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元自衛官、異世界に赴任する  作者: 旗本蔵屋敷
四章 元自衛官、休みに突入す
60/182

60話

 ~ ☆ ~


 ちょっと俺も頭を冷やしたいと言う事で、会話の中心ではなく外れに位置するようにした。

 話を振られたら反応はするけど、ちょっと会話のし過ぎで疲れてしまったのだ。

 少し離れた場所で剣を見て、整備の終わっている拳銃に油が変に付着していたり乾きすぎていないかも確認する。

 剣の整備は今度聞こう、変な整備をしてすり減らしたらコトだ。

 前までならここまで危機感を持って武器の様子を見たりはしなかっただろうが、今はマリーや俺を狙っている相手が居る。

 銃が煤だらけで性能が落ちてました、剣は血油で斬れませんでした。

 その結果死ぬだなんて俺は嫌だった。

 マリーは人のベッドで寝ているし、これじゃあ体調回復を言い訳に休むことも出来ない。


「『ミラノとアリアをカティアとグリムで護衛して橋を先に渡ってくれ。アルバートが次に、最後に俺が入ればこれでおしまいだ』なんて格好付けちゃってさ」

「はわぁ~、凄いです……!」

「今カシャカシャやってるあの武器ね、オークとかウルフとかも簡単に倒しちゃうし。本当ビックリしたけど、その後橋ごと放り出されたのは言葉も出なかった」


 なんて、俺のかつての武勇伝だいしったいを二人して語っている。

 ミラノは「コイツ、馬鹿でさ~」みたいに楽しく話をしているし、マーガレットは自分の知らない俺の話を聞いて本当に楽しそうにしている。

 というか、ミラノ……笑ってる?

 普段はすまし顔と言うか、隙の無い強気な表情をしているのに、そんな彼女をみられるとは思わなかった。


「コイツ、自分の事全然喋らないの。この前初めて色々聞いたし」

「そうなんですか?」

「ここでの生活に慣れてきたと言う見方も出来ると思う。最初はただただ分からなくて、質問ばかりしてたけど、質問も減って、その分他の事を話したり、聞けるようになった──なんて言っても、それもつい最近だけど」

「ヤクモさんが来てから、そんなに時間が経ってないですもんね」

「一月……経ったくらいよね」

「普通、自分の住んでいた場所と違う世界──じゃなく、場所に来たら不安で口も重くなると思います。本人の知らない契約での主従、しかも魔法とかも知らないし、全く知らない人たちばかりですから。そう考えたら、打ち解けてきたと考えられますよね」

「あ、そっか──」


 なにがそっかなのだろうか?

 俺にはよく判らないけど、彼女の中で何かが理解されたらしい。

 数秒の沈黙の後に、彼女はこちらを見る。


「アンタ、慎重だもんね」

「臆病とも言えるね」

「けど、いざと言う時に逃げなかった」

「それは自棄と言うんだ」

「それと、偉そうにしない」

「卑屈って言うんだよ」

「それって、どこまでがアンタで、どこからが兵士?」

「全部自分だし、全部兵士とも言える……かな。昔はどうだったかな、もうちょっと──考え無しで、無鉄砲で、尊大じゃないにしても理想と希望と夢があったような気はするなあ」


 それらも、遠い日の思い出だ。

 もう大分おぼろげで、当時の自分がどんな日常を送っていたのかすら分からなくなってきた。

 今の自分は延長戦に有りながらも、大分変わってしまった認識はある。

 あの頃の俺は、自分が銃を握るだなんて思って居なかっただろう。

 そして、毎日新しい事に挑戦してきたのにその大半を無意味にしてしまったのも、きっと知らない。


「ミラノも、自分がどこからが自分で、どこまでが公爵家長女としてのものかは分からないんじゃないか?」

「さあ、どうかな? そうかもしれない」

「例えば、俺にとってのミラノと言うのは……強気で、隙を見せない、勤勉で情は有るけど……ちょっと、色々迷ってる年頃の女の子だよ」

「──……、」

「何だかんだ、色々見てるんですね」

「仕えるべき相手なのか、自分をどう遇するかを知りたかったら相手を知るしかないんだよ。兵士ってのはそういうもんだよ」


 もう兵士だって言ってるけど、実際は『軍人』であり、軍人である前に『自衛官』なのだが。

 通じない言葉や説明に窮する事を時間をかけて色々と言うよりも、いっそもっともらしい言葉で理解してもらった方が早い。

 だからこその兵士呼びである。


「忠誠ってものは無いの?」

「俺に忠誠を求められてもなあ……。今まで国に尽くす事はあっても、個人に尽くすってのは無かったから、何とも。けど、生きるか死ぬかの状況に陥ったら、そこで兵士は判断するだろ? 命を賭してついて行くに値するのか、死んだとしてもそれに満足できる相手かどうか……」

「私を試してる?」

「いんや、俺は試さないよ。ただ、上に立つ人は自然と試される立場になる。普段の振る舞いが、いざと言う時に部下や兵士がついて来てくれるかに繋がる、最悪仲間に殺されるという事だってありえた」

「冗談でしょ?」


 俺はそれ以上語らないし、冗談でも銃口は向けない。

 けれども、『後ろ弾』という言葉がある。

 背後からの銃弾で上官などが倒れる事の意味合いが強いが、その実ただの処刑だ。

 理不尽な扱いや命令に兵士が付き合いきれなくなった時に、隙を見て殺すのだ。

 本来であればそんなものは銃殺刑だろうが、付き合いきれなくなると言うことは戦況的には追い込まれている時だ。

 そんなもの、一々相手にする暇は上層部にもなくなっている頃である。


「俺は──十人とか、そんな程度の下を指揮する程度の地位でしか無かったよ。けど、それは裏を返せば、十人くらいなら一人ずつの個性を見て、接し方を考えて、命令を出せるという事でもある。つまり、一握り程度には上や下との関係の構築の仕方を心得てるわけでもあるんだ。数百、数千となるとまた難しいんだけど」

