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元自衛官、異世界に赴任する  作者: 旗本蔵屋敷
四章 元自衛官、休みに突入す
54/182

54話

 適当と言うのはいい加減にやる、と言う意味じゃない。適切に対処する、適切に当ると言うのを縮めて適当と言うんだ。部隊配属されて、副班長にそう言われたのは、富士演習の時で、脱落した後輩の分増えた負担と言う名のLAMを行軍完了まで担いすぎて、首周りの皮膚が手当てが必要になってしまったときだ。

 行軍中、LAMだのMG《MINIMI》だのは下っ端である陸士が分担し、ローテーションして持ち歩く事になる。MINIMIならまだ良いが、LAM等になると十五Kg近くもの重さが軽視できない負担となって身体を襲う。その時、後期教育を終えたばかりの後輩で、入って一月目での富士演習と二十四Kmもの行軍を体験する事になった。

 基本的に前期と後期で精神を鍛える為にも肉体は徹底的に苛め抜かれ、それから部隊配属になるのだからそう容易く脱落はしないだろうと思った。しかし、現実にはそうはならなかった。俺の配属された分隊の班員である後輩は、勾配の激しい初めてのコースにあえなく脱落していき、その結果下っ端が少なくなったが為にLAMを俺が最後まで担当する羽目になったのだ。

 別に文句は言わないし、それで怒ったりもしない。俺は下っ端なので荷物持ちや苦しい事を担当するのは当然であり、新しく入ってきた後輩達も始めてのコースである事やまだ六ヶ月しか”一般人だった頃”から経過していない。一年以上居る自分とは、まだ経験も知識もやばさを認識する能力も力の入れ方や抜き方も知らないのだ。

 結果、十三行程もの間LAMを担当していた事で、小休止や大休止の際に手抜きをして首周りから外さないで居たのが悪かったのだろう、皮膚がズルズルになってしまった。その結果行軍からの突撃終了後、俺は”名誉の負傷”扱いされ、衛生の手当てを受けた後、夜の天幕内での宴会で同じ班に配属された副班長からそういわれたのだ。

 俺は――時に盲目的と言うか、真っ直ぐになりすぎる。その事を指摘されて、適当と言う言葉に繋がったのだ。今回はそれで最後まで来られたけれども、本当に無理だったら三曹あたりも頼って良いんだと言われたのだ。

 階級は絶対だけれども、それを遵守して脱落する方が良くないのだとか。時には上官であっても利用しても良いんだぜぇい? なんて、茶化すように締められて酒盛りに戻ったのを覚えている。


 階級じゃなくても、立場や――爵位の上下はここにある。俺は貴族として最下層の騎士だから、公爵には逆らうなんて出来ない。俺は少し頑張った程度の人間だから、かつて人類を救った英雄には逆らえない。そう、思っている。


「つまり、ヘラ様が壁をこんな風にしたと……」

「ごっ、ごめんなさい……っ!」


 音を聞きつけて、アークリアが早足で此方までやってきた。そして俺はどうすべきか迷ったが、部屋の壁に出来た窪みを見せて、事情を説明するしかなかった。俺はただ居合わせただけで、マリーとヘラがちょっとした言い争いになって、その結果一発が壁に当ってこんな事になっただけだというのに、まるで俺が壁を破壊したかのような恐縮振りだ。


「――分かりました、旦那様にはお話しておきます。なのでヤクモ様は落ち着いて休まれてください」

「すっ、すみませんっ!」


 去っていくアークリアさんに九十度も上半身を曲げて頭を下げる。どうしても俺のほうが格下に思えて、しかも良く思われてないんじゃないかと言う負い目もあってビクビクしてしまう。おかしいよね? マリーやヘラの方が本来は恐れ多いはずなんだが、公爵と比べるとなんだかフレンドリーと言うか、年齢が近いように見えて話がしやすいのだ。

 公爵は既に髭も自分を飾る為に生やしているし、実年齢を無視しても俺より年上だ。口調は優しいが、それでも緊張する。

 アークリアが去り、俺は扉を閉じて壁に出来た凹みを見る。思いっきり抉れており、壁の素材である木が割れ、折れ、破片を散らしている。こんな物壁紙含めて修理とかになったら幾ら金がかかるか分からない、心臓はバクバクと喧しいのに頭からは血の気が引いている。眩暈がした、貧血と重なってクラリと来るが、踏みとどまってシステム画面を開いた。


「ご主人様、壁に張り付いてもどうしようもないわよ?」

「いや、直せる! 直せるからちょっと待ってくれ!」


 対象、壁。範囲、選択。参考部位、壁全体。破損箇所認識、必要素材提示。……ひぃ、木材なんて持ってねえ。何か代用できる物はないかとストレージを見ると、防弾チョッキが目に入る。何が適応されているのかと目にすると、六十四小銃が参照された。そう言えば、六十四小銃は握把の箇所に木材が使用されている、どうやら密度を犠牲にする事で木材箇所の強度を減らして捻出する事で、それを壁に充てる事によって修復が可能なようだ。

 クリエイト能力、マジ最高。今ならこんなシステムを搭載してくれたアーニャにキスしてもいい。ベシートだが、それくらいの感謝をしている。即座に俺は銃の握把部分の木材強度を少しばかり犠牲にし、破片や破損した物もそのまま材料の大部分に利用して壁を即座に修理する。一瞬素材と対象が輝いたが、淡い光が散った後には綺麗な壁へと戻っていた。


「やっべ、危なかった……」

「ご主人様、本当に万能ね。壊れてもその破片さえあれば直せちゃうなんて、職人泣かせ?」

「こんな巻き込まれ事故で何の責任も負えるか!」

「本当に、貴方は奇跡の技を使えるのですね~」

「奇跡の技?」

「あ、そのまま話を進めて、どうぞ。本当に直ってるか確認しとくから」


 俺は壁を確認する。ベッドの上ではマリーがうつ伏せになって気絶しているという異様で異常な光景だが、俺にとっては巻き込まれ事故で責任追及とか悔やんでも悔やみきれないのだ。壁紙に関してはダメージが無かったので素材の補填が不要だったのが助かる、紙は貴重だし代用するとしても頁を消費したら文章が失われてしまう。紙の材質が違ったら補填できないかも知れないし、神に救われた気持ちだ。紙だけに。


「奇跡の技と言うのは、私達の理解の範疇に無い魔法や技術の事を言うのです。

 最近では付呪と言うものが人の手で行えると判明しましたが、それでも魔法にはまだまだ分からぬ点が多いのです。遠くの相手と声を出さずとも会話が出来るとか、手紙を実際に認める事無く相手に送るとか――とにかく分からない物が有るのです」

「あら、良かったわねご主人様。奇跡の使い手として価値が高まったみたいよ?」

「その使い方が壁に出来た穴の修復って言うのがまず情けないんだけどな……。

 よし、異常無し」


 ふう、やれやれ……。後で説明を求められたら面倒だけれど、損害賠償とかの話にもならないし、誰もがハッピーになるエンディングになるのでこれで良かったと思う。お茶を飲もうかなと思っていたら、開かれた扉をノックする音が聞こえる。そちらを見ればアイアスとロビンが居て、千客万来だなと思った。これでも発熱したりと大忙しだったんだけれども、元気かなと思われたら群がってくるのか、犬かお前ら。


「おっ、元気そうにしてるじゃねえか。坊の代理で見舞いに来てやったぜい」

「――げんき?」

「一時的な小康状態だと思うんだけど、何で部屋に入って寛ぎ出しますかね……」


 アイアスとロビンがずかずかと部屋に入ってくる、そこに遠慮なんかは無い。椅子に腰掛け机に足を乗っけるアイアスと、椅子があるのに床に座りだすロビン。こいつら自由すぎて俺もそろそろ胃がおかしくなりそうだ。


「んぁ? 良いだろ、別に。んで、なんでマリーは寝てんだ?」

「いや、ヘラが……」

「ヤクモさんが、奇跡の技を使えると聞いてそのショックで不貞寝したんですよ」


 ヘラが俺の言葉を遮り、偽りの言葉を吐き出した。酷い、こいつ……自分がぶん殴った事をなかったことにしやがった。それに、マリーがしているのは睡眠ではなく気絶だ、健全と不健全ほどの差がある。理不尽には慣れているが、仕事じゃなくて私事なのでどうにもダメージがモロに来る。仕事時間内での飲み会は別に良いのに、休日とかにいきなり呼び出されて飲み会になるのでは全然違うように。

