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元自衛官、異世界に赴任する  作者: 旗本蔵屋敷
三章 元自衛官、公爵の息子を演ず
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37話

 目の前のことに集中しろ。

 それを言われたのは、突撃訓練をしている時だった。四歩躍進といわれる者で、味方と交互に支援しあいながら相手陣地に突撃し、最終的には拠点を奪取する訓練のときだった。その時、教育隊長が何を思ったのか、教官側に空砲を配布し、敵陣地に仮想的として配置したのだ。結果、MINIMIと八九小銃によって実戦のような恐ろしさを味わいながら突撃する羽目になったのだ。

 相手が撃っているときに飛び出すな、撃たれたら死ぬと叩き込まれ、結果としてその大半が遮蔽物から動けなくなる。けれども、後ろから教官の叫び声が聞こえると新兵であった俺達は突撃するしかない。そして遮蔽物に隠れられずに戦死判定をされた奴、相手が狙っているのに身体を見せた奴は引きずり出されて厳しい反省をさせられていた。その中で、俺は乱れる息と大量の汗の中で照門と安全装置を確認し、味方と交互に連携しながら前進していく。

 最後に、匍匐で砲撃支援が来ているという過程の中で可能な限り肉薄し、銃剣突撃で銃を構えている仮想的の教官たちの居る陣地へと雄たけびを上げながら突っ込んでいくのだ。

 そこから学んだことは、目の前にやることがある場合に余計なことを考えている奴は脱落していくと言うことだった。


 あれから一日が経過した。ミラノに対して大言壮語のような誓いを口にしてからというものの、自分でも驚くくらいに揺らぐことは無くなった。ミラノが何を言っても変に動揺する事も無く、公爵夫人と会っても落ち着いたままで居られた。流石にテーブルマナーに関しては思い出しながらになってしまうのであまり変化は無いけれども、体調や気分が優れないという事にならずに居た。


「起きてからは何をしていたの?」

「えっと。部屋で本を読んでノンビリしてたよ。長く眠りすぎたせいで内容を忘れちゃって……。

 だから新鮮な気持ちでまた読み直す事が出来るんだ」

「あらあら。本当に本を読むのが好きね」

「本は色々な考えに触れることが出来て好きかなって。それに、遠くに行くことは叶わないけれども、遠くの地で綴られた本を読むと、色々と外の世界を知った気になれて楽しいんだ」


 公爵夫人とお茶を飲みながら相手をする。ベッドで半身を起こして共に話をするのは、思えばそうきついことでもなかった。カティアはこういった時に従者の如く茶を注ぎ場を和ませるように時折一言二言投げかけてくれる。そのお陰で話が変に途切れる事無く、楽しく話をする事が出来た。


「そちらの子も、立派ね」

「お褒めに預かり光栄ですわ、奥様」

「彼女は僕の使い魔なんだ。眠り続けていた僕の夢の中で、ずっと――狂わずに居られたのは彼女のお陰だよ」


 という設定になっている。これに関しては公爵含め、ミラノやアリア、カティアとも口裏合わせが済んでいるのでとりあえずは大丈夫だろう。けれども、自分で言って置きながらなんだが――クライン、アイツはこの前起き上がるまでずっと一人、意識があるままだったんだよな。それでも、うっすっらと視界は有ったらしいし、物音とかも聞こえていたらしいからまだマシか。それに、ラムセスが看病などで付きっ切りだったのだから完全な孤独ではなかったんだと思う。じゃなければ、発狂していただろうから。


「母さんも、昔は立派な使い魔が居たんだけれど。クラインが居なくなってから、全く呼べなくなってしまったの。きっと心が弱くなって愛想つかされてしまったんだと思う。

 だからね、大事にするだけじゃなくて、貴方もしっかりするのよ」

「分かったよ、母さん」

「――……、」


 そうやって会話してると、公爵夫人は少しずつではあるが元気になってきているような気はする。明日は思い切って庭の花でも見に行こうかしらと言っていたので、俺は付き添って一緒に見に行くことを約束した。上手くコミュニケーションをしている筈なのに、ミラノの表情が優れなかった。


「夕方には剣と馬を教えてくれるザカリアスの孫娘が来るみたいだから、母さんには悪いけどそろそろ行かないと」

「大丈夫? あまり無理して、倒れないようにね」

「大丈夫だよ、母さん。僕だって男だし、いずれ父さんの後を継ぐんだから。

 ちょっとやそっとの事で倒れてなんか居られないよ」

「そう……。けど、気をつけて頂戴ね? また貴方が居なくなるのは、母さん耐えられないから」


 それは、実の息子に言ってやって欲しかったし、俺は実の母親に言って欲しかった。けれども直ぐに「大丈夫だって」と返す事が出来たのは、意識が徐々に自衛官だったときの”スイッチが入っているときの自分”になっているからだろうか。言葉遣いも幾らか堂々としてきたので、変に怯えた言葉遣いにならずに済んでいる。

 むしろそれで良かったかもしれない。変におどおどしたところなんて公爵夫人に見せれば不安になるだろうし、メイドや執事も「跡継ぎがあれで大丈夫なのだろうか?」なんて噂しかねない。一旦噂として外に出てしまうと、後でクラインご本人が現れたときに悪影響が生じかねない。それは断固阻止すべきである。

 席を立ち、公爵夫人の部屋をミラノとカティアの三人で出るのだが――。部屋を出て少し歩くと、ミラノに袖を引かれた。


「ねえ、兄さん」

「ん? なにかな」

「なんか――堂々としすぎじゃないかしら。一日目、二日目はあんなにおどおどしてたのに」

「無様な所は見せられないからね。それに、僕が無様なところを見せると”ミラノに”怒られちゃうしね」

「――そう」


 立派に兄を演じている、そのはずだった。なのにミラノの返事は芳しくない。少し考え込み、首を傾げてから訊ねる。


「僕は、上手くやれてるかな」

「ええ、上手くやれているわ。むしろ、やりすぎなくらいだと思うけど」

「なら問題無いさ。問題が有るよりは無い方が良い、だろう?」

「ええ、そうね……」


 俺にはミラノが何故そこまで暗いのかが良く分からない。けれども、ザカリアスが俺を呼ぶ声が聞こえた。どうやら孫娘が到着したようだ。今は荷物を離れに置いて来ているらしく、庭に行けば互いの手間が省けるだろうと言う話だった。

 なので俺は言うとおりに庭へと向かう。カティアも一緒についてくるのだが、ミラノだけは着いてきてはくれなかった。何か考え事をしているようだけれども、それを邪魔するつもりにはならなかった。


 ~ ☆ ~


 クラインを演じているヤクモがザカリアスに連れられて、カティアと共に去っていく。その背中を見送りながらミラノは、強く歯をかみ締めた。


「――アンタは、どこに行ったのよ」


 部屋の中で膝を抱え、辛そうにしていたヤクモは一転して居なくなった。後に残されたのは――かつてのように、己というものを排除し、ただただ目的を果たす存在であった。そこに弱音も弱気も迷いも躊躇いも無い。頼もしい筈なのに、だからこそミラノは不安になった。それは全てを義務や任務として背負い込んだままに潰れかけ、そして居なくなってしまった兄と殆ど同じで。

