64話
ヘラが戻ってくるまで、大変だったと言えば大変だった。
アリアが高熱を出して寝込んでしまい、クラインから薬を飲ませた直後からそうなったと聞かされたこと。
だからと言って病気まで治せないし、苦しんでる相手に「熱が出てるのは、今まで身体が無理してたのを、清算してる証拠だから」と鞭打つのはいただけない。
カティアを拝むようにしてアリアの事を頼み、俺はマーガレットやマリー、ミラノにクラインの相手をする日々だった。
アリアの事は心配だったが、だからと言って起きられない相手の所に行くのも躊躇われた。
もう少し回復したら──そう思っていたら、ヘラが戻ってきたのは二日後だった。
まだ、アリアは小康状態になりかけである。
「……なるほどね、完全に俺達だけでの旅路か」
「そうなりますね」
ヘラから手早く説明を受けたが、その内容は最悪の想定に近いものだった。
長い道のりは馬車で安全に移動するそうだが、距離が短い場所に関しては俺達だけだ。
つまり、本当に旅行や冒険をする事になる。
そしてカティアの事を訊ねたが、それはお断りされた。
今回の目的はあくまで俺であり、その使い魔までは及んでいないと言う。
気楽になったといえば気楽だが、心細さはある。
何だかんだ、俺とてコミュ症の気はある。と、思ってる。
他人の目線や探るようなものに、素の自分では動悸がする。
珈琲を飲むとそれらが誇張され、心臓が痛い、と言うか胸が苦しい。
「このお屋敷からですと、二日くらいの日程ですね。そこからは船旅になります」
「あぁ、陸の移動時間はそんなに無いんだ」
「いえ、ヴィスコンティからフランツ帝国領の港してから、そこから二日は私達だけでの行動になります。それで、二度馬車を乗り継いで到着なので……。片道だけで長く見積もっても十日はかかりますね」
「それで、滞在の期間は?」
「短ければ数日、長ければ一つ週が巡るくらいでしょうか」
「……一月は無くなるなあ」
最短なら二週、三週はまだ休みがある。
けれども最悪の場合は一週、二週しか屋敷に滞在できない事になる。
公爵から言われた事だし、仕方が無いとは言え気が重いなあ……。
「なんか、こう。遠距離を一瞬で移動するような魔法って無いの?」
「有るには有りますけど。自分ひとりだけ移動しても仕方の無い話ですし」
あぁ、そうだった。行った事の無い場所に行けないという、ルーラ的なものだった。
じゃあ、空を飛べば良いじゃないかと言う話を提案したのだが……。
「は? いやいや、オレは耐えられねえって」
「──むり」
「空は飛ぶものではなく、ただ浮いて移動するだけでは?」
と言う、完全に無用の産物扱いをされていた。
おかしいな、空戦とか出来ると思ったのだけれども、見立てが甘かっただろうか?
今度魔法の可能性と自分の可能性を調べる為に試してみよう。
俺が出来るなら魔法使い達にも出来る。そうやって技術は発達するのだ。
あるいは、一種の兵科か特殊部隊になるのだろうが。
「けっ、気にいらねえ……」
しかし、アイアスはずっと不満タラタラだった。
どうやらあの国に対して良い感情を持っていないらしい、俺だって嫌だ。
外交が絡んでるから嫌とは言えない、公爵よりも上からの命令なら従うしかないのだ。
「──アイアス、ふきげん」
「まあ、その鬱憤は後で晴らすとしてだ。まさか、無料でオレらを呼びつける……なんて、良いご身分な事はしてないよな?」
「ええ、資金はあります。けど、無駄遣いはダメですよ? 後で何にどれくらい使ったか報告するんですから」
「知ってるか? ヘラ。世の中には『接待費』と言うのがある。歓待でも良いが、必要経費と言う奴だ」
「なので、それ含めて報告するので。女性の方を買いに言ったら、何人買ったかも報告させていただきますね?」
「鬼かお前は!」
何だろう、聞いていて頭が痛くなってくる。
マリーがおっさんみたいな事を言うなと思っていたが、姉も姉か……。
聖職者で女性の癖に軽々しく「女を買ったら~」とか言うんだもんな。
それだけアイアス達との関係が気安い、とも言えるのかもしれないが。
俺だけが、凄く場違いに思えた。
「分かった。食事、それと酒で勘弁してやる」
「そこらへんですね。ロビンさんも、マリーも、必要な物があったらその時々で対応しますから」
と、とりあえずは話し合いが終わった。
その話をカティアにすると、思いっきり叫ばれた。
どうやら、完全に行けるものと思っていたらしい。愕然としているのを忘れられない。
「私、使い魔なのに!?」
「いや、どうしてもダメだって言うからさ。国同士の話に、俺たちが口を挟めるわけないだろ……」
「えぇ~……」
「なにかお土産とか買って来るしさ。それに──何か、魚料理とかあったら覚えてくるし」
「早く帰ってきなさいよね!」
そういったカティアは既に吹っ切れていた。
涎がドバドバ出ているし、モノで釣ればこれからも容易いのではと考えると微妙な気分だ。
飴をあげるからおいで~と、ハイエースされるイメージが出来てしまうからだ。
「カティア。知らない人に魚上げるとか言われてもついていかないでね」
「何言ってるの?」
と、完全に馬鹿にされてしまった。
おかしいな、当たり前の心配をしただけなのに……。
ため息一つを漏らしながら、彼女の背後からアリアの堰が聞こえてきた。
安定してきたらしいが、それでもまだ面会は止めて置いた方が良さそうだ。
「それじゃあ、アリア様の面倒見てるから」
「あぁ、そうそう。背嚢、準備してるか?」
「はいのー……。ああ、バッグね。一応準備してるけど、何で?」
「俺が居ない間、出来れば向うの首都に着く十日目までには完成させておいて欲しい。
背嚢を用意する意味は──確か伝えたと思うけど」
