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元自衛官、異世界に赴任する  作者: 旗本蔵屋敷
5章 元自衛官、異国へ赴任する
75/182

75話

 大タケルとフアルを加えた旅路は順調だった。

 二人の頼もしさはアイアスやロビンとは違うけれども、安心させるには十分だと思えた。

 アイアスはその態度や言動が強さを感じさせるし、ロビンは寡黙でよく判らないけれども抜け目無い。

 逆に大タケルとフアルは一見では油断しがちで対になる。

 大タケルは好青年らしく穏やかだけれども、力任せな戦闘ではなく技術に重きを置いたものが多い。

 そしてフアルは言動こそ若く見えるし、獣人だからなのか思考が分からないけれども戦いとなれば突っ込んでいって、召喚した大きな剣で敵を文字通り”土に還す”のだ。

 見た目から「出来る」と思わせるのがアイアスやロビンなら、見た目じゃはかり切れないのがこの二人といった所かな。


 こんな二人が居るのだから、自分の役割は四周の警戒と厄介そうなのを狙撃してあらかじめ倒すくらいだった。

 大タケルは投擲技術も有るようで、中距離までなら攻撃ついでに対処できるようだ。

 フアルは魔法を使えるといっても、扱い自体は苦手らしいので今の所魔法らしい魔法の発動は見ていない。

 

「なんだか、出番が無くて助かるのか嘆けば良いのか」

「楽が出来るのは良い事じゃない? それに、アンタが居るから接近するか魔法を使わないといけない相手の幾らかは倒せて楽させる事もできてるし」

「──まあ、そうだけどさ」


 考えてしまう。専守防衛とは言え、主任務は国防──つまり戦う事だ。

 日本に居たころなら「平和で何が悪い」と言えただろうけど、今は違う。

 自分の存在価値──アイデンティティが揺らいでいる。

 戦う事でしか自分の価値を示せない奴が、戦う事を取り上げられてしまったのなら一体何が残ると言うのだろうか。

 少しばかりそんな事を考えていたが、マリーに耳を引っ張られた。


「アンタ。申し訳ないとか、そういうこと考えてるでしょ?」

「いや、そんな訳じゃ──」

「嘘。目を逸らしたわね?」

「分かったよ。……戦わないとって言うか、自分が自分で居られる要素を取り上げられたみたいで、ちょっと居た堪れないだけだよ」

「その発言はあまり好きじゃない。その言葉を額面通りに受け取るなら、アンタは戦いが無ければ居場所が無いって事になるじゃない。そんな訳無い。戦いが無くてもアンタは私の魔法の研究について目を開かせてくれる」

「だと良いけど」

「それに、私が『魔法が使えなくて、研究も出来なければ生きている意味が無い』って言い出したらどうするつもり?」

「それは──」

「いい、聞かなくても答えはわかってる。『魔法が使えないからって、生きてちゃいけない理由にはならない』って言うんだろうし。それと同じよ。戦わなくても居る意味なら有るし、必要なら探す手伝いくらいはしてあげる」


 なんて言い切られてしまうと、どうして良いか分からなくなる。

 発見した敵と、感知している魔の気配から大タケルは徹底して魔物を殺した。

 フアルとは阿吽の呼吸であり、一種の芸術性すら感じさせる戦いぶりである。

 だから、だろうか。羨ましいと思いながら、そこに至っていない自分が劣って思えるのは。


「街や村で何でも屋でもして見たら。沢山の以来や仕事をこなしている内に、自分のやりたい事と一緒に居場所や新しい価値とか見出せるかも知れないし」

「何でも屋、ね。そういうの、昔にも有ったの?」

「無かったと思うけど、そういうことを言ってる奴が居たのよ。まあ、私やアンタに剣を向けた奴だけど」

「アイツかあ……」


 英雄殺しの事だと直ぐに分かるが、そういえばロビンに掴ませてからどうしただろうか?

 少なくとも脱出用のボートに乗った所までは一緒だろうから、もしかするとまだ一緒だったりするのだろうか?

 そもそも何で船に乗っていたのか。自分に会いに来るくらいなら、まだ幾らでもチャンスはあったはずだ。

 なのに、あんな逃げ場の無い海上に同乗するだなんて、理解が出来ない。

 まあ、考えても仕方が無いんだけどさ。


「戦い以外、ちゃんとみつけなさい」

「──そうだね、考えてみるよ」


 そう言ってると、大タケルとフアルが戻ってきた。

 殲滅が完了したようで、それぞれに服を掃ったり武器の血油を落としたりしている。

 息切れすらしていないその様子に差を感じながら、自分も八九小銃に安全装置をかけた。


「魔物にも魔法を使うタイプが居るんだね、知らなかった」

「ヤクモがその武器で真っ先にしとめてくれたおかげで負担が減って良かったよ」

「にゃ! 敵がパパパン! って音がしたら倒れてて、やりやすかったにゃ~」

「どう、恐れ入ったかしら?」

「何でマリーが誇らしげかな……。装具点検よし、と」


 部品などの欠落が無いか点検をし、異状が無いのを確認してからストレージから消費した弾薬を取り出した。

 弾倉を外して弾込めをし、手の平にたたきつけてから装填する。


「あまり頼りすぎても困るけどね。見ての通り、弾丸自体が消耗品だから、撃ち切ったら直ぐには再度射撃はできない」

「矢と違って目で追えないから、こりゃ俺でも叩き落すのは難しそうだ……。それに、射的距離が違いすぎる。矢だったら、もうちょっと弧を描いて飛んでいくけど、君は殆ど直線で構えていた」