 アイアスは「ふ~ん」等と、気の無い返事をした。ロビンは何処から取り出したのか分からないが、いきなり弓を取り出して弦を外しだした。こいつら……。


「奇跡の技、ねえ。神聖フランツとやらでは、そんな事崇めてんのか?」

「アイアスくん、私達にも使えない魔法はあったよね? それに、最近出て来た”付呪”も奇跡の一つだよ」

「あ~、まあ。そう、だな……。原理は分からねーけど、出来る奴は?」

「私のいる国でもまだ研究中だよ。けど、専ら神聖職の人たちの服に対魔法防御の効果を少しずつ与えてるって所かな」

「こっちではそこらへんあまり調べたりはしてねーみたいだけどな。けど、服に魔法防御って、何考えてんだ?」

「さあ、なんだろうね?」

「まあ、どうせまともな考えじゃないだろうがな。どうにも世界情勢がきな臭え、ユニオン共和国、それに神聖フランツは俺達を寄越せとか言ってやがる。全部の国が、変な方角に走ってるのが気にいらねえ」


 そう言ってアイアスは心底気に入らない様子を見せた。まあ、そこらへんは俺が改めて語る所じゃないだろう。チラリとマリーが大丈夫か確認してみたところ、影になっていて気が付かなかったが鼻血でベッドを濡らしていた。俺の寝床はどうやら衛生環境が劣悪になってしまったようだ、後でなんて説明すればいい? 壁は大丈夫でしたが、ベッドが鼻血で台無しになりましたって? 笑える話だ。

 カティアに頼んで湿らせた布を用意してもらう、その間にうつ伏せから仰向けにして膝を貸して鼻血が垂れない様に少しばかり頭部が低くなるようにする。そしてカティアが持ってきた湿らせた布で顔に付着した鼻血を出来る限り拭い、見るも哀れな状態から回復させる事しか俺には出来ない。

 おかしい、本来であればパワーバランス的に俺がマリーを守るのは逆な気がするのだ。しかし、実際には俺はミラノ達一般の方々に倒れた所を面倒見てもらい、そして俺はマリーの面倒を見て居る。力関係が色々な意味で逆になってる気がしないでもなかった。


ぼん、気をつけろよ。神聖フランツはな、英雄とそれに連なる人間をかき集めてる。

 俺やロビンは何度も”招待”されてるんだ」

「招待? なんだ、叡智と英雄を集めて年々の進捗報告と交流でもしてるのか?」

「まさか。奴らは現状を見ずに、英雄とは神聖だから仕えるべき対象であり、尊重し、崇め、象徴とするべきだと言っている。つまり、俺達に煌びやかな場所で、毎日優雅に暮らしながら、危うくなっても最後の最後まで後ろでゆっくりしてろって言ってるんだよ。

 あの国の奴らは、奇跡の技とか言って魔法の未知の領域へと踏み込んだ奴らにまで声をかけてる。坊がもし奇跡の技を使えると認識されちまえば、圧力がかかるかもな」

「そりゃ、また……。なんとも嫌な流れだな――あ、出来た」


 クラフトで”分解”が有ったので、マリーの鼻血のみを抽出する形で分離させる事に成功した。ただ、その指定先に困ったので、カティアの持ってきてくれた布を指定した所、均等に布が鼻血で赤くなった。完全に伸びていて、顔を綺麗にした時も無反応だった。こういうとき、鼻血を止めるのを優先して鼻に布を突っ込むべきかどうか迷ったが、そもそも材質が俺の知っている物とは違うので後々宜しくない事になりそうなので、暫く膝を貸すことにした。

 ――まるで親戚の甥や姪が遊びつかれて寝てしまい、しかも寄りかかったりしているから迂闊に動けないような状況に酷似している。ただ、相手は年齢不詳だが”外見的には”歳が近いと思う。こういうのはラブコメでのイベントじゃないのかねえと思ったりもするが、姉に顔面パンチでノックアウトし、鼻血を流しながら伸びていると言う文面からは「あれ、ラブ要素何処よ?」と思ってしまう。


「? 今、何をしたんだ?」

「あぁ、えっと……。マリーの鼻血を、分離したんだ」

「なるほど、奇跡の技だな……。俺にはマリーほどの魔法への知識は無いし、さっぱりだ」

「アイアスはどんな魔法を使うんだ?」

「なんだ。お前、見て――無かったな、そういや。俺がロビンと戦ってる時にはもうそっちはそっちで大変だったんだよな? そりゃ見られんわ。

 ロビン、作業中止だ。この坊に魔法を使った戦いの話をするから、お前も話せ」

「――……? アイアスがぜんぶ説明すれば、い~」

「そんな訳があるか。恩には報いる、それが俺の流儀だ」

「――だった、仕方ない」


 ロビンは弓の本体をしなり具合を確認し、弓がおかしくなっていないかどうかを見ていたようだが、アイアスの言葉に諦めたのか弓を放り投げた。大事な物じゃないのかよと突っ込みかけたが、それが弧を描いて落下しだす頃に存在が薄れ、そして透過して行って消えた。そこらへんはマリーが見えなくなったりしたので直ぐに納得した。英雄は、常識の範疇に無いのだから。


「まあ、難しい事はしてねえよ。ただ他の奴より多く魔法が使えて、ただ他の奴より多く戦いの場数を踏んで、ただ他の奴より魔法と戦闘の織り交ぜができて、ただ他の奴より戦う事に対して手段を選ばないだけだ。

 一人でも多数を叩き伏せる、相手が強くても魔法か技術――身体能力、全てを相手に合わせて有効な物を選択して、ぶつける。とは言え、槍だけじゃなんともならねえ。結局、魔法と体術を鍛えたんだが」

「へえ」

「――……、」


 沈黙。アイアスが気持ちよく色々語ってくれたのに、妙な間が出来て俺はいぶかしむ。


「って、おい! ロビン! 手前が続けねえと意味無いだろ!」

「――う?」

「あぁ、クソ……。ロビン、お前の隠密には何を使ってる?」

「――風」

「風魔法? ――あぁ、なるほど。音が出た時に、その周囲の空間から音を逃がさない事で静穏化をしているとか」

「――お~」


 風で空気、いわば空間に作用できるのは大分前にやった複合魔法で理解している。空気、空間を固定する事でその中の空気を熱したり冷やしたりしても周囲には漏らさない事が出来る、それと同じように足音や生物が発する生命の音含めた全てを空間ごと切り離しているのかも知れない。

 ロビンが立ち上がり、俺の頭を撫でてくれる。正解なのだろうか? けれども俺はアイアスがつまらなさそうに舌打ちしたのを見た。


「クソ、なんだこいつ。空間とか、音を逃がさないとか的確に答えやがった。ロビン、お前が苦労して修得した技術だろ、なんで褒めてるんだよ」

「――ん、もんだいな~い、も~まんた~い。優秀なの、いいこと」

「ま、そうだな……。優秀な奴が一人でも多いのは良い事だ、その分いざと言うときに肩を並べるのも背中を任せることが出来るのは有り難い話だからな。

 この時代にも使える奴が居て、一人でも多く知っておく事は良いことだ。うちの坊もこれくらい見所が有ればねぇ……」

「――だから、アイアスが育てる」

「腰が引けてて、本気が出せねーんだよ。エクスフレアほど猪突猛進でもなく、キリングほど運動が出来ないわけじゃない。ヴァレリオ家の息子の中では、よく言えば均衡が取れてるし、悪く言えばどっちにも長けてないクソだが――」

「――アイアス、口、わるい」


 アルバート、本人が居ない場所で貶される。まあ、この屋敷に来てからもそうだったが、大分情けない所を見て居る。涙を浮かべて部屋の外でミラノとマリーの喧嘩をどうしようもないと震えていたり、兄や父が居る場では何も喋らずに俯きがちだったりと、学園での態度が既にハリボテだった事がわかった。これを踏まえて、アルバートが強くなりたいと言うのなら俺は考えなきゃいけない。今までは弱者には強く、強者には諂うような所が有るのかなと思っていたが、そうじゃないようだ。

 圧倒的に足りないのは何なのかは分からないが、臆病なのか自信が無いのか――それさえ分からないとやり方を間違えればアルバートは去ってしまうだろう。それが選択なら良いだろうけれども、やはり――俺としては嫌だ。せっかく、切欠が何であれ酒を共に飲める相手が出来たのだから、大事にしたい。


