39話
自分が居る場所だけが世界じゃないと言うのは、不寝番中の二曹との会話の中で出た言葉だ。
階級が下の俺は塹壕で突っ立って監視し、不審な動きや人物があれば誰何・報告をするのだが、一緒に不寝番となった二曹は”やり手”で、雨具のポンチョを遮光に使ってガスを使い、寒い富士の中腹でココアを飲んでいた。
下っ端である俺は自分の役割を果たすためにその場で出来る事をすれば良い、それ以上のことは学んでいない上に責任をもてない。けれども二曹であるその人が言うには「何かをするのにめぐりめぐって誰かに繋がる事もあるし、同じようにどこかの誰かの発言や行動がめぐりめぐってこっちに波及する事もあるんだよ」と言った。
実際、俺が居ない場所で知ってる人も知らない人もそれぞれ活動しているわけで――
ヤクモがクラインとして乗馬で出ている間、ミラノとアリア、カティアの三人はミラノの部屋でとある作業をしていた。それはヤクモが以前活躍した事を見たり、聞いたりした貴族の連中が縁談を持ちかけてきたので、それに対して処置をしているところである。
「マーガレット・マルグレイブ・フォン・シャルダン……」
「それはとりあえず後回し」
「エメルヘンシア・マルケス・フォン・ダルタニア」
「その人は年齢が三十代だから断ってる」
「アリアン・エルカント・フォン・トリシー」
「そいつ、いけ好かないからダメ」
カティアが小姑の如くアリアが言い訳だの理由だのを付けた山を上から確認し、それをミラノが見る事もせずにどういった理由でどう対処するかを述べた。それを聞いてカティアはつまらない顔で山を右から左へと動かし、対処や対策が打ち立てられているもののみを積み重ねていった。
「ナオミ・プリンシピア・フォン・ダイツァー」
「その人は……」
「対策してないんじゃないかな? 見逃し、だね」
そして、山の中から処置を逃れたものがあればアリアに手渡し、改めて対処を考える。今まではミラノ、或いはアリアのどちらかが単独で対処していたものなので、どうしても抜けや漏れが存在するものであった。
本来であれば公爵経由で入ったものであり、その対処を考えるのは彼なのだが、現在仕えている相手がミラノであるという建前や、一緒に生活しているからヤクモのことを良く理解しているだろうという本音でミラノたちに一任された。
「ねえ、全部断れないかしら」
「ダメよ。アイツがこの国での生活を誰かに狙われるような日々で過ごしたいのなら、全部断ればいいけど」
「なら、届かなかったという事に――」
「そういう事が無いように、あちらも主人の代行として顔役になる部下に態々送り届けさせてるの。
知ってる? こういった婚姻って結構妨害されたり、それこそ襲撃や暗殺で無かった事にする事もあるって」
「つまり、人によっては兵士と一緒にここまで来て、帰っていったって事だよ。
だから沢山の人がそういった人を見てるって事だし、届いてないって嘘は吐けないかな」
事実、昨今では国内の勢力バランスを取ろうとする為に、政略結婚が行われるようになってきている。結果として、爵位は低いけれどもそこに嫁いだ人物が高い爵位の人物であったりなどとややこしい事になり、そういったことを未然に摘み取るような行いも少なくない。それでも表立って対立や敵対行為となるような事は起きていないのが頭の回るところでもあった。
「つまり、届けられたものが”過失”でも無ければ必ず目に入り、是非の結果が出るものだから」
「なら、その過失とやらを――」
「それは一番失礼じゃない? それに、この屋敷の品位とかを疑われるから止めて欲しいな~って」
どんな事故が起きれば問題なくその縁談を無かった事に出来るのか、そこに関して考えが巡らなかったのがカティアの”ヒト”としての歴史の浅さを物語っている。いかに公爵家とは言え、信義に悖る行為をしてしまえば信用や信頼を失ってしまう。他の家や民にすらそっぽを向かれてしまう領主や貴族ほど悲惨なものは無い。それでも兵士が付き従っていれば押さえ込めるのだが――ミラノ達の親である公爵は、正しすぎた。
「だから一々理由を考えて否定しないといけないの。
そうしないと、敵も作るし。敵を増やすと足元からひっくり返されかねない。
私たちは、自分たちが思うよりも強大でも強固でもないのだから」
「姉さまも、この前の事で『魔法使いも無敵じゃないし万能じゃない』って言うのを、目の当たりにしたからね」
「少し忘れていただけ。前の街中では魔法使いは絶対的な強者じゃない事を思い知って、それを家に帰ってから少しだけ規模を大きくして考えてみただけ。
例え父さんでも、何倍もの数を相手の敵を相手をするのは辛いはずだって」
事実、魔法の優位性とはその威力や隠匿、そして口さえ動かせれば武器が無くとも幾らでも行使できるという所にあった。たとえ数十、数百の兵士が居ても優秀な魔法使いが一人いれば対処できてしまうのだが――。それでも、魔力と言う物が尽きればただの非力な人間だし、杖などの魔力を効率よく変換してくれる媒体が無ければ消耗が何倍にも膨れ上がる。そして、そのあり方から一斉攻撃には強いけれども波状攻撃や人海戦術に大して弱いという事も考え付いていた。
そして、やはり詠唱と言うものが即応性の低さを露呈していた。その対策としてオルバやメイフェンのように詠唱を全て一枚の札に記入して使用する方法や、複数の属性を混ぜるが故に長くなる詠唱を魔方陣を描く事などで省略するなど、色々な対策をとってもやはり解決に至らないのであった。
『引き金を引くと、弓よりも遠くから矢よりも早く真っ直ぐに飛ぶ弾丸が相手に当たる』
ヤクモがかつてオルバとの会話で言っていたこと、そして街中で魔物から皆を庇いながらその武器を使っていたのを見たからこそ、さらにその言葉の重みを理解したのであった。魔法の詠唱よりも早く攻撃が到達すると死ぬ、詠唱して敵を倒しても次の敵がどんどん来ると押し切られて死ぬ、魔力が切れても死ぬ、反応できても魔法の詠唱が間に合わなくても死ぬ――。
死を間近に感じ、恐れたからこそミラノもアリアも、敵を作ると言う事が以下に恐ろしいのかを考えたのだ。
「だから、面倒だけどちゃんとやらないといけないの。分かったらほら、手を動かして。
今日でもう終わらせたいから」
「――ミラノ様? その言い方ですと、ずっと作業をされていたみたいに聞こえますわ」
「……してるじゃない。こんな面倒なのはさっさと終わらせて、やりたい事をするの」
「やりたい事とは?」
「魔法の、勉強」
ミラノは苦痛を隠しもせずに、眉間を抑えて深く呼吸をしてから再び目を通し始める。アリアも腕を組んで頭を左右に揺らしながら文言を考え文章にしていく、その中でカティアはただただ見落としが無いかだけを確認していた。
三人寄らば文殊の知恵と言うが、人数が集った分だけ作業効率は良い。半刻程度で全ての山が対処し終わり、ミラノとアリアは達成感で心地よい疲弊をしているのとは別にカティアだけが気落ちしていた。
「はぁ……。何でこんなに縁談なんて来るのかしら」
「ぼやいたって仕方が無いじゃない。アイツにしがらみとかを考慮して返事をしてなんて出来そうにないし」
「そうじゃないの。縁談が来る事が私は不満なの」
そう言ってからのカティアは愚痴々ゝと長い不満を洩らしていた。彼女はヤクモと同じ世界に居て、なお歳若い猫であった。主人も家も存在しない子供猫で、野生ならいざ知らず都会で思うように食べ物を得ることすら難しく、生きるか死ぬかの日々であった。そんな中で車に轢かれかけたのを救われただけでなく、食べ物まで与えてもらえた。――生きていた時間が短いからこそ、一目ぼれに近いものを抱き、そしてヒトとしての知識などを与えられたが故にそれが愛情に昇華されたのであった。