「それって、一人なんだからちゃんと制御して見せろっていってるの?」

「やり方は色々有るよ。俺は──相手を選んで接し方を変えるやり方だったけど。例えば利益を与える事で従ってもらうとか、或いは暴力や恐怖等と言ったもので従えるのもまた一つ」

「馬鹿言わないで。その二つは、両方ともさっきアンタが言った事と相容れないじゃない」

「そゆこと。けど、甘やかすと今度は規律がなくなるから、それもまた──」

「相手を見て」

「そう、相手を見て」


 なんか、会話が上手くいってるな~と思ったが、冷静に考えれば、これも仕事の分野だった。

 それに気が付いてるのか、マーガレットはクスクスと笑っている。


「お二人とも、それは仕事の話と変わらないですよ」

「あ、ん……。いや、気づいたんだけど、こういった話の方が口が軽いというか、舌が回るというか」

「どうしてこうなったのかしら……」

「いっそのこと、あまり意識しないでお話するのも良いかもしれませんね。例えばミラノ様もヤクモ様も、相手の言い分に自分の主張を出してみるとかしてみるのも良いかもしれません。相手の考えが分かりますし、それで理解が深まると思えば」

「コイツの言い分は勉強になるし、今の所納得出来る事ばかりだから主張する気はないけど?」

「俺の言い分は勝手な思い込みでもあるから、むしろ色々言われても仕方ないけど」


 お互いに「別に」みたいな感じで反応を示した。

 それをみたマーガレットが苦笑する。

 あれ、こんなに意見が合致する関係だったっけ……?

 むしろ言い合うようなくらいに意見の相違が有った気がするけど、何かが違う。


「ミラノ」

「なに?」

「お前、何か──変わった?」

「いきなり何を言い出すのかと思えば……」

「いや、なんだろう。上手く言葉に出来ないけど、何か違うぞ……お前」


 どこだ? どこが違う?

 見た目は変わってないはず、態度は──確かに学園に居る頃よりは若干柔らかくなってるはず。

 なんだ? 何が違う?

 ミラノを凝視して考え込んでいたら、魔法で枕を取り寄せてそれを顔面に投げつけられた。

 痛くは無いが、投げるかな……普通。


「そんなに見つめないで!」

「ああ、良かった。普段のミラノっぽい……」

「それどういう意味!?」

「いや、なんか……。怒られてる方が多すぎて、この方が自然と言うか、なんと言うか」

「それって悪い事じゃない!」

「ふふ、仲が宜しいですね」

「私は怒らされてばっかり!」


 ミラノが叫ぶが、けれども俺は安心した。

 変化を恐れる……と言うのとは違うかもしれないが、環境の変化には堪えられても、対人関係の急激な変化にはストレスが過剰にかかりすぎるのを理解している。

 せっかく理解し、判明し、構築していった情報が崩れてしまう。

 戦闘等においては数多くの手札を用意して、そのどれであっても良いと言う考えが出来る。

 しかし、人は理解が進めば進むほど必要な手札は減っていくものだ。

 何故なら、悪意や敵意で構成されていなければ、相手は此方の裏をかこうとはしないから。


「──けど、正直ミラノが強気で居てくれる方が安心するのは本当なんだ。あの時も、俺が膝を抱えて蹲っていた時に優しくしてくれたしな」

「そんな事有ったかしら」

「有った有った。俺が公爵夫人と会って、母親を思い出した時だよ。俺はさっきも言ったとおり臆病だし、迷ってばかりで、何を信じていいか分からないままに生きてるから、そういった意味では支えになってるよ、本当に」


 思った事を口にしただけだ。

 勇敢と無謀は違うし、慎重と臆病も違う。

 ただ他人にとって良く見えれば、無謀は勇敢に見えるだろうし、臆病も慎重に見えるだけだ。

 俺は──カティアに対しては弱い所を見せないようにとしている。

 けれども、ミラノは知らん顔をしていた。

 そんな事あったかなと、本気で思っていそうだ。

 まあ、俺が自分の失態を公開したのに対して「そんな事、一々覚えてない」と対応されたのは良い。

 むしろ、重くとられても心が沈むだけだ。


「仲良くなると言っても、色々な道が有ると思う。マーガレットのような愛のようなものも有るだろうし、信用だとか信頼で出来たものも有るんだから。友情と言うのもあるし、特定の形じゃない」

「特定の形じゃない?」

「例えば、こんな言い回しもある。不誠実な味方よりも、誠実な敵の方が信頼できると言うものも。これで何を思う?」

「誠実な敵……?」

「似たようなもので『偽りの友よりも、あからさまな敵の方がマシ』とか『腐った林檎は、健全な林檎を腐敗させる』とかも有るけど」

「敵なのに良いの?」

「主義や主張が違うから対立するだけで、人として信用できる相手の方が良いって事だよ。間違った友達は間違った事をするけれども、正しい敵は正しい事しかしない。そういうもんだよ」


 まあ、この喩えが通じるかなと考えこむ。

 他に何か、ミラノが理解し納得出来る喩えが無いかなと考える。


「例えば──戦争をしたとする。仲間は敵国の町や村を破壊し、略奪する。けれども敵は此方の町から必要に応じて徴収はするけれども、決して無闇に殺しや破壊をしない。そのどちらが好ましいと思う?」

「それは……そうね、その二つだと後者の方が立派に思える」

「そゆこと。だから、仲良くなるとか信じられるとかって、立場や地位とかじゃなくて、行動とかで示されるものだと思ってる。どんな立派な人でも虐げれば嫌われるだろうし、どんな平民であっても人々が困れば手を差し伸べて笑顔で多くの人を助ければ立派なんだ」