 彼は弱音を吐かなかった、彼は誰よりも努力家だった、彼は――誰よりも親の背中を追い続けていたのだから。そしてそうやって振舞っていると、ドンドン相手が何を考えているのかが分からなくなる、何を思っているのか……それこそ、辛いとか、苦しいとか、そういったものが見えなくなっていくのが嫌だと思った。

 前までならもっとしっかりして欲しいとか、もっとちゃんとして欲しいとか思っていたはずなのに。ミラノは、それよりも普段の彼の方が良いと感じていた。それは単純に彼も同じように悩み、苦しみ、感情を持ち、嫌な事は嫌と言い、好む事を喜んでくれると言う人間らしさを――自分と同じ生き物なのだと感じられるからだった。

 それに、なんだかんだと軽口を叩き、憎まれ口を叩き、それで突っ込みを入れたり聞いているような関係が良いのだと彼女は考えた。


「兄さん、早く戻ってこないかしら」


 そう呟きながら、彼女は後を追うようにして庭へと向かった。だが、彼女は自分の言葉の意味を理解していないだろう。兄ではなく、彼を重きに置いた言葉だったと言う事を。


 ~ ☆ ~


 庭に到着した俺は、良くここで修練をされてましたと言う場所にまで到着した。幾らか開けた場所で、武器を振り回したりしても周囲の迷惑になら無さそうではあった。最悪武器がすっぽ抜けたり弾けたりしても屋敷には被害が行かないだろうし、庭師にぶつかると言うことも無いだろう。


「何か、思い出しますか?」

「――いや、何も」

「左様ですか。しかし、その剣は中々に良さそうな物ですね」

「ああ、これ? ゲヴォルグさんの関わりのある武器らしいけど――」


 そう言って俺は腰に帯びた剣を抜く。ゲヴォルグさんが自身の家から持ち出した者で、分離させることで双剣になると言う、若干機械じみた得物だ。造りが特殊なこともあり手を出しづらいと言っていたし、双剣と言っても片方はゲヴォルグさんが作った剣だ、本当の双子剣ではない。

 まだ実際に使ったことは無い、完全にお飾りの剣だ。剣の扱いを教わった事が無く、その有り方でさえ想像の域を出ない。もしかすると凄い秘技とか有るかもしれない、ヒュウガやアルバートのように魔法を纏った技に似た何かがあるかもしれないのだから。


「そんなに業物に見える?」

「少なくとも、触れれば斬れると言う印象が有ります。言ってしまえば、量産された武器では無いと言うことですね」

「量産された武器って、そんなに質悪いの?」

「剣とは刃がありますが、肉を切るときにナイフを前後させるように刃を当てた上で滑らせなければなりません。しかし、今の戦いは軽装の相手にしかそれは通用せず、重装歩兵などが出てきた場合、剣とはおおよそ殴るためにあります。

 よほどの熟練者か、あるいは相手が隙だらけでもない限り隙間を縫って刺す事も難しいでしょう。しかし、時折武器の中には熟練した鍛冶屋と熟練した魔法使いによる――かつての”付呪装具”のように、相手の鎧等を斬る力を有するものがあります。私は、その一つのように感じます」

「――そんな簡単に、素晴らしい武器が手に入ったら苦労しないよ。ただ、作り手が凄かったんだろうね」

「そうでしょうね」


 相手が防具付きでも斬る、か。そんな武器が手に入ったら、それこそ戦闘で有利だろう。そもそも装甲が分厚くなったが故にモーニングスターだの斧だのが戦場に登場した訳であって、それですら斬るためではなく潰すためのものでしかない。装甲が分厚くて刃が通りません、だったら殴って中の人間殺せばいいだろ! と言う話である。似たような事は一次大戦、二次大戦でも起きているし、別に珍しい話でもなかった。

 剣を収めて手を叩く。何だか、銃剣や包丁やナイフではなく、剣を握ると言う事に不慣れで手に違和感が残ったので、拭うかのような動作だ。それから、滞在に関して話を聞こうとしてザカリアスを見た時に、その視界が幾らか暗くなっているのに気がついた。まだ昼下がりだ、夕方と言うには朱色が足りないし、曇っているわけでもない。だから空を見上げたときに、俺はその違和感の招待が何なのかを理解した。

 ……人が、宙を待っている。太陽を背にして空高く舞っており、どこからどれくらいの距離飛んできたんだとか考えている内に、その人物は俺へと落下してきた。当然、何とか対処しようとはしたけれども出来たことは回避よりも防御だった。


「ぐはぁっ!?」

「ご主人様っ!?」


 そして押しつぶされ、俺は地面に仰向けになる。打ち付けた背中や僅かに地面にぶつけた頭が痛む、そして胴回りが痛んで仕方が無い。けれども、そんな事を気にしている余裕は厳然の光景を見て、無くなった。

 まず胴回りの重みは馬乗りになられているからだ、しかも――なんだ?――太ももが、だな。こう、腰周りに乗っかっている。しかも身を守るために動かした手が……こう、ミラノやアリア――当然カティアよりもふくよかな胸を鷲掴みにしてしまっている。しししっ、しかもっ。や、柔らかさ、というものがですね? 温もりと一緒に伝わってくる。予想外すぎて、そして初めての経験にどうして良いかわからない。思考内でパニックを起こしている、カティアを見ると声が耳に入ってこないけれども何か起こっているような気がした。目が端が吊り上っている。しかもタイミング悪くミラノまで向かう側から歩いて来て、いまの光景を見て目を見開いたままに立ち止まっている。これ、絶対に怒ってるよな?


「クラインっ、ようやく目を覚ましたんだな!」

「あ、えっ!? 違います、クラインじゃないですっ!!!」


 しかし、相手は俺が胸を鷲掴みにしている事や腰に乗っかっている事を気にしていないようであった。これがあれじゃないか、見ようによっては「これ絶対に挿入ってるよね」と言われかねない。

 完全にパニックを起こして意味不明な暴露をしている俺に対し、彼女はケラケラと笑いながら肩を叩いてきた。


「クラインはおかしな事を言うなぁ。私がクラインを見間違えること無いだろ?」

「ヤゴ。クライン様の上に飛び乗るとは何事ですか」

「いや、だってさあ。久しぶりに会ったんだし、剣の腕前とか足捌きとか気になってさ~」

「そもそも、ずっと意識が無いままに眠っていたのですから、忘れ衰えはすれども上達するわけが無いでしょう」

「いや、わかんないじゃん。前にボケちゃった爺さんが、家に魔物が出てきて驚いて剣を掴んだら記憶が戻ったのを見たし。もしかしたら咄嗟に思い出すかもって――」

「少なくとも、その可能性は無いでしょうね。さあ、何時まで押しつぶしているのですか」

「そうだった。ごめんごめん、立てる?」

「あはは――」


 俺の上から退いたヤゴが手を伸ばし、起き上がるのを手助けしようとしてくれる。それを掴まずに、俺は自力で起き上がり、何とか立ちあがった。そしてカティアが滅茶苦茶白い目線を送っているのを見てみぬフリをする。じゃないと、滅茶苦茶お小言を言われそうだ。どうせ後で言われるんだろうが、それはどうでも良い。


「孫娘が失礼いたしました。この子がヤゴで、これから当面クライン様の剣と馬の修練を担当します。その時は出来る限り私もお付き合いして、場を管理させて頂きます」

「へへっ、まるで昔みたいだよな。安心しろよクライン、私がちゃんと面倒見てやるから何も考えずについて来れば良いんだ」

「ヤゴ。ちゃんとコツを掴んで、それを教えられるようにして来ましたか?」

「任せろって、じーちゃん! 剣はガッと行って、ヒュッと突っ込んで、ズガッと斬り込む!