「学園に居る時は俺が出来る限りの事はするよ。とは言っても、俺もそこまで何が出来るのかって言われると弱いけどさ」

「――うんにゃ、助かるぜ坊。少なくとも今回の休暇で幾らか見直したところは有るんだ、つまり坊への指導・指南が良い影響を与えたってこった。

 ただ、そうだな。やるなら協同でやるってのはどうだ?」

「俺は良いけど、アルバートがそれを承知するかね?」

「なあに、構いやしねえよ。俺は当主殿に頼まれてるし、嫌になって逃げ出しても俺から逃げられやしねえよ。

 あんな三男坊一人で逃げ出した所で、何処に行って何が出来る? 有るのは家柄だけ、今のあいつには武力も無い、卓越した魔法の行使能力も無い、戦術眼、人の使い方、自分の見せ方、世界への興味……無い無い尽くしで涙が――」

「アイアス」

「んぁ?」


 ロビンがジッとアイアスをみる、突然名を呼ばれたアイアスが一瞬だけ顔を歪めたが、何かを理解するように数度頷く。


「あぁ、悪い。言いすぎだな。調子に乗った、悪ぃ」

「――ん、良い」

「懐かしいね~。昔も、調子に乗ったアイアスくんがロビンちゃんに引き止められたり、守られたりしてたよね」

「俺も若かったんだ。いや……、誰かに背中を任せてその分戦えたとも言えるがな。

 あの野郎、俺がどれだけ苦労してきたかもしらねえで、ヒョイヒョイ先に行きやがる」

「――なつかしい」

「それは皆が名前を忘れた、主要人物の事か?」

「あぁ。俺達は――皆、言っちまえば”やんごとなき”世界の人だ。無意味な装飾、回りくどいやり取り、面子と沽券ばかりを気にした日々の生活。頭が固くて、世間知らずで、けれども家柄が一つの武器だった。けど、人類が滅びる時代が来て、結局そんな物は何の役にも立たなくなったのさ。

 変わりに求められたのは適切な判断が出来て、人を率いる事が出来て、仲間や部下を死が迫ろうとも飛び込ませる統率力。そして相手が誰であろうと、強大であろうと怯まない精神と、必勝の心構え――挙げてもキリがねえ。俺達は確かに英雄と呼ばれはしたが、そんな物は後からだ。実際にはあの野郎に引っ張られ、引きずられ、実績と裏打ちがそうさせただけだ。あいつは、勇者だった……」

「――アイアス」


 アイアスがそう言って懐かしみ、ロビンが今度はアイアスの頭を撫ではじめる。俺の時とは意味が違うそれだったが、アイアスは暫くそのままされるがままにされていた。そして天井を見てから大きく息を吐き、机から足をようやく下ろした。


「ま、居なくなった奴を懐かしむのは止めだ。どうせ奴も望んじゃいない。それよか、これからだ。坊はあの不甲斐無いアルバートに知識と知恵、それと自信をつけてやってくれ。俺はそれを逐一へし折って、こそぎ落として”鍛錬”する。もちろんタダでとは言わない、英雄を相手に生き延びた男だ、それを見込んで鍛え上げられるだけ鍛えてやる。俺は魔法にゃ長けちゃ居ないが、言っちまえば誰よりも凡庸で初歩的な事を教えられる」

「……アイアスが、凡庸?」

「おうよ。仲間の中には力で全てをなぎ払うのに特化した奴が居る、技で相手を細切れにする奴がいる、目の前に居るのに気づいたら一撃を加えた上で背後に立つような素早い奴も居る。魔法じゃマリーにゃ敵わねえし、魔力の総量や治癒、援護や支援じゃヘラには敵わない。遠くから敵を的確にぶち抜く事に関しちゃロビンの真似は出来ねえしな」


 アイアスは何でも無いように、自分が劣っている事を隠さなかった。それに俺は驚きを隠せず、アイアスはそんな俺を見てにやりと笑うと自身の口に人差し指を当てた。


「ま、これは内緒にしといてくれや。あの坊に聞かれたら何がどうなるか分かったこっちゃねえ。

 だが、これは事実だ。俺は突出した技能は無え。ただ皮肉な事に、俺の家柄が一歩目だったのさ。追い詰められても、人は無力になれば何かに縋る、助かりたいしどうにかなって欲しいと助けを求める。マリーやヘラの家も同じくらい立派な家柄だったが、俺達の国が危機に陥った時に真っ先に兵を率いて損耗した。結果、兵の数が多く残された俺が人を纏める上で家柄を利用できて、表向きだろうがなんだろうが纏めるのに一役買っていたのさ。

 だが、まあ。戦争は人を狂わせる物さ、それが良い方向へ、悪い方向へかは分からない。結果を見れば良い方向だったが、その代償は決して安くは無かった。両親が死んだ、兄貴が死んだ、そして俺は家族を全員失った。強くならなきゃいけねえって思うには遅すぎたが、目を覚ますにはそれくらいの出来事が俺には必要だったんだよ。だが、そのおかげで力は手に入れた。それでも、まだ足りないんだが」


 マジか。ロビン、マリー、ヘラ……そしてアイツと四人の英雄を見てきたわけだが、その中ではアイアスが一番強そうに見える。けれども、アイアスは自分なんてまだまだだと言った。……ヤバイな、アイツを除いてアイアスたち四人は友好的だから良いが、これから何が起こるか分からない。

 アイツは少なくともこれからも敵対しうる最大の可能性だ、ツアル皇国の二人は戦う事で忙しいらしいから放置するにしても、十四人居るので――あと九名は召喚されたならばどこかに居るわけだ、となるとそれが他国や主人によっては敵対しかねないわけだ。

 ニコルが狂人であったならばマリーも敵対していただろう。


「鍛えてもらうのは有り難いよ、マジ感謝って感じ? けど、ん~……」

「どうした、何が気に入らない?」

「個人的な事。俺の人生は、お世辞にも良い歩みだったとは言えないから、美味しそうに見える餌や、俺が好ましく思う事態や展開にはちょっと警戒するんだよ。美味しい餌には罠が有る、或いは何か目論見が有るんじゃないかってね。そうじゃなくても、それが原因で望まない展開に転がる……”不運”が多すぎて、飛び込むのに躊躇すると言うか」

「何を躊躇する理由があるんだよ。はは~ん、さてはビビったな?」

「あ~、まあ。それも有るかな」

「んだよ、そこは否定しろっての。だが、ま。恐怖を正しく認識できてる内は正常だな、うん」


 そういうとアイアスは立ち上がり、窓の外を見た。そろそろ夕食時だからだろう、部屋を出て行くようだ。


「気が向いたら何時でも言えや。少なくとも坊が強くなればアルバートの野郎も危機感を覚えるだろ。後から俺に学び始めて、頭を飛び越えて先に行く。それでも踏ん張れねえんなら、男じゃねえな」


 その言葉が部屋に残され、アイアスの姿が見えなくなっても胸に残る。踏ん張れ無い奴は男じゃ無いと言うが、俺も両親の死で目的を見失って踏ん張れなかった男だ。踏ん張れなかったと言う事は諦めたと言う事で、諦めたと言う記憶が俺に”逃げた”と言う記憶を残し足を引っ張る。

 俺は今即答すべきだったのだろうか? 理由を付けて逃げただけじゃないのだろうか? そんな考えが後になって湧いて来る。どうしたらよかったのだろうかと、マリーの頭をゆっくりと撫でた。あの戦いの自爆技で、彼女の怠惰や物臭なイメージを引っ張っていた髪が大分焼けてしまったようだ。前までは地面を引きずるくらいの長さだった髪も、今じゃショートになっている。印象が変わったのは、それによって顔が殆ど隠れなくなったからと言うのも有るだろう。

 前よりは陰鬱としていない、方向性は間違っているかも知れないが明るさを取り戻したマリー。その理由は分からない、けれども――俺は、少なくとも今の彼女の方が好きだ。快活的で、感情的で、差し障りの無いやり取りだけじゃなく内面を吐露する、そんな方が良いに決まっている。

