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元自衛官、異世界に赴任する  作者: 旗本蔵屋敷
三章 元自衛官、公爵の息子を演ず
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41話

 自分たち以外は敵、そう判断するのは全ての情報を手に入れてからだ。

 ……俺の友人は、ハーフでいろいろな国を渡り歩いて来たからこそ多用だった。その中の一人、グリーンベレーに所属する親が居る友人が、父親から言われた言葉だ。

 実際、一つの枠組みや組織をとっても、メスで切り開いてみれば更に細々とした派閥が居る事だって珍しくは無い。理由や事情はどうであれ、大きくなりすぎた派閥であればこそ、下が見えなくなるものだ。

 国と言うものもそうだし、それよりも更に規模の小さな村だの組織だのでも同じ事が言える。親○派と呼ばれたりするそういったグループは、言ってしまえば敵の中に存在する味方のようなものに近い。とは言え、敵は敵、何かを与えたりしなければならない場合もあるし、勢力が小さすぎるが為に黙って頭を垂れている場合もあるのだ。そういった人々を口で、金で、物で、あるいは力を与える事で味方にする――。グリーンベレーのやっている事に近いことを、俺はするわけだ。


 カティアとミラノによってアルバートとグリムの分断に成功し、カティアは予定通りアルバートの所に留まって偽りではあるものの、状況を把握させる事を開始した。それとは別に、ミラノによって「ヤクモという人の事を、誰にも聞かれたりしないように秘密裏に聞きたい」と言う事でグリムがミラノに連れられてやってきた。俺は部屋の中で立って、ミラノがノックをしてから部屋に連れてくるのを待った。

 グリム――グリム・マルケス・フォン・ヴォルフェンシュタイン。ヴァレリオ家に仕える一家で、現役の人物を補佐するのが使命――らしい。アルバートの兄弟たちもグリムの姉たちが傍に居て、きっと当主である父親にも一人ついているのだろう。そして、使命感からかグリムは勉学や戦いにおいて性別を忘れさせてしまう程には優秀である。


「連れてきたわ」

「――来た」

「ありがとう。廊下には誰か居る?」

「今の所は居ないけど、話しをしている最中に来ないとは限らないわね」

「仕方ない、扉を封鎖しよう」

「え……、まさか、また?」

「それ以外の方法を今は持たないからね」


 グリムが入室して、内緒話をしようと準備を進める。それにあたり誰かが急遽来たり、話を聞かれないようにと処置する必要があり。まずは扉を開かないように前にやったような封鎖を行う。机と椅子を扉の前に置き、開けようとしても扉の稼動域と壁と障害物とで開かないようにする。そんな間の抜けた事をしている俺をグリムは普段どおり何を考えているのか分からない様子で眺めていた。

 というか、普通は疑問を抱いて質問とかするだろうに、なぜ部屋に閉じ込められる事すら疑問に抱かないのか不思議だ。これくらい、何の困難でもないという事なのかもしれない。窓から飛び出せば逃げられるわけだし、二階だけど。


「さてと、それじゃあ話をしようか」

「――? 最初からそう聞いてるけど」

「あぁ、いや。そうじゃないんだ。騒がないで貰えると助かる」

「――意味が分からない」


 グリムは理解できないと首を傾げたが、俺は久々に自身にかけている”幻惑魔法”を解く。髪の色と目の色を変えているだけなのだが、逆を言えばその二つだけとも言えるし、その二つはでかい違いとも言える。

 ディスペル、その一言で俺にかけられた魔法が全て解除される。それによって外見は元に戻ったと思うが、念のために部屋に置かれた鏡で自分の姿を確認した。茶と黒が混じった色の髪の毛、片目は灼眼、片目は髪の色と同じ黒と茶の入り混じった色。久しぶりに自分の姿を見たなと思いながら、振り返る。

 何だか力が抜けたような、肩肘を張ったような感じが抜けた気がする。短い時間ではあるけれども、役割から抜け出せたのだから。


「――あ、れ?」

「事情を説明するから、聞いてほしい。その上で協力してほしい事がある」

「――……、」

「頼む。俺に出来る範囲内でなら、何でもするからさ」


 その言葉に、どれほどの意味があったのだろう。グリムは何を考えているのか、肯定的なのか批判的なのかすら分からない。けれども、俺たちが反応を待っていると、そのままキョトリと首を傾げられた。


「グリム?」

「――? 話の続きは?」

「あ、や。どんな反応をするのか、こっちはそれ待ちだったんだけど」

「――話は聞く。それから、考える」


 そう言われて、俺は若干安堵した。こう……仕事外の人付き合いにはあまり自信が無い、正当性を持って相手を説き伏せるのであればまだ自信はあるのだが、今回に限ってはただのお家騒動に巻き込んだだけでしかなく完全にこちらの勝手なのだから。

 少し落ち着いた俺は、障害に使用していない椅子をグリムに差し出して座らせる。ミラノとアリアは俺の使用しているベッドに座っているので、結局俺は立ちながら話をするしかない。


「グリムは、クラインのことをどこまで知ってる?」

「――ずっと前に、事件に巻き込まれて倒れて、それから誰も見てないってくらい」

「うん、まあ。それで有ってる。んで、今回俺がクラインを演じてるのは、公爵夫人を元気付ける為なんだ。確かに偽者だし、たぶん差異はまちまちであると思うけど。

 似ているという事を、今回だけ利用する事になった。これに関して、公爵自身の発案と俺たちはそれを飲み込んで協力しているという立場にある。

 それで、グリムにお願いしたいのはカティアのことなんだ」

「――カティ?」

「今は、カティアはクラインの使い魔として回復したついででついて来て居る事になってる。けれども、当然事実は違う。アルバートとグリムは本当は誰の使い魔なのか知っているだろう?

 だから、グリムには事情を理解した上で黙っていて欲しいと言うのと、アルバートが変な事を言わないように見ていて欲しいんだ。最悪、公爵が奥さんの為に全員を騙している事がバレたら使用人や部下だけじゃなく、公爵夫人に悪影響が出てしまう」

「――アル、信用無い?」

「いや、むしろ裏表の少ない奴だと思ってる。だからこそ、変だと思ったら口に出さずには居られないと思うんだ。カティアがアルバートに『ヤクモは今回事情があって来られない、屋敷に滞在するのに居合わせたクラインの使い魔を一時的に名乗ってる』と言う事を、公爵やミラノ達の名前を使って説明してる。その上で、危ういと思ったら止めて欲しい」


 と、まあこんな所だろう。俺が取り合えずボカすところはボカし、必要な情報は殆ど提供する。それはグリムが無体な事をしないという確信めいた信用とか信頼とか――そういうのがあったからだろう。あるいは、一度は命を預けあった仲だからという傲慢にも近い考えがあったからかもしれないが。


「――それ、意味ある?」

「……どういう意味だ?」

「――本当に生きてるのなら、ヤクモが演じる意味ある。けど、居ない人を演じても、辛くなるだけ」

「あぁ、えっと。その事なんだが――」


 ミラノには既にバラしちまったし、アリアだけが知らないというのは宜しくないかなと思って少しだけ考え込み、声を抑えたままに伝える。


「これは、誰にも言わないでくれ。公爵とミラノ、あとカティアは既に知ってるけれども――クラインはちゃんと生きてて、この前俺があった日に目を覚ました」

「――……、」

「え……?」


 グリムは再びキョトリと首を傾げるが、やはり事情を知らなかったアリアが声を上げた。その時のアリアの声を聞いた俺の心に何かが突き刺さる。悪い事をしたような、良心の呵責と言うものだろうか? こう……家族の写真や動画を見たときのような苦しみがある。その理由はなんだろうか、騙したからだろうと結論付けて、俺は話を続ける。


「――だから、今回は騙してるかもしれない。けれども、本人が元気になってここに戻ってくれば存在自体は嘘じゃなくなる。

 今はまだ、ずっと寝たきりで誰も顔を見ることすら出来なかったから、嘘だとばれると本当は死んでいたんじゃと疑われてしまう。だから本人が帰ってくるか、休みが終わって俺たちがここを出て行けば今回の件は終わるんだ」


