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元自衛官、異世界に赴任する  作者: 旗本蔵屋敷
三章 元自衛官、公爵の息子を演ず
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52話

 華の金曜日、略して華金はなきん。副小隊長である曹長や中隊長ですら朝礼や終礼でその単語をよく口にし、士長以下も同文でその言葉が嫌いなものは居ないだろう。

 俺は陸上自衛隊の所属なので空や海の事は良く分からないが、特別な事情や婚姻でもしていなければ大半の士長以下の者は全員駐屯地暮らしだ。五人でのタコ部屋で寝起きし、その部屋の広さゆえにプライバシーなんてものは皆無だ。情報漏えいを起さないためにパソコンを保有する事は難しい上に、ネット環境なんて無線に頼らなければ持てない。

 開き直ってハッピージョブをエンジョイする者も居るが、人数の割に少なすぎる営内の個室を使わなければ性欲を発散できない。だから風俗などで給料の管理が出来ない人物も珍しくないとか。

 週末だと週末外出が可能で、外泊が出来るのだ。つまり課業が終了して、整理整頓ややるべき事を終わらせれば許可証を受領し、営門を通って家に帰ることが可能だ。教育期間が終了し、部隊配属が決定し、班長から週末外出の許可が下りた頃には家族は誰も家には居なかった。なので誰も居ない実家に帰り、趣味の読書やゲーム、パソコンを金曜日の夜から日曜日の帰隊時間に間に合う時間まで楽しめた訳だ。

 因みに帰隊時間までに戻らなければ決して軽くないペナルティが存在し、最悪外出自体を禁止される事もある。俺はそれを避けてきたが、先輩であれ後輩であれ一年と言う期間があれば何名かはそのペナルティを喰らう者も居た。

 華の金曜日、駐屯地に帰らないで外泊できる上に二日間休める。そんな素晴らしい曜日は、誰にとっても待ち望んだ日なのである。


 俺はヤクモ、それが名前なのか苗字なのかは別にしても異なる世界に来てからはそのように名乗っている。心臓発作でこの世を去り、人生を終えたと思ったら「魂をリサイクルするのに時間がかかる」と言う理由で異世界で二度目の人生を送る事になった。

 様々なボーナス要素を得て異世界に向かう時に、何らかの手違いで”移動”では無く”召喚”でミラノに呼び出された所から俺の物語は始まった――と思う。

 色々な事があったが、そこらへんは語る事でもないと言うか、惨めに傷つき倒れて何かを成したと言う事の繰り返しで、徐々にではあるが地位とか待遇が改善しつつあった。前日に至ってはこの世界をかつて救い、その死後も人類の危機が近づくと召還されると言う英雄の一人を助けた。

 少なくとも悪い働きはしていない筈なのに、だと言うのに……。


「あの、皆さん。な~んで俺の部屋に屯しますかね……」

「なに、文句あるの?」


 俺は、まるで監視されるかのようにミラノに始まり、アリアやカティア、アルバートにグリムと言った面々が部屋に集っている状況に置かれていた。ヤクモに戻ってから、俺の日常は大分緩やかになった。クラインを演じている時とは違って、とりあえず一人になりたいと言う事で食事は全て部屋で食べる事にしている。それに関しては公爵が理解を示してくれたので、その娘であるミラノが難色を示しても何とかなった。

 英雄殺しの元英雄との戦後から数日が経過し、色々な物事が落ち着いてきたように思えた。俺は見せ掛けだけの努力だったと思い、何をしたら最も成長に繋がるかを探るようにしながらも日々のトレーニングを時間をかける物から、高負荷短時間と言う物へと切り替えた。腕立て伏せの腕を曲げている状態を維持して腕や背筋回りを虐め、足あげ腹筋の状態で足を大よそ十cmほど上げた状態を維持して腹筋を鍛えてみたり、自衛隊時代に教え込まれたものできつい物を試していった。辛くなっても楽をしない、規定回数や時間を決めてセット数を増やして全身を鍛えてみたりした。

 朝からヘトヘトになるが、それでもステータスが成長しているのを見る喜びの方が勝る。RPG等で敵からの攻撃がダメージ一になるまで鍛え、通常攻撃の必要な回数を一手でも減らし最終的には一回殴れば倒せるようになるのが楽しいように、成長記録も自分でつけることにした。

 全力疾走で走れる距離が少し伸ばせるとか、全力疾走後に呼吸が整うまでの時間が数秒から数十秒短縮できたとか、定めた距離を走るのにかかった時間が短くなったとか、そういうのだけでも楽しい。

 なんだ、早い話これに関しては「俺自身がゲームシステムの世界の中で生きている」と言う事を理解すれば、やりこむ他無いと判ったのだ。そういったやりこみに関しては好きだ、作業と言っても差し支えないだろうが飽きるまでの時間は長いほうだと思う。

 そうやって朝早くから自分を虐め、起床時間になったらメイドさんがやってくる。俺は正式に客人の一人として扱われる事になり、一室を宛がわれる事になった。クラインの部屋ほど広くは無いけれども、適度な広さで心地が良いと思う。自分の物が、目の届く範囲に全て置かれている。剣、弾帯、ホルスター。読みたい本を借りてきて積み重ねてあるし、たぶん雑多と言うのが近いだろう。メイドさんも掃除で困るだろう、下手に触る事もできず、かといって散らかしたままだと主である公爵に恥をかかせてしまうのではないかと板ばさみ。申し訳ないが、装備をストレージに突っ込んでしまうと色々と忘れてしまうので出来ないのだ。

 さあ、朝食が運ばれてきてそれを食べます。あんまりノンビリとは食べずに一気に食べます、食べ終わります。皆は冗長な時間を過ごしている間に、俺は魔力の放出で魔力回路を鍛え始める。前回と前々回も魔力回路関係で限界を迎えているので、今度はそうならないように出来る限り魔力の消費を強める。カティアがそうしていたように、魔力を無造作に出すのではなく目に見える形で出し続け、消費させる。そして頭痛や吐き気が来るまでそれを続け、思考が擦り切れかけるまでやる。

 吐き気や頭痛がするのは軽い方で、それでも魔力を消費し続けていると思考が空転し始める。効率が低下し続け、磨耗し、一つの事を考えるのに一瞬から数秒へと遅くなっていく。燃料切れのエンジンのように、意識までもって行かれそうになるが――そのギリギリ、本当にギリギリを狙って止める。魔力や魔法関連は午前と午後でそれぞれに一回はこれを行う。魔力回路がどれだけ魔力の行使に耐えられるかなんて可視化した情報じゃないので分からないが、やらないよりはマシだ。

 まあ、朝食後の魔力行使の鍛錬が終わる訳ですよね? クラインは庭でヤゴと剣の鍛錬に励んでいる最中、俺は部屋で自由快適な空間で過ごしているのだが――まずアルバートがグリムを引き連れてやってきた。グリムにはもうネタばらしをしても構わないと言うと、アルバートは怒ったり喜んだりと忙しかったが、嬉しそうにしているのは意外だった。そして今夜は一緒に飲もうと言われたあたりで、ノックもそこそこに返事をするよりも先に扉が開かれてミラノとカティアがやって来た。

