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元自衛官、異世界に赴任する  作者: 旗本蔵屋敷
三章 元自衛官、公爵の息子を演ず
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47話

 日本という国は広いようで狭い、だから同期と思わぬ場所で再開する。それを本当の事だなと思ったのは、支援として富士に行ったときだった。対空射撃訓練を行うので、その糧食支援として青森まで行った時に、俺は思わぬ場所で前期教育の時の同期と再開した。

 彼は通信科として違う駐屯地へ向かい、後期教育を経て部隊配属となった。当然、他駐屯地に配属となれば休日に連絡でも取って会いに行かない限りは遭遇する確立は低い。なぜなら、部隊が違えば行動指針が違う。その行動指針ですら中隊規模で違う事は多々あるし、中隊の中でも「お前は明日この行動な」と言われれば、別行動レベルで違う事をするのだから。

 同じ教育隊、同じ中隊、同じ班の同期だったが為に即座に互いで気が付く。多少髪の長さが変わったとしても、基本的に自衛官はスポーツ刈りレベルで髪が短いので印象なんて数年で変わりはしない。

 上官や後輩に変な事は言えないので、基本的に溜め込んでしまうのだが。同期となるとどこら辺気安く、いろいろな事をさらりと言えてしまうので精神面の助けとなりやすい。なぜなら、同期も立場が似たような人物なのだから。


 午後に入って、合流してきたオルバに俺は扱いにくさを覚えていた。なぜなら、今回の彼の目的も同じように視察――いや、見学による勉強であり、どう足掻いても行動が被ってしまう。いや、被らされているというのが事実だろうか。


「クラインさん。聞いたのですが、もう剣や馬の稽古をしてるらしいですが、本当なんですか?」

「え? あ、うん。僕だけ何年も――歴史に置いて行かれていたわけだし、少しでも皆に追いつかないと」

「ですが、無理だけはしないでくださいよ? 僕は、悔しい思いも悲しい思いも、どちらももうしたくはありませんから」


 オルバは、どうやらよほどクラインの事を気に入ってるのだろう。矢継ぎ早という言葉の通り、オルバは少しでも自身の暇を見つけるとこうやって話しかけてくる。余りにもその頻度が高すぎて、白目になりかけた事は少なくない。

 ――中身は、最近少しだけ他人と生身での付き合いを取り戻したばかりの、実際はポンポンと投げられる会話のキャッチボールのボールを受け損ねてダメージを受けるような男だ。普段の会話は俺個人に踏み込まれる事無く、その上相手にも踏み込まない”業務的な所”が多いが為に対処できる。けれども、俺はクラインじゃないのでどれだけ懐かれてもオルバとの会話では戸惑ってしまう。

 しかも、剣の稽古を始めたとか、乗馬を習いだしたとか、ヴァレリオ家のキリングから魔法に関して講釈してもらってるとか、そう言った事を一つ挙げる度に褒めてくる。お前はイエスマンかと言いたくなるレベルで絶賛していた。

 俺はオルバじゃないから、どんな家庭環境で、どんな人生を歩んできて、その中でクラインにしてもらった事がここまでさせるのかなんて分からない。だから容易く依存症だとか言う事は出来ない。ただ――やはり姫さんの教育係をしているだけあって、せっかくつけてもらった四人が完全に霞んでしまった。


「あ、あの。オルバ――」

「はい、なんでしょうか?」

「その……。僕の事は良いから、自分の事をやりなよ」

「いえいえ、僕のやるべき事はちゃんと抑えてます。ヴァレリオ家の方が魔法を使える方々を後方ではなく迂回部隊に投入するという新たな試みをするというのと、対するクラインさんの父の”旧来の戦い方”というものでそれを受けるとどうなるのかを試すという、一種の戦闘実験だという事ですから」


 なんて、オルバがつらつらと説明してくれる。お前は主人公の親友ポジのキャラクターかと思ったが、それも俺は表に出さずに顔を少しばかりクシャリと歪ませるくらいで留める事ができた。

 というか、そうじゃない。ヤクモとして接しているときは滅茶苦茶警戒され、見下されていた。しかし今ではどうだ? 逆にヨイショヨイショが激しく、下から下からというオルバも――何か、嫌だ。やはり弟と姿形声の大半が似ているからだろうか。弟からすらこんなヨイショをされた事が無い、となるとヤクモとして存在している時の対応の方が一番兄弟としてのやり取りに近いものがあったかもしれない。


「そ、そう言えば。オルバは彼と直接戦ったん、だっけ?」

「彼とは?」

「その、ミラノに今ついている従者の人。ヤクモというらしいけど」

「あぁ、あの人ですか」


 そして俺の話題を持ち出してみると、先ほどまで幾らか輝いて見えた表情が一気につまらなさそうになった。ただ、それでも幾らか落ち着きを見せたのか、相殺されて”弟らしく”はなった。


「――最初は、クラインさんを騙ろうとしたか、或いはそこに漬け込んで何かをしに来たのかと思いましたね。それに姫様を連れていたので、最悪の事態を想像してしまいました。

 けれども、彼は良くも悪くも犬でしょう」

「犬って……」

「すみません、言い方が悪かったかも知れませんね。けれども、犬じゃないとなれば狼ですかね、彼の名誉を保つのであれば。

 訳有って彼と一戦交えましたが、何処から来て何故ここに居るのかが分からない人です。ただ、彼と戦っている時と、その後でミラノさんやアリアさんと一緒に居る時では大分……違う人物のように思えました」

「どういう意味?」


 スイッチのオン・オフの話だろうか? そう思って黙っていたが、オルバは少しばかり眼鏡を押し上げて、考え込んでから発言する。


「狼だけではなく、野生の動物は狩りをするという事をクラインさんはご存知でしょうか。それとは別に、動物にも人のような”母子愛”のようなものも有ると言われています。

 戦いに入ると人が変わる人が居るとは聞きますが、彼はその類だと僕は思います。ミラノさんやアリアさんと一緒に居る時の彼は、たぶんそれも彼なのでしょう。静と動、日常と非日常、理性と感情――生と死のように、相反するものを矛盾させる事無く兼ね備えているようなものです。