だからこそ、彼女は気に入らなかったのだ。主従の関係ではあるけれども、彼は自分のものだと独占したがっているが故に。
「カティアちゃんは、彼の事が好きだもんね」
「――、従者として、当然ですわ」
「従者、ね」
ミラノが意味ありげにそう言う。それに対してカティアが何かを言おうとしたが、そのままため息を洩らした。
「……無理してないかしら」
「無理してるでしょ、アイツの事だし」
「無理って?」
「こうした方が良い、ああした方が良いって、一つやる事に目処がついたら新しくやる事を自分で増やしてるって事。
――別に命じた訳じゃないけど、私が一を言うと十まで手を伸ばしていく。別に一日を丸々使って勉強しなさいとか、訓練しなさいとは言ってないんだけどね……」
ミラノは当初、何も知らない無知なヤクモに色々な事を学び覚えるようにと言ったのは確かだ。魔法を知らなかった、国も通貨も知らなかった、身分や地位なども知らなかった。だから自分だけではなく、他人との交流を含めてそういった事も学んで欲しいと思って交友関係に関しても広めるようにと言ったのだ。
しかし、ミラノが思ったよりもうまく行っていた、うまく行き過ぎていた。細身である事から、戦い等にも不慣れどころか無知であり、魔法使いとして致命的な弱点である”時間”とやらを稼ぐための盾にもならないと――ミラノどころか、アリアも考えていた。だが、その予想に反してヤクモは戦い方を心得、知識が無いだけで教養があり、学習に対しても色々言いはするものの前向きに取り組む。そして立場の違いや身分の差を学ぶはずだった交友に関しても三男であり成長を望んでいたアルバートが対等な関係で戦いを教えてくれと頼み込み、身分などをあまり気にしないミナセやヒュウガと親しくし、そして分不相応を教え込むよりも先に――それで功績を打ち立ててしまった。
どうしたら良いか考え付かないほどに誰もが混乱し、困惑し、疲弊していた。ミラノは血を見て、アリアは状況に飲まれて、アルバートは与えられた兵が目の前で死に、グリムもアルバートを生かすだけで精一杯だった。だから、ヤクモの言う”隠密行動”と言うのに誰もが反対できなかった。アルバートが元気であったならコソコソとするのを嫌がっただろう、グリムが元気であったならアルバートではなく彼女が前に立って従者としてのあり方を示せただろう、ミラノやアリアが魔法の隠匿性に関して気付けていたなら魔法で援護をする事も考えられただろう、カティアがただの甘えた子供でなければ、その隣に立てていただろう。
しかし、そのどれも果たされなかった。だから彼は自前で行動を立案し、全責任を負うように人員の配置を考え、時間が幾らかかかろうとも安全の為に最善を尽くし、自ら先導して彼の言う”任務”を果たした。その結果、ミラノとアリアは強く言えなくなってしまった、アルバートとグリムはその実力と功績でヤクモに対して更に重んじるようになった、カティアは自らの不足を思い知らされた。
その結果、この世界の事を幾らか思い知らされたヤクモは調子に乗るわけではなく”理解”をし、適切な方向へと歩き始めた。死や戦いが縁遠い訳ではないと訓練をし、魔法を学び始めた。貴族や身分によって争いが生じるからと礼節を学び、公爵や姫に対して自分のあり方を表明しながらも順じて見せた。今ではクラインと言う人物ならこうだったのだろうと、剣術や馬術に打ち込みながらも私室で読書をしつつ世界を広めている。
それ自体に文句は付けようが無い。ミラノなどの思考や思想と相容れずに、齟齬から怒られる事は多いのだが――それだけだった。つい、先日までは。
「アイツ。良く考えたらさ、学園に来た時の私たちよりも状況としては恵まれてないのよね」
「……どういうことかな」
「家族が居ない、友人も居ない、私たちが面倒見てたとは言っても放り出される危険性もあって、明日さえ分からない。それでも、ほとんど休み無しで毎日頑張ってくれてた。
……変よね。だって本当なら倒れたり死に掛けたり、死んだりした時こそ八つ当たりしたり、逃げたくなったり、愚痴や不満を洩らす筈なのに。アイツは、絶対弱音を吐かなかった。だから、私は思うの。アイツがオルバ様を弟に似ていると言って、母さんを母親に似てると言ってるのと同じように、アイツは兄さんに似てるって考えると、分かりやすいと思う」
「――弱音は、決して言わなかったね」
ヤクモの言動から、ミラノとアリアは逆説を打ち立てた。本人が”誰々が身内に似ている”と言っているのだから、それと同じように”ヤクモがクラインに似ている”という説も成り立つのではないかと。事実、似ているどころの話ではなかった。普段の言動が似ている、行動理念が似ている、誰かを励ましたり納得させる時に吐き出す言葉が似ている、そして――誰かの為に行動すると言う所も、辛かったり苦しい時ほど何も語らないと言う所も似ていた。
それに関して、ミラノとアリアは共通の見解だった。だから、過去の出来事から一番考えやすい結末も想像できる。
「このままだと、アイツ――ダメになる。だからね、前に魔物に襲撃されたときにアルバートと合流したときに何をしたか覚えてる?」
「えっと……。確か、休んだよね? 水を飲んで、少し食べて。それと、塩を舐めてた」
「アイツは――何も言わなかったけど、アルバートが混乱してて、私達も疲弊してる事を考えて休憩を取った。そして先を考えて食事と水分を取らせて、塩が必要だといって舐めさせた。
それと同じように、アイツにも頑張りすぎて失った分だけ何かを与えないといけないんだと思う。それが何なのかは良く分からないけど、休息や休憩だけじゃない――何かを」
「それを考えないといけないって事だね」
「カティア、何かアイツの息抜きになりそうな――。もしくは、休まるような、好むような事って無い?」
「え? ん~~……、う~ん……。酒かしら」
カティアは考え込み、ヤクモが何を好み、何で息抜きをし、何で癒されるかを考え――出てきたのは”酒”というものだった。アルバートに誘われたり、或いは教育代として渡されたワインをグビグビ飲んでいるのをカティアは見ているし知っている。アルバートに招かれ、彼の部屋で飲み明かした事がある上に同伴していたからだ。
「――ミラノ様? 部屋を与えられる前はミラノ様が一番一緒だったと記憶しておりますので、何かご存知じゃないかしら~?」
「え? あ、う~ん……。アイツ、部屋に居るときは本を読んでる事が多いし、最近じゃ字を覚えてきたから私やアリアが借りてきた本とかも読み漁ってるけど――」
「それが息抜きになってるかと言われると、微妙なんだよね……」
ミラノと相部屋で生活していた当初は、字が読めない事や魔法に対して行使する気が起きなかったが為に部屋に戻ると床に座って壁を背にウトウトしていたり、ミラノやアリアには読めない字で何かしらをメモ帳に書き連ねているだけだった。しかし、魔法に対して幾らか前向きになった時点でアーニャから貰った魔導書を少しずつ読みながら、魔力を長時間維持するという訓練を始めていた。そして字の読み書きを学びだしてからは更に読書癖が進んでいるようであった。