 そんな事を考えていると、気が付けばロビンの顔が目前にあって驚く。いかんいかん、考え事をすると周囲の情報が入らなさ過ぎる。


「な、なに?」

「――ん、なんでもな~い」


 そしてロビンも去っていった、残されたヘラ、マリー、俺、カティア。カティアは寝起きだからか鏡を前に髪の手入れをしている。そして頷いてみせた、どうやら彼女なりに満足のいく状態なのだろう。鏡の前から戻ってくるが、アイアスが足を乗っけていた机の上が汚くなっているのを見て顔を引きつらせた。俺は距離が開けているから細かくは見えないが、もしかすると土や砂やらが落ちていたのだろう。「何か布を探してくる」と出て行ってしまった、そういった掃除用具は部屋に無いのだから仕方が無い。部屋には生活用品の備えくらいしかなく、完全に来客者用のだ。

 カティアが出て行ってからウエスがストレージ内部に有るのを思い出した。あほみたいに沢山あるので一枚や二枚とケチな事をする必要は無いのだが、こういうときにも俺は一手と一歩遅かった。


「……ヘラは食事に行かないのか?」

「数度は食事をご一緒しましたから、礼節は一応尽くしてます。それよりも部屋に篭ったまま、一度もご一緒した事の無い方との食事をしたいと思うのは不思議ですか? それに、妹も貴方に似て部屋にずっと引き篭もって食事をしてましたから良い機会かなと」


 ……マリーも部屋に引き篭もって食事をしていたらしい。確かに怪しいとは言ったが、主人のニコルが強行するような人じゃ無さそうと言うのと、目的にそぐわないリスクを好まなさそうな人だと思っている。食堂に集まっている所で確実に全員を吹き飛ばす、なんて暗殺をする危険性は無いだろう。

 じゃあ何で部屋に篭ってるのだろうかと思ったが、身体が魔力で構成されていても痛いものは痛いだろうし、悪態ついていたが全てのダメージを主人の魔力を使用して回復した訳じゃないのだろう。そうじゃなくとも、自重した方が良さそうと言う事も考えてるかも知れないし、下手すると刻印だらけの自分が露見する事を避けたがっているのかも知れない。


「だとすると、マリーやヘラの分の食事ってここに運んでもらった方が良いのかねえ」

「あ、そうですね。このままじゃ手間をかけさせてしまいますし、少し席を外しますね」

「いや、カティアに頼むよ。こんな事を頼むのは気が引けるけど……」


 そう言いながら、俺はカティアに通話をかける。声を出さないので傍からみれば何もしてないように見えるが、実際には色々な事が出来ている。その秘匿性、速度は武器だと思う。

 数コールもしないうちにカティアが通話に出てくる、その速さに少し苦笑するが、彼女らしいと言えば彼女らしいのかも知れない。


『どうしたの、ご主人様?』

『ああ、えっと。こんな事を頼むのは気が引けるんだけど、マリーとヘラが俺の部屋で食事をしたいらしいから、二人の食事をこっちに運ぶように頼めないかな?』


 駄目かな? そう思っていたが、カティアは別に気にした様子は無さそうであった。直ぐに『ええ、分かったわ』と言う色よい返事が返ってきて、俺は少しばかり張り詰めた緊張を緩めた。


「カティアに頼んだから、マリーとヘラの分の食事はこっちに運んでもらえるよ」

「今やったんですか?」

「まあ、魔法みたいな――じゃないな。この言い回しが出来ないのか……。

 奇跡の技、みたいなものだよ」


 そう言って、俺はカティアが戻ってきて机の上を綺麗にし、最低限の部屋の片づけをしてくれるのをみていた。学園に居た頃は生活の大半は関われなかったけれども、こうやって私室が与えられたらその片付けだの生理整頓や掃除などに精を出してくれている。綺麗好きなのか、それともそうする事で満足するのかは分からない。

 そうやってカティアを眺め、ヘラが手――と言うか、グローブを眺めて握り締めたり開いたり、彼女もまた何処からか杖を取り出してその杖を眺めている。点検だろうか? けれども俺は気になったことが有ったので訊ねる。


「その杖は?」

「この杖ですか? そうですね、何の取り得も無かった私が、魔法を使うに当ってその威力を最大限効率化してくれる象徴――みたいなものですかね」

「取り得が無いって……」


 あんな高速高威力な殺人パンチを放てる奴に取り得が無いと言ったら、誰も取り得も長所も無い事になってしまう。俺が微妙な顔をしているのをみたのか、彼女は苦笑した。


「あはは……。力ってのは有っても、その使い方を分かっていなければ無意味なんです。

 私は自分の事を守る事しか出来ません、アイアスくんのように仲間と一緒に前に出れば、必ず誰かを巻き添えにしてしまいます」


 なるほど、つまり身体能力は高いけれども適性が無いのか、或いは仲間全員を見て支援系に関しては彼女以上に適格者が居ないとか、そういう話なのかもしれない。勝手に理解し、納得するとマリーがピクリと反応した。どうやら意識皆無から、薄っすらと覚醒しつつあるらしい。あともう少しもすれば目覚めるだろう、それまでに鼻血は止まってくれなさそうだが……。


「それに、皆さんの中で私が一番回復や防御に長けてましたから。差し迫った状況の中で、そちらに私は長けていきました」

「なるほど……。姉妹揃って中距離、遠距離になった訳か」

「そうですね。あまり英雄らしい働きはしていませんが、それでも多くの人を癒し、死に向かう人を救ってきたのは誇りです。傲慢かも知れませんが、死ぬはずだった人を救うのは喜ばしい事ですから」


 そう言ってヘラは笑みを浮かべた。けれども、その笑みは少しばかり下手で、救えなかった命が有る事も思い出したのかもしれない。ただ、そんな物は俺にだって辛さは判る。災害派遣の時が、そう言った事と身近だった。

 伊豆大島の台風による土砂崩れ。あの時は酷かった、文明や科学が失われると人がどれほど脆いのか、どれだけ人が便利な物に依存して生きていたのかを目の当たりにする事となった。崩壊、破壊、無秩序、そして絶望が漂っている。ヘリで第一波で向かった時、道が存在しない事に驚いたものだ。けれども、それ以上に堪えるのは一般の方々の嗚咽や嘆き、悲しみだ。崩れた建物や土砂に飲まれて半分以上も埋まった建築物を前に泣いているか、叫びながら何とか少しでも瓦礫を除け様としている人が居た。


『お願いします、家内を助けてやって下さい』


 その言葉が、縋る物だったのを覚えている。けれども、土砂でインフラそのものが破壊されたままに機材は搬送できず、一週間近く人力作業が続く。当然と言うか何と言うか、土砂や瓦礫に埋もれて仏さんが見つかる事もあり。決して騒がず、声を潜めて報告する。そして誰にも見られないように掘り出し、搬送する。

 自衛官は二次災害を起さないようにしなければならない。安全が確保できなければ、助けられそうな人でも救えない事だって有る。そして家に張り付いて身内を助けようとしていた人は相手が既に他界した事を知ると、泣くか喚くかのどちらかだ。どうしようもないのだ、俺は一般社会での理不尽はどれだけのものかは知らない。五十歳にもなるだろう男性が、胸倉を掴んで叫ぶのだ。


『あんたらがもっと早く行動してくれれば助かったかも知れないのに!!!』


 そんな状況と亡骸を見て、士気が下がらない訳は無い。それでも俺達は水の確保も難しく、不満足な食事、そしてマスコミと言う行動の阻害をして来る”自称正義”が闊歩する中でも立派であろうとしなければならなかった。

 言い訳もせずに怒りを受け止める、どうしようもなかったとかそんな言い訳はしないで謝罪する。そうしていると上官が来て助けてくれて、解放される。気落ちすれば叱咤激励され、そうやって十……三日くらいもすると交代で本土へと帰るのだが、あの時の事は忘れられない。


「――助けられたかも知れない、そんな考えがあると辛いよな」

「そうですね。けど、そんな事を言う事も、表に出す事も出来ないのが辛いんですよね」

「そうそう。表に出すと周囲の人を不安がらせたり心配かけたりするんじゃないかって。

 周囲の人が頼ったりしている分、頼もしい自分を演じなきゃいけなくなる」

「話が伝わる人が居て助かります。あの国だと冗談扱いされて――あ、今のは内緒でお願いしますね?」


 そんな和やかな会話をして暫く時間を潰していると、食事が運ばれてくる。カティアが応対し、マリーが気を失っていてその看護で動けないので机に食事を置いてもらった。今日もまた豪勢だ、ただ――皿の大きさに対して盛り付けが”美麗”に特化した分だけスペースが足りなくなる。