 どうだ? 凄く分かりやすい説明だと思うんだけどな」


 お前は三の数字を背負った名誉監督か。しかも基礎程度ならなんとなく「そういうもんか」と理解出来てしまいそうな自分の頭が心配になった。俺も、陸曹目指して勉強してなければ「的を狙って、ゆっくり引き金絞って、ストンと落とせばど真ん中」とか今でも言っていたかもしれない。それで正しい照準の仕方と引き金の引き方と命中精度を叩きだせる奴が居たら俺はびっくりだ。自分だけが修得していれば良いと言う考え方と、技術や知識を教えなきゃいけない立場では全く違う。

 顔を抑えてため息を吐くと、ザカリアスが咳払いをしていた。


「あぁ、えっと。その、クライン様。口頭での説明は私が担いますので、見て学べるものを学んでください」

「あれ、ダメだった?」

「つくづく、子を亡くした事が悼まれますな……」

「――学校は? 本は?」

「学校などは、庶民にはありません。そして本も、よほど裕福な――それこそ、商人等でなければそうそう所有しているものでは有りませんから。

 それでも、”こみっく”なるものが最近は出回ってるので、多少マシでしょうが……」


 マジか、貴族階級じゃないと学校行けないのか。しかも本ってそこまで高いのか……紙や綴じ等で大分金がかかってるのかも知れない。そもそも印刷技術がどういうものかを知らないので、量産されるようなものでもないのだろう。昔は写本が当たり前だったらしいし、その写本でさえも金を払ってやっていたようだから……。庶民の、あるいは平民の学力はあまり高くないのだろう。ということは、庶民にとっての世界は狭いと言うことか。


「けど――へへ、じーちゃんが居るって事は、私も見てもらえるって事で良いんだよな?」

「――言っておくと、甘やかすと言う事をしません。泣き言を言うことも許可できませんので、腹を決めてください」

「腹なんてとっくの昔に決めてるぜさ。親父が死んで、剣で生きると決めてからな」


 孫とは言え、剣技に関しては妥協をするつもりが無いらしい。笑みを絶やさなかったザカリアスが少しばかり厳つい表情を見せるが、それもヤゴの言葉によって直ぐに打ち消された。俺には事情が分からないけれども――母親に関して今まで言及してないのは、触れるべきではない話題だからだろうか? 父親は死んだと聞いているけれども触れないと言うことは、もしかするとこの子が養っているのかもしれない。何かしら、有ったのだろう。


「ふへへ……。前は一緒に親父に虐められてたけど、今度は私がクラインを虐める番か~。

 楽しみだな~……」

「ヤゴ。虐めていたのではなく、シゴキと言うのです」

「昔から僕はそういう扱いだったのか」

「え? そだよ? 今でもクラインが吹っ飛んで、草ん中にズボーッ! って突っ込んだの思い出すよ」


 庭師泣かせの原因は剣の訓練中か……。というか、宙を舞ったことも驚きだけれども、そんな仕打ちをして良く公爵に怒られなかったな。


「そんな事して、よく殺――じゃなくて、怒られなかったね」

「クラインが言ったんだろ? 『本当の戦いだったら僕は死んでる。だから、痛い目を見るのは、生きるために払ってる勉強代だ』って、かーちゃん説得してたじゃんか」

「ああ、うん。そんな事も……あった気がするなあ」


 自分が自衛隊に居て、格闘訓練の最中に腕折ったときも似たような事を言った気がする。相手の若い三曹が謝罪してきたけれども『実戦だったら自分はもう殺されてます。けど、生きてるって事は、この痛みは授業料みたいなもんですよ』と強がった。というか、自分よりも階級高い上にレンジャー上がりに「どうしてくれるんだ!」なんて喚けるはずがなかった。そんなことしたら本当に息の根を止められかねない。

 けれども、実際あの痛みは授業料になった。仕掛けられたら拙い技と、ある程度仕掛けられてしまったら抵抗しないほうが良い技と言うのを学べたのだから。抵抗したほうが致命的にならない技も有るが、抵抗したほうが自分を苦しめると言うのもある。実際、間接を極められた場合はそんなものだろう。

 異なる世界であっても、自分と似た存在は似たようなことが有った場合に似たような事を言ってるんだなと強く思い知らされる。ということは、クラインも親の背中を追いかけているうちに公爵が死んでしまったら、引きこもりになるのだろうか。

 ――人が死ぬ事は決して少なくない影響を与える、それによって辛い思いをするのは俺だけでいい。クラインは――その分家族が苦しんだし、本人も苦しんだだろう。これ以上の責め苦は必要ない。


「けど、本当に何も覚えてないんだな~」

「ごめんね? けど、生きてるだけマシだと思うんだ」

「確かに。どんなに息巻いてても、どんなに立派な事を言ってても死ねばお終いだもんな」

「だから、しくじらない為に、色々と学ばないといけないんだ」


 それはクラインとしての言葉だったのだろうか、それとも俺の言葉? 偽りのない率直なものだったけれども、そんな俺を見てヤゴは笑みを浮かべた。


「――その顔、昔と一緒だ」


 そう言って彼女は背を向けてザカリアスの方を見る、そして――なんだろう。誰かに似たような事を言われた気がするのに、全く思い出せない。ヤゴは「それじゃ、荷物を片付けなきゃいけないから」とザカリアスと共に去っていった。どうやら顔合わせはこれで終いらしい。

 去っていく二人の背中を見送り、俺は両手を握り締め、何も考えないことにした。そしてゆっくりと振り返ると、そこには二人の鬼が居て――


「兄さん?」

「ご主人様?」


 どうやら、無かった事には出来ないらしい。


 ~ ☆ ~


 あの後、俺は傍にあった倉庫に連れ込まれて暴力に等しい何かを一身に受け止めた。正座でミラノに怒られ、その傍らで「胸触ってたわね」から始まり「まだ感触ある?」と聞かれて「うん」と答えたが為に両の手を思いっきり齧られた。そりゃもう盛大に、歯形が幾つもくっきりと残るくらいに。

 しかし、仕方が無いだろう? 女性の胸を揉んだ経験なんてない、それにあんなに色を感じさせるような跨られ方をされたら嫌でも記憶に残ってしまう。こう、何と言うか……。太った後輩の脂肪を触った事が有るが、あれとは違って――なんだ、温もりが感じられたような気がした。その感触を思い出すと戸惑うのだが、それよりも先にカティアの歯が食い込んで痛い事痛い事。跨られた感触が~なんて言い出した日には腰周りを蹴られたり殴られ続けるのだろうか? 腰椎損傷で俺は車椅子生活になってしまう。


「手加減して欲しいよ……。僕だって、あんな想定外な出来事に対処する能力はないって」

「兄さまは前にもっとご立派だった気がするけど」

「あの時は……危機感が有ったからだし。屋敷の中で白昼堂々奇襲されるなんて思ってなかったから」

「ご主人様、意識しすぎで無表情になってましたものね」

「うっ、うるさいなあ……。仕方が無いだろ? あんな、女性の身体に触れるのなんて初めてだったんだから」


 なお、妹や母親は別だし。その二人であったとしても胸だの何だのと触れたことは無い、個人の名誉と尊厳の為に断定させてもらう。野郎の胸ですら訓練だの人命救助でしか触れたこと無いわ。

 そんな言い訳をすると、ミラノとカティアの両名が驚いた顔をする。そして数秒と立たずにカティアから「え、童貞?」とメッセージが飛んできた、やかましいわ!