だが、それも勉学の一環でしかなく、考えてみればそれは休憩や休息、発散などになっているのだろうかを問えば、三人とも頭を悩ませるしかなかった。実際問題、ヤクモのしている事は読書ではなく解読だった。自分の知らない言語にぶつかり、その字並びや発音に触れたとしても直ぐに扱えるようなものではない。子供向けであればまだ良いが、結局一文字ずつ照らし合わせて呼んでいっているが為に読書と言うよりも解読なのだ。
「アリアは……何か思いつかない?」
「えっと、う~んと……。アルくんとか、ミナセくんと一緒に居る時が楽しそうかな~、なんて」
「それは分かるんだけど、ありきたりと言うか……」
ミラノは、この前部屋で膝を抱えていいる所を見てしまったが為に、それじゃあ不足だと判断した。強い人間だと――辛さや苦しみとは無縁な……それこそ”英雄”のように、決して揺らがない人だと思われていたから。けれども、違う人だ兄とは別人だと思い込みすぎたが為に、表面のみで判断しすぎていた。だが、弱っている所から表に出ない所を考えるようになり――帰る場所を持たぬ人だと、強く認識した。だからこそ、肉体面ではなく、精神面の、心の負担を少しでも和らげる方法を求めた。
「――意外だね、姉さま」
「え? 何が」
「そうやって、誰かの事を考えるのが。だって姉さま、ずっと家や私の事しか考えてなかったから。
学園でも、仲の良い人居なかったし」
「……それを言ったら、アリアだって似たようなものじゃない」
「へへ……」
ミラノとアリアは、その身分や家柄から学園に入った当初は言い寄ってくるような連中が多かった。しかし、数年若くして学園に入った二人であったが、兄繋がりの出来事で他人への不信や危機感等が芽生えていたが為にミラノは全てをねじ伏せた。アリアはアリアで身体の弱さから男受けは良かったが、それすらもミラノが叩き伏せていった。アリアも、受動的でミラノ任せではあったもののそれを否定したり止めたりはしなかった。
結果、二年ほどは嫌がらせなどが続いたが――アルバートと言う同じ公爵位の人が纏わりつき始めたことや、他国から来た上により抵抗の無いミナセやヒュウガ等が現れた事ですっかりナリを潜めてしまったのであった。それでも、無理やり絡んでくるアルバートやその従者であるグリム以外に関わる相手は居なかった。
それでも――
「……アイツが着てからかしらね。アルバートやグリムと公じゃなくて私でも関わるようになったのは」
「そうだね」
「それに、何でかしら無いけど気にも留めなかったミナセやヒューガとも少しだけ関わりも出来たし。
魔法をただ漫然と教わるんじゃなくて、どうなりたいかって目標も出来たし」
「色々、状況が変わってきたもんね――ケフン」
アリアが咳き込む。魔法の発動の要となる詠唱が出来ないように、あまりにも長く会話をしているだけでも身体に障るようであった。カティアが何も言わずに水差しから水をコップへと注ぎ、それをアリアへと差し出す。ヤクモがミラノと一緒の部屋で生活していたのと同じように、カティアはアリアの使い魔と言う名目で一緒に生活をしていた。ヤクモが授業の一環で戦闘訓練をしている時には女性の生徒と一緒に魔法の実技を行っていた。そうやって一緒に居る時間が多いからこそ、そうやって対処の仕方も覚えたのだ。
――同じように、アリアはカティアの扱い方を覚えたのだが。カティアはヤクモ絡みではだいぶ態度が辛くなる所があるが、それでも一番世話をしてもらったアリアや、ヤクモを庇護しているミラノに対しては幾らか素直だ。アリアは魔法を教えてくれたり、カティアの疑問に対して答えられる事や教えられる事を全て話してくれた。ミラノはヤクモに対して食べるものと住まう場所を与えてくれていた、その上で主人であるヤクモが受け入れ「色々学んでくれ」と言ったのだから一番身近な人と仲良くする事にしたということである。
「――乱暴な解決方法として、縁談の一つを宛がうって言うやり方も考えても見たけど」
「そんなのダメに決まってるじゃない!」
「と、カティアが反対するのが分かってたし。変にサカられても困るから私も反対」
「サカる……?」
ミラノとカティアだけが意見の一致を見せている中で、アリアだけが”なぜ反対なのか”と言う事を理解できずに居た。ミラノは単純な話イチャイチャしてるのを聞いていると頭に来るという意味で捉えたが――カティアだけが本来の性質らしく考えたので更に違う認識をしているのであった。
結局、そのまま三人であ~でもない、こ~でもないと、何がヤクモの為になるのかを語りあいながら時間を過ごし、結局のところ楽しそうにしていたというだけであった。
――☆――
ミラノ達が女子会のように楽しげに会話をしている傍らで、ヤクモとヤゴは酒場で雑談をしながらさまざまな事を助けた人物から聞いた後だった。その場にミラノたちが居たならば、昼間からの飲酒など断じて許されなかっただろうが、ヤゴは酒を飲む事に対して寛容であり、酒場の雰囲気から飲酒をしても悪い噂が流れるような事はなかった。
「魔物が近くの森で繁殖してるのか、熊や猪がまた迷い出るって事もあってな。
町は衛兵や兵士が幾らか居るが、村じゃそうはいかねえ。だからちょくちょく町でそういった依頼が張り出されて、集まった面子で仕事をするのさ」
「へえ? その仕事ってどういう経緯で払われるの?」
「町なら町長が、村なら村長が収税の一部をそういった時に使うために溜め込む事を許可してるんだよ。全部が全部領主に丸投げじゃ足が遅いって思ったんだろ。問題の規模によって村で無理なら町で、町で無理なら領主に話が上がる。段階的な対処の仕方と言うヤツで、仕事が少しうまくいかなくてもこっちで小銭を稼いでおけば何かあっても税の支払いで困る事は少ねえって事だ」
ヤクモの頭の中では「クエストかな?」なんて考えられていたが、概ねその通りであった。場所によっては川が氾濫しかけているときに補強するための土嚢積みで緊急で募集をかけることもあるし、ヤゴの経歴にあるように魔物や動物による被害を抑えるために討伐隊を組んで戦闘行為を行う場合もある。問題に対して全ての庶民が無関係なままで居るのではなく、庶民自ら責任を持って対処するためと言う考えもあった。
ものによっては前払いと後払いと言う物が行われていたり、場合によっては報酬が支払われないどころか罰金や、期限付きで応募できないなどの罰則もある。そうやって色々考えられた上で作られたシステムだ。全ての負担が貴族に行き過ぎないようにと考えられたものである。
「まあ、なんだ。やっぱ危険な方が儲かるしな、だからさっき喧嘩した連中が稼ぎに来て、それで荒れるってのも分からんでもない。少し前までなら、崩れた城壁の瓦礫撤去だの、死体の運搬だの、魔物の残党狩りだのと色々あったんだが、それも終わっちまったしなあ」
「あの時は凄かったね。ずっと仕事受けまくってたら半年分は稼げたよ」
「ヤゴ、お前が帰ってきた時ハエ集ってたじゃねえか。少しは自分が女だって事思い出せや」
当初は領主の息子だと知って恐縮していた相手だったが、酒が進んだからかそれとも物腰や雰囲気が柔らかいからか自然体に戻っていった。それはクラインを演じているヤクモとしても好都合であり、ヤクモ自身も彼と同じように酒を飲んでリラックスしていたのも効果的だった。
ヤゴが小腹を満たすまで会話は続き、男は再びなにか仕事が無いかを見てからもう戻って休むと告げた。代金はヤクモとの折半であり、互いに奢ろうとした結果これが最善だと手打ちをしたのであった。
「色々話を聞けてよかったね」
「え? ん? あ、うん! そうだな!」