 仕方が無く食事を載せた台車を置いて貰った、接客は良いので自由にさせて欲しいと言うとメイドは去って行ったが、最後に部屋を一度ばかり目で確認していた。なんだろう、壁に穴が出来た噂でも聞いたのかもしれない。

 人とは好奇心や興味にはあまり逆らえない生き物だ、そんな事を考えながら意識が大分復帰してきたであろうマリーを揺らした。


「ほら、マリー。ご飯、食事の時間だ」


 そう言ってみたものの、中々に芳しい反応は返ってこない。意識が無いわけじゃ無さそうだけれども、寝起きが宜しく無いのかも知れない。あまり揺さぶると殴られた手前良くないだろうと思い、ヒタヒタと頬を触れる事しか出来ない。


「まって、あと五分……。ご飯は机に置いといてくれたら後で食べるから――」


 いやいや、そういうわけにも行かないだろう。どうした物かと困ると、ヘラが机を置いて有名な錬金術師のように両手を自身の前に挙げた。流石にこんな場面で「おてての皺と皺を合わせて、幸せ~」なんてやらないだろう。姉は妹に容赦無いのだなと思いながら、仕方が無いなとため息を吐いた。


「アンタも一緒に……」


 幸せそうな寝言だ、躊躇すら覚える。だが無意味だ。誰かとの幸せそうな夢はヘラの手から発せられた破裂音でかき消され、ビクリとマリーの身体が震えた。そして涎をすする音と「ふがっ!?」と言う、女性らしからぬ物が色々と出ていた。

 気づかないフリをしたが、カティアがニヤニヤしている。やめろ、笑うんじゃない。下手すると痛い目を見るのは俺なんだぞ? そこらへんを考慮してくれ、と言うかそこまでいったらもはや思考支配だからどうしたら良いのかわからねえわあ!!!

 マリーの頭が動き、顔――と言うか鼻を押さえていた俺とゆっくり目線が有った。そして一秒、二秒と経過し、絶叫と共に俺の顔面に拳がめり込んだ。そのまま仰け反り、ベッドに倒れこむ。そして俺が倒れるのとは反対にマリーは立ち上がり、荒い息を吐いてこちらを見て居る。


「アンタ、一体何――をっ」


 しかし、鼻血が止まりきっていなかったらしく、何かの反動でまたツツと流れ出した。俺は起き上がれないままに彼女の鼻血を塞き止める為に使っていた布をヒラヒラと揺らした。血に染まった布切れ、そして彼女の鼻から流れている血。その二つが符合し、彼女は臨戦態勢が徐々に脱力と共に崩れて行き「あ、あ~……」と言う、何かを悟ったような声を出してからその場に崩れ落ちる。


「目が覚めた?」

「姉さん……」

「ご主人様はね、気絶していた貴女を介抱してくれていたのよ? そのお礼が顔に拳とは、高貴なお方はやる事が違いますわね」

「そんなつもりじゃ――」

「あ~、何でもいいから。自分で鼻血を抑えてくれ。ちと、チカチカする……」


 油断しきっていた所への一撃だったので、ダメージを脳がもろに処理している。無視や意識的な排除などはされていない、マリーが布を受け取った所で俺も脱力してベッド上で仰向けに脱力した。そもそも俺、体調不良だったんだって……。事後経過を見る為にも安静にしてなきゃいけないのに、千客万来、無遠慮な連中が多くて結局休めてない。

 夕食。そう、夕食を食べたらもうゆっくりしよう。そうしよう。アルバートが漫画が有るとか言ってたけど、そういやまだ見た事が無い。こう、寝る前にベッドで手軽に読めるような物が欲しくなる。そういうのも、今度アーニャと一緒に日本来訪を果たしたら幾らかストレージにでも突っ込んでおこう。そうしたら漫画だろうがラノベだろうが暫くは読めるし、寝る前にベッド内で本を読むのは習慣として根付いてるので侘しさもある。

 

「はぁ……」

「ご、ごめんなさい。その、貴方が介抱してくれたとは知らなくて。それに……混乱したの――」

「いいよ、もう――慣れてる」

「本当にごめんなさい。助けられて、面倒を見てもらったのに殴っちゃうなんてどうかしてるわよね……」

「まあ、軽率だったよ。覚醒して直ぐに、知り合って間もない野郎が傍に居たら誰でも警戒するって。 次回からは――はぁ――参考にするよ、っと。さあ、食事にしようか。一緒に食事をして、談笑して、満足したらまた今度体調が回復してきた時にでも来てくれれば良いから」


 そう言って俺は身体を起こして席に着く。やや辛いが、それでも今日がもう終わると思えば頑張れるし、耐えられる。皆がいなくなったらコッソリと酒を飲もう、じゃ無いと眠れないかもしれない。

 席に着いたが、マリーもヘラも何故か俺を見て居る。カティアも同じように俺を見ていて、なんだろうかと思った。


「あの、三人とも……食事は?」

「こういう時、皆が揃ってからやる挨拶と言うか儀式と言うか、そう言うのがツアル皇国に有るんです。ヤクモさんの行動とかはそちらに近いと聞いたので、もしかしたらな~と思いまして」

「姉に同じく」

「私は――言うまでも無いわよね」

「いや、そうだけど。だとしても、二人が俺の習慣や慣習に習わなくたって――」

「この部屋の主人は貴方でしょ? 私は成り行きだけれども、招かれた側だから」

「私も招かれた客人ですから、貴方に合わせます」

「ほら、ご主人様。こういう時はサクッと決めて」


 戸惑いながら、けれども仕事の関係でもない相手を共にして俺はゆっくりと手を合わせた。それに習うようにヘラ、マリー、カティアも手を合わせる。そして口を大にして言いかけて、ここは自衛隊じゃ無いと声を抑えた。


「頂きます」

「「「頂きます」」」


 ――思えば、頂きますと言うのはそう珍しい事じゃない。両親が無くなり、自衛隊を去り、自宅に引き篭もる毎日。そんな生活を送っていると、誰とも関わらなくなり、食事なんて一人で取るのが当たり前だった。閉じた世界、口から発した言葉が全て家の中で循環して己に返ってくるだけの空間。

頂きますと言っても、それに倣う人が居ない。

 人は会話、誰とも話をしたりしないと気が狂うと聞いた事があるが、それが事実なら俺は――気が狂い、縋ったのだろう。後悔だらけの人生、ああすれば良かった、こうすれば良かったと言う思考が沢山巡る。両親程じゃないにしても、誰かと共に生を謳歌する。そのごく基本であり、基礎であり、当たり前な事がまた出来るとは思いもしなかった。

 一緒に食事をするだけじゃない、頂きますと言えば頂きますと返って来る。その事に気づいた時、少しばかり唇がひくついたが、直ぐに何でも無さそうに食事へと移る。ただ「頂きます」と、同じように言ってくれるだけで心が痛む俺は、孤独で大分脆くなったのだろう。だから、俺は――矛盾している。

 諦めながら渇望していて、怠惰でありながら努力を厭わない。平穏平和の為に武器を手に取り戦いへと臨み、命は尊い物だと思いながらも優先順位によっては危める事を厭わない。それらが何処に集約しているかを考えれば、自虐的になってしまうのだが。


「――カティアは、明日予定は?」

「常にあけてありますわ、ご主人様」

「そう言われると、ミラノやアリアと絡みが無いとか、個人の興味や趣味が無いのかって心配になるんだけど。まあ、良いか……。退屈かも知れないけど、お勉強と言うか。俺も何が有るか分からないし、咄嗟に言った言葉が通じなくて死地に踏み込むのだけは避けたいから、そこらへんのすり合わせ」


 大分前にハンドサインを教えはしたが、それ以外は特に教えてこなかった。自学研鑽してくれといった体で放置し、交友を深めてくれと自分の苦手な分野を丸投げした。けれども、少しくらいならいいかもしれないと思ったのだ。何と無くとも言えるし、軍事演習に触発されたとも言える。

 俺はこれから先、ドンドンいろいろな物を取り入れていくのだろう。けれども、その結果俺が変容し、変化し続ける事で”元の世界”を薄めてしまうのではないかと言う考えも有った。今でもかつての思い出や記憶の幾らかは忘却の彼方で、若返ってからは思い出せるようになった物もあるが、今でも思い出せない物は少なくない。今覚えている物も忘れてしまう前に誰かと共有する事で忘れないようにしたいという、そういう考え方もあるだろう。

