回の仕事を軽く見てる奴は居るか!」


 目の前で、仲間によって一人殺された。

 それに異議を唱える奴は居らず、緊張した表情で状況を見ているか、目線を彷徨わせて周囲にあわせているくらいだ。

 異議や異論が無いのを確認すると、そいつはマリー達へと近寄った。


「さて、お前らには大分痛い目を見せられた。連中を逃すために残ったのか、それともあいつを助けに来たのかは知らないが……」

「――……、」


 こういうとき、マリーは真っ先に噛み付いてくれると思った。

 しかし、そうならなくて俺は少しばかり戸惑ってしまう。

 ……おかしいな、こういう時に噛み付いて場を乱してくれないと困るんだけどな。

 

 一つ、マリー達が噛み付いてこの敵がキレて閃光手榴弾を使って自滅。

 二つ、閃光手榴弾を使わなかった場合は俺がコッソリ抜いて転がす。

 三つ……マリー達を売って、暴発させて場を乱す。


 三つ目は完全に『結果良ければ』の類であり、以降の関係に亀裂が入りかねない。

 それに、俺がその場でマリーか大タケルに殺されないとも言えない訳で……。

 さて、どうする? 流石に殺されるくらいに関係悪化するのだったらこの場すら凌げないんだが。


 ただ、俺が追っての迎撃をしているのは見つかっている。

 そしてこの二人も見られているから、少なくとも抵抗した連中だということはバレている訳だ。

 少しでも有利にするには、周囲の連中が少しでも混乱してくれるか、意識がどこかにいってくれれば良いんだけど――。

 流石にマリーは現在魔導書を出していないから、爆破で敵味方全員巻き込んで吹き飛ばせ! と言うのは難しいだろう。


 気付かれない程度に回復をしておこう、流石に腫れとかが引いてしまったら怪しまれるからそこまで出来ないか。


 大タケルは武器を――刀を奪われている、この状況で戦力としてどれほど期待できるかは分からない。

 フアルが居ればな、幾らか素でも暴れてもらえるだけ助かるんだろうが……。

 ――仕方が無いと、考えながら口を開いた。


「ほ、ほら。もう俺は用済みだろ? 解放してくれても良いんじゃないかな~、なんて」

「確かに、お前にはもう用は無いな」


 あ、ダメっぽい流れ。

 血の乾かないナイフを手にしたまま、こちらを向く。

 仕方が無いと、俺は二人の居場所をちゃんと確認してから後ろ手の中に煙幕手榴弾を出し、ピンを抜いてわざと落とした。


「あぁ、やっべぇ!?」


 そして”やらかした”と言った様子でその煙幕手榴弾を渦中に蹴りこみ、即座に伏せた。

 相手の反応は鈍い、けれども先ほど俺をボコって使い道を聞いていた連中は『似ているナニカ』に反応して同じように伏せだした。


「え、なに!?」


 マリーが理解できないと戸惑い、大タケルはマリーを庇えるように重心を落として構えた。

 直後、煙を噴出す閃光手榴弾。

 当然平野で使ったところで煙幕効果はそこまで望めない。

 だから伏せた状態から煙が吹き出したのを確認してから、大声を挙げて立ち上がり駆け出す。


「逃げろぉぉおおおおっ!?」


 マリー達の居る方へ走り、あわや体当たりで突き飛ばすんじゃないかと言う勢いで突っ込んだ。

 ……大タケルがそこは上手いこと対処してくれて、マリーを引っ張って回避してくれる。

 おかげで二人の傍に居た敵に体当たりをしながら、真っ直ぐにその場から逃げることが出来た。

 場を確認すると、無風のおかげで煙が狭いながらも充満してくれている。

 それでも少しでも風が吹けばすぐさま薄れてしまう。

 この拘束をどうにかしないといけないなと考えながら、自分にダメージが通らないようにしながら腕を炎に包ませれば良いのでは無いかと判断する。

 一定距離を移動した俺は、しゃがみながら腕を火に包むが――。

 なるほど、魔法自体でダメージが来なくても燃える縄の熱さは別問題だな!?