 そう言ってから、また数秒考え込む。


「って、これもまた仕事の話か……。ゴメン、ミラノ。なんか、どういう話をしたら良いのか分からないや」

「ん、良いんじゃない? マーガレットも言ってたし、こういう話でも私が楽しく思えるのなら意味は有るし、アンタの考えが分かれば私も扱いやすくなるし」

「まあ、それでも良いなら良いや」

「あ。そういえば私、荷物を片付けるの忘れてました。ごめんなさいミラノ様、ヤクモ様。また来ます」

「ん、了解」

「またね、マーガレット」

「ええ、御機嫌よう」


 マーガレットがそう言って去ってしまう。アリアとは違う、深い礼だった。

 彼女が去るまでお互い無言になり、彼女が去ってからも少しばかり無言だった。


「「あのさ」」


 第一声が被ってしまう。

 俺もミラノも、そこでフリーズしてしまう。

 気まずくなったが、マリーが寝返りを打つ音で我にかえる。


「ど、どうぞ?」

「アンタが先に言ったら?」

「じゃあ……。マーガレットと、仲良さそうに──いや、楽しそうにしてたな」

「アンタも、楽しそうにしてたわね。ああいうのが好み?」

「俺は……。どうなんだろ、良い人だと思ってるけど、好みと言っても色々有るし」

「私は……。どうかしらね、楽しかったのは事実だけど、仲が良いか分からないから」


 そう言ってから沈黙が降りる。

 う、ヤベ……。

 公爵にも言われたけど、これガチでミラノに今まで友達が居なかったパターンだ。

 俺も恋愛分からないし、切り口が違うだけでマーガレットに対してお互いどう思っているのか明言できないのだ。


「アンタ、好かれてるのに分からないってなに?」

「ミラノこそ、仲良さそうなのに分からないってなにさ」

「私は、ホラ。友達とか居なかったから」

「なら俺だって、女性から好かれた事がないから分からない!」

「それ、胸張って言えること?」

「少なくとも女性に好かれまくってるけど、女性の気持ちが分からないって言うよりはマシだと思う」

「確かに。アンタは──少なくともその場限りで言えば悪い事はしないものね」

「しょっちゅう負傷とかしてるのはマジすんません、ごめんなさい」

「良いの。私も、感情的になりやすいから直ぐ怒っちゃうけど、助けられてるから」


 ミラノが、謝った……? ヤバイ、マジで意味がわかんない。

 熱でもあるのだろうかと、少し戸惑いながら彼女の額へと手をやる。


「なな、なに!?」

「あ、や。熱でもあるのかなと思って。ミラノが謝罪するなんて、珍しいなと……」

「私が謝るのがおかしいの!?」

「だってオルバと戦った時だって、あっちに非があったけど謝んなかったじゃん!? 俺悪くなかったよね!?」

「離して!」


 彼女が暴れだす前に、飛びのくように離れた。

 ミラノは俺が素早く退いた事で空回りしたようで、なんだか不完全燃焼のように不機嫌になる。


「──逃げるの早くない?」

「戦術的撤退って言うんだ」

「目的があったら踏みとどまるものじゃないの?」

「無駄に大怪我するのと、目的の一握りでも達成したらさっさと逃げた方が良いんだよ」

「それは教え?」

「教えと独自解釈。そもそも、もう何年──」


 何年、軍事的なことから離れてると思ってるんだ。

 そう言い掛けて、口を閉ざす。

 いやいや、止めようぜ?

 二十歳くらいだと言っておきながら、中身はもう三十間近のおっさんのなりかけですなんて言えない。

 たぶん、三十間近だったとしたら、今のような関係は築けてないと思う。

 そもそも、マーガレットが俺を好いてくれたとも思えなかった。


「もう何年──何?」

「いや、何年もじゃないな。それくらい長い間軍を離れたかを考えると、多くの事を忘れたり勘違いするって話。毎日……そう、毎日の密度が濃すぎて、時間の経過が早すぎて、遠い昔のように思えるって事」


 と、いつものように言葉の意味を変える半分本当、半分嘘。

 そこだけは──たぶん、死ぬまで踏み込ませちゃいけないと思っている。

 或いは、踏み込ませたら……本当の俺を知ったら、きっと侮蔑し、嫌うんじゃないかと言う恐れ。

 保身の為に全力を尽くすだなんて、笑える話ではあるが。


「そんなに凄いの?」

「俺がやってる鍛錬があるだろ? あれと──さらに、軍事行動とかの訓練もするから」

「例えば?」

「この前を喩えに出すと、街中での戦闘と平原での行動の違いとかかな。あと、装備の扱い方だけじゃなくて、人命救助の心得だとか、素手や短剣での戦いとか」

「戦いの訓練だけじゃないの?」

「例えば……そうだなあ。全員が簡単な手当てくらいなら出来る知識や技術があれば、相手が仲間であれ市民であれ助けられる可能性は高いでしょ? 仲間が助かるのなら、その分戦闘能力の持続に寄与するし、市民が助けられるのならそれは普段においても良い事だと思う」

「──どれも、実際にやってる事だったかしら」

「例えば心の持ちようとか、精神状態とかも学んだよ。ミラノが血を見て混乱した時とか、アルバートが初めて死ぬか生きるかでおかしくなってた時とか、マルコが取り乱した時とか……」