 ただ、俺のこの発言が意外だったのか、カティアは驚いていた。そりゃそうか、彼女が俺の使い魔となってから、教育らしい教育はしていなかった。ミラノやアリアに全て任せ、楽をしていたとも言えるのだから。


「何時にやるの?」

「明日は、面会謝絶でガチ療養する。だから午後一番に来てくれれば良い」


 人間疲れと言うか、そんな事がそもそも聞いた事の無い話だろうが。俺の歯に衣被せない物言いにカティアが「え」という顔を見せた。


「体調が良くないのなら、後日でも良いんじゃない?」

「少しでも回復したと思われたら、今日みたいに皆が集まって来そうだから、身の回りの世話やいざと言うときに看てくれる人と言う名目でカティアは会えるし」

「私は命を助けられた恩人が気になったと言う事で」

「じゃあ私は妹を助けてくれた英雄さんの世話をするという事で」

「おい、それじゃ意味無いだろ!?」


 突っ込みを入れてからヘラがクスクスと笑う、そしてマリーが「冗談よ」と言ってから倣うように「ええ、冗談ですよ」と言った。何処まで冗談なのか、或いはどこまで本気なのか分からない。この世界の住人は相手の体調が悪くても、地位や立場が上ならズカズカと踏み込むのが当然なのだろうか? それはちょっと、困るよな……。


「ちょっとした冗談ですよ。ヤクモさん、萎縮してますか?」

「え? なんで? むしろバリバリフランクかつ立場を弁えてないくらいの口調だけど」

「”ふらんく”が何かは分かりませんが……間が持たない、と言って伝わりますか? こう、何を話せばいいのか分からなくて、けど沈黙が苦痛みたいな感じがしたので」

「あ~、まあ。何を話せば良いのか分からないって言うのは、有るなあ」

「それじゃあ、好きな食べ物の話とか聞いてみたいです。そこらは覚えてますか?」

「覚えてるけど――。なんか、ロビンもマリーも、ヤケに食べ物回り気にするな。やっぱりアレ? 戦いのし過ぎで食事の偉大さに気がついたとか」

「ええ、そうですね」

「そんな所ね。当たり前のように食事が出てくる環境も状況も、全て失われてみれば質素で量の少ない物ばかり。そういう生活をしてるとね、食事が良い娯楽になるの。もう飢えるのも、食事が摂れなくて辛い思いをするのもウンザリ」

「辛かったね~。貴方はそういう経験はありますか?」

「――ある」


 そう言いながら、除隊して暫くした俺の生活を思い出す。最後でこそ若干肥満気味だったが、除隊して数ヵ月後の俺は――筋肉ですら痩せ衰え、死ぬ寸前にまで陥った事が有る。たまたまだ、本当にたまたま……弟が家に来てくれたのだ。そしてベッドで餓死しかけた俺を見つけ、生きながらえた。気力が完全に無くなった俺は、思い出と残り香が存在する家から出られなかった。その結果、食料は尽き、体調を崩してそのまま病気になり、故障した身体を動かす事すら難しい程までに衰え、筋力がその時点で蓄えの無い身体を存分に食い荒らしていった。

 起きているのか眠っているのかも分からないままに、俺は発見されるまでベッド上で横たわっていた。後に病院を出て家に帰ったとき、ベッドに自分の身体にそってマットが窪み、黄色い染みが出来ていたのを思い出す。自衛隊時代にも味わった事のない飢餓は、結果として食べる事を求めさせるのに十分であり、僅かに気力を戻させてくれた。

 だが、今目の前で食事を静々としている淑女気取りのカティアだって似たようなものだった。幼いのに一人で、餌も無いままに死に掛けていた。結局死んだのだが、その辛さは分かっているだろう。


「だから俺は思ったね。自分で料理するのなら拘るべきだって。安くても味付け一つで満足度は高められる。こんな……小出しの料理なんてしなくても、品を少なくしてお手軽お気楽料理とかで楽しめるからな~」

「――もしかして、料理がお上手なのでしょうか? でしたら、是非御相伴に与りたいのですが」

「……あ、俺が作れって話? まあ、出来る範囲でなら良いけど。お前ら皆、俺が料理人か何かと認識してる訳?」

「いえいえ、そんな事は無いですよ? ただ、私達は揃いも揃って料理とは無縁でしたから。それに、私達が接している多くの方は大半が偉い人なので、同じように料理という行為とは無縁なのです」

「だから貴方なら色々知ってるんじゃないかと思ってるんでしょ」


 完全に”庶民なら自分で料理するよね?”みたいな考えだった。まあ、間違っては居ないか。庶民中の庶民、この中では誰よりもパンピー……一般人に近いのだから。カティアはそもそも猫だったので含まれない。


「で、なにかヘラも思い出の品とかが有る訳?」

「もしかして、作っていただけたりするのでしょうか。だとしたら嬉しいですが、名称が分からないのです」

「あ~、じゃあ。それをどういう時に食べたか、食事なのか間食なのか、味や形状、うろ覚えでもいいからなんていう食べ物なのかを聞ければ……分かる物なら、作れる、かな」

「えっと、それじゃあ……。白くべたつく何かが入ってるんですが――」


 それは下ネタなのか、それともゲームネタかな? 一瞬そう思ってしまったが、それを口にするにはまず友好度が足りないし、性別が違うし、そもそもその情報を知識として持っている人物ではない上に、間違いなく話がゲームではなくセクハラ方面へ流れてしまう。死因としては最悪ではないだろうか? セクハラ行為で斬首だの絞首刑だのになってしまったら。流石に笑えない上に、生き長らえる意思すら失われてしまいそうだ。


「甘くて、外の入れ物は好きな形に出来ると言ってました。”くれま”という名称が出てきたのは覚えてます」

「あぁ、なるほど。何と無く予想はついたけど……」


 クリームだとあたりをつけると、シュークリームかたい焼きとかなのかなと推測する。しかし困ったな、カスタードとかクリームの材料は手に入るだろうか? 今の所それらにあたるものを見てないから、記憶を頼りに自作しなければならないだろう。作成自体は出来る、そこらへんも自衛隊に居た頃にやったので大丈夫だ。

 ただ――


「調理器具がなぁ……。カティア、ボウルとかフライパンとか、そういった見慣れたものは今まで見た事は有るか?」

「似たような物なら何度か」

「じゃあ、それも探さないとな~……。カレーにハンバーガー、それと甘味ねぇ……。

 俺、料理法でも確立させて、それを許可申請型にして収益を貰うのが安定しそうな気がするわ」

「剣を振るって、かつての英雄から生き延びた男が次に振るうのが包丁とか、笑える」

「あら、マリー様。ご主人様が剣を振るおうが、包丁を振るおうが、成果を出していればそれもまた生き様の一つだと思いますわ」

「そうだよ、マリー。戦いで目まぐるしい活躍をする人が、実は戦いを嫌ってるみたいに、人の印象的な面だけを捉えて、本質が違うって事もあるんだからさ」


 ヘラがそんな事を言うが、確かに事実だと思った。そしてマリーも少し納得のいかなさそうな表情をしていたが、頷いて肯定した。


「――そうね」

「それに、仕方が無かったという意味では皆様方と一緒だと思いますの。

 どう生きたかったか、どうなりたかったか。そういった個人的な願望や想いを優先できなかったのと同じかと」

「あはは、マリーはさっきそれで大騒ぎしてたもんね。お嫁さんになりたかった~、って」

「その話は、忘れて。お願い……」

「マリー様やヘラ様は、戦いが無ければどんな風に生きていたかとか考えた事はおありなのかしら?」

「私は……。そうね。過ぎ去った出来事に”もし”なんておかしな話だけど。多分、今ほど魔法は使えてなかったと思うわ。ただ自分の事に疑問を抱きながら、けれどもやっている事にはあまり疑問を抱かずに生き続けて……。こう言ったら何だけど、今よりも人として破綻してたと思う。

 それで、地位や身分さえあれば他人をどうにか出来ると――歴史や伝統に裏打ちされた物は正しいから誰もが従うと思って、高圧的に振舞ってたんじゃないかって」

「私は、自分を偽ったまま生きてたかも知れませんね。あと、優しさを知る事無く自分が傷つかない為の偽りの優しさを真だと思って生きて、色々な物を恨んで居たかも知れません」


 なんか、あんまり想像のつかない話だった。確かに、最初から立派な人なんて居ないと思ってはいるが、二人とも”立派”からは程遠い事を言っている。もしかしたら過大に言っているのかも知れないし、或いはそれぐらいしか特筆すべき事柄が無いのかも知れない。話半分くらいに聞いておこう、何にしても彼女達はそれを克服し、人々を導き、生き延び、英雄となったのだから。