 とはいえ、少し話をして、彼を見ただけなので正確な情報とはいえませんが」

「その評価は、良い評価なのか悪い評価なのか僕には分からないなあ。どっちなの?」

「……あまり結論を急ぎたくないですが、現状では”分からない”という言葉を前置きさせてもらえるのなら”悪くは無い”でしょうね。好戦的な人物は扱いにくい、かといって非戦的な臆病者であれば使い物にはなりません。

 彼は戦いそのものを好んではいないと思います、けれどもそれが避け得ないと判断した時は辞さずに戦います。それに、頭も悪くはありません。影を見て場所と状況から警戒に入るのが早かったですし、同時の襲撃に対しても素早い判断でどのような行動が望ましいかを考え、行動していました。

 それと、彼を信じるのならですが、姫様を案じながらも甘やかし過ぎず、かといって厳しすぎない妥協点を探るなどと合理的では有りましたね。城を抜け出した姫様に対して行われた処罰を納得させる、けれども抜け出した事を公にさせないようにする等と――色々考えてはいるようですが」


 良くそこまでいろいろな事をスラスラと言えるものだなと思ったが、最年少で学園に入った上に城に使えていて姫様の教育係をしているのだから頭が良くなければ勤まらないか。俺だったらあんな数週間前の出来事、必要なところしか覚えてないし、思い出すのに時間がかかるだろう。

 あの場で得られた情報、記憶の大事な場所といえばオルバの戦闘技能やその戦闘スタイル、思考等だ。俺はあの場で何を言ったかなんて、今言った事からソナーのように点と点で反響させあって幾つか線が出来上がるくらいだ。

 あの時姫さん関連で何を言ったかよりも、オルバがどんな武器を使用していたかと言う事ばかりが思い出される。そして身に着けているものが付呪関係の装備ばかりだという事も想起され、あの時片腕の骨を砕きまくったカミカゼ式近接爆破魔法のダメージを殆ど無効化していた事実も思い出される。


「はは、僕が聞いても良く分からないや。けど、僕も会ってないから何とも言えないんだけどね。

 じきに来るらしいけど」

「余り接触させたくないというのが僕の考えですね。あんな陰鬱そうな人に関わると、クラインさんの性格まで歪んでしまいます!」

「あは、は……」


 俺は本当に評価されているのだろうか? そう疑ってしまいたくなるほど、オルバの口から吐き出される言葉に苦笑するしかなかった。

 だが、そんな会話を打ち切るように戦場の一部で火柱が上がり、接近戦闘が行われだした。何事だろうかと見ていると、オルバが少しばかり考え込む。


「――あの火柱は、たぶんキリングさんでしょう。となると、エクスフレアさんの攻撃もそろそろ見れますよ」

「へえ、どれどれ……」


 大将がヴァレリオ家当主である以上、息子であるエクスフレアやキリングは部隊を率いる立場になるのは必然だろう。しかし、何処に構えていて、何を率いていて、どこでどのような行動をしているのかは分からない。だが――


「となると、ザカリアスさんが対処に歩兵部隊を率いて動くでしょうね」

「へえ?」

「エクスフレアさんの戦いは豪快ですからね、その勢いで彼の率いる兵士は勢いに乗ります。

 しかし、そこをザカリアスさんが足止めする事で何とか目的の阻止が出来ます」

「ザカリアス、そんなに強いんだ……」

「ザカリアスさんは後継者争いで常に先陣を切っていた叩き上げですから。それに比べてエクスフレアさんやキリングさんは魔法が使えるという点では有利ですが、実戦と言う点では劣ります。

 力が幾ら強くても当たらなければ意味が無いという事ですよ」

「成る程……」


 魔法使いとは絶対なのかなと思ったけれども、それは相手と経験が同等である場合に限るのかも知れない。戦闘の熟練者であると火力だけではいなされ、かわされ、減ぜられてしまう。経験とは、そのまま戦闘能力に繋がる、だからそれによって上手く戦えるという実例なのだろう。

 オルバは眼鏡を押さえ、それからつぶやく。


「魔法使いとは、誰もが敵わない相手――。本当にそうなのかと問われれば、違うんです。ただ手段が一つ増えた、偉大な祖先の血を受け継ぐというだけで、市井の方々と何も変わらない人なんです。

 偉大な魔法が使えるとしても接近されると弱いことは多いですし、逆に多少キリングさんのように戦いに精通していたとしても身体を使った動作に関しては兵士や傭兵の方々には敵わないです。

 私達魔法使いがそれでも恐れられるのは、基礎能力を高められるという事が過大評価されつつ共通した認識で人々の間に広がっているからなんです。けれども、それを悟られては差し支える事になります」

「へえ……」


 まあ、そうだろうな。じゃなきゃ魔法使いは偉いとか、そういった思想が芽生えたりする訳が無いだろうし――。そういえば、マリーだったか? 使い魔召喚のシステムが弄られてるとか言っていたな。本来は人類の危機に対してかつての英雄を呼び出すと言うものが、いつの間にか英雄を含めたどこかの生物を呼び出し、そして主従関係を無理強いするものに変わっていると。

 十二英雄が居るとは言え、彼等彼女等とて死後から今の今までの空白期間に関しては何も知らないだろうし、分からないと思う。何時の時代も、新しい社会が生まれ落ちてはそれが長く続けば腐敗していく。宗教であれ、体制であれ、社会的なものであれ――何でもだ。何故ならそこに介在するのは人間と言う自由すぎる思想・思考をする生物であり、百人が関わって一握りでも腐敗しだしたらアウトだ。悪貨は良貨を駆逐するという言葉の通り、都合の良いものへと変わっていくのは分かりきったものだ。


「――ほら、先ほど言ったとおりザカリアスさんが上手く立ち回っているようですね。魔法による支援が途絶えて、けれども戦闘は継続しているようです。

 これは想像ですが、エクスフレアさんと攻防を繰り広げながら上手い事張り付いているのでしょう。下手に入れば互いの長の邪魔をしかねず、かといって魔法で援護をすれば巻き添えにしてしまうので、何も出来なくなっている」