「えっと、急に任務が発生した時でも、直ぐに動けるようにする為──」
彼女は自分が口にしている言葉から、俺が何を言いたいかを理解したようだ。
表情が少しばかり引き締まると「分かった、やっておく」と言ってアリアの看病に戻った。
まあ、実際には背嚢を作らせる意味なんて経験と体験と知識の為であって実益の為じゃない。
何故ならストレージがあるから、必要なものは全てねじ込んでおけばそれで良いのだ。
「さて、どうするかな……」
とりあえず必要だと思われるものは解決できている。
必要な項目は全て割り出してあるし、その中で足りないものだけ要求すれば良い。
そしてヘラとの話で新たにその項目に追加と削除までしてある、後は相談するだけだ。
「訓練はもうやったし、魔力も今日はもう限界まで出し切った。となると──」
「オレと手合わせでもするか?」
「あぁ、それ大賛成──って、なんでだよ!」
庭まで出て、風と日光を浴びながらベンチでのほほんとボケッとしていた俺だったが、後ろからの声に突っ込みを上げる。
見ればアイアスが居て、笑みを浮かべている。
「さ、さ~て。ちょっと最近ご無沙汰だったゲームでもやろうかな! あ、聖書も読みたくなってきたし、そろそろ神様に一年の半分を無事平穏に過ごせてありがとう御座いましたって言わないとな~!!!」
「オラ、逃げんじゃねえよ!」
「止めて!? 俺が敵う訳無いだろ、いい加減にしろ!」
アイアスに引きずられて俺は稽古をする場にまで連れて行かれた。
途中でロビンが見えたので、助けが請えるかなと思ったが、それですら勘違いだった。
「──ぶき、もってきた~」
「うし、坊に渡してやれ」
「人の部屋の武器を勝手に持ち出すんじゃないよ! ったく……」
ロビンが剣を放り投げてくる。それを受け取り、サラリと抜いた。
――残念ながら、アイアスも最初から実物を握り締めて放さない。
こんな所でヘタに強情を張っても、打ち合っているうちに砕けるのは模擬練習用の武器の方だ。
「練習用の装備にするつもりは無い、って事でいいんかな」
「ああ。そもそも、そんな玩具を本気で振り回してたら、逆に余計な怪我をさせるからな。命ぁ、張れよ……? 今日まで我慢してたんだ。オレは……待って居たんだよ」
アイアスはそう言いながら、徐々に言葉のトーンが落ち込んでいく。
それを聞いて、アイアスの中でスイッチが入りエンジンがかかっていたのだろうと思った。
ヤバイ、逃げたい。
前に英雄殺しの相手をしたから、その時の事を思い出してしまう。
終盤でこそ多少目で追える様になったが、あの速度に俺は手も足も出なかった。
マリーはまだ平凡な身体能力に思えたが、それですらある種の脅威ですらある。
剣を構えた俺を、アイアスもゆったりとした動作で構えてからこちらをねめつける。
「半端な事すんなよ、死ぬぞ」
その一言を吐き捨て、アイアスの姿が一瞬でぶれた。
粟立つ感覚、そして目で追えない速さがマリーの時と被る。
腹部を「返す」と言って剣で貫かれた時を思い出してしまう。
あの時と同じように、俺は槍で貫かれるのではないだろうかと言う恐れ。
……恐れは、別に悪いものじゃない。
むしろ、それを忘れてしまった時兵士としても欠陥品となる。
何故なら、リスクを忘れてしまうから、自分だけじゃなく仲間をも巻き添えにしてしまう。
だから、あって然るべきものである。
見えないなら避けられない、予備動作も分からなければ回避や防御のしようも無い。
完全に回避に全部を振るか、それとも一か八かで要所のみを防御するかの判断しかなかったが──。
頭がおかしいと言われても良い。
何故か、アイアスがどういう行動をするかをシミュレートしているような光景が見えていた。
右に一度着地する、そこから距離を詰めながら左側へと移動する。
そのシミュレートどおりに、土煙がワンテンポ遅れて発生していた。
アイアスの姿が見える、そして徐々にシミュレートと現実が一致していく。
俺が何も出来なければフェイント途中から突いて来る、じゃあ防御や回避をすればそのまま速度を生かして再びフェイントに入る。
ただ──詰められる距離に限界がある以上、それは決められた距離と回数で留まるようだということも理解できた。
だがら──
「あ、れ──」
「ッ……」
心臓をぶち抜きにきた一撃を、回避でも防御でもなく当たり前のように槍を掴んで止めていた。
防いだ俺も、防がれたアイアスも止まる。ロビンの「お~」と言う声が聞こえた。
……違う、これは俺の実力じゃない。
たぶん、アイツだ。アイツの血が混じったからだ。
そう考えれば説明がつく、アイアスの戦いを見て、知っているからそれを共有させられているだけなんだ。
じゃあ、死んだほうがマシだったかといえばそうでもないのだが……。
──悪意のある相手を踏み躙るのは構わないけど、そうじゃない相手を踏み躙るのは、嫌だなと思った──
「ダラァ!」
アイアスが、槍を掴まれた事で蹴りを放ってくる。
俺は剣を逆手に持ち替えようとしたが、それよりも先に蹴りの対処をしなければならなくなった。
結果として槍を手放す事になり、お互いの距離は離れてしまう。
「ふざけた野郎だぜ。オレから槍を奪おうとしたな?」
「くそ……」
「判断は良い、間違っちゃ居ない。オレは腐っても槍の一族であり、その当主だ。相手の得意とする得物を奪い、それと同時に心理的に揺さぶろうとした訳だ。汚い、汚すぎて──だからこそ好ましい」
「そりゃどうも」
「だが、もっと行くぜオラァ!!!」
ふざけんなと。一手目でズルが発生した、逆に俺が異議を申し立てたい所だが、アイアスは既にヒートアップしていた。
俺は逃走《Die》ではなく、闘争《Do》の為に意識を切り替える。
真面目にやれば何とかなるのに、何で逃げ癖がついたんだろうな……俺?
