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元自衛官、異世界に赴任する  作者: 旗本蔵屋敷
2章 元自衛官、異世界に馴染もうとす
35/182

35話

 いかなる命令でも、黙って従え。

 そう言われたのは、忘年会で一発芸をしろと言われた時だった。自衛官――いや、自衛隊とて勤めているのは人間であり、感情もあればストレスを感じたりもする生き物だ。ブラック企業の存在がインターネットを経由して騒がれる中、自衛隊は代休が付くし、有給消化率は百%に近いし、ボーナスは二度出るし、土日祝日は絶対休みになる。とは言え、任務優先なので必ずではないが、それでも代休がついた上で消化させてもらえるからありがたい話だ。

 そして、自衛隊と切っても切れない存在が酒、娯楽、そして笑いである。富士の演習場での訓練などがあれば、検閲などで特別な状況下にでもならない限りは毎日天幕の中で酒盛りだ。そして年末年始の長期休暇の一日目などは、必ずと言っていいほど宴会がある。一番下の後輩などは挨拶回りで忙しなく席を行き来し、若干隊員暦の長い自分や先輩等は事前に――あるいは突発的に芸で場を盛り上げるのが仕事だった。

 俺は――自分を高める事や認められることしか考えていなかったので、一発芸と言われて戸惑い、場を白けさせ、その結果ようやく捻り出した一発芸も「もう座っていいからな?」と曹長に慰められたくらいだ。その後、俺は不憫に思った当時一曹だった上官に「飲め、な?」と、あろう事かお玉やトングなどの収められた容器になみなみと酒を注がれ、それを思いっきり飲むことになった。その行為はありがたく、一気飲みで半分を飲んで、二息目で全て飲んだ俺は真っ赤になっており、それが何故か場を盛り上げることになったので良かったが――


 朝日が昇り、カーテンの掛けられた室内にも僅かな明りが入ってくる。それがだいたい五時か六時位だろうなと思う。日に日に寒さは増し、太陽が昇っている時間が短くなっていく。あと二月位したら冬コミだとかアーニャが言っていたから、今は十月なのだろう。

 癖で左腕を眼前にまで持ってくるが、見慣れた真っ黒なG-Shockはそこには無かった。それどころか、キングサイズのベッドで天蓋のカーテンつき。ベッド自体の質も良いのか、安眠と心地良い眠りにつくことが出来た。

 起き上がってベッドを覆うカーテンを開くが、それでもまだ薄暗い。どれだけ過保護なんだよと思いながら立ち上がり、見慣れない靴に違和感を覚えた。それでも、今俺が履ける靴はそれしかないのでそれを履き、窓まで近寄る。

 カーテンを開くと、遠くに山とそこから少しずつ顔を見せている太陽が見え、まぶしさに腕で陽光を遮った。学園に居た頃とは違う、見たことの無い光景に見とれた。


「ク、クライン様!? お、お早うございます」

「うっ!?」


 背後からの声に驚き、キョドってしまう。部屋の入り口を見るとそこにはメイドさんが居て、早起きしている自分を見て驚いているようであった。


「すっ、すみません! クライン様が起きているとは、知らなくて……」

「う、ううん。良いんだ。ずっと――眠ってたからさ、自分でも寝て起きる時間が曖昧で――」

「ですが、クライン様が起きて来られるのに合わせられないなんて。私は……」


 処罰でもされるのか、それとも貴族と言うのはその家の人間が起きる前後くらいの時間に居合わせて、着替えとか起き抜けのコーヒー……じゃなくて、紅茶とかを準備するのが一般的なのだろうか。

 このままでは彼女が居た堪れないので、即座に何かしらの対処をしなければならないと思い――


「今って、忙しいかな?」

「あ、いえ。その――。まだ、忙しくは……」

「じゃあ、お茶を用意してもらってもいいかな? もし忙しいなら後回しにしてくれて構わないから」


 そう言うと、彼女は少しばかり俯きかけていた顔を上げて「は、はい! 直ぐに準備いたします!」と言って部屋を後にした。そんな彼女が出て行き、扉が閉まっているのを確認してからため息のように重い息を吐き出す。




 俺の名前はヤクモ。元自衛官で、ハーフで、海外出身者で有りながらも日本人である。陸曹候補生として頑張っている最中に両親が他界、失意の中での負傷によって走れなくなった俺はそのまま除隊し、誰も居ない実家で五年近く無職童貞のニートをしていた。

 しかし、買い物帰りで俺は酒でボロボロになった身体がついに付き合いきれなくなり、発作を起こして死亡した。そこまでは、どこにでもある、不幸な運命と人生を辿った一人の男の物語だっただろう。

 けれども、俺の生はそこで終わらなかった。死んだ俺を出迎えたのは女神のアーニャという女性で、どうやら増えすぎた人類と死んだ人の対処が間に合わないことから異世界で人生をやり直すと言うプランを薦められた。俺は、一握り程度には幸せになりたかったと考えたことも有って、異世界での生活を受け入れることにした。