「そこらへん、話すと長いからまた今度にしよう。マリーも以前全装備の展示説明を見てるから、簡単な感想や所見程度は言えると思うし」


 面倒に思えたので丸投げする。

 マリーが怒るかなと思ったけれども、どうやら一切出番がない事や先ほどの会話で多少機嫌は良いらしい。

 何でも聞きなさいといった様子でふんぞり返っているので、それを尻目に三点スリングの調整もした。


「けど、そんなに装備を身に付けてて邪魔にならないか? 俺のこの”ワフク”ってのもそうだけど、あまり賢い考えだとは思えないな」

「剣の位置を背中に……すると、銃が背中に回せないか。剣がいらないなあ」

「そうすると、敵が近くに来た時に対処できないんじゃないかな? それとも、腿に収めてるのと今提げてる銃とじゃ目的とかが違うとか」

「うん、まあ──そんなところ。それに、二人が近接戦闘を得意としてるんだから、中距離と遠距離を担当するのが適当かなって思って」

「にゃはは、信じてるってことかにゃ?」


 フアルが笑みを浮かべてそういったが、果たしてそうなのだろうか?

 信じているというよりは、ただの打算だ。二人の役割から逆算して、自分の立ち回りを考えたに過ぎない。

 綺麗な言葉ではなく、迷惑をかけるかもしれないという臆病から来た選択でもある。

 だから、むしろ苦笑されるくらいが丁度良いのに──。


「俺達が前線に張り付いている時、どうしても対処が遅れる場合もある。その時は優先して、脅威の大きい相手をヤクモに頼みたい」

「遠隔攻撃──魔法を使える魔物、射撃や飛行系、それからまだ接近しきってない敵と言う順で良いかな」

「それで良い。素早い敵を狙い打って欲しいとは言わないから、むしろ変に狙って俺達に当てたり、或いは他の脅威を見逃さないでしてくれればそれだけで十分助かる」

「ん、了解」


 大タケルの言葉のおかげで、行動の方針が定まってくる。

 曖昧に、自分の認識と情報だけで定めていた作戦規定が明確になるだけでも有り難い事だ。


 ……☆……


 前線に二人が張り付く、自分は──俺は。それを排除すれば良い。

 支援しつつ前進をする、役割も重要さも変わらない。

 ここで自分が……俺が。やらなければ、それをしていたのがマリーだったと言うだけの話だ。

 つまり、本来ならやる事が無くて辛い思いをするかもしれないマリーが、気にしていない時点で察するべきだった。


「さて、忙しくなるな」


 そう漏らしたら、マリーがこちらを見てくる。

 その動きが気になってしまい、彼女を軽く見てしまった。


「なにかな?」

「──ううん、別に」

「嘘だな。なんて……言えないのが惜しいね」

「ええ、そうね」

「さあ、お喋りはそれくらいにしよう。フアル、行動は出来るかな?」

「んにゃ、いつでも”おっけー”だよ」

「じゃあ、出発だ」


 大タケルの指揮下で、俺──いや、自分達は前進していく。

 一応ツアル皇国の領土内の筈だけれども、ほぼ魔物との全面戦争な上に海岸沿いは文化色はヴィスコンティやフランツ帝国に近いらしい。

 それに、何だかんだ二カ国の治安が良かった分こちらに若干の皺寄せが来ているような気さえした。

 魔物との遭遇率が、心なしか多い気がする。

 それに、道が舗装されてない事も有って人の往来が多いとは決して言えなさそうだ。


 若干気を引き締めなおして、警戒をしながら二人の後をついて行った


 ~ ☆ ~


「さて、忙しくなるな……」


 その言葉を聞いたとき、マリーはヤクモに変化が現れたのを察知した。

 踏み込んでしまい、言い争ってから気が抜けてしまった彼からは発せられない類の言葉だった。

 マリーは少しずつ、ヤクモに対する理解を深める為に色々と思い返しては改めて記憶するように最近は努めている。


 頬を掻いた時は相手の言葉に対して場を濁す為に何かを言っていることが多い。

 ため息を吐いた時は”状況を飲み込み、理解した”と言う場合が多く。納得していない場合はため息が深くなる。

 ”兵士”の状態のときは、行動や発言、軽口や皮肉が多くなり情報が多くなる分何かを隠している。

 ”個人”の状態のときは、言動の大半が大人しくなり、軽口や皮肉などで覆わずに飲み込む。


 今の彼が個人の状態になっていて、カティアに言わせるのなら「この世界に召喚された当初の時」にまで戻っている。

 誇りも無く、自信も無く、自分を被う名目と言う鎧もない。

 ただ思考し、生き、抵抗しながらも大半を諦めている。

 何があっても仕方が無いと受け入れ、それでも納得できないから深くため息を漏らす。

 だから自分が前線ではなく支援に回った事を不満そうにしていたのだから、深いため息が漏れても仕方が無い。


 だが、実際にはため息は漏れずに「忙しくなるな」と軽口を叩いて見せた。

 飲み込んだ言葉の代わりに息を吐き出すのではなく、新たな道を見出したのだ。

 マリーは、ヤクモに回復の兆しが見えたのかもしれないと喜ぶ。

 当然、踏み込まない。踏み込みすぎて失敗したのはまだ記憶に新しい。

 これで変に突いて逆戻りしたら意味が無いと、何でもないと言ってみせた。


「嘘だな。なんて、言えないのが惜しいね」


 そして、皮肉も出て来た。

 たった数日──或いは、数年と言う見方すら出来るかも知れない。

 それくらい彼女にとっては長く思える、覇気の無いヤクモが幾らか立ち直ったように見えた。

 

