46話
軍隊において、全てはトップダウンでありながらも上は好き勝手して良い訳じゃない。それを理解するのに、社会や自衛隊と言うのは分かり安すぎる例であった。
自衛隊では上は与えられた責任の範囲内でやるべき事をする。中隊長なら中隊を、小隊長なら小隊を、班長なら班を、部屋長なら部屋を管理しなければならないのである。配属される新隊員も居れば、陸曹になったり除隊して居なくなる人も居る。それでも秩序や教えられてきた事が途絶えないようにするのが自衛隊だ。
だが――やはり長く所属している方が偉い、昔で言うなら上等兵とはカミサマとして君臨していたのに近い。士などは基本的に営内で暮らすのだが、やはり階級や長く居た人物ほど発言力や優遇の度合いが違う。
部屋長であれば部屋の中で独自のルールを作ってしまえるし、その一つ下や二つ下くらいならある程度自由さを持てる。しかし、五人部屋で下の二人は大変である。部屋の清掃は当然ながら、ゴミ箱のゴミ捨てを部屋や階層毎に全部担当しなければならない場合もある。更には班長や小隊長、任命されれば伝令業務と言う中隊長の班長靴磨きや部屋清掃までやらなければならない。
少し話がそれたが、偉いからと好き勝手出来るかと言われればそうでもない。昔は昔、今は今。対外的にも風通しの良さをアピールしないと反自衛隊だの防衛費拡張で『軍拡だ!』と騒ぐ連中が、少しでも落ち着ける材料を与えなければならないのである。
そこで、部屋長が実は課業外の自由な時間に、退屈だからと後輩を脱がせて全裸で踊れとか、部屋で一番偉いんだから感謝するのは当たり前だろ? とマッサージする事を強要したりすれば、それはもう大問題である。
嫌われる先輩や後輩が居るのは、仕方が無い。人間百人も居れば、二十人位は嫌いな相手が居て、二十人位は好ましく思える相手が居る。後六十人は場合によってどちらにも転ぶ中立だが。
けれども、態々部隊の中で上下関係に亀裂をいれ、健全ではない関係を構築するのは宜しくないことだ。なぜなら、後輩は後輩で少しくらい意地悪や仕返しを出来るのであり、それがもし致命的なものだった場合は取り返しがつかなくなる。そして仕返しがなかったにしても、そんな相手についていきたいかと問われれば、俺でさえ「いや、命預けたくは無いですね」と答えてしまう。
ついにやってきたと言うか、来てしまった軍事演習の日である。食事の場でも散々聞いていた話だったが、朝食の場になって「ああ、その日が来たんだ」と実感させられることとなった。普段であればヤゴと一緒にトレーニングをするくらいの時間に公爵に連れられて、馬に乗って屋敷から離れていった。
アルバート達遠征しに来ている組は先に屋敷を出たらしく、俺たちは余裕を持って後からノンビリと向かっている。なんか、偉そうな気がしないでもないが、今回の軍事演習はどうやら相手側から持ちかけたものらしく、それなら仕方が無いのかなと思った。
馬を暫く走らせると、平原と二つの塊が見えてくる。それぞれ違う旗を掲げており、それは紋章としてどこに所属する兵士なのかが一目で理解できた。
「ここから見えるあの集団、全てが兵士ですか?」
「ああ、そうだとも。私の所有する領地から、本当に戦いに赴く際の最低限の人員を残して大半を動員している。あちらも同じで、多くの兵士を連れてきているようだ。
現在のヴォルフェンシュタイン家の当主が居なかっただろう? 彼女はずっと此方で指示や調整に努めていたようだ」
「なるほど……」
エクスフレア、キリング、アルバートの三人にヴォルフェンシュタイン家の三人姉妹が付いていた。けれども当主には誰も付いておらず、おかしいなと思っていたがそういう理由だったのか。変に突っ込んでまで聞く話じゃないしと思い、深くは聞かなかったけれども、どうやら裏で苦労していたのだろう。
それでも、圧巻だと思う。師団検閲などで連隊が丸ごと富士演習に行った時も大分凄い事になったが、今はその兵士の一員ではなく率いる立場として見て居るのだから鼓動が高鳴る。それと同時に、これを率いるとなれば緊張してしまうだろう。何せ人の命がかかっている、どこまで行っても兵や下士官程度の目線でしか物事を捉えてしまうのは悪い癖だろう。
「君は、この三日――いや、実質二日間だが。間近で見て学ぶと良い。
どのように兵が動かされ、どのように一日が流れ、どのような役割の兵士や兵種がいるのかを理解し、魔法使いとはどのような位置に居るのかを。
たぶん、君にとって役立つ知識や情報になるだろう」
「はい。可能な限り、今回の事を糧にさせて貰います」
そう言って、俺たちはデルブルグ家の兵達が集う場所へと向かった。幕舎が数多く立てられる中で、俺達が近づくと気づいた兵達が作業中であれなんであれ直立不動となり礼をする。帯剣している者はそれを抜いて自身の中心で構え、剣を捧げる様な姿勢を取る。剣を持たぬものはその場で片膝をついて頭を垂れた。中でも身分がある程度高いのか、それとも役職が違うのか分からないが。右手を胸に添えて軽く頭を下げる者もいた、どこが違うのかは俺には判らない。
そして少しだけ豪華な幕舎へと辿り着くと、その近くで話をしていたであろうザカリアスが周囲の兵がそれぞれに反応したのを見て、彼も礼をする。右手を胸に添えて、軽く頭を下げた礼だった。
「いらっしゃいませ、旦那様。あらかた準備を終えておりますが、此度は旦那様はどのようにされますか?」
「当然、兵を率いるとも。そうでなければ誰もついて来はしないのだからね。
座して待つというのは聞こえは良いが、やはり実戦を忘れてしまえばそのしわ寄せは兵に行く。
ザカリアス、君には私の下で兵を率いて戦って貰う」
「分かりました。ではいつもどおり、先陣をきらせて頂きます。
それで、クライン様は――」
「息子には戦いを見てもらう。今回は参加させないので、特に考えなくて良い」
「承知しました。恥ずかしい所は見せられませんな」
「それと――そうだね、数名クラインにつけてあげてくれ。
ただ見て居るだけと言うのも良くないだろう、ぼんやりさせておくのも勿体無い」
「では、所属暦の長い者を数名引っ張ってきます」
そう言ってザカリアスは頭を下げ、幕舎と兵の森林へと沈んで行った。どういう事だろうと首を傾げると、公爵がこちらを見る。
「戦いの最中となれば、演習とは言え気にかけてあげられないからね。用心ついでに、彼らに戦いに関して聞いたら良い。
それじゃあ、私は話し合いがあるから暫く待っていなさい」
「あ、はい」
公爵は立派な幕舎へと入っていく、その時に中がチラリと見えたが、立派な甲冑を着込んだ人が何人も見えて、しかもその全員が公爵が入った瞬間に立ち上がって礼をしているのを見て、やっぱ凄いんだなあと思った。
それに比べて、クラインを演じてるとは言え、甲冑を着た事も無いし、持っている武器もまだ未使用で性能すら分からず命を預けて良いのかすら判らない。少しばかり手を握ったり、開いたりし、腕を伸ばして筋肉を確認するように力んで見たり曲げてみたりとしてみたけれども、周囲の人よりも一回り体が小さく見えた。
アーニャが全盛期の肉体にしてくれたとは言ったけれども、それでも”一般人に比べて強そう”でしかない。年がら年中訓練をしていても、格闘訓練に行っている人に比べれば弱そうだし、そうでなくともネットを少し見ていれば「筋トレが趣味です」という人の画像を見れば同じように貧弱に見えてしまうだろう。強弁できるとしても「筋力と持久力を鍛えながら戦いの知識を保有し、強靭な精神力を保有している」としか言えないので、一点特化じゃないんだよと言い訳したくもなるのだが。
そうやって少しぼんやりとしていると周囲から見られている気になり、視線を彷徨わせるがこちらを見て居る人物は居なかった。と言うか、当たり前かも知れない。損な堂々と見るような奴はそうそう居ないだろうし、居たとしても目線のみで確認するくらいだろう。顔さえ向けていなければ「お前、今俺のこと見てただろ」と言い掛かりを付けられないからだ。