「二人が”自分”の事をどう見てるか、よ~く分かったよ。

 あのね、ずっと――追いかけて生きてきたんだからさ、そんな経験も機会も無かったの」

「あぁ、えっと。ごめん。――ごめん? ねえ、この場合ごめんで良いの?」

「やめてっ!? なんか居た堪れないからっ!」

「ご主人様、おいたわしや――」

「それだと僕が不健全男子みたいになるからやめて!!!」

「楽しそうにしているようだな、我が息子よ」


 ミラノとカティアにはさまれ、きゃいのきゃいのと喧しくしながら歩いていると、屋敷から現れた公爵と遭遇する。その傍らには一人の老メイドがいる。確か――メイドの中でも経歴が長い、言ってしまえば束ねる立場にあるものだそうだ。そう、メイド長と言う奴である。

 経験豊富、職歴長し、掃除や買出し一年を通して屋敷に使える以上必要な事を全て認識・把握し、その上でメイドに指示を出しながらも教育し続けている。成すべき事を成している、立派な人材だった。

 因みにザカリアスの元奥さんらしいが、彼が功績から名誉貴族になった時点で離婚したとか。何があったのかは分からないけれども「私が至らないばかりに、愛想をつかされまして」とか言っていた。どうやら互いに意見の相違が合ったらしいが、それに関して触れる気は無かった。


「父さん。どうしたの? その――庭に来て」

「なに。私に良く尽くしてくれている人物の孫娘が息子に対して教鞭を取るという話だからね。

 それに、長らく会っていなかったから挨拶をと思ったのだよ」

「旦那様は態々ご自身の目で離れのお部屋を見て、足らぬものが無いかどうかを訊ね、判断するためのご足労して頂いているのです。

 身分が何であれ、教えを請うのはこちら側だから滞在中に不自由させてはならないとの事です」

「なるほど。凄いね、父さんは」


 本当に凄いと思った。俺の知っている貴族と言う概念から外れ、良い事をしようとしている。だから純粋にそう思い、言葉にしただけなのだが――。何故だろう、公爵は目線を彷徨わせてから軽く咳払いをした。


「――私は、自分に出来ることをしているだけに過ぎない。己の利を考える輩は、同じように利を求める輩が集うだろうが、その利が失われた場合に誰もが切り捨てる。

 だが、恩や礼節によって互いに育まれた関係と言うのは、そう容易く切れるものではないのだよ。

 私も常に立派ではいられない、時に不作を嘆く領民に涙を呑んでもらうこともある、時に豊作であっても不作の時の損失を賄うために国王に首をかけて頭を垂れる事もある。体裁を取り繕っても、それはどこかに負荷を――負担を与えてしまうのだから」


 そう言っているときの公爵は、幾らか落ち込んでいるように見えた。しかし、それも直ぐになくなる。直ぐに彼は気を取り直して「では行こうか」とメイド長を引き連れて離れへと行こうとした。


「あ、えっと! ――その、ザカリアスも居るから」


 その背中に、俺は何と無くそう投げかけた。それに対してメイド長は立ち止まり、半ば此方を向いてお辞儀をするとそのまま離れへと入っていった。俺は幾らかの不安を感じながらも、とりあえずホッとした。


「なんでザカリアスの事を伝えたの?」

「二人とも、ギクシャクしてしまうんじゃないかって。それに、ザカリアスは彼女が離れに来ることを知らないけれども、彼女はザカリアスが離れに居ることを知ったから――変なことにはならないと思って」

「ふぅん……」


 二人とも長年勤めている事だし、互いに刺々しいやり取りをする事は無いだろう。それでも、何かあったら嫌だなと思った。ただ、それだけの話だ。

 父親の仕事上……やはり、家を開けることが多かったり、急な仕事で予定が変わることは少なくない。家族全員で外交上の付き合いをする事もあった、両親のみで出かけ子供である俺達がいえに残される事もあった、父親のみ海外へ赴任する事も珍しくなかった、そして――幼少期の自分らが母親の負担になることも少なくなかった。

 一度だけ――本当に、離婚騒ぎになった事がある。妹は泣き喚いていた、弟は部屋に閉じこもっていた、このままでは本当に離婚しそうな時期が一度だけあった。母親は育児の不安と負担に耐えかね、父親も仕事だからと仕方が無いと言いながらも――殆ど自分の子供と関わった事が無いためにどうして良いか分からずに居た。

 あの頃を思い出して、何と無く苦い思いをした。


「僕には長生きした上で、何であんな関係になったかなんて想像もつかない。

 けどさ、最悪険悪な関係にならないでいてくれるだけでも嬉しいかなって」

「――あのね。あの人……、アークリアさんは、ザカリアスがあまりにも剣を持って敵に切り込んで行って、負傷して帰ってくるのが嫌だったから離婚してまでお屋敷に居るのよ?」

「あれ?」

「当然、ザカリアスは何故離婚をつきつけられたのか分からないまま今日までやって来てるけど、彼が一方的に苦手意識を持ってて、アークリアさんも態度があんなだから分からないけど、今でも大事に思ってるわよ?」


 ……おっと、余計なことをしたかな。口元を覆って目線を彷徨わせると、ミラノが苦笑していた。仕方が無いなあと言った様子では有るけれども、ミラノが笑みを浮かべるのは珍しいのではないか? というか、見た記憶が乏しいというか皆無に等しい。家に帰ってきて幾らか解れて来たのかなと思っていると、カティアが腕に抱きついてきた。


「大丈夫よ、ご主人様。例え何があっても、私だけはずっと一緒だから」

「あはは、まるで夫婦みたいな事を言うね」

「みたい、じゃ無くても良いのだけど」

「ま、まずは普通に好きな人を見つけて、純粋なお付き合いをさせてくださいお願いします」


 少しばかり考え、それから言葉を続けた。


「そもそも、どういう人が自分の好みかも分からないんだ。安易に相手を選ぶってことは双方にとって悲劇しか生み出さないし、それで短くない時間を費やした上に何かを失うのは馬鹿げてるじゃないか」

「……兄さんはそういった事柄とはほぼ無縁だとは思うけどね。どうせ侯爵や伯爵とか、他の貴族達がこぞって娘や姉妹を売り込んでくるだろうし。一人一人吟味してなんてやってたら、対処して一人ずつ送り返してる間に十倍の人数は送られてくるわよ」