「全部対処法があるの?」

「流石に専門家じゃないから、それっぽいことしか出来ないけど……」

「色々、知ってるのね」


 その言葉に、俺は「まあね」としか言えなかった。

 俺は隠していたわけじゃない、けれども専門家じゃないからこそ「出来る」とは言い切れなかった。

 ただ、間違った知識じゃない。

 それらは実際に教わってきた事だし、緑本にも書かれていた事だ。


「上手くやれてれば良いけどな~」

「アンタは、うまくやってる」

「どうかな、だといいけど。手探りでも前進していれば、どこかにはたどり着くよな」


 それが良い方向か、谷底か、崖なのかは行って見ないと分からないが。

 けれども、悪夢を見ているということは──きっとまだ迷っているのだろう。

 霧に包まれた世界の中で、俺は常に彷徨い歩いている。

 夢が客観的に自分を見つめる手段の一つだというのなら、俺はまだ迷子なのだ。


「──マーガレットの婚約だとかは、とりあえず留保で。それを理由に後は全部、断ろうか。そういや、ずっと任せたままだった」

「どうしたの、急に」

「俺の事なのに逃げてたから、手間だろ? こんな……」


 こんな、俺のどうでもいいことに時間を使って。

 そう言い掛けたけれども、言葉を切った。

 変わりに肩を竦めて「わかるだろう?」的に誤魔化す。


「それに、辺境伯位なら、それ以下を黙らせるのに良いし。少なくとも顔も見たことの無い、話もした事の無い相手と婚約だなんて絶対御免被る」

「アンタって、清々しいほどサッパリしてるのね。爵位とかで相手を決めるんじゃなくて、相手を見て決めるんだ」

「俺は家の為の結婚とか想像つかないしなあ。ミラノには理解してもらえないだろうけど、恋愛婚の方が根強いよ」

「結婚してから好きになるんじゃなくて?」

「それも否定はしないけど──。俺は、自分が辛い時に、自分を理解して支えてくれる人と一緒に居るほうが良いな」


 それは本音だ。

 弟が就職して家を出て行き、両親と妹が海外へと行った後は空っぽの実家に一人で暮らしてきた。

 辛い時も、楽しい時も。成功した時も、失敗した時も俺は一人で家に持ち帰って一人で抱きしめるだけだった。

 それを考えれば、誰かが居るだけでも大分違うと思う。


「──両親が死んでから、一人だったんだ。一人で生きていく事は出来ても、孤独の中に居たいとは思ってない」

「そう……」


 数秒、ミラノは何かを考え込んでいた。

 それから、一度深呼吸をする。


「──アンタに、一つ言わなきゃいけない事がある」

「ん? なに?」

「また、一つ。貴方に婚姻の話が増えた。詳細は言えないけど、どうしたい?」

「ミラノは……どう思う?」

「何で私に聞くの」

「俺は……正直、何人が俺に対してそういう話を送ってきたのか分からない。けれども、何と無くカティアから話は聞いてる。ミラノ達が選別した中で、何人かは俺をただ利用する為だとか、或いは俺じゃなくてただの肩書きや功績、噂話を見てるだけの人が居たって」

「ええ、そうね」

「マーガレットは、それが切っ掛けだったかもしれない。けど、少なくとも俺を見てくれてる。それは良いんだ。けど、それが目的の相手とは、残念だけど付き合えない。利益が目的で近づく人は、利益が薄れるか無くなれば居なくなるから」


 俺の言葉に、ミラノは押し黙った。

 けれども、直ぐに言葉を続ける。


「たぶん、そこは大丈夫だと思う」

「そっか」

「それでも、他の人と一纏めで止めとく?」

「なんでそんな真面目な顔をしてるんだよ。けど、それに関しては俺は判断しきれないから、ミラノの判断を信じる。ミラノが、俺にとって良いと思うなら勧めてくれればいいし、そうじゃ無いと思うなら勝手に取りやめてくれればいいから」

「──……、」

「まあ、相手の事を知らないから、デルブルグ家的には難しい事も有るかも知れないけど」

「そこは大丈夫。アンタが嫌だと思えば、父さまがちゃんと断れる相手だから」


 まあ、それだったら良いかなと思った。

 ミラノが大丈夫だと判断するのであれば、会っても問題が無いと言う事だ。

 流石に英雄を傍に侍らせておくことで悦に浸る。

 あるいは、英雄と言う存在が凄いからとりあえずみたいな夢妄想の住民は遠慮願いたい。

 何故なら、蓋を開ければ生傷や負傷と流血の堪えない現実があるのだから。


「ただ、アンタの話を参考にするなら。その……ちゃんとアンタと向き合ってると思う。他の人は、政略的なものが有るけど。それは父さまに言えば何とかなるから」

「政略無し、肩書きじゃなくて俺を見てる人だけだと何人くらいに減る?」

「──マーガレットと、たぶん……その人くらいじゃないかしら」


 ミラノの歯切れが悪い。

 もしかすると、なにか理由が有るのかも知れない。

 しかし、俺は──訊ねたりはしなかった。

 どうしようもなく受身だった。


「じゃあ、政略的なものを含めて、俺が嫌なのは全部拒否しよう。ゴメン、手間かけた」

「──いいの。たぶん、アンタじゃ判断できなかっただろうし」


 そう言って、ミラノは笑みを見せた。

 なんだか複雑そうで、俺が普段見せるような……困ったような、或いは諦めたような寂しい笑みだ。

 自分の表情くらいよく判っている。

 鏡を見なくても、今の俺はマイナスな表情だろうな位判断できる。


「……なんなら、全部拒否してくれてもいいから」

「え?」

「だって、今のミラノは……なんか辛そうだったし、困ってるようにも見えた。それくらいだったらさ、全部断ろうぜ? そうしたら俺は『まだ未熟な身なので、婚姻など考えていません』と言ってる事に出来るし、そしたら暫くは避けられるだろうし」