カティアとかミラノが居てくれたらなと思うが、久しぶりに顔を出す公爵の息子が女連れだと印象が悪いだろうとカティアには同行を遠慮してもらった。その代わりと言っては何だが、今日明日とやる事が無いヤゴに頼み事をしてあるので、彼女に同行してもらうついでに何か欲しいものが有ったら買っておいでと小遣いを渡してある。欲しい物――とりわけ、先日話をした中で出て来た”書物”とやらを買って来ても良いと言うと嬉しそうにしていた。
――小遣いと言うか、仕えているのであれば給料を出してやりたい所だが、それを言うと「まだ安定してない内からそんな贅沢は出来ない」と言われてしまった、出来た子である。けれどもそう言って「じゃあ仕方ないか」となると、いくらか気落ちしたようだ。やはり定期的にお金を渡したり欲しい物を買ってあげたりと、彼女への気遣いや気配りをしてやらないとダメだ。
クラインとして行動している以上、変に動き回って周囲に気を使わせるのは宜しくない。そう考えて少しだけ公爵たちが話し合いをしている幕舎から離れた位置で待つことにした。公爵に指示されて、ザカリアスが何人か付き人を寄越してくれるそうだ。彼らと話をして戦いに関して学べるのは心強い。その道のプロと言うのは、何時の時代でも学び参考にすべき相手なのだから。
「クライン様、お待たせしました」
暇潰しに剣を抜いて陽光にかざして見たり、夢で見た剣とこれは同じなのだろうかと考え事をしているとザカリアスが戻ってきた。数名のお供を連れているようだが――どこか、統一感が無さそうである。
剣を鞘へと戻して「お帰り」と言うとザカリアスは軽く会釈した。その様は大分洗練されてはいるが、先ほど公爵と会った時にした物よりは簡素的なものであった。
「数名、お借りしてきました。どの方もそれぞれに見所のある方で御座います。
弓兵、歩兵、騎兵、魔法からそれぞれ一人ずつ。本日及び明日の二日間、旦那様の命によりお傍に置く事になります」
「弓兵部隊から、ハッコと言います。宜しくお願いします!」
「歩兵部隊の一人、カイウス。剣を持ったり槍を持って戦場で壁になるのが仕事ですわ。宜しく」
「騎兵部隊のリヒターと申します、若輩の身ではありますが、よろしくお願いします」
「魔法部隊、エリック・バロニー・フォン・カローナ。まあ、宜しく」
四名から紹介を受けて、一瞬脳がパンクしそうになった。人の名前が一気に飛び出てきて、覚えようとすると中々に難しいのだ。けれども直ぐに思考を切って捨て、必要な情報のみを頭に記憶しておく。後々で拾っていけば良いのであり、多少は初対面であることも含めて誤魔化すことにする。
「丁寧に有難う御座います。自分はクライン・ダーク・フォン・デルブルグ。長らく臥せっていましたが、快復したのでこうやって顔を出させていただきました。
父の温情により今回は演習を見学させて頂く事になりました。分からない事が多く、皆さんに迷惑をかけたり苛立たせてしまうかも知れませんが、それらを含め、今回は宜しくお願いします」
挨拶を受けたのだから、同じように俺も挨拶をすることにした。きっとそれは間違いじゃないと思い、名乗りと共に世話になるであろう事を伝える。そして軽く頭を下げるのだが、ハッコとカイウスが戸惑った。
「く、クライン様!? 我々に頭を下げずとも宜しいです!」
「そうですわ。年こそ食っておりますが、目くそ鼻クソのような存在なんで。
頭を下げられちゃ、後が怖いですな」
――おかしいな、礼儀を尽くしただけなのに。礼には礼を持って応じよ。礼には答礼を必ずする事としつけられて来たのに、そうしたら慌てられるっておかしいねえ?
「僕は何か変な事をしたかな、ザカリアス」
「ええ、そうですなあ。息子とは言え、公爵家の者が兵士に頭を下げたことで、彼らは驚き戸惑っているのでしょう」
「そ、そうなんだ」
早めに教えて欲しかった。けれども、クラインならどうしただろうと考え込み、けれども彼もきっと似たような事をしただろうと、間違ってないと思うことにした。
「――いや、僕は間違った事をしてないよ。この中には僕の事を知らない人も居れば、どういった人か分からない人も居ると思う。もしかしたら僕が彼らを率いる立場になった時に、爵位や身分、地位を笠に着てただ偉そうにしていたと、そういった風に記憶されているだけでも違うと思う。
僕は何も知らない、言ってしまえば無知なんだ。そんな僕が経験者であり、熟練者である彼らに頭を垂れて教えを請うのは間違った事じゃないと思う。……ヴァレリオ家のアルバートは、騎士爵を貰う前の、出自も分からない男の実力を認め、教えを請いたと聞いてる。
人は、何かが出来れば何かが出来ない不完全な存在なんだから、助け合って行かないと」
「だそうですよ、ハッコ殿、カイウス殿」
「は、はは。良かった。無理難題言われるのかと、びっくりしたッス――。
いけね、スって言っちゃった……」
「はは、はははは! ああ、失礼しやした。けど、まあ。自分はその考えは好きですぜ」
そう言って楽しそうなのは二人だけだった。リヒターは沈黙し、エルリックは眉を顰めて不機嫌そうな様相を隠しもしなかった。
「リヒターとエリックは、何か疑問でもあるのかな?」
「正直な話、面白くはないと言うのが感想です。確かに彼らの役割は小さくはありません。けれども、私とて厳しい修練を経て、戦場を支配する馬乗りとなりました。
少なくとも、彼らよりは重要な役割を担っております。公平に、平等にというのは些か受け入れがたいですね」
「ああそうだとも。私も長年魔法の研究や修練、訓練をしてきた。にも拘らず、弓兵や歩兵共と一緒にされるのは、過小に告げたとしても不愉快だ」
騎兵には騎兵のプライドがあり、魔法使いには魔法使いのプライドがあるということだろう。けれども困った話だ。確かに俺は平等に、それぞれの立場から話が聞きたかった。けれども彼らはそれが嫌なのだろう。イメージすると、事実騎兵と言うのは役割がでかい、戦場の花形と言われるほどに名誉だの功績だのと繋がる物でもあるし、そもそも誰もがなれる訳じゃない。そして同じように魔法使いとは、その存在そのものが貴族などの一定以上の身分である事になる。魔法とは学園である程度共通した魔法を学び、習得する。けれどもそれ以外の魔法に関しては独自に探り、研究し、作り出す物だと聞いた。前にミラノから「下手に教師の部屋に踏み込むと、研究成果を盗み出そうとしたと誤解されても仕方が無い」的な事を言われた記憶がある、故にある種の探求に近いものが有るだろうし、下手すると莫大な金が動いている可能性もあるのだ。
現代に置き換えるとなんだ? 歩兵はそのまま普通科だろうし、騎兵は――戦車とか装甲車、ヘリが該当するんじゃないだろうか。弓兵は――砲迫だとして、魔法使いは――なんだ? レンジャー上がりとか、特殊作戦群所属とかかも知れない。そりゃいい顔はしないか、当たり前だ。だが――。
「ザカリアス、この二人は本当に所属暦が長くて、見所がある人? 部隊間の軋轢を生み出して、連携を破綻させそうな人達に思えるけど、気のせい?」
俺は、普通にそう言っていた。ただ、何が優秀なのか理解に困るのが一番だ。しかし、俺としては下らないと言うのが正直な話だ。それぞれ特性が存在し、強弱を持つのは当然だ。どこが優れてるとか、どこが劣っていると言うのはおかしいと思う。
けれども、そんなものは俺の持つ常識でしかなく、この世界の常識を知らないので強くは言えない。ただ、少しだけ言いたくなったのだ。
「役割は違えど、戦場における役割の大小に差は有れども、命を張っていると言う意味では誰もが仲間だと思うし、そこに優劣は無いと思うけど――おかしいかな?」
「――私は、それに関して語る言葉はありません」
リヒターはそう言って、言及を避けた。一介の兵士でしかないから軍とはどう有るべきかを語る資格が無いとか、或いは変な事を言うと後々問題になるかもしれないから止めたとも言えるかも知れない。だが、エリックはまだ表情は固いままだった。
「もし同列に扱うと言うのであれば、私を外していただきたい。私は――否、我々は他の三名と同列に語られるのだけは御免だ」