「あちちちち!?」


 それでも火で焼けてるわけじゃなく、焼けている縄の熱さで腕が焼けているだけだと言い聞かせて、痛みから逃れる為の逃避本能を馬鹿力に加えて縄を千切る。

 徐々に緩み、縄が千切れた。

 腕を見ると皮膚が見たくも無い惨状になっていて、怒られるなと思いながら大タケルがマリーを引き連れてこちらに来るのを待ちながら装備を整える。


「こっち!」


 二人が煙幕から出た所で声をかけ、二人を避難させる。

 フレンドリーファイアーが一番怖いのだが、それさえ無くなれば何も怖くない。

 あんまり宜しくないが……MINIMIに八九用弾倉を差し込んだ。

 理由は知らん、ただ故障の原因になるとしか聞いてない。

 しかし、こんな切羽詰った状況で「銃が故障すると怒られるので」とか「これから二百発リンク作るので」なんて悠長なことをしていられるか。


「掃射ぁ!」


 一つの弾倉につき最大三十発の弾が撃てる。

 煙幕の中に、とにかくありったけの弾を叩き込むと言う贅沢な射撃をする。

 必要なのは敵対勢力の排除であり、弾を惜しむ事じゃない。

 六発指きり射でも五回もやったら弾倉は空になる。

 即座に弾倉交換をして次の弾倉を空になるまでMINIMIを撃った。

 六十じゃまだ足りない、九十じゃ撃ち零しが怖い、百二十くらいで丁度良い。


 弾が飛んでいって煙に吸い込まれるたびに、その一瞬だけ煙幕に穴が開いたように見えた。

 それがなんだか妙に脳に光景の一つとして焼き付いて、馬や何名かが逃げ去っていくのを見た。

 馬鹿が、馬鹿が。馬鹿が!

 あんな密集してたら、機関銃にとって餌食だってWWⅠで散々屍積み重ねて学んでるんだよ、本来ならなぁ!


 銃口から白煙が立ち上がり、むせる位に火薬の良い匂いがする。

 銃の手入れがまた面倒臭いことになるなと思いながら、機関銃で切り裂かれていった煙幕の方へと近寄っていく。

 大タケルもマリーも何も言わない。いや、言えないのかもしれない。


 今刺さってる弾倉は空だったなと思いながら、弾込めが済んでいる最後の一つを差し込んだ。

 念のために装填も済ませ、MINIMIをそのまま使う事にする。

 煙幕が薄れた地点で、俺は魔法を使って煙幕を散らす。

 すると――まあ、惨劇だわな。

 馬と人の死体が沢山転がっている。

 逃げた奴の方が稀だったのか、これだったら念の為に撃っておけば全員仕留められただろうなとか考えてしまう。


 『仕事』とか言っていた訳だし、逃げた奴が報告する可能性もある。

 その仕事の内容は何なのか聞きだせるだろうかと思っていたが、運よくリーダー格の奴が血を流しながらも生き延びていた。


「――不思議な道具と魔法。そうか、お前が……」

「さて、と。逃げる奴は逃げたし、喋ることが出来そうな奴はお前しか居なさそうだ」

「近寄ったら、お前の道具を使うぞ」


 そう言ってリーダー格の男は閃光手榴弾のピンに指をかけた。

 俺は苦笑し、そこから可笑しくて笑ってしまう。

 そしてひとしきり笑った後で、種明かしをする。


「それ、実は爆発をおこす道具じゃなくて音と光を出す奴なんだ。しかも、お前はピンを抜いた後――その状態じゃ死ぬな。自殺なら後でやってくれ」

「騙された、か」

「んじゃ、吐いて貰おうかな。仕事とは何で、目的は何か」

「言うわけが無えだろ」

「そうか。その強がりが長続きすると良いな」


 馬の死体を背に横たわっている相手に近づき、閃光手榴弾を蹴って弾き飛ばした。

 そして胸倉を掴んでから『覚悟』とやらを一応見る事にする。


「痛いのは得意か?」

「――……、」

「もし依頼人に対してあんまり敬意が無いなら直ぐに喋るといい。今なら回復魔法をかけて、あわなかった事に出来る。けど、そうだな――あからさまな嘘や抵抗をするなら……」