 数十分前まで魔力回路の疲弊で死に体だったことも踏まえて、早速無茶やってたので心臓はバクバクとやかましい。この前みたいに一時間正座で説教フルコースとかは勘弁願いたかった。しかし、ミラノはチラと俺を見ると、椅子に腰掛けて貧乏ゆすりのように足でタシタシと地面を叩く。音が小気味良く、不穏さは感じないのだが、何しにきたんだろうと考えていると「お茶!」と叫ばれてしまい、「はい、ヨロコンデ!」と言ってしまった。やらざるを得ないだろう。

 しかし、ミラノがいきなり傍で椅子に座った事でドギマギしていたアルバートだったが、いきなり叫ぶものだから、びっくり驚きで背凭れにしがみ付いてクエスチョンマークを乱舞させている。まあ、そうだろう。アルバートは何故このお姫様が不機嫌かつ不愉快そうなのかは知らないのだと思う。一位か二位かはさて置いても、クラインと俺が彼女をそうさせたと言う認識はある。それとは別に、もう一つだけ心当たりはあるのだが……。

 クラインは回復してこちらに向かったまでは良かったが、軍事演習は今回を逃したら次いつになるか分からないからと家族を後回しにして自分の興味を優先した。当然、何年も死んだと思い、記憶としてしまい込んでいただけに怒りは相当なものだったと思う。この前俺が眠りこけている間にクラインは真っ先にミラノに捕捉、怒られ倒された。

 そして俺はと言うと、クラインを演じる必要が無くなったとは言え、その直ぐ後に訳有りとはいえ、また戦いに巻き込まれてぶっ倒れたのだから「またか」となっても仕方が無いだろう。ヘラに治癒してもらったおかげで見てくれだけは綺麗だったものだから、余計に心配をかけたようだ。その事も踏まえて「あんたバカぁ?」と詰られ、怒られ、暴力の嵐。

 おかしいよね? 事情も把握してくれたし、マリーやヘラ等が語ってくれたと言うのに、彼女はずっと不機嫌なのだから。クラインや公爵はむしろ褒めてくれたのに、訳が分からないよ。

 そしてアリアが後から合流してきて、なんだか学園に居た時みたいだなと思いながらも、窓からクラインの手合わせを眺めていた。黄昏を演出しているようになるが、中身は三十近い。ピークの頂点は既に乗り越えて、緩やかに下降する年代に足を突っ込んでいる。物思いに耽っても、お茶を飲みながら窓辺でボーっとしても違和感は無い。

 というか、そうせざるを得ないのだが。そして序盤の「あの、皆さん。な~んで俺の部屋に屯しますかね……」という言葉が口を突いて出るのに時間はかからなかった。


「なに、文句あるの?」

「いえ、そのですね? 用があるなら呼び出せば良いと思うんですけど、態々下々の部屋に来るって言うのはどうなのかなと思いましてね?」

「これでも一応気を使ったのだけど、それが迷惑って事?」

「いえいえ、滅相もありません! そうですよね! 俺、まだ十分に回復してないので、動き回ったら駄目ですよね!」


 致命傷を受けて、咄嗟に回復魔法をかけて延命し、ヘラによってしっかりと負傷は回復してもらった。けれども過度の回復で栄養不足、それと失った血は回復しないので若干貧血気味などと宜しくない事になっている。それでも早朝にコッソリとトレーニングをしているあたり懲りてないとかまた言われそうだが、それでもこの前の一戦はかなり響いた。

 目的を達成して死ぬ、それはまだ許せる。しかし、目的を達成できずに情けなさと惨めの中で見せ付けるように喪失を味わい、そして死んでいくのだけは我慢ならなかった。けれども、俺はミラノによって「治るまで運動禁止、お酒も禁止」と言い渡された。どれだけ俺は酒を禁止されれば気が済むのか、むしろ睡眠不足で体調を崩しそうだが、「ママー、怖い夢を見て眠れないんだ《Oh, mommy, I got a nightmare》」なんて言えば嘲笑されかねない。

 黙って禁酒に”表向きは”従い、従順な所も見せておかねばならなかった。悪い事をしていないのに悪い事をしたかのように扱われる、納得がいかないが理不尽もまた顔や態度に出さないくらいにはなれっこでもあった。


「……お母さまが会いたいって言うの、ちゃんと覚えてる?」

「覚えてる。その為に綺麗な服も用意したんだ、少なくとも汚い・臭い・公共の場に向いていないの三K(スリー・ケー)は排除してある」

「”すりーけー”とか、訳の分からない事言わないで。それと、アンタに会いたいという人から手紙も来てる。今度お屋敷にも来るらしいから、心の準備もしておきなさい」

「ミラノの母親は分かるけど、俺に会いたいってどれだけの暇人だ?」

「マーガレット・マルグレイブ・フォン・シャルダン。貴方に一目惚れした学園の娘よ」


 ミラノがそう言うと、アルバートが嬉しそうに口笛を吹く。それが祝福の意味なのか、それともミラノの近くに居る男に結婚相手――或いは婚約者が出来てしまえば、僅かな疑念ですら払拭できると考えたからかは分からない。俺がアルバートを睨むように見ると、そ知らぬ顔をしてそっぽを向いた。そして視界の隅っこではカティアから猫耳と尻尾が出ていて、鬼の形相をしながら尻尾をピンと伸ばしている。その尻尾の毛が威嚇するように――或いは気が立っている事を証明するように逆立っている、俺はアルバートの真似をして見ないことにした。


「会わないって選択は? こう、負傷や疲労を言い訳に面会謝絶とか」

「自分の騎士の管理も出来ないのかって思われるでしょ。それに、負傷の理由は言えないし」

「まあ、英雄殺しが行われそうになってたので、英雄相手に戦ってましたとか……」


 どう考えても眉唾物だ、俺でさえ第三者としてそんな事を聞いたら「Surely you can't be serious?《ふざけてんのか?》」と聞き返していただろう。残念ながらイケメンボイスで「Im serious. And don't call me Shirley.《本気だ、それと”シャーリィ”って呼ぶんじゃねえ》」なんて返ってはこないのだが。

 なんと言うか、こう……。自分でも面倒臭い奴だなとは思うのだが、女の子は追いかけている間は夢中になれるのに、追いかけられると逃げたくなると言う駄目な所がある。例えるなら画面の向こうにいるキャラクターに対しては一方的に好きで居られるけれども、実際に彼女達が現実に居て”恒河沙に一つ”位の確立で自分を好いてくれたとしても、俺は様々な理由を付けて敬遠し、逃れ、そう言った関係を望まないだろう。


「嫌だなぁ……。こう、まだ言葉も世界も理解してない上に、家も無いのに婚姻だの婚約だの……。

 しかも家柄的に考えると俺が婿入りでしょ? 少しずつ慣れてきたかなってのに、全部白紙になるのは嫌なんだけど」

「はぁ……。とりあえず会えるだけあって、失礼の無いようにしてくれればいいから。その上で相手が諦めるか、互いに禍根の残らない断り方を見つけなさい。

 領地が近い事もあって断り辛いのよ、理解して」

「うい、了解。まあ、何とかするよ」

「しかしヤクモ? 相手は辺境伯、無碍には扱えぬ家柄だ。これからどうなるか分からぬのであれば、とりあえず婚約をしておいて輝かしい未来を約束しておくのも一手ではないか?」

「あのな、アルバート? 今でこそミラノの護衛兼付き人みたいなので金貰ってるけど、ミラノが学園を出て屋敷に戻ってきたらお役ご免だろ?