「時間が有ったのなら、料理とかを学びたいとかは?」

「あ~、そうね~。けど、私達は――ほら。物の価値と言うか、お金を扱ったことが無いの。

 さっき彼が言ったけど、高い物を使えば良いものが作れるんじゃないかって言う事しか考えられないから」

「あはは、そうですね。私も家庭的……と言う言葉が適切かどうかは分かりませんが、料理や裁縫、花を育てるといった事も知りませんから。家柄も、地位も全て失って――気づいた事はあります。

 誰かが料理をして、その人が包丁を振るい、調理をしている所をボンヤリ眺めているだけでも楽しいですし、庶民の方はこんな所にも幸せを感じていたんだなって分かったんです。それで、日常的な作業なのに頑張ってる所を見るのは楽しいですし、普段接する時とは違う一面を見ることが出来るんです。

 そんな一面を楽しみながら『出来た』って言って、皿に盛り付けて来てくれるんです。そして皆で頂きますと言って、体裁も面目も無しに会話をしながら食事をする、それですら幸せなんです。けど、ふと思ったんです。同じように私が料理をしていたら、相手もその様子を見て幸せな一時と思ってくれたら嬉しいのではないかと。それで、自分が作った料理で相手が美味しいと笑みを浮かべてくれたなら、もっと幸せなんじゃないかって。

 だから、今更ながら料理とか、裁縫とか……そういった事を自分でやってみたいなと思ったりもします」

「それは、そうね。私も料理とか、手当てとか、掃除と片付けも自分で出来たらなって思う」

「マリーは良く怪我したし、一番散らかすけど掃除も片付けも苦手だもんね~」

「あれは、その……。魔法の研究をしてたら、書く物とか沢山必要だし……、資料とか、直ぐ使うからしまわないだけよ」

「つまり、マリー様はお片づけが苦手と言うことですわね」

「――っ、言ってくれるじゃない」

「誰かさんが人のご主人様を痛めつけるから、気に食わないだけですの。ごめんあそばせ」

「カティア、ストップ。俺は怒ってないから、文句があるのならマリーじゃなくて俺に言ってくれよ。

 嬉しいけど、やり方が……」

「けどご主人様? ご主人様が怒らないから、代わりに少しでも文句を言ってるの。

 誰かが言わないと、大丈夫なんだ、問題ないんだって周囲が考えてしまうとは思いませんこと?」

「そりゃ、まあ……。そうだけど」

「言いたい事、沢山ありましてよ? というか、有りすぎて困るのよ」

「そこをぐっと堪えて下さい、お願いします……」


 どうにもカティアには頭が上がらない。それには身内や学生時代以上の女性との関わりが無いと言う経験不足と、個人的な関係の構築の下手さを自覚しているが故の怯え等が有る。それ以前に、俺は主人であると言う事を知りながらも死んだりしているし、彼女の居ない場面で死に掛けたりもしてきた。目標や目的を達成するという事で信頼などは構築されるだろうが、出来るだけ無事に、安全に帰ってくると言う事にかけては零点を日々更新し続けているのを自覚していた。


「ふふ、彼女に頭が上がらないんですね」

「自分が悪いってのは自覚してるんだけど、どうしてもそこが上手くいかないんだ……」

「そう言えば、使い魔関連でまだ何にも練習してなかったけど。明日は遠隔召喚とか試してみてくださる? と言うか、やるのよ」

「お、おう……」

「ふふ、自分の使い魔に振り回される主人って――何処かで見たような、或いは聞いた事が有るような話ね。ああ、そう言えば、貴方はあのヘナチョコ魔法使いに召喚されたんだったかしら。まあ、あんな主人じゃ振り回して当然でしょうね。けど、そんな貴方がこんな小さな子に振り回されてるってのがまた……笑える」

「あの、マリーさん? 俺を貶してるのか、ストレートにぶっ刺してるのか分からないけど、やめてね?」

「ふ、ふふ……くくく――」


 何かがツボに入ったのか、マリーが笑い始める。その笑い方が普通じゃなくて俺は少し引いてしまうが、そんなマリーをヘラは微笑ましく見て居る。


「懐かしいね~。身分が違う二人が居て、多くの人が取り合わなかった。けど、私達よりも兵士達の心に近かったから辛い時ほどその存在が有り難かった。マリーも、振り回されたよね」

「ええ、そうね。ふふ……私たちの知っている戦いの定石なんて丸で無視、最適だと思ったら突っ込んでいって、私達を振り回した挙句戦果だけは必ず引っさげて戻ってくる」

「それで、無視できなくなっていったんだよね」

「そうそう。凄かったわよね……、戦う時は鬼のよう、けれども私達の中では一番頭が回ってた。

 皆よりも一番戦ってるのに、戦いが終わった普段でも一番周囲を見てた。私達は前線でこそ活躍できて、纏める為に象徴のように君臨していたけれども、実際に何をしたら良いかなんて何も分からなかったものね」

「俺はそこまで酷い事をしてるつもりは無いんだけどな」

「あら、ミラノ様を存分に振り回してますわよ? ご主人様が一緒じゃない時、裏で話題に上がった時、常にため息を吐かせてますわ。しかも、ただの自分勝手とかじゃなくて、意味があってやった事だから尚更性質が悪いと最近では頭痛の種だとか」


 マジか……。ミラノ、何でそんなに悩むのかねえ。確かに負傷はしたけど、今は休暇中だし学園に居た時ほど面子や体裁、沽券に関わらないと言うのに。勝手な行動をするのが、自分の下についている癖に許可を得ずに何かをするのが気に入らないのかも知れない。けれどもその結果良い事をしているものだから下手に規制する事もできずに悩んでいるとか――そこらへんが妥当かも知れない。


「――少しだけ、意識するか」

「あら、意識だなんて……恋の予感?」

「恋の抑止力か何かなんですかねえ……。違うって、もうちょっとミラノの事を理解してみようかって事だよ。考えてみりゃ、何も知らないわけだし」


 ミラノ、俺の主人であり召喚した人物。学園では優秀”らしい”けれども、俺には何処をピックアップして他の生徒と比べれば良いのか分からないのでイマイチ理解できていない。魔法において高ランクの魔法まで行使できるらしいけれども、俺が戦闘訓練している合間に彼女達が別で魔法の訓練をしている為に実際に魔法の多様性やその性能を見たことも無い。

 つまり、なんかドエライ爵位の家柄の娘である、と言う情報だけが念頭に来ていて、個人的な情報は全く無いのだ。大体何時くらいにお茶を飲みたがるとか、本を部屋で読む時はベッドでうつ伏せになりながら――あまり下着を意識しない感じでしているとか、そういう下らないものばかりだ。後は誘拐された事があり、その関係で兄が負傷した事で負い目を感じているとか、刃物が苦手で血はトラウマだとか……それくらいだ。

 もう少し彼女との時間を持ったほうが良いかも知れない、結局ここでもまた”勉強や訓練”という言い訳をして、苦手な対人関係から逃げていたと言う事が分かった。


「必要なら全部話すけど?」

「いや、こういうことは自分で見聞きして生で判断するよ。最終的には頼るかも知れないけど、自分で収集できる情報は可能な限り自分で集めたい」

「それは信用できないって事?」

「そうじゃなくて。俺が居る時にしか出てこない反応って言うのも有るだろう? 逆に俺が居るから見えない事柄ってのもあるだろうし。例えばツンデレと言うキャラクターが居たとして、本当は好きだけど素直になれない上に恥ずかしいから相手に強く当たってしまうと言う性質を持った人物であると言う、ある程度基本・基礎を押さえているだろう事は想像できるだろ?」

「ごほっ……」


 マリーが思いっきり噎せた、笑いすぎた上に肉を頬張っていた所だ。もしかしたら欲張って一気に大きな塊を口に入れたのかもしれない、ヘラに比べるとマリーの食事の速度は速いので、きっとあまり細かく切り分けると言う事をしていないのだろう。事実、ヘラはナイフを使っている時間が多く、マリーは既にナイフを用済みとして置いている。皿の上にある食べ物のサイズがそれぞれの性格を現している気がした。