 俺はそういうと、グリムの反応を待つ。その間にそっとアリアの方を見ると、何かを言おうとしていたがミラノがその口に手を当てて、首を静かに横へと振っていた。……アリアと話をすべきだろう、俺は……彼女だけのけ者にした。だから心が痛いんだろう、苦しいのだろう。ミラノだけじゃない、彼女も俺に良くしてくれたのに。いつもの四人組と認識しているのに、一人だけ仲間はずれだ何て。

 けれども、今はグリムだ。彼女を説得しなければ、ただアルバートだけを丸め込めても危険度が高い。だからどんな反応をするのか待つ。待って、待って、待ち続けた。


「――ヤクモ、それで何か得られるの?」


 だが、是非ではなく彼女が言ったのは「それで何になるの?」と言う疑問だった。少し言葉に窮したけれども、それでも”スイッチ”が入ってるからこそ迷わず、直ぐに口から出た言葉がある。


「何か得られなきゃ何もしちゃいけないって理由は無いだろ」


 そう言った時の俺の心境は如何なものだっただろうか、けれども直ぐに俺は言葉を続ける。ここで、間を開けたら永久に言われ続ける――皆に、誰もかもに。


「名誉の為でもなく、利益の為でもなく。ただ自分の思う事を、正しいと思える事を何の見返りも求めずにやる事がそんなに悪いか? なあ。

 俺には背負うべき家名も、成すべき責務も、これからどうしたら良いかすらも分かってない。だったら、好きにしていいだろ。困ってる人が居るから助けました、そこに身分も階級も無いだろ?

 俺は……ミラノやアリアにも、アルバートやグリムにだってあの時の事で何かを求めたりなんか、してない」


 それ以上語る言葉は無かった。もし恩を売ったりするのなら、何かを求めてやった事であるのなら、ミラノやアリアだけじゃなく、アルバートやグリムにその事で何かしら自ら言及して、何かを求めていただろう。けれどもそんな事はしていない、そうしない事で察して欲しかったが、難しい話のようだった。

 ミラノやアリア、アルバートならこれで話は終わりだった。誰もこれ以上は語りはしなかった。だが――


「――そうじゃない」


 グリムは、踏み込んだ。


「――ヤクモがフワフワしてるのは、何も受け取らないから。だから、落ち着くために色々やる。

 良い上司は、部下が安定出来るように配慮するもの。ミラノとアリアは……、そこを良く分かってない」

「いや、待て待て待て待て。ミラノとアリアは関係ないだろ」

「――関係、ある。二人は主人とその妹だから」

「だとしても、最初から主従の心得があるグリムと、初めての主従関係を持った二人とじゃ違うだろ。

 俺の問題に、二人を巻き込むな」


 グリムはどうやら……、俺が無闇矢鱈に利を求めずに行動して損をしているのを気にかけているのか、気に入らないのか……。だが、考えようによっては「あいつは何も求めないで働いてるんだから、お前らもそれくらいの事をやれ」と言う前例を作ってしまうことになる。

 頭を搔き、視線を彷徨わせる。自衛官だと当たり前だった事が、こちらでは当たり前にならない。となると……あまりやりすぎると、ヒズミが発生する? 面倒くさい、面倒くさすぎるぞこれ……。


「分かった。今回の件に関しても何かしら要求するから、この件はそれで手打ちにしてくれ。

 今は時間がないから、協力するのかしないのか答えて欲しい」

「――きょーりょくは、だいじょ~ぶ」


 だいじょ~ぶ。その言葉でロビンを思い出したが、もしかすると巡り巡ってその血筋がここに来たのかもしれない。そういえば背丈も近いっちゃ近いし、雰囲気も似ている。違うのは髪の色とか衣装とか、雰囲気だろうか。外見的にロビンの方が幾らか年上には見えるが、それでも数センチ背が高いかなくらいの認識でしかない。

 ただ、ロビンの方が強い。それだけは間違いない。


「手伝ってくれるか、良かった」

「――ただ~し、協力の対価を要求する」

「あぁ、えっと。そっか、そうだよな……。これといって俺に出来る事はそんなに無いけど、俺に出来る範囲でだったら何でも良い」

「――それ、直ぐに決める必要ある?」

「いや、無い、けど――」


 それは、困る。つまり、貸しを作っておいてここぞと言うときにそれを行使されるという可能性があるということだ。何だか嫌な予感がしたが、それで今回の件が丸く片付くというのなら安いものだ。俺はそれを受け入れると、グリムは目を閉ざして考えるそぶりを見せ「わかった」と答えた。


「――この借り、高くつく」

「言っておくけど、交渉権はあるからな? 俺が受け入れがたい要求は首を横に振るし、そうじゃなくても条件を互いに納得のいくものにして成立とかにすることも有るから」

「――だいじょ~ぶ。そういうの、あって当たり前」


 そう言って彼女は両手で大きく輪を作った。子供向けテレビ番組のお兄さんやお姉さんじゃないんだからと思ったが、そんな事はどうでも良いだろう。交渉は成立、これでグリムの抱き込みは成功した。

 ミラノとカティアには同席してもらっただけだけれども、俺の発言が言外に二人の同意を得ているという事に出来るので居てくれるだけでも有り難かったが――。


「ごめん、アリア。本当は公爵と二人だけの秘密だったんだ。けど、俺が勝手な事をしてミラノに教えたんだ。けど、ミラノに教えたのにアリアにだけ教えないのは裏切りだった」

「ううん、大丈夫だよ。私はヤクモ……さんの、主人じゃ有りませんから」


 何か、目に見えない何かが途切れた気がする。言ってしまえば、縁のような物が。音信不通になる相手みたいな、どこか虚しい痛みが胸を指す。だから、俺は頭を下げる事しか出来ない。


「ごめん……」

「頭を上げてください。ヤクモさんは、仕方が無かったんですよ」

「いや、そうじゃない。アリアを傷つけた、だから謝らなきゃいけないんだ」

「それは、私が姉さまの……、主人の妹だからですか?」

「違う。こう、なんて言えば良いのか良く分からないけれども――。

 そう、大事な人だからだよ」

「え?」


 なんて例えれば良いのか分からず、咄嗟に出たのがそんな言葉だった。仲間と言うのとは違う、家族と言うには少し遠すぎる、けれども恋人のような感情は無いし、友人と言うには少し近い気がする。ただ、やはり居なくなったり遠ざかったりしたら苦しみを伴うと思っている。

 ――思い上がってなんか居ない、どうせどちらかがじきに居なくなるような関係だ。ずっと傍に居たいとか、守ってあげなきゃいけないとか思わない。それでも、傍に居るのなら、互いに居心地の良い関係を構築しておきたいと思うのは、異常だろうか……?