「はてさて、困りましたなクライン様。私に呼び寄せられる方はこれが限界で御座います。
これ以上となると、旦那様が直に封を書くか、足労していただくしかありませんが」
「いや、大丈夫だよザカリアス。僕は父さんの心遣いを無為にする事も、ザカリアスが選んでくれた人が間違いだったとは思わない。
――僕が言いたいのは”軍人として、それぞれの役職を尊重する”と言う事なんだけど、それは通用しないかな、エリック?」
「――……、」
「魔法使いは準備や詠唱をしなきゃいけない、その時間を命と危険で買ってくれているのは歩兵の皆だ。そしてその時間で発動させた魔法が、敵を叩いてくれる。――そこで、崩れた敵の陣形を崩せるようになった騎兵が敵を蹂躙する、そこで殆ど戦いが決まると言って良いかも知れない。
けど、戦闘の勝敗を左右する騎兵が自由に行動できないように牽制するのもまた、槍を持った兵士や弓兵の役割でもあるんじゃないかな。――戦いになったら、単独の部隊だけじゃどうしても上手くいかない事はある。
それを踏まえた上で、自分達が一番だと言えるかな? 僕はむしろ、一番危険な場所で踏みとどまる歩兵の人達を賞賛したくもなるし、場合によっては味方から幾らかはなれて援護や支援、妨害をし続けてくれる弓兵の人達も同じくらい大事に思う。
そして、相手に馬の力を借りてるとは言え突っ込んで行く度量や、馬を制御して死地に飛び込む騎兵の人達も凄いと思うけど、それは何か違うかな? 守るべき盾も、敵を阻害する弓も無く、敵を蹂躙してくれる騎兵も存在しない状況であっても――それこそ、敵の馬が突っ込んできて、矢が降り注いでも大丈夫で、その後で追いついて包囲してくるであろう歩兵が来ても大丈夫だと思うのなら、僕の考えが浅はかだったと言うことになるけど」
若干は圧力でもあったが、同じくらいに「それくらい出来るのかな」という疑問もあった。ツアル皇国じゃ兵を率いて実際に突っ込んでいくらしいし、それすら可能なのかも知れない。魔法使いで構成した部隊と聞いていたし、もしかすると全員が遠距離攻撃ではなく最優秀強化兵みたいに突撃していって、戦端をかく乱するような役割を担っているとか。
脳裏で強化兵とか、それこそ特殊部隊を思い浮かべてしまう。敵が遠くに居る間から魔法を飛ばし続けてその数を減らし、ある程度敵が接近してきたら「総員、武器を抜け!」と武装開始、敵中に突っ込んでいってそれこそ暴虐の限りを尽くして味方に貢献するとか――無双シリーズのような活躍。
しかし、俺がそういった後でエリックは苦い顔のままに目を閉ざして「ムムム……」と唸ってしまった。どうやらそれほどの働きは出来ないか、やっていないらしい。ただ、エリックの難しそうな顔とは逆にハッコとカイウスは嬉しそうにしていたし、少し苦言を述べたリヒターは頭を垂れた。
「――失礼いたしました。そのような考えで我らを平等に見ると言ったとは思わず、とんだご無礼を。確かに、事実です。状況によっては、一番活躍するでしょう。けれども、その活躍の陰で皆さんの助けや支え、そして犠牲があってのものだと理解しています」
「有難うリヒター、理解してくれて嬉しいよ」
「――私は納得がいかん!」
だが、リヒターの態度とは正反対にエリックの態度は硬化した。例えそうであっても、譲れない何かがあるというのかもしれない。ザカリアスが寄って来て、耳打ちをして来る。
「クライン様。リヒター殿も、今でこそ騎士ではありますが元はお二方と同じ庶民です。この中でエリック殿だけが、生粋の貴族で御座います」
「ふぅん……」
まあ、だから何だって話なのだが。潰しが利かないと言うのなら、それは確かに希少であり価値のある存在だろう。だからと言って、特別でもなんでもない。死ねば皆一緒だ。ただ出自が違い、ただ魔法と言う揺ぎ無い才能を有するか否か、その差は――確かに小さくない。けれども、だからと言って「じゃあ歩兵隊の皆さんは、魔法使いと騎兵の方々が仕事をしやすいように死ぬ気で頑張ってくださ~い」と言うのは、違うと思う。
少しだけ考え込み、ため息を吐いた。
「ザカリアス、彼には部隊に戻ってもらおう」
「左様ですか」
「あと、彼の名前、家柄、所属部隊、部隊の長等を全部控えておいて。後で何か問題が起きたら使うかも知れないし」
脅し――というよりは、当たり前の反応だった。俺自身には権限も権利も無い、今回の件も公爵が好意や意図があって行った事でしかない。けれども、軍事的なものを学ぶと言う俺の目的や、演習中は気をかけてあげられないからと言う公爵自身の目的二つに対して明らかに邪魔だ。
つまり、俺はエリックと言う人物をこの時点で信用出来なくなっていた。演じているとは言え、クラインとして「皆から平等に話を聞きたい、何も分からない若輩者に」と言ったのに対して「言い方が気に入らない」と言ったのだから。
自衛隊に居た時を参考にするのであれば、彼の所属する部隊長と話をしてその言動を全て報告し、その上で「どんな指導をしてるんだ」とか「この部隊では、他の部隊を蔑む人物を野放しにし、更には奨励でもしているのか」と言った上で、軽めの処罰と改善でも与えられるところだ。外出禁止――は流石に無関係だろうが、逆に”○○ヶ月営内生活せよ”と言う話も有るだろう。そもそも営内と言うのが存在するかどうかは知らないが。
だが、それに対してエリックは笑った。
「なるほど、それで私はお払い箱ということですか」
「残念だけれども、僕の目的や父さんの目的に君は一致しないと判断した。
僕は爵位を継いでいないから君をどうこうする直接的な権利も権限も有さない、だから処分も処罰もしない。けれども、今回の判断が後に父さんから何か言われたなら僕も君の名前やこの場での態度などを全て話さなければいけないから名前などは控えさせて貰うけど」
そう言って、もう彼には用は無いと背を向けた。と言うよりも、ありえないだろ……。公爵とかなら――まあ、歩兵よりも魔法使いの方が”貴重だ”と言っても仕方が無いのかなと思う。戦術的、戦略的、威圧的、或いは戦力的な価値は確かに存在するのだから。そういった意味では命の価値は魔法使いの方が重い。けれども、公爵に従っている軍人として――あるいは軍に所属している人物として、その発言や思想をしていると言うのはありえないと思った。
味方にそっぽを向かれる、裏切られる、助けて貰えないと言う事がどれだけ辛く、危機的な事なのかを考えれば発言自体がありえない。命令があれば相互に助け合うのだろうが、壊走とか敗走、退却の時にまでそうなるかなんて分からない。「あいつら、いつも俺たちの事を見下してるから」といった理由で助けてもらえない事だって有るのだ、人間とは理性よりも感情を優先させる生き物でもある。そして見捨てたと言う事実ですら後に追及されても、グルになって無罪を訴えれば通ってしまう事だって有る。
それらを考えての判断だったが――ザカリアスが何故か噴き出した。口元を押さえたが、プスッと息が漏れる音が聞こえている。なんなのだろうかと、頬を搔いてから周囲を見るとエリックがため息を盛大に吐いた所であった。
「――ザカリアス殿、これで宜しいか? まったく、茶番に付き合わされる此方のみにもなってくれ」
「いえいえ、重要な事でしたから。今後どのように接するべきか、どう教えていくべきかを考えるのに必要でしたので。エリック殿には、辛い役割を押し付けたようで申し訳ありません」
「おや、私には謝罪しては頂けないのでしょうか?」
「リヒター殿はどこか楽しんで居たのでは。私はクライン様を教え、導き、正さなければいけないのですが、リヒター様は個人的に見定めようとしていたじゃ有りませんか」
「え、なに。もしかして、担がれた?」
「お察しが宜しいようで」
どうやら、一芝居うたれたらしく、反抗していたはずのリヒターは笑みを浮かべているし、エリックは汗を滲ませながらザカリアスを見ていた。あからさまにホッとしているその表情を見て、彼の望んだ態度や発言ではなかったのかも知れない。
「今回の件、私が皆様に頼み込んでクライン様を見定めるためにやって頂いたことです。