「それだと、マーガレットは……」

「まあ、袖にする事になるけど。別に、袖にしたからってこれから関わるなって事にはならないだろ。表向きは、それで全部解決するし、それなら──」

「それなら、アンタがまた一人で色々抱え込むだけだものね」


 ミラノに言われてしまい、俺は沈黙する。

 その通りなので、何も言えなくなってしまったのだ。

 俺が頬を搔いていると、ミラノが笑みを浮かべた。綺麗な、素の笑みに見えた。


「アンタ、実は分かりやすいって知ってる?」

「え?」

「私が何かを言って、困ると頬を搔くの。兄さまと一緒。表情で隠しても、それで分かるんだから。

 だから、今アンタは自分で認めたの。それで悪く言われるのは自分だけど、解決するって。けどお生憎様、絶対にそれはしない。アンタの言ったとおり、その二人以外は全員落としてあげる」

「それは、負担にならないか?」

「大丈夫。むしろ断ってくれた方が気楽。だって、選択肢が減るし、考える事も減るから」


 そう言ってミラノは、本当に気楽そうに──先ほどの表情が無かったかのように振舞う。

 それが演技なのかは分からないけれども、普段のように強気で頼もしい彼女だ。

 これで話を聞いてくれたり、蹴ったり魔法を放ったりしないでくれれば最高なのに。


「まあ、けど。マーガレットにも言ったけど、最初に俺は全力で『俺は止めときなさい』って言うけど」

「え?」

「たぶん、俺はずっと家にいるか、ずっと家を空にすると思う。ノンビリしたくて家に引き篭もって、興味の赴くままにどこかに行って──。可哀相だろ? 旦那の居ない時間とか、何もしないでごろごろしてるのは。それに、たぶんまた危ない事してると思うし、それに付き合えないなら止めた方がいいって」

「アンタ、どういう将来を考えてるの?」

「可能性は幾つか有るけど。兵士とかになるのが一番楽だろうなと思ってる。二つ目、公爵夫人から執事の後継者になりませんかって言われてるから、お屋敷勤めも有りうる。三つ目、好きな事をする。言ってしまえば、傭兵みたいなものかな。近くの町や村とかで、気楽に仕事があったり無かったりする仕事をするとか」

「全部仕事ばっかり……。やりたい事はないの?」

「ん~、やりたい事と言うか、気になる事はあるけど──」

「それは何?」

「この前、公爵に周辺の地図を見せてもらったんだ。それで、たぶん──俺の居た国が有ると思える場所が有ったから、遠い将来……いつか、行ってみたいと思ってる」


 まあ、それまでに俺がどんな生き方が出来るのか分からないけど、と付け加えた。

 ミラノは目を閉じて、数秒呼吸を繰り返していた。

 それは集中だとか、或いは落ち着くための努力呼吸にも見えた。


「それは、帰るって事?」

「帰るって、どこに? もう両親は死んだし、弟も妹も自立してる。帰りを待つ人が居ないんだから──帰るも何も……。ただ、さっきも言ったけど、興味が湧いたんだ。たぶん、この思いはずっと引きずると思う」

「なんで?」

「だって、気になるんだから忘れるなんて無理だろう? それは、マーガレットと俺の話でも言えることなんだ」

「ええ」

「好きになったら、気になったらその人の事を考えてしまうのと同じで。その場に居ても、居なくても頭の中にその考えが有るんだ。好きな人が傍に居ればもちろん嬉しい、けれども居なくても──その人が何をしているのか~とか、そういった事をぼんやりと考えるだけでも楽しくなれるのと似てる」

「それが、気になるって事?」

「見たことの無い場所、気になる物。それがどういうものなんだろうと考えて楽しくなったり、ワクワクするのに近いかもしれない。まあ、ミラノが理解できるか分からないけど……」


 そう言ってから、恥ずかしいなと頬を搔く。

 そして頬を搔いてから、完全に癖だなと自覚してしまう。

 恥ずかしい時、困った時に俺は頬を搔くのだ。

 ミラノは考え込んだ、そして素直に漏らす。


「私には、たぶん理解出来てないと思う。経験した事がないから」

「まあ、それは今じゃなくても良いし、焦る事でも何でもない。もしかしたらミラノが誰かを好きになって、それが今の話に繋がった時に納得してくれても良い訳だし。そもそも、恋愛だろうと興味だろうと、早めに胸に抱いたからって偉い訳じゃないんだから」

「アンタが言うと、なんだか本当に何でもないように聞こえる」

「人生は……長くも有るし、短くもある。何かをしようと思ったら、だいたいが長い時間がかかるんだから、ノンビリやればいいんだよ」


 俺は、自衛隊で全く同じ事を後輩に言っていた事を思い出した。


──○○士長、どうやったら自分にも出来るようになりますかね──


 その時も、俺は気長に構えろと言った。

 必要なのは問題点を考えて、試行錯誤する事は早めにやれというだけ。

 たとえ正解にたどり着いても、今度はそれが身につくには時間がかかる。

 押さえる所はさっさと押さえ、その後は時間に頼るしかない。

 出来ないものは出来ない、それをまず認める。

 じゃあ、何故出来ないのかは早めに考えておこうねと、それだけの話だ。


「ミラノだって、この前の事で魔法はもっと素早く発動できなきゃいけないって気づけたんだし。それを焦って進めても仕方が無いと思う。そういう時こそ、落ち着いてみたら実は簡単だったりする時だってあるんだ」

「アンタに言われても説得力が無い。だって、英雄を唸らせたじゃない。と言うことは、魔法の才能が有るのよ」

「先にも言ったけど、知識を応用して魔法の行使の仕方を当てはめて変えてるだけだよ。俺の発想じゃない、遠い昔、どこかの誰かが長い年月と労力や資金をかけて見つけた事を、学園での教育のように知る機会が有っただけの話」