「アリアは、ここに来て何も分からない俺たちに良くしてくれたんだ。誰も知り合いの居ない俺たちの、最初の知り合いなんだよ。

 俺がもし、恩知らずで出来た縁も大事に出来ないのなら、こんなに辛くない。辛いんだよ、アリア。自分勝手だと笑ってくれて良い」


 それが、たぶん一番俺の言いたいことに近い。学校でもそうだった、帰国子女の学校だからこそ迫害のようなものは無かったけれども、少数派だった事に違いは無い。俺だけがただ、よく分からない理由で特別だった。……外見、なんだと思う。良くも悪くも”特徴的”だった仲間と混じるには、俺はあり方が幾らか違ったというのもある。

 一度だけ……、その事に追求された事がある。スポーツが好きならスポーツマンと親しくしたら良い、態々白い眼を向けられるようなグループに居なくても良いんじゃないかと。

 けれども、俺はそんな事を頷いたりはしなかった。オタクと言うのは、狭く浅く特定の分野に踏み込みまくった一種の知識層みたいなものだ。俺は無知だった、何も知らなかった。だから成人雑誌を持ち込んでコッソリと男同士で喜びあうのは性に合わなかったし、スポーツも好きだけれども”遊び”程度のものでしかないので、スポーツマンのグループに行くには熱意や気持ち的に劣っていて失礼だと思った。

 結局、普段は馬鹿なことを言ってるけれども、ふとした拍子に語り合いになり、意見のぶつかり合いになり、けれども喧嘩ではなく意見と主張のぶつけ合いと言うのを見て居るのは好きだったし、馬鹿なりにも質問を挟むのが一番楽しかった。


「俺は……ミラノとアリアしか、最初からの知り合いは居ないんだよ」

「――そうでしたね。ヤクモさんには、誰も居ないんですもんね」

「甘えてるって言われたら、否定できないけど……」

「いえ、こんな私でも甘えて貰えるのなら……嬉しいですよ?」


 そう言って、アリアの表情は幾らか晴れたようだ。それを見て幾らかホッとする。先程までの途切れた”ナニカ”が、再び繋がったような気がしたからだ。もう二度と、クラインを演じていた時の様な笑顔が見られないような、そしていつか知らぬ間に存在そのものが消え失せてしまいそうな錯覚も――今はしない。

 理解できない焦燥感だけれども、俺もやはり不安なのだろう。宙ぶらりんで、追い出されたらおしまいと言う状況が。そこまで考えて、一つだけ思い至った。個人の家が欲しいな、と。別にミラノやアリアから逃れたいと言う訳じゃなく、帰る家が有ると言うだけでも心の支えになる。それに、最悪なにかあっても帰る事が出来る場所があるというのは安心できる。

 頬を搔いて、今回の件が終わったら家が持てないかどうか相談してみようと思った。今まで引きこもっていた家も、元はといえば海外に出払ってしまった親に家の管理を託され、亡くなったからそのまま受け継いだだけのものだし。俺個人で、成果や結果を出して手に入れたものではない。それを考えると、俺は……自分で何かを手にしたものが少なすぎるんじゃないかと思った。金は仕事をしていれば手に入る、国に尽くしたという栄誉も除隊しても立派な人格者であれば語れるだろう。けれども、除隊した後に俺に残ったものはなんだ? 幾つかの略綬勲章と、戦う手段とその知識くらいだ。

 ……ダメだ、今考えるべき事じゃない。今の俺はそんな瑣末な”個人的なこと”を考えるような状態には無いのだから。用事は済んだと小さく詠唱を行い、それが略唱で有ることはあまり気取られないようにしながら自分の見た目を変える。幻惑の魔法に該当するらしいが、誰が見ても別人になれるらしいからかなりの優秀な魔法だ。それでも、女性が男性に見せかけても触れられれば肉質が違ったり胸があったり、下が無かったりでバレるらしいが。俺に関しては同性で髪型や体系体格に至るまでそっくりなので触れられた所でバレたりする可能性は低いらしい。

 鏡を見て自分の髪の色や眼の色がしっかりとクラインのソレになっているのを確認すると、幾らか力を抜くように息を吐いた。


「それじゃあ、アルバートの事をよろしく頼むよ。基本的に僕はクラインとして存在しているから、絶対に気取られないようにして欲しい」

「――だいじょ~ぶ。任せて」

「んじゃ、扉を開け……。その前にバリケードの撤去か」


 ”ばりけーど?”なんて声をいくつか聞きながら、机と椅子を元の位置に戻す。そして扉が自由に開閉できるのを確認し、その上で廊下に誰も居ないかを確認しているとちょうどカティアが物静かな様子で戻ってくるところだった。


「どうだった?」

「ええ、特に問題は無いままに飲み込ませたわ。ご主人様は首尾よく行きまして?」

「こっちも交渉は成立したよ。まあ、貸し一つって所で手打ちになったから、安く済んで良かったかなって」

「それで、対価は?」

「好きな時に返して貰うって」

「それはそれは……高くつきましたわね」

「自分でもそう思うよ」


 彼女を部屋に入れるのと入れ替わりにグリムが部屋を出る、そして最後にこちらを一度だけ見た。


「――それじゃ、頑張る」

「ん、お願いね」

「――頼まれた」


 そして彼女が立ち去り、カティアが戻ったとは言え静かな部屋の中で俺は沈黙が重く感じられた。扉は閉ざしたけれども封鎖してないので咄嗟に誰かが入ってくる可能性もあり、かといって態々封鎖しなおして口調や態度を元に戻すのも面倒だった。

 

「さて、取り合えず破綻の可能性は回避できたけど。僕らの方は、まだ話し合わなきゃいけない話題が出来ちゃったね」

「そうね。いえ、私も――悪かったから」


 アリアに隠し事をした、その事でミラノも居心地の悪さと言うか、悪かったと思っているようであった。アリアを言い包めた様な気がして、やはりちゃんと謝りたいと思ったが、それはクラインの姿では出来ない事だろう。


「気にしないでくださ――あ、敬語じゃなくて良いんだった。気にしなくて良いよ、兄さま。

 私も、隠したりしてる事があるから」

「アリア――」

「だから、お相子……かな」


 アリアが俺達のしていた隠し事と相殺できる隠し事は何だろうか? けれども、彼女はそれ以上何も言わなかった。ミラノも俺とアリアを交互に見ながらどうすべきか迷っている。仕方が無く頭をかき、カティアにその場を任せて俺は部屋を出る事にした。なんだかんだ同性だし、カティアの方が色々な意味で幼い為に俺が居残るよりは正しい選択だろう。

 それでも、埋め合わせをしなきゃいけないなと思いながら、俺は庭へと出て局所的に忙しくしては居るが全体的には何倍も静かになった屋敷を振り返った。まるで師団長の営内点検や視察のようであった。雲の上の存在に対して静まり返るのは時代や場所を問わずに同じなのだなと思いながら、公爵夫人がかつて世話をしていたと言う花を見に行く。

 チューリップと……なんだろう、花の知識が無いから見ただけじゃ何とも言えない花がいくつかある。公爵夫人が植えた物とは別で公爵が受け継いだままにそのまま景観の足しにしている花はどれも高価そうなのだが、公爵夫人の植えた花の方が俺には好ましく見える。


『この花はね、思い出と言う意味があるの。他には……誇りとか、美って意味。

 たぶん、分からないとは思うけど。母さんには、生まれ育った場所の大切な思い出の一つなの』


 そうだ、確か母さんがこの花を家に居るときは花壇で世話をしていた。居なくなってからは世話をする事も出来ずに全て自然の有るがままにしてしまったが……、どれも、見覚えがある。


「誇り、期待、純潔――。あと、なんだっけ。蓮華草はなんと言う意味だったかな……」


 悲観的ではなく楽観的だなと思いながらも、家族との思い出で心が苦しくならないものもあるんだなと思いながら見知った花を探すのであった。



 ~ ☆ ~


 俺は、クラインを演じると決めた自分を恨んだ。理由は簡単で、食事をヴァレリオ家の人たちと一緒にする事になったからだ。当然、ヴァレリオ家の人たちからしてみたら「こいつ、ずっと居なかったけどなにしてたの?」って話だろうし、当然のように食事もそこそこに進むと色々な質問が投げかけられる。


「なあなあなあ。クラインは剣の稽古を受けてるんだよな? 今度俺と手合わせしてくれよ!」

「クラインさんは無の系統魔法を自在に操ると聞いてます。今度その魔法に関して色々聞いても宜しいでしょうか」


 とまあ、当然アルバートの上に居る二人の兄弟が滅茶苦茶話しかけてくる。アルバートはチラチラ見てくることもあるが、そもそも俺よりもナイフやフォークを操るその手が震えている。アイツあれか、学園では家柄から多少解放されているから大丈夫だけれども、父親や立派な兄二人が居ると緊張と萎縮でダメになるタイプか? そういや、ミナセとの手合わせで魔法を使わせなかったときも、弱音と攻めあぐねていたっけ。となると、勢いがあるときや懸念材料が無いときは強いけれども、そうじゃない時はマイナス補正がかかるような物なのかも知れない。