もし罰するのであれば、或いは怒りが収まらないのであれば私にその咎をお求めください」
「いや、僕はそれで何かを追及しようとは思ってないけど。どういう事か説明して欲しい」
「単純な話ですよ。クライン様もいずれは旦那様の跡継ぎとして当主になられる事でしょう。
その時が来たならば、彼らの頂点に立つのはクライン様となり、率いて戦う事も行動することも少なくは無いでしょう。そんな時に、どこまで確固たる意志を保ち、公正公平に見られるかを探らせて頂きました。
ただ、まあ――危惧した物は無かったですが」
「念のために聞いておきたいけど、ザカリアスが危惧する僕の対応は何かな?」
「彼ら四名の内、特定の兵科のみを厚遇する、或いは冷遇するとかでしょうか。あとはエリック様が反発した時に彼の主張に、屈する訳でも感情的に反発するわけでも無かったですから。
もしそれらに該当していた場合、幾らかこれから難儀したでしょう」
「なるほどね……」
つまり、上に立つ物として――後継者として、今現在どんな思想・思考をしているかを確かめられたと。そういうことか。ため息を吐きながら頭を搔く、そして四人を見ればエリックだけが顔を引きつらせて一歩引き下がった、どうやら反抗したことで引け目が出来ているらしい。
しかし、試されるとは思ってなかったな。あるいは、それですらこれからの教育や指導に必要なことなのだろうか? ――いや、必要なんだろうな。今の俺はクラインを演じている訳だし、クラインが居るとなれば次に当主になる可能性は高いのだから、その教育には糸目をつけないだろう。
跡継ぎとして、俺はザカリアスに評価を下される、一種のテストを受けさせられた訳だ。
「ハッコ殿とカイウス殿には有るがままに、リヒター殿には少しばかり反発してもらい、エリック殿には到底受け入れがたいと大反発していただきました。ですが、もうその必要はありませんのでどうか機嫌を直していただけますかな」
「ザカリアス。重ねて言うけど、僕は不機嫌になってないよ。確かに、試されたのは少しばかり驚いたけれども、それで怒るような狭量では無いと思うけど」
「左様ですか。では、私も所用が御座いますのでその四方を頼ってくださいませ」
そして去っていくザカリアス。そういえば公爵がザカリアスにも兵を率いてもらうとか言っていたし、もしかしなくても忙しいのだろう。彼を見送ってから、さてどうした物かと考え込んでしまった。ハッコとカイウスはたぶん好意的だろうが、特に何かを言いはしない。リヒターも騎士ではあるものの、俺の出方を見極めようとしている感じだ。
少しばかり考え込み、俺は言った。
「それじゃあ、四人とも馬が入手できて移動に使えるかどうかまず考えよう。それからこの周囲の地形に詳しい人、或いはそれらを図として存在してるのかどうか分かるものの捜索。今日の行動に関してそれぞれの部隊の配置含めて理解する事。それらが終了し次第、騎乗或いは徒歩で見晴らしの良い場所まで移動しよう」
――☆――
ヤクモが軍事演習に向かっていった傍ら、あの場に赴くことが出来なかったミラノやアリアは庭で魔法の訓練をしていた。そして屋敷の傍らでは公爵夫人が椅子に腰掛けていて、メイド長のアークリアが傍に控えている。
公爵夫人も、クラインが戻ってきたと言う事で僅かにでは有るが元気を取り戻しつつあった。前であったなら風ですら「お体に障ります」と控えられたのだが、少しばかり外に出ても大丈夫なように着込んでお茶を飲んでいる。
「ミラノ、アリア。二人とも怪我だけはしないでね?」
「大丈夫だから、お母様。アリアが見ててくれるし、少しでも勉強を進めないと……」
二人は大半の主要人物が居なくなった屋敷で、魔法の修練をしようということになった。休暇に入って持ち込んだ荷物の整理だの、何故存在するのか分からないヤクモ宛の縁談だの、ミラノやアリアも卒業までは受付も考えもしていない筈の縁談話をそれぞれに断ったりしていて、勉学に費やす時間が短かったからだ。
――とは言え、学園に留年や単位不足というものは存在しない。入学時に試験すらなく、入って六年で勝手に卒業するような場所だ。どんな落ち毀れであっても入学時の評価をひっくり返すことが出来るし、逆に優秀であっても怠惰な生活を送ることで評価を地に落として卒業することも出来る。
学園での成績とは、一般的に公開されることは無い。なので学生達は”頭の良さ・闘いの強さ・魔法や技術の高さ”等で勝手に他の生徒達を評価しているだけでしかない。実際には特定の職につく場合に、相手方へと情報提供される。宮仕えをしたい人、軍人になりたい人、魔法を更に追及したい人――。与えられるのではなく、求める人物にとっては学園を経由するのは一種の便利な道ではあるが、特に上昇志向の無い人物にはただの面倒な六年でしかなかった。
ミラノとアリアは幾つかの魔法に関する書物や、学園で貸し与えられた教材や独自に入手した魔法に関する本を広げながら、あーだこーだと語り合っている。
「それで、この前の事件で分かったことが有るでしょ? 詠唱魔法は時間がかかりすぎるし、学園で教わった魔法だけじゃ出来ることが少なすぎる。その二つをこの休暇で幾らか解消できれば良いんだけど――」
「姉さんは、どういった方法で解決するの?」
「まだ分からないけど……、速度を優先するには代償が高くなる――だったかしら」
「えっと、キリング様の話とかを総合するとそうなりやすい感じじゃないかな。
オルバ様も御札に色々書き込んで、特定の魔法を即座に発動させてるみたいだけど。
けど、お札は使用する度に書き込んだものが消えちゃうし、結局準備にかかる時間は同じなんじゃないかな。それに、魔力の量っていう問題も有るし」
そうやって、一つずつ問題を提起し、何をすべきかを考えていく。あの事件で二人の意識は変わっていた。”学園で優秀な成績を収めれば良い”と言う受身な姿勢から”学園で学んだ物を組み立てて、現実で有用な物を作り上げられないか”という能動的なものへと変わっていたのである。
事実、彼女達は決して無能ではなかったし、何も考えないのであれば彼女達にも活躍の場面はあっただろう。けれども、実際には”詠唱を必要とする無防備な時間”というものと”敵の数が多く、その所在が掴めない上に味方は増えない”というものがあわさり、ヤクモの取った一番無難で安全で現実的なものが作戦行動の基準となった。火を扱えば火災が発生しかねない上に所在がばれる、水では十分な威力を発揮できない、風では攻撃手段を学んで居らず、土では建物や地形に被害が出る上に居場所を晒してしまうほどにやかましい物になりかねなかった。
まだ四年生だから、実用的なものを教わっていないと言う見方も出来る。けれども、彼女達は「四年居たにも拘らず……」と考え、今に至っている。そしてその無力さの先には、傷だらけになりながらも背中を追う事しか出来ない一人の人物のイメージが有った。たぶん、そうなってしまうのではないだろうかと言う恐れ、それがこびり付いてしまっている以上――二人は立ち止まってなど居られなかった。
「そう言えば、メイフェン先生が”魔力を備蓄する石がある”って言ってたよね? あれ、”魔法を封じておける”だっけ?」
「その両方だった気がするけど、今はそれは忘れましょう。メイフェン先生は傍に居ないんだし、考えても仕方が無いから」
「う~ん、そっか……。もし魔力か魔法を封じておけるのなら、使い道があるかなって思ったんだけど」
「例えばどんなの?」
「んっとね。魔力が溜めておけるってことは、使った時点でその人の魔力は減らないでしょ? 沢山持っていくか、質の高い物を持っていれば魔法を沢山使ったり、位の高い魔法を使っても溜めておいた魔力が尽きるだけで、使ってる人の魔力は減ってないから役に立つかなって。
逆に魔法を封じておけるって言ったメイフェン先生の使ってたあの武器、覚えてる? ヤクモさんの使っていた武器に似てるけど、魔法を打ち出す違う奴。あれは一回撃っちゃったら終わりみたいだけど、そうじゃない奴もあるのかなって」