――☆──
アイアスが誰かと手合わせをしている。 その事実は直ぐに噂になった。
そうでなくても、文字通り真剣勝負をしているのだ。
剣戟の音や、鬨の声が屋敷の傍で発生していれば嫌でも注目を浴びる。
メイドや執事などの庶民からして見れば英雄とは人類種の存続に尽力した人物だ。
公爵たちからして見れば、自分らとは違う──それこそ埒外な戦闘力を持っているという認識でもある。
軍事演習の際に、アイアスとロビンが見せた魔法と武力の応酬。
多くの兵士や、貴族であり魔法使いであり主人である彼らでさえ雲の上の存在だと思っていた。
しかし、今その壁を崩している存在が居る。
「すっげ、すっげぇ!!!」
そろそろ自分の領地に帰る時が近づいているからと、少しばかり早めに荷物整理を始めていたエクスフレアが窓越しに興奮していた。
「わぁ……」
クラインが、激しい攻防に目を奪われていた。
「──……、」
熱に浮かされながら、アリアが窓からその光景を眺めている。
「……――、」
そして、そんなアリアを気遣いながらもまたもや無茶をしている主人を見て居るカティア。
「また、アイツ……!」
事情は知らないが、無茶をしていると見て部屋を飛び出すミラノ。
「凄いです……」
英雄だと言われ、夢でしか見なかった光景をミラノが飛び出した後でじっくりと見て居るマーガレット。
「ふむ……」
そして、公爵夫人の部屋の傍でそれを眺めて更に悩みを深める公爵。
「ぐ、ぎぎ……」
相手をしてもらっていると言うだけでも若干悔しいのに、アイアス相手に良い勝負をしているのを見て更に悔しがるアルバート。
「──ん」
そんなアルバートの傍で、ヤクモと言う人物の評価を計算しなおしているグリム。
そうやって、ただ無理矢理引っ張られて、無理矢理手合わせさせられているヤクモの評価がそれぞれに変化していく。
その多くが肯定的でもあったが、一部では畏敬と言うものにもなっている。
英雄と言うのは、それぞれの役割を担いながら人類を勝利へと導いた存在だ。
途中で数名亡くなったりはしたものの、全員が大いに貢献してきた。
宗教でもあり、歴史でもあり、誰もがそれを事実として受け止めている。
それが使い魔という主従とは言え実際に現れ、そしてそんな相手に生身の人間で立ち向かえている相手が居る。
それを、遠巻きに眺めている人物が居る。
包帯で顔を覆い、かつて致命傷に近い傷を負った英雄殺し。
「──そうだ、もっと強くなれ」
そんな事を言いながら、楽しげに笑う。
普通の人では居る事にすら気が付かない距離で、普通であれば表情ですら読み取れない位置で。
彼は片手で輪っかをつくり、それ越しに彼らを見て居る。
ヤクモと、アイアスの事を。
アイアスも最初は「お遊び」だっただろう。
しかし、攻防が進むに連れて、普通に本当の殺意のある攻撃──必殺が混じっていく。
その時点で、本来なら多くの普通の人《英雄以外》は逃げ出すだろう。
身体能力がそもそも違う。アイアスの姿を視認できている人物はそう多くは無いだろうと、そいつは踏んだ。
だが、速度に追いつけずとも視認できている。そんな化け物が守勢に回っている。
もしかしたら、或いは……。そう思わせるくらいに、戦いの中で成長している。
「……この事は、報告しないとな」
そう言って、遠くで眺めていた英雄殺しは去っていく。
溶けていくように、滲んでその姿が消えていった。
彼が見ていた相手は、もはや手合わせと言う範疇では落ち着かない様相を見せている。
アイアスのタガが外れ、終には魔法を織り交ぜた技などまで出てくるようになっていた。
そしてヤクモも、まだ覚えて間もない上に数も少ない魔法を織り交ぜて抵抗する。
――今までは、物理と魔法を切り離していたヤクモだった。
しかし、切羽詰まった事で物理と魔法を綯い交ぜにした行動を、目の前の相手から盗んでいく。
盗んだ上で、自分の持つ技術や手札に置き換えて、利用する。
そうやって、また一歩踏み出していた。
――☆──
最後の一撃は、切ない。
そんなワードはネットで嫌と言うほど見てきた。
実際、最後の一撃だから何か有るのだろうと思うが、そんなものは無い。
壮大な話であれば終止符が打たれ、復讐劇ならそこで全てが無くなる。
壮絶にシノギを削ってきた間柄であっても、何の感慨もなしに片方が消える。
事実、そんなものだろう。
俺とアイアスの攻防は、アイアスの方から一方的に打ち切られた。
サクリと、俺は握っていた剣が地面に突き刺さる音を聞いた。
それから半歩遅れて、目の前で炎を纏って雑草や石ですら焼き焦がしているアイアスからの熱気で暑さを感じる。
両手が素手になった俺、槍で左胸が穿たれる直前の姿勢。
張り詰めた糸が切れた途端に、両の手が焼かれている事実が遅れてやってきた。
「あち、あちゃ、アチャチャ!!!?」
「あ~、悪いな坊。ここまでやるつもりは無かったんだ。だが、どうやら命令されちまったようだ。戦闘行為に重い負荷がかけられちまってね、こってり絞られそうだ」
「申し訳ないと思うのなら、火を消せ!」
「あいよ、仕方ねえな……」
アイアスが宙に指を走らせ、簡単な魔力陣を組む。
すると完成とともに俺を頭から湿らせる水が出て来て、火も熱も汗も流された。
「ったく、優しすぎて涙が出るね。火傷は魔法で治癒できる範疇だから良いけどさ……」
「いや、悪い悪い。坊があまりにもいい線行ってるんで、嬉しくなると同時に楽しくなっちまってな。どこまでいけるのか──いや、やれるのか気になっちまったんだ」
「こういうのはこれっきりにしてくれ。けど、俺も──」
楽しかったから良いけどさ。