「あ~、えっと。御免なさい、ご主人様。私、そういった事は良く分からないの」


 しかし、カティアはカティアで俺に対して申し訳無さそうに謝罪した。扱った題材が宜しくなかったのだろう、ツンデレとかはオタク文化では既に飽食気味な要素だが、相手も知ってると思って取り扱ったのが悪かった。


「俺が居る時と居ない時での、発言や行動の差異を知りたいって事」


 なので、ざっくばらんに噛み砕いた。言い回しが難しかっただろうかと言ってから思ったが、彼女はそれで理解を示してくれたようだ。言語能力自体は高いらしい、俺も気をつけないといけないけれども、そこらへんは職業病に近い所がある。まだ変に緊張でもしているのか、それともミラノ達がカタカナを使った言語を理解出来ない事で変に学んでいるのかも知れない。


「そう言えばヘラとマリー、この食事に使ってる道具は何て言うんだ?」

「え? ナイフとフォークでしょ?」

「ナイフとフォークでは」

「あれ……?」


 しかし、俺の疑問は深まってしまった。ここでナイフを”小刀”とか言ってくれれば、この世界では名前意外ではカタカナを使うような言語は存在しないと言う裏づけになったかもしれないのに、それが成されなかった。何でだろうか? もしかすると、何かの法則性があるのかもしれない。そこらへんも学んでいった方が良いだろう。魔法はカタカナ系統の言い回しなのはまだ納得できたけど、なら何で普段の会話で”○○ってのがどういう意味か分からないけど”なんて言われるのだろうか。不思議だ。


「あ、そうでした。明日から数日私は不在にしますが、その事だけ覚えて置いてください」

「ん? 何か有るの?」

「元々、外交目的で此方に来たんですよ。たまたま妹と遭遇して、そのままお邪魔することになってしまいましたが、そのお仕事を済ませてからまたこちらに来ます」

「……別に来なくても良いのに」

「可愛い妹が元気になったら考えてもいいかな~」


 ヘラはマリーの事を一応大事に思っては居るらしい。まあ、当然か。生き証人と言うわけではないけれども、当時の知り合いであり家族なのだから、それくらい重要視するのも当たり前だろう。マリーは唇を尖らせていたが、直ぐに「……有難う」と言った。ヘラも「どういたしまして、だよ」と返す、良い姉妹だと思った。

 微笑ましい様子を他所に、また話を戻した。二人とも料理の話が好きらしく、俺が好きな料理を挙げると想像して美味しそうだという。今食事中だというのに、マリーは涎まで垂れていた、空腹キャラなのだろうか?

 メニュー自体は多くないが、カレーやシチューといった簡単な物から、チャーハンや餃子、春巻き等といった中華関連、ソジョやエンパナーダと言った南米の食べ物等を作れる。それらを説明していると、俺の腹も鳴り掛けた。どうやら、今の淡白な味わいで物足りない食事じゃ満足していなかったのだろう。俺が話をしている間、彼女達は食事を進めている。俺はすっかり置いてけぼりになってしまい、気が付けば俺以外全員が皿を空にしている状態だった。


「失礼します、器を下げに――あら?」


 そしてメイドさんが来て、皿を下げに来てしまった時になって、俺はどれだけ長く話をしていたかを理解する。慌てて皿を持ち上げて搔きこみ、すみませんすみませんと謝罪を繰り返す。すっかり冷めてしまった食べ物でも美味しい物は美味しい。メイドさんが去ってから、若干冷や水をかけられたかのように我に返る。それでも、思い出してしまったが故に味を思い返してしまい、食べたいなと思ってしまった。


「食事中だというのに、食べ物の話題で盛り上がると言うのもおかしな話ですね」


 そう言ってヘラは笑った。マリーは「食べた~」とか言って俺のベッドに倒れこんだ、俺のベッドにだ。カティアは食後茶の準備をしてくれていて、魔法を器用に使いこなして準備している。俺の知らないうちに彼女もまた成長していたのだろう、或いは最初から出来たのかも知れない。俺はうつ伏せにベッドに倒れこんだマリーが、角度的に下着が見えそうなのを理解して見ないように努めた。

 ――見たい、見てしまいたい。しかし、夢は夢であるからこそ綺麗なままでいられると言う考えもある。理想と現実の板ばさみになりながら天井を見上げていると、ガチャンと大きな音が聞こえた。カティアがどうやらお茶を淹れたらしいが、俺を見る目は冷ややかだった。


「何?」

「ご主人様が厭らしい事で悶々としていたから、冷ややかな目をしているだけですわ」

「おう、言い掛かりやめえや。根拠が無いものには断固抗議するぞ」

「マリー様の方を見て『際どいなあ』とか思ってたんでしょ?」

「――それは否定できない」


 否定しない、そうする事で藪蛇を突かせない事にした。ここで下手に否定すると、話が飛躍していってとんでもない事になりかねないし、むしろこういった時は相手が受け入れ易い情報を肯定してやる事で火傷程度に留めて大火事になるのを防ぐと言う処世術でも有った。そこら変は自衛隊で大いに学んだ、特に風俗へ誘おうとする先輩への対処法としてだが。

 俺達のやり取りを聞いていたのか、マリーが「ん~?」等と気の抜けた声を漏らす。どうやら満腹感と多幸感で眠くなっているのかも知れない。だが、こちらを見ると意地の悪い表情を浮かべる。


「もしかして、こういうのに興味があるの?」


 そう言って彼女はうつ伏せのままにスカートを少しばかり捲る、その瞬間俺の視界はカティアの両手に覆われて何も見えなくなった。


「なな、何をしているのよ!?」

「いや、ほら。こういうのに興味があるのかと思っただけ。そうよね、男だもんね~。そりゃ下手な褒賞よりも”コッチ”の方が嬉しいのかもしれないわね~」


 マリーの声が悪戯やからかいの色に満ちている。まさか、性別の違いを武器にして来るだなんて思っておらず、俺は色々な意味で戸惑った。そして、何も見えない。


「マリー、あんまりそういうからかい方は良くないよ~?」

「良いじゃない、少しくらい。それに、なんかコイツ――真面目すぎてからかいたくなるのよ」

「あ、それは分かる」

「はぁ!?」


 虐め……否、弄りたくなるとか言われてしまった。さっき人格や性格がどうのって自分で言っていたのに、全くもって改善されてないのは何故なのだろうか? そして俺が大騒ぎしていると廊下のほうから誰かが駆けて来る音が聞こえて扉はノックもされずに開かれるし、何がなんだか分からない。


「ななな……、何してるの!?」


 そして二人目の困惑キャラ登場、声からしてミラノだろうと判断できた。あれ、もう積んでるんじゃね? そう思って俺はもう脱力しておく事にした。動物の中には死を悟ると脱力して少しでも痛みを和らげようとする個体が居るらしく、俺もあえて無抵抗を選ぶ事でダメージを軽減しようと思った。

「ご主人様、諦め早くない?」

「こういう時は、俺が何をしても何を言っても無駄だって学んだんだ……」


 事実、そういう展開になった。俺とカティアはミラノがマリーへと突っかかって行った時点で机や椅子の移動を開始する。ヘラは立ち上がらなかったので、二人で椅子ごと移動させて部屋の隅で関わらない事を選んだ。


「ひひ、人が居ない隙に何をしてたの!?」

「あら、むしろ悪い事をしているつもりは無かったけど? ちょっとした、男女の営みって奴かしら」

「はぁ!?」

「あ~、お茶がうめえや……」

「素晴らしいほどまでに現実逃避されてますわね」

「カティア。武力には武力で対抗できるけど、感情には感情では対抗出来ないんだよ」


 日本と韓国の関係でそこらは分かる。感情で喚く相手には理屈や常識は通用しない、何故なら感情は本能に繋がる物であり、それらが優先される相手には何をしても無駄なのだから。

 その後、俺と壁の様子を見に来た公爵が取っ組み合いをしているミラノとマリーを発見し、俺が部屋の隅でグッタリしているのを見つけてからようやく俺は解放される事となった。そして公爵相手に直接「明日はカティアとメイドさん以外は入らないようにして欲しい」と伝え、受け入れられた。

 誰もが去ったあと、チラリと見えてしまったマリーの下着を思い出してしまい、俺は酒を飲む事にした。そして楽しむ為じゃなく、寝落ちる為に一気飲みで摂取量を増やしてアルコールを体内に出来る限り取り入れる。劣情を催してしまった、けれどもそれを誤魔化す為の飲酒だった。

 そのまま、夢を見る事も無く俺の一日は終わった。

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