「え゛っ……」

「まあ、そうでしょうね。自分の娘が公爵家の奥さんになったら、その権威や発言力は高まるでしょうし。それを狙って~と言うのは私にも分かりますわ」


 ……い、いや。俺じゃないし、それで苦労するのはクラインだし。クラインが戻ってきたら俺はただの名誉騎士爵の、吹けば飛ぶような地位の人間だから関係無いし。どうでも良い事だろう。

 だが――


「……実はね、アンタあてに紹介が来てるわよ」


 ミラノがそんな事を耳打ちしてくる。その時の俺の表情はどんなものだったのだろうか。ミラノを見つめ、小刻みに横へと首を振った。さっきも言ったけど、対女性の対応とかやり取りなんてやったことが無い。ミラノは主人として、カティアは使い魔――言うなら部下として、アリアは重要人物に連なるものとして見ているので「女性関係」に該当しない。

 そんな俺が? いきなり? 見合い相手? 無理。無理無理無理無理。合わせられる話題が無い、連れて回る場所が無い、甲斐性も無ければ扶養する仕事や金も無い。


「相手は辺境伯で、そこの次女ね。マーガレットと言う名で、長女と違って御淑やかで大人しい子みたい。

 花を愛で、本を読むのが好きで、音楽を愛し、動物と触れ合うのが楽しいという子なんだけど」

「そんな子といざ会って、幻滅されたらどうするのさ。

 ――俺、今の所戦う事と魔法の潜在性が高いってだけの、ただの馬鹿だぞ?」

「馬鹿ね。中には英雄という響きが好きな子だって居るのよ」

「まるで――うぅん……。まるで、知ったような事を言うんだね」

「だって、その子学園に居たもの」


 そうなのか。とは言え、多分顔を見ても誰だかわからないだろうし、名前だって初めて聞いただろう。そもそも他学生との交流なんて殆ど無い、それでも魔物による都市襲撃以降は真摯に戦闘訓練に打ち込む男子生徒が増えたのでそっち方面では幾つか面識が広がりつつあるものの、やはり名前と顔が一致しないことが多い。

 そもそも、何で俺だけ女子寮に居るのか。そのせいで仲良くなる機会が少ない上に、女子生徒には避けられていてそっち方面での面識の広がりは期待できなかった。


「――俺にはあんまり女子生徒の知り合いは居ないけど」

「アンタは知らないでしょうけど、結構噂されてるわよ?

 アルバートやグリム、それにアリアや私も大分色々聞かれてるし。元々女性は嫁ぐと言う事や荒事とは縁遠い事も有るし、同じ学園に居た正体不明の使い魔、それが見かけによらず強くて騎士爵になって……

 話題には欠かさないし、今じゃ数百の魔物を吹き飛ばしたって事にまでなってるわね。最近、みんな顔を見るだけで逃げるように去っていくか、おずおずとすれ違ってくでしょ」

「――男が居るせいで身の危険を感じてるんだろ」

「違うわ。みんな勝手に幻想を抱いてるのよ。だからどう接していいのか分からないのよ。

 良かったわね。学園の何割かは貴方に申し込んで来てるから」

「――全部丁重に、何かしら理由をつけてお断り出来ないものですかね?

 なんかその……、無理だって。自分の家も持ってないのに……」


 俺がそう言うと、ミラノは笑みを浮かべた。そして屋敷のほうを指し示しながらシレッと言う。


「大丈夫よ。アリアが今頃全部目を通して、其々に適当な理由をつけて、延長出来る物は延長させて、断れる相手は断ってるから」

「あ、全部断ってるわけじゃないんだ……。というか、アリアが全部処理してるんだ――」

「アリアのほうが相手の事を良く理解してるから。私が理由を考えると、全部攻撃的になるし」


 ミラノはズケズケ言うしなあ。それに比べればアリアの言葉は柔らかいので、変に顰蹙を買うこともないだろう。それに、お為ごかしで誤魔化しをはかってしまいかねないので、上手くやれば幻想は幻想のままに出来てダメージを少なく出来るだろう。

 ……とは言え、幻想を幻想のままにされると結果としてこっちにいれ込んでいるという事実がなくならないので、延命行為にしかならない。いつかは解決しなければならない問題だろう。


「面倒――だなぁ……」

「――アンタの居た場所は、どうやってたのよ」

「え? 自由恋愛、かな。全員がそうではないけれども、大半は身分や地位とかに関係なく、機会だけは平等に与えられるからね。異なる国の人同士が婚姻を結ぶこともある、なんて言えばいいかな――全員が、庶民のような感じ?」

「それじゃあ血筋が遺せないじゃない」

「血が特別じゃないんだ。だから”高貴な血”とやらは存在しないから、伴侶が居て子を成せばそれが血筋なんだよ。まあ、自由になった分経済の呷りを受けやすいところは有るんだけどね……」

「経済と婚姻に何の関係が有るの?」

「女性が嫁ぐ場合、それからの人生で使うお金って言うのは主に男性が稼ぐ金に左右されるんだ。

 例えばだよ? 子供が産まれる時にまず出産費用がかかる、そして赤ん坊とは言え食事や生活をするわけだから食費や衣類等々の費用がかかる。そして成長してきた場合、赤ん坊に対する教育として玩具を買い与えて、思考させる能力をつけさせなきゃいけない。

 そしてある程度成長したら――義務教育、って言うのが有るんだ」

「”ごむきょーいく”?」

「ミラノ達が学園に行くのは、本人の意思や形式によるのが大きいだろう?

 そうじゃなくて、所定の年数は必ず学校に行かせなさいというもの。それは国民全員に課せられた義務であり、学ぶ権利と言うものなんだ」


 そこまで語ったところで、ミラノが頭を抑えながら「ちょっと待って」と言ったので止める。そして彼女は少しばかり考え込み、口を開く。


「国民全員? それって、さっきのヤゴって子のような貴族階級に無い人も?」

「そういうこと。ただ――あまりこの先は語らないほうが良いかも知れないから省くけど。

 とにかく、男性の収入に依った生活しか出来ないから、経済が悪化して生活がままならない場合は、どうしても互いに不安になって結婚できなくなってくる。

 男は自分しか養えないのに奥さんが出来たら余計に生活が苦しくなる、女性は結婚したら相手の収入に頼らなきゃいけないのにその収入で生活するのに不安が有るとする。

 じゃあどうなるかな? 男性も女性も、自分を食べさせるのが精一杯で結婚なんてしなくなるんだよ。

 もっとも、自由恋愛だからみてくれが悪くて相手が居ないとか、性格や人格に問題が有って相手が居ないとかもあるから一概に言い切れないんだけどね――」


 はは、と最後に笑ってしまう。そして、俺はその”結婚相手どころか恋愛相手すら居なかった”と言う層に当てはまる。嫌だな、思い出させないで下さいよ。高校時代は死ぬまでに関わりのあった仲間の事しか記憶に無いし、そこに女性の姿があったかと言うと……少し、疑問を抱いてしまう。


「自由って言うのは、一件素晴らしいことに思えるかもしれない。けれども、自由と言うのは与えられるものじゃなくて掴み取っていくために行動し続けなければ全てを失ってしまうものでもあるんだ。

 生まれで家柄や婚姻相手が勝手に転がり込んでくるわけじゃない、親が立派であっても子の代で没落して血筋が堪える事もあるし、親の代までは困窮していたけれどもその子が一財産を成すことだってある」