 それまで二年有るとも言えるけど、二年しかないとも言える。確かに短すぎるけど、何も出来ない訳じゃない。それこそ”ちょっと世界の果てを見てくる”とか言って出て行く事だって出来る訳だ」


 何処までも後ろ向きで全力な発言に、鬼の形相をしていたカティアがゲンナリしていた。自分でも言っていて「それはどうなんだ?」と思わないでもないが、自分の足場ですら確立出来ないのであればそれを言い訳にちょっと隣国を見に行っても良い訳だ。


「あの、ご主人様? 逆に聞きたいのだけれど、何故そこまで婚姻とかを嫌がるのかしら。

 女嫌い? 男にしか興味が無い?」

「男に興味は無えんだよぉ!!! けど、なんだ。友情とか信頼とか、そういうのは馴れてるんだけど、好意を向けられるのに慣れてないから怖いんだって。

 好意を向けられるってのは、自分のどこかに魅力を感じてるって事だろ? けどそれが表面だけを見ての話だった場合一番悲惨だし、何度も会ったり話をしている内に俺も好意を向けた時には幻滅や失望をする面を見てしまってすれ違った場合、悲しい事になるだろ」


 恋愛は星の数だけ居る相手から一を引いた数だけ失恋が有ると聞くが、成功するまでガチャ引けやと言った感じで失恋するたびに出会いを求めるようなメンタルはしていない。そもそも、片思いした時点で失恋が確定していたと言うパターンを繰り返しすぎている。学校でよく話をしたり、物の貸し借りをしたり、一緒に食事をしたり、授業の都合で良く組んだりする相手を「あれ、俺好きなんじゃね?」ってなっても、その時点で既に彼氏が居て、交際してましたと言うことが多い。

 俺は未だに疑問なんだが、女性はどうしてあそこまで彼氏の存在を隠すのが上手いのだろうか? それとも俺が無意識下でそれを見ないようにしていたのだろうか? 片手の数で収まって良かったが、小学・中学・高校・卒業後で一度ずつやってるので、もうどうでも良くなった。好かれるのは無理だから、一方的にフィルター越しに相手を好いている方が傷付かないから楽で良い。それが二次元であれば相手はどうしたって自分を好きもしないが、嫌われもしないのだから。


「アンタ、庶民的な考えしてるのね。婚姻なんて両家の利益になるかどうかであって、多少好みかどうかの違いはあっても家の為なら受け入れるのが普通よ。それに、アンタは貴族の末端どころか自分の代で爵位もおしまい。対して相手は辺境伯、断る方が難しいと思うけど。下手な事をすれば国に居られなくなるの」

「まあ、上手い事考えるよ。考えるのは得意だし、何とかやるさ……」

「アンタの何とかするって発言、確かに何とかなってるんだけど私の好まない結末や展開になるのは気のせい?」

「それに関しては優先順位の関係と価値観の違いです……」

「もし断る口実が欲しいのであれば、グリムと婚約をとりあえず結ぶと言う方法もあるがな。

 対外的にはヴァレリオ家が背後にいるという事で下手に突けず、そして最初から仕込み故に破棄しても遺恨を残さぬ。変な問題にもならぬだろう」


 アルバートが名案だと言わんばかりにそう言うが、聞いているグリムはあまり理解を示していない様子だ。そもそも、興味が無いのか。聞けばこの前の軍事演習にはグリムも出ていたようで、その時の事もあるのか思考が軍事寄りになっているようだ。人の部屋にきてやっている事がナイフの手入れとは、大分「とりあえずアルバートについてきました」感がある。

 俺は幾らか呆れてしまい、グリムに声をかけた。


「おいおい、グリム。お前、アルバートが勝手に婚約とか結婚とか言ってるんだぞ。少しは自分の事なんだから興味持てって」

「――? それが家の為になるなら、構わない」

「あ、さいですか……」


 もう俺は諦める事にする。俺が庶民市民過ぎて、貴族達の思考からしてみれば異端なのだと理解する。いや、前々からミラノやアルバートが(たてまえ)を持ち出して色々と喋っていたから、個人よりも家が優先されるのだろう。

 俺も、誰かを好くにしても、常識的な相手であればそれで良いんじゃないかなとは思っている。けれども、親の為の結婚とか、家柄を高めるための結婚と言うのは理解が及ばないし、むしろ人として性格や人格が良いのだろうかと言うのが気になる。少なくとも笑顔で誰かを悪く言い、見下し、嘲笑うような人は嫌いだ。


 ――ねえ、○○○○さん、日本語が不自由らしいよ?――


 学生時代、日本に来てからの事を思い出した。ソレが何時だったのかは思い出せないけれども、そんな事を言っている女子生徒の事を思い出す。知り合いでもない、誰の事を言っていたのかすら分からない。けれども、そんな事を聞いて不愉快にならない訳が無かった。

 俺自身、日本語が今でも自由に扱えてるとは思わない。弟は日本人らしく立派に育ったし、思考も日本人よりだ。妹はどちらかと言えば外国人らしく育ったので、自由奔放さや思考のあり方がそちら寄りになっている。

 じゃあ、俺は? そう考えてしまうと日本人でも外国人でもない”ハーフ”なのではないかと思った。だからこそ、漢字を覚えるのに苦労したり日本語特有の言い回しや言葉遣いを理解するのに頭を悩ませた背景があって、むしろ「母国語を持ちながらも日本語も使えるようになっている」という考えが出来ないものかと思ったものだ。

 そもそも帰国子女の学校で日本語が日本人レベルで得意な人の方が少なかった筈だが……、一年生の時にしょっちゅう呼び出しを受けていた生徒が居たのを思い出す。国語の授業とか、漢文の授業で呼び出されていたから覚えてるのだが、アレが誰だったのかまでは知らない。女子生徒だった気もするが、当時の俺にそこまで余裕は無かった。


「――私は、ヴァレリオ家とヴォルフェンシュタイン家が辛い立場にならなければそれで良い。

 アルがその為に必要だと言うのなら、婚姻も結婚も言うとおりにする」

「――……、」

「――それに、ヤクモは別に悪くない。と、思う」


 おっと、嬉しいけど胸が苦しくなる評価が来ましたよ? さっき俺が「好意を向けられるとどうしていいかわからない」と言ったにも拘らずそんな事を言うだなんて、きっと話の大半は聞いてなかったぞこいつ。

 カティアがグリムの言葉に反応してまた耳と尻尾をピンとしているし、ここで余計な事になれば俺は後で痛い目を見るだろう。例えば俺が隠れてトレーニングをしている事なんてさっさとミラノにばらしてしまうに違いない。たとえ俺が魔法の力を借りて汗を流してしまったとしても、汗そのものの匂いは彼女には嗅ぎ取れるのだから。


「――戦うの、得意。それに頭も悪くない。それでも身分と家柄が無いから、問題なだけ」

「ほう? グリムがそこまで言うとはな。まあなんだ。歴史だの世界などはこれから知っていけば良い、心構えも身分や家柄が備われば自ずと身につくであろうしな」

「――……、」


 一瞬、グリムと婚姻して結婚した自分を考えた。当然、俺のほうが格下なのでグリムに婿入りするのだろうが、その結果学園でノンビリしていたのとは違って様々な事を叩き込まれるだろう。戦闘面、規律面、政治、内務、礼節だのだのだのだの……その全てが「ヴァレリオ家の為」である。