「するなら、何だってんだ?」

「まあ、今の状態なら死ぬまでの猶予はある。その猶予の中で、最も惨めで、最も無残で、最も苦痛に満ちたままに悶えたまま意識が残ったまま死んでいくってのはどうだ」

「そんな事出来る訳が――」


 銃口を膝に宛がい、単射で指切りをする。

 MINIMIには切り替えレバーなんて無く、引き金を引いている限り弾は出続ける。

 それでも慣れてくると出したい弾の数で指きりが出来る、一発でもだ。

 

 膝の皿を砕きながら貫通しただろう射撃で、相手は喧しいほどの叫び声をあげたがそれを横っ面を殴って黙らせた。


「これでお前はもう満足に歩けないな。いや~、ご立派。生き延びたら片足を引きずる結果になりながらも秘密を漏らさなかった忠臣と言われるな? まあ、都合のいいときだけ持ち上げられて、周囲は嘲るだろうが」

「あああぁぁぁああっ――」

「片方の肩も壊しとくか? 今壊した足と同じほうだとバランスが悪い、反対側の肩を使い物にならなく――寝るんじゃねぇよ!」


 痛みに気を失ったのか、それとも死に掛けてるのか分からない。

 とりあえず回復魔法を少しばかりかけて、叩き起こした。


「俺が満足する解答を得るか、お前の強情さが勝つかの勝負だ。悪いが途中で逃がしたりはしない。死に掛けたらその度に回復させてやるから、お前は悶えながら身の振り方を考えとけ。それじゃ、肩」


 宣告通りに打ち抜いた足とは逆の肩を撃つ。

 実際にこれで肩ごと腕が使い物にならないかは知らないが、脅しなんて相手が理解できないか理解できる所に着地させてしまえば同じだ。

 相手の肩に穴が開き、血が少しばかり噴出した。

 その風穴に焼けた銃身を突っ込ませる。

 当然悲鳴を上げるが、そんな事は気にしない。

 まあ、こんな事してれば多分止めてくれる奴が――。


「やりすぎ!」


 どうやらマリーが止める役をしてくれたようだ。

 馬車から落ちた時のように後頭部を叩かれたが、それでとりあえずは拷問を止める事にする。

 さて、二発ぶち込まれて傷口に焼けた銃口突っ込まれて、その上下手に治癒されたから死から遠ざかってしまった。

 十分に痛めつけたと思うし、後は相手の忠義と保身のどちらが勝つかだ。


「アンタ、こんなの――」

「あ~、はいはい。ったく、楽しかったのになあ」

「ッ!?」


 俺の言葉を逐一ストレートに受け取ってくれるマリーは若干可愛い。

 けれどもすれ違い様に肩を叩きながらコッソリと言う。


「――出来るだけ色々聞き出してくれ」


 その言葉だけで理解出来なかったのだろうか?

 仕方なく、目に見える脅威として俺は傍に控える。

 マリーが俺の加えた傷を見ながら溜息を吐く。

 俺がした事を受容か許容が出来ないのかも知れない。


「……それじゃあ。色々聞くけど聞かせてくれる?」


 まあ、俺のした事に意味はあったのかどうかは分からない。

 マリーも地味に「人くらいなら直ぐに焼けるけど」と言って詠唱無しで炎を手の平から出していた。

 やり口が変わっただけで、自分が調理されるだけであると理解したのだろう。

 最初は「言わない」と言っていた相手だったが、マリーの問いには答えてくれていた。



 ~ ☆ ~


 大タケルが逃げた馬を二頭ほど捕まえてくれていたので、それに乗って本来行くはずだった場所にまで向かう。

 幾ら何も無いからと言って治安が悪すぎやしないだろうか?