 ──なんでいつもこんな目にあっちゃうのかな──


 森の中、かつての仲間でもあり敵対してきた一人の男から救う為に立ちはだかり、今よりも何も出来ず、自分の知っている事柄から出る事が出来ないままに戦った。

 

 ──サプライズだ──


 マリーにとっては、あの時の彼こそがヒーローであり、彼女にとっての英雄だった。

 その英雄を自分で台無しにしてしまった事も許せなかったし、その英雄が実は自殺志願者レベルで自分を顧みない事も赦せなかった。

 愛憎混じる感情をマリーは抱くが、それでも全てをひっくるめて「好き」と彼女は言う。

 「嫌い」でもなく「どうでもいい」でも無い。

 だから、出発を告げられて二人の後ろをついて行く時に彼女は表情を盗み見る。

 気の無い表情でも、覇気の無い表情でもない。

 まだ引き締まったとは到底言えない顔ではあるものの、目に力のみが戻っている。

 マリーはその表情を見て、遠い日──同じような顔をして自分の傍にいた一人の男を思い出す。


『方針をくれ』


 その一言を聞いて、指示を出す。

 当時はまだただの幼い子供だった彼女の指示は、曖昧なものであった。

 それでも『道を切り開いて』と言えばそうしてくれた。

 その時の事を思い返しながら、彼女は懐古に浸りながらも早鐘を打つ鼓動に幸せを感じていた。


 ~ ☆ ~


 暫く進んでいくと、なにやら立ち往生している人たちを見つけた。

 どこかの村落の人だろうか? 荷車が破損していて、荷物は何も無さそうだ。

 ただ、負傷しているようにも見えてその腕を押さえて痛みに苦しんでいるようであった。


「!? アンタら、頼む。助けてくれ!」


 そして、こちらを確認するとそう声を張り上げる。

 大タケルがフアルとこちらを見てくる、フアルも大タケルと目線を合わせたはずなのにこちらを見てきた。

 マリーも丸投げしているらしくこちらを見てきて、渋い顔をするしかない。


「もしかして、判断しろってこと?」

「俺は多少何が有っても独自に判断するし行動できるけど、ここは君に合わせる」

「同じくにゃ~」

「アンタに任せる」

「ん~、こういうのは慣れた人に任せたいんだけどなぁ……」


 そう言いながら、大タケルと自分で前進することにした。

 マリーとフアルには若干の距離を置いて待機してもらい、大タケルが実際の対応をすることに。

 自分は大タケルに射線を被せないように位置取りをして、念の為に警戒をしておく。


「どうした。襲われたのかい?」

「あぁ……。作物と家族を連れて行かれた──。あっちの方に見える森林に……クソッ!」


 そう言って男は無事な方の腕で地面を強く殴った。

 無力さと、怒りが綯い交ぜになったやるせなさ。

 それらがうまく入り混じっているように見えた。


「──成る程。ヤクモ、どうする?」

「……作物は分からないけど、家族は助けてやりたいとは思う。手当ては必要かな?」

「いや、大丈夫だ。動かすのは辛いが、そんな事を言ってる場合じゃない。頼む……嫁と娘だけでも──」


 無視しても良かった、ここで知らんフリをしても前に進めただろう。

 そもそも大事の最中であり、こんな小事にかまけている余裕は無いとも言える。

 