「魔力は消費するけど、魔法そのものは入ってるから詠唱も準備も要らない奴って事?」
「うん、そんな感じ」
「けど、それだと魔法の種類は限定されそう。もっと――こう、沢山の魔法を使えればいいんだけど……」
ミラノの考えは「様々な魔法の詠唱の短縮による、どんな状況であっても対応できるようにしたい」というものであり、逆にアリアは「魔法の種類はそれほど多くなくても良いから、詠唱や魔力的な負担を可能な限り小さくしたい」というものであった。
これには二人の在り方で違いが出た。ミラノは誘拐され、目の前でクラインを追い込まれ、そして長年喪失していたという経歴がある。その結果クラインのようになりたいと、立派な人物にならなければと言う願いから今まで頑張ってきた。だからこそ「負担は幾らかあってもいいから、多くの魔法を簡略的に」という発想に行き着いた。
対するアリアは体が弱く、詠唱をしているとどうしても咳き込む可能性が高く、高度な魔法になればなるほどその負担が重く圧し掛かってくると言うことから魔法使いとしての評価は低かった。だからこそ、詠唱の負担と魔力消費の負担の双方を如何にか出来ないかと考えたのだ。
色々考えていたミラノだったが、庭にちょっとした風が流れ込んできた。太陽の光や昼が近づいているとは言え、その温もりを奪って行ってしまう位には冷たなものだった。参考にしていた書物の幾つかが風でページがあおられてパラパラと捲れ、ミラノとアリアどちらとも無くクシャミをした。
「屋敷の中だと魔法使えないけど、ここじゃ寒いね」
「ええ、そうね。お母様、身体に良くないからお屋敷に戻った方が良いんじゃない?」
「私のことは気にしないで、ミラノ。私はね、二人が仲良さそうにしている所を見ておきたいの。
あの子が居なくなってから、構ってあげられなかったから」
公爵夫人は、クラインが重傷を負ったと聞いて卒倒してしまった。それでも死んでは居ないと聞かされ、辛うじて踏みとどまった。それでも、一年、二年と経過するにつれてそれが実は夫のついた優しい嘘なのではないかと考えてしまった。夫に聞いても動かすことは出来ないと言われる、聞いた事のある人物が医師として付いていると聞かされても、やはり目にしない事には信じ続けるのは難しかったのだ。
――そして、公爵夫人はすっかり気力と共に体の力も失ってしまった。大好きだった花の面倒を自分で見る事も出来ず、まだ生きている二人の娘の成長を間近で見る事も叶わない。ミラノ達は母親を気遣って毎日顔を出してくれる、けれども元気になってきた公爵夫人は”与えられる”と言う立場を理解して、それではダメだと少しばかり頑張ってみたということだ。
「奥様、余り無理はなさいませんよう」
「ええ、分かってます。けれども、あと少しだけで良いから二人を見させて頂戴」
「――分かりました。あと少しだけですよ」
公爵夫人が、クラインを失ってから――別人では有るが――再び彼を見るまで、ずっと姉妹と関わってやれなかった。その空白の期間を埋めるように、寂しさを幾らか滲ませたような慈母愛を見せている。そんな母親の姿を見て、ミラノは少しだけ焦る。
焦っても上手くいかない、けれども急ぎたい。その二つを埋め合わせるには何が最適だろうかと考え込み、そこで目の前でペラペラとめくれている本を見た。風を受けてページが捲れている、自然なものでは有るが、ミラノはそこで思いついた。
「そうだ、魔導書を作るのはどう?」
良い考えだと言わんばかりに少しだけ年相応の表情を見せた、それに対してアリアは少しだけ考え込む。
「ん~、良いと思うけど……。私達、まだ習ってないよ?」
「習って無くても、今出来る事でもあるでしょ? 確かにオルバ様みたいにあんな小さなお札に全部書き込めるような術式とか知らないけど、本なら沢山の種類の魔法と詠唱を詰め込めると思わない?」
「じゃあ、姉さんはそっちで進めるとして。私はどうしようかな……」
「オルバ様みたいに付呪って線も良いかも知れないけど――」
「僕がどうかしましたか?」
二人の傍にオルバがやってくる。当初から来訪が伝えられては居たが、所用によりその到着が遅れるとの事で、公爵達とは入れ違いになってしまった。遅参の旨を公爵には伝え、そして今到着した所であった。
ミラノとアリアは立ち上がり、身なりを正すと礼をする。
「こんにちは、オルバ様」
「ミラノさんもアリアさんも、お元気そうで何よりです」
「オルバ様、到着がもうちょっと早いと聞いてましたけど、何か有ったんですか?」
「いえ、この前ミラノさんお付の彼に見せてもらった武器を参考に色々と試行錯誤をしていたのですが。少し根を詰めすぎてしまいまして、一段落ついたと気を緩めたら倒れてしまったんです」
「倒れてって、大丈夫なの?」
「数日休みましたが、今ではいたって健康的ですよ。けれども、その代償に見合う成果は得られましたが」
そう言ってオルバは拳銃を抜いた。前まではマズルローダー式と言う、前装式の拳銃だった。火縄銃のように銃口付近から弾をこめる必要があり、一発撃ってしまうとどれだけ急いでも単独で使用するには隙だらけになってしまう、現実的ではない武器となっていた。それでもオルバが所有していたのは、その火薬の炸裂音や魔法使いが相手であっても物理的に攻撃できる手段であったからだ。
だが、ヤクモに銃を見せてもらい”連射の重要性”を理解した事で、アレから長らく研究に没頭して新しく銃を作り上げた。一々火薬や弾丸をこめる動作なんて戦闘中にしていられないのであれば、既に火薬や弾丸をこめた物を携行していれば良いのではないかと言う発想。シリンダーそのものを取り外し可能にしてしまい、複数の弾込めが成されているシリンダーを持ち運ぶことでかなりの再装填時間を短縮し、それとは別に弾や火薬、弾込めの為に使用する棒を持ち運ぶリスクも排除できた。その代わりシリンダーが嵩張り、銃本体も少し重くなってしまったのでオルバとしてはまだまだ研究の余地はあると考えているようだが――。
「そういえば、彼が居ませんね。ミラノさんの傍に居るものだと思ってましたが」
「アイツなら、少し――体調を崩して、こっちに遅れて来る事になってるわ」
「そうですか。なんと言うか、体調を崩す所が想像つかないので意外ですね」
「疲れが溜まってたみたいだし、急に休みってなって気が抜けたんじゃないかって。
――字の勉強とか、魔法の勉強もしてたし、そのせいかも」
「なるほど。それは確かに大変そうですね。では、今は居ないと――。
クラインさんも不在でしょうか?」
「兄様は父様と一緒に演習の方に行ってるわ。少しでも色々学んで置きたいらしいから、見ておきたいんだって」
「もう動いてるんですか? まだ快復はしてないと聞きましたが、いやはや……流石ですね」
オルバはクラインが戻って来た事を聞いたが、それでも万全ではないという所まで理解していた。だからそこまで行動的な事はしていないだろうと考え、見舞いの品を持ってきていた。だが、そのアテが外れてしまい少しばかり残念そうにしたが、それも一瞬のことで、直ぐに関心で埋め尽くされた。
「流石クラインさんだ。彼は僕の想像よりも先を行く……。きっと今回の件も、次期当主としての自覚が有ってこそに違いない筈」
「――自覚が有るのは良い事だけどね。けど、私は心配だから」
オルバはクラインに心を救ってもらい、頑張る意味や目標を与えてもらった。だから憧れからベタ褒めするが、実は今居るクラインがヤクモによって演じられている事を知っているミラノは言葉の歯切れが悪くなる。近いうちに戻って来るだろうと言う事を知ってはいるものの、屋敷に居て努力しているのはヤクモでありクラインではない事実。それを考え、ミラノは少しだけモヤリとした。
だがその内心のモヤを直ぐに打ち消し、息を吐く。
「オルバ様、今時間大丈夫?」
「ええ、大丈夫ですが。何でしょうか?」
「今、二人で魔法について話し合っていたのだけど。オルバ様は”カガク”というもので、様々な石を見てきてるから、妹の話を聞いて欲しいのだけど」