 首都まで数時間馬を走らせた位置での襲撃だなんて、国としてどうなの? と思ってしまうのは現代人の感覚だからだろうか。

 

 因みにリーダー格の男は、マリーに対して大分”友好的”だったので治癒して連れて行くことに。

 あの場での出来事はサックリと魔法で土に埋めたので弔い含めて無かった事に。

 首都まで連行したあとは衛兵に突き出して、馬は野生に帰してやった。

 野性に帰るかな? 帰ると良いな。


「あぁ、やっちん! 皆も!」


 そしてフアルとも合流である。

 フアルは馬車を率いて先に首都まで行って貰い、乗客の安全を確保したようだ。

 しかし、じゃあ引き返して加勢するかどうかで迷ってしまい、結局信じて待つという事を選択した。


「うわ~、ボロボロだにゃ~……」

「捕まった時にボコボコにされてな。それより、問題は?」

「こっちは問題無しにゃ~」

「そっか」


 参った参ったと、入門手続きをしていると今までよりも時間がかからずに通る事が出来た。

 夕方前だし、俺はボロボロだしでこのまま向かうのは宜しくないと一夜過ごしてから向かうことにする。

 その辺はカティア経由で伝えてあるので大丈夫で、俺は気兼ねなく身体を清めてから治療や衣類の交換をした。

 火傷の痕は暫く残りそうだ、痛みこそひいてはいるが皮膚ばかりはどうにもならなかった。

 そして俺は一仕事した感じもして疲労感と空腹感から良い気分で食事をするが――、マリーはそうではなかった。


「今日のアレ、なんなの?」

「アレ?」

「あんな非道な事をして……」


 マリーは、どうやら今日のあの”尋問”が気に入らなかったようだ。

 それを俺は「なぜか」と問う。


「あんな……あれは――」

「けど、情報は得られた。とは言っても、大した物でもなかったけど」


 あの後得られた情報は、そう良質な物でもなかった。

 連中は元々兵士をしていた事がある連中で、それを何らかの理由で除隊なり脱走なりして出来上がった集団だったそうだ。

 で、傭兵集団みたいな物だったらしいが――依頼、のような物をされたらしい。

 依頼内容は俺達四人が馬車で来る事や、その大まかな時期などを聞かされていた。

 その上で馬車を襲撃し、俺を人質として他の三名を拘束しろと言う内容だった。


 ただ、名前こそ聞かされては居たみたいだが、その外見や多くの特徴までは知らされていなかったようだ。

 マリーが英雄の一人だと知らなかったみたいだが……。

 依頼主の事は分からない、知らないの一点張りだった。

 自分が直接応対したにも拘らず、その相手の声が男性なのか女性なのかも今では思い出せないとか。


「それでも、自分らを狙った襲撃だって分かったんだ。それ自体は決して小さくない収穫だったと思うけどな」

「だとしても、あそこまでしなくたって――」

「――マリー」


 俺はなおも食い下がるマリーに、ちょっと待って欲しいと名を呼んだ。

 それだけで彼女は少しばかり震えた気がしたが、それは今は重要ではなかった。


「あの場で一番怖いのはなんだと思う?」

「――……、」

「知らない事、分からない事。つまりは情報の欠落だ」

「けど、前回はそんなの――」

「あの時は目的が俺たちじゃないのが事前に分かってた。けど、今回は目的が何なのか分かってなかったし、相手が『仕事』って漏らした。その時点で聞き出さなきゃいけないと決まった」


 マリーは納得してくれない。

 なにがいけないのかと思ったが、やはり引っかかるのはアレか――。


「俺のやった事が気に入らないなら、そう言えば良いだろ」

「ッ――。ええ、そうね。あんな酷い事を……」

「酷い? 何で? この前は俺が全員処分した時は文句言わなかったのに、今回は酷い?」

「もうちょっとやり方って物があるでしょ!」


 マリーが怒って拳を机に叩きつけた。

 周囲の喧騒が一瞬密かになるが、それもネタの変わった喧騒へと変わるか何も変わる事無く騒がしくなるだけだ。

 大タケルとフアルはこの件に関して何も言わない。

 と言うか、大タケルが今更ながらに説明している所で、フアルはそれを聞くのに忙しいみたいだが。


「殴る、蹴るとかの方が良かったか?」

「まだその方が良かったかもね」

「あのさ、マリー。自分が何者か分かってる? 古来の英雄サマだろ? 優先順位は? 色々な危険なものを排除する為にすべき事は? 相手が人間であっても”敵”ならやる事は変わらないだろ」