 そして……まあ、避けては通れない道だろうが、子供が出来たとする。するとその子も特別な理由や事情でもない限りはヴォルフェンシュタインの子として扱われて、ヴァレリオ家の未来の為に育てられる訳である。その時アルバートがどうなってるかは分からないが、役に立つ為に剣だの何だのを学ぶ訳か……。

 見てみたいと言えば見てみたいが、即座に俺が犬死した結末を思い返し、俺が居ない方が良いのではないかと考えるとそもそも婚姻しない方が良いんじゃね? と言う結末にまで戻ってしまう。俺は親孝行も出来なかった不出来で親不孝者だ、そんな俺が良い父として振舞えるかと言う自信も無い。


「まあ、本当にどうしようもなかったら偽装婚約のアイディアは貰うわ」

「”あいであ”とか、訳の分からぬ言葉を使うな。だが、その気になったらいつでも言うが良い。

 貴様は役に立つ、傍に置いておけば楽しいのでな」

「アルバートさん、そういう時は『一緒に居て欲しい』って言うんですよ?」

「ち、ちがっ!? そういう意味ではない、曲解するなアリア!」


 アリアに突かれて真っ赤になってうろたえだすアルバート。……ちょっと思ったのだけれども、こいつのツンデレ具合がミラノに搭載されて、ミラノの淡々としたのを交換すればちょうど良い感じになったんじゃないだろうか? 少し妄想してみる。


『アンタがそのつもりになったらいつでも言いなさい。役に立つんだし、せいぜいこき使ってあげる』


 さあ、この発言からアリアの発言でうろたえると。


『ば、バカじゃないの!? そういうのじゃないし、変な意味で捉えないで!』


 と、真っ赤になりながら否定する、と。うん、ありだと思う。ただ、ツンデレっぽさでいくとカティアと被る。ツンデレとツンデレでツンデレが被ってしまったなんて、たぶん心身がもたない。ツンがツンを呼び、振り回されてボロボロになるだろう。そこまで未来予測し、ツンデレじゃなくてもミラノは結構俺をボコボコにしている現実を思い出す。

 ……うん、今でもあまり差は無かったな。そもそもデレ要素が見えない上に、ツンと言えるほど刺々しさは無い。こう、どこにでも居そうな”しっかりした子”って感じで、彼女の物差しで俺が懲罰を受けているだけでしかない。

 けど、うん。どうせ暴力を受けるのならデレ要素がある相手の方が良いよな。そう思ってミラノを見ていると、唇の端を歪めた笑みを浮かべた。


「ねえ? アンタ、もしかしなくても失礼な事を考えてない?」

「へ、なんで?」

「表情が、物凄く呆けた感じになってたから! 『ああだったら良かったのにな~』とか『こうだったら良かったのにな~』みたいに、品定めしてるように見えたのよ」

「いやいやいや、そんなまさか……」

「似たような顔、学園で幾つも見てきたから分かるの!」


 どうやら俺の表情は学園に居る、ミラノにとって向けられて喜ばしくない顔だったに違いない。表情を引き締めて謝罪をするか、表情をそのままに言い逃れをするかで考えてしまったが、この場面で表情が指摘されている以上ソレっぽい理由を述べても不満は残るだろう。

 表情を引き締め、少しばかり頷いてから息を吐いた。


「ごめん。なんか、頭が平和と争いとでどっちに着地すべきか分からない状態になってて。

 まだミラノに呼び出されてから一つ月が巡ったかどうかだろ? それにヤゴと訓練してたり、クラインを演じてたりと緊張と集中ばかりしてたし、一度は駄目だったけど綱渡りばかりしてる。

 学園に居た頃は何も分からないなりに平和だなって思ってたけど、あまりに戦いが連続しすぎてて今のこの時間が受け入れづらいと言うか……」


 とまあ、半分嘘、半分本当の言葉だ。ミラノでツンデレ妄想をしていたと言う事実だけを嘘にし、表情だけを事実にした。実際、魔物の集団が崩れた城壁から雪崩れ込んで街中を逃げ惑うとか、英雄と言う存在だけでも雲の上の存在や話なのに、何で元英雄が英雄殺しをしようとしたのに巻き込まれて戦闘をしたのか理解できない。

 何かの陰謀や、出来の悪い脚本に則って演じている悲劇か喜劇なのではないかと疑ってしまう。そうでもなければ、何故、俺が、そんな出来事に、巻き込まれなければならないのか。しかも、その度に、俺自身がどうであれ、結果だけは良い方向へと転がっている。一度目の魔物の襲撃で使い魔からの解放と、ただの無知蒙昧な下賎な輩から英雄扱いをされるようになって何とか人間扱いされるようになった。

 そしてクラインと似ている事で序盤からミラノとアリア、そして公爵からの待遇は良い方へと転がっており今では何とか学園ですら個人部屋が貰えて一人の時間が作れた。こんなのスピード昇進にもほどがあった。

 良い事があった分だけ悪いことが起きると思え、これは俺の人生において学んだ教訓だ。ただ、今の状況だと鶏が先か卵が先かという理論と同じで、どちらが先なのか分からないのでバカの考え休むに似たり、考えるだけ無駄なのだと言うことも分かっている。分かっていても、止められないのだが。ただ、俺の言葉を聞いたミラノはバツが悪い顔をした。


「――そうね。なんだか本の中の物語みたいに思えるけど、似たような事をしてるんだった。

 けど安心しなさい。私はアンタに戦いを強いる為に呼んだ訳じゃないから」

「ミラノが、優しい声をかけている、だと……。グリム、今日はしっかりと窓が閉まっているか確認して眠ろう。明日には窓が割れているかも知れぬからな」

「――どゆこと?」

「ありえない事が起こると、それにも増してありえない事が起こるという意味だ。

 ヒューガと……ミナ、ミ? なんにせよ、ツアル皇国ではそういった言い回しが有るようでな。

 ”雨の変わりに槍が降る”とか”晴天の霹靂”とも言うそうだ。今日の夕刻には暴風雨だ、間違いない」

「アルバート? アンタ、兄さま達に今の言葉を聞かせてあげたいと思うのだけど、良い話の種になると思わない?」


 アルバートが命知らずな事を言い、矛先がアルバートに向かった。良かった良かったと思いながら俺は準備したまま一口も飲んでいない紅茶を飲む。七対三の割合、砂糖は二匙。決まりきったものなのだが、すっかり冷めてしまって糖分も沈殿してしまっていた。

 ただ、咄嗟に言った自分の言葉が結構事実だったなと気づかされる。言い訳や言い逃れの為ではあったが、実際――俺はどちら側に着地した方が良いのか分からないのだ。ノンビリ、平和を求めて適当ではなくテキトーに生きるべきなのか、それとも争いを見越して堅実・実直に訓練などを成長の為に厳しく行い備えるべきなのか。今ある光景を当たり前だと思って享受するのか、これですらも失われかねないと奮起するのか。