「ヤクモ。私達が今何をしようとしてるか分かってる?」

「──もちろん」

「じゃあ、どっちの方が大事かも分かってるでしょ?」

「当然……」


 マリーが、「アンタ」ではなく「ヤクモ」と呼んで来る。

 つまり、これはある種の確認なのかも知れない。

 もしくは、選択を迫っているとも言えたかもしれないが。


「船は沈んで、本来の目的を大幅に遅れてる。そこまで時間はかからないでしょうけど、余裕が無い事は分かってるわよね?」

「そんな……!」


 相手が失望とか、絶望とか……そこら変の混じった声を出した。

 けれども、と。言葉を挟む。


「まあ、予想以上に遠回りしただけだよ。既に遅れてるんだ、少しくらい遅れても構わないさ。それに──」

「それに?」

「人を呼びつける、思い上がった偉そうな相手ってのは昔から嫌いなんだ」


 そう言いきってからフアルとマリーも呼び寄せた。

 それから改めて助けに行く事を告げた。


「四人で頼りないかも知れないけれども、出来る限りの事はする。最悪の場合”生まれ育った場所に還す”という所まで手伝う」

「すまない……それと、ありがとう。──急ごう、こうしている間にも二人がどんな目にあっているか」


 気が急いているその人に連れられ、皆で森林へと赴いた。

 当然隊形は変わらない、警戒をしたままに前進をする。

 その途中で大タケルがゆっくりと歩調を弱めて並んだ。


「──どこからが嘘だと思う?」

「逆じゃないかな? どこまでが嘘か、だよ」

「同じじゃないか?」

「いや、同じじゃないよ。グルなのか、利用されてるのか、それとも何も知らないのか……」


 大タケルと自分は、若干の疑いを持っていた。

 奥さんと娘を連れ去られたにしては、感情に対して負傷が見合わない。

 そもそも、捕虜と言うか──人を連れ去ると言う事を聞いたことが無かったので自分には想像がつかないだけなのだが。


「こんな事を聞くのも変なんだろうけど、魔物って人を殺める以外に何かしたりする?」

「連れ帰って死ぬまで玩具にすることもあるし、いたぶって楽しむと言う話もある。中には女性を連れ去って……という事も有るから、無いとは言えない」

「……だとして、男を生かしておいた理由は有ると思う?」

「君はあの男性が殺されていた方が合理的だと思うのかい?」

「少なくとも、反撃される理由を作る理由は無いと思うよ」


 とは言え、相手の知性レベルが分からないので断言しようが無いのだが。

 ただ……以前、ゴブリンと交流を持った事がある。

 怯えや恐怖と言った感情を持っていたし、空腹の時に恵んでやったら感謝をするような動作さえ下。

 人間と同じくらいの知能は有るかも知れない、そう考えると不安要素を残す理由が分からないが──。


「示威行為?」

「なるほど、そういう考え方も有るね。けど、何を示威するのか……君に分かるかな?」

「まあ、何にせよ一人生かしておけば分かるんじゃないかな。或いは、分からないかも知れない」

「興味無さそうだ」

「言葉が通じない時点で分かりきった事だよ」


 そういうと、大タケルは「ふうん」と言ってまた歩調を強めてフアルと並んだ。

 フアルは何かが気に入らないのか、或いは気になってるのか周囲をしきりに警戒している──というか、匂いを嗅いでいるように見えた。

 それを見ながら、最悪の状況と言うのを想定する。


「マリー」

「なに?」

「立ち止まる時は常に自分の後ろ、それと木を背に出来るようにしておいて欲しい。或いは、防護範囲が大きな穴とか障害物があったらそれでも良い」

「……罠?」

「フアルの動きとタケルの懸念、それとなんだか釈然としない所がある。以前街の城壁を破壊した魔物だか何だかが居たって話や、何かしらの目的を持って魔物が行動していたと言う事も有るし、分からないから怖い」

「──ん、わかった」


 三点スリングのフックを外して身体に密着させている状態から射撃可能な状態にもする。

 歩きながら拳銃の様子を見て、半装填状態から装填状態にして安全装置も外す。

 嫌な予感。疑心暗鬼。或いは行き過ぎた自己愛や自己防衛、他人への不信とも言えるかもしれない。

 逆に一度入れ込んでしまうと無条件で相手を信じてしまいがちで、それこそ”童貞の勘違い”に近いものを発祥しやすいと自分を分析している。

 

 ……考えるな。大タケルやフアルが実は何かしら裏があるというのはまだ許容できる。

 しかし、不安になると実はマリーでさえ自分を転がしているのではないかと考えたくなってしまう。

 だが……マリーに関しては除外した。

 少なくとも英雄殺しに襲われ、殺されかけていたのは彼女だ。

 もし自分があの日、あの時、あの場所に来ると読んでいなければ取り入る為のイベントを仕組む事も出来ない。

 それに、あんな自爆技をぶっ放しているんだ。

 演技にしても多少いき過ぎだ、生きていることが不思議と言ってもおかしくない。


 森林を進んでいくと、開けた場所が見えてきた。

 開けた場所の中に一軒の建物があって、その周辺の様相から木こりが住んでいる小屋のように思えた。


「足跡はここで途切れてる──」

「この小屋は既に空き家で、もし居るとしたらここだ」


 そう言って自分らを案内した男は小屋を見た。

 フアルは周囲をキョロキョロと見ていたけれども、やがて小屋のみを見据えるようになる。

 大タケルも片手が鞘を抑えていて、直ぐに抜けるようになっていた。

 だが、俺たちが悠長な事をしていると小屋から女性の──それも若い人の叫び声が聞こえる。

 同じく男の粗野な声も聞こえ、笑い声が響いた。

 ……何かがおかしいと思いながら、余計に最悪な状況を考えざるを得なかった。


「くそぉ!!!」


 男は自分の家族の悲鳴を聞いて駆け出す。

 どうやらグルだとか、脅されて利用されているという事は無さそうだ。

 勇んで駆け出したが、二歩、三歩と痛みが出てきたのか歩みへと変わる。

 そして小屋の扉を開くかと言うところで扉は蹴破られ、男は扉に顔を打ち付けて地面へと転がった。

 

 さて、最悪の想定とは何だろうか?

 今までは魔物の相手しかしてこなかった、けれどもどうやら魔物を相手にするよりも若干抵抗のある事がある。

 