ヤゴが気を利かせてくれたのかなと思い、素直に喜んでいたヤクモであったが。彼女の反応を見て「あ、別に気遣ってくれたわけじゃねぇわ」と理解してしまった。彼女は男の言葉に対して時折補足するように色々言っていただけに過ぎず、その実ただ食事をしていただけなのだから。
頬を搔いてヤクモがなんだかなあと考えているのとは反対に「そ、それじゃあ町の事を案内するから!」と必死になるヤゴ。変に食いついても面倒な事になるのは分かりきっていたので特に何も言わずに彼女の言うとおりにした。
だが、町の中を歩いていると徐々に自分へと視線が注がれている事に気がついたヤクモは居心地が悪くなっていく。それは自尊心の低さや不信もあるが、理由の分からない事柄に対して警戒が強く働いているという事でもあった。
「なんか、皆こっち見てる気がするんだけど」
「みんなクラインの事覚えてるんだろ。居なくなるまでしょっちゅう顔出してたし、少し――うん、少し成長したみたいだけど、髪型や顔つきは何も変わってないもんね」
「そっか……」
クラインは、それほど皆に好まれていたのかと言う考えがヤクモの頭に過ぎると、直ぐに「それに比べて俺は何なんだろう」と考えて苦笑していた。彼の中では見向きもされない、取るに足らない人物であるという認識が根強く存在していた。だからこそ見えない事柄も存在していたが、だからこそ調子に乗る事無く堅実に物事をこなして来られたという見方も出来る。
……もし、彼が元自衛官として駐屯地開放の時に中隊の面々と会っていたのなら幾らか自信が無いなりに自分の評価の一端を知ることが出来たかもしれない。けれども、そうしなかった。なので憶測や想像でしかないのだが。
「――……、」
ヤクモは、あまりにも目線を注がれすぎて不安になり、周囲を見る。疑心暗鬼に近くなると「こうかもしれない」と言う思いで、実は何かがおかしいんじゃないか、或いはクラインとして狙われてるのではないかと考えてしまう。
だから周囲を見るが、当然露骨に彼を見て居る人は居らず、居たとしても彼を見て顔を顰めるも首を傾げたり、傍に居る人と何かを話をしているくらいだ。
気のせいだろうか、そう考えた彼が人ごみの向こう側でじっとこちらを見て居る人物に気がつく。それがただの、そこらへんに居るような人物であったならば彼も気付かなかっただろう。或いは、それが子供等であったならばそこまで気にしなかっただろう。
だが、彼の感性をもってしても”異様”とか”異物”としか言えない存在が、こちらを見て居るのに気がついた。背丈とかじゃない、性別とかじゃない――まるで、世界の全てを恨み、絶望し、ジトッとした顔つきをしている。そして髪の毛はボサボサで、長すぎるが為に地面に着いているのだが本人はまったく気にした様子は無い。
ただただ、何かをしてしまったのではないか、何かをしたのだろうか、何かしようとしているのだろうかと更に怖くなり、ヤクモは先に目を背けた。
「ヤゴ。この町に本屋、武器防具或いは鍛冶屋、あと――他の酒場や、美味しい食べ物が食べられる場所が無いか教えてくれるかな」
「あ、そうだね。だったらこっちこっち!」
ヤゴは張り切り、ヤクモの手を掴んで駆け出さんばかりの勢いで先導していく。普段の彼だったなら、手を握られた事で戸惑い、何とかして振りほどこうとしていたかもしれない。けれども、先ほどの周囲になじまない存在への恐怖が勝り、そんな事も忘れているのであった。
「さっきの酒場は、それね。他にももう一軒だけあって、さっき入った店はお酒はついで。もう一軒のほうは静かにお酒を飲みたい人向けで、その分値段も高いんだよね」
「うんうん」
「けどさ、私はお酒苦手だし、食べるほうが好きだから断然さっきのお店が好きかな。
ふかし芋、腸詰、ちょっと高いけど魚の揚げ物! それと、焼いた肉とかも美味しいしね」
「なるほど」
「――……、」
だが、そうやってヤゴに連れ回されている間もヤクモは先ほどの人物が気になってしまい、周囲を確認すると、相手はゆっくりとついて来ている。隠れる事無く、その表情を変える事無く、髪を引きずりながら歩いている。それでも、なぜ周囲の人が気にも留めないのかが気になった。一人や二人くらい、彼女の存在をいぶかしんで見ていても良いはずだし、そんな彼女をおかしいと噂話をしていても良いはず。にも拘らず、彼女は長い髪を踏まれたり誰かにぶつかる事も無く歩いて追って来る。
「あれが肉屋でしょ~、あっちが野菜を売ってるでしょ~。あの黒い煙が上がってる所が鍛冶屋で、そこで包丁とかも買えるし、武器や防具の打ち直しもやってるよ」
「う、うん……」
町中に異質な存在が居たとしても――別にそれだけで気にはしなかっただろう。けれども、そんな異質な存在に目的も不明なままに追い回される事は警戒や恐怖を煽ったとしても、現在クラインを演じていると言うことを踏まえると決して安心出来ないからだ。
「なんか、さっきからついてきてる人居ない?」
「クラインは心配性だな~。確かに見られてるような感じはするけど、気にし過ぎだって!」
「痛いから叩かないでよ!?」
ヤゴに笑われながら背中を叩かれるヤクモ。変に貴族間の対立の話を聞いてしまった事もあり、不安要素が絡みつきまくっているのだ。公爵家に直接手を出す事は出来ずとも、町に出てきたから事故を装って何かするかもしれないし、それこそ間接的に誘拐や攻撃してくる事だって考えられたからだ。近況を公爵から聞いたわけじゃないが、もしかすると今回の一件は公爵夫人を立ち直らせたりする為では無く、身代わりや人身御供にしようとしたのでは? などと猜疑心が渦巻いていく。
しかし、地味に歩き回っている中で距離が開けていた事から、相手が小走りで距離を詰めようとしたのだが――自身の長い髪を踏み、そのまま転ぶ。うつぶせに倒れこみ、被っていた帽子が地面に落ちた。それを見たヤクモの中から恐怖心や警戒が一気に霧散していく、敵意や害意を持った派閥に所属するにしてもこんな間抜けな奴は居ないだろうと判断し、緊張を幾らか緩めた。
「ねえ、何でついて来るの?」
「――……、」
「はい、帽子。……僕が、何かしたかな? そんな目で、そんな顔で見られると気になって仕方が無いよ」
ヤクモは帽子を拾い、彼女へとそれを被せた。地面に突っ伏し、うつ伏せのままに微動だにしない。転んだだけで死ぬとは思えないとは思いながらも、動かないその人物を前に頬を搔いた。それからため息を吐き、彼の中から更に警戒が下がっていった。
帽子を被せられたその人物がゆるゆると動き出し、表情を変えないままに鼻の頭を赤くし目端に涙を浮かべているのを見てヤクモは手を差し出す。
「……立てる?」
「――……、」
その人物は彼の手を掴み、ゆっくりと彼の手を頼りに立ち上がる。それから自身の頭――帽子を手に取り、それを被りなおした。
「クライン。もしかして、さっき言ってたついて来てた人って、その人?」
「うん」
「なんか……うん。私の方がまだ女の子してるって思えるな!」
ボサボサな髪、顔付きの悪さ、近くで見れば目元には深い隈が出来ている。それを見てヤゴは先ほどの酒場でのやり取りで言われた事を思い出したのだろう。ヤクモとしては苦笑するほか無く、女性経験値が低すぎるが為にどっちつかずの誤魔化しで笑う事しか出来なかった。
「それで、僕に用?」
「――別に、私は貴方に用は無い。ただ、”クライン”って聞いたから、見てただけ」
「いやいやいやいや!? その顔付きで見られたらただ事じゃないと思うんですけど!?