 冷めた紅茶も悪くは無いと思ったけれども、そう思うには甘さが引き立ちすぎていた。



 ――☆――



 部屋での時間を過ごした俺は、部屋を出てメイドを探した。理由は簡単で、俺が小康状態だから公爵夫人に挨拶をしておきたかったからだ。ミラノは難色を示したが、あまり遅くなっても宜しくない上に相手からしてみれば、屋敷に来た時点で負傷しまくったワケアリなのだから印象は宜しくないだろうと考えてのことだった。

 念の為に服は綺麗なものへと着替えたが、その服が全く同じ柄で同じメーカーの物だったのでミラノは眉間に皺を寄せてしまい、アリアは苦笑し、アルバートは大笑いし、グリムは人目チラと見はしたが興味を即座に失ってナイフを研いでいた。カティアはそこらへん気にしないのか、それとも人生経験と言うものが無さ過ぎてピンと来ないようであったが、俺でも「宜しくない」と言うことは分かる。

 ……仕方ないじゃん? 普段家に引き篭もっていると誰にも会わなくなる、家の中や外出する時に着る服が殆ど固定され、破損したり着る事が難しくならない限りはずっと同じ服をローテーションしながら着回す事になる。冬は暖かく、夏は涼しく。その程度の違いしかない。

 たぶん後で小言を言われるかと思ったが「そういえば、アンタの服とか考えなかった私が悪いわね」と言ってくれた、そこらへん俺は好ましく思うが主張しなかった俺も悪い。なおカティアの服はミラノやアリアが見繕ってくれた模様、差別か。

 結局、俺は新品だけど普段着ている物と同じと言う格好で公爵夫人の居る部屋を訪れることになった。彼女はアレから随分と元気になったようで、アークリアを同伴している場合に限って部屋から出歩く事も出来るようになったし、そうでなくとも部屋の中で窓の近くでお茶を飲んだり本を読んだりと大分アグレッシブになったようだ。

 ただ、俺はクラインが来るまで偽りの息子として接していたのだから気まずさはある。俺がクラインを演じていたと言う事実はミラノやアリア、アルバートにグリムと言った身近な人物。ソレと公爵の傍に居たザカリアスとアークリア、剣の稽古をしていたヤゴには伝えられている。当然、公爵は公爵夫人にも言おうとはしているようだが――少し決心がつかないらしいのでまだ伝わってないだろう。

 会いたくない、が……会わなければ失礼だ。もう既に負傷と療養を理由に部屋から殆ど出ていなかった、実際に身動き取れなかったり調子が悪かったのは事実だが、あまりにも不審だろう。愛情は簡単に憎悪になる、クラインに似ているからこそ嫌われかねないとも言える。

 悪い方へと転がらないように祈りながら、返事を待ってから部屋へと入った。そして部屋に入ってから、幾らか部屋の印象が変わったなと思う。前までベッド周りはカーテンが閉まっていたし、部屋も薄暗かった。なんと言うか……言ってはなんだが、病院でもう死期が迫っている老人のようであった。

 だが、今ではカーテンの多くが開かれていたり、部屋の中に花が多く飾られるようになったり、窓が開かれて空気が良く換気されている。公爵夫人は窓際で風と陽光を感じられる場所で椅子に腰掛けて読書をしているようであった。彼女は俺が入ってきてからも少しの間本から目を離さずに居たが、「少しだけ待って頂戴ね」と言ってそのまま読書を続けた。

 一分近く待ち、その間俺は部屋を露骨に見回すことも出来ず、”楽に休め”の状態で待った。そうして彼女は机の上においてあった綺麗な押し花のしおりを差し込むと、パタムと本を閉ざした。


「ごめんなさい。本を読んでいる時もそうだけど、良い区切りの所じゃ無いと気が済まなくて」

「いえ、自分は大丈夫です。――お初にお目にかかります、ヤクモと言います。

 礼儀作法含め、多くを知らぬ身では有りますが、失礼等が有った場合その場で言っていただけると大変ありがたく思います」

「良いのですよ。私はオリヴィア。オリヴィア・ダーク・フォン・デルブルグ。貴方に助けて頂いた娘の母です。

 その節では、大変お世話になりました」


 そう言って、彼女は頭を少しばかり下げた。俺はそれを見ないように目線を背けた、アークリアが咳払いをしているので俺は眼を背けたのはきっと正しかっただろうと思った。

 ――俺は、英雄と呼ばれてはいるものの下々の者に過ぎない。家柄は無く、身分も低い。そんな相手に、夫人とは言え公爵家の者が頭を下げる等といった事は、有っていいことじゃない。だから感謝だけは受け取るが、頭を下げたと言う事実だけは無かったことにする。公爵夫人には悪いけれども、その方が良い。

 アークリアの声も無視するように数秒の間頭を下げていたが、その頭が上げられた頃に俺も顔をそちらへと向けた。


「自分も、記憶が無く無能の謗りを受けても仕方が無い身で有りながら彼女には使い魔共々面倒を見ていただきました。

 雨風を凌げ安全な場所での睡眠、生きていくのに必要な食事、そして知識や知恵に触れさせていただきました。その恩を考えれば、どれほどの働きをもってしても返す事は叶わないでしょう。

 本当に、感謝しています」

「いえ。本当に……本当に感謝してるのです。私は、つい最近まで我が子を失ったと思い込んでいたのです。その上、あんな事があって――二人の事を本当に心配していたの。

 だから、言葉にして言い表すのが難しいくらい感謝してるの」


 そっか、ミラノとアリアが街の襲撃を受けた時はクラインは死んだものと思われていた上に、公爵夫人は精神的に死んでいたような状態だったのだ。大事にしていた子を失い、ミラノやアリアのどちらか……或いは二人とも喪っていたら、たぶん公爵夫人は動かぬ者へと変わっていただろう。それが命有っての抜け殻なのか、命を失った上で抜け殻になっているのかは分からないが。

 公爵夫人の言葉が切れて、暫く静けさが降りてきた。俺が何か言うべきだろうか、会話の糸口を見出すべきだろうかと思い口を開いたが、そもそも俺は下っ端なので発言権が無かったのを思い出す。上手く立ち回り、自ら口を開いて相手に華を持たせて互いに不利益を被らないトークスキルも能力も無い。だから沈黙していたが、口内に唾が溜まって飲み込むかどうかも悩んだ頃に公爵夫人が顔を和らげた。


「もう少し、近寄ってくれるかしら」

「――はい」


 一歩だけ、前に出た。けれどもその度に「もう少し、もう少し」と言われてしまい、俺は手を伸ばして届くか届かないかの距離にまで来てしまった。公爵夫人は座っている、俺は立っているから見下すような状態は避けたほうが良いだろうかと思ったが、相手がこちらの行動を待ってはくれなかった。


「本当に……我が子に似てるのですね。ただ見た目と話し方が違うだけで、本当に良く似ています」

「――有難う御座います」

「きっと、似ているのでしょう。あの子も、人の為に役に立ちたいと言ってました。

 時には王女様の為に木の剣で魔物を退けながらも遠出をして怒られ、街に出ては貴族の子だと苛められていたにも拘らず何とか仲良くなり、そして最後には攫われた娘を助けに単身で乗り込んでいったのです。