「けどご主人様。そこには運だって介在するでしょう?」

「運の八割は努力の積み重ねた結果、残りの二割がその結果招かれた必然って言うんだよ。

 つまり――僕が女性と関わる努力をして、相手に理解され、理解する努力をして、その上で歩み寄り、時には妥協し、時にはどちらかが諦めたりしながら――その上で、互いに認め合えた関係、何だと思うよ」


 戦争と平和の関係に近い。ただ平和を訴えるだけなら、誰にだって出来る。けれども、近くで軍拡をし海を埋め立てたり国境近辺に軍を進駐させているような国があったらどうする? 最適な手段は”手を出したら痛い目を見る”と、当然のように尽くせる手段を全て尽くすこと。平和とは戦争をしない、起こさせないために努力をした上で成り立つものだ。家に防犯処置をせず、鍵をかけずに門戸を開いたままに金目のものを置いたままに「泥棒が悪い!」と叫ぶのは、少しおつむが足りない。国防を、防衛に出来ることを全てやった上で喚けば良い。けれども、相手が日に日に拡大しているのに防衛力を削げだの、その為に犯罪行為や法を犯して反対するのは果たして正しいのだろうかね? 答えは、ノーだ。

 つまり、恋愛もまずは女性と関わるために一歩踏み出して声を出さないのに「彼女できねー」とか「結婚できねー」言うのはばかげているということだ。自己を貫き通しすぎれば道は合わないし、だからと行って回避し続けても重ならない。その一歩目すら踏み出していない俺が言うのもおかしな話だが、恋は戦争とか言ってたのでそんなものなのだろう。


「ねえ、そこらへんもっと聞きたいのだけれど」

「それは――僕が役割を果たしてからでも良いかな?

 じゃないと”僕が”国家を揺るがしかねない発言をした人物にされかねないし」

「あ、あぁ……。そうね、そうだった――」


 そう言ってミラノが会話を惜しんだのを意外だと思った。今まではただただ端的な会話をしなかったのだが、興味を持っていたように感じられたからだ。今までは会話をして色々話をしても、理由は何であれ一度切った話はその場で終わりだった。けれども、今回はそうじゃない、続きが気になっているような感じだったし――何と言うか、関係が幾らか変わったのかなと思った。


「大丈夫。また、機会があれば話すよ」

「本当? また誰かの為に~って飛び出したりしない?」

「その約束はしかねるかな……」

「そういう時は、嘘でも言いなさい」

「――……、」


 だが、関係が変化したかなと思えば今度はカティアがしがみついてくる。歳相応と言うか、外見相応でしかないが、一応有るには有る胸の感触が服越しに伝わる。あれ、何で? 何かしたかなと戸惑っていると、カティアが不機嫌そうにしていた。


「ミラノ様、何か思うところでも有るのかしら?」

「……何が言いたいの?」

「なんか以前と態度が違わないかしらと、私は危惧しているのですわ」

「私は――主人なのよ。理解しようとするのは当たり前でしょ」

「そうかしら? なんか、こう……嫌な匂いがするのよね」

「嫌な匂いって――ヤクモっ、アンタの……」

「待て待て待て待て、待って!!!!」


 慌ててミラノの口を塞ぎ、周囲を確認する。幸いなことに周囲に人の影は無く、有ったとしても窓の閉ざされた屋敷内部の廊下か、もしくは庭に通じる階段脇の草木を手入れしている庭師くらいなもんだ。それでも俺は警戒して庭師を見ていたけれども、彼らはすっ呆けた感じでこちらを見て被っていた帽子をひょいとあげて挨拶とした。

 それを見送り、ため息を吐くとミラノの口を解放する。


「――何でミラノが暴走してるんだよ。落ち着けって」

「だって、アンタの使い魔がっ」

「だとしても、全てを台無しにするのがお前のやりたい事か?

 冷静になれ。じゃ無きゃ公爵を裏切り、母親を裏切り、屋敷の皆を裏切ることになるぞ」


 今の状態では、正体が露見した場合に取り繕っても拭い去れないダメージがある。例えクラインが無事だと公爵が言ってくれたとしても、その本人を目の当たりにするまでは誰もが信じてはくれないだろう。いや、表向きは信じるだろうが、裏では偽者を連れてきた事に落胆を隠せないはずだ。

そして、そうなった場合に一番ダメージが行く可能性があるのは公爵夫人だ。

 たとえクラインが無事だとしても、俺の正体が露見するのとクラインが存在するのは重なった条件じゃなければ……気落ちしてしまいかねない。人は生き甲斐や希望によって生きるものだ、それを失った人は若かろうと健康そうに見えようとも死んでしまうものだ。魂が抜けて見える、と言うものだ。

 ミラノが俺の言葉で幾らか冷静になったようだが、それでも唇を尖らせる。


「そうやって正論を言うのは嫌い」

「けれども、正論と言うのは”正しい論調”だから意味があるんだよ。

 ただ、犠牲になるものが多いけどね」

「――そうね、正しいだけでは犠牲になるものがあるって、今思い知った。

 だから……役割が終わる日が楽しみ」

「えっ――」


 ミラノはそう吐き捨てて屋敷へと向かっていった。背中に滑る嫌な汗、遠まわしに「覚えとけやこの野郎」と言われた気がして、クラインを演じている今ではなくヤクモとして素の自分に戻った時に問い詰めてくるのだろう。

 ちょっと待ってと言いながらミラノの後を追うしかない。今、出来るだけその脅威度を下げるしかない。何とか語りかけてその怒りを一握りでも解せないかと話しかけるのだが、ミラノは素っ気無く反応するだけでこれと言った手応えは感じられなかった。

 だが、なんだろう? こうやって俺がミラノに対して必死に関わろうとしている間、どこか楽しげにしているように思えたのは。そしてミラノが楽しそうに見えたのと反比例してカティアは不満げに見えて……。どうしろと言うんだ、物凄く判断に困るところだった。



 ――☆――


 その日の深夜、眠りに落ちた俺は意識だけが別世界へと飛んでいた。周囲は何も無い空間、真っ暗な闇の中と錯覚してしまいそうなほどに何も無い場所。そんな場所で俺は椅子に腰掛けてボンヤリとしていた。

 この空間はあの世のようなものだ。俺が元居た世界で死んだ時もここに居て、その後も早すぎた死やここに来たいと願いながら眠れば夢の中で来られるようになっている。何時もここに来た当初は何も無い、けれどもここに存在する女神が求めに応じて色々と出現させる事でお茶や菓子なども味わえる。

 この空間では時間の経過はほぼ皆無に等しく、この空間でどれだけ時間を費やして勉学や遊び倒しをしたとしても問題ない。人の数倍の時間を利用できるという強みが俺にはあった。


「サポートステーションこっちに投げてくれないか?」

「ま、待ってください。こっちに装甲兵が来てて……あれ?」

「排除したから弾!」

「は、はい!」


 本来であれば女神が存在する場所といえば荘厳であったり、理解不能であったりと色々と範疇を逸脱した存在だと思われる。けれども、ここはそうじゃなかった。女神と呼ばれる存在は世界を管理する立場として降臨していて、介入をしたりしなかったりをしながらも導いたり導かなかったりと自由な存在だ。そんな相手はさぞかし言葉の通じない、一方的に何かを語るような人物だと思うだろうが……。