「アリアさんの――。分かりました、力になれるかどうかは分かりませんが、聞いても宜しいですか?」
「あ、うん。それじゃあ――」
アリアはオルバに説明する。魔力や魔法をどうにかして溜め込んだり、或いは魔法そのものを封じて魔力のみで発動できるようにならないか等と言った考えだ。ミラノ達は学園の内部で、或いは今まで触れてきた情報や知識の範囲でしか物事を考えられない。だから学園を出て、彼女達にとって未知の事柄へと踏み込んでいる人物へと聞けば、片鱗でも何かをつかめるのでは無いかと考えたのだ。
オルバはそれらを全て聞いた上で腕を組み、顎を少し撫でながら考え込んだ。
「――魔石、というものが最近では噂されてます。ユニオン共和国でその存在が発見されて、近年になってただの噂ではなく事実であるという確証が取れました。それとフランツ帝国で聖石と呼ばれ、魔を寄せ付けないとされている石が類似品であるということも確認できています。
どちらも高価であり、ヴィスコンティで入手が難しいので余り色々な研究も実験も出来ないのが現実ですが、アリアさんの言う”魔力の備蓄”ということは現在の段階で可能であると言えますね。それと、その手段や方法は分かっていませんがフランツ帝国の聖石が何らかの手段で力を得ているというのであれば、それさえ分かれば似たようなことが出来ると思います。
幾つか憶測が混じっていますが、まったくの信用の無い話でもないと考えていますが」
「有難う御座います。――そっか、なるほど……」
アリアは完全な夢想ではなく、現実的な考えであると理解すると笑みを見せた。それを見たオルバも少しだけ表情を和らげると「もし宜しければ、お譲りしますよ」と言った。
「え、でも高いのでは?」
「実験や研究に用いるものであれば、ですよ。言ってしまえば、使用済みとか、実験に耐えられないものであれば今のところ使い道が無いですから」
「本当ですか、有難う御座います!」
そう言ってからオルバは彼女達が開いている書物に目を落とした。学園で支給される魔法に関する理論や技術が書かれている本、詠唱の意味と語句に含まれた効果、魔法の発動と魔力の繋がりなどなど、魔法に関して何かしら考えていたのだろうとオルバは推測した。
その場にしゃがみ込んで本に手を伸ばす、その時に目線の高さに二人のスカートの丈が短く存在しているのに気が付き、咳払いをして誤魔化しながら、何も無かったかのように本の頁をめくった。
「なるほど。詠唱の隙を可能な限り無くしたいと、そう言う事でしょうか」
今までのやり取りや本から二人が何をしていたかを察するオルバ。そんなオルバにアリアは驚き、ミラノは頷く。
「ええ、そう。いつも、いつでも、自分の望む状況や平和が有る訳じゃないって分かったから。
たとえ急に襲われても、もしくは――はぐれてしまっても、魔法を使えるようにしたいと思ったの」
「なるほど。それは良い発想ですが、具体的にはどのように? 急な状況であっても魔法が使いたいと言うのであれば、僕がやるような御札を使用した魔法の行使が一番適していると思いますが」
「いえ、それじゃ足りないの。御札は一度使ったらまた模様とか文字を全部書き込まないと使えなくなるでしょ? そうじゃなくて、詠唱の時間を出来る限り短縮して、何度でも使えるような物が欲しいの。
それで私は考えてみたのだけど、分厚い空の本に魔法を全部記述していくのはどうかなって。そうしたら詠唱破棄に近いことが出来ると思うの」
「ああ、詠唱破棄は扱いが難しい上に未発掘な技術ですからね……。それに近いことをしようとしたら、そうなりますか――」
詠唱破棄、無系統の術者でもある程度高位じゃないと扱えないとされている。詠唱全てを無視し、発動したい魔法の名称を口にするだけで発動できるとされている。しかし、その実体は杖を経由させなければ魔力の消費が軽減されない上に、発動したい魔法の名称を知らないと利用できないというものであった。
詠唱破棄の規則は未だ解明が進んでおらず、判明しているものはそう多くない。――彼女達は知る由もないだろうが、ヤクモとカティアが行っている魔法の行使方法の下位互換なのだ。ヤクモやカティアは杖を利用せずとも消費魔力五倍というデメリットを避けられる、その上ヤクモはアーニャから渡された魔導書で魔法名等を全て知る事が出来たりする。
それを知らないからこそ、詠唱破棄では更に限られた魔法しか行使できないと理解していて、その上で何が良いかを考えたのだ。それに対してオルバは考える。やる事は自身の使っている御札式に近いが、一度きりの使い捨てではなく、その書物そのものを魔道具にしてしまおうと言うのだろうと。
「ミラノさん、あまり言いたくは無いのですが――。もしそれを本気でやろうとしたなら、生半可な年数では到達できない可能性があります」
「ええ」
「探求の未知であり、差し出す対価や時間の割には見返りの少ない道。それに……人生そのものを差し出すつもりがないのであれば、止めて置いた方がいいでしょう。
好事家と思われることが大半でしょうし、苦労して見つけ出した成果を盗み出されないとも限りません。――僕も、余りそういった話はしたくないですが、自身の命や他人の命に関わる事だって有ります」
オルバは、安穏とした生を捨てるつもりなのかとミラノを説得しようとした。なぜなら、御札に書き込んだりするものは模様や文字を組み合わせてはいる物の、一度使ったらそれでお終いな物ばかりである。けれども、詠唱に当たる箇所を全て記入・記載し、それで居て再利用できる物があれば誰だって欲しがるだろうが、それが実現しなかったのは”詠唱だけ記入しても口にする文言で数倍の文面になる”という背景があるからだ。
オルバは”両面二乗”と言う技術を用いる事で、魔法自体のランクを落として記入に必要量を減らしながら一定の効果を保っている。その技術はツアル皇国の物を取り入れた物である。一度使ってしまうと、詠唱に当たる箇所とその詠唱を終えて発動させる魔法の名称等々を意味する物が消え去ってしまう、その代わりにまた必要な記入・記載量を減らしていると言う物であったが――
ミラノがやろうとしている事は、魔法の種類を限定せず、そして使い捨てにはしない。その上で杖を使っているかのように魔力の消費に気を使おうとしているのだから、五倍の労力を要すると理解しての言葉だった。
はっきり言って、その生涯を賭けて行ったとしても、半分終わるかどうかだろうとオルバは考えている。そしてもし完成したとして、そのページ数は何千頁になるのかを考え、それらを全て手書きで行うことを考えると――外聞的にも宜しくないだろうと思ったのだ。
クラインが帰ってきた以上は、ミラノは婿養子を娶ると言う役割が殆ど無くなったに等しかった。それでも公爵家の事を考えるのであれば、体の弱いアリアよりはミラノに婚姻の役割が担わされる可能性があった。だが、誰が『魔法の探求者』として、年がら年中魔法の研究と魔導書の作成をしている女性を好き好んで婚姻相手として――或いは、女性として見るのだろうかと言う危惧もあったのだ。
そう言った意味でのオルバの言葉だったが、ミラノは首を横へと振った。
「だとしても、私は無力で居たいと思わない。どこまでやれるか分からないんだから、試すだけ無駄じゃないと思う」
「――まあ、何事もやるのを引き止める理由はありませんからね。ただ、外法や邪法と言われる方向に進まないでくれれば、それで良いです」
「あのね。別に私は人を材料にした魔法を編み出そうとはしてないから」
外法や邪法と呼ばれるそれらは、厳しく罰せられる類であった。魔法は英雄達の代から文明や文化が復興するまでは衰退する一途であった。それが羊皮紙だの木管だの巻物だのと、確固たる伝聞の手段が現れてからようやく言い伝えだの経験だのと言う物に頼らずに済むようになった。
結果として英雄達が伝え遺そうとした魔法の多くは、欠けたり失われたりしてしまい、その隙間を埋めるように幾つかの邪教も蔓延った。英雄が死に絶え、それでも終わらない魔物の残党との戦いに恐れた一部の人による生け贄や、殺人事件が一時期流行った事も有り、そういった過去から正当ではないとされた魔法の研究をしている物や、協議を持つものは全て取り締まられていった。