そう言い掛けて、俺は戦闘狂かと考えてしまう。
いや、事実楽しかった。
少なくとも、対人関係と言う「嫌われるかもしれない」とか「裏切られるかも知れない」と言うものは無い。
手合わせであれなんであれ、目の前の相手はその時に限れば『敵』なのである。
気を使う必要なんか無い。初手心臓狙いだとか、気を抜けば死ぬのは俺だ。
なら、最大級の敬意を表して俺も出来る限りの事をするだけだ。
敵として、打ち倒すべき相手として、悪くても相打ちに持ち込めるくらいに相手を研究して。
「俺も……なんだ?」
「いや、何でもない。忘れてくれ。けど、参ったな。庭が滅茶苦茶だ」
「まあ、怒られるのはオレだけどな。けど、仕方が無いだろう? 一緒に旅路を行くのだから、最低限の実力を知っておきたかっただけなんだから」
「それで、お眼鏡には適いましたかね?」
「んま、及第点ってとこか」
「手厳しいな……」
「だが、お前さんはそれを誇っていい。初撃を回避じゃなく受けきった点も目を見張るものがあるが、最後にはちゃんとついてきてた。つまり、今の時点でそれくらい強いのなら、伸びシロを期待すればもっと面白い事になる」
「価値有る及第点ってことかねえ」
「オレの言う及第点ってのは、あのエクスフレアでさえ何度も何度も手合わせしてようやく勝ち取ったものだ。それ以上は高望みが過ぎるぜ、坊」
「なら、納得するしかないか」
成長した結果合格ラインに到達するか、成長していない段階で合格ラインに到達しているかは色々と違う。
まあ、そもそも中身が違うから仕方が無い。
最初から戦争を想定した訓練をしてきた俺と、学園内でのお遊戯とじゃかなり違う。
身体能力を底上げされていたとしても、戦いに関して無知だったなら持ち腐れだっただろうし。
「自衛隊やっててよかったぁ……」
格闘訓練とかだと、徽章持ちやレンジャー隊員は鬼のようにヤバイ。
無知な相手は効果的な打撃と言うものを知らない、だから無駄に力を使うし不自然になる。
だが、理解している人は必要な力は必要な場所に的確に叩き込む。
無駄な破壊をしないから鋭い動きで、こちらの嫌な場所を抑えてくる。
部隊配属されて一年目は、ただただ恐ろしくて堪らなかった。
どこかを掴まれたら、もうその時点でおしまいだったのだから。
ただ、二年、三年、四年と居続けるとそれなりに落ち着いてくる。
俺に優しくしてくれた人達が居て、時間を割いてくれたからだ。
俺は駄目な人間で、立派だとするならその分他人の善意や好意で成長しただけでしかない。
あの人達が分け与えてくれたように、俺も分け与えられたら良いなと……思ったりもしていた。
「坊との旅路、楽しみになってきたわ。んじゃ、チョックラ怒られて来るわ」
そう言ってアイアスは槍を肩に担いだまま、上機嫌に去っていく。
そしてそのアイアスの背中を見送ってから、嫌な汗が大分噴き出す。
死線が、いくつも見えていた。
相手の行動に対してとれる手段は一つ。けれども、そのどれもが後出しで覆されるイメージ。
最悪を想定しろと言ったって、卑屈や自殺願望者になれと言うわけじゃない。
けれども、相手の反応を見てからでも行動を変えられるという恐怖が、何度も死を見せていた。
突きかと思って防御したら、そのまま踏み込みながら槍をクルリと反転させて頭を割られる。
薙ぎかと思って回避しようとしたら、そのまま更に踏み込まれて穂先で腹を裂かれる。
上からの振り下ろしかと思ったら、長さ調整で防御をさせずに喉元を突かれる。
様々な死が想定され、実際に──死に掛けた。
運が良かったのか、見逃されたのか、或いは両方かも知れない。
モンスターと対峙していた時は、タカを括っていた。
知能だとか、知性だとか。そういう面では劣るだろうと考えていたのかも知れないが──。
人間は、違う。相手の裏をかくし、平気で背中から刃物を突き立てる。
悪意や害意においては人類以上の存在は居ないだろう、だから相手が困る事──倒す事、打ち勝つ事では敵わないという話なのだが。
だが、最後の最後「勝てなくは無い」と思ってしまったのも事実だ。
剣を手放したのは、その為の一手だった。
自分に打ち込まれても構わない、格闘技で相手を掴んで地面に引き倒して拘束すればいけるんじゃないかと──。
まあ、そう思ってしまったのだ。
「……けど、同じだ」
身体能力が高い、実戦経験が多いという事を除けば、やっている事の根本は同じだ。
必要な力で、必要な最短ルートで、相手を騙しながら、目的を果たす。
その点だけを考えれば、アイアスのやっている事は何ら変わりが無い。
ただ少しだけ俺達より優れていて、ただ少しだけ俺達よりも経験を積んでいて、ただ少しだけ相手の裏をかく事に優れていて、ただ少しだけ力の使い方を理解している。
それだけの、存在だ。
やってみれば身の程を知れる、そして相手と自分の差異が分かる。
戦い、敵対し、実際にせめぎあえば一番分かりやすくて良い。
その差異を埋めれば良いだけだ。埋めるためには自分を苛めれば済む。
「──疲れた」
地面に座り込み、ぱたりと倒れこむ。
散々蹴ったり踏み荒らしたりしたのだ、お世辞にも寝心地が良いとは言えない。
ただ、やはり限界近くまで自分を引き出して戦うと言うのは久しぶりすぎて疲労感が酷い。
途中で分離させて双剣! とかやってみたけど、利き手じゃない方は早々に弾き飛ばされて使い物にならなかった。
ただ、若干ではあるけれども達成感はある。
マリーを守ろうとして無様に負けたあの時から、幾らか訓練を機微締めにしてみた。
その結果、英雄と言うのは届かない相手じゃ無いということを知れたからだ。
だが、俺は何なんだ?