 ここの女神は、アーニャと呼ばれる彼女は……そうではなかった。彼女もまたどこかで生き、そして死んだ人間であり、女神として選ばれ夜逃げした世界の後継者として赴任する事になった。感性は俺に近く、ゲームが好きだったり読書が好きだったりお菓子やお茶を好んだりと中々にそれっぽい。こんな空間に存在するにも拘らず”ニコニコできる動画配信サイト”だの”貴方のための動画サイト”だのとネットにまで精通していて、今日この空間に来たときはヘッドセットで完全に周囲の音を遮断して動画を見ながら鼻息をフンスフンスと荒くしていた。

 つまり、かなり世俗の色が落ちきってない……。その特別性を省けば、完全に俺と同じ人間でしかなかった。そもそも、日中は世界に下りて教会で”アニエス”という名前でシスターをしているようだが、羽が無い分重心がズレるのかよく転ぶ。それでも何とかシスターらしく救いを齎そうとしているのは賞賛すべき事柄なのだろうが、泥水を被せられた身としてはどっこいどっこいであった。


「ほわ~……。敵の排除が早いのですね」

「まあ、ゲームシステム的に頭狙うと敵は直ぐ死ぬからな。

 行けるか?」

「はい、スキルも回復したのでいけます」


 そんな亜空間で何をしているのかと言えば、二人並んでPCゲームに勤しんでいた。崩壊したアメリカで、エージェントとして街の治安を回復するために戦うオンラインゲームであった。アップデートの度に人が減ったとか聞いているが、それでも遊べ無い訳ではない。むしろ”ならず者”も減った事で中々に快適なプレイが出来るようになったとも言える。

 ちとモンハンばかりやり過ぎて些か飽きが来ていたので、別のゲームをやりたいなと思いこの作品を選んだ。実銃ではないけれども、やはり照準能力と言うのは何であっても培われるものだ。じゃ無ければ新隊員の段階で俺が射撃において最優秀の成績を叩き出せた筈が無い、ゲームであっても俺の事を鍛えてくれたという事実に乾杯だ。


「貴方様は、こういったゲームをされるのですか?」

「結構いい練習にはなるんだよな、これが。実際なら撃たれた瞬間ほぼ死んだようなものだけど、今いる世界だと弓だとか魔法だとかが遠隔武器の主流だし、相手が近寄ってきても咄嗟にどっちに回避しながらある程度の敵の所在地の把握と狙いがつけられるわけだ」

「はぇ~……、そんな事を同時にですか? 私にはとてもじゃないですが、難しいです……」

「嘘付けぃ。モンハンソロランクカンストまでやり込んだ奴が、回避と視点移動を同時にこなせないわけが無いだろ」


 このアーニャは生前、同じ学校に好きな男子生徒がいたらしい。その男子生徒は仲の良い友人と一緒に携帯ゲーム機で遊んでいたらしく、お近づきになりたくてコッソリ自身も遊び倒していたそうだ。

 けれども、その相手と仲良くなれなかったそうだ。結局そのまま進展が無く、今に至っている。それでも、まだ引きずっているような気がしたので踏み込んでないし、そういうことで踏み込める度量も度胸も無い。自分が転生転移と言う意味で特別扱いされては居るけれども、彼女にとっての特別はその男子生徒なのだ。

 あまり意識しないように、彼女が俺の特別にならないようにしている。ただ、それはそれで難しい話だ。俺の趣味と被る趣味を持つ相手、しかも異性だ。少し――というか、大分か――期待してしまうのだ。この子が傍に居て、同じ趣味を持つものとして共に在る。きっと毎日楽しいだろう。どういう子なのかを知っている訳じゃないけれども、お菓子を作ったりお茶を注いだりと家事能力はありそうだ。

 仕事が終わって家に帰ると、騒々しい音と共に彼女が現れる。また家具にぶつかったり転んだりしたのだろう、すこし髪さえ乱れた様子でドアを開けてくれる彼女に出迎えられる。食事は温かいか、もしくは出来上がって間もない。何時に帰ると言う連絡でさえ楽しみで、その時間に合わせて食事が出来上がるように調整してくれる。そして食事を取りながら会話をする、その事すら日常的でありながらも楽しい。上司や同期、あるいは後輩の事を話したりしながらも、今日も平和だったよと言って聞かせる。

 ――多分、幸せだろう。何故なら俺は最悪の状況を、孤独な日々を知っているから。それでも、最初から負けると分かっている無駄な戦いに挑むほど俺は愚かでは居られなかった。当たって砕けろ、死にはしないのだから。それはある意味正しいが――そんな理想論を抱くような教育は受けてない。


「ヘリコプターって、銃が通用するんですか?」

「通用しないってことは無いだろうけど、それでも戦車相手に撃つよりマシってレベルでしかないと思う。狙撃銃でガラスを通るかどうかってレベルの硬度と強度をしてるだろうし、口径がさらにでかくないときついだろ」

「じゃあ、何でゲームだと落ちるんでしょうかね?」

「それ、モンハンで”こいつらに刃が通るんですか”とか、マリカで”マグマに落ちたのに何で平気なの”って言う疑問と同じだろうな。

 何にせよ、これでミッションクリアだ。お疲れさん」

「はい、お疲れ様です!」


 とりあえず一息つける状態にまでなった。途中で狙撃兵が現れたり、物量作戦で半包囲されかかったりと大変だったが――やはり、気性の問題はあってもプレイヤースキルは高いのだろう。狙いをつけるのが幾らか苦手そうだけれども、立ち回り自体は問題が無い。良く言えば危険に敏感と言えるし、悪く言えば臆病とも言えるのだけれども。

 一息ついたところで隣からスッとお茶が差し出された。それを有難うと受け取ったときに、既にお茶の色と香りが変わっているのに気がついた。既に牛乳と砂糖が投じられているようだが――


「もしかして、俺の好みにしてくれたのか?」

「はい! 貴方様に与えたあの子を通して、お茶と牛乳の比率と砂糖の投下量を知りました!」

「三日会わざれば活目して見よとはよく言ったもんだ。いや、この喩えは変か?」

「阿蒙と呼ばれた男性の話ですよね? 確か」

「そうそう。三国志の人でさ、文武両道になった人だったか……。

 凄いよな、武で守れる人はそう多くはないけど、文で守れる人は数多くいる。

 俺も……それくらいになれたら、立派なんだろうけどなぁ」


 そうぼやきながら、俺はお茶を飲んだ。やはり、俺の好みの比率で牛乳と砂糖が入っている。甘すぎず、お茶の風味が失われすぎず。温かく、まろやかで、ちょっとした苦味がある。とは言え、俺には「この味にならなければ駄目!」みたいな目利き舌利きはできない。おいしいと思うものであれば良いという考えだし、不味けりゃ駄目というのならマテ茶を原産地の味わいで飲むのは駄目ということになるだろう。戦闘糧食――缶詰は一番不味い、あれ以上の不味さといったら焼き魚で抜かなかった内臓の味くらいだろうか。探せばあるだろうけど、ワースト一決定戦をするのは暇なときにでもすることにしよう。