 今でもあの子が帰ってきた事が信じられないけれど、きっと貴方も娘を助ける為に――その命を、一度捨てたのでしょう」

「ご冗談を。自分はクライン様のように高貴な行動は出来ません。

 ただ、自分に出来る事を成そうとし、少しでも恩に酬いようと思っただけですから」


 読書とかアニメ、ゲームと言うのはただの娯楽に思えて、実は生かそうと思えば如何様にも切り刻んで摘出して用いる事が出来るものだなと思った。小説版三国志や夏目漱石作品集、ああいったもので言い回しを幾らか適応できる。それでもってビームを発射する方の諸葛亮の話し方を思い返しながら丁寧に、謙虚に語るように意識する。俺ではなく自分と言い、スイッチは完全に入れている。

 そして、嘘偽りの無い言葉だからこそ謙遜に聞こえるだろう。実際はただの卑屈なのだが。それでも公爵夫人は笑みを浮かべて頷いてくれるだけだ。


「――私は、心を患ってずっと娘達の事を顧みる事をしなかったの。

 私が虚ろになっている間も、二人は私の所に休みの度に来てくれて、色々な話をしてくれた。

 今更どこまで母親らしく振舞えるか分からないけれども、これから少しでも元気になってそれらしいことをしてあげたいと思うの。

 それで、貴方には頼みたいことがあるのだけど、良いかしら」

「なんなりと、オリヴィア公爵夫人」

「娘達を、これからもお願いね。私はお屋敷に居る間しか関わってあげられないから、遠く離れていても貴方のような人が傍に居てくれると安心できるの。

 無理にとは言わない、貴方に無理の無い程度に二人の力になってあげて。何もお礼は出来ないけれども……」


 一瞬、妹の事を母親に頼むと言われた時の事を思い出す。妹は日本に来てから一番馴染めなかった、思考や行動が外国人に寄っていて母親の遺伝子を多分に継いでいたからだ。言ってしまえば日本人の遺伝子では構成されないだろう風貌をしていた、男子に人気があり、それで居て”グループに所属する”と言う事を好まなかった。その結果苦労する事は多く、父親の海外赴任にくっついて母親共々日本から”脱出”した。

 俺は帰国子女高に通っていたので、ブラジル人やら中国人、アメリカ人やネパール人、フィジー人等と様々な人種や国から来た人が多すぎて、一々苛めるのも難しかっただろうし恵まれていたと思う。

 なんにせよ遠い記憶だが、母親に似ているこの人は中身の根っこで俺の母親に似ているのだろう。懐かしい記憶だが、妹は幸いな事に立ち直り、良人と出会えて結婚し、一子を儲けるに到ったのだから良い結末に落ち着いて良かったと思う。


「微力なれど、自分に出来る事を致します」

「――有難う。貴方の行いは、きっとご両親も喜んでくれるでしょう」

「……そうですね」


 両親は亡くなりましたと言おうかと思ったが、それを伝える必要は無い。だから言葉を飲み込んでから答えた。


「何処の出身かも分からないの?」

「出自は分からないですが、大体どのような場所だったかは分かります。

 あと家族構成や、どんな生き方をしていたかは――大まかには。

 けれども名前を思い出せないので、現実味が薄いですが」

「そう……。御免なさい、と言う事は貴方の言ったとおり、文字通り『命の恩人』になるのね。

 御免なさい、貴方にはそうするしかなかったとは思わなかったの」

「気にしないでください。先ほども申しましたが、恩が有りましたから。

 両親には人を裏切るな、傷つけるなと教わってますし、以前――部隊の様な場所に所属していて、誰かを守る事を是としていたのでどの道自分は同じ事をしたでしょう」


 どれだけ綺麗な言葉を吐いているのかと思わないでもないが、嘘吐きは嘘吐きらしくこういった所は得意なようだ。実績はや事実は誤魔化せないが、その時の心境や意気込みなどと言った不確定要素は言葉にしていない限りは幾らでも偽れる。

 例えば俺がここで悪者ぶって「助ければ金になると思ったので」とか言っても良いし、熱血キャラを演じて「目の前で困った人が居たら助けられずにはいられなかったんです!」とか言い出してもいいわけだ。結局、相手は本当の事が分からない以上疑いはしても形になったものを信じるしかない。それは言葉であれ、光景であれ、結果であれ――だ。

 公爵夫人は嬉しそうにしている。彼女にとって、何がそんなに嬉しいのか分からない。ただ、本当に俺の母親が俺に対して喜んでいるように錯覚して、どうにかこの場を去れないかと考え出していた。


「娘が学園を出たら、どうするつもりか聞いても良いかしら?」

「今は、まだ何も分かりません。けれども周辺国や地域をぶらりと旅して見聞を広めても良いでしょうし、人としての地盤を固める為に何処かに所属するのも良いでしょうね。

 街の中で市民と触れ合いながら巡回する兵士になるとか、或いは外敵の多い町や村等で用心棒と言うのも良いかも知れません」

「夢があるのね、素晴らしい事だと思うわ。色々試してみて、その上で困ったらいらっしゃい。

 ザカリアスが若い執事を欲しがっていたし、屋敷の管理をしてみるのも良いかも知れないから」

「分かりました。もし生きることで迷った時、頼らせていただく事があるかも知れません。

 その時は不肖ながらも頼らせていただきます」

「ええ、いつでも。アークリア、今の言葉を覚えておいて。私がもし忘れたとしても、今の言葉を嘘にさせないで頂戴」

「分かりました、奥様」


 話が一区切りついたかなと言う時、開け放たれた扉の向う――廊下から僅かに声が聞こえる。廊下に居て盗み見て居る人が居る、と言うわけでは無さそうだ。むしろ……こう、言い争っているようにも聞こえる。その声の一人に聞き覚えがあり、ミラノが誰かと言い争っているのだと理解した時に俺は小さくため息を吐いた。


「すみません、オリヴィア公爵夫人。どうやらミラノ様に何かあったようで、まだまだ話足りない所はありますが、今日は御暇します。

 またお体の調子が良い頃に来ようと思います、宜しければ快く出迎えて頂けますか?」

「ええ、構いませんよ」

「それでは、御機嫌よう」


 そう言って俺は回れ右しかけて、それを崩して反転した。けれども癖を抜かしきる事は出来ずに、部屋を退出する前にもう一度だけ正対して頭を下げると、部屋を退出した。廊下に出るとミラノの声が先程よりもハッキリ聞こえるようになり、見れば部屋の外で蹲って怯えているアルバートと、その傍で立ちながらナイフの整備具合を確認しているグリムが居る。本当に、ブレないのなお前。


「アルバート、なにが――」

「やや、ヤクモ! 貴様、どうにかしろぉ!」

「うわっ!?」


 近づき、事情を尋ねようとした。しかし、アルバートは俺の存在を認めると飛びつくようにして縋ってくる、その目端にはマジモンの恐怖を刻まれたのか涙がうっすらと浮いている。

 まあ、俺の居た部屋に近づいた時点でミラノが誰と言い合っているのかなんて大体把握できたのだが、理解できない所は多分にあった。アルバートを引き剥がすと、部屋をチラと覗き込むとそこにはマリーとミラノが居て、言い争っているようだ。