 ──まさか人間が出てくるだなんて、思いもしなかったのだから──



 小屋から出てくる崩れっぽい連中。

 五、六、七、八……。

 十と数名程度の人が出てきて、半包囲するように布陣をする。

 二階の窓二つと出て来た数名は弓を持っている、遠近の両方からこちらに対処できるという事だ。

 そしてありきたりな言葉を聞く事になる。

 マリーとフアル、そして有り金と装備等を置いて回れ右して帰れと。

 大タケルと自分らに対して武装解除の要求と、マリーに関しては杖の放棄を告げた。


 大タケルと自分は当然のように装備を投げ捨てたが──、大タケルがチラリとこちらを見て小さく頷いた。

 ……相手は八九小銃と腿の拳銃に関しては何ら警戒を示さなかった、その時点で安堵できる。

 そしてマリーはマリーでどこで拾ったのか、或いは持っていたのか分からない杖のような物を投げ捨てた。

 相手からして見れば武装解除を呑んだと思われ、だいぶ気を抜いていたことだろう。

 とりあえず従うフリで全員が行動を一致させていて、相手が女性陣を連行しようとした。


「あ~、それは──あまり良い考えだと思わないけど」

「黙ってろよ、玉無しが」


 どうやら四人も居て誰も抵抗せず、しかも野郎二人はさっさと刀剣を放り出して降参した事が愉しい様だ。

 度胸が無い、それどころか仲間の女を売ったと思われて滅茶苦茶嘲られていた。

 そしてマリーに手を伸ばして、その手が彼女に触れる前に掴んで捻りあげる。

 後ろ手に拘束してから数秒後、こちらが抵抗したのを察知した弓兵どもが矢を放つ。

 拘束していた相手越しに衝撃が二度発生し、脱力したので解放し、そのまま小銃で弓兵を優先して狙った。


「マリー! フアル!」


 大タケルの声が響く、フアルはその瞬間に反応して大剣を召喚して敵に肉薄しだした。

 マリーは空中に魔力で陣を描いて魔法を行使する。

 その合間に大タケルは放棄した装備を掴む為に飛び込み、動き出した敵を回避しながら足の腱を切っていた。

 

 ……その後、あまり語る必要が無いくらいに事態はあっさりと収束する。

 そもそもツアル皇国で最近まで戦闘に明け暮れていた二人と、マリーと言う英雄がこちらに居る。

 そうじゃなくても銃と言う装備がある以上は、逃げても至近射と警告で降参するしかなかった。

 ただ──フアルとマリーの攻撃は一切の手加減が無かったので、その攻撃に晒された奴は命を失う破目になったのだが。

 

 場を制したので、俺はマリーを引き連れて小屋の中へと踏み込んで、その状況を見て言葉を失った。

 ……命が有るだけもうけもの。それを他者が言えば傲慢な上に気遣いは出来ないだろう。

 

 ……☆……


 俺はマリーに場を任せ、すぐさま小屋を出るとフアルを呼ぶ。


「フアル」

「ん、どしたの?」

「──マリーと二人で、中の二人を介抱して上げてくれ」

「どゆこと?」

「男は……居ない方が良いだろ?」


 その言葉で察してくれたらしい。

 フアルは「ん、りょーかい」と言って小屋へと入っていった。

 大タケルはこちらを見てから何かを言いかけたが、そのまま何も言わずに「二階に篭っていた連中も連れてくる」と言って、小屋内部を通らずに跳躍と小刀のみで二階の窓に到達していた。


 生存者は半数以下。

 大タケル達が居ない間に口が利ける奴らから話を聞いた。

 大半がツアル皇国の逃亡兵で、後は生活が苦しくなって参入したとか──まあ、どうしようもない奴らばかりだった。

 中には命乞いをする奴も居た、中にはふてぶてしく笑みを浮かべている奴も居た。

 頭の中で二つの声が鬩ぎあい、どちらにも傾かないので悪魔の選択をすることにした。


 扉によって昏倒した男を起し、大タケルがつれてきた奴らも含めた捕虜の前に立たせる。

 事情を全て話し、命は無事だけれども──と伝えた。

 男は顔を真っ赤にして怒るが、直ぐにその表情を歪めて地面に座り込んだ。

 涙を流し、悲しみに溺れた。

 愛する者を穢された、その事でどうしようもなくなったのだ。

 

 小屋の中でもすすり泣く声が聞こえる。

 マリーとフアルがうまくやってくれている事だろう。

 作物は一部食われてはいたが、その大半が無事だ。

 さて、この捕虜はどうするべきか。

 足の腱を切った奴等は治癒を施せば歩けるだろう。

 荷物だってストレージに格納すれば逃走や抵抗の余裕を与えずに済む。

 そもそも大タケルやフアル、マリーの戦闘能力を前にしてそんな事をする度胸も無いだろう。

 

 マリーとフアルが女性二人を連れ出してきたのを見て、俺はすべき事を決めた。



 ──☆──



 あの後、俺たちは彼ら彼女らの村まで作物と護衛含めて立ち寄った。

 旦那さんの元気の無い感謝の言葉と、憔悴して言葉の無い奥さんと娘さんの表情が忘れられない。

 大タケルが休憩を申し出、マリーが以外にもそれに賛成した。

 俺はボケーッとフアルが昼食の準備をしているのを背景に、村の光景を眺めていた。

 休憩の為に納屋を借りる事になり、椅子に腰掛けて天候とは相対的に曇った胸中を感じ取っている。


「浮かない表情をしてるね」


 声をかけてきたのは大タケルだった。

 大タケルの背後にはマリーが居たが、彼女は唖然とした表情を浮けば手から悔しそうな顔をして顔を背けていた。

 何事だろうか。


「ん~、そう見えるか?」

「大分ね。マリーが……彼女が休憩に賛成したのも頷けるくらい」

「まあ、醜態を晒したからなあ」


 捕虜に関して──。

 個人的な感情が混じらなかったとは到底言えないが、個人だけで完結したとも言えない。

 俺は村にこの犯罪者どもを連れて行ったところで収容できないと、そして道中に危険を抱える事を避けたいと言った。

 理解や納得、同意を得る前に俺は拳銃を使って一人ずつ処刑した。

 個人的に誤りだと理解してはいたが、集団的には間違いではなかったはずだと思ってはいる。

 いる、のだが──頭を打ち抜かれて痙攣している死体を見て、不快感から嘔吐してしまった。

 生と言う過程は散々見てきた、死と言う結末も幾らか見てきた。

 しかし、生が死に変わる瞬間と言うのは見たことが無い。

 人間がそんな動きをするのかと考え出すと、それをもたらしたのが自分だと考えたら更に吐き気がした。

 