「貴方様は、上り詰めたいのですか?」


 俺のぼやきに対し、アーニャが湯飲みを持ちながら首をかしげた。どうやら今日は緑茶の気分らしい、わざわざ俺だけ別の茶を出すとか手間暇かけてますね……ときめくからやめてほしい。


「上り詰めたいというよりは……、どこまで自分が立派な人になれるか、だな。あるいは、どこまで自分が行けるかとも言える。今は分からない事だらけ、出来ない事だらけで、どうしたら良いか、どうしたいかすら分からないけど――」

「『だからと言って、やらない理由にはならない。やってみた後で、出来るかどうか試した後でその結果を無駄にするかどうかは自分次第――』って、奴ですか」

「そうそれ! 認めてくれる親は居なくなったけど、それでも自分が死ぬ時が来たら『ま、こんなもんだろ』って……今度は満足して逝けたら良いと思ってる」


 もう仕方がないじゃん、なんか両親と似通った別人と会っちゃったし。たぶん、下手すると妹や父親に似た人物もどこかに居るのだろう。ただ一つ考えるとすれば――今の所ヴィスコンティ国、今居る国に滞在する可能性のほうが高いということだろう。少なくとも、自分が今までしてきたことや縁、コネを利用して出来ることが今の所存在する。英雄という立場、名誉階級とは言え騎士という爵位、それと――ミラノやクライン達に関して幾つか恩を売っているのでささやかな要求くらいは通るかもしれない、そしてアルバートとグリムに関しても同じなので現段階で公爵家二つを手札に加えられる。

 ただ、それを効果的に使える場面というのがまだ来てないと思う。なら、恩はせいぜい高く売りつけておいた方がいい。俺が何気なくやった事でさえ、こうやって振り返ればだいぶ価値のある行動をしているような気がする事だって少なくはないのだから。


「と言うか、俺って今までは事故だったり他殺だったり関係なしに生き返ってるけど、それに上限ってあるのか?

 出来れば、俺個人としては変に頼ったり甘えるような事になるのは意識的に嫌なんだけど」

「――そうですね。暫くは死に対してサポートする事になります。魂のクリーニング、リサイクルの余裕が出来たと聞いてませんから」

「じゃあ、暫くは死んでもサポートと言う名目で生き返ることになるのか……」

「あ、いえ。その、当然貴方様の意思は最大限尊重しますよ?

 けれども、時と場合によっては尊重できない事もある事は理解して貰えますか?」

「時と場合? どういう意味だ?」

「たとえば、私が貴方様が死んでも長時間サポートできない場合。貴方様の魂は漂ったまま、劣化や悪影響、最悪の場合行方不明となってしまいます。

 それとは別に、やはりクリーニングとリサイクルに時間がかかりすぎる場合もお断りしてます」


 なんだか、面倒な話だ。けれども、逆を返せばこの前のようにミラノたちを最優先しても大丈夫と言うことになる。死ぬのが怖いんじゃない、死より恐ろしいのは無意味になると言うことなのだから。


「ただ、あまり連続して死んだりはしないで下さいね? 死ぬと魂に穢れが溜まります。それを祓うと私に負担がかかるんです」

「どんな負担?」

「ん~、うまく説明できないのですが。こう、モヤモヤ~っとしたものがこみ上げてきます。

 それに疲れてしまうので、あまり連続して出来ない――と思うんです」


 まあ、負担になると言うのなら気をつけよう。その前に、好き好んで「死んでやらぁ!」と死にまくりたい訳ではないので、連続して死ぬような事は避けるようにしようと思った。ただそれだけなのだが――


「流石に老衰による死亡まで無理に蘇生させようとしないよな? 俺、嫌だぞ。人生満了まで頑張ったのに『すみません、死期満了は来世からなんですよ~』とか言われるの」

「――……、やだな。そんなわけないじゃないですか~」

「こっち見て、目を見て言ってくれませんかね?」

「ダイジョウブデスヨ」

「何で片言になるんですかねえ……」

「だ、大丈夫です! ちゃんとまた若返らせて、それまでの功罪で得点付与しますから!」

「そっちじゃねえんだよ!」


 何でちゃんと生き抜いて、老いて死ぬまで頑張っても「すみませ~ん」と言われてまた若返らされなきゃいけないのだろうか。下手すると延々と俺は生かされ続ける可能性だってある。その可能性を考えると、ミラノたちと親しくなるのはあんまり良くないかもしれないと言う考えすら浮かんでしまう。


「それだと、俺は今親しくしている人達と死に別れを繰り返すことになるんだけど。

 それは、嫌だな……」

「大丈夫ですよ。何があっても、私だけは絶対に貴方様の傍に居ますから」


 そう言われて、俺は肩の力が幾らか抜けたように息を吐き出すとともに笑みを浮かべた。確かに、その件で彼女を責めるのは筋違いだろう。さらに上に位置する『創造主』とやらがさっさと魂のクリーニングやリサイクルが出来るようにしてくれれば良いんだが、耳が遠いようなことを言ってたよな……。もしかすると自分のすべき事も呆けて忘れているのかもしれないが。


「――けど、絶対に傍に居るって言い方はまるで愛の告白みたいだな。

 富めるときも、貧しいときも……ってさ」

「っ!? ななな、何を言うのですか! そんなっ、私っ、愛の告白っ!?」

「や、みたいだなって言っただけで。別にそうだとは――」

「あわわわわ……」


 アーニャが顔を真っ赤にし、ものすごい慌てふためき出した。ワタワタと右往左往し、その目はぐるんぐるんと回っている。何をそんなにパニクってるのだろうかと苦笑してしまうが、彼女は女神に選ばれるほどの純粋で清らかな心の持ち主なのだろう。意中の相手が居るにも拘らず踏み出せないくらいに奥手な、それで居て転ぶようなドジとか……教会で誰かの為に尽くしている所とか、完全に箱入り娘のような感じがする。


「――落ち着けって。みたいって言っただけで、別にアーニャが俺に……俺なんかに愛の告白をしてるって決め付けて言ってないだろ?

 さ、ゲームに戻ろう」


 ため息とともにパソコンの画面を再び見つめた。拠点に向かってファストトラベルをし、アイテム整理をしようとしている傍らで、アーニャが逆に静かになり切ってしまったのが少しだけ――本の少しだけ気になり、けれども先ほどのテンパリ具合を見てしまったからこそ、少しの間は彼女に触れないでおこうと意識をそちらに向けるのをやめた。

 しばらくの間無言であったが、俺が荷物整理をしている間に彼女の操作するキャラクターが同じように荷物整理の為に現れ、二人して装備の調整や売買をして時間をかけていると自然に一言二言と言葉が行き交うようになる。そしてなぜ生じたか分からないぎこちなさも氷解し、また互いにミッションに向かえばそこそこに会話が行われていた。

 しかし、彼女も不機嫌になるのだなと思った。あるいは、この方面で彼女を突くのは良くないのかもしれない。ミラノはなんか俺の話に興味を持ってくれてるみたいだし、カティアは前に比べるとだいぶ接触過多過保護になってきているし――


「本当、儘ならないもんだ……」


 対人関係というか、女性とは良く分からない。そのことで俺は今後悩まされる事になるのだろう。女性の扱い方とか、そういうのはどこで学べばよいのだろうかと考えながらゲームの中の世界に意識が支配されていくのであった。

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