49話
万全の状態を維持する事を覚えるな。最悪な状態の中で、自分との付き合い方を学べ。そう言われたのは、体調を崩して営内で寝込んでいた俺に先任が言った言葉だ。
万全の状態とは、普段の自分の事だ。それを維持する方法はそんなに難しい話じゃなく、よく食べ、よく運動し、病気や怪我をせずに一日を終えて明日を迎える事だ。深酒や過食、運動不足に睡眠不足などをしないという、そんな当たり前の事だ。だが、それは当たり前の話であり、出来ない奴の方がおかしいんだよねと先任は笑った。そしてベッドで起き上がる事もできない俺を見ながら言葉を続ける。
自衛隊――いや、他国の軍隊もそうだが。作戦行動や軍事行動を始めた瞬間に俺たちから日常は無くなり、普段とは違う”非日常”を送らなければならなくなる。空調が故障している営内よりも悪い環境で生活しなければならなくなるし、普段口にしている温かくある程度保障された量と喫食時間も不安定になり、訓練以上の負担とストレスを常に受け続ける事になる。
そんな非日常の中に居て、どんどんコンディションは低下していく。天幕の中で寝袋に包まれるのならまだマシな方だ、最悪雨風を凌ぐ事すら難しい場所で横になる事もできず、装備を身に着け手放せないままに二時間だの四時間だのといった短い睡眠時間で行動を開始、再開をする事だってある。
そんな中でも、諦めたり弱気になったり挫けたりしない精神力や、そんな中でもある程度自分を律する事ができるようになれと言われたのだ。酷い場合、味方とはぐれたりする場合もあり、水分や食料が不満足な場合もあるという。
それでも――任務最優先で行動出来る様にしなきゃいけないのが俺達なんだと、先任は言って去って行った。彼の胸にはダイヤと月桂冠で象られたレンジャー徽章がある、俺には想像もつかない――それこそ、ファンタジーにも近い過酷な試練を乗り越えた者にしかなれないとされる、その証がついていたのは忘れない。
だが、体調を崩して寝込んでいた中隊配属直後の俺とは違い、六年の三任期を終えた俺は様々な事を学び、そういった事にもなれたつもりだった。一時期はレンジャー教育に行かないかと陸士であるにも拘らず言われ、陸曹になりますといって逃げたにも拘らず陸曹になった後で放り込むと言われた事もあった。そもそも、向いてるとは今でも思えないが――当時は、やはり憧れていた所はあった。だから「なれたらいいな」程度の、淡い願望は持っていたが……、
俺は、自分に向かってくる圧力であれば何とかできるが、巻き込まれただけで所在なさげにするほか無いと言う空間でのストレスには、全くもって弱かった。
姫さんが来て、クラインとの再会を果たしました。終わり! 閉廷! そんな流れなら、納得は出来るだろう。しかし、俺が気を利かせて退出した後でやって来たのはその教育係であるオルバだった。当然、今回の外出に関しても許可してないだろうと察する事はできる。
俺はオルバに快く思われるような出会いを果たしていないので、何を言っても上手くオルバを誘導する事が出来ない。だから沈黙だの思案だの誘導だのを目論んでは見たが、最終的にハイどうぞと幕舎にオルバを入れるしかなかった。
当然、鉢合わせした姫さんとオルバによって幕舎内の空気が一気に冷え切り、俺は何でここに居残っているのだろうと自分でも不思議でたまらない。何度か「あ、トイレ」とか「星でも見に行こうかな」とか「アジャイルがフィックスしてコントラストがオーバーレイしたから……」とか言いながら退出しようとしたのだが、その度にクラインが見捨てられたくないと表情で訴え、氷点下の目線二つが俺に向かってくるのでそれが出来ずにいた。
出来るのであればワインの残りを飲んで酔いつぶれたフリでもしたかったが、俺の寝床にオルバが腰掛けているのでそれすら満足に出来ない。クラインも姫さんが寝床に腰掛けているのでどうしようもないだろう。
もう、どれ程の時間そうやっていただろうか? 時計を見るのが怖いので見ていないが、座っているときの姿勢を変えた回数から逆算して、もう二十と数分程度沈黙の空間に居るのだろう。クラインも――姫様とあったときと同じで、たぶんオルバに関して昔の印象と違って戸惑っているのかも知れない。なんども、俺とクラインだけが目線を交差させていたが、打開策は無かった。
「――はぁ、良いです。クラインさんの前で騒ぐのも何ですし、姫様も久しぶりにお会いしたという事で、今は追求しない事にします」
長い沈黙だったが、先に折れたのはオルバだった。以外だ、絶対に折れないかなと思っていたが、頬をかいている。――弟と同じ癖だが、だとすると何か隠してそれっぽい事を言うのだろう。
「クラインさんも長い間不在にしていた訳ですし、今日は見なかった事にします」
「おぉ……。どうしたのじゃ、オルバ。お主がそんな事を言うとは珍しい」
「大方あれだろ、オルバもクラインと久しぶりに会ってはしゃいじまったから強く言えないんだろ」
「なっ!?」
「あ、そうなんだ。けど、僕も驚いたよ。オルバはだいぶ変わったもんね。昔とは別人に思えるくらいだよ」
「んんっ! その話は脇に置きましょう。それで姫様、今回はどうやって抜け出したのですか?」
「なあに、窓掛けを外して、結んで、括りつけて、窓から飛び出ただけじゃ。
あとはいつものように秘密の抜け道を通って、城から出る。ホレ、簡単じゃろう?」
「姫様――」
「クライン、昔妾をどう呼ぶように頼んだか忘れたか?」
「うっ……。ヴィ、ヴィトリー。流石に窓から出るのはダメじゃないかな……?」
クラインがそんな事を言うが、クラインもさっき自分で何を言ったのか忘れているらしい。窓から抜け出すのに公爵家次期当主の長男とか、国王の娘である姫様とか無関係な気がする。どっちも醜聞か、良くて”おてんば”とか”元気があってよろしい”程度のものだ。ただ――そのどちらも褒められた行為ではないので、いつかは止めるべき物なのだろうが。
オルバにとって昔の自分とはあまり語りたくないものなのかもしれない、そもそも貴族の誇りだとかどっちが上か分からせろとか父親に言われてオドオドしてたみたいだし、その父親も犯罪者みたいになって家が取り上げられているような状態なのだから当然かも知れない。
それを考えたら俺なんて国籍を保有しない上に、手続きを果たして入国した訳じゃないから現在進行形で犯罪者に近い。もし現代のようにネットワーク環境があって、国民管理がされていたなら一発で国外退去もありえた話だ。それでも何とか許されてるのは”召喚された”という事実と、公爵家に抱えられてるという事実が無ければ指摘された場合危うかっただろう。
――いや、たぶんこれから指摘されるかも知れない。それどころか現在進行形で情報収集されてるかもしれないが。最悪身元のハッキリしない、素性も確かじゃない奴を傍に置いてるとか弾劾される可能性もあるのだが。
「そういえば、何故彼がここに? 遅れてくると聞いていましたが、それにしても屋敷ではなくここにいる理由が分かりませんが」
「ああ、えっと。実はさ、彼のおかげで僕はこうやってまた動けるようになったんだ。不思議な薬をくれてね? 毒で死ぬしかない僕の身体から毒を全部消してくれて、その上健康で頑丈になったんだ」
「彼が――?」
「うん。なんか赤のような、桃色のような甘くて苦い液体だったけど。たぶん高価な……あるいは、希少なものだったと思うんだ。そのおかげで元気になれたから、そのお礼に今日の朝から一緒に居るんだけど」
「……そうですか」
オルバの顔から、険しいものが無くなった。初対面ではクラインに成りすます、或いはクラインに似ているから重用・重宝されているだけであって、俺が居る限り皆が過去に囚われてダメになるとか――そんな感じで見られていた気がする。
しかし、クライン本人が帰ってきてしまえばクラインのなり済ましや、似ているから~と言う理屈や理論は成り立たなくなる。その時点でオルバが俺に向けていた敵意や負の感情の多くは解消された事だろう。考えていなかった事だが、もう一つ余計な負担や荷物が消えたと言うことだ。それは喜ばしい事だと思う。