「じゃあ、その理屈を説明できるのなら、一握りは私にも真似できるって事じゃない?」

「どうだろう。それをするとなると、俺も頑張らないとなあ……。ただ、やるとしても期待しないで欲しいかな。俺も、それこそ専門家じゃないから」

「それでも、何かをつかめるなら」


 ――まいったな。ミラノは学園で優秀だと聞いていたけれども、それは真面目さから来てる。

 よっぽど以前に足手まといだったのが響いているのだろう、だから今も時間の大半を費やしているのかもしれない。


「ただ、もしかすると伝説系統の魔法が使えないと駄目かも知れないから、その時は諦めて欲しい」

「それなら大丈夫。私も、一応伝説の魔法使いだから」

「え? なにそれ、初耳なんですけど」

「──前に話したでしょ。優秀な魔法使いは狙われたりもするって。私が前に誘拐されたのは、それが理由だから」

「誘拐って、五年前の……?」

「兄さまが私を助けに来てくれた、あの時の。相手は──無系統の魔法使いを探していたみたい。だから、もうあんな目は嫌なの」


 


「だからって、いきなりそう言われても──」

「前に、アンタが兄さまの姿を真似した時に、解除したときの事を覚えてる? 『ディスペル』って言ったはずだけど」

「あぁ、そういや……そんな事も有ったなあ」

「あれからあんまり時間が経ってない筈なんだけど、驚かないの?」

「ミラノはこの前俺が色々な武器を使ってるのを見て、どう思った?」

「──驚きはしたけど、それでもアンタはアンタでしょ。もし悪い人なら怖いと思ったかもしれない、得体が知れないなら疑ったかもしれない。けど、どんな武器であってもアンタが私達に向けないのなら、別にって思った」

「それとだいたい同じさ。ミラノが伝説の系統の魔法を使ったとしても、それを理由に脅したりはしなかったし、怒る時もだいたいが手足が出るくらいであとは口で色々言ったくらいだろ? なら、驚きはしてもミラノはミラノだよ」


 綺麗事だった。

 実際には、結局の所俺も傲慢なのだ。

 無系統の魔法が使えたところで、そのメリットは『条件さえ満たしていれば、詠唱破棄が出来る』というだけの話だ。

 つまり、俺たちで言うのなら『魔法名が判れば、その魔法名だけで詠唱破棄が出来る』と言う事。

 逆を言えば、魔法名を探り当てなければ詠唱破棄する能力があっても、吐き出せる魔法が無いのだ。

 ミラノが必至に魔法の勉強をしているという事は、つまり手札が少ないか──有効なものが無いとも言える。

 そこまで考えてから、俺は自分の優位性が揺るがないから安心しているのだろうと思った。

 しかし、俺が色々と考えて自嘲していると、ミラノは言葉を額面通りに受け取ったようだ。

 なんだか、今日ミラノと若干距離が縮まっているような感覚全てを裏切っているような気がして、心が痛んだ。


「──ありがとう」

「……いや、正直今だから言うけど。アルバートと戦った時とか、オルバと戦った時とか。カティアが居なかったら相当不満だったからな?」

「それを今言うの?」

「や、その、なんだ。俺は無垢な善人だとか、無償での救済者だとか、それこそ本当に滅私奉公で人々を助ける英雄のように思われても困るから言っておきたかっただけだ。もう少し、手足が出る前に話を聞いて欲しいって思ってる」

「説明させてくれるのなら、今全部納得させるけど」

「お、おう……」


 なんたる自信か。

 俺が不満を持ってると聞いてキレる訳でもなく、逆に「納得させる」といいやがった。

 今までなら、立場や身分を持ち出したりして「納得しなさい」と言われかねなかったのに……。


「アルバートとの決闘の時は……ごめんなさい。単純に兄さまを思い出してしまったから、気を失っているアンタを見て、冷静にはなれなかったの」

「ん、了解。それに関しては納得した」

「──納得するにしても、もうちょっと食い下がらないの?」

「納得するって、相手の言い分を理解して『なら仕方が無い』って自分が思えばそれで良いんじゃないか? ほら、次」

「ああ、えっと……、オルバ様の時も──大体同じ感じ。兄さまの友人だったし、宮廷仕えで姫さまの教育係だって事を利用して何かするとは思わなかったけど、理由は色々。姫さまの事も有るし、厄介事になっるより前に私が怒っておけば相手も引き下がるでしょ」

「あ、うん。そっか……」

「納得できない?」

「いや、理解したら納得も出来たから良いや。う~ん、成る程なあ……」


 背凭れに寄りかかって天井を暫く眺めていた。

 そしてため息を漏らすと、椅子を揺らすのを止めた。


「──ん、りょーかい。俺の不満は全部解消されたかな。とりあえずは、思いつくのだと」

「納得はっや!?」

「や、だって。寝るところも食事も改善されたし、一人部屋も与えられたから学園での生活は殆ど文句無しになったし。それ以外で不満を抱えるのは──ないなあ」

「呆れた……。アンタ、欲はないの? 英雄になって、デルブルグ家の一員になれるのに」

「前々から言ってるけど、ノンビリ出来るのが最大目標。二次目標が好きな事を思いっきりやりたいという事くらいかな」


 そう言ってから頬を搔く。

 やっべと思ったときにはミラノが半眼でこちらを見ていた。


「なんか隠してるでしょ?」

「いや、大したことじゃないぞ? 本当だって」

「隠し事、禁止」

「参ったな……。いや、本当に大したことじゃないんだ、けど──」

「けど、なに?」

「誰かに、必要とされたい。愛されたい。喩え俺が大多数に嫌われても、傷だらけになっても、どんな醜態を晒しても受け入れてくれるような──そんな風に、大事にされたらなって思うよ」