誰よりも勝っていたいと思っていながら、正々堂々としていたと言う矛盾。
よく判らないなと深く息を吐き捨てると、視界が暗くなった。
「また馬鹿やってる」
「また俺は吹っかけられたほうだよ……」
ミラノだった。
今までであれば殴る蹴るだっただろうが、今回は初めてそれらが無い。
何かしらの感情を押し殺しているようには見えるが、それでも平素っぽくは見えた。
「けど、晴れやかな顔してるじゃない」
「まだまだ強くなって、追い縋れるくらいの位置に相手が居ると分かったからな~。どんなに挑戦しても届かないのなら諦められた、けれども頑張れば頑張った分だけ近づけるのがわかったから」
「普通、歴史上の人物でありながら人類を背負った英雄を相手を掴まえて『いつかあの高みに届くかも』なんて思ったりしないし、言わないと思うけど。……というか、風邪引くんじゃない?」
「今は、このままで良いや。なんか気持ち良いし。風邪引きそうになったら温まるから」
俺がそういうと、ミラノは「そう」と言ってしゃがみ込んできた。
こう、色々なものが見えそうな気がしたので目を閉じておく。
今アイザックレベルで踏まれたり蹴られたりしたら死にかねない、マジで。
「寝ないでね?」
「風邪引くから?」
「この庭の整備の邪魔になるから」
「あ、さいで……」
まあ、庭を滅茶苦茶にされたのだから顔に泥を塗られたにも等しいだろう。
庭師にとっては災難というか災厄だし、公爵もヴァレリオ家の言い分をどこまで飲むかどうかだな。
あぁ、やだやだ。政治って怖いね。たぶん何かしらの話し合いがされるのだろう、巻き込まれたくない。
仕方が無いなと起き上がると、ミラノの慌てた声が聞こえた。
起き上がってから目を開けたので問題は無いはずだが、見れば彼女はスカートを抑えている。
「ねえ、わざと?」
「え? 何が?」
もしかして、起き上がるだけでも許可がいるとか、そういう?
ちょっとそこまでとなると管理社会でさえ真っ青になるから嫌になる。
嫌なんだよなあ、『市民、貴方は幸福ですか?』と強制されて、ZAP!と殺されるのは。
しかし、ミラノは俺の言葉をどう受け取ったのか、怒りを押し殺しているようにも見えた。
「──アンタ、気にかける所とそうじゃない所で比重がおかしすぎない?」
「いや、ちょっと何が起きたのか分からないんですけど……。せめて、庭先の椅子に行こう。しゃがみっ放し、立ちっ放しはミラノも辛いだろうし」
俺が倒れこんだままでも、ミラノは俺の傍から離れなかった。
と言う事は、俺が動かなければ彼女は暫くはそうしただろう。
それは彼女に宜しくないので、身体を無理矢理動かして庭先まで移動する。
俺と入れ違いに、屋敷の守りを固めていた兵士だの庭師だのが荒れた場所へと移動していく。
ご愁傷様と胸中で十字を切りながら、椅子に何とか座り込んだ。
「ねえ、一つ聞いて良い?」
「ん~? なに?」
「何で強くなりたいの? 今でも、十分に強いじゃない。なのに、まだ追いかけるようにして頑張ってる。この前、アンタが朝早く起きて色々やってるってのも初めて知った」
「半分は趣味、もう半分は──」
「もう半分は?」
「自分が弱くて、誰かを失うのが怖いだけだよ」
そう言って、災害派遣の時の事を思い出してしまう。
そうじゃなくても、最近では弟が死ぬと言う光景を連想してしまっているわけだ。
失うのが怖い、それは俺の最大限のトラウマでも有る。
「両親を亡くしたから?」
「──いや、それとは別かな。けど、誰かの為、人の為にって考えてる人が一番恐れるのは、そこらへんだと思ってる」
「どうしようもない事だってある」
「そりゃそうだ。俺だって……万人を救えるとは思ってないし、この手が届く範囲の人ですらどうかも疑わしいけど。日頃から何かやっておけば、諦めきれるだろ? 何もしてないのに『クソぉ!』なんて嘆いても、そんなのただただ頭が悪いだけじゃないか」
色々な作品とかを見ていて思うことでも有るけれども。
立派な志を持つのなら、それに見合ったことを普段からしておかないと嘘だ。
漫画やイラストで食べていきたいと思ってる人が、何十何百と試行錯誤してなければ嘘だ。
モテたいと思ってる奴は、自分を大事にした上で他人の事を考えられるようにしなきゃ嘘だ。
同じように、誰かを助けたいと思うのなら、その手段を考えて色々とやってなきゃ嘘だ。
「ミラノだって、魔法で今研究してるわけだろ?」
「あんまりうまくいってないけどね」
「それでも、何もしないで居るよりは学んだ事が多いはずだし、その分失敗から学んだ事が多いと思うんだ。だから、無意味なんかじゃない」
「──ありがと」
そして嫌ではない沈黙が降りた。
それを受け入れながら、そろそろ冷えてきたなと考えて指を鳴らす。
不必要な水分を分離させてまとめて蒸発させると、一気に軽くなったし冷えが無くなった。
魔法は便利だなと、昔半長靴にドライヤーを突っ込んでいた事を思い出してしまった。
あれ臭いんだよなぁ……。
「そういや、知ってるとは思うけど暫く居なくなるから」
「ええ、父さまから聞いてる。偉くなったものね、アンタも」
「だから偉くなるのは嫌だったんだ。けど、まあ。ちょっとした旅行だと考えれば楽しみだし、カティアが居るから状況報告くらいはするよ」
「アンタの主人は私なのにね」
「その更に上から言われた事なんだから拒否権はそもそも無いだろうしなあ」
「ま、暫くはお屋敷が静かになるのは間違いないわね」
「それは皮肉? それともそのままの意味?」
「両方」
「両方ね……」
ま、色々迷惑かけてきたしな。