「なるほど、盾にしてるんだ」

「そう言う事です。エクスフレアさんは戦いに関しては――少々、行き過ぎな位熱中してしまいます。なので暫くはああやって足止めを喰らうでしょうね。それを見てキリングさんも魔法使いの部隊を下げられない。エクスフレアさんが包囲されるのを威嚇でも牽制でも良いから足止めしなければなりませんしね。

 もし包囲されて取り押さえられでもしたら、大きく戦力が下がりかねませんから」

「あ、そっか……」


 この時代、上がやられてもその一つ下が引き継いで戦闘を継続するという事は無い。エクスフレアが囚われればそれだけで戦意喪失や低下に繋がるし、それを許したアルバートの父親への不信から軍全体に歪みが生じ出す。不安や揺らぎはそのまま軍の強度へと繋がるので、強度の低い軍だとあっさり瓦解する事も少なくない。

 式の低い兵士や軍が存在するというだけで、足を引っ張る材料にしかならない。たとえ将軍などが「数を揃える為に居る」と言おうが「お飾りだ」と言おうが関係ない。実際に最前線で攻撃なり防御なりで戦っている兵士の視界に、壊走や遁走をしている味方を入れてしまえばそれだけで亀裂が入ってしまうのだから。

 つまり、部隊の規模がまだ”軍”で固定されているという事なのだろう。散兵を用いるといった戦いではなく、戦列を組んだ戦いがメインと言う事か……。


「そう言えばオルバ」

「はい、なんでしょうか?」

「話に上がってたけど、姫様の教育係って聞いたんだけど――。あの人を、放置していても良いのかな?」

「どういう意味でしょうか」

「いや、変な意味じゃないんだけどさ。こんな”面白そう”な事、わざわざ見送るかな?」

「大丈夫ですよ。魔法はいま封じていますから、ここに来ようとしたら時間をかけなきゃ無理ですから」


 そう言ってオルバは安心していたようだが、俺は安心出来ない。何故なら、あの姫さんは頭が回るからだ。自侭では有るが、横暴ではない。ただ若さゆえに押し付けられたり強制されるのが嫌で、反発するようにいろいろな事をしている――という見方が近いのかもしれない。

 だからこそ、俺は危惧した。クライン登場と言う最大の要因がある、そうでなくとも軍事演習という”面白そうな”イベントが有るのだから、父親の晴れ姿を見たいと言って抜け出した位だ、また抜け出して来かねない。


「そんなに、聞き分け画良かったっけ……?」

「や、止めて下さい。考えないようにはしてるのですが、そう言われると不安になるじゃないですか」


 おっと、オルバが気弱なところを見せた。これはポイント高いですね~。少し突いてみれば、或いは油断していると気弱なところを見せるのも弟と一緒か。となると、扱い方もあんまり変わらない気がするが、弟と一緒に居て俺が立場的に上回れた事は一度も無かったな……。


「軍事演習のこと、知ってたのかな?」

「――知ってましたね」

「行きたさそうにはしてた?」

「……してましたね」

「その対策や対処は?」

「魔法の封印、だけです」

「じゃあダメじゃない? 来るよ、絶対」


 予感じゃない、これは確信だった。俺がそう言うとオルバはあからさまに落ち着きを失い、そわそわしだす。まあ、その気持ちは分からないでもない。周囲を見るオルバにあわせて俺も一応周囲を見るが、当然ながら姫さんの姿は見る事が出来ない。


「あの、クラインさん――」

「なに?」

「その、最近メイドが屋敷に増えたとか、滞在者が居たりとかしますか?」

「いや、どうだろう。ここ数日で新しくメイドが入ったり賓客が来たという事は聞いてないけど。

 この戦場は広い訳だし、まったくの反対側で見てる可能性だって有るんじゃないかな」

「っ、少し見てきます!」


 そう言うとオルバは自分の乗ってきた馬に颯爽と飛び乗り、そのまま馬を走らせて行ってしまった。その様子はまるで騎馬突撃のようで、幾らか前傾姿勢になってそのまま消え去っていった。

 背中を見送ると、先ほどから遠巻きに背景と化していた四人が戻ってくる。やはりオルバ自身が城仕え、姫さんの教育係であるという事実は近寄りがたいものなのだろう。俺も今は大丈夫だけれども、変な事は出来ないし言えないし見せられないからと忌避感はある。ヤクモとして存在していたらどうなった事か……。


「クライン様、オルバ様やヴィトリー姫様と知り合いなんスか?」

「ん? ん~、みたいだね」

「ははっ、曖昧ですなあ」

「そこらへん記憶が曖昧なんだ。だから余り聞かないで居てくれると助かるよ」


 そう言って俺はオルバが居なくなったが故に再び集中できると考え、再び彼らと合流して戦いの成り行きを見守る。攻撃側が有効な攻撃をするのに兵力が三倍は有った方が良いと言う説に則った推移だった。

 情報伝達能力や権威の譲渡と言うモノが行われてないからか、戦場は余り広くならない。もし無線だの有線通信であれ情報伝達速度が高まれば戦場は際限なく広がっていく、そして責任や権威の譲渡――下士官による戦闘中における限定的な主導権とかが無いと難しい。

 今は完全に率いる人物が存在して、その人の号令によって兵士達は動いている。それは戦列歩兵の時代においては正しいだろうが、戦場を広げてしまうと収拾がつかなくなってしまうので小ぢんまりとしがちだ。

 部隊規模が細分化され、戦場における主導権の分担など――色々成されていけば、兵力三倍とか言ってられなくなるのだろうが。


「やはり、防御優勢なのは変わりませんね。今回は遭遇戦として設定がされてますが、これでは人同士の戦いはまだまだ難しそうですね……」

「――え、どこかと戦うの?」

「ああ、いえ。そういうわけではありませんが――」


 リヒターが言うべきか言うまいか悩んだ様子を見せる。その逡巡を破ったのはエリックで、その表情は皮肉気だ。


「ふん。ツアル皇国はまだ良いとしても、神聖フランツ帝国は最近では十二英雄やこの世界の有り方に対して神聖視が行き過ぎている。ユニオン共和国は軍事力を拡大し続けていて、過去に何度か傘下に加わり共に在るべしと不遜にも言ってきている。