まるで何かしたとか、何かされるんじゃないかって不安になるから!!!」
「顔付き……」
彼女はペタペタと自分の顔に触れるが、それで分かるようなら苦労しない。それから目をショボショボさせたような感じで瞬きをした。
「うまく、寝れてないから」
「あ~……。そりゃ、そんな顔にもなるよ。ちゃんと寝ないと。
けど、良かった。何かしたのかと思って、心配したよ」
「――貴方は、何もしないわ」
そう言われてヤクモはホッとした。敵じゃないのか、クラインを知っているのかと内心安心してしまう。もし狙われているのなら最悪戦い、そうじゃなくとも罠にかけられるのを座して待つようなことを考えて居なかった。なのでそういったプランを脳内で組み立てる作業も脇に置き、素で喜んだのであった。
「――貴方は、いつここに来たの」
「数日前って所かな。ずっと倒れてたんだけど、身体の調子が良くなったから戻ってきたんだ。
今日は……馬に乗る練習のついでで立ち寄っただけなんだ」
「そう」
「……ただ、もしかすると君をがっかりさせるかもしれないけど。僕は、君の事を覚えてないんだ」
「――大丈夫。私も、貴方を知ってるだけだから。
私は……マリー」
「マリー、マリー……。あぁ、十二英雄と同じ名前なんだ。そうだ、本で読んだ」
字の勉強の時に読んだ絵本や、屋敷に来てから本棚にあった十二英雄に記載されていた名前だ。十二英雄、かつて魔王の人間界侵攻に抵抗し、最後の最後で勝利を掴み取るために魔法と言う手段を与えられ、人類の平和を勝ち取ったとされる英雄達。その多くは今存在する国々の中心人物となり、その血筋が子孫たちに受け継がれてきた。故に魔法が使えるという事がそのまま十二英雄の血筋である事の証明にもなり、最近貴族間で沸いてきている「魔法が使えるので我々は特別である」という思想に拍車をかけているのだ。
「けど、英雄が召還されたって話を知らないんだよなあ。もしかして周知の事実?」
「御免、私はそういうの全然わかんない!」
「――英雄でも、なんでもない。ただの人。ただ魔法に優れていて、扱いに長けているだけの……ただの人」
そう言って相手は、マリーは疲れたようにため息を吐く。そして、内心を吐露するように言葉を続けた。
「英雄なんてものは、人々が勝手に押し付けた役割であり、幻想でしかない。守れなければ責められ、頼られるけれども助けてはくれない。英雄が一つでも多くを救おうとすればその分自己犠牲と同じ位の負担と負傷を強いる羽目になり、救われた人は行為と行動を『さすが英雄』と重荷を増やし、救われなかった人は『英雄のクセに、なんで』って責め立てる。
だったら、英雄になんてならなくていいし、そんな栄誉は……要らない」
マリーの陰鬱で、重い言葉は表情と相まって真実のように聞こえた。ヤクモは心に棘が刺さったかのような疼きを覚え、ヤゴは話が理解できないといった様相を見せていた。マリーは全てを吐き出すかのように大きなため息を吐くと、その暗い表情をヤクモへと向けた。
「――私は、ただ普通に生きたかった」
そう言うと、彼女の両目の色が変わる。その色を見て、ヤクモは見慣れた色だなと思ったが、直ぐにそれが何を示すのかを理解した。使い魔契約で、使い魔となった相手に刻まれる刻印のようなものだった。
「それ――」
「貴方も、私みたいになりたくなければ……人助けとかしない方が良い。
英雄召還って、聞こえは良いけれども呼び出した相手によっては隷属を強制されるから。
本来は、その力を増幅するためのものだったけど……。
それと、あまり外出をしない方が良い」
「へ? 何でさ。せっかく元気になったのに、出るなって言うのは酷くない?」
ヤゴの言葉にマリーは何も答えず、そのまま歩き始める。先ほどと同じように誰もがその存在を認める事無く、それでも彼女が歩く場所を避けるように空けていく。
「ニコル・マルグレイブ・フォン・シャルダン。彼には気をつけて。
私を使って、デルブルグ家に何かしようとしているから」
そして通りすがり様にそっとそんな事を言って、そのまま人ごみの中へ町の中へと溶けて行った。その強烈な様相がどのように紛れたのかも理解できず、ヤクモは頭を搔く。
「なんか、不思議な人だね。クライン、よく見つけたね」
「え? だって、転んだよ? 盛大に」
「それにも気付かなかったなあ……。クラインが帽子を渡したところを見て、そこに居る事に気づいたし。今も、目の前で消えたし」
「いやいや、普通に歩いて行ったよ。僕たちとすれ違って、向こう側に」
「嘘だ~。見えなかったよ? なにも」
「そんな馬鹿な……」
最初から最後まで謎が多いまま、去っていったマリーと言う女性について二人は疑問を抱いた。しかし、その場で考えるにしても限界があり、諦めて本来の目的である町の散策を中座し、屋敷に戻っていくのであった。
~ ☆ ~
その日の夜、俺は公爵の部屋を訪ねていた。ノックをし、息子であろうと他人であろうと行わなければならない作法に則ってしっかりと来訪をし、入室の可否を尋ねた上でだ。公爵は窓辺で空模様を見ながらワインを嗜んでおり、少し離れた位置でザカリアスが控えているだけの――静けさを楽しむとか、そういった様子であった。
邪魔したかなとは思ったけれども、話がしたいというとザカリアスを部屋の外で待機するように支持し、俺と公爵だけが部屋に残された。公爵じきじきに酌をされてしまい、恐ろしいやら恐れ多いやらでどう反応してよいか分からなかった。
「訪ねて来るとは、嬉しい事だ」
「いや、その。ちょっと、聞きたい事があって来ました」
「それはあまり聞かれないほうが良い事かな?」
「だと思います」