 カティアやアリアの姿は見えない、もしかすると争いが激化する前に逃げ出したのかもしれない。


「はぁ……。魔導書ってそんな安いものじゃないのよ? 貴方がどれだけ頑張って製作したとしても、一つの魔法にどれだけの頁を使うつもり?」

「だから、批判するだけじゃ無くて指摘しなさい! 何処をどう改良したら良いとか、そう言う事を言えば良いのに、何で悪口ばっか……!」

「だって、頭が悪いんだもの。学園に入ってもこの程度なら、屋敷に居て書籍を買って独学で毎日勉強してる方がマシ」

「貴方には分からないでしょうけれども、学園に入らないのはよほど奇特か一握りの天才くらいよ。

 それに家同士の繋がりも持てる場なのだから、決して無駄なんかじゃない!」

「繋がりとか……。貴方に親しい友人が居るようには見えないけど――」

「それは貴方も同じ!」


 ……どうやら、ミラノが最近アリアと一緒になって作っている「魔法の詠唱や手間、準備を省略できないか」と言う試みで行われている、魔法の作成……に関して言い争っているようだ。俺はマリーが詠唱を一切合財破棄し、動作や魔導書を用いる事で即座に魔法を発動する所を見て居いる。それはチートの俺が行う魔法の発動に近いもので、刻印を体に刻み込んでいたり、或いは文字だのなんだのを書き込みまくって省略しているらしい。俺がズルをして到達した場所に、マリーは努力や発想、犠牲によって辿り着いたのだ。

 俺もそうだが、ミラノも「そんな英雄が近くに居るのなら、色々聞けるんじゃないか」と思ったらしく、俺が部屋で療養している間に接触している。だが、水と油と言った様子でミラノとマリーの相性は悪かった。彼女を不機嫌にさせている理由の一つがマリーの存在で、しょっちゅう喧嘩をしている。らしい事をカティアやアリアから聞いた。


「最下級の魔法にどれだけの文字を書いてるの? こんなんじゃ最上級の魔法を省略しようとしたら、本の何割の頁を消費するのかしら」

「言わせておけば……」

「待て待て待て待て! お前ら、喧嘩すんじゃねえ!」


 主に、俺の部屋で。いや、正確には俺の部屋と言うかミラノの親が所有する屋敷で、俺が滞在する間割り振られた部屋なのだが。そんな事はどうでもいい、なんで部屋の中で紙吹雪が舞っているのかが理解できない。

 俺は机を挟んで胸倉掴まれているマリーからミラノの手を引き剥がす。マリーからしてみれば『童』のような相手なのだろう、或いは抵抗するほどの相手じゃないからか胸倉を掴まれてガックンガックン揺さぶられても気にならないらしい。ミラノとマリーを引き剥がした時点で貧血が起こり、眩暈が起こる。変な息遣いをしてクラリとすると、一歩よろめいたときにはマリーが立って俺の腕を掴んでいた。


「大丈夫?」

「ああ、ごめん。いや、悪い、マリー」

「ううん。貴方には辛い戦いだったのだから、本来ならまだ休むべきよ。

 姉さんが治してくれたとは言っても、怪我だけなんだし、大人しくしてなきゃ駄目」

「あぁ、そう、だな……」


 マリーがベッドまで俺の腕を引いて座らせると、頬を撫でるように触れてから肩を叩いた。なんだか安心するが、そう言えばこの動作は母親と同じものだ。――まあ、アーニャが両親の魂は既に去ったと言っているので有り得ないだろうが、落ち着くのは確かだ。

 俺が少しばかり安寧を得ていると、マリーがミラノの方を向く。それとほぼ同時に彼女の体があった場所を通過して一冊の本が飛んできた。ハードカバーレベルの分厚い本がマリーではなく折れの顔面に直撃し、起きる気力さえ根こそぎ奪われ俺はベッドに倒れて悶え苦しむほか無かった。


「おおおぉぉぉおおおっ……」

「貴方、目覚しい活躍をした相手に随分な事をするのね」

「ちがっ、今のは――ええ、そうよ! 英雄だか何だか知らないけど、ソイツの主人は私なの!

 同じ強敵を相手に戦ったとかそんなの別! 主人の目の前で他の女といちゃつくなんて、そういうのは隠れてやりなさい!」

「おぉう、有難うぉ……」


 隠れてなら良いのかよと、寛大さに感謝してしまう。もう思考回路はショート寸前、どうでもいいからあと二日や三日ほど誰も部屋に来ないでください、お願いします……。理由は「心に傷を負った」とか「勝ち目の無い相手《主人》に喧嘩売られて未来に絶望した」とかでも良いかも知れない。

 アーニャと過ごすあの亜空間が一番の癒しなんじゃないかと思う。カティアやアリアは優しいが、カティアはキレたら怖いし、アリアは基本的に――何と言うか、捉え所が無いと言うか、遠い人だ。それに反してアーニャは不貞腐れたりはするが、可愛げがある。どこか抜けていたり、少なくとも痛めつけてきたり束縛や制限をしてこない。

 ――愛情と言うよりは、友情だと思う。あそこで一緒にゲームをして居る時は、一番楽しい。対戦ゲームは苦手だけれども、協力するのは大好きだ。ストーリーを二人、或いは最近のネットゲームのように四名とかで攻略していくのだ。

 当然、此方は人間と言う自由意志の元に行動する生き物だ、プログラムされ、システムと言う枠組みの中で定められた事しかできなくても、それはAIやNPCも避けられない。乗り物とは移動に利用するものだが、爆発物を括りつける事で移動と乗り捨て同時に攻撃が出来るように、発想次第で色々出来る。その発想で笑うのも、また一つの遊び方だ。バグを見つけ、再現してげらげらと笑うのもまた面白い。

 まあ、何だかんだアーニャ以外に今の所同じ世界、同じ人として生きた人物が居ないと言う事から付き合いやすさは違う。流石に俺は家柄万歳の思考に付き合うのは難しい上に、価値観が違う上に技術力も違うのだから話題の多くが「なにそれ?」状態である。前にミラノとの話で「水は氷になると体積は増える」ってのも首を傾げていたし、火で熱せられた空気は上へ、冷えた空気は下へ循環するとか、科学的な話も難しいだろう。


「頼むよ、仲良くしてくれとは言わないから、喧嘩だけはしないでくれって……。

 ああ、クソ、起きられない――」

「文句ならあっちに言って。英雄だと聞いたから、その叡智の片鱗でも教授願えないかと、出来る限り腰も頭も低く頼んだのよ?