それでも、皮肉百%じゃないだけマシだと思うしかない。
嫌われて無いだけマシかな、と。
「休みの大半は居なくなるけど、出来るだけ早めに戻るよ」
「それは私のため? それともアンタのため?」
「両方。それに、遅くなって屋敷に戻って次の日学園に帰るとか、旅行疲れが抜けなさ過ぎて泣ける」
「それじゃ、お土産とか期待しても良い? 神聖フランツ帝国、何があるか気になるし」
「遊びじゃないっての! まあ、何があるか探すけどさ……」
カティアとも約束してるし、ここでミラノの要求を断る理由は無かった。
ただ、まあ。こういう時って「何が気に入るかな」と考えなきゃいけないので、そこで一番苦労するのだが。
「──アリアにも、何かあればお願い」
そう言われたら頑張るしかない。
これもベッドで苦しんでいて、今も頑張っている彼女の為だ。
そう考えれば俄然やる気が湧いてくる──と考えなければ、たぶん逃避したくなるのだが。
「考えておくよ。けど、日程によっては出来ない可能性もあるから、そうなったらカティア経由で知らせるから」
「主従の繋がりって便利ね。私とアンタの時は、その片鱗ですら味わう余裕も無かったけど」
「一つ週を跨いで速攻で終わったしな……」
俺が召喚されたのが土曜日、アルバートと勝負したのが数日後、そして金曜日に外出して地震騒動。
正確に言えば一週間も持っていない俺たちの主従関係。
それでも何とか似たような形で収まっているし、なんとかやって来れているが。
「まあ、考えようによっては気楽だろ? 英雄が全員一塊で居なくなれば、少なくともその間は英雄殺しの目的はこっちに逸れる訳だし。何かあっても、対策は考えてある」
「対策──って、どうせ、また凄い事でしょ?」
「凄い事? まあ、姫さんと同じ魔法を使えるようにしておいたから、屋敷に一瞬で戻ってこられる。俺だけだけど」
前に姫さんがワープの魔法を使っていたが、アレを俺も使えるようにしておいた。
これで行った事のある場所ならいつでも跳べると言う訳だ。
ただし、魔力の消費量は大分でかい。攻撃魔法とかの比じゃ無いので、多用は厳禁だ。
俺が何でもないように言ったが、やはりミラノは少しばかり面白く無さそうにしている。
「あ~、やだやだ。私達は苦労してるのに、アンタはヒョイヒョイと先に行っちゃうんだもの」
「その分、魔力回路が未熟で死に掛けてるっての……」
「あ、そっか。アンタは魔法を使った事が無いんだっけ」
「学園でミラノに言われて使うまではね」
「なら、魔力酔いは仕方が無いかも知れないわね。けど、良かった。何でも出来るんじゃなくて」
そう言って、彼女は笑みを見せた。
うん、最近のミラノは変……と言うか、こちらが素の彼女なのかも知れない。
クラインが戻ったので重圧から解放された、彼女達の秘密を知った事で変に隠す事も無くなった。
アリアは今の所辛い思いをしているが、体調が回復する事だろう。
公爵夫人も部屋から出歩いているし、公爵もお家問題の多くを片付けたに違いない。
そりゃ気楽にもなるか。俺でも素の自分になるかも知れない。
「俺が辛い思いをして、吐くか気絶しそうになってるのにそれを嬉しいとか、酷い話だ」
「天は二物を与えずって言うじゃない? 何でも出来るよりは、欠点があるほうが人間らしくて良いと思うの」
「いや、既に大きな欠点抱えてますけどね?」
「例えば?」
「仕事以外の事を話せない。それに──実は自分の事に関しては自信が無さ過ぎて、ちょっとした病気を……だな」
「とてもそうは見えないけど」
「心の病気って言うんだよ。或いは、精神的な問題っていうのかな。酷く傷ついた時の出来事が切っ掛けで、その時に似たような出来事や物事に対して臆病になるようなの」
「──なるほどね」
ミラノは血が──と言うよりも、人が大怪我をして血を流すのを見てフラッシュバックを起こす。
そうでなくても、刃物とかそういうのは苦手なのだ。
俺は兵士や自衛官の自分で無い場合、他人と話すのが億劫だ。
必要に駆られた会話には支障が無いが、日常会話と言うのが出来ない。
珈琲を飲むと心臓が痛むのも、その影響だ。
恐怖が胸を締め付けるのだから。
「──俺が、仕事とか、正しい事とか、見捨てられないとか。そういうのに固執するのは、その病気のせいなんだ。自分に自信が無いから、自信のある事柄に固執してる。それですら失ったら、何にも残らないという恐怖感があるから」
「そういう病気なの?」
「本当はちゃんと医者に見てもらうべきだったんだけど。誰も信じられなくなって、薬も切れて……。そのまま時間だけが過ぎて、今ここに居るだけ。だから、俺のしてる事はただの逃避なんだ。自分から逃げる為に、もう一人の自分を立派に仕立ててるだけでね」
「──自分の事、良く分析してるのね」
「客観的になれって散々言われてきたし、自分が分離してればお互いの立場から自分を見られるし」
「じゃあ、他人の分析も出来るって事じゃない?」
「いや、そりゃ──まあ、そうだけど。自分の分析はいつでも出来るけど、他人の分析は時間をかけないと難しいぞ?」
「どれくらい?」
「相手の性格や人格から始まって、趣味嗜好を知るのが浅い始まり。そこから徐々に好みの食べ物とか、好きな環境や状況とかも把握していって最終的には一日や一つ月の中で絶対決まった行動のパターンを読み取って──」
「……それ、暗殺?」
「──そうとも言う」
後頭部を思い切り叩かれました。めちゃくちゃ痛い。
けど、似たようなものじゃね!? 暗殺も友好もやってる事は同じで、目的が違うだけだってレンジャー隊員に教わったし!