 とりあえずは過去や空白の期間に関わらないものは俺の裁量である程度受け答えは出来るし、俺が答えに窮すれば公爵が適切な言葉を見つけてフォローしてくれる。普段の生活に関しても、公爵が色々言った上でミラノやアリア、カティアが言葉を添えるくらいなのだが――。

 やはり、生まれた順番と言うか、時期当主と言う仮初の未来や公の場である事からミラノやアリア、カティアの発言は思い切り少なくなっていた。それは寂しいのだが、やはり家を継ぐ人物は男が多いからと言う背景も多いのだろう。……そう考えてしまうと、公爵夫人も実家を離れて今じゃ部屋からあまり出られないのだから、可哀想と言えば可哀想なのだが。


「今はまだ手合わせが出来るほど、身体の調子も良くないので、退屈させてしまうと思います。

 ですが、手ほどきをしてくれている人は褒めてくれていたので、滞在中には手合わせできると思います」


 とか。


「魔法に関しては、学園に通った訳でもなく独学……言ってしまえば書物を読んで知ったことしか自分には分かりません。むしろ、自分の方が頭を下げて魔法に関して教えて頂きたいくらいです」


 とか。まあ、それなりに謙虚で立派な人物を演じておけば、変に角が立つ事も無く穏便に過ごせる訳だ。それらの返答に対して「そっか~、残念だなあ」とか「私がお教えできることは少ないでしょうが、それでも宜しければ」と返答してもらえる。なんと言うか、立派な人格者ばかりだった。なぜアルバートがこんななのか理解出来なくはなりそうだが、やはり三男と言うのが精神的に負荷を与えているのだろう。

 そういや、街で一緒に戦ったあの兵士も農家の次男三男だったっけ。仕事と言うか、土地を継げないから兵士になったのだけれども、貴族の場合はどういった道が有るんだろうか……。だが、そんな話を初日の夕食で聞くのは流石に踏み込みすぎだろう。俺が公爵に対して「ミラノやアリアは、どこに嫁ぐのが家の為になりますかねえ」なんて聞くようなものだ。

 流石に、好奇心や興味で聞ける話じゃないのでいつか、或いはアルバートに聞いても良いだろう。

 そして兄弟二人が色々話しかけてくる合間合間で一つ二つくらいグリムの姉妹が話しかけてくるが、そちらに関しては個人的な会話と言うよりも「私の仕える人は、こういう事を言ってるのですが、こういうのはどうなんですか?」と言う補佐だ。


「クライン様は、他の武器の心得とかは有るんですか?」

「あ、いえ。まだ剣を始めたばかりで、自分に何が出来るのか分からない事だらけです。

 それでも、実際の戦いになった場合は身近に何があるかわかりませんし、一通り武器の扱い方を心得るのと平行して、自分に合った武器を習熟していきたいと思います」


 これに関しては、正解かどうかは怪しい。ヴィスコンティにおいては貴族は指揮官であり、敵と直接交戦する事はそうそう無いだろう。下手すると「貴族を交戦させた時点で追い込まれてる」とか「自分の得意とする武器が有るかどうかも分からない状態を想定しているのは兵や部下を信じてない」とか言われかねなかった。

 けれども、何があるのか分からないという事を考えているというのを評価されたのか「まあ、立派ですね」と言われたが……なんか、ふわふわした言動のせいであまり褒められた気がしない。取り合えず褒めとけみたいな感じで言ったんじゃないかと考えてしまうのは俺の考えすぎなのだろうか? 或いは、友人とか対人スキルが低すぎて初対面相手の事が分からないから悪く思ってしまうのかもしれない。

 身内だけの状態とは違って中座する事も早期退出も出来ず、微笑が愛想笑いになって食事が冷めてしまった。集中砲火を受けているこちらは食事をする暇が少なく、美味しかった筈の食事は油は固まりだすし、味も鈍って微妙に感じる。


「お前らな。質問攻めにするのは構わないが、少しは食事をさせてやれ。

 まだ全然食べてないのに冷めさせちまってるじゃねえか」

「あ、そっか。悪い!」

「すみません、気が回らず」

「ああ、いえ。大丈夫ですよ。自分がこの屋敷に来たときも妹達や父とも話のし過ぎで食事が冷めてしまった事もありますから。

 それよりも、問いかけられた事柄に満足いく回答が出来ているかの方が心配で」

「ん? ああ、良いんじゃねえの? むしろ何年も寝たきりだったってのが信じられないくらい良かった」


 兄の方にそう言われると若干は褒め言葉なんだと思えるのだけれども、それでも値踏みされてるような感じがして胸中が穏やかじゃない。そしたら今度は俺がスルーされてミラノやアリアに質問のような物が飛ぶわけで――


「そう言えば、ミラっち」

「ミラっち……」


 そんな愛称、今まで聞いた事あったかしら? インパクトの大きさに思わず呟いてしまい、ミラノの両目がこちらを捉える。しかめっ面と言うわけではないけれども、逆ハの字の様な強気な相貌の上でギロリとこちらを両目が向けられると、睨まれたのではないかと思い、咳払いをしてさっさと食事を済ませてしまうことにした。

 俺以外は、全員が既に食事を終えている。急がないといけない。


「英雄って呼ばれてる奴の話をしてくれよ。俺、スッゲー興味あるんだ!」

「私も気になりますね」

「エクスフレア様もキリング様もそう言った話が気になるんですね」

「しゃーねーじゃん? だって、英雄って言われてるんだぜ? しかも親父とジュードさんが褒章を渡して、騎士にまでなったって聞いてさ。

 そいつ、貴族じゃないのにあんな地獄の中を何人も人助けして最後生き返ったんだろ? 気になるって~」

「私も同感ですね。その人がどのように戦い、行動し、生き延びたのかと言うのが気になります。

 弟の話だと、不思議な道具を使って魔法は一切使わずに行動し続け、そして学園まで辿り着いたとの話ですが」

「――……、」


 アルバートは、何も言わない。むしろ弟といわれた時点でビクリと身体を震わせていた。俺は俺で嫌な汗が滲み始める。今はクラインを演じているけれども、中身はその”英雄”だの”アイツ”呼ばわりされた人物その人なのだから。


「要領を得ないのですが。不思議な道具一つでそれほど戦えるものなのでしょうか?」

「キリング様、ヤクモは少し兵士であった時期があるそうです。それも、人を従え、導き、鍛えるほどの立場の人だとか。実際、指示は的確で適切でした」

「ありゃ。じゃあやっぱりその英雄君が皆に言う事を聞かせてたのか。庶民なのに」

「庶民だとか、関係ないですエクスフレア様。事実、あの場に居たのは如何したら良いのか分かっていない私と妹、ソレと実際の戦闘をしたものの疲弊の隠せないアルバートとグリムでしたから。

 彼の受け売りですが、周囲の状況が分かりづらい街中で注意を引いてしまう魔法を行使すれば敵が殺到していた可能性だって有り得ました。危険を回避し、生存する――そういった意味で、彼の判断は正しかったと私は思います。

 あと、彼の使っていた武器は……未知のもの、です。聞いた話だと属性系統としては弓に似たようなものだと言ってました。ただ、ソレがオークの分厚い筋肉や脂肪を貫き、ウルフの回避よりも早く、そして弓兵の弱点である一射後の隙が存在しないものです」

「それも、何かしらの祝福や加護があるものなのでしょうか……」


 やり取りを聞いていて、どうやらアルバートの報告だけでは信憑性が薄いと判断したのだろう。グリムは従者だ、自分が仕える者の不利になる事を言わないだろうと最初から除外していたのかもしれない。そして銃についてだが、やはりこの国では銃そのものが知られていないのだろう、オルバが研究・開発をしているだけであって、ソレですら試行錯誤している段階のようだが。


「父さんが、その噂の彼が棺桶から出てきたと言ったとき、俄かには信じられませんでしたね」

「おいおい。学園の教師が態々見つけてきてくれて、死んでるのを確認した上で弔おうとした所に居たんだ、死んでるって嘘を言う理由なんか無いだろうが。少しは父親を信用しろ」

「死んだ人が生き返るという言葉を信じるよりは、なにかの誤解や勘違いだと考えるほうが無理のない話しでしょう?」

「そりゃあ、そうだがな」


 どうやら、ヴァレリオ家の方も家族仲は良好なようだ。当主である父親は奔放そうだが実直とも言えるし、長男はもろにその影響を受けたような好青年だ。次男は熱血といった感じではないけれども、オルバのような澄ました天才といった感じではなく素直で優しそうな人物だ。となると、アルバートは、父親と兄二人を真似ようとして……中途半端、になっている、のか?