 なのに、この英雄――鼻で笑うし、罵詈雑言だらけだし、何も教えてくれないしでほんっとムカつく……!」

「だって、見てみなさい? これ、単体を相手に行使する火球”ファイヤーボール”を全部字にしてみたらしいけど、それだけで十三頁になってるの。しかも、一回使ったら文章が吹き飛ぶか魔力を以上浪費して倒れるような物。

 笑っちゃう。殺し合いの場面で名乗りを上げて、正々堂々礼儀に則って殺しあいますって言ってるような文面。魔法を行使するのに必要なのは美麗字句じゃ無くて、真っ直ぐな言葉。

 むしろ私が教えを請いたいくらいだわ、どうやったらこんなに無駄な文章を作成できるのかってね。貴方、作家にでもなったら良いんじゃないかしら。少なくとも子供に読み聞かせる本くらいなら作れるわよ」


 マリーがベッドに倒れている俺の顔にミラノが書いたと思しき魔法の詠唱文の書かれた紙を乗せた。それを顔で受け止めてから手に取り眺めてみるが、俺にはまずそういった知識が無いので何処が駄目でどうしたら良いのかすら分からない。

 ただ、文面を眺めていると、それこそ「ご機嫌いかがですか?」みたいに始まり、雑談をしてから「それでは、また」みたいに文章が書かれてるとは思う。これ、かつて俺の前で詠唱して見せたものよりもクソ長くなってないか? これ一つでどんな戯曲を作るつもりなのだろうか、文才がないと出来なさそうだ。


「……いや、俺は魔法の知識は無いからこれがどれくらいのレベルなのか分からないんですが」

「”れべる”と言うのは良く分からないけど、こんな程度の物を量産してるようじゃ、魔法を幾らか厳選したとしても完成はおばあちゃんになってからね」

「ぐ、ぬ、ヌ――」


 マリーの口撃にミラノはぐうの音も出ないようだ。と言うか流石にみていて気の毒と言うか、目に毒と言うか。俺の精神も擦り切れていく。保身の為でもあるが、ミラノが不機嫌になると巡り巡って俺にダメージが来るのでそれだけは避けたかった。


「マリー、俺が言うのも何だけどそのへんにして貰っても良いか? ミラノをどう思うかは自由だけど、俺の主人なんだから面罵してるのを見せ付けられて気分は良くない。

 そりゃあ、英雄様には子供のお遊びや出来の悪い作品のように見えるだろうけど――それでも、誰だって何も分からず、初心者で、全てが手探りな事は絶対にある。

 マリーもこの世に生まれ出た瞬間にその両足で地面を踏みしめて言葉を巧みに操り、今のように魔法に長けていた訳じゃないんだろうからさ。こう、もうちょっと……手加減してやってくれよ」

「――いつ人類の危機が訪れるか分からないのに、そんな悠長な事は言ってられないの。

 時間だってどれくらい有るか分からないのに、ノンビリさせておくなんて罪よ」

「なら、その時間は俺が買うさ……」


 ヨイショと、俺は起き上がった。頭から血の気が引いていくのを感じるが、それでもまだ何とかなる範疇だった。少なくとも、頭の血管がぶちぎれた感覚や、熱中症や熱射病、インフルエンザに比べれば耐えられる。

 そして読んでいたミラノの研究段階の紙を傍に置くと、二人を一度だけみた。


「俺の役割は、今の所ミラノの盾となり、壁となり、助けとなり、時間を稼ぐ事だろ?

 今は未熟かも知れない、今はヒヨッコかもしれない、人類の危機が到来した時に十分な戦力にはなれないかもしれない。けどさ、間に合わない事があっても、命が失われない限りは致命的じゃない。追い詰められて、逃げ回って、苦しくなった先で到達する事だって有ると思う。

 そこに辿り着くまで、出来る限りの安全と時間稼ぎくらいはやるよ」

「――本当に、甘いのね。それで貴方が死んだら、残された人は後悔するの。どんなに高貴な想いを抱こうとも、どんなに立派な行いをしても! もっと力があれば、もっと技術があれば喪わずに済んだんじゃないかって!」


 突如、マリーが形相を変える。そしてまるで俺に対して怒っている様であり、先ほどまで喧嘩していたはずのミラノが呆気に取られていた。俺もそうだ、なぜ流れが変わったのか理解できない。しかし、少しだけ思い返してみれば彼女は悪夢を見たりうなされたりと眠れなかったのだ。原因は分からないが、目の前で仲間の一人も失っている。未だに向き合えていない心の傷に、俺は塩を塗ってしまったのかもしれない。


「マリー? マリー! 落ち着け」

「っ……、ごめんなさい。私――」

「いや、良いよ。ただ、俺も無遠慮な発言だった。悪い」

「少し、頭を冷やしてくるわ。けど、忘れないで。自分一人で何でも出来ると思っていても、結局それを傷付き、苦しみ、成し遂げた所で、見ている人は決して喜べないの。

 守っているつもりでも、守られている人が手放しでそれを喜んで受け入れられないように、ね……」


 そう言って、マリーは去っていった。その時に床に散らばった髪を一枚も踏む事無く去っていったのは、何だかんだ他者の物を踏みにじらないようにと注意していたのかも知れない。マリーが去り、嵐が過ぎた様子だが、ミラノは怪訝そうにこちらを見て居る。


「なんか、親しそうね。色々知ってるみたいだし」

「色々マリーが語ってくれたんだよ。かつての戦いの事、何故魔法に優れているかとか、色々ね」

「それに、アンタに気を許してるみたいだった」

「一緒に生きるか死ぬかの戦いを越えたからだと思う。前まではあんなに自分を出してこなかった。

 どこか、諦めてると言うか、生きるのに疲れてて、今みたいに生き生きしてるのは――屋敷に来て以来だよ」


 そう言いながら、俺は散らかった部屋を片付けようと立ち上がる。しかし、先ほどの本の衝撃やら貧血やらで気分が悪い、意識が遠のいた所でミラノが近寄って俺の肩を押してベッドに座らせた。


「いい、自分でやるから。けど、目の前で誰か失ったとかそういうのってどういうこと?」

「――ミラノは英雄が十二人居たのは知ってるよな?」

「ええ。一人が裏切り者で、この前アンタ達を襲ってきたんだったかしら」

「いや、ごめん。俺の説明があの時は悪かった。けど、英雄が実は十二人じゃなかったって聞いたらどう思う?」


 俺がそう言うと、ミラノは少しだけ止まった。そして少し考え込むと「待って、直ぐに終わらせるから」と言って、紙を全て拾い集める。そして片づけが済んだ所で彼女は椅子に腰掛けて飲み掛けだっただろう紅茶に口をつけ、不味そうな顔をした。きっと冷めていたのだろう。

 飾られるように置かれている簡易セットを手にすると、彼女は魔法でお茶の準備を始めた。当然ながら、俺がやるよりも詠唱だの杖だのと面倒そうではあるが。


「ほら、アルバート。何時までもそんな部屋の入り口で震えてないで、入るなら入る、どっか行くなら

どっか行く」

「ふっ、震えてなどおらぬ! しょっ、勝負事に無粋な真似は出来ぬのでな! 場を空け、万全に挑めるように配慮したのだ!」

「はいはい。それで、ヤクモの話を聞くの? 聞かないの? 早くしないとお茶は出さないから」

「聞くに決まっておろう! こい、グリム! なに? 指を刺した? 舐めておけ!」


 そう言ってアルバートがグリムを引きずって部屋に入ってきた。グリムはナイフを銜えながら圧迫止血している、多分ナイフの先端と柄のケツとで両手の指で挟むようにして持っていたに違いない。そしてアルバートが言ったとおりにチュパチュパと指を口に含み、舐め始める。無表情と言うか、やる気の無さそうな顔と動作、それと幼く見える外見のせいで似合っている。

 俺はお茶の準備が出来るまで休むと言ってベッドに倒れ伏し、マリーやグリムなどが語った事を思い出す。そしてお茶の準備が出来た時に気だるく起き上がり、騒ぎが収まってから現れたアリアやカティアも交えて十二英雄ではなく、十四英雄の話を皆に話すのであった。

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