「――……、」

「今回のお呼ばれも主目的はマリー、俺はオマケ。マリーとか英雄サマが拷問とかしただなんてバレたら厄介だけど、俺だったらな~んも問題無し」


 軽めに。そう、いっそ溜飲を卸してくれるのであればなんでも良かった。

 俺は一時的で、ただの一地方でのピエロ。

 大きな偉業を成し、人類を救い、そして今もなお人類の為に再び呼び出された彼女達とは違うのだ。

 そう、言ったはずなのだが――。


 俺は、気がつけば彼女によって胸倉を掴まれている。

 反射的に対処法を行使しそうになったが、その手で酒を手にすると顔をそらして一息で思い切り飲んだ。


「アンタだって、英雄でしょうが――!」

「俺は違う」

「人を救った。口だけの主人を何の見返りも無しに助けて、その途中で自分に助けられる限りの人を助けた。そしてただの顔見知りと言うだけで、私の事も助けてくれた――」

「それでも、俺は英雄じゃない」


 何度か、俺は違うと言い聞かせた。

 俺は何ら実績も重みも認知もされていない、あの悲劇を誤魔化す為だけの名だけの英雄に過ぎない。

 それに対して彼女たちはどうだ? ホンモノの英雄とやらである。

 それと? 俺が? 同じ?

 バカ言っちゃいけない……。

 空の上にいるあんたらと、地べたを這う俺を一緒にしちゃいけないんだ。


「――理解しろ、納得しろ、受け入れろとは言わない。全部俺達の……あるいは、マリーに降りかかるかも知れない危険の可能性を排除する為だ。俺は最悪途中で居なくなっても大丈夫だけど、マリーに何かあればどちらも黙ってないだろ?」

「どちらも、って……」

「フランツ帝国と、ヴィスコンティの二ヶ国だ。その危険性を一番抱えてるって、少しは認識しろよ」


 説得と言う立派な物じゃない。

 ただの現状認識と、彼女の甘い認識をぶち壊しにかかった。

 ……或いは、ただの八つ当たりだったのかもしれない。

 正しいと思える事の為に必要な事をする、それを非難されて気持ちの良い人物は居ないだろう。

 ――そう、手段こそ非難されても仕方が無い。

 けれども、”何のために”という想いだけは……踏み躙られたくない。

 同じように……俺は、誰かにそこまで踏み込んでないんだから。


 マリーの胸倉を掴む手の力が緩み、そのまま呆気に取られた形で座り込む。

 それを見ながら俺は酒を飲み干してお代わりを頼んだ。

 マリーは、酒を頼まなかった。


「フランツ帝国からは同行者である俺が何かしたんじゃないかとか言い掛かりをつけることが出来る、当然ヴィスコンティ……あるいはマリーの主人と俺の所属する公爵家はそれを否と言うだろう。意見が対立するわけだ」