「一度死んだとは聞いているが、国王と縁の有る人物を探しに行った時に魔物の群れを全員引き受けて、その結果だそうだ。目標は達成したが、死んだ。気概の有る若造だと思うがな」

「気概が有る、かどうかは私には判断はつかないが――。彼は気の良い青年だったよ」

「ほほう、もう会ったのか? 会うか、当然。何せ自分の娘に仕えさせてると聞いたからな」

「元は使い魔として召還したらしいが、一度死んだ際に契約そのものが途切れたみたいでね。

 それでは今度は学園に居る理由がなくなってしまうだろう? 娘を助けてもらったんだ、ソレくらいの便宜は図るさ」


 ああ、なるほど。となると、騎士爵になれたのはこの人が働きかけてくれたからと言う事もあるのか。それに、今思えば確かに使い魔でもなくなった男をどうやって学園に住まわせるのかと考えると、従者にしてしまうのが一番手っ取り早いよな。となると、既に俺はミラノたちを救った分の返礼はされてるわけだし、御礼として家の紹介じゃなくて頼みごととして取り扱うしかないだろう。一応金はあるわけだし、紹介して貰えなくは無いか。


「俺の方もアルバートが世話になってるみたいでな。戦い方と言う奴を幾らか教えてくれているらしい。

 おかげで家に戻ってきたと思ったら翌日にはウチの英霊とっ捕まえて『稽古を付けろ』と来たもんだ。まあ、当然のごとく負けてるんだが、いやなに、昔に比べりゃ大分成長したように見えて、歳を感じたもんだ」

「あ、ぅ――」

「だが、まあ。得意な物ばかりに頼って、力任せに攻撃をするという事を抑えただけでも十分青二才から卒業してきてんだよ。

 家に居るときはずっと部屋に引きこもってるか、訓練ばっかりしてやがる。親として心配になるのは当然だろうよ」

「お、親父殿。オレの話は、頼む……」


 そして、今まで部外者のごとく沈黙を貫いていたアルバートだが、対に恥ずかしくなったのか小さく声を上げた。そりゃそうだ、自分の事を他人に語られるのはソレが正負関わらず恥ずかしいものだ。俺だって英雄としての噂を聞くたびに恥ずかしくなるし、出来れば聞きたくないものだ。アルバートも似たようなもので、父親の口から色々と語られるのは嫌なのだろう。


「アルバート、これは大事な話だ。お前は直接世話になってる、つまりそいつとジュードの世話になってるという事だ。しかも、グリムから聞いた話だがそいつは見返り無しでやってるんだろ? なら、世話になった事を感謝こそすれど、個人的な感情でそれをしちゃならねえ理由にはならねえだろ」

「――だとしても、アルバート本人が嫌がる事に触れる必要はあまり無かったのでは無いでしょうかね」


 食事を終え、俺はアルバートが居心地悪そうにしているのをして口を挟んだ。流石にこれは挟むべき口じゃなかったかなと思ったけれども、公爵は俺を止めなかったのでそのまま続けた。


「物事を隠さずに話す、事実だから隠さない。それは美徳かもしれません。

 けれども、アルバートが本当に嫌な話題なら……それが身内であればこそ、話さない方が良いと思います」

「へえ?」

「ディミトリー様に悪気は無いかもしれません。ですが、アルバートが傷つき、負い目を感じ、それで歪んでしまうのであれば口にしない方が宜しいかと自分は思います」

「だがな、クラインとやら。こいつはもう子供じゃない」

「いいえ、ディミトリー様の子供だからこそ言うんです。年齢は関係ない、同じ血を受け継いだ――貴方の子でしょう?」


 それは……父親が俺に言った事だった。けれども失礼じゃないかなと全員の反応を見る。ダメかな、言いすぎたかなと思っていたが意外にも公爵が手を打っていた。


「そうだな。事実であっても、この気持ちを忘れて明け透けに全てを言うのは宜しくないね」

「はっは、おめーにだけは言われたくなかったが――。まあ、だが、そうだな。悪いな、アルバート」

「い、いや。その、理解してくれれば、それで十分……です」


 まあ、アルバートの居心地の悪さは提言できただろうし、加重で潰れる事もないだろう。それに、嫌だろうな。比べられて、親にすらそういうことを言われるのは。理解できる、だからこその――偽善であり、独善だ。アルバートの為じゃない、結局俺が不快だと思ったからこそ行われた……完全なる正義に見せかけ、正論に見せかけた排除でしかない。

 自己嫌悪が始まるが、それも長引く事無く直ぐに収まる。夕食の場だからこそ嗜む程度に出ている酒を口にし、その苦味にそっと息を吐いた。ミラノとアリア、カティアの視線がこちらに突き刺さっているのを見て、感じる。アルバートとグリムも俺を見ていて、今度は俺の居心地が悪くなった。


「おうおう、ちゃんと子供を育てたんだな、ジュード。優しい子に育ったな」

「――何時までも過去にしがみついてはいられないさ。だからこそ、自由に、けれども与えすぎず、不足しない程度に育てたのだよ」

「自由、ね。子供の内から街まで出て行ってると聞いてたが、良い方向へ運んだようだな」

「身分問わず、区別はすれども差別はしないように教えたおかげさ。じゃ無ければ、ザカリアスの孫娘が師範として剣や馬を教えてはくれないだろう」


 あぁ、そうか。冷静に考えれば、ザカリアスは騎士爵だけれどもその孫娘であるヤゴはただの庶民なんだよな。俺は意識してなかったけれども、離れとは言えちゃんと生活を保障した上で給料まで出して住まわせてるんだからかなり破格だよな。平民や庶民から教わる事はないって突っぱねかねないイメージがある、そういう意味ではクラインが過去に関わっていた事が生きていたわけだ。

 ただ、あまり調子に乗って合わせてしまうとクライン像が壊れてしまうのでそれ以上は語らないようにした。エクスフレアとキリングは再びミラノやアリアに対して”英雄ヤクモ”に関して色々聞いているし、場は幾らか落ち着いたのか? だとすれば、俺も幾らかやり易くなるが――。

 その後、暫く座談会のようなものは続き、俺は口を開かなければ特に話を振られる事も無くなった。それでも、やはり聞いていて内心痛いのが俺に関する話で、どうにも噂に尾ひれ背びれがくっついているのは事実らしい。

 やはり、噂の中での俺は貴族に有無を言わせずに指示を出す歴戦の兵で。それで居ながら口数が少なく、無精髭と古傷を抱えた屈強そうな人だとか。いや、古傷と言うかその日のうちに落下してきた盾で頭部に傷を負っただけですけどね? それに、屈強そうな体つきはしてない。ただ――身体能力が人一倍高いだけで、見た目に反して瓦礫だの倒壊した物を動かす程度の事を容易く出来ただけでしかない。あと、無精髭所か非常事態ゆえに処理できてなかっただけでして、そこまで伸びてなかったと思うんですが?