 しみじみと、たぶん──本音と思える言葉を吐いた。

 一人でも大丈夫だけれども、孤独には堪えられない。

 それは、どこに行ってもやっていけるが、どこに行っても寂しいという事でもある。

 ここしかありえない、他の場所なんて考えられない。そう言い張れない弱さが俺にはあった。

 しかし、俺が勝手にしみじみとしてるとミラノからチョップが叩き落された。


「あてっ」

「何一人で寂しそうにしてるの。アンタは今までは私の護衛で、これからは──かっ、家族でしょ。アンタはこれからも怒られて、それで騒ぎながら落ち込んで、それでもまた今日みたいに『ゴメン』って言われて──。ノンビリしながら、時々頑張って。何かあった時にまた誰か助けて、傷だらけで帰って来てまた怒られて。それでも最後に『よくやったわね、えらいえらい』って言われれば良いの」


 そう言って、ミラノは立ち上がる。そして部屋から出て行こうとする。


「どこに?」

「──部屋に戻る。考える事が出来たし、父さまに婚姻や婚約の話も持って行かないと。それじゃあね」

「ああ、うん……」


 俺はミラノがさっさと退出してしまったのを、見送るしか出来なかった。

 呼び止めることも出来ず、ただ彼女が言った言葉を何度か繰り返していた。

 そしてもぞもぞと、マリーが動く音で彼女の存在を思い出した。

 おきたのかと思ったが、どうやらそうじゃないらしい。

 なんだか気恥ずかしくなり、俺は机の上に空きスペースを作ると拳銃をとりあえずバラした。

 

「家族、ね」


 訊ね忘れたが、ミラノはこれから妹になるのだろうか?

 まあ、暫くは今までどおりになるのだろう。兄だけど、護衛の騎士みたいな扱いに。

 それでも、家族だと他人に言ってもらえるのは嬉しい事だ。

 若干拳銃の分解を間違えかけたが、それでも落ち着く時間が俺には必要だった。



 ~ ☆ ~


 ヤクモの部屋を出てから、ミラノは自室に戻るとさっさとベッドに飛び込んだ。

 顔を枕へと押し付けて、その冷たさで顔の熱さを取ろうとする。

 父親や兄、あるいはメイド長が見たならはしたないとか、苦笑しただろう。

 しかし、そんな事を考える余裕も無く、足もバタバタさせていた。


「うぅ~……」


 ミラノは、一杯一杯だった。

 彼女なりに冷静になろうと努めようとはしたが、最後の最後で自分が堪えられなくなったのだ。

 二人の認識には大分大きなズレがあり、そのせいでもあるのだが。

 

「無理、恥ずかしくて死ぬ──。私が、アイツと?」


 互いの認識にズレが生じているのをミラノは理解していた。

 ヤクモは養子としてデルブルグ家に組み込んで貰うのだと”善意”を信じている。

 しかし、実際にはミラノが婚姻相手として差し出された”若干の政略的”ですらある。

 だからヤクモの言い分に戸惑い、自身でも理解できない苦しさで顔を歪めてしまったのだが。


「マシ、かも、知れないけど……っ」


 ミラノは元々、クラインが不在で絶望視されていたから跡継ぎとして誰かを迎え入れる役目があった。

 クラインの復帰によりその心配も無くなり、解消されたと思ったが、父親から直に言い渡されたのだ。


──彼を、婚姻相手として迎え入れる気は有るかな?――


 当然、彼女は嫌だとは言えなかった。

 今までがそうだったように、これも家の為なのだろうと受け入れた。


──断られても構わない、私はそれでも彼を受け入れる──

──けれども、君には五年前のあの日から、無理を強いてしまった──

──誰とも分からない相手よりは、信じられる相手の方が良いと思ったんだ──


 しかし、親心でそんな事を言われてしまったから戸惑ったのだ。

 義務じゃない。

 機会は与えるけれども、どうしたいかは自分で決めなさいと言われたのだ。

 つまり、嫌なら別に良いよと言われているのである。

 彼女は戸惑い、悩み、そしてハッキリと嫌だと言えない自分に困惑していた。

 

「う~……」


 彼女の中では、理解できない物があった。

 召喚した時は兄に似ているから固執した。

 しかし、今では兄は戻ってきた。

 今ではただどこまでも同一人物に近い他人でしかない。

 じゃあ、別に良いじゃないかと言えばそうでもなかった。

 まったく違うのに、理由も状況も違うのに「去ってしまう」と考えると、どうしても耐えられないのだ。

 勇気を示し、力を示し、誇りを示した。

 諦めずに導いてくれた、安全の為に一番危険な役回りを引き受けた、その結果死んでしまった。

 モンスターとの戦闘や、魔法を使える相手とも対峙し、その上で奢ったりしなかった。

 地位や身分関係無しに人を救ってきたが、そのどれでも見返りを求めなかった。

 