 国内では腐った豚どもが蔓延っているので、その対策をし始めたと言う所だろう」

「エリックさん。貴方がそれを言ってしまいますか」

「はっ、確かに末端も末端。貴族と胸を張って言えば家柄と役職で歯牙にもかけられんさ。

 だがな、家柄や役職に拘るが余り正しい事を正しいと認識されず、間違った事を正せぬようでは無意味だ。

 国が腐り落ちるよりは、そういった輩は切り落としてしまった方が良い。それが最大の奉公ではないか?」


 正しい、とは思う。腐敗してしまったのならそこを切り落としてしまえば、拡大する前に健常な場所は害されぬままにしておける。病気とは違う、ガンなのだ。増え続ける上に移転して別の場所ですら汚染してしまう。魔法が使えるからとか、十二英雄の子孫だという事を踏まえたとしても――国そのものが腐敗してしまうくらいなら”必要な犠牲”として叩き潰す方が絶対的に正しい。


「――最近、そういう人たちが増えてきたらしいね」

「ああ。まったくもって腹立たしいことだ。貴族とは言っているが、その実体はいざと言う時に兵や人を束ね、人々を守るための代表でしかないと言うに。それを何時しか忘れおって……」

「まあまあ、落ち着いてください」


 どうやらエリックは一度熱くなると中々冷えないタイプの人間のようだ。貴族……と言うか、魔法使い部隊の人間としてそれはどうなんだろうかと考えてしまうが、それだけ思いが篤い人だと言う事でも有るのかも知れない。ただ、その熱が暴走に向かない事を祈るしかないだろう。

 ただ――今の言葉が真実なら、俺は早合点をしてしまったのではないだろうか? 魔王が存在していて、それは既に倒されたと聞いた。じゃあ平和なんじゃね? と思ったが、あの時の俺はきっと脳みそがスカスカだったんだと思う。あるいは既に思考回路が鈍り切っていて、今のように色々と考える事が出来ないほどに老朽化していたか。

 魔王が倒れたので平和? その残党が存在しないとは言ってないし、今でも強力な指導者を失いながらも戦い続けているという。しかも人類滅亡の危機から時間が経過しすぎて、”人間の欲”と言うものが程よく世界を狂わせ始めていた。

 いや、人間は長期的にみれば愚かな生物でしかないんだったか。短期的には賢いかも知れないが、結局代替わりなどを繰り返して行った結果腐っていく。宗教が政治に口出ししていた時代然り、金で赦しが買えた時代もあった。修行とは昔話で肉を食い酒を飲み女に溺れていた坊主、地位や身分で下々を虐げながらも賄賂などで都合を通したりしていたとか。様々な統治体制も時代や科学によって追いやられ、消えていった。この世界でも民主主義が何時かは台頭するのだろうか? それまで生きていられるとは思わないが。


「それじゃあ、オルバが戻ってくる前にちょっと移動しちゃおうか」

「良いんスか?」

「オルバが居ると話が多くて僕の目的が果たせないしね。皆も窮屈だろうし」


 オルバが居なくなったのを良い事に、俺は四人を連れて思いっきり移動することにした。オルバにはオルバの事情があるのだろうが、こっちにだって事情がある。最大の目的である軍事演習を見るという事を邪魔されるくらいなら、後でなんと言われようが少しくらいは逃げてやろうと思ったのだ。

 そうやって大よそ移動の多い一日目の戦闘だったが、夕方になるにつれてその激しさは収まっていった。ヴァレリオの軍がひいていく、当然のように追撃が入ったが、その撤退はしっかりとしたものであり、反撃や牽制から騎兵がその活躍を見せることは難しそうであった。

 そして日が沈むと満足に周囲がみる事が出来なくなったからか、戦いらしい戦いは無くなった。それでも時折矢が飛んできたり歩兵や弓兵等と言った少数の兵が出入りしていくのを見るに、静かな戦争へと推移したのだろう。工作合戦とも言えるだろうが、ここで野営地等を焼かれたりすれば大損害だ。

 ――とは言え、本当に火を放ったらリアル戦争になりかねないので、印を入れる事で”工作しました”と言うことにしているそうだ。兵士の中にも負傷判定と言うのをしているらしく、それによって度合いを測定し、戦死判定がされると除外されていくと言ったものだ。

 似たような事を自衛隊でもやったなあと思い出す。バトラーと呼んでいたが、実際にはレーザーによって実戦のように何処に弾が当たったかを判定してくれるものだ。あれは地味に重い上に故障した場合無敵の兵士が誕生するという事で大笑いした事があった。なお全員纏めて砲迫の弾着にて全滅した模様、酷いクソゲーだった。


「クライン坊ちゃんは公爵様と同じものを食べないんで?」

「昼は簡易食だったでしょ? 夕方は夕方でどんなものか食べて置きたいんだ。

 ほら、もしかしたら食の改善とかするかもしれないし」

「ほう?」

「はは、そりゃ有り難い話ッスね。こういった戦いだと、長引くと嫌気が差して来ちゃうんスよ」

「まあ、そうすな。まだ宿舎の方で食べる飯の方が美味しいですわ。それでも自分の金を出して何処かで食べる方が美味いんですがね」

「貴様ら何を食ってるんだ……」

「あはは、知らない方が宜しいかと」


 ハッコとカイウスは笑みを浮かべてそれぞれの意見を述べているが、エリックはそれを呆れた表情で突っ込んでいた。今食べているものですら戦闘糧食であり、贅沢が出来ないが故に味は『悪くない』程度で済んでいるのだとか。