 まあ、そうやってどんな風に語られているのかを知れたのは良い事だ。良くも悪くも、噂が俺を守ってくれるわけだ。



 その日の夜、俺はボトルを一本速攻で空け、メイドをさっさと締め出してから一人で寝た。やっぱり、初対面の相手とでも億劫じゃない程度に対話が出来るというのと、初対面な上にかなりの重要な地位に居る相手に自分を偽り演じたままにうまくやろうとするのは大分違う。

 これから毎日あんなかなとか思いながら、酔いに任せて温もりに意識を連れて行ってもらった。




 ~ ☆ ~


 なんだかんだここでの生活の中で、俺はしょっちゅう「クラインはそんなこと言わない」みたいな事をしでかしてる気がするのだが。俺が考えるよりもクラインらしく出来ているというか、やりすぎたと思ったことですらクラインがやるであろう、あるいは言ったであろう範疇に収まっているというのがもはや驚きだった。

 ヤゴには負担になるかなと思ったけれども、彼女自身別にヴァレリオ家が来ようがあまり関係ないらしく。考えてみれば、幼い頃からクラインだの公爵だのと会ったりしているのだからそうなるのも理解できる気がした。


「ちぇやぁぁあああッ!!!」


 そして、きょうもヤゴは元気だ。素早さと技で力をカバーしてくる、そこには剣だけで戦わなければならないという制約は一切存在しない。だから下手に剣と剣で鍔競り合いをしてしまうと片手で首やら胸倉を掴まれるし、切り上げかなと防御を固めてしまうと剣を手放して両手ハンマーで顎下から殴られるし、薙ぎを下手に回避すればそのまま回し蹴りに繋げて来る上に防御するとそのまま逆回転薙ぎとかもしてくる。

 ザカリアスが彼女を天才といったのは手合わせをする度に理解できる、判断速度がすさまじく早いのだ。行動の選択と相手の応手による変化に隙が無い、無さ過ぎる。本能と直感と言う奴だろうか、俺にはここ数日で彼女の行動をリスト化し、連携してくる行動の前後を把握し、その上で毎日対峙しているのに――捌くので精一杯だ。時々反撃や攻撃は出来るのだが、全てが悪手にさせられているようで丸め込まれていくのだ。

 それでも――


「クライン~。もっと、もっと!」

「分かってる!」


 俺は、強くなりたい。強くならなきゃならない。俺のアイデンティティは、戦うことにしか存在していない。喩えどんなに立派な事をしていても、次に同じ事が出来るとは限らない。喩えどんなに好意的に見られていたとしても、それを守る事が出来ないのであれば失うしかない。

 だから、一つでも多く。こなしていくしかない。焦りは無限大、歩めるのは自分の足の数と歩幅の分だけ。それが分かっていても、上が居るというのを知れば知るほど、焦りは募る。結局、尻に火がつかないと重い腰が上がらないのは俺の悪い癖なのだろう。普段からしっかりしていれば、カティアを泣かせる事も、アリアに辛そうな顔をさせる事も無かったのだろうが……。


「余計な事を考えてる暇はないよっ!」


 ヤゴの攻撃が苛烈になる。けれども、何日もかけて作成した資料と経験と体験が徐々に絡み合っていくので、彼女のフェイント込みの攻撃は徐々に”不意打ち”ではなく、”想定された範囲内での一手”と化していく。そうなってくると一種のゲームと同じだ。相手の行動を認識するのではなく、一個前の行動が終わる前の状態から繋げてくるであろう連携を動き出しの時点で幾つか想定し、その対処法の中でリスクが低いものを選んでいけば良い……。

 それに、不思議な話なんだが――ヤゴの動きは”こんなに遅かったっけ?”となっている。だから思考をしていても、不思議と対処できている。もしかすると、攻撃や反撃もいけるのではないかと、考えながら――そういや、全然反撃も攻撃もしてないから何が効果的で何が一番リスクが小さいのかと言うのを知らないぞ。

 けれども、そうだ。相手の動きが読めるのなら、それに応じて格闘技を入れてしまえば良いじゃないか。だからそうする。


「たぁっ!」


 突きが出る、鋭く早いが故に命中しやすく防御しづらく回避も難しいが攻撃”後”の隙が大きくなりやすい行動。それを見て俺も初めて剣を捨てた。咄嗟の防御に見せかけながら指を離して行き、剣を掴んでいた握力全てが喪失すると剣は少しばかり浮いてから重力に手繰り寄せられて落下していく。ヤゴの目線が剣に向く、突きが俺に迫ってくるのでギリギリのラインを狙って――回避。突き出された剣を通過させてその手を掴み、胸倉を掴んでそのまま体を反転させる。

 そのまま、一本背負い!


「だぁっ!!!」

「ふぎゃっ!?」


 地面に叩きつけられるヤゴ、けれども俺はそのまま手を離したり残心をすることも無いままに腕を捻ってぐるりと地面にうつ伏せにさせて拘束状態に移行する。柔道技と自衛隊格闘で学んだ事を組み合わせた、咄嗟の判断だった。けれどもこれは正解で、どんなに素早い相手であろうと、体の柔軟で掴みづらい相手であっても関係ない。腕を背後で捻られてしまっては、身体の構造上力は入らない上に抵抗した分だけ痛くなる。

 ヤゴも暫くは「んぐっ」だの「ふんぎ~!」だのと悶えていたが、やがてザカリアスの「そこまで」と言う言葉を聞いて俺は拘束を解いた。そして地面に突っ伏して声にならない声を上げているヤゴに手を伸ばし、彼女の手を掴むと引き起こして立たせた。


「よしっ、一勝!」

「え~? 今まで散々肩とか脇腹打たれてたから、クラインの方がまだ負けてるよ?」

「ヤゴ。百戦勝とうとも百一戦目で負けて死ぬ事もあります。クライン様も、これは一歩目で有る事をお忘れなく。ヤゴの言葉も多少真実であり、クライン様は――そうですね、云わば勝てない状態から一歩抜け出しただけで御座います」

「分かってるよ、ザカリアス。僕は彼女に一度も効果的な打撃を与えられなかった、それがようやく一度当たっただけだから、今度はまぐれじゃなくて確実に勝てるように一層頑張るよ」

「う~……。クラインに負ける日が来るなんて……。昔は勝てたのになぁ……」

「ヤゴ。過去は過去、今は今です。昔は勝てたと言うのと同じように、クライン様にとっては昔は負けるだけだったとも言えます。それが、今はそうじゃなくなったと言う事を受け止めなさい。

 一年後、五年後、十年後も不変であるという保障は無いのですから。剣に生きるのであれば、今回の事も一つの糧とした方が良いでしょう。

 さて、本日の稽古はこれまで。両者向き合い、礼を」

「ありがとう御座いました!」

「ありがとう御座いましたぁ!」


 基礎体力をつける為の運動、それから素振りなどの練習、最後に総括をした手合わせと言う形式で剣の稽古は行われている。場合によっては座学の様にザカリアスの体験や経験から状況が設定され、それをどう乗り切るかを考えなさいといわれる事も有る。そう言った時ヤゴは突撃するが、俺は更に状況把握をする為に微細を聞いたりもしたが。

 互いに礼をして訓練を終わると、俺たちの手合わせを見ていた三兄弟と三姉妹、それとミラノとアリア等が拍手だの「お疲れ様」だのと言ってくる。エクスフレアなんかは立って拍手しているし、イリーナさんは満面の笑みで楽しげに拍手している、キリングも笑みを浮かべているし、なんだかんだ俺の手合わせの光景は見ていて楽しかったらしい。


「ふぅ、疲れた」

「お疲れ様、兄さま」

「ようやく一勝ね」

「仕方ないよ、ずっと寝たきりだったんだから。身体は衰えるし、僕は剣に触れなかったけれどもヤゴは実際に剣を使って戦ってるんだから勝てなくても仕方が無いよ。

 ただ、勝てなくても良いんじゃなくて、勝てるように努力していく事。それが大事じゃない?」

「言うようになったわね、兄さんも」

「はい、汗をお拭きになっては如何かしら?」

「ありがとう、カティア」


 アリアに労われ、ミラノにようやく勝てた事を指摘されながらも認めてもらい、カティアが汗を拭うための布を手渡してくれたので受け取る。こうやって居るとなんだか家族か、或いは親しい仲間同士のように思えて幾らか嬉しくなる。