 それでも口元を拭い、もう一人、もう一人と銃を頭に叩き込む。

 二人目の痙攣者が発生した時にはもう一発を頭に叩き込んで止める事にした、気持ち悪さは全員を処刑した後でピークに達する。

 自分が死ぬのは散々やって来たが、死んで行く所を見るというのは存外ストレスになるのだなと呆けながら思い返す。

 だが、自己正当化と言うものが脳内で始まっているらしい。

 戦場における人殺しの心理学と言うものがあるが、殺人は殺人である。

 それでも兵士は何故それを正当化できるのかといえば、様々な理由が存在する。

 今の俺は、家族を攫われ穢されたという事実、穢された女性の悲しみと言う感情、そして連れ歩くには危険だという合理的判断、最終的には「手間だから」と言う思いから自分を騙し始めていた。

 

 事実、男の慟哭と女性二人のすすり泣く現場を見てしまった後では、感情が数名を殺したという事実を軽くする。

 しかし、今度は嫌悪感も襲ってきたがそれは幾らか無視できた。

 結果、思考のし過ぎで心がここに無い状態へと陥っている。


「俺は君の判断を支持するよ。どうせ連れ歩いたとしても、街にたどり着くまで面倒を見なきゃいけなかった。しかも到着は明日だ──他人から奪ったんだ、奪われもするさ」

「……その主張も理解できるんだけどさ。俺がまだ飲み込めてないだけだから、暫くすれば落ち着くよ」


 ──批難されればまだ反発する心から落ち着けたかもしれない。

 しかし、三人とも仕方が無かったとか、しょうがないとか言って受け入れてしまった。

 それだけで、自分が異世界に居るのだなとさらに強く認識させられる。

 現代であれば降伏した兵士、或いは捕虜の虐殺で軍事裁判だ。

 そうでなくとも犯罪者に対して死を持って制裁とかそのまま自分も犯罪者である。

 

 勘違いするな、思い上がるな。

 命を自由に出来るだなんて、傲慢な事を考えるんじゃない。

 アイツらは敵だった、現代のような更生や収容に値する機構が成熟していない。

 仕方が無かっただけであって、赦されて良いことじゃない。


「──んっし。なんだか、喉が渇いた」

「あぁ、そっか。お腹の調子は? 無理はしなくて良いからさ」

「いんや、大丈夫だよ。元々、腹が弱いんだ。だから直ぐに慣れるさ」


 そう言いながらストレージから薬を取り出す。

 お腹が痛いとき、弱っている時の薬だ。

 とりあえずこれでも飲めば良いかなと考えていると、ズイとコップが差し出される。


「ほら、水」


 マリーがどうやら持ってきてくれたようだ。

 彼女の肩越しにフアルが笑みを浮かべてヒラヒラと手を振っているのが見えた。

 ありがたく水を受け取り、薬を口に含んでから飲み込む。

 思い込み効果で、飲んでから直ぐに利いて来たような気がしてくるから単純なものだ。

 思考の方もこれくらい単純なら良いのだが。


「……慰める訳じゃないけど、助けに行かなかったらあの二人はもっと酷い目にあってた。それに比べたら、国や仲間を捨てて護るべき民に手をかけた時点で死罪でも文句言えない。ただ死ぬのが少しばかり早まっただけで、もしかしたら隙を見て逃げ出していたかもしれない。それを考えたら、起き得た危険を未然に摘み取ったとも言えるんだから」

「おっと、マリーから優しい言葉だなんて。明日は槍が降るかな?」

「人がせっかく慰めたらそれかぁ!」

「マリー、本音、本音」


 一瞬沸騰しかけたマリーだったが、大タケルに指摘されて言葉に詰まる。

 なんだ、慰めてくれてたのかと笑ってしまう。

 その笑みを徐々に消していってから、ため息を吐いた。


「悪い、迷惑かけた。休んだら頑張るから──」

「あぁ、良いんだ。君が呆けている間に話を聞いたところ、この村を出たら野宿するしかない。ああいうのが居たと言うのを踏まえて、野宿するよりもこのまま一泊しよう。明日の夕方には到着できるように朝は日が昇る前になるけど、それでいいかい?」

「俺は──ああ、悪い」


 助かる。そう続けようとしたら、コツリと軽い握り拳が頭に下ろされた。


「そういう時は悪いとかごめんじゃなくて、有難うでしょ?」

「──うん、そっちの言葉の方が聞ければ嬉しいかな」

「……そっか。有難さん」


 大タケルがどういたしましてと言い、笑みを浮かべる。

 ……なんだろう、良い奴ら過ぎて涙が出そうだ。

 

 水を更に飲んで気持ちを落ち着けると、俯いた視界にマリーが覗き込むように入ってくる。


「無理も無茶もダメ」

「……君が手を下さなくても良かったんだ」

「いや──だれが……誰であっても、必要な事だった」


 大タケルとマリーが優しくしてくる。

 俺が殺人と言うものに不慣れで、そのストレスで衰弱していると呼んだのだろう。

 けれども、騙す──嘘をつく、偽る。

 彼女達を騙すのではなく、自分自身ですら騙しきってそれが事実であるかのように認識する。

 そうやって、少しでも早く立ち直るしかない。


「──慰み者になった二人は、強い感情を抱いたはずだ。怨み、辛み、悲しみ……色々。その対象と村まで一緒に来て、その上引き渡されてのうのうと生きているだなんて思ったらその感情は持続する、人生の無駄遣いになる。それに、自分達を酷い目に合わせた対象が生きて傍に居る、それだけでも道中酷い負担になったはずだ。だから……意味があった」