それでも時折、その名残が顔を出す。御札や魔方陣には人の血液――魔法使いの生き血がもっとも有効であるという話や、生物の――人の骨から作り出した杖は魔法の威力を高めてくれるという話、新鮮な内臓を食す等々と人々を恐怖と絶望に沈めるには十分な事件が発生する。人を危め、そういった事柄に手を染めた人物は疑いが濃厚な場合に限り即座に処刑されていった。
オルバは杞憂とは思いながらもあえて言ったが、否定された事でとりあえずは落ち着いた。
「それでは、そろそろ僕も向かいます。タダでさえ遅れたのに、これ以上遅れては叱られてしまいますからね」
「ええ、有難うオルバ様」
「有難う御座います」
オルバは二人の挨拶を受け、公爵夫人やアークリアに挨拶をするとそのまま屋敷を抜けていった。彼の向かう先は軍事演習を行っている場所であり、事前に大まかな場所を聞いていたのでそこに向かうようだ。
そんな彼が少しだけ早足になっていたのを公爵夫人は見逃さず、気づいてから口元を押さえて笑うのであった。公爵夫人も、オルバの事を気にかけていた。それはまだ幼かった頃のクラインに出来た友人であり、言ってしまえば貴族の友人と言うのが居なかったからだ。彼女はオルバの親が居ない事や彼が受け継ぐはずだった領地が王家預かりになっていることを理解している、哀れみも一部あったかもしれない。
だが、放っておけなかったと言うのがこの母が有ってこそクラインもそう育ったといえるような物でもあった。ある種、血の通わないもう一人の子として見ていたようなものなのだから。
「それじゃあ、今のを参考にしてまた色々考えてみましょう。それと、魔力の消費ね」
「うん、学園でやってるいつもの奴ね」
そして姉妹は再び彼女達なりの努力を始める。その辿り着く終着点や困難は分からないままに。そんな姉妹を屋敷の屋根から見下ろしている人物が一人居たが、その人物は疲労や眠気などを隠せない表情のままに二人を暫く見つめていた。けれども二人が魔法を行使し、魔法使いとして少しでも実力を高める努力を見た所でその人物は姿を消した。
――ひらりと、その人物が居なくなった後で一枚の紙切れが宙を舞って落ちていく。その紙がアークリアと公爵の傍にある机の上に落ち、それに気がついたアークリアが手に取る。しかし、模様や字が書き込まれているはずのその紙に何が描かれているのか理解する事が出来ず、公爵夫人もそれを目にしたが理解が出来ない。
それでも、屋敷の誰かの物なのだろうと公爵夫人は取って置く事にした。もしかしたら新しい芸術の一つなのかも知れないし、あるいは何かの表現なのではないかと思ったから。
――☆――
双方の集合や、挨拶。それと此度の演習の目的などを聞いた後にそれぞれの陣営に分かれて軍事演習は始まった。状況設定はデルブルグ家は敵の襲撃への対処と、防御。対するヴァレリオ家は敵への襲撃とその突破と言う事になっていた。
俺たちは徒歩で移動し、少しばかりの丘の上で双方の戦いぶりを眺めている。さて、俺の頭の中では現代戦のイメージが強かったが為に、想像していた高揚は裏切られたが、それ以上の収穫と別の興奮を与えられることとなる。期待していたのは、やはり塹壕だの防御陣地の設営と言った物だ。防御陣地と言う物は一定量の設営が出来てきた段階で効果を表し、それが完成に近づくにつれてその効果が高まるといったものだ。塹壕とは砲迫や銃撃に対する”体の露出を抑える”という方向性で生存率を高めると同時に負傷確立を低くしてくれる物だ。
だが――冷静に考えてみて欲しい。そもそも歩兵が剣や槍、盾を持っている時点で塹壕を構築する理由が無かった。必要とされるのは最低でも弓矢による遠隔射撃を防ぐための矢盾と、騎兵の突撃を阻害する馬防柵や杭、それと――敵の魔法を防ぐ為の魔法を展開するという物であった。
「歩兵や弓兵の一部は敵を迂回して、気づかれないように移動しながら最大の目標である敵の魔法使い部隊を攻撃するんス。
魔法使い同士の打ち合いは苛烈で、その威力は弓の比じゃ無いっス。弓のように遠くから、騎兵のような威力で攻撃されるんで、守るのと同時に相手の邪魔をするのが最大の目標になるんスね」
「ただ、相手も馬鹿じゃねえ。同じように守ろうとしてくるし、攻撃を狙ってくる。――ま、先ほどクライン坊ちゃんが言ったとおり、俺たちは地味だけど重要なことをしてるんだわ。
ただ――今回はあちらさんも新しいことを始めたみたいだな」
魔法使いは砲迫のイメージが強かったが、どうやらヴァレリオ家は今回新しい戦い方を用いたようであった。それは魔法使いは余り動かさないという想像を覆し、逆に魔法使いのみの散兵部隊を作り上げて側面攻撃や圧力を加えるという物であった。
戦場での魔法使いの役割はいくつかに別れているが、その多くは”攻撃と防御”に集結しているといっても過言ではない。一応戦場医療の魔法使いも居るようでは有るが、重要な人物が負傷した際に用いられる為だけに存在しているような物であった。
さて、攻撃だが。魔法使い部隊の攻撃は大まかに二種類ある。弓矢のように個人で攻撃する物から、範囲で攻撃するための物だ。手榴弾を適当にぶん投げているのと、迫撃砲で穴を開けるようなものだ。だが、その戦場に穴を開ける物も戦術的なものもあれば、戦略的なものもある。
魔法使いとして高位な者が単独で敵を吹き飛ばすのが戦術的なものとして、複数名の魔法使いで更に規模の大きな魔法を行使するのが戦略級だ。此方は数十から百名くらいは吹き飛ばせそうだ。その戦略級の発動もやはり幾つか手段が有り、繊細かつ綿密にタイミングを見計らってその発動を指示される詠唱系もあれば、魔力陣を用いて複数名の魔法を”断片”として構築し、主となる人物がそれらを全て結合し構築して放つ連携魔法、魔方陣をそれぞれに構築して詠唱の短縮とその魔法を集結させて発動させる魔法等々と色々あった。
ヴァレリオ家の方ではどのような魔法を行使しているのか気にはなったが、他家である俺がそちらに四名もの兵士を引き連れて行ってしまうと軍事情報を盗んみに来たと思われる可能性が高いとされ、両家の関係に亀裂が入りかねないと言われたので断念した。
「私達魔法使いは、相手に圧力を与え、そして可能であれば敵を纏めて吹き飛ばすために断続的に魔法を放っている。空中で炸裂しているのは相手の防御魔法に阻まれているようにも見えるが、相手の弓兵の放った矢を叩き落す目的もある。
だが、結局の所魔法使いの出番などどちらかが魔力切れを起こすか、散兵が攻撃をして邪魔をしてくれない事には始まらん。攻撃に全力を注げば兵共が危険だ、相手の防御魔法を打ち破ろうとしてもよほどの戦力差や質の差が無ければ難しいのでな」
エリックが言ったとおり、魔法使い同士の攻防は見た目こそ派手であるが、相手に達するよりも先に防御魔法によって霧散するか効果を発揮できない位置で炸裂してしまい無意味になるのが多いようだ。最初こそ兵士達に動揺が走るが、それも直ぐに収まる。
――魔法による攻撃は、相手の防御を上回らないことには突破できない。しかし、攻撃よりも防御に力を割いているらしく、魔力の消費効率を考えると亀の甲羅を叩いて割るよりも、互いに甲羅へと引きこもった方が負担が低くて済むと言う事になっているらしい。
事実、防御魔法は攻撃魔法に比べると魔力の消費が少ない。それは瞬間的なものであれ、持続する物であれどちらも攻撃魔法を上回ることが無かった。殻を破ろうとした結果攻撃側が息切れを起こしてしまえば、逆襲された時に防御が出来ずに死ぬと言う訳だ。
「騎兵の出番は皆さんほど多くはありませんが、そのどれもが負担は大きい物です。
その機動力を生かして陽動をかける事を言い渡されることもありますし、今回で言えばヴァレリオ家の派遣してきた魔法使いの少数部隊を追い散らし、可能であれば倒すことも視野に入れています。