 そして別の机でお茶をしながら観戦をしていた三人がこちらを見て居るので、これも仕事の内かなとそちらへと寄った。というか、エクスフレアが滅茶苦茶声をかけたさそうにこちらを見ていたので、そうした方が交流的な意味でも良いだろうと判断しただけなのだが。


「すげぇな、クライン! そうか、武器を手放して勝ちに行くなんて思わなかったぜ!」

「ええ、見ていて楽しい手合わせでした。槍ばかり見てきた私達には新鮮味溢れる光景でしたね」

「な? な? キリングもそう思うだろ!? いや、絶対誰も思わねーって。武器を手放して勝ちに行くなんて!」

「そうですねえ。見ていて苛烈な打ち合いでしたね~」

「ですが、武器を落としたのは恥ずべき事では?」


 エクスフレアとキリング、それとイリーナは肯定的だが、マーシャは辛口レビューだった。まあ、分からないでもないか。ヴァレリオ家は槍の一族だったか、そんな風に言われてるらしい。だからこそ、彼らが槍を失う事は恥! みたいに考えている所もあるのかもしれない。

 だが、残念ながらクラインはどうだか分からないけれども、演じている俺は武器や体裁などに拘って名を惜しんで死ぬように教育されてない。弾が尽きれば倒れた味方のを使え、武器が無くなれば周囲で使えそうな物があるなら敵のでも使え、負傷しても自力や仲間に手当てしてもらって戦線復帰せよ、最後まで命令が何であれ戦いが終わるまでは戦い続けろ。そう教わっている。

 ヤゴだって剣だけに拘った戦い方をしていない、俺もその戦い方の方が共感も出来るしやりやすいと思ったから真似ただけの話だ。


「あ、あいつは……。ヤクモは! 手段に拘りすぎるなと、言っていた」


 アルバートが、高潮した様子でそう言った。それは”クラインが”戦っている様子を見てそうなったのか、或いは”ヤクモが同じ事を言っていたから”そうなったのかは分からない。けれども、マトモに口を開いたのはそれが初めてだったかもしれない。


「ですがアルバート様。ヴァレリオ家は槍の一族であり、降臨された英雄殿も槍の方です。教えを受け、そうやって一族を繋いで来たのに、同じように槍を落とせば笑われます」

「笑われるものか! お……オレは、実際に使い慣れぬ剣でこの前生き延びたのだ!

 武器を落として笑われるのなら、武器に拘って何も出来ずに死ぬ方がもっと笑われるに決まっているだろう!」

「アルバート様。それは貴方様が家を継ぐ可能性が低いからこそ、そう言えるのです。

 公爵家の者が、建国の英雄の子孫が、得物を落として笑われるようなことが有ってはならないのです。たとえ、どんな小さな失敗でも」

「マーシャ、言いすぎだ。それに、笑いたい奴には笑わせとけば良い。

 俺やキリングは実際に追い込まれた状態で戦ったことは無い、いつもお前らが補佐してくれて支持してくれて兵士が頑張ってくれるからな。

 けれどもアルバートはグリムと、俺の貸した兵士数名だけであの中を生き延びたんだ。途中、ヤクモって言う奴に助けられながらな。

 グリム、アルバートは何を使って生き延びた?」

「――剣。それも、偉い人が使うような良い物じゃなくて、兵士が使うくらいのもの」

「な? つまりアルバートの言う事は一理あるんだって。兵士を率いた事に関しては俺達はアルバートに幾らでも語れる。けど、最終的に自分しか居ないような状態でも戦って生き延びたと言う事に関しては俺達はアルバートに叶わないって訳よ」

「ですが……」

「あとさあ、家を大事に思うのは良いけど、だからと言って俺の弟をバカにすんのはやめてくんね?

 キリングの時も、俺言ったよな?」


 何故か、まったく無関係の俺でさえ脂汗が出た。エクスフレアは笑いながら言ってるのだが、目がまったく笑ってなかった。言ってしまえば、変に突けば爆発するんじゃねえかなと思ってしまうくらいに、口を挟めなかった。

 だが……なんだ。アルバート、愛されてるじゃないか、兄貴に。俺は長男だったので弟と妹に与える側だったが、今となっては愛せていたかどうかも分からない。俺が自己満足で色々やっていただけで、求めていたものを与えられていたかも分からないし、もしかすると俺が居なくても二人とも同じように立派になっていたかもしれないのだから。

 ただ、マーシャは同じ事をしてしまったのかもしれない。家名をとる彼女と、実利をとるエクスフレア。まあ、マーシャはキリングの従者なんだけれども、それでも序列的に言えば弟の従者なので下である事には変わりは無いだろう。


「マーシャ。流石にそういった言葉は控えて欲しいと思う。アルバートは確かに三男かもしれないし、槍を軽視してると取られても仕方が無いかもしれない。

 けどね、それでも槍だけでも私はアルバートには敵わない。私よりも武に優れ、兄の知らない窮地での戦いを知っているアルバートの事を軽んじるのだけは止めて欲しい」

「は……はっ! 申し訳ありませんでした、エクスフレア様! キリング様!」

「分かりゃ良いんだよ。ただ、次やったと思ったら――避けろよ? 俺は親父に似たのか考えるよりも先に身体が動くからな」

「あの時は凄かったね……。一年間停学を食らって、同じ年に学園を出るとは思わなかったよ」

「だってよぉ。武器の扱いが苦手で戦えないお前の事をバカにしたんだぜ? 許せないっての、許せねえよなぁ……」


 こいつ、家族愛+考えるよりも先に身体が動くって大分危なくねえか? クラインを演じている時もそうだけど、ヤクモに戻った時もアルバートの事を変に貶さない様に気をつけよう……。


「あぁ、えっと。それで、アルバート。そのヤクモって人は、他にどんな事を教えてくれたのかな?」

「あ、え、いや……。そう、だな――ですね」

「し、自然体で良いから。屋敷に滞在してるのは公式かもしれないけど、こんな瑣末な場での出来事で礼節とか気にしないから」


 下手な敬語を使おうとしてもたついているアルバートを見て、助け舟を出した。これから何日滞在するのか分からないのに、下手な敬語を使おうとして時間を使った挙句苦手意識から関わる事を避けられたら、完全に屋敷に来た事で何の還元も行われない事になってしまう。

 何が悲しくて演じていて別人になっているとは言え、学園で親しくしている相手に逃げられなきゃならないのか。早く来てくれ、クラインーッ! って事になってしまう。

 アルバートは少しもごもごしていたが、グリムが「――だいじょーぶ」と言うとそうかと納得したようだ。


「そうだな。我が教わったのは、やはり魔法に頼りすぎず、武器に頼りすぎず、己を鍛えろと言う物だ。先ほどの話にも関係するが、準備万端の状態で戦いに臨めない事もあるという事だ。

 実際、あの時の我は得意の槍も無く、食べ物や飲み物所か休む場所ですら確保出来ぬままであった。魔法を使えば居場所が割れる、かといって不慣れな武器では到底戦い続けるのは不可能で、疲弊しても休むのが不可能であったな。

 故に奴は、最後の教えでは言った。『魔法に頼りすぎずに己を鍛えろ』と。つまり、先程のクライン殿がやったように、武器のみでの武ではなく己の手足ですら武器に出来るようにしたならば我はもっと強くなれると思うのだ。

 実際、奴は素手でも我の武器を奪って見せたし、うまくいなして先程の女のように身動き取れなくされた事もあった。次兄よ、奴は確かに不思議な武器を持っているが、それだけが奴ではない。素手でも、奴は武器を持った相手に勝つぞ」


 まあ、言ってる事は立派なんだが。アルバート、お前『己を鍛えろ』と言われた時に滅茶苦茶拒絶した上に、走ったら走ったでグリムにすら劣っていた事を俺は忘れてねーからな? しかも俺の事を賞賛してる裏でこっそりミナセの事を隠してやがる、こいつ。ミナセだってミリタリーグローブみたいな主要な箇所を覆った手袋してたけど、あいつもあいつで素手で戦ってるんだがなあ。