「も、目的! 目的が違えば、似てても別だから!」
「私は嫌なんだけど! 好きな食べ物とかお茶って、つまりは毒じゃない! あと、好きな場所とか、行動とかも、つまりは静かに近づく事でしょ!?」
「考え方の違い! 例えば普通にミラノの好きな──著者の本とか、内容の本を貰ったら!?」
「それは……まあ、嬉しいけど」
「そゆこと。相手を知り、己を知れば百戦危うからずとも言うし。それが喩え戦いであっても、友情や恋愛であっても同じだと思うけどね」
「ふ~ん……」
「それに、相手の好みを覚えておく事は好意を抱かせる事はあっても不興を買うことは無い。ミラノも、自分に出されたお茶が好きな茶葉で、しかも砂糖や牛乳の配分も分かってて用意されていたら嬉しいだろ?」
「それは分かる」
「後は、疲れている時や辛い時はどうされたいか~とかかな。傍に居てくれるだけでも良いと言う人も居るし、酷い時は一人にしておいて欲しいという人も居る。そういった心遣いって、嬉しかったりするんじゃないかな」
「──だとすると、もう少し倒れて居たいって言ったにも拘らず、ここまで来たのはその”心遣い”って奴かしらね」
……君のような、勘の良い餓鬼は嫌いだよ。何て事はなく、俺は少しばかり驚く。
スカートにわざと頭を掠めさせて、誤魔化せたと思ったのだけれども。
善人だと思われるのは苦痛だ、だからやったのにバレては無意味だ。
だからと言って、確信めいた口調の相手に何を言っても聞いてはくれないだろう。
「けど、そのおかげで楽になっただろ?」
「なるほどね。相手を理解する事、っと」
「あの、ミラノさん……? 何をしてるんですかね?」
ミラノがなにやらサラサラと書き込みをしている。それは俺がカティアに与えたメモ帳とペンのように見えるのだが……。
「なんでカティアにあげた物を持ってるんですかね?」
「ん、これ? カティが『沢山貰ったのでお裾分けしますわ』って言ってくれたの。便利ね」
「ひでぇ……」
まあ、まだ沢山有るから良いけど。あげた物を更に譲渡とか、ちょっと泣ける。
とは言え、有効活用と言う意味では正しいので、喜ぶべきかも知れないが。
「これがあれば、どこでも直ぐに必要な事を書き留められるから良いわね」
「だろ? しかも丈夫で、書き込む道具も小さくて携行に便利だし」
「けど、あまり書き込めないから不便ね」
「そういう時は必要な情報だけ書いておけば良いんだよ。他人に分からなくても、自分が理解できればそれで事足りるんだし」
俺がそういうと、ミラノはピタリと止まった。
何か変な事を言っただろうか? そう思ったが、彼女は少しばかり首を傾げるとこちらを見る。
「今の言葉もう一度言って」
「必要な情報だけ書いておけば良い?」
「そのあと」
「他人に分からなくても、自分が理解できれば良い……?」
俺の言葉に何か拙い言葉でも混ざっていただろうか?