オルバは俺を見てから考え込んだりし、それから意を決したようにこちらを見る。その表情は高圧的や敵対的だったものではなく、幾らか対等か――あるいは、少し下手に出ているような感じさえした。
「その……貴方がクラインさんを助けてくれた事は感謝します、それと以前の事は詫びさせてください」
「いや、それはいい。むしろ――なんだろう、そうやって疑われても仕方が無かったんだし、オルバの役職や立場から考えれば仕方が無い事だと思う」
「それで、クラインさんに与えた薬は――希少なものなんでしょうか」
「あれ一本しかないから、希少どころか生成方法も確立してない”伝説の薬品”とかになるんじゃないかな」
なお、クラインに与える時に所持・所有していた事から必要な材料とかは判明している。ただ――なんだ。材料に「人間○人分の命に匹敵する素材」とか出てる時点で断念せざるを得ない。流石に霊薬の為に人を危めるとか、リスクが高すぎるし、理由が何であれ敵じゃない他人の命を奪って良いとは思わない。
だから、そう言うしかなかったのだが。当然のようにオルバは沈黙してしまうし、クラインは苦笑した。姫さんはパチクリしているが、たぶん金さえ出せばなんでも手に入る世界の住人だからに違いない。
「だからさ、オルバ。僕は自分に出来る範囲で彼に報いなきゃいけないと思ってるんだ。
ただ、彼に言われちゃったんだけど”あまり傾倒しすぎるな”って事は守るよ」
「――ならクラインさん、恩返しに僕も協力させてください」
「え?」
「僕は……今でこそ立派すが、それも全て貴方のおかげです。その恩返しとして、協力させてはいただけませんか?」
「僕は構わないけど、そんなに大したことはしてないよ」
そう言ってクラインは謙遜した。髪の色やら服やらが違うけれども、俺から見れば「自分と弟」なんだよなあ……。自分の弟が自分に対して「手伝わせてくれ」なんて言う場面なんて想像出来るだろうか? いや、できないな。弟とは不仲ではなかったが、だからと言ってこんなに好意的だった所は――
――兄貴の使ってるパソコン、そろそろ旧世代になりかねないから新しく組んでやる――
……いや、あったか。パソコンの組み立てに関しては全部委任していた気がするし、時折実家に来た時パソコンの調子を見てくれたり、部品を換装してくれたり、メンテナンスを進んでやってくれていたな。その度にパソコンの扱いが粗雑だと怒られていたのも思い出した。
気が付かなかったけれども、弟も俺に対して友好的だったんだなと思う。けれども、それを理解したのが死後と言うのはあまりにも馬鹿げた話だが……。
「ヤクモ、オルバが協力してくれるとしたら――ありがたい?」
「敵意や害意を向けられないだけでも俺は万々歳だよ。それに、俺が勝手にやった事なんだからそんなにお礼だとか恩だとか意識しなくて良い」
「それは、僕に背徳没倫、不忠不義になれってことかな?」
「いや、それは――」
「例外は作らない。もし君がそれですら断るというのなら――」
「断るというのなら?」
「君が望まない方向で話は進むかも知れないね」
例えば、地位向上に働きかけたりとか。そう言ってクラインは笑みを浮かべた、しかもそれは意地の悪そうなものであり、明らかに俺を脅している。そして地位が下手に向上する事を俺が望んでいないのは彼も知っているはずで、今でさえだいぶ慎重かつ臆病に物事を進めているのに、更に政敵を増やして貴族間抗争とか他国との関わりを持ちかねない地位になるのは勘弁願いたかった。
「いや、それはちょっと……。タダでさえ今でも色々やる事があって困ってるのに、これ以上面倒ごとを増やさないで欲しい」
「じゃあ問題は解決だ。とは言っても、今の所厚遇したり願い事を聞いたりする事しか出来ないけど」
「僕も、大した事は出来ませんが。出来る範囲でならお手伝いします」
「――その言葉だけでもだいぶ助かる」
「さて、お主らの話は終わったか? しかし、妾は幸運な上に恵まれておるな。クラインは帰ってきた上に、似通った猛者が近くに居るのじゃからな。
しかし困った。クラインが戻ってきたのなら、ヤクモ――お主が付き人になる理由も無くなるな」
あ、なんか就職先の一つが潰えたわ。前に……精神的にだいぶ昔に勧誘されたが、どうやらガチでクラインの代わりだったらしい。それはそれでへこむが、見通しの立たない仕事を今から請け負ってしまうのは馬鹿げた話なので、ある意味良かったんじゃないかと思う。
しかし、姫さんの言葉に反してクラインは「え!?」と驚きの声を上げた。
「いや、その……。僕、家を継ぐんだけど」
「そこらへんはミラノかアリアが上手くやるじゃろ」
「僕の家系、男が後を継ぐって事になってるんだけど……」
「むむむ、融通が利かぬな!」
「ヴィトリー。前も言ったと思うけど、姫様だからって言って良い事ややっていい事が有るんだけど、分かるかな? 確かに君がそうしていって言ったなら、僕はその通りにしなきゃいけない強制力がある。
けどね、それが正しいのかどうかとか、道理にかなってるかどうかは別の話。僕が納得するかどうかだけじゃなくて、その無理を通した結果どんな影響があるかを考えて――」
「くぬぬ……クライン! お主はそうやって昔から正論を語りおる! 少しは妾にも楽しい夢を見させてくれたって良いのではないか!」
そう言って姫さんは頬を膨らませた。うん、あれは俺には見せてもらえなかった表情だ。彼女の英雄はクラインであって俺じゃない、俺は大衆に祭り上げられた英雄ではあるが誰かの英雄ではない。そう考えると、姫さんはクラインに――自覚が有るのか無自覚なのかは別に――好意を寄せているという事だろう。一つ息を吐いて、納得するように頷いた。楽しげにしているのを見て、俺は部外者であるかのようにワインの残りを飲む事にした。
事実、俺は今回に限って言えば部外者なのだ。彼ら彼女らのやり取りに口を挟む余地は無く、ただ情報を集め思考することしか出来ないのだから。
「ヴィトリー、僕は――まだ自分に何が出来て、何をしたいかを理解できてないんだ。けれども、長兄で有る以上跡継ぎになる可能性は一番高いと思う。なら、跡継ぎとして、当主になった時に僕が国の為に、ヴィトリーの為に何が出来るのかを考えたら、個人じゃ出来ない事が出来る方が何倍も素晴らしいと思う」
「まあ、そう、じゃな……」
「けどさ、僕は生きてるわけだし、ヴィトリーとはこれからも会える。流石に短くない年月会えなかった訳だけど、それでもこれからが無い訳じゃない。だから、その分をこれから使えばいいと思う。
――ちゃんと勉強して、お城を無許可で抜け出さないのならね」
クラインがそう言って姫さんを説得する。納得がいかない様子ではあったが、姫さんも言われているうちに自分の発言の方がだいぶ突拍子が無く、クラインの方が無難かつ現実的だと判断したのだろう。
頷き、不承不承といった感じで理解を示した。
「――うむ、そうじゃな。仕方が無い。不甲斐無いクラインを見るのも面白いかと思ったが、きっと不愉快な気持ちになる方が良くないじゃろ。
なればこそ、妾は待つぞ。数年お主を失っていたのじゃ、同じくらいの期間待つのは難しくない」
そう言って姫さんは笑みを浮かべたのだが、その笑みが崩れて直ぐに悪巧みをするようなものへと変わった。その意味を理解するのはだいぶ後なのだが、その場の俺は既に眠気と鈍った思考の回転速度を維持するので忙しかった。
「姫様。そういえば、寝泊りや食事はどうしているのでしょうか?」
「あ、そうだね。まさか軍のを盗み食いしてたり、人が居ない時に寝てたりとか……」
「お主らは妾を何だと思っておるのじゃ。デルブルグ家の領地で宿を借りて寝泊りしておる」
「やっ――」
「城とは比べ物にならぬほど寝床は狭く質も良くはないが、これはこれで楽しいぞ?
食事も気に入らなければ町の中を歩くのも良い。そこいらはこの前学んだ」
「あ~……」
どうやら前にお忍びでやって来て一緒に外出した時にそういった事を学んだらしい。怒りの矛先が此方に向くかなとオルバを盗み見たが、どうやら俺に責任を求めては居ないらしい。ただただ顔を抑えて悩んでいるようであった。
「姫様を下々の生活を体験させたなどと知れたら……」
「む? 父上なぞ野宿や野営、それどころか冒険の毎日までしていたと聞いておるが」
「それとこれとは話が別です!」
「まあまあ……」
「……お前ら、本当に抜け出すの好きだなぁ」
国王も姫さんも抜け出すし、クラインでさえも窓から抜け出すとか言っていた。もしかすると偉い人は若い時代、家でのしきたりなどが窮屈すぎて逃げる事を真っ先に覚えるのかも知れない。こうなるとクラインの父親も怪しくなって来た。昔は国王と遊んでいたと聞いてるし、同じように抜け出して会っていたのかも知れない。
何だこの世界、たまげたなあ。そんな事を考えながら、俺はモブキャラのような反応をしていた。
「問題なのは広く知られる事であって、問題にならなければ無いのと同じじゃない?」
「クラインさん、貴方と言う人は……」
「まあまあ、あまり考えすぎるなって。問題を起こさないようにするのは確かに大事だけど、それだけじゃダメだろ。問題が起きた時にどう対処するかも考えなきゃいけないという意味では、今の内に幾つか考えておいた方が良いんじゃないか?」
「そんな事――っ、貴方に言われる間でも有りません! 大体、何でお酒を飲んでるんですか!」
「寝るために飲んでたんだよ。けど、二人が来たから眠れないだけだし、けど寝る準備は必要だし」
もうだいぶ時間が経過している。日本での生活に比べると、二時間近く時間が早めにずれた生活をしているので、十一時に消灯だとしたらこちらでは九時には消灯のような感じなのだ。つまり、寝るためにノンビリした時間を過ごす筈なのに、個人のスペースは無い上に俺相手じゃない客人が来ている、しかも寝床はオルバの尻の下。これで寝ろというのは結構酷だ、横にならせてくれ。
「お酒に頼って寝るのは感心しませんね。良いですか? 酒を飲むと体調に好ましくない影響を与え、それが睡眠時だと休んだような気がしないというのが判明しています。
もちろん分量によるでしょうが、夜分厠に行きたくなるような事があれば睡眠と休息の妨げになります。つまり、本来一纏めで眠っていた時間を、二分割する事になるのですからよくない事です」
「それは承知してるけど。まあ、なんだ……。上手く寝付けなくて、その為に酒を飲んでるだけなんで」
疲労困憊か、長時間起きて睡魔を溜め込むか、そうじゃなければ酒を飲んで眠気を高めるかしないと横になった所で上手く眠れない。家族は全員ベッドに行って直ぐに寝ているようなイメージがあるが、俺は子供の頃からこうだった。
成人してからは酒に頼る事が多くなり、そのおかげで自衛隊生活でも何の支障なくやってこれた所はある。ただ、財布には優しくないので進められた方法じゃないし、褒められた事じゃないが。
「と言うか、二人とも寝る準備はしなくて良いのか? 俺はここで寝るからいいけど、姫さんなんか町まで戻らないとダメなんじゃ」
「おぉ、そうであった! いやなに、先日も遅れに遅れて女将に怒られてな? 今日も遅れると明日の朝食が抜きになる」
「姫様、そんな無体な……。公爵様に話をして、せめてお屋敷に泊めていただくとかした方が良いかと」
「しかしな、オルバよ。妾の馬と帰りを待っている女将に悪いのでな、それはせぬ。
安心せい、明日はそうする」
「そうですか」
姫さんは立ち上がり、フードを被ると「それではな!」と元気よく出て行った。それを見てオルバもため息を吐きながらもゆっくりと立ち上がる。
「今日はヴァレリオ家側で寝泊りするので、僕も引き上げます。
それではクラインさん、それと――貴方も、また明日」
「うん、また明日ね」
「じゃな」
オルバも去って行き、一息つけそうな雰囲気になった。息を吐き、アルコールの匂いが胃袋から遡ってきた。これ以上飲んだら夜中に起きて小便をするハメになるし、質の悪い睡眠になってしまう。ようやく横になれると転がり、盛大に息を吐くとクラインが苦笑した。
「ふう、一日目から大騒ぎだ」
「悪い事じゃないだろ。かつての友人たちが、復帰を喜んでくれている。そういう相手が一人でも多く居るのは、喜ばしい事だ」
「君はそういう人は居なかったの?」
数秒、クラインの言葉を浸透させ、咀嚼し、飲み込んでから言う。
「居たら、帰りたいって思ってるよ」
紛れもない事実だった。それに、俺が他人――いや、親しい間柄の人間が居ても、その大半はネットを挟んだ、仮想の友人だ。学校や職場のように毎日顔を会わせる訳じゃなく、年に数回会えるかどうかの趣味仲間。
確かに、一時的には惜しまれるだろう。けれども、一時的だ。直ぐに代理、代用できるもので俺の居たスペースに何かが詰め込まれ、忘れられ、消えていく。そんなものだと思っているし、他人が俺の事をどう思っているのかなんて聞かない限りは分からない。
「――寝よう、クライン。明日には屋敷に帰るんだから、最後の最後で寝坊かまして笑われないようにしよう」
「寝坊だなんて。そんなことする訳がないじゃないか。けど、寝るのには賛成。
朝早くから馬に乗ってたし、結構疲れちゃったし」
「それじゃ、明かりを消して――っと」
ランプの火を消し、互いに暫く寝床に潜り込む音がしたが、それも直ぐに収まって静かになる。外気を遮断するために皮だの布だのと被せた幕舎は温かいし、いくらか静かだ。そんな空間の中で、ミラノに呼び出された当時の床での雑魚寝時代よりはマシな睡眠が可能。文句は無い、それどころか上着を脱いで自分に被せて僅かに温もりを得ようとしたり、魔導書を枕にする必要も無いのだから。
今日はアーニャに会えるだろうか? 彼女と会わないでだいぶ時間が経過した気がする。忙しかったし、クラインを演じている以上はヤクモである自分に戻る危険性を一握りでも排除しておきたかったので、都市を出て以来だろう。
カティアを除けば俺が何処で産まれ、何処に生き、どのようにここまで来たのかを知っている人物は居ない。そういう意味では嘘をつかなくてもいいし、発言を飾ったり選んだりしなくてもいいので気楽だ。
少しばかり意識する。最初に輪郭が想起され、それから髪型や髪の色が現れる。数秒の間を置いて目がどんなものか思い出し、連鎖するように鼻と目もくっついて完成だ。アーニャだ、アーニャ。人として存在しているときも、天国のような場所に居るときも大体シスター服を着ている。ただ違うのは羽が有るか無いかであり、それ以外のところはあんまり違いが無かったような気がする。
「ヤクモ、もう寝た?」
「いや……」
ある程度イメージが固まった所で声をかけられ、それを保持する。クラインが暗い中で話しかけてくるが、そちらを見れば片目でクラインが此方を見て居るのが理解できた。あちらから此方が見えているかは分からないけれども、俺のこの片目は暗くても昼間のように見えるので少しありがたい。
「君は、これからどうしたいんだっけ?」
「とりあえず――自立を目標にするよ。自分の住まいを持って、仕事を得るか働く必要が無いくらいの金を得て、文化や歴史とかを理解して、その上で幾つかの国を見て回って……」
「まるで旅人だね」
「――ここがどこか分からないしな。今居る国のことを知らないだけでもだいぶ怖いのに、隣国の事を知らないで居るのも同じくらい怖い」
それは俺が居た世界での事だが、大体隣国は仮想敵国だ。中国、韓国、北朝鮮、露西亜――同盟国であり大国であるアメリカもYes, we canといってから四年は経過し、それが果たして何処まで”We did it”となったのかは分からない。
空から、海から、そして陸から。直接的、あるいは間接的侵略を受けている日本に住んでいると、そういったところに敏感になる。それがたとえ中東のような内戦だのテロが発生してないという、呆けすぎた平和だとしても、平和だからこそより一層慎重にならざるを得ないのだ。
ヴィスコンティ、ツアル、ユニオン、ヘルマン、フランツ……そして魔界。北では戦争状態に近い状況で、勝つのか負けるのか分からない。だのに、その一国は離反し協力しているとは言え魔族だからと国として認められていない。そしてユニオン共和国は物資が無いので武力を高めてじわりじわりと資源のある地域へと進出している。フランツ帝国は歴史や宗教を絶対視して、他国にまでその影響を及ぼし、批判的だったり不信だと何をされるか分からないとか。そしてヴィスコンティでは貴族至上主義の発芽による国の腐敗が始まっていると聞く、だいぶこの世界は安定していない。
そんな世界で生き延びるとしたら、一番簡単なのは”庶民になる事”だ。一番蹂躙されやすい上に、地位や立場が上の相手からは軽んじられ、強制され、奪われる立場だ。しかし、名のある人物でもなければ、辱めを与えたり殺す事に意味がある訳じゃないので逃げようと思えば逃げられる。それは楽な道。
ただし、その選択をした以降、デルブルグ家やヴァレリオ家が圧倒されたりなどしたら二度と今のような楽は出来なくなる。今の俺がだいぶ優遇されている上に、英雄だの騎士だのとなれたのは公爵家が力をもっているからだ。その公爵家が力を失えば、鼻つまみ者だと思われれば追放され、冷遇され、最悪言い掛かりや暗殺までおきかねない。つまり、楽だが最下層の生き様をする羽目になる可能性が高いのだ。
じゃあ逆に一番辛い道とは何か? 以前のように、功績を積み重ねて重要人物となり、その才能や能力を買われて、腐敗と戦う事だ。デルブルグ家や公爵の為に尽くす、自由度は一気に減るだろうし、危険度は一気に高くなる。けれども、貴族至上主義を打破できたのならば、国の揺らぎは安定し、公爵家は力を失わずにすむ。そこで尽くした分だけ功績が積み重ねられ、更に優遇されるだろう。過程は茨だが、安定すればある程度はバランスが取れる。
――曹候補生の勉強や心構えを学んでいる最中のような事を、今の俺は考えている。けれども、生きようと思ったらそこまで考えなきゃやっていけないだろう。少なくともカティアの命を背負っている訳だ、それくらいは……やって見せないと顔向けできない。
「最悪の自体を想定しろって教わってるんだ。何がおきるか分からないんだから、ミラノの傍で護衛をやって給料を貰っている今の環境が続くと考える方がおかしい。
何か失敗をするとか、ミラノに嫌われるとか、公爵を怒らせるとか――理由は何でも良い。切欠はほんの小さな小石かも知れないけれども、転がった先でそのままどん底まで落ちる事だってあるんだ。一人の人を怒らせた結果、その人から口伝で色々な事が伝わって居場所が無くなったり待遇が悪くなる事だってある。不寝番についた人の一人がほんの数秒寝落ちただけで、部隊が大打撃を受ける事もある」
「まるで実際に体験したみたいな口ぶりだね」
「いや、まあ、それくらいの気構えをしないとって話だから」
両方とも俺の周囲で起きたことであり、俺自身がやらかした事じゃない。けれども、先輩陸士を怒らせた結果その人から伝播するように他の先輩陸士からの評価が悪くなり、肩身が狭い思いをしていた後輩がいた。検閲の時に立哨でペアだった二曹が寝落ちし、階級的に起すのを忌避しつつも意識がそちらに割かれた陸士長が敵役を見逃し陣地に侵入され、二個小隊と物資に打撃判定をされたとかである。
同じ中隊での出来事だから印象に残ってるのは当たり前だし、その時の事を思い出すのは難しくない。むしろその後に「立哨誰だぁ!」という二尉の怒鳴り声が怖かった。
「ヤクモも、魔法が使えるのなら貴族になって学園に通えば良いんじゃないかな?
学園に通えばとりあえず色々な事が学べるし、領地は無いけどなりたいものが見つかるかも知れないしさ」
「それも考えたんだけど、俺は……たぶん、戦うという道以外は選べないんだと思う」
高卒、曹候補生途中帰隊、無職五年。幾つも張られる最下層のようなレッテルが自信を喪失させる。その結果、自分に馴染んだものしか頼れないという悪循環に居ると理解もしている。けれども、だからと言って貴族になって領地を持って運営している自分を想像できなかった。そしてオルバのように城仕えというのもあまりに影響力がありすぎて責任を担えない臆病さが邪魔をする。
だからと言って農家だの狩人になる気も無いので、お前何がしたいんだよと怒られる羽目になる。武器がある、利点がある、それを売り物にした方が無理な方向転換にならないという腐った考え。どうしようもないものだ。
それに――高校を卒業して直ぐに入隊した悪影響が根強い。六年という年月は決して短くない。本来であれば大学に行くか就職するかの選択肢が高校の後であったのだが、俺はその道を選択しなかった。結果、学を積むのではなく専門的な分野に特化して修得してしまった。それは、決して潰しの利かない技能なのだから。
「――ま、それもこれから考えるよ。もしかしたら魔物たちを掻き分けて、失われた歴史の品々を持ち帰る仕事とかもありえない話じゃなさそうだ」
「あはは、それじゃ冒険家か探索家だ。けど、出来るなら――願うならこれからもこの国にいて欲しい」
「それは命令か?」
「ううん、頼み事。君は――妹達の支えになってくれそうだから」
「二人とも俺がいなくても立派に四年間、学園でやって来れたんだから大丈夫だろ」
「そうじゃないんだ……」
クラインがそう言ってから、暫くの沈黙が続いた。何か言いそうなのに、酒の巡りで意識が遠のいていく。活動限界を向かえ、アルコールに浸った脳味噌が麻痺していく。そしてクラインが口を開いたのと、俺の意識が無くなるのはほぼ同時だった。
「二人とも、誘拐事件の時――」
だから、クラインの話を俺は聞き逃していた。
――☆――
このあの世とも現実とも違う、精神世界のような場所に久しぶりに来た。夢とも言えるが、ここでおきている出来事は事実なので夢とは些か違う。ただ似通っているとすれば、この世界の主人であるアーニャの思ったとおりに多少世界の方が都合よく捻じ曲がってくれるという事だろう。
彼女が光あれと言えば光があたりを照らしてくれる、幸あれと言えば俺に幸福が訪れる、災いあれとは言われた事は無いが、災いは勝手に試練としてやってくるので不要だった。
……そう、幸せは掴み取ろうとしなければ得られないが、不幸は望むと望まざると勝手にやって来て「やあ」と挨拶をして顔面を殴ってくるのだ。
「あの、アーニャ……さん?」
「つ~ん……」
俺がここに来た時には既に面倒くさい事になっていた。俺がいつものように椅子に座り、机を前にして座っていた。お茶は無いが、いつでも手にして口に出来るように煎餅が置かれていた。インテリアのように整えてられているので手を出す気になれなかった。
それは良い、別に飲食メインでの来訪ではないからだ。アーニャに会いにきたのだが、彼女は此方に背を向け、電子音を響かせながら何かをしていた。音声からそれはゲームだろうと察し、画面が置かれていない事から携帯ゲームをしているのだろうと思った。
別に良い。他人様がゲームをしようが、アニメや漫画にふけろうが、ハッピージョブにいそしもうが知った事じゃない。それを押し付けられさえしなければ、他人のやる事には寛容で居たいと思う。そこらへんは集団生活で馴れた、部屋によっては課業外にセルフブロウジョブを堂々としている部屋長だっているのだから。
しかし、いつ来てもいいとは言われ、相手の都合を考えずにやって来た俺に非はある。大いにあると認識しているから、どんな事態に遭遇しようとも追求せずにさっさと忘れようと思っていたし、寝ていたり忙しそうにしていたのなら帰ろうとさえ思っていた。
なのにだ、彼女は俺の存在を認識し、ゲームをしているとは言え挨拶をするくらいの事は出来るだろうに、その挨拶すらしてくれなかった。それどころか、一瞥くれただけで背中を向けたままにゲームを続行したのだ。なんと言うか、人としてどうなんだろうと思ってしまう。
嫌な汗が噴き出してきた。対人関係でどうでも良い相手や、最初から関係がマイナスの相手などに対しては気苦労する事はない。割り切れるからだ。どうでも良い相手なら互いに届かない位置でナイフを振り回すだけに過ぎない、そもそも関係がマイナスならバイアスがかかったモノだから毒っ気を抜いて解釈すれば良い。
だが――どうでも良くない、マイナスじゃない相手が負の感情をこちらに向けてきた場合は無理だ。原因が分からなければ戸惑ってしまう、原因が自分だったならと考えてしまうと焦りまで沸いてきてしまう。アタフタと、一般人のように脂汗を流して戸惑うしかなかった。
「その……なんで、背中を向けてるんですかね?」
「自分の胸に手を当てて、考えてみてください」
「――……、」
当然思い当たる事なんて一つしかない訳で、彼女はここに来てくれる事を喜んでいた。ここに来る時、日本語の文字の書き方を教えると言うのも約束していた。そんな俺が、彼女に何の連絡も成しに数週間もあけていればどうなるか? 考えるまでも無い、へそを曲げるに決まっている。
「その、来なかった事は悪かったと思ってる。少し立て込んでて、ここに来るのを忘れるくらい追い詰められてたんだ」
「そんな事言って、忘れてたって素直に言ってくれれば許します」
「じゃあ、忘れてました」
「誠意が無いですっ!?」
そう突っ込みをした彼女が此方を向く。あまりにもショックだったのか、その時ついでのようにガシャンと言う音がした。たぶんゲーム機を落としたのだろう、そんなにショックを受ける事だろうか? と言うか、自分から言えと言っておいて実際にそうしたら衝撃を受けるのはおかしな話だ。
「あ~、ゲーム機。壊れるぞ?」
「はわわ、そうでした――。って、あぁっ、捕食されちゃってます!?」
「――ご愁傷様」
「ええい、クエストリタイアです!」
容赦ない選択。果断と言えるのか、それとも諦めなのか。彼女は即座に選択を済ませると、やれやれと言った様子で息を吐いてようやく此方に向き直ってくれた。その手には3DSが握られていたので、捕食と言うワードや音声からモンスターハンターでもやっていたのかなと推測する。
「はぁ……。貴方様は自由すぎる人ですね」
「いや、まあ。ごめんとしか言いようが無いけど」
「少し待ってくださいね、いつもの準備を整えますから」
そう言って彼女は即座にお茶とお菓子の準備をしてくれる。現実には腹は膨れないのだが、ここでの飲食による味わいや感触は経験として持っていける。お茶を飲み、お菓子の味や満腹感での”多幸感”を精神的に経験できるので、それは何も見ない睡眠ならまだしも悪夢に比べれば何十倍もマシだ。
アーニャがお茶を注ぎ、7:3で牛乳割りをしてくれる。砂糖も甘すぎず、かといって甘みが無いとはいえない程度に入れてくれた。それを差し出され、俺は受け取る。彼女もまた、自身の分をも準備して一口すすると一息吐いた。
「それで、今は何をされてるんですか?」
「俺のご主人様のお屋敷に帰省。んで、外見が似てるから今日までずっとその公爵家の息子を演じてた」
「なるほど! だから貴方様を見かけなかったのですね。
――え、演じるって、何故?」
「いや、まあ。公爵の夫人を元気付ける為だよ。本当の息子は今日帰ってきたけど、それまでの間は俺が演じて少しでも元気になって欲しかったんだってさ。
……俺が会ったとき、憔悴しきった公爵夫人は部屋から出る事が無いくらいに弱ってたよ。けど、最近メイド長が付き添って庭に出られるくらいに元気になったんだ。歩くのが少し辛そうだったけど、それでも、窓から世界を眺めるんじゃなくて、世界に出て行けるようになってた」
「つまり、また誰かの為に何かしてたと」
「まあ、そうなるのかな……?」
誰かの為に、と言えるのだろうか? むしろ自分の為になにかしているだけだ。だからそう言われるとどこか心苦しくなる。
「しかし、困りましたね。前には公爵家の御子息を得点ポイント使って万能薬で助けましたし、今回はその母親を元気付ける為に頑張られた訳ですし。
何かしら善行に酬いないといけません」
「いや、良いよ。なんと言うか、そんな立派な事をした訳じゃ――」
「と言うと思ったので、今回は無償で一個分の願いを叶える事にします!
知ってましたよ、判ってましたから! 貴方様が辞退して逃げるのも把握済みです!
さあさあ、今回は逃がさないつもりですので、諦めてチャキチャキ決めちゃってください!」
「困ったな……」
まあ、貰えると言うのなら貰っておこう。この前クラインに消費したエリクシルの分が戻ってきて、それを消費するのだと考えれば悪い事じゃない。それに、これが最後の分ではなく、後数点残っているので躊躇するという事はない。
「溜めておくと言うのは――」
「前に得点残ってるのに、何も願わず死んだのはどこのどちら様でしたっけ?」
「ですよね。さて、どうしようかな……」
少しばかり考える。初対面の時詐欺紛いな手段をとったが、願いとは範囲で括ればその範囲で叶えてくれるようだ。例えば「陸上自衛隊で使用する装備を一式」と言うと、半長靴や戦闘服・作業衣だけじゃなく、六四小銃と八九小銃、弾丸と揃えてくれる。ATMやLAMもあるし、水筒や携帯エンピ、銃剣も付属していたのでだいぶ助かっている。しかもだいぶ吹っかけたと思う話だが「生きている間、使い切ったり使えなくなって廃棄しても困らない分だけの量があれば良い」と言ってしまったが為に、ストレージの中では火器本体だけじゃなく弾薬に至るまで大量にある。俺が創設者となって一個大隊を運用開始しても大丈夫だろう、戦力差が大きすぎて国家規模で叩き潰されそうな気がするが。
「願いって、何処まで出来るんだっけ? 最近ブランドな”死に戻り”的な、チェックポイント性とか」
「出来る――かもしれませんよ? 前に見習いとして教育を受けていた時に、神様が失敗した時に時間を巻き戻してやり直してる~って話も聞いてますし。チェックポイント式だけじゃなく、日本一ソフト式転生を踏まえた時の巻き戻しとか可能かも知れません」
「なにそれ、最強じゃん……」
「あ、でも。私はこの世界を管理してるだけの人なので、巻き戻せたとしてもこの世界に赴任してから積み重ねられた時間だけと言う事になります。
なので、たとえ魔王が復活して人類滅亡しちゃっても時間を巻き戻して対処が可能と言う事になりますが。時間を巻き戻すと、それをやった私ですら記憶の大半を保持できないので、もしかしたらこうやって会話をしている私の言葉も、もしかすると沢山の枝分かれした未来の何処かで学んで、巻き戻した結果残った記憶なのかも知れないんです」
「じゃあ、死に戻りだろうが時間を戻そうが――」
「記憶が継承できない、と言う事ですね」
それじゃあダメじゃんと、興味から聞いた事だったが出来ないとなるとガッカリするものである。手に入るものにあまり執着しないが、手に入らないとなると無性に欲しくなってしまうと言うものだ。ゲームとかでも、たった数パーセントの入手率でしかないレアアイテムを求めてゲームをずっとやるようなものだ。あるいは、自分好みのキャラクターがガチャに出たからと課金しまくるような感じ。
自分の給料を注ぎ込んでいた時は、毎月貯蓄される金の半分くらいを使用した事も珍しくなかった。最悪な時は、一月分の給料を丸っと注ぎ込んで、なお入手できなくて心折れた事がある。それでもちょっと振り返って何度かプレイし直してみたけれども、悲しい事にそのキャラクターはイベントピックアップで別種にならなくなっていた。なのであそこで心折れたのはある意味良かったかも知れない、じゃ無ければガチャと言う”金持ちの道楽”に、貧乏人の癖にドハマリする所だったのだから。
「使い魔を増やすとか」
「――貴方様? もしかして、また女の子を所望ですか?」
「あ、や。まあ。可愛い子が近くに沢山いて、目の保養、耳の恋人になってくれればなって」
「本音は?」
「女の子が傍にいてくれるだけで結構嬉しいです、あわよくばワンチャン相思相愛になれたら良いけど、そうなれなくても傍に居て一緒に色々な事が出来るだけで良いなって思うんですけど、それすら許されない感じですかね?」
願望だった。人として、或いは生物として性的欲求は当然存在する。だが、その下位互換として”可愛い子と仲良くなりたい”と言うのもある。
「と言うかですね、学園の知り合いが全員年下なんですけど。そこら変、なんと言うか。ノータッチのイメージとか、人として倫理的な問題とか色々あるんですっ!」
「私とか同年代さんじゃないですか」
「アーニャが?」
「ですよ?」
数秒考え込み、彼女を見る。しかし、俺の中身が三十代だとして――彼女の中身も三十代であると言う告白だろうか?
――……。
「マジで?」
「マジもマジマジです! あ、でも。貴方様とは少し違うのですが」
「どういう意味?」
「貴方様は現実で年を重ねて、外見を若返らせたので見た目と生きてきた年数が一致しないと言う状態ですが、私は若い内に亡くなってそれからずっとこうやって存在しているので見た目は生前のままに長く存在していると言うものなんです」
「ははあ、なるほど……。なるほど?」
脳裏に三十代のアーニャを想像してしまったが、そもそもそこまで成長してないと言うのなら可能性が無いので幻想のように打ち砕いた。一瞬白髪に気づいてそれを抜いているアーニャとか、少し目立つ隈や失われた肌の張りを誤魔化すために化粧をしている所を想像してしまった。
三十代はまだ若いと思うが、それでも若さが失われていく節目とも言えると思っている。俺も自衛隊を除隊する前に白髪が幾らか目立っていたし、引き篭もって五年も経過するとつむじ付近の髪だけが「俺、いつ染めたっけ」というレベルで白髪になってしまった。肌もだいぶボロボロだったし、食事に関してはニートだったくせに栄養バランスを考えていた。と言うか、そうでもしないと食事ですら飽きてしまいかねなかった。
「いや、まあ。若いっていいよね?」
「なんかそこはかとなく馬鹿にしませんでしたか?」
「そんなこと無いって。うん。――ちなみに神に仕える人って若かったり、老いていたりするんかな」
「そこらへんはある程度自分で調整できるみたいですよ? 若い姿の方が良いって言う人はずっと若いままですし、老獪な時が最高だったと言う人は老いてますし」
「へ~……」
「私はそもそもこれ以上老いた事が無いので若返る事は出来ても、どんな姿になるのか想像もつかなくて難しいんですけどね。
……それで、本当に使い魔を増やすんですか?」
「あ、いや。可能性を知りたかっただけ。出来るのか、出来ないのかって言う。
――そもそも、使い魔って複数持てるものなのかね」
「貴方様、お忘れですか? 私は、この世界を管理する神様なのですよ?
そりゃあ、まだまだ見習い気分が抜けなくて、失敗が多くて、全然掌握が出来てないとは言えども、多少の不可能くらいはあっさりと覆して見せます!
こう、例えるのならメモリエディタを使う~みたいな感じです」
それ、ただのチートじゃん。つまり”本来の仕様では出来ない事や本来無かったものを有る事にする”みたいなもので、所持金をその時点で最大値にするとか能力値を最大にするとかなんて序章で、所有していない筈のレアアイテムをワンスタック保有しているとか、まだ建っていないフラグをイベントや条件を無視して経てるとか、人物の複製とかまで出来てしまう。
というか、メモリエディタを知ってると言う事は、彼女と俺の生きていた時代はだいぶ近いのかもしれない。だが、それを聞く気にはなれなかった。彼女が何故死んだのかを聞くようなもので、避けたかったのかも知れないし、いつもどおり面倒事を嫌ったとも言えるのだが。
「それが本当だとすると、現在の状況を改変する事も簡単そうだなあ。
例えば俺の所属を変更するとか、人間関係を変更するとか」
「人間関係は相手を指定してくれないと難しいですが、出来ますよ?
もしかして、気になる子でも居たんですか?」
「いや、これも聞いておきたかっただけだから……」
「優柔不断なお方は、死後地獄で釜茹でですよ? さあさ、選んじゃってください!
今なら”行動によって経験値が溜まってレベルアップで強くなる”とか出来ちゃいますよ!」
「お前、実はゲーマーだろ」
脳裏に誘拐された息子を探している父親や、父親を探すためにシェルターを出た子供が主人公のゲームが思い出された。脳裏で”チャリン”と言う効果音と共に経験値が溜まる光景を想像し、そして直ぐに「経験値を溜める作業」を思い浮かべてしまった。
レベルとは上がれば上がるほど有利になるものだ。基本的にステータスが上昇し、時には技能等を覚え戦闘面だけではなくその他の面でも有利になる事が多い。しかし、それを導入する事で更に”非現実感”が増してしまう。
俺はこの二度目の人生をどうしたいのかまだ分かっていない、なのに”味付け”を過分にしすぎて台無しにしてしまう事は避けたい。幾らか考え込み、発言する。
「――俺の居た世界に、アーニャに頼んだらまた行ける権利とか、そういうのはダメかな?」
その発言はアーニャにとって以外だったのか、呆気に取られた顔をしている。ダメなのだろうか?
「無理なら良いんだ。他のを考えるけど……」
「あ、いえ。私が同行、監視という形を取れば行き来は可能ですよ?
ただ、向うでは貴方様は亡くなっているので、知り合いや友人、ご家族等に関わるのは無しとさせて頂きますが」
「出来るんだ? じゃあ、それで良いや。あ、でも通貨が違うのか……」
「貴方様のお金を換金して差し上げる事も可能ですよ。ただ、手間がかかるのでボッタクリだと思ってください」
「なんでそんな換金レートになるのか……」
「日本円を調達するのが手間だからです!」
なるほど、そりゃ仕様がない。軽くて薄くて額の大きいお札なんかは通し番号があるのだから、偽札だと大問題で、そうじゃなくとも「どうやって手に入れたの?」と言う問題にぶつかる。問題なく日本で買い物が出来るのならバッタモンレートでも我慢しよう、それだけでも勤労の意欲と言うものが維持できると言うものだ。
漫画、小説、ラノベ、ハードカバー、日本語訳された海外の書物等々、色々と買いたい物がある。流石にゲームとかはアーニャに頼んで置いて貰うしかない、テレビ画面だのゲーム機だのは電源が無きゃ使えないのだから。
ただ、目的はそれだけじゃないのだが――。
「けど、そんな事を願い事として消費しても宜しいのでしょうか?」
「いやいや、そんな事って。――分かってない! アニメ、漫画、ゲームなどと言った”オタク”は既にワールドワイドに展開され、認知され、昔のように犯罪者予備軍として認識され、汚物を見るような時代は過ぎつつある。
新しい書籍、新しいアニメ、新しいゲーム。そして何よりも――コミケがある!」
「はっ!? あの、アメリカの海兵隊さんですら過酷と呼ばれるイベントですか!?」
事実、コミケとは未経験者や軍属の人物ですら「きついわ」と言わしめる程に過酷な所がある。戦略的な要素として、早めに会場について列に並ぶ事で有名サークルの品が売り切れから逃れ、悲しみを抱く可能性を下げられると言う者がある。兵は拙速を貴ぶとは有名な言葉だが、事実その通りである。ただし、前日の夜などから待機したりうろつき回るのはダメ、絶対。知り合いが宿泊しているホテル等の部屋に後から合流して安くしようと言うのもご遠慮ください。
それと、自分の行きたいサークルの場所を全てマッピングし、それらの優先順位で自分の通る道を先んじて理解し、想像しておくのも重要だ。それもまた戦略、人がゴミのように群れていて通れない場合は素直に迂回して互いにストレスを抱える行為をするのも止めましょう。
さて、戦術的なものとして、夏であれば水分補給、冬であれば防寒対策と身軽さの比率を相談したり、持っていく金銭を可能な限りお釣りが無いように準備しておき即座に支払えるようにする、自分の体調や経験から水分はどのように補給するのか、朝昼の食事はどうするのか等々と考える必要がある。それと、前日の何時に寝て、何時に起きるかも考えた方が良い。いくら参加して欲しいものが有ったとしても、会場や途中で倒れては無意味だ。
――そう考えると、自分の好きな事とは言え、軍人ですら値を上げ疲労困憊になる場所をオタクたちは縦横無尽に駆け巡って、お目当ての”宝”を入手する為に寒さや暑さに耐えている訳だ。そりゃ驚かれる。
「ハイッ! ハイハイハイハイ! 私、コミケに興味があるんです!」
「Wait up, rook(まあ、待てって)。欲しいものとか、目当てのものとかある――って事で良いのかな?」
「え? 見に行くのは駄目な場所なのでしょうか?」
数秒の沈黙、そして考え込む。ここで「遊びじゃねえんだよぉ!?」と言うのは容易い事ではあるが、だからと言ってそんな程度の事すら許容できない人間なのかと考えてしまえば「いや、そんなことは無い」と言える。コミケデートとかいうワードを聞いたことがあるし、不可能じゃ無いと思えた。
「――まあ、連れて行くのは問題ないよ。けど、ネット環境が有るのなら、事前に欲しい作品とか調べたら良いんじゃないかな?
今からだと冬が近い訳だけど、寒さ対策も考えておいた方が良いだろうし。何日目に行きたいのかを考えるだけでも有意義だと思うけど」
「本当ですか! 有難う御座います!」
「あ~……、ただ。成人向けとか有るから、気をつけてな?」
「大丈夫ですよ! むしろ聖人向けとか、好みです!」
マジか、成人向けが好みか。ちょっと俺には理解の及ばない世界が彼女の頭の中には展開しているようだ、互いに踏み込まず踏み込まれずの関係を保った方が良さそうだ。もしかするとBLとかが好きな子なのかもしれない、是非に俺がネタに使われない事を願おう。
「年末が楽しみになりました!」
「そういえば、神とかって年末とかどうしてるの? というか、飲み会とか休みとかあるの?」
「皆さん、独自の時間軸でそれぞれの世界を管理しているので、飲み会なんて無いですよ。
貴方様が二四時間で一日を過ごされている間に、私などは疲れが酷い時は時間というものを延ばして、空白のもう一日でグータラしてから、さあ頑張るぞと新しい一日を過ごしたりもしているのです。貴方様で分かりやすく例えると、この空間に居る時の貴方様はあそこでの二十四時間とは別で時間を過ごしていると言う事ですね」
「分かりやすい事で……」
つまり、俺たちが過ごした一日の時間の中で、アーニャは必要な分だけ時間を捻出して使えると。この空間でしか適応できないと考えると微妙になるが、休息やゲームの消化、漫画や小説の消費等には適しているだろう。
「けど、なんだ。俺が言う事じゃないだろうけど、機嫌直ったみたいで良かった」
「あぇ?」
「ここに来た時はこっちに見向きもしてくれなかったけど、普通に話が出来てるみたいだし」
最初は背中を向けて地べたに座ってゲームをしていたし、そもそもこっちを恨みがましく見て鼻を鳴らしていたような気がした。しかし、脂汗を流してどうしようかと考えていたが、それも肌の粘り気と化して過去のものになっている。悪い方向へと転がらずに済んだようだ。
注いで貰った飲み物に口をつけるのを忘れていて、安堵して口を付けてみたら既に温いどころか冷めていた。それでも少しばかりの甘さと牛乳のまろやかさが気持ちを落ち着かせてくれる。一息で飲むと、アーニャがおせんべいをくわえたままに両手を此方へと伸ばしてきた。
「おふぁはりひれひゃふ」
「あぁ、どうも……」
お代わりをいれてくれるんだなと何と無く察し、カップを渡すと直ぐにそうしてくれた。受け取り、温かい飲み物を口にするとやはり美味しかった。そして俺も煎餅を食べるが、醤油味は好みだから嬉しかった。あの世界にいると、味噌も醤油も無いので口が寂しくなる。ほぼ外人みたいな育ちをしてきたけれども、焼き魚や納豆、味噌汁と言う物が家庭の味なんじゃないかと思ってるので、寂しさをたまに覚える。
「年末か……。となると、お餅やケーキ、七面鳥が食べたくなるなあ――」
「そう言えばそうですねえ。貴方様は年末とか、どのように過ごされてたんですか?」
「家族と一緒だったよ、皆で一緒の時は毎年ね。
妹が両親と一緒に年越しまでの買い物に付き合って、俺が予定外の買い物で荷物が増えすぎたら呼び出されて一人で往復と、追加の買出し。んで、クリスマスのケーキは妹と母親が作って、七面鳥の仕込みは俺と父さんで、やって……」
「あれ、弟さんは?」
「――そういや、なんもやってないな、アイツ」
今考えると、弟は基本的になんもしてなかったな。どれだけ俺は便利屋扱いされてたんだ?
「……いや、何かしてたんだよ。たぶん、俺が見てない所で」
「貴方様がそう言うのなら、そういう事にしときます。
けど、七面鳥の仕込みまでやられてたんですね、驚きです」
「あれ、そういった情報は分からなかった?」
「”料理が好き”って言うのと”料理が出来る”の差は大きいと思うんですよ。
――それで、今の話を踏まえた上で相談があるんですが、宜しいでしょうか」
「どうぞ?」
「クリスマスの日にお互いどのような状況かは分かりませんが、かつてそうしていたように祝ってみませんか?」
その提案はどのような意味があるのだろうかと考えたが、直ぐに俺は首を横に振った。
「俺、一応カトリックだから。宗教が違う場合そう言うのはやりたくないんだ」
「だったら大丈夫です。私もカトリックですから」
「なら、問題は――無いかな?」
宗教的な事に関しては、他人に理解を求めるくらいなら黙っていた方が良い。そう思って止めておこうと思ったけれども、どうやらアーニャもカトリックらしいので杞憂に終わった。けれども、俺もそこまで信者らしい事はしてないので方便と言う考え方も出来る。クリスマスの夕食は家の明かりを全て落とし、蝋燭のみで食卓を照らし、食事を前に合掌して神に感謝をする――といったものだ。
ただし、本当はどのようなものかは分からないし、今思い出したものでさえ家族全員で過ごしていた頃の思い出の残滓なので、零れ落ちているものは少なくないだろうが――。
「となると、クリスマスプレゼントも欲しくなりますよね」
「あ~……。ん、んん!? いやいやいやいや、おかしくないか?
親が子供にやるものだろ?」
「え? 友人とかと交換とかしませんでした? 音楽を流したり歌を歌って、その間皆で輪になって隣の人にプレゼントを回していくのとか」
「――ないなあ」
あれ、俺って結構惨めな人? 幼稚園とか小学校の頃はそういう事をしたような記憶も有るが、遠い記憶として埋もれすぎたが為に忘れていた。
だが――
「あの、アーニャさん? それ、結局お互いにプレゼントをお互いに買うって事になりますよね?」
「ええ、そうですよ? ふふ、楽しみですねえ……」
そう言って彼女はウットリしだしてしまった。俺には想像の及ばない事だが、彼女なりに楽しみな事なのかも知れない。だが、今日だけでもアーニャのBL好き疑惑と共に”誰かの為にプレゼントを考えて入手する”というのと、コミケに彼女を連れて行くと言う荷物がゴンゴンと積み重ねられた。
その後、雑談や日本語の文字の書き方だのをしている内に、更に俺の仕事は増える事となる。なんとクリスマスの時に食べるものを、準備して食べようと言う事にまでなってしまった。献立を思い出して今度会うときには必要な材料を伝えるからと約束し、その日は勉強とゲームに勤しんでからさようならと別れる。
――まるで友達みたいだなと思いながら、それでも此方は二度目とは言え普通の生を受けた人間であり、彼女は神に連なり世界を管理する女神だ。その内新しく魂の洗浄が間に合わないからとこの世界に流れてくる人が、転生や転移先としてやってくる事もあるだろう。そうなったら今のような関係も維持できなくなるだろう、そうしたら俺じゃなくて別の誰かがこの空間で、この席で彼女と話をするに違いない。
人生を若返りやり直せるだけでも僥倖で、その先で色々な女性と関わりが生まれてもその人たちには更に深い関係の相手が一方的であれ相互であれ存在するのだ。
――だから、俺は諦める。いつも直ぐに諦める。世界はいつも優しくないと、他人は自分が望んだような関係にはならないし、思い通りに展開は流れてくれないと理解しているから。
『――はい。自分の両親です』
いや、世界に対して諦めてるんじゃない、何をしても”何も成せない”自分に諦めているんだった。過程がどれほど素晴らしくとも、結果が出なければ無意味であるように。結局、俺は戦い以外の道ではどうしようもないほどに腐っていた。