 ただ、異世界での生活をするにあたって膨大な魔力と八種類の魔法のランク最大、失われた魔法や存在しないチート魔法だのを書き記した魔導書、人の数倍はある身体能力等々と厚遇して貰っている。これで何でも大丈夫だろ! と思ったのだが、異世界へ行く時に女神に送り出されたのではなく、まさかのその世界特有の魔法”召喚”によって一時的にでは有るが、ミラノという子の使い魔になる羽目に。

 当初は床で眠り、床で残り物を食べさせられるような有様だったが、そこに関しては自衛官としてもっと酷い事も経験してきたことで気にはならなかった。使い魔として妹のアリア、同じ公爵家のアルバートとその付き人グリム。ツアル皇国のミナセやヒュウガ等と様々な人物と出会い、親しくなっていった。

 それから魔物に街が襲撃されてミラノ達を救った変わりに一度死んで使い魔契約が途切れてしまったり、その時に様々な人を救ったことから騎士に叙任されたりと色々有ったが。今じゃそんな面倒くさいことも霞むような面倒くさい状況に陥っている。

 

 クライン。それが、今の俺の呼び名だ。

 とは言っても、別に改名したわけじゃなく、俺と九割以上似ていると言う人物が居て、その人物がミラノの兄であり、公爵家ただ一人の息子であること。そしてその母親がクラインが不在になってから病んでしまい、今では部屋から出ることも無いくらいに老け込んだかふさぎ込んでしまったらしい。

 そこで、俺は公爵に頼まれてクラインを演じることとなった。とは言え、それは一度きりであり、今回の滞在期間だけの話しだ。クライン本人はかつてミラノが誘拐されたときに単身で救出に向かい、その時の負傷と毒によってずっと眠りについていたのだが、それを俺が神頼みで何とかしてもらい、目を覚ました。

 クラインがまた以前のように行動できるようになるまでの間、という条件で俺はクラインを演じることになったのだ。だから、客室ではなく……俺はクラインの部屋で、デルブルグ公爵家に寝泊りしていた。


「……やっぱ、肩がこるなあ。昨日も不慣れで戸惑ってばっかりだったし……」


 先日、公爵家に到着したのは夕方だった。到着した俺はこの部屋に通され、ゆっくり休むようにと執事に言われた。クラインだったら何をするかな、部屋でやることといったら何だろうかと考えた結果見つけたのは部屋の隅に存在する本棚から本を抜き取り、それを読む事だった。

 本の読み方は特に考えもなく、ベッドに腰掛けて読んでいたのだがそのまま寝転がって仰向けで読書をしていた。執事が来たときに「やっべ!?」と思って跳ね起きたが、苦笑と共に「大丈夫ですよ、旦那様には以前のように内緒にしておきます」と言われてしまった。どうやらクラインも結構部屋の中では適当だったらしい。

 ミラノとアリア、カティアは三人で行動しているらしい。俺も到着してからはカティアとの接続を切ったので、何をしているのかは分からなかった。

 そして夕食。やったね、夕食だと思ったら。椅子に座るのも立つのも執事やメイドが椅子を引いたり押したりしてくる。これが当たり前なのかなと思ったら、公爵にミラノやアリア。さらにはカティアまで当然のようにやって貰っているのを見て、俺の認識がおかしいのかと理解した。

 ミラノとアリアに仕込まれた礼儀作法を何とか不器用に思い出しながら行う。自信の無さからスプーンやナイフ、フォークの扱いはこれで良いのかと考え込んでしまうのだが、そんな悪戦苦闘と苦悩をしている俺を見て公爵は笑い、ミラノは呆れ、アリアはクスリと笑っていた。むしろカティアの方が俺よりも礼儀作法に関して立派で、こんなんで主人を名乗って良いのか戸惑ってしまったが――


「はは……。ははははは!」

「え、えっと。父、さん――?」

「兄さんは、自信なさ気なのは変わらないね」

「大丈夫? 兄さまは長男なのに」

「うっ!? こっ、これでも間違ってないかどうか気にしてるんだ。

 いっ、家の中でもちゃんと出来なければ、これから外の人と関わる上で食事もするだろうし。

 しっ、ぱいを、だよ? しないように、考えてるんだ!」

「まあ、まあ。礼儀作法自体は習得している、後は自身を持ちなさい。

 我が息子よ、お前は良くやっている。良くやろうとしてくれているのは知っている、後は自分のしてきた事に胸を張りなさい」


 公爵にそう言われ、俺は「はい、父、さん……」と尻すぼみ気味に返事をしてしまった。父親でもない人物を父と呼ぶのに不慣れであることと、やはり上手くやろうとすればするほどに緊張は募っていく。そのせいで返事も途切れ途切れになってしまったが、執事がコッソリと耳打ちする。


「クライン様の作法は、以前と御変わりありません。ですから、例え自信がなくとも、そのままやりたいようになさってください」

「あ、合ってればいいけど……」

「大丈夫で御座います。もし練習したいのでしたら、部屋でお付き合い致しましょう」

「いや、部屋じゃさ……って、もしかして部屋に食器とか置いてるの?」

「飾っておられる装飾の皿、それと幼少の頃に旦那様から賜れた一式が御座います。

 クライン様が居られぬ間も、綺麗に磨いてありますとも」


 どうやら、クラインは幼い頃から部屋で練習していたようだ。なんという俺、自信がなければ散々練習しまくると言うあたりが似通っていて悲しい。けれども、やはり数名とは言え席の傍にメイドが控えていて、執事も控えているのは落ち着かない。しかも学園に居た頃に比べて会話はかなり少なく、食事中に会話をするのは礼儀作法に反すると言う言葉をそのまま反映しているかのようであった。