 そう言い切った。そして言葉にしてしまうと、実際にその考えや理念の下で行動したように思えてくる。

 懸念と言うか、そんな考えが無かったわけではない。

 村まで旦那さんと奥さん、娘さんも連れてこなきゃいけなかった。

 だのに、自分達家族を滅茶苦茶にした相手と一緒に歩くというのは負担が大きかっただろう。

 もしかすると旦那さんか奥さんの一族が話を聞いて、夜に捕虜の引渡しと復讐をしにくるかもしれない。

 その時、生かして司法に引き渡すという選択をしていたなら俺たちも面倒に巻き込まれる。


「……一人目をやった時、他の奴等は理解していなかった。ただ、俺が吐いて時間を与えた事で『自分らも殺されるんじゃないか』と考えた時、それぞれに反応は顕著だった。命乞いをし、理不尽に対して喚き、嫌がるのを無関係に等しく殺した。自分達が復習したわけじゃないだろうけど、幾らか慰めにはなっただろうし、彼女達は前を向くしかない」


 言い切る。これは個人的なものではなく、一家の為に必要な事だったと。

 集団として連れ歩くデメリットを提示し、家族の感情や将来を案じたと言い張り、殺人ではなく前に進むために必要な一手だったと言い張る。

 そこに生命の重さや自分が過ちを犯したという事に関して言及しない。

 正しいのだと強弁する、そしてその為に装飾を施した。

 

 残った水を一息に飲み干して、それから果実飲料が飲みたくなった。

 何だかんだ吐いて消耗してしまったので、こういうときはレモン水に準じた何かが口にしたくなるが──そんなものは無かった。

 そして、強弁し、装飾し、正当化をしているとその通りであるかのように思えてきて、体調が落ち着いてくる。

 腹がなり、空腹を訴えた事も演出に一役買ってくれた。

 落ち着いたと、そう思わせることに貢献したのだ。


「フアルは昼食後、何かやる事はあるか?」

「にゃ~、夕食と朝食の為の買出しくらいかにゃ~。なんで?」

「一応、さっきの一家の様子を見に行って欲しい。それと、俺たち男性陣も気にかけていたと──それくらいの言葉をかけて、状況を把握して帰ってくるだけで良い」

「意味はあるのかにゃ?」

「出来る事は殆ど無いけど、家に帰ってから全員が後悔と失念に沈んでる可能性もあるから、現実に一瞬でも良いから引き戻す。放置するよりは幾らか健全で早い復帰が出来ると思う」


 本来であれば、そこらへんは精神科だとか衛生の人が面倒を見てくれるはずだ。

 しかし、そういう人物は居ないし階級の高い指揮官が居るわけでもない。

 それに気がつくはずだ。色々悩み、苦しんだ所で腹は減ってくるし、食べる為には働かなければならないと。

 そうやって現実で一歩、二歩と歩くほどに過去になっていった後悔がいつか感情や想いを薄れさせてくれる。


 ──ただ、かさぶたが出来ただけで治って無くなった訳ではないのだが。


「……タケルだったら、あの後どうするつもりだった?」

「あの後と言うと、捕虜を殺すかどうかって話だね。まあ、殆ど同じようなことをしたよ。逃亡兵、しかも恐れを知ってしまい慎重さを覚えた”崩れ”は更に厄介な相手になる。それに、食料や睡眠といった懸念もあったし、連れて行くのは現実的じゃないから国の為にも殺すしかない」

「マリーは?」

「私は……ほら、そういった事を判断してきてないから。綺麗事だって言えるし、自分達が負う危険やあの一家の事を無視して引き渡すという主張もしたかもしれない」

「けど、そうしなかった」

「──まあ、あの現場を見たら、ね。理屈じゃなくて、感情で納得出来る。アンタは私が捕まりそうになった瞬間に反撃を決意してくれたけど、”もし”って考えたら私にも有り得た危機だったと考えちゃって。悪いけど、殺された奴らに同情もしないし、むしろアンタがやってくれてホッとしてる自分も居る」


 大タケルは論理的に、マリーは感情的に俺のやったことを肯定してくれた。

 殺人を肯定されて安堵と言うのもおかしな話だが、そもそも──何故ここまで思い悩まなければならないのかを考えてみた。

 しかし、そこは単純な話であり。”交戦の意図がある相手は殺しても良い”と言う、兵士のあり方そのものでしかない。

 つまり、武器を捨て拘束された相手は既にその条件からはずれ”人間”へと戻っている。


 ……殺しても良い相手と、殺しちゃいけない相手と言うのが出来上がっていて、その殺しちゃいけない相手を殺したから負担がでかいのだろうと考えた。

 こんな事をしていると、逆の立場になった時に自分も同じように殺される可能性を高めてしまう。

 そんな危惧もあったが、それは杞憂だと気付く。

 そもそもハーグもジュネーヴも無い、戦時国際法が無いのであれば……それこそ『偉い奴が法律』である。

 