 とは言え、ミナセは攻撃の意志が薄弱だし、ライバルと認識できたのは打ち合いが出来ると言う程度の所でしかないから仕方が無いか。ヒュウガは魔法による身体能力強化は無かったけれども、攻撃の意志と攻撃の意味を把握していた立派な奴だったが――そういやアルバートとぶつけてないのだから話題に上がらないのよな。


「はは、余計にそいつと戦ってみたくなってきた! ミラっち、そいつは何時来るんだ?」

「あ~、えっと。その……屋敷に来る直前で体調を崩しちゃって。ほら、毎日鍛錬や勉強を頑張ってたから、休みに入った事で全部来たんじゃない?」

「そういや、字も読めなかったって言ってたもんな。」

「けどね、エクスフレアさま。ヤクモさんは字が読めるようになったし、今じゃ魔法の練習もしてるんだよ?」

「お? そりゃ初耳だな。アルバートとの話では聞かなかった情報だ」

「彼も魔法が扱える事を知っていたけど、不慣れだったから使いたがらなかったの。

 魔法を使うようになったのはあの事件以来だけど。まだ駆け出しだから長いと思う」


 ミラノがそういったにも拘らず、エクスフレアはバシリと自身の手の平に握り拳を叩きつけて不敵な笑みを浮かべていた。それは、楽しげとか興味心身とか――そういったものだ。


「良いねえ。そいつ、もっと強くなるって事だろ? ふ。ふはは……。退屈だったんだ、退屈してたんだよなあ! 英雄って言う奴が、どれくらい強いのか興味わいてきたあ!」

「――エクスフレア様。言っておくけれども、彼は私の従者だから、壊したら一生恨むから」

「大丈夫だって、安心しろよ! へーきへーき、平気だから! 学園を出てからずっと退屈してたんだ、親父は戦ってくれねえし、家に居る英雄もアルバートの相手はする癖に俺とは絶対やりたがらねえからな。

 ちょっと顔合わせて、ワーッとやって、ドカバキっとやって、終わり! まあ、どっちか大怪我するかもしれないけど、それはしょうがねえだろ。アルバートだけそんな奴と一緒に学園に通ってるんだ、俺も次期当主として得られるものを取り入れねえと呑まれちまうからな」


 なんだか凄い事になっちゃったぞ? 俺、早い内に魔法を交えた戦い方を覚えないと、エクスフレアにねじ伏せられるんじゃないかと危機感が募る。だからと言ってどうしようもないし、俺は少しだけ考え込み頬を搔いた。


「――あの、話の流れを切って申し訳ないんだけれども。武器と魔法を交えた戦い方を教えられる人って居ますかね?

 学園を卒業しているエクスフレアさんとキリングさんなら、何か分かるかなと思うんですけど」

「ん? あぁ。魔法だったらキリングに聞けよ、俺は細かい事は教えられねえから」

「それでは、私で良ければお教えします。その代わり、何時か無の魔法の理解を深めたのなら色々教えてください。これは一つの貸しにしておきます」

「あ、うん。どうも、ありがとう……御座います」


 貸しが一つ増えてしまった。グリムにも貸しが増えているが、あの時と今じゃまったく違う。グリムの場合はヤクモとしての貸しだったが、キリングとの貸し借りはクラインとしてのものだ。折り合いが良くクラインが戻ってくれば「実は俺でした~」と貸しをヤクモへと移行できるのだが、このまま滞在期間を過ぎてしまった場合は理由が何であれクライン名義のままツケられてしまう。

 まあ、クラインも無の魔法が立派に使えるみたいだし、彼の未来に賭けるとしよう。それくらいは許されるはずだ。


「流石に今日中とはいかないですけど、都合の良い時間を教えて頂ければその時間に合わせます。とは言え、私も今回の軍事演習に参加する身なので、必ずとは言えませんが」

「ああ、いえ。教えてもらえるだけでも有りがたいですよ。

 ――出来るのなら、願うのであれば、何時までもこのような関係が続いてくれたら良いなと思います」


 それはクラインとしての言葉だろうか、それとも平和を願う俺の言葉か――。ただ、エクスフレアは「当然だろ?」と言い、キリングは「そうですね」といった。ミラノは「そうね」と言い、アリアは「そうだと良いね」と言う。少なくとも、今返事をした人は両家の関係断絶を望んでいないという事だろう。そもそも現当主の二名があそこまで親しくしていて、今でも家族ぐるみの付き合いをしているのだから早々破綻はしないだろう。

 ただ、アルバートだけが声を上げずに居る。やはり、三男だから家と殆ど無関係な未来が待っているのかもしれない。とは言え、なぜアルバートがそこで声を上げないのかを俺は理解する事も出来ない。俺は彼じゃないし、彼は俺じゃないのだから。

 ……アルバートが、ヤクモとしての俺を取り入れたいと言ったのは、屋敷での居場所を作りたかったからかもしれない。自分の実力でも、才能や能力でもなく、功績によって居場所を作る。まるで、俺のようだ。

 一つため息をそっと吐くと、仕方無しにアルバートの肩を叩く。


「――君も一緒にやるかい?」

「な、何をだ」

「何って。訓練だよ。槍があるかどうかは分からないけれども、剣と馬なら有るみたいだから。

 それに、色々考えてしまうよりは体を動かしていた方が楽しいんじゃないかな」

「む、う――」

「無理にとは言わないよ。けれども、僕は歓迎するよ。――実のところ、君のお兄さん達は凄すぎて相手になら無さそうだし、君が居ると僕が安心するんだ」

「ぬぁっ!? それは我を馬鹿にしているのか!!!」

「いやいや、そういう意味じゃないよ。二人とも学園を出てるけれども、僕が復帰した時を考えると一番近いのは現役の君達だ。僕の方が後輩になっちゃうけど、今学んでいるからこそ伝えられる事だってあると思う。どうかな?」


 まあ、アルバートを貶すわけでも持ち上げるわけでもない。ただの事実だ。変な事を言うと「んじゃ、俺も混ぜてくれ」とか言ってエクスフレアが混じりかねないし、そうなったら確実に手合わせをする羽目になる。流石に剣を握って数日程度の俺じゃ相手にならないだろうし、だからと言って堂々と自衛隊格闘などを披露し出したらクラインじゃなくなってしまう。


「――アル。受けると良い」

「む。だが、な……」

「――クライン、こう言ってる。ヤクモから教わった事、ここでも練習できる。

 何もしないより、何かするほーが立派」


 グリムのその言葉に、アルバートは渋っていた態度を取り下げた。そして「そうだな」と頷くと、頭を乱暴に搔く。


「済まぬが、我もまざって良いか?」

「うん、どうぞどうぞ。けど、さっきの見たとおり、ヤゴは遠慮ないから」

「なに、学園ではこれでも強いのだぞ」

「――嘘。アル、ヤクモに負けてばかり、ミナセにも負けそうだった」

「そそそ、それを今言うのか!?」

「はは……」


 アルバートとグリムが来た、仮面越しだけれども彼らもまた生活に加わった。それだけで俺は幾らか楽しく――幸せだと思えた。だが、少し見落としがあるなと思ったが、そういえば格好付けたがりである前にミラノの事が好きで、しかも一度喧嘩売られてるんだよな、俺。

 それを考えると、少しばかり意趣返しをしたくなったが――止めた。後でミラノやアリアに「理不尽!」って詰られる未来が見えている。

 少し楽しくなってきたが、長々と話をしていたが為に身体が冷えてきて、汗を吸った服や汗の残った肌が風によって冷やされる。くしゃみを一つして、体調を崩したら不味いと俺は屋敷に戻ることにした。その際に二階を見上げ、公爵夫人が微笑んで手を振ったのに応じてから屋敷へと戻る。ヤゴは、ザカリアスに至らぬ所を指摘されつつ時折悲鳴を上げていた。

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