「そんなの、ある訳が――」

「無い。と、言い切れないから予防しておかないといけないんだよ。何せ、フランツ帝国の連中にとっては俺は名前でしか知られてない人物なんだからさ」


 マリーは大人しくなったが、叫ぶようにして酒を一気に二杯分も頼む。

 俺もお代わりを飲みながら、暫くは荒れているのか自棄っパチなマリーを眺めておく。


「で、俺も聞きたいんだけど良いかな?」


 そしてフアルへの説明が終わったのか、大タケルがこちらに寄ってくる。

 フアルはマリーを宥めてるのか、なんだかグチグチと言っていた。


「どうぞ?」

「必要な事で、彼女にやらせる訳にはいかなかったとしても。あの場には俺も居た訳だし、頼ろうとは思わなかったのかな?」

「人の嫌がる事は進んでやりましょうって言われて育ったんだよ……。そうじゃないにしても、あんな汚れ仕事を見知って間もない奴に頼む方がどうかしてる」

「そうかな? 俺も、一応そういった方面で色々出来ると思うけど」

「だとしても、この件に関してはそっちはフランツ帝国首都までの同行者でしかない。こっちは色々あって、それに巻き込む訳にもいかないだろ」

「大分いっしょに色々してきたと思うけど?」

「それはそれ、これはこれ」


 同行して同じ出来事に巻き込まれて、傍に居て――親和的であったとしてもだ。

 どんな面して「あのさ、あいつ拷問して口割らせといてくんない?」なんて言えるんだ。

 じゃあ、結局自分でやるしかないだろ。

 こういう事でしか役に立てないだろうし、それで少しでも貢献するしかない。

 少なくとも、無意味なんかじゃなかった……筈だ。


「なんにせよ、明日でお別れなんだ。野暮は言いっこ無しだ。気持ちよく分かれて、縁があればまた会えれば良いって思うくらいの状況にしておこう」

「あぁ、うん――。そう、だねえ」


 その時、大タケルは歯切れの悪い返事をしていた。

 何故なのかは俺には理解できなかったが、その意味を知るのは翌日になってからである。

 マリーが珍しく完全に酔いつぶれてしまい、担いで部屋まで戻って彼女を寝かしつけた。

 そして再び夜、俺は中々眠りにつけずに居る。

 自分で吐き出しておきながら、明日以降は俺はただのピエロとして扱われる。

 先に着いてアイアスやロビンもそうだが、マリーもまた歴史上の重要な英雄として――英霊として扱われる。

 それを考えると、やはり近くて遠いのだと思った。

 

 大タケルとフアルも同室で、向かいの方で眠っている。

 フアルが若干いびきをかいたり、大の字で寝ていたりと女性らしさをマリー以上に感じさせない。

 露出が多い上に肉体美としては良い感じなのだが、アホの子なのだろうか?

 大タケルは眠りにつくと呼吸すらしていないんじゃないかと思えるくらいに静かだ。

 フアルが腹をボリボリ掻いてる、体温が高いから露出が高いのかも知れないが虫喰われで酷くなりそうだ。

 

 明日以降の自分がどうなるかすら分からない、そりゃ憂鬱にもなるか。

 願うのなら、少しでも彼ら彼女らに追いつけるように頑張り続けた結果が身についてくれますように。

 知識を、技術を、能力を、才能を少しでも――何も成し遂げられなかった俺が、片鱗でも真似できますように……。

 

 ただ、そんな事を祈りながらやっている事は飲酒だ。

 酒を飲めば色々な思考が沈んでいく、普段は浮かんだままこびり付いてしまう嫌な想像や妄想の類がアルコールで消えていく。

 頭が痛くならない、変な動悸もしない。

 アルコール依存症とは違うが、酒が全ての特効薬のようになっているのは良くないかもしれない。

 健全な理由ではなく、不健全な目的の為に酒を飲んではマトモに戻ろうとする。

 

 ――あの催眠の世界の中で、現実に引き戻されてしまった。

 少しずつ目を背けていた物が、再び助走をつけてこちらに戻ってくる。

 嫌だと言っても、目蓋を閉ざしても忘れられない。

 それらを忘れようとするように酒を飲み、また立派な自分を演じられるようにと深く酔いに溺れていく。

 今日は幾らか眠れそうだと、先日の睡眠不足を糧にして俺は眠りについた。

 そして悪夢は見ない、見るはずが無い。

 意識が途切れてから次に脳に落とし込まれた光景は、マリーが俺を起こす為に揺さぶっている所からだった。


 朝食を摂り、身だしなみを整える。

 そして途中までは一緒だからと大タケルとフアルに言われながら歩いていく。

 ヴィスコンティの首都はまだ行った事が無いが、始めてみる大きな宮廷だか王城だかに見上げるしかない。

 荘厳、というか、なんと言うか……。

 宗教的なものを匂わせる純白さや荘厳を漂わせ、綺麗だと思わせられてしまう程に美麗である。

 実際に人が居る部分は半分以下だろうが、それでもこれは意味が無いとは言わせないような勢いすらある。


「お待ちしてました」


 緊張で表情がずっと強張ったままだ。

 門を通る時に手続きをする前から、眉に皺が寄っているのを感じていた。

 俺はやはりオマケっぽい感じだったが、マリーと――なぜか一緒に居る大タケルやフアルに対しては態度が違う。

 マリーもそうだけれども、大タケルやフアルは俺よりも長い間実績を積み重ねてきてるから違うのかもしれない。

 

 そして俺は久しぶりに、船から投げ出されて以来の旅の仲間と再会した。


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