そう考えてしまうと、暴行でも加えられるかなと身構えてしまう。
しかしミラノは突如立ち上がり、メモ帳をしまう。
「──ちょっと閃いたかも」
「あの、えっと……はい?」
「じゃあね!」
ミラノは挨拶もそこそこに去っていってしまった。
俺はミラノを見送る事しかできず、どうしたものかなと背凭れに身を預けた。
「あのぉ~……」
「はいはい」
「剣、刺さったままだったんで」
そして庭師が俺に剣を持ってきてくれた。
そう言えば地面に突き刺さったままだったなと、受け取りながら思い出す。
ありがとうといって庭師を送り返して空を見上げる。
するとまたもや影だ、なんだかデジャヴだなあ。
そう思ったが、先程よりも良いものではなかった。
「貴様ぁ~……」
「あぁ、えっと。元気?」
そういや、最近あんまり関わってなかったアルバートと遭遇する。
背凭れに身体を預けて、反転した世界で挨拶をする。良いご身分だなと思ったに違いない。
椅子を掴まれ、ぐるりと反転させられて俺は地面にうつ伏せに倒れこむ。
酷い扱いだなと思わないでもないが、ここ最近ミラノが優しくしてくれるからむしろ受け入れられる。
「寝るな、立て! 我と勝負しろ!」
「よぉし! 分かった!」
「や、やる気か!?」
俺は無理矢理に空元気のようなものを振り絞って起き上がり、そんな俺をアルバートは警戒する。
しかし、俺はアルバートを掴み、逃がさないようにすると屋敷内へと足を向ける。
「いや~、よかった。最近お誘いがなくてさ。飲み勝負だなんて、中々粋な事をしてくれる」
「飲み──は!? いや、酒ではなく、槍を……」
「今、全然身体に力入りませんから! 午後、午後で良いなら受ける。じゃないなら受けない」
「午後だな? よし、グリム! グリィ~ム!!!!!」
アルバートにしがみ付き、引きずられながら俺は屋敷内部へと連れて行かれる。
あ~、楽で良いわ……。しかしアルバートは歩き辛そうだったが。
暫くしてグリムが現れ、俺が引きずられているのを見て何を思ったのか両足を掴んだ。
人間担架の出来上がりである。
「ふむ、楽だな。よし、グリム。部屋まで行くぞ。この馬鹿、力尽きて動けないらしいからな。酒を飲ませて、寝かせて、午後には手合わせをしてもらう」
「──ん、承知」
二人に運ばれる俺。屋敷に入れば当然色々な人の目に留まるわけだが、先ほどの庭師の表情に比べれば心地良い。
アイツ馬鹿じゃね? アイツ、アホだろ? そんな感じで、ちょっとおかしい奴だと思われる方が慣れ親しめてる事の方が恐ろしい。
――恐る恐る、関わりたくないといった表情で剣を渡された、さっきの表情は忘れられない。
「よし、まず酒を飲め。それから眠れ。飯がくれば起す、そしてしっかり休んだら手合わせしろ!」
「なんでやる気なんですかね、この坊ちゃん……」
「──たぶん、アイアス様と良い勝負、だったから?」
「そうだ! 貴様はまたしても我よりも先んじた! 貴様は、我を強くする気があるのか!」
「いや、強くなりたいのなら地道に訓練して? 俺だって、起きる時間を前倒しして訓練して、その上で鍛錬してるんですが」
「なぬ? しかし貴様、体調が……」
「体調が悪くても、部屋で出来る事はするの! 部屋じゃやっちゃいけないなんて言われてないの!」
等と、アルバートを一通り驚かせ、一杯分だけワインを貰って、後はアルバートとグリムとの会話に時間を費やした。
そして昼食を部屋で食べてから休み、約束どおりアルバートとの手合わせをする。
しかし、英雄殺しやアイアスに比べるとどうしても物足りなさが出てきてしまう。
「えっと、相手を攻撃する時は真っ直ぐじゃ無意味なんだ。虚実を混ぜこぜにした行動と、相手を見る洞察力、それと素早い判断力が必要になる」
結局、アルバートを何度か負かせてしまい、俺自身も地味に疲れてきたので座学に切り替えた。
アルバートは、どうやらやる気を見せてくれたようだ。
飾りッ気のない攻防は、確かに凄いと思えた。
だが、その分今度は未熟さが目立ってしまった。
力任せ、直線的であり、直情的でもある攻撃は対処がしやすい。
だから、今度はそうじゃなくしてやる必要があった。
結局、学園でやっていたように訓練と勉強を半々に行う事になる。
そんな俺達を遠巻きにヘラやマリー、ロビンが見て居るし、窓からはマーガレットが見ているのも見て取れた。
「分からぬぞ貴様ぁ!」
「おっしゃ立てやクソがぁ!!!」
お互いに短気になり、アルバートが分からないとキレればこちらも面かせやとキレ返す。
そしてアルバートをその技術のみでねじ伏せて、理解させ、また座学に戻る。
いや、別に俺が悪いわけじゃないよ? うん。
俺の持つ”常識”と、アルバートの”常識”が共有できていないのが大きな問題だ。
だが、それを説明しようとすると、様々な壁にぶつかってしまう。
結局、身体で覚えてもらうのが一番早いという次第でもあった。
幸いな事に、アルバートは身体を使って覚えてもらう方が早いタイプだ。
勉強が苦手だとか、兄とかに比べるとザコみたいに自虐していたが、そんな事はない。
ただ、偉大すぎる兄に隠れてしまっていただけで、戦いに関しては学園の中で一目置かれていた理由がちゃんとあった。
まあ、それを言ってしまうと調子に乗りかねないので言わないのだが。
「相手に先手を打たせる、相手が動こうとする気配を感じ取って先に抑える、機先を制するように動くというのもあってだな──」
「──……、」
真面目で取り組みに姿勢を見せる奴は好きだ。
時々クラインが混じりたそうに顔を見せるが、アルバートの事を考えてご遠慮願った。
お前はデルブルグ家長男、こっちはヴァレリオ家三男。
教えるのはいつでも出来るから、とりあえず萎縮して脳みそスカスカにする真似だけは止めろと。
まあ、そうやって俺が出来る限りアルバートと一対一での指導に配慮するよね?
エクスフレア来るじゃん? クライン便乗するじゃん? 何故かグリムとロビン混じるじゃん?
あー、もうめちゃくちゃだよ。
エクスフレアがきた時点で、アルバートは萎縮して右から左へと言葉が抜け出てるみたいだった。
そして長兄のエクスフレアはアイアスと俺が手合わせしたのを見ていたらしく、犬のように俺と手合わせしたがった。
クラインは俺の指導に関して聞きたがったらしいし、グリムとロビンは完全に「気になったから」である。
とりあえずエクスフレアを軽くいなし、アルバートの頭にチョップを叩き込み、とりあえずクラインを突き飛ばして場を濁して話を戻す。
アルバートを現実に引き戻してから、何とか若干苦行じみた戦闘指導を終えると、エクスフレアに「今夜飲もうぜ!」なんて誘われる。
あれか、ヴァレリオ家は世話になったらとりあえず酒飲ませとけみたいな家訓でもあるのだろうか?
まあ、なんだろう。英雄殺しだの、アイアスに比べるとエクスフレアは若干物足りないというか──。
ヴァレリオ家の血なのかも知れない、直線的過ぎて対処しやすいんだよなあ……。