俺がそういうと、公爵は尋ねる事無く空中に魔方陣を描き出した。確か、それなりに難しい方法であり、自身の魔力を使用して魔法陣を描き、それで詠唱を簡略化する方法だと聞いた。慣れてくると詠唱と魔方陣でややこしい箇所を折半して、魔方陣を描く手間と詠唱の長さをカバーしあえると聞いた。
そしてその魔法が完成すると、一瞬水に沈んだような錯覚を覚えた。トプンと音が遠くなり、耳に届かないような感じだ。しかし、クセで耳抜きをするとその錯覚は直ぐに消える。
「この部屋に限って、音が漏れないようにした。だから君がここで普段の君として喋ろうが、聞かれたくないであろう話題を出しても問題ない。部屋の傍に控えているであろうザカリアスを呼んでも入ってこない」
「……はぁ、まったく驚かされるなあ」
「とりあえず酒を飲みなさい。そのほうがぎこちない舌も、スラスラ動くのではないかね?」
「そうですね。それじゃ――」
「「乾杯」」
とりあえず話に入る前に相手の邪魔をしたのだから合わせなければならないだろう。上質なワインなのかなとか考えながら、まあ言ってしまえば許可を得た無銭飲食だから質なんて程々ありゃ良いかと開き直った。
それでもぶどう酒だったのか、苦手な苦味を感じて身が震えた。ビールもそうだが、苦味と言うのが強いのは苦手だ。日本酒などのアルコールを強く感じさせるものも苦手で、のんびりと飲めるのはりんご酒だのが好きだ。
互いに酒を味わうように飲み、俺は杯を置き公爵は持ったままに一息吐く。なんか、こういうのも良いもんだ。
「それで、話と言うのは?」
「ニコル・マルグレイブ・フォン・シャルダンという名前に聞き覚えは?」
「その人物なら、私の領地に接した所に領地がある。代々良い関係をだったが、最近は領地の運営がうまくいっていないのか、すこし衰退してきている。それに、その人物が跡継ぎとして立ってからは良くも悪くも目立つ噂があるが――。彼がどうかしたかい?」
「彼に使い魔が居るかどうかとかは」
「使い魔が居るかどうかは分からないし、居たとしてもそれがどのようなものなのかは分からない。
現に、君は私の使い魔を知らないだろう? 居るかどうか、居たとしてもそれがどういうものなのかもね」
……考えすぎだろうか? マリーの両目が使い魔の色と紋章みたいなのが浮かんでいた、それに自分を使ってと言っていたからその人物が彼女の主人なのだろうかと思ったのだが……。
「今日、町に言った時に人の姿をした使い魔に会ったんだ。両の目の色が変わって、しっかりと紋章が浮かんでいた。その人が言ったんだ、ニコルって人が自分を使ってデルブルグ家に何かをしようとしているって。
それで、彼女が自分をマリーと名乗ったんだ。十二英雄の一人と同じ名前だったから、流石に家に何かをすると言っていたから、報告をと」
「マリー……マリー・エヘカトル? 馬鹿な、十二英雄の一人が召還されただと?」
そう言って公爵は信じられないとばかりに震えていた。俺には自体の重さが理解できず、ただ問いを重ねる事しか出来ない。
「十二英雄って、召還された事例はあるんですか?」
「かつては無かった、というのが事実だ。だから――ただの伝承、誰かが都合良く作り変えた作り話とも言われていたのだよ。
だが、昨今の報告だけでも既に数名呼ばれて居る事が分かっている。ツアル皇国では前線で英雄の二人が戦っていると聞いているし、ヴァレリオ家でも一人召還されている。神聖フランツ帝国では噂の域を出ないが召還されたと言われている。
故に一部では十二英雄に関しての記述を再び調べるべきだという声も上がっているし、実際伝承と実際に召還された人物の性別が違うという事実まで発生している」
「いや、そりゃ。言い伝えの人物と性別が違うとか、名前が違う程度なら仕方の無い話じゃないかなと思うんですが」
「それはそうだが。幾らなんでも”大剣使いで大柄な男のファム”が”大剣使いで見た目に釣り合わぬ剣を振るう女性”だと、合わないにもほどがあるだろう」
「……当時の本人が女性として記載されるのを嫌ったか、或いは歴史の中で改竄されたんじゃないかと。けど、今必要なのは歴史を振り返る事じゃないです、今日自分が出会った人物が理由の一人であり、彼女の言うとおりニコルが彼女を利用してこの家に害を成すかどうかでは?」
話が脱線し、英雄なのかどうか、どれくらい珍しい事案なのかどうかを尋ねていた筈なのに、なぜか伝承と実際の召還された人物と重ならないと言う事柄に話が流れたのでそれを叩く。公爵は咳払いをし「失礼」と言ってから、ワインを飲んだ。俺も一息入れる為にワインを呷る。
「あまり考えたくは無いが、今日君が接触した人物がマリーだというのも、可能性は考慮しても良いだろう。それと、伝承の通りの人物像なら”誰よりも魔法に長けた魔女”と言う人物像である可能性は高い。どのような魔法を使うのかまでは分からないが、幻の兵を召還して戦わせ、数百数千の兵を地面ごと更地にして見せたと言われている」
「……そんな人物を相手に、勝ち目はありますかね?」
「さあ、どうだろうね。現存の英雄達と対面や対峙をしたという話を聞かないし、もし伝承の通りなら一溜まりも無いだろう」
「そんな絶望的な……」
魔法には攻撃だけではなく、防御に使う魔法があると本で知った。けれども、第一次世界大戦や二次大戦、大東亜戦争などの歴史や現代の戦闘を齧っている身としては”防御よりも攻撃の方が常に上回りやすい”と言う事実を知っている。銃撃に強い車両、戦車でさえそれ以上の火力やガス――あるいは火炎などの攻撃には脆い。塹壕を掘って攻撃に対策し、それをジグザグにして砲撃対策をしたとしても、ガス兵器を投じられれば脆い。
どんな魔法を使ってくるのかが分からなければ後手後手だし、分かったとしても後の先にしかならない。頭が痛い限りだ、そんな奴が投入されたら死ぬしかないのか……?
「その前に、なぜニコルがこの家を狙うのか心当たりは?