中でも重装騎兵が一番温存され、戦いの終わりで投じられます。魔法使いの攻撃支援と、防御魔法によって相手を蹂躙するのが役割です。ただ、出番が限られてくるのでそれまでは馬には乗らずに戦う事もあるので、それこそ騎士になるために修練を重ね、騎士となったものにしか勤まらないとも言えますが」
とはリヒターの言で。なるほど、確かに午前中に重装騎兵と言われた部隊は出番が無さそうであった。では何をしているかと言われると、馬に直ぐ駆けつけられる位置で本隊――公爵が布陣する本陣近くの防御をしていた。幾らか装備を軽くし、側防をしているその姿は少しだけ心を高鳴らせた。
そうやって午前が終わりかけ、俺たちは食事を取ることにした。とは言っても、今日に限っては携行食だ。本来であればただの見学者である俺は公爵や将軍のように温かく、兵士に比べれば立派な食事を口にすることが出来た。けれども俺はそれを拒否し、兵たちと同じものを口にしておきたいと告げたのだ。理由は単純で、この時代の携行食がどのようなものかを体験しておきたいという物と、それを口にしてどれくらいの時間満足していられるか、どれくらい不満を抱えずに居られるか等を知っておきたかったからだ。
今回四人を貸し与えられたが、もともと歩兵や弓兵であるハッコとカイウスには当然ながら与えられた馬は無い。そして騎兵であるリヒターや貴族ではあるエリックにも馬は有るが、それらは軍事演習であるから動かせない。なので俺だけ馬に乗るのもおかしな話だと徒歩での移動を提案すると、当たり前のように四人から反発を受けた。公爵家の次期当主が下にあわせて徒歩で移動をするのは良くないと言ったのだ。
俺は妥協案として、自分を含め五人分の食事を纏めた荷物を馬にぶら下げて楽をするという名目で一頭のみ同伴させた。疲れたら馬に乗ると言う事をつげ、その上で「常に馬に乗れるわけじゃない。最悪な場合、自分の足で動き回らなければならない場合もあるから」と言う理由で何とか納得させたのだ。
さて、食事なのだが――非戦闘時であれば簡易的な調理くらいは出来るのだが、今は俺も状況を体験したいと言う事でそのまま口にする事が可能な食べ物だけを口にする。余裕があれば火を熾し、小麦や麦で粥を作り、その中に干し肉等を入れて食べるそうだが、その暇がないので乾し肉とドライフルーツ、そして固い黒パンだ。やはり味気無いもので、地味に屋敷での食生活で贅沢になった自分に気が付いた。
缶飯は一番嫌われていて、パック飯はまだマシな方だが好き嫌いが分かれるとされていた。それでも、缶飯はお湯に浸して温めなきゃ食えないが、携行食は化学反応を利用して簡単に温かい飯が食えるので素晴らしいと思う。
「あんまり食べた気がしないね……」
「はは、そうでしょうとも。戦闘中ともなれば交代するか隙を見つけて口の中に放り込むしかないですからなあ。乾し肉は食べるのではなく、口の中で味が無くなるまで何度も噛み続けている方が宜しいでしょうや。あと、乾燥果実は気分を落ち着かせたいときにでも口に入れると良いでしょう。
持ち運びが難しいので置いてきやしたが、乳を発酵させたものもいけやすぜ」
「喉が渇く。ハッコ、水を寄越せ」
「了解っス」
エリックが乾燥食を貪り、喉が渇いたから水の入った袋をハッコに要求する。身分差があるのか、それともそれが当たり前なのか。ハッコも反発する事無く水の入った皮袋を寄越すのだが、なんかテカってるなと思ったら、どうやら水が地味に滲み出ているようであった。
ハッコから水の入った皮袋を受け取ると、エリックは水を口にする。俺も要求していないのだが何故だか持ってきてくれたらしい、それを感謝と共に受け取り水を口にした。
「――けど、これじゃあ戦いが長期化したら辛いんじゃないかな」
「ええ、そうですね。費用は安くならないでしょう」
「ん? どういうこと?」
「一日ごとにその日の飲食などに使う金が支給されるので、それを公爵が今回呼んだ商人の所で購入するのに使うんです。食料の運搬だとどうしても輜重で嵩張りますが、貨幣等であれば重要性は同じでも相手に気取られにくくなります」
「へえ、面白そうだね。見に行きたいなあ――」
軍独自の糧食部隊だの補給インフラ等では無く、どうやら軍に同行するする商人に飲食物を任せているらしい。それは考えようによってはリスクの高いことだが、商人に手を出して無事で済む可能性は低いだろうと踏む。商人たちは信用や信頼が優先されるのに、補給を断つために手を出して後々非協力的になられては困るという物だ。
商会などはあるのだろうか? その存在等によっては、別にそういった所もリスク回避は出来るのかも知れないけれども、よく判らない。ただただ分からない事、未知の事柄への興味からそう言ったのだが――。ハッコは苦笑し、エリックはやかましい程に咳払いしだした。そしてカイウスは口笛を吹いているし、リヒターは「おや」なんて白々しい言葉を吐いている。
「あれ、なにか――おかしな事を言ったかな?」
「具申させて貰えるのであれば、クライン殿を連れて行くのに反対させていただく!」
「はは、まあ。そうッスね。ちと、後が怖いッスね……」
「いやいや、後学の為に連れて行ってやるのも足しになるんじゃねえですかね? その時は是非に夕方以降が好ましいですが」
「?」
理解が出来ない、なんだなんだと四人を見て居るとリヒターが少しばかり笑みを漏らした。
「クライン様。行きたいというのであれば止めはしませんが、刺激が強すぎるかと」
「え、何で?」
「兵士相手の女性の提供が有りますので。公爵様は理解していただけるでしょうが、クライン様の妹君たちが嫌な顔をするのではないかと」
「あ、あ~……」
つまり、商人が商品の一つとして性的なものも取り扱っているという事か。そりゃ――あれだ、二つの意味で行く訳にはいかなさそうだ。クラインとして行けば変な噂が立ちかねないし、中身はミラノの御付であるからこそダブルで怒られるだろう。クラインの名誉を汚した事と、自分の従者が女性――いや、性的なサービスに興味を持っていたと言う事で。顔面キックで済むだろうか? 下手すると窓から蹴り出されかねない。
今は別部屋にこそなってはいるが、ミラノやアリアの傍に居る以上は変に避けられる理由を作るのは避けたい。というか、避けねばならない。下手な事をして「アイツ、女と見れば見境が無いから」とか言って敬遠されるようになったら――悲しくなる。
「や、止めよう。それに関しては後日、誤解を生まない状態で見に行くから!」
「はは、それが良いでしょうなあ」
「そッスね」
それから暫く地面に座り込み、雑談をしながら色々な話をしていたが――良い人たちだなとは思った。エリックは最初こそクソみたいな印象であったが、ザカリアスが種明かしをしてからはその印象も拭えた。ただ素直であり、それで居て上下関係に幾らか重きを置いてはいるものの、下――と言うか、ハッコやカイウスに対して特別高慢さや威圧的な態度を見せることは無かった。
同じようにリヒターも見直しはしたが、四人の中では若い事も含めて少しだけ苦手意識がある。年齢はそう離れては居ないだろうが、相手の言動から何かを見透かそうとしたり、他人をからかうのが好きそうには思えた。
ハッコとカイウスは志願した兵士でそれなりに長いようではあるが、此方が腰を低くして訊ねたりしていると立場をわきまえた範囲内で気持ち良い具合に、素の彼等らしさで接してくれた。カイウスは少しばかり年を食っていて、引退までそう遠くは無いと言っていたが老いを余り感じさせない言動をしている。そしてハッコは若干萎縮しているようだが、それでも自分が一番下なのだろうと認識して水の入った皮袋や食事を率先して配ってくれたり、移動する際にはカイウスの地形把握と先んじて死角を消す事で俺たちが安全に移動できるようにしてくれている良い奴だ。
戦闘はまだ続いている、それでも戦闘開始時に比べると幾らか収まりを見せ小康状態になっている。その裏では別働隊等が頻繁に行動しているらしく、ヴァレリオ家の騎兵隊は大分負担が大きいだろうなと考えていたが――
「クラインさん!」
俺はその声を聞いて、ゆっくりと振り返った。