「……食事が済んだら──」



 ……☆……


「食事が済んだら、休むよ。寝てる間、全て……任せても良いかな」

「──もちろん。俺達は迷惑をかけたし、世話にもなったんだからそれくらいはするさ」


 そう言って、大タケルはフアルの方へと去っていった。

 食事の準備が大よそ済んだのだろう、その手伝いに向かったようだ。

 俺は……自分は、深く息を吐くと椅子から立ち上がり、ストレージからエアマットを取り出すとそれをしいて横になった。

 ロールマットを上に敷けば更に寝心地は良いのだけれども、そんな気分でもなかった。


「ねえ、アンタ──本当に大丈夫?」

「……正直、人間と相対して、殺し合いもして、その上無抵抗な相手を殺すのも初めて尽くしで、その上吐き散らかしたから疲れた。ご飯……ご飯が出来たら、おこして」


 そう言って目蓋を閉じ、スイッチが切れたように気力でさえも失われた。

 何度か周囲の物音に反応して目蓋が薄っすらと開くが、マリーが傍に居てくれている。

 そして、自分は今醜態を現在進行形で晒していて、情けない事をしているのだなと理解すると更に自分を”殺し”始めた。


 自国を護る為に訓練してきて、その時がもし来たのなら人間を殺すように──短いとは言え無視できない時間費やしてきた。

 なのに、何だ? この体たらくは、この有様は。

 確かに相手は既に降参し、無力化されて”兵”から”人間”に戻っていた。

 しかし、そんなものは自分の引きずっている価値観から来る”傲慢で贅沢な”悩みだ。

 現に、大タケルもマリーも許容していた。

 つまり自分だけが善人ぶって、この手を汚した事実から目を背けたくて良い子ぶっている。

 

 違うだろ。そんなものは個人の感情だ、個人の考えだ。

 一々こんな事で感傷に浸り、感情的に不安定になり、誰かの手を煩わせる兵士が居るか?

 それに、ゴブリンやオークが良くて、何で人間はダメなんだ?

 姿形は違うが、人間としての理の中に存在しなければそんなものは人間じゃない──。




 ──だから、奴等は人間でもなかったし、殺しても問題の無い奴らだった──


 そう考え出すと、気がどんどん楽になっていく。


 ──奴等は平穏に生き、苦労している人々を脅し傷つけ搾取した──

 ──本来なら同じように命をかけて並び立っている仲間が居たが、奴等はそいつらを裏切った──

 ──護るべき国民に対して刃を向けた、その時点で価値は無かった──

 ──あの場で殺していなければ、釈放されてから再び同じ事を繰り返しただろう──

 ──この国の治安を乱し、民草を傷つけた連中だ。排除すれば治安は良くなり安らかに眠れる──


 ──連れまわしていたらあの一家は自分らを不幸にした象徴が生きているだけで前を向いて生きていけない──

 ──マリーやタケル達を、仲間を”我が身可愛さ”を理由に危険に晒せない──

 ──人数が多すぎた、少しでも隙を見せれば自分達の知らぬ場所でも脅威となりえただろう──

 ──脱走兵である以上、素手であってもその足だけで殺める危険性はあった──


 色々と”自分は正しかった理由”をあげ連ねる。

 そしてそれが欺瞞であり、自分を正当化する言葉でしかないと理解しながらもそれが事実であるかのように飲み込んでいく。

 沢山の言葉を飲み込んだ、沢山の自己正当化を目蓋の裏で行った。

 満腹で、これ以上は飲み込めないという時になって最後のワードが目に付く。


 ──仲間の為、国の為、国民の為だ──


 そのワードを暫く反芻してから飲み込むと、ようやく緊張も解れ落ち着く。

 それくらいになってバタムとうるさい音で目を開く。

 見ればマリーが勢いよく魔導書を閉ざした所だった、休んだつもりが全くしない。


「ご飯できたって」

「あぁ、うん……りょ~かい」


 欠伸を漏らし、腕時計を見る。

 全く馬鹿げた話だけれども、眠りながら思考をし続けていたみたいだ。

 身体を起し、欠伸を漏らしてからそう言えばと拳銃に安全装置をかけ忘れていたことを思い出す。


「休めた?」

「いんや……全然。寝てたのか起きてたのか分からない中間をボンヤリしてた」

「そう? 私には、アンタが幾らか休めたように見えるけど」

「へぇあ、何で?」

「顔色──と言うか、表情がマシになってるから」


 理解は出来ないけれども、休めたように見えるのだろうか?


「休めてたらもうちょっと眠く無さそうにしてるよ……」


 そう言って、自分は眠気を引きずりながらも良い香りのする方へと向かう。

 一瞬、大タケルやフアルが食事を並べて座っている光景が、野外演習の最中に携行食を食べながらこちらを見上げている同期や先輩、後輩の姿と被る。

 その光景がどの時だったかまで鮮明に思い出せて、その直後に背後から曹長の濁声が飛んできて驚いたんだったかな……。


 だが、自分は更に異世界に一歩踏み出したのだ。

 法と秩序の無い、外に出ればどこで屍を晒しても仕方の無い世界に。

 相手が好き勝手に振舞うのであれば、それ相応の態度で挑まなければならない。

 こちらだけが真摯で紳士を振舞った所で、相手が意に介せずに簒奪するのであればいずれ滅びるだろう。

 

「頭ねじ斬って玩具にしてやるって言われないだけマシか……」

「何言ってるの?」


 マリーにそんな突込みをされ、苦笑するしかない。

 核で文明崩壊した訳じゃないのにな……。

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