理由さえ分かれば、その理由をつぶす事で対立を避けられるかもしれない」
「それが、心当たりと言うものが無いんだ。この前言ったように、魔法が使えるから優れているといった思想を持った人物ではないんだよ。それどころか、彼は大雨の時に川が氾濫しかけたからと単独で馬を走らせて魔法で決壊を防いだような人なんだ。
だから、マティアスと縁があったというのも何かの間違いなのだろう」
「――マティアス?」
初めて聞く名前だ。それが誰の事かわからずに疑問の声を上げてしまう。それに対して公爵は少しばかり迷い――
「オルバ殿の父君だよ。問題を起こした……あの人だ」
「利害関係なら別に主義主張が違えど協力関係になれる可能性だってある。
オルバの父親が貴族至上主義であって、ニコルって人が貴族至上主義じゃなくとも、相互利益さえあれば関係なかった可能性だってある」
「……まあ、そう言われても。こう――分からないんだよ。本当に」
すまないねと公爵は謝罪した。しかし、分からないものを責めても仕方が無いし、それ以上に物を知らない俺はもっとどうしようもない存在でしかない。
肩の力を抜いてワインを一息に飲むと、公爵が笑みを浮かべながらボトルを傾けていた。俺はそれを甘んじて受け、そして公爵がボトルを置いてグラスを空にすると今度は俺がボトルを手にして注いだ。ここら辺は自衛隊で学んできた事なので欠かせない気配りといえる。
互いに暫く言葉は無いままに、ワインを飲んでいたが。俺は公爵が何を見て居るのだろうと気にし、目線を追うとそこにあるのは綺麗な月だった。
月……、そう言えば意識してその存在を見たのは何時が最後だろうか? 酒を飲むときの俺は、いつも俯いていた気がする。窓の外を眺めていても、その目線は空ではなく地面にばかり注がれていて、遠くを見て居るようで近くしか見ていなかった気がする。
学園ではいつも壁があった、守るためなのか閉じ込めるためなのか分からない城壁のような物が高く高く積み重ねられていた。だが、ここは――そうじゃない。
「君は、不思議な男だ。そこまで尽くす理由は無いだろうに」
「恩が、有るんで。それに、知ってしまったら気になるじゃないですか。
それが関わりのある相手……ミラノやアリア、更にはその親や家に関係してるなんて知ったら」
「だとしても、君は今の話で相手が相当危険な――或いは、対峙する事すら馬鹿げているかも知れないと知って、その次に出た言葉が”手出しをしてくる理由は何なんですか”だった。
だから、不思議なんだ。もしかすると今夜のうちに君が逃げ出しているかもしれない、もしかするとそのときが来たら君は理由を付けて居なくなるかも知れない。けどね、不思議とそう思わせないんだ、君は」
「――……、」
言葉にはしなかったが「この世から逃げ出すかもしれませんよ?」とは言えなかった。何だか、身体や思考が若返った分、いらぬ思考までもが蘇って来ている気がする。親が亡くなった当初は考えていた「死にたい」という思いですら引き篭もっているうちに消えていったというのに、今じゃまた復活してしまっている。
だが、待て。死にたいと言うのは、裏を返せばそれだけ生きたいと思ったからだ。ということは、今の俺は――生きていたいのかもしれない。だから、口に出していたらただの構ってちゃんになっていた所だ。
頬を搔き、照れるしかない。けれども、なんだろう? ミラノが食事中に褒めてくれた時は胸が痛んで苦しくなったのに、公爵に褒められてもそういった様態の変化は現れなかった。もしかすると女性に褒められるのがダメなのかもしれないし、下手すると大人相手じゃ無ければダメとか――そういうのもあるのかもしれない。
「そういえば、聞きたい事があるんですが」
「何かな?」
「いや、変な意味じゃないんだけど。昔、兄と後継者争いをしたというのは本当なんですか?」
ただの疑問であった。けれども公爵の雰囲気が幾らか変わった気がし、あわてて付け加える。
「変な意味じゃないです。ただ、自分も弟が居たので――気になって」
「そうか。君には弟が居たのか。だが、まあ。隠す理由も無いだろうね。
……私が、英雄を呼んだが故に家が割れてしまったのだよ」
「――はい?」
「私が学園を出てから暫くしてね、使い魔を得られそうな……直感のような物が働いたのだよ。
それは学園で教わった通りであり、若かった私は喜んだものだよ。
だが、その結果どちらが家を継ぐに相応しいかで家が割れたのだ。第一子である兄が継ぐべきだという派閥と、十二英雄の一人を召還した才能を持つ私が継ぐべきだという派閥と。
……父が亡くなって、兄が跡継ぎとして宣言をするまでの間の出来事だったんだ。そして悲劇だったのは……私も兄も、周囲に担ぎ上げられただけの道化だったという事だよ」
……悲しい話だった。俺は何も言えない、何かを言ってしまえば陳腐になってしまう気がして口を挟めずに居た。公爵はワインを一息で空にし、俺はあわててボトルを手にしていた。
「兄は私に譲ろうとした、私は兄が継ぐべきだと主張した。だが、私たち個人の声は、周囲の勢いには勝てなかったのだ。若かったせいで、それを理由に遠ざけられたのだ。
だから、うまくやろうとした。何とかしようとした――だが、兄は……」
「――すみません、聞くべき事じゃありませんでした。なんと言って良いか……」
「いや、私は話を暈す事も拒否する事も出来た。けれどもそうしなかったのは、君に迷って欲しくなかったからだ。いざと言うときに、私が信じられないからと娘達を危険にさらしたくは無いからね。
私は兄の死を踏み台にして今ここに居る、それを防げなかった過失は私にもある。だが――決して、兄も私も、どちらかが劣っていたとか、どちらかが悪かったから争ったわけではないという事を理解して欲しい」
そう言ってワインが進む公爵に、俺は何度かグラスを乾かさないようにするが、ボトルが空になったのに気がついた。どうしようかと迷い、直ぐにストレージの存在を思い出して空き瓶を放り込み、代わりにアルバートから貰ったワインを取り出した。これに関しては公爵は特に気にかけないし追求もしない、ただそれを受け入れてワインを注がれ、それを口にした。
俺もワインを飲む。徐々に、酔いが身体を火照らせていく。高揚したような感覚が脳を支配するが、それとは別に脳みそだけが忙しくしているような乖離を感じていた。
「……実は俺、弟が優秀なんですよ」
「ほう」
「幼い頃は、両親に天才だ優秀だって言われて育ってきたのは――俺でした。けど、褒められたいから勉強を頑張っている俺は、直ぐに勉強が楽しいと思っている弟に追い抜かされて、焦って――勉強から逃げたんですよ。
だから……なんと言うか、今の話を聞いていて弟と家を割った争いなんか無くてよかったって、思ってます」
「……私も、実は兄の背中を追いかけていただけで、気がつけば追い抜かしていただけなのだよ。
周囲は私を優秀だ天才だと褒めそやしたが、兄は部下にも庶民にも優しかった。
君には想像もつかないだろうが、私は兄の背中しか見えていなかったが、兄は優秀だと言われなくなっても何をすべきか理解していた。だから、跡継ぎとして椅子に座らされてからは毎日が大変でね。私ではなく俺と言っていたし、言動も粗野だった物だから苦労したものだよ」