 萎縮しまくって、意識しまくってる俺とは反比例してカティアは堂々としている。彼女もまたアリアやミラノに幾らか教わっていて、俺が教わっているのを傍らで見ていた。けれども、何故ここまで俺と差がついた……? そこまで立派だと令嬢とか、お嬢様とか言われても遜色ないぞ……。

 などと、肩肘の張った食事の後で俺は公爵に「長旅で疲れただろう。ワインを後で部屋にやる、それを飲んでゆっくりと眠りなさい」と言われ、メイドと執事が部屋に来た。メイドは寝床を整え、執事が酌をしてくれる。一人で飲みたいかな~、なんて言ってみたものの「旦那様はそのように申し付けましたが、もしもの事があってはなりませんので」と言われ、結局執事を控えさせてワインを飲むことになった。メイドは寝床を整えると、部屋の外で控えるので出て行った。どうやら寝巻きに着替えるのも自分ではさせてはもらえないらしい。

 窮屈な思いをしながらワインを飲み、四割程度に加減をしてメイドと執事を押し出した俺は自分で着替え、そのまま寝た。精神的疲労からか、そのまま直ぐにグッスリ眠ってしまい、気付けば朝だったと言うわけだ。

 メイドと執事が朝の紅茶を持ってきて、「お加減は如何ですか?」だの「ゆっくり眠られましたかな?」等と聞かれる。無碍に扱うことも出来ないし、休んだことでそれなりに回復出来たのでマシな対応くらいは出来た。そしてまた着替えを手伝おうとするメイドを押し出して自力で着替え、飲み終えたお茶の一式を下げて貰った。

 今度から起きるのはもっと後にしよう、例え早く目覚めても決められた時間に起きなければ付きまとわれてしまうだろう。それでも六時に起きるというのは同じだが、食事は7時、その後はなんと”自由”という有様を知ったのは、朝食の場で公爵とのやり取りでだ。


「あの、僕は今日は何をしたら良いんですか……?」

「む? ふむ。特にやる事等無いよ。やりたい事を、自分で決めて、そのようにやりなさい。

 あぁ、事前に執事のザカリアスに言いなさい。それを私が聞いて、是非の判断をした上でまたそちらに送り返す。それで構わなければまた此方に返事を送りなさい」

「それ、時間がかかるんじゃ……」

「至極最もな意見だ、我が息子よ。だが、お前は長い間この家を離れていて、どのような人材がこの屋敷に居て、どのような人物が近場に在住していて、どのような調整をしなければならないか分かっていないだろう?」

「う゛……。それは、そう、です、けど――」


 実の父親に言いくるめられていた時期を思い出した、その上中隊所属後の先輩に似たような事を言われたのを思い出した。事実、俺はこの屋敷の図面ですら分からないし、屋敷を出れば領地とは言えその勢力図や配置頭ですら分からないのであった。

 少しばかり考えて、ならばと提案するしかない。クラインという人物――つまりは俺なのだが――は、療養が長すぎたが為に記憶に混乱が見られるというと言う事になっていた。なので、多少の怪しい所や言葉遣い、そして過去を忘れていても大丈夫にはなっていたので、いいだろう。


「じゃ、じゃあ。まずはこの屋敷の事を把握する所から、やるよ。

 それと、ザカリアスに頼んで屋敷に仕えてる人と、屋敷で所用の時に呼び寄せてる人を教えてもらう」

「ふむ。まあ、それ位なら今この場で返事が出来るな、好きにしなさい。

 だが、母の居る部屋には入らない事」


 公爵の言葉に、俺は「はい」と返事をする事しか出来ない。先日も公爵の夫人――ミラノとアリア、そしてクラインの母親とは顔を会わせては居ない、部屋から出られないというのは事実なのだろう。それに、公爵との話では「興奮して体調を崩すといけないから、まずは話を通す。会うのはそれから」と事前に決めていた。多分今日の昼近くかそれ以降には会うことになるのだろう。


「ザカリアス、クラインにお屋敷を余す所無く案内しなさい。その後、お屋敷に居る人物と屋敷に良く来て貰っている人物の一覧。――それと、クラインがかつて関わっていた方々も教えられるようにしておくように」

「畏まりました」


 と、なんだかんだ何も分からないし出来ないと言う状態だけは避けられたようだ。これで少なくとも行動範囲と範囲内で取れる行動、それと手段やら何やらが確保できることになる。提案というかお願いが通って胸を撫で下ろしていると、ミラノが軽く手を上げた。


「父さん、それだったら屋敷内の案内なら私にも出来るから任せて下さい」

「ではそうしよう。ミラノは久しぶりに戻った兄が、これからの生活で不自由