「婚約、婚姻。結婚……かぁ──」


 ミラノは、義務でしかそういった物事を考えて居なかった。

 だからこそ──灰色で染め上げられた将来ではなく、何も分からないけれども手探りで積み重ねる色付いた未来が思い描けた。

 仕方が無いと受け入れたものではなく、どうしたいかを考えられるあやふやな未来。

 ミラノはしっかりしているとは言え、まだ十四でしかない。

 知っている事よりも知らない事の方が多く、結果として今の自分が知りうる事から色々と引っ張ってきた。

 その結果、少なくともヤクモが現れる前よりは楽しいのではないかと考えてしまう。

 当然、首を傾げてしまうような事は幾らかある。

 それでも──彼を知れば知るほど、同じくらいに知らない事が沢山出て来た。

 彼はこの世界を知らない。けれども、ミラノも同じように彼の知っている知識の大半を知らない。

 彼女は歳相応の女性のように、夢想した。


「ふふ、えへへ──」


 枕に顔を埋めながら、彼女は幸せな未来を考えていた。

 きっとそれは素晴らしい事なんだと思いながら、今までのようにお互いに言い合いながらも謝って。

 傍に居るのが当たり前で、自分をちゃんと見て居るのが当たり前で。

 そんな関係が、これからも続くのだと──そう考えていた。





 ~ ☆ ~


 俺が拳銃の整備をしていると、マリーやマーガレットの事で話をしていたニコルが部屋まで来た。

 どうやらマーガレットの事を探していたらしく、数秒部屋の中を目で探していたが──


「あの、なんでしょうか?」

「なに、特に事の大きな話ではない。ただ、持ってきていた資料の一部を貸与する、受け取りたまえ、青年」


 等と言われて、俺はニコルから血と汚れ、そして皺等と言った劣悪な保管をされたと思われる書類を受け取った。


「これは?」

「なに、協力をして貰おうというのだ。今度来て貰う時に、説明をするのは互いに時間の無駄だ。それをその頭の中にでも叩き込んでおきたまえ」

「──実験、内容、ね……」


 マーガレットやミラノとのなんとも言えない時間の余韻ですら消え、緊張と油断のならない雰囲気が満ちる。

 受け取った書類を「どうも、ご親切に」と皮肉気に言ったが、ニコルは気にしなかったようだ。


「そこには、大まかな今までの実験内容と、その結果が載っている。私にはもはや不要だが、次に会う時返却してもらおう。そして、語るのも馬鹿らしいが──」

「ええ、他人に口外せず、資料も見せずに。今までどおり、何事も無かったかのように振舞いますよ」

「クク……、ではな」


 どうやら本気で話はそれだけだったようだ。

 ニコルは特に多くを語る訳でもなく、さっさと去ろうとする。

 だが、背中を向けてから思い出したように言った。


「急げよ、青年。どうやら君には、時間が無いようだからな」


 その一言を置いて、今度こそ完全に去ってしまう。

 何事かと思ったが、呼び止めることも出来ずに俺は部屋で資料を読み漁る。


「ええ~、なになに? 物の複製と、その理論っと──。オルバの親父、こんな事研究してたのか」


 そこに書かれてたのは、倫理も省かれた実験の数々だった。

 最初でこそマトモだったが、それが回数を重ねるに連れて狂っていくのがわかる。


「玉蜀黍……トウモロコシの複製に成功、味などは変わらず。生きたブタの皮膚から同じ成長度合いのブタの複製に成功。特徴的な耳の欠けも再現される」


 数枚ページを捲り、カビやぬめりだったのが、血やナニカが付着したページに変わる。


「死んで間もない猫から複製に成功。同じまだら模様で、一月経過しても異常なし。腕を無くした元兵士の浮浪人から複製に成功。腕の欠損は無く、元来の特徴以外は引き継がないようだ。病人から、複製に成功。不治の病は無く、健康体となった。魔法も──おいおい……」


 コイツ、魔法使い……特権階級ですら使ってやがる。

 治らないと思われた病に侵された人物を使い、病は受け継がれない事も確認している。

 これは不死えの一歩だったのだろうか?

 魔法の才能までも引き継がれている事を書いていた。


「伝説の──まじかよ。無系統の魔法使いまで複製につっこんでやがる。結果は成功……。同じ記憶、同じ外見、同じ声、同じ思考、同じ知能指数で複製に成功した──」


 俺は現代科学や現代医学がどれだけ進歩しているかは分からない。

 それでも、複製……クローニングに関してはニュースで色々と聞いている。

 本来は栽培できない土地に適応した農作物や、遺伝情報を受け継いだコピーのヤギだとか。

 まあ、色々ある。

 しかし、これは明らかに『狂ってる』。


「数日前に死んだ村人の複製、成功。数ヶ月前に亡くなった画家の複製、成功。一年前に埋葬した冒険家の蘇生、成功。三年前、五年前……」


 死人を蘇らせてからと言うものの、それから死者から複製してばかりいる。

 ただ、最後の最後に『自分の複製』と書かれた項目が空欄になっている。

 自分を複製するよりも先に、死んだという事なのだろう。

 或いは、しょっ引かれたかだ。

 ため息を吐きながら俺は更にページを捲った。

 狂気の進行によって血だの肉だので汚れたのとは違い、今度は比較的綺麗だった。

 そこに書かれているのは、使用した対象の名称だの重量や特徴、生前の情報等もあった。

 成功の影には失敗もあったが、それも序盤だけだ。

 枯葉から一枚の葉っぱを複製するとか、可愛げの有った内容だったのに、人の欲は深い。


「人間ってのは、本当にどうしようもねえな……」


 俺含めて、だが。

 しかし、その自嘲や自虐に満ちた言葉でさえ、俺は使用された魔法使いの項目を目にして止まる。

 心臓が五月蝿く脈打つ、汗が噴き出していく。

 頭の中で意味も無く様々な言葉が浮かんでは、サラダと化して散っていった。

 そこに書いてある人物の名前を見て、俺は泣いて良いのか怒り狂えば良いのか分からない。

 机を掴んで引き倒したかった。書類を破いて捨ててやりたかった。

 酒を飲んでそのビンを壁に叩き付けたかった。椅子を蹴り飛ばしてやりたかった。

 しかし、俺の頭の中では大事な人が死ぬ光景が想起され、涙が溢れた。


 オルバとミラノ。

 この二人は、このクソッタレな野郎に材料として使われていた。

 そしてオルバは──本来病弱であったオリジナルの彼は、既に”処分”されていた。

 日付までご丁寧に書いてある。

 どちらも『実験は成功』と書かれている、ふざけた話だ。

 

 俺は椅子に再びどうしようもない内面を抑えつけながら座り込むと、前にアルバートから貰ったワインを飲む。

 一気にボトルの半分を飲み干して、気持ち悪さを抱えながら書類をストレージにしまった。


──兄貴、またな──


 弟の声が、姿が、記憶が蘇る。

 別人なのに、殺されている事を思うと涙が溢れて止まらない。

 チクショウと、俺は誰にでもなく一人呟いた。

 その声に反応して、ベッドがもぞりと一度だけ動いただけだった。

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