「はは、想像つかないですね」
「今でも感情が高ぶりすぎると、取り繕えなくてね。そういう意味では、私も君も似たもの同士かも知れないね」
優秀な弟が居て、落ちぶれたなりにも親に認められたいと思った俺。追い抜いてしまったかもしれないけれども、周囲を見回すことが出来て別の意味で優秀な兄をもった公爵と。クラインを演じている俺と、やさしく温和な公爵を演じている彼と。
何がおかしいのか分からなくなり、どちらとも無く笑い始める。そしてひとしきり笑いながらもワインを飲んでから、そういえばと俺は思った。
「それで、召還した英雄は今はどうしてるので?」
「普段は姿を消して貰っているよ。召還した事を報告し、国王にお披露目はしたけれども態々見せびらかす必要も無いからね。
……ロビン、出ておいで」
「――よ~ばれて~、とびでて~。じゃ~じゃじゃ~ん」
公爵が名を呼ぶと、妙に間延びした声と共に突然誰も居なかったはずの空間に――俺の真隣に人が立っていた。驚きと共に空のグラスが宙を舞うが、それが床に落下して落ちるよりも先に相手によって掴まれる。
そこに居たのはミラノとおおよそ同じくらいの背丈の人物で、強そうだとか、荘厳なイメージとはまったくかけ離れた存在だった。
「男のぐぉあっ!?」
相手の見た目から、子供かなと思って男の子と言いかけた俺だったが、全てを言い切るよりも先にジャンピングキックが脇へと突き刺さり、そのまま椅子ごと吹き飛ばされていった。脇の痛みと訳の分からなさに戸惑いながら床に這い蹲っていると、ロビンと呼ばれたその人物はやる気の無さそうな顔で胸を張る。
「ど~みても、おんな」
「ああ、いや……。すまない。彼女を見て誤解する者は多かったが、れっきとした女性だそうだ。
――その、ほら。正面から見るとただの短髪に見えるだろうけど、長い髪をリボンで可愛らしく束ねているだろう?」
「そんなんで判別つくのなら誰も苦労しねえ! って言うか、本当に音声遮断されてるのな、ザカリアスさんが来る気配も無え!」
蹴り飛ばされた痛みを誤魔化すように叫ぶ、叫び倒す。そのせいで酔いが一気に回ってくるが、そんなのを気にしていられるほど軽い痛みではなかった。なんと言うか、半長靴のつま先でガチの蹴りが抉られるように突き刺さったような痛みだった。内臓にダメージが行ってたり、骨が折れていないか心配になるレベルだった。
若干のキレを交えながら椅子を掴み、再びもとの位置に戻ると、座ろうとする俺に再びキックが放たれる。
「と~」
「ぎゃぁぁああああっ!?」
「あ~、その。なんだ。彼女は男と間違われると甚くご立腹になるのでね、謝罪しないと機嫌を直してはくれないんだ」
「そういうの先に言ってくれ!!!」
もう折れた、完全無欠に折れた。そう思ったのだが、視界に映し出されたのは「第七肋骨に皹」という状態異常だった。コイツぁひでえやと思いながらも、助走も何もせずにその場で放った蹴りでここまでダメージを与えるなんて、流石は英雄といったところかもしれない。
素直に両手を合わせて拝み倒すように謝罪をすると「ん、ゆる~す」と言われたのでようやく席につけた。なんと言うか、マイペースな子だな……。
「あぁ、えっと。彼女はロビン。その弓捌きと隠密性で味方に寄与し、この国を創立するのに組したうちの一人――ということになっている」
「ん。よろしゅ~」
「弓。弓かぁ……。ちょっと待ってくれ、弓兵の癖に俺の骨を砕かんばかりの蹴りを放ったってのか!?」
驚愕である。これが騎士だの格闘家だのであれば、その場で放った蹴りで人一倍強化された肉体を持つ俺の骨に皹を入れたのもなんとなく納得は出来る。けれども、彼女は弓兵であり、言ってしまえば近接戦闘には不向きな筈である。重い装備を身に纏う訳でもなく、武器を振るうわけでもない。どちらかと言えば存在を隠し、相手の虚を突く様な立ち回りが要求されるはずだ。
そんな俺の驚きを見て、彼女は「ぶいっ」とピースをして見せた。表情は変化しないものの、やる気の無さそうな顔に幾らか朱がさしている、どうやら嬉しいのか得意げなのだろう。
「私は、これでも力だけなら下から数えたほうが早いほう」
「え、なにそれ。めっちゃ怖い」
ロビンが下から数えた方が早いほどだと言うならば、ほかの皆も最低でも彼女以上の力を保有している事になる。となると、伝承の「敵ごと地面を更地にした」と言うマリーの事もあながち盛った話では無さそうだ。
絶望が胸を占めるが、すぐにハッと思いつく。
「そうだ、なら――」
「わたし~、魔法よりも弓とかを使うのが得意だから~」
「あぁ、えっと。つまり、マリーの魔法に対抗するには力不足と言いたいのだろうな」
「いやいや、別に魔法で対抗しなくて良いだろ!?
――なんか気が進まないけど、隠密と弓が得意なら相手の近くに潜伏してもらって、詠唱を妨害するように狙撃したら良いんじゃないかな」
「まあ、対抗するとしたらそれが妥当だろうな……」
とは言え、まだ戦う事が決定したわけじゃないので、難しく考える必要は無い。幾らか互いに思案してからワインを飲むと、俺や公爵がボトルを掴むよりも先にロビンがボトルを掴む。
「酌する~」
「ふむ、珍しいねロビン。普段は酒の場には居合わせないのに」
「お近づき? なんか、そんなの」
「――英雄って言っても、やっぱりこういう所は同じか」
そう言いながら俺はロビンに酌をされながら、町中で出会ったマリーの事を思い出した。
『英雄なんてものは、人々が勝手に押し付けた役割であり、幻想でしかない。守れなければ責められ、頼られるけれども助けてはくれない。英雄が一つでも多くを救おうとすればその分自己犠牲と同じ位の負担と負傷を強いる羽目になり、救われた人は行為と行動を『さすが英雄』と重荷を増やし、救われなかった人は『英雄のクセに、なんで』って責め立てる。
だったら、英雄になんてならなくていいし、そんな栄誉は……要らない』
寝ていないと言ったけれども、それだけでは片付けられない陰が彼女の顔にはあった。ロビンは明るく振舞っているのに対して、同じ英雄であるはずの彼女は陰鬱な様子なのが気になる。
『――私は、ただ普通に生きたかった』
その言葉だけが印象的で、何度か脳裏でループした。ロビンは、どうだったのだろうかと思いはしたが、それを尋ねるのに初対面はありえないだろうと言葉を呑んだ。そして俺はそのまま良い時間になるまでロビンに酌をされながら公爵と談笑する事になる。
ロビンはどうやら酒が好きじゃないらしく、一滴も飲みはしなかったが……。弱い性質なのかもしれない、頬が赤いかなと思っていたら次第に目がトロンとなり、途中からしなだれかかって来るなと思っていたら、俺たちが酔うよりも先にギブアップして先に消えてしまった。
ロビンがマリーと同じように存在をかき消して去ると、もうお開きだと公爵が告げて音声遮断の魔法が解除された。そしてザカリアスが呼ばれ、幾らか心配されながらも俺は一人で部屋へと戻っていく。
メイドがいつものように脱がせ、着替えさせようとしてくるのを部屋の外まで追い出して自力で着替えると、そのままベッドに倒れこんで潜り込むと、何時寝たのかも分からぬぐらいに深い眠りへとついた。
――悪夢は見なかった。