 エリックは出自の関係で、リヒターは騎士となったが故に食事は幾分マシなのだろうが――まるで幹部食堂と一般食堂のようだなと思った。一般食堂しか行った事が無いが、幹部食堂はセルフサービスで好きなだけ盛れる様になっていると先輩から聞かされたことがある。それが事実なのかは分からない。

 ただ、一応本日の戦闘は終わったという事で警戒や見張り等の兵士を除き、一部の兵士は飯を食いながら楽しそうに雑談している。公爵は将軍などを連れて作戦会議中だが、それですら食事をしながらだ。しかも普段と余り変わりの無い物を食べている、指揮官だからだろうか? 頭が空腹になると部隊が死にかねないからそれも当然なのかも知れないが。


「それで、どうですか? 味の方は」

「ん、そうだね。僕はこれも美味しいと思うよ? お湯に小麦と干し肉入れてさ、味は悪くないし、これはこれでいいと思うよ」


 ただ、その小麦が上質なものなのかどうかは分からない。そう言えば物の質とかって分かるのだろうか? そう考えて視界にシステム画面を映し出して小麦を見ると「並」と書かれている。並じゃない場合、上質や屑だった場合はどう違うのだろうと考えたが、そこらへんは今度時間が有るときに試してみよう。何だかんだ色々優遇されてる訳だし、そこいらを利用して興味ある事は全部試すのも面白いかも知れない。


「そう言えば、あの教育係。戻って来なかったな」

「アレじゃない? こっちに来るのが遅れたって言ってたし、屋敷に一度戻って荷物の整理とかしてるんだよ。単独で来たみたいだし、荷物を触らせるわけにもいかなさそうだしね」


 オルバとは結局再会する事は無かった。役職としては大分上に位置するだろうが、彼個人は後継者として家を継いでいるわけじゃないので爵位が無く、故に作戦会議の場に居る事は考え難いだろう。屋敷についてから荷物をとりあえず部屋に置いてそのまま来たと言っていたし、その可能性は低くないだろうという見立てだ。

 逆に公爵は演習とは言え戦闘行為中だからと言う事で幕舎の一つで眠る事になっていて、俺も同じようにしたいと午前中のうちに伝えてある。そのおかげで簡素ながらも俺用の幕者が作られており、その世話係としてハッコが充てられた。

 ……体裁や面目と言うのはここまで必要なのだろうか? そう思いたくなるくらい”無駄”が溢れている事に苦笑した。


「将軍の幕舎に出入りする事はあるんスけど、それ以上ってのは初めてなんスよ!」


 というのはハッコの言葉。それでも事前に織り込み済みであった出来事ではないが故に、公爵の幕舎に比べると寝床は申し訳程度に良くなっているだけだし、家紋の入った旗が立っているとかそう言う事も無い。机も無いし、着替えだのなんだのと準備もされていない。明日でとりあえず模擬戦自体は終わり、三日目は総評と相互の交流を含めた宴会をして四日目に軍は引き上げる事になっている。


「ハッコも、僕の傍にずっと居る必要は無いよ。ただ周囲に白い眼で見られない程度に仕事さえしてくれれば、僕は特に何も言わないから」

「あ~、いや。大体この時間帯はあんまり出歩きたく無いんスよ」

「なんで?」

「その――。まあ、女を買ってる、と言えば理解してくれるんスかね。ちと居心地が悪くて」


 そう言ってハッコは苦笑しながら頭を搔いた。どうやら男女の交わりが行われだすのを、聞いて居たくは無いらしい。一応俺達は”除外された人たち”と言う事で、少しばかり離れた位置に居る。そこは本当の負傷者と戦死判定がされて除外された兵士達が居る。やはり演習とは言え、様々な理由で負傷する兵士は少なくないらしく、それらに関しては教会仕えの神官等が同伴して見てくれている。それらは魔法を利用しない手当てなので、現代知識を保有する俺からしてみれば白目をむいてしまうかつての迷信めいた治療法ですら行われていたが……。


「ああ、良かった。そういうのは僕だけかと思ってた」

「クライン様もそうなんスか? はは、理解されるってのは嬉しいッスね」

「理由を聞いても良いかな?」

「妻と子供が居るからッスよ」


 そう言ってハッコは苦笑したが、まあ――それで察する事にした。似た物同士と言った感じがして、笑みさえ浮かぶ。俺は別に身体を売る事を生業にしている女も、それを買う男にも侮蔑の感情は無い。ただ、そうであるか、無いかだけで嘲笑や侮蔑をする輩や、いざといった時に逃げたり言い訳する奴が嫌いなだけ。

 ハッコは俺の世話係になった事で少しだけ便宜がはかられた様で、その一つに酒やワインが運び込まれた事にある。ハッコは酒豪では無いらしいが、それでもチビチビとコップを傾けて美味しそうにしている。そしてワインのボトルは”ご機嫌取り”として運び込まれたものらしいので、あっさりと俺に渡してくれた。


「ハッコは酒は余り好きじゃないのかな?」

「いやぁ、下戸って訳じゃ無いんスけど。楽しく飲むか静かに飲むかのどっちかって感じなんスよね。量じゃなくて、自分が楽しんで飲むための物って感じで」

「はは、確かに――楽しんで飲めれば良いね」


 俺は――楽しむための酒というよりも、無聊を慰める為の飲酒でしかない。だから酒に頼り、依存し、溺れ、沈んでいく。最初は何も考えられないようにするための逃避だったはずが、いつの間にか逃避している自分に気が付いてしまい、アルコールで逃げられなくなった自分がずっと目を背けたかった何かを直視し続ける羽目になる。そこまで、体験済みだ。

 飲酒を止められたが、屋敷じゃないので俺はあっさりとコルクを抜いた。木で作られたコップに自酌をし、飲む。その苦味を受け入れながら、酒を飲んでばかりだなと自嘲した。


「僕はもう今日は動くつもりは無いから、もしやりたい事が有るのなら自分を優先してくれていいよ。

 ――っと」


 そう言いながら、何かを探すふりをして魔導書をストレージから取り出した。ハッコからは視線の通らない場所に手を伸ばし、そこから手を引き抜いた時に具現化してるのだから違和感は覚えなかった事だろう。


「そんな本あったんスか?」

「僕が持ってきたんだ。何年も眠りについていたからね、魔法ですら同年代の人に後れを取ってるから勉強を頑張らないと」

「はは」


 ハッコは自分の帯びた剣を抜き、それを眺めながら酒をチビチビ飲んでいる。俺もワインを飲みながら魔法の勉強を進める。そして今日考えた”質が分かる”と言うのをもっと拡大解釈出来ないだろうかと試行錯誤してみたりした。すると幾らかそういった機能性の拡張が出来たので、木のコップやワインでそれを見てみた。

 例えば木のコップ、誰によっていつごろ作られたのかが分かる様になり、耐久度まで現れる。耐久度――というか、きっと皹が入ってしまうまでとかそういう意味なのかも知れない。そしてワインも耐久度と出てきたが、その消費が早いところを見ると”賞味期限”とか”消費期限”も含まれているのかも知れない。

 成る程なと思いながら、その”システム”が何処まで応用できるのかを試してみたが、距離が離れると測定に時間がかかるようだ。それでも視界――視線が通る範囲に存在するものであればその物体の名称だの、質だの、耐久度だのが分かるようだ。

 じゃあ俺の持っている武器はなんなんだろうと抜いてみたが、質が”上質”と出ただけであって、別に伝説でも何でも無さそうな感じだ。それでも”これはアマルガムによって出来ている”とか出てきて、何と無く凄そうには見えた。それでも耐久度は五十%程度しかない、そういえば貰った時に色々言われた気がするが、その関係だろうか?

 そうやって色々と試していると、不意にハッコが剣を眺めるのをやめてその剣をしっかりと掴んだ。それが幕舎の中に満たされた空気にそぐわぬ行動だったが故に俺の意識に引っかかった。


『もしもし、こちらにクライン様が居られると聞いてきたのですが』


 声が聞こえた。それは俺達があまり出歩かない理由の一つでもある”女性”の声だ。ハッコは剣を鞘に戻し、それを腰に帯びると幕舎を出て応対を始める。先ほどは幾らか声を張ったのだろうか? ハッコが出て空間として隔絶されると何を話し合っているのか分からなくなった。幕舎に使われている素材の関係かも知れない、音が吸収されやすいのだろう。

 ハッコが応対に出てから数分経過した。最初はまだ大丈夫だろうかと魔導書を読んでいた俺であったが、応対にしては長すぎてストレージに突っ込んでゆっくりと立ち上がった。足音を消しながら、最悪を想像しながら剣を帯びる。

 ――もしかして、ニコルが手を出してきたか? あの返答は今日街に向かったカティアに任せたのだから、こんな事をする理由が分からない。もしかして入れ違いになったか? そう考えながら足音を殺し、相手の背後から接近する訓練を思い出しながら出入り口へと近づく。

 剣を抜くべきかも知れない、ゆっくりと外の様子を見るために手を伸ばすと、俺が垂れ幕に触れるよりも先に外部からその垂れ幕が開かれた。するとそこに断っているのはローブで顔を隠した、声を聞かなければ女性だと分からないくらいに身体の大半を隠した人物だった。だが、そんな相手の背後でハッコは顔を引きつらせ、何かを言おうとしながらも腕を組んで考え込んだり、頭を抑えて唸ったりしている。

 異常事態のように見えるのだが、深刻さが俺の思ったものとは色が違うがためにスイッチが入らずに呆けてしまった。だからその相手に押し込まれるようにして入られてしまった。

 ハッコも垂れ幕を押して入って来て、入念に外部から内部が見えないようにすると背を向けていた。その耳には両手が宛がわれていて、何も聞こえません見えて今戦のポーズそのものであった。


「え!? な、なに!」

「妾の事を忘れたか、戯けめ」


 今なら「げぇー、関羽!」と叫んだ曹操のような反応が出来そうだ。それくらい、何故その人物がここに居るのか分からなかった。いや、理解は出来るが、どうやって来た?

 戸惑っている俺がそのままよろけてベッドに座り込むと、顔を露にした相手が頭を振って解放された様子を見せる。相手はヴィトリー、この国のお姫様だ。オルバが現在教育している相手でもあり、行ってしまえばお忍びであったとしてもこんな無防備に行動していい人物ではない。


「まったく、目を覚ましたのなら何故妾に知らせぬ!」

「い、いえ。その――すこし、記憶が曖昧なんです。だから、その……すみません――」

「謝罪をするな」


 そう言って彼女は俺に並んで座った。そして俺の顔を掴んで右から、左からと見てニカリと笑う。


「うむ。数年か――じゃが、数年。病み上がりで元気の無さそうな所を想像したが、元気そうで何よりじゃ」

「けど、まだ完全に健康になった訳じゃないんです」

「敬語、禁止じゃ」

「けっ、健康になった訳じゃないんだ。少し運動とかして鍛えてるけど、それも運動していなかった錆を落とすためのものでしかないし」


 そう言って俺は彼女の手から逃れる。するりと拘束が空回り、姫さんはそれで頬を膨らませた。けれども即座に何かを思い出したかのように口を開く。


「いつじゃ?」

「え、なにが……?」

「決まっておろう、目を覚ました日じゃ」

「十日前後……かな。最初は、本当に、自分で動く事もできなかったし、今でもぼんやりする事は有るけど」


 半分本当、半分嘘の言葉。本物のクラインは自力で動けなかったけれども、ぼんやりしていたかどうかなんて確認していない。ただ、自身を弱弱しい存在として相手に認識させる事で、いざとなったら身体に障るからと回避する逃げ道を作るための言葉だ。

 今はヤクモじゃない、下手な事をして騒ぎになるのはマズい。そう思って何とかしようとした。そして姫さんは少しばかり考え込み、立ち上がった。


「クライン、外で話さぬか?」

「あ、え――」

「なに、この忠臣が気の毒でな。それに、妾の事を守ってくれるであろう?」


 そう言われては俺も否定は出来なかった。だから剣をしっかりと確認し、水差しから水を幾らか喉を通すことで酔いを誤魔化そうとした。そして姫さんが再び顔を隠し、ハッコの肩を叩く。当然ながらハッコは驚くが、少しばかり出てくると言い伝えると彼は最敬礼で見送ってくれた。

 ここが除外された兵士のみで構成されている事が幸いしたか、あまり見られることは無かった。そもそも状況外になってしまった以上警戒もクソも無いので、酒や雑談に明け暮れている。まだ所々でよい匂いが立ち込めているのは、幾らか奮発してさらに食料を買い付けたのかも知れない。俺も知識があれば自前で何かやりたいのだがなと思ったが、それはまた今度になりそうだ。

 彼女に連れられて陣から幾らか離れ、周囲を照らすのは月明かりのみで誰も居ない場所にまで来てしまった。いざとなったら銃を使うしかないかも知れない、念のために最悪な状況を幾つか考えておき、心構えだけはしておく。


「さて、お主――ヤクモじゃな?」


 程よい場所だと判断したのか、彼女は振り返りながら俺に向けてそう言った。ギクリとしてしまったが――冷静に考えろ、何の理由もなしにそんな事を言う訳が無い。つまり、俺は何処かでドジったと言う訳だ。

 黙っていたが、姫さんは自身の鼻を指し示した。


「なんと言うか、匂いが一緒だったのでな。オルバが最近使っている武器と似た匂いがした」

「――ごめん、お手上げだ。そっか、火薬の匂い……」


 ここに来るまでは、カティアに付き合ってもらって大分射撃をしていた。それだけじゃなく、時々コッソリと取り出していたりもするし、火薬だけじゃなく金属とか油とかそういう匂いの可能性も有った。

 両手を軽く挙げて降参を示す。すると姫さんは大きなため息を吐き、傍の地面へと腰掛けた。


「なんじゃ、ガッカリしたわ……。噂を聞いたときには、よもやと思ったのじゃが」

「――ごめん、姫さんを傷つけるつもりは無かったんだ。ただ――」

「真似てるのか、それともそれもお主の素なのか分からんな。

 じゃが良い。どうせ事情があるのであろう?」


 その言葉に俺は頷く事しか出来なかった。それから少しだけ目線を彷徨わせ、俯きがちな自分を騙す。


「けど、クラインは……後数日でここに来るんだ。俺は――その間に合わせで、奥さんを元気付ける為だけの演技なんだ……」

「――その話、もう少しよく聞かせて見せるが良い。その内容次第では赦してやらん事もない」


 俺、結局色々な事を隠そうとして、中途半端に公開している気がする。今回の件は何で今まで言及されなかったのかが不思議だけれども、姫さんとはこの前まで身近だったからこそ気づかれたのかもしれない。

 公爵に持ち掛けられた事、それを受諾した事、魔法で皆にはクライン本人にしか見えないようにして、ミラノやアリア達の協力で色々仕込まれた事、そしてその途中でクラインが昏睡したままの所を見に行ったら目を覚まし回復したこと、手紙で後数日のうちに此方に来る事になっていると言う事も――全て話した。

 それを全て聞いた姫さんは何かを言いかけては口を閉ざすと言った事を繰り返していた。たぶん、情報過多で何処から手をつけて口にして良いか分からない状態なのだろう。俺はそれを見て、彼女が何かを言うのを待つついでに、ただ空を見上げた。

 そう遠くない場所では俺の寝泊りする陣が少数ながらも警戒や見回りをしている、その更に遠くでは今回の軍事演習の部隊が設立した防御陣が存在していて、時々騒がしくなったりもしている。星がよく見えるし、コンクリートジャングルの存在しない平原だから風も急ではない。そうやって別の事をする事でまた現実逃避をしているとも言えるが、こればかりは俺が主導権を握れないものであった。


「――とりあえず、座れ」

「え?」

「立ったままではお主が見つかり、妾の存在が気取られるであろうが。良いから、座れ」

「あ、はい」

「さて、何処から手をつけたものか……。まずこれだけは聞きたい。クラインは、確かに回復したのじゃな?」


 そう言って彼女は俺を真っ直ぐに見ている。星明り――だけじゃなく、この何かが狂ったとしか思えない右目から見える、昼間と変わらぬ明るさで見る彼女の顔は、真面目だった。嘘を吐いていないかを最終確認するかのようで、これが嘘だと言うのなら早めに言う方が良いといった雰囲気ですらある。

 俺はそれに関しては肯定するしかない。そもそも公爵の名前を出してる時点で、確認されればおしまいだ。それに、回復したと嘘吐いた所で本人が戻ってこなければ永遠に俺が演じ続けなければならないハメになる。そんなのは御免被りたい、さっさと楽になりたいんだ。


「嘘じゃない。クラインも軍事演習に間に合うようにしたいって言って、リハ――じゃなくて、病後の復帰を頑張ってたんだ。手紙は屋敷に戻れば公爵が持ってる筈だから確認したら良い」

「よし、今のを言質とするからな。今のが嘘ならオルバに”不埒なまねをされた”と言いつける」

「それ社会的に抹殺されますよね、俺……」


 この世界にSNSのようなものはない上に、そもそも新聞と言うものですらあるかどうかが疑わしかった。それでも公爵の領地にまで魔物の襲撃や英雄の誕生と叙任などと言った情報が流れているから、それに近い何かは存在するのだろう。

 少し話がそれた。情報が伝達する速度は遅いだろうが、歪められて伝えられればおしまいだ。姫さんが”害された”と言う風に広まればただのお尋ね者だ、もうこの国にはいられなくなる。

 げんなりとしている俺とは相対して姫さんは花開くように笑みを浮かべていた。そういえば一度だけクラインが外出時の魔物からの襲撃から助けたんだっけ? そりゃ好意を向けられも擦るわな。俺に対してはただの好奇心と興味なのに、妬ましい事だ。


「しかし、そうか。クラインが帰ってくるのか……。くふ、くふふ……」

「何か、クラインの事が大事なんですね」

「ああ、あ奴は妾の英雄なのじゃ。万人が認めた訳でもない、その事実ですら知る者は少ないじゃろう。しかし、大衆の事実と妾の認識する事実は別物じゃ」


 そう言って、彼女は歯を見せて笑みを浮かべた。敵わないなと思いながら、俺はそのまま地面に寝転がった。そして深呼吸のような呼吸を数度繰り返して、話を変える。


「それで、どうやってここまで? 魔法は封じられているはずじゃ?」

「なに、馬を使ってじゃ。これでも乗馬も習っておる、それにこの前お主が連れ歩いてくれたおかげで多少は物の価値というのが分かってな、オルバの後をつけて来たのじゃ」

「よくばれなかったな」

「お主と同じ事をしたまでよ。姿をバレないようにしてな」


 そう言えば、テレポートだかワープだかが出来る程度には魔法使いとして優れてるんだった。じゃあ同じ事が出来る訳だ、そりゃバレないわ。


「しかし、宿に泊まるのも物を買うのも自分でするので楽しかったぞ。

 普段は誰かが勝手に買ってきてくれるのでな、妾はまるで雛鳥の様に口を開けて待っておれば勝手にあちらからやってくる。しかし、そうではないな。城にいる時では目にすることも出来ぬ料理も有る、味わいも千差万別でそれもまた楽しい。

 昔は妾が常に手を引かれるような有様じゃったからな、クラインが戻ってきたら妾は一歩抜きん出た人じゃ。早う、早う来ぬかのう……」

「……たぶん、目処が立ったらクラインも学園に入ると思うけどね」


 俺がその事を指摘すると姫さんは一瞬で驚愕の表情を見せた。考えて居なかった、ということなのだろう。まあそれに関しては俺も何とも言えない、下手すると年齢的に一年生からと言うのは気まずいから行かないという可能性だってある。今入学したら卒業時には二三歳だ、お前大学でも卒業したのかよといいたくなるくらいに立派な成人後である。

 しかし、次男三男だったり、宮仕えでもしたい等といった目標でもない限り年齢は余り関係ないかもしれない。二三歳で卒業して屋敷に戻れば今度は後継者として徹底的に教え込まれる可能性のほうが高い、出奔したいとか血迷った事を言わない限りは。

 ――あれ、クラインって何気に勝ち組じゃね? 苦労や努力の必要な人生かも知れないが、多くを受け継いでいられるのだから。就職競争とかそんなのとは無縁な生き方だろう。羨まし過ぎる話だ。俺も一応はミラノに仕えていると言う事でデルブルグ家から金が出ているが、それもずっとと言う事はないだろう。時期を見誤らないように技術と経験をつんで知識を付けていかないと、お役御免になったときに何をすべきか分からなくて無職になってしまう。

 俺さ、ユーチューバーで食っていくんだ……みたいな真似は出来ない。実況者とか歌ってみた系に置き換えても良いが、そんなの何千人居て何人なれるんだって話だ。それと同じように引きこもってなれる仕事なんて無いだろう、作家になるような頭を持ってる気もしない。


「そっ、そうであった……! クラインは学園に通っておらぬのであった!

 ど、どうにかできぬか!?」

「いや、どうにかって言われても……。クラインが学園に行かないという選択をするか強制でもされないと無理だろ。あとは――」

「あとは?」

「姫さんが学園に行く、とか?」


 何気なくそう言ったのだが、その言葉が跳ね返ったり反射する感じがしなくて嫌な予感がした。否定、或いは否定的な発言が聞こえるだろうなと思っていたのだが、その言葉がすんなりと姫さんに吸い込まれていった事に恐怖感を覚える。

 もしかすると俺は余計な事を言ってしまったのかも知れない。このことがオルバにバレないように祈るか願うしかない、既に賽は投げられてしまったのだから。


「そっ、そろそろ戻らないと世話役の人が可哀相だから帰る!」

「む? あ、あぁ。そうであったな」

「念の為に聞いて置きたいけど、何処に寝泊りするんだ?」

「ああ、宿屋まで戻る。一応夜も幾らか見ておこうかと思ってはおるが、流石に退屈じゃ」


 そう言って彼女は伸びをするとゆっくりと立ち上がる。そして地面に接していた箇所を叩く。


「それではな、次会う時はお主が本来の人物に戻っておる事を祈るぞ」

「あ、ああ」


 そして彼女はゆっくりと歩き去り、森林の方へと消えていく。心配するとかそういった考えはおきず、そのまま寝転がったままに暫く空を見上げていた。暫くそうしていると眠気が勝り、風邪をひいちゃ敵わないと戻る事にした。そして幕舎ではハッコが俺の帰りを持っていてくれていた。


「あ、お帰りなさいッスクライン様。――なんか、疲れたように見えるんスけど、大丈夫ッスか?」

「あぁ、えっと。疲れた……」

「なら早めに寝る事をお勧めするッス。俺は問題ないんで」

「じゃあ、早めに寝させてもらうよ……」


 俺は服装の装飾部を外し、身軽でラフな格好になるとそのままベッドにもぐりこんだ。クラインに早く帰ってきて欲しいと考えてしまうくらいに、もう面倒くさくなっていた。

 出来るなら明日にでも――それこそ早馬とかで来てくれないだろうかと考えてしまう。脳裏にはクラインが単独で馬を走らせて合流するシーンがリアルに思い描かれたが、そんな馬鹿げた話があるかと打ち消した。

 ――その場凌ぎの嘘を吐くのと、嘘を前面に押し出して振舞うのはまったく違う。疲れ果てながらもシステム画面を開き、時間を確認するとメッセージが届いているのに気が付いた。相手はカティアで、どうやら手紙を届ける事に成功したようだ。とりあえずはニコルを待ちくたびれさせる危険性は無くなったわけだ、時間の延長に成功したとも言えるが。

 システム画面を閉じ、最後にもう一杯とワインを飲むとハッコが明かりを落としてくれたのでさっさと眠る。明日は――明日こそは良い日になってくれと、そう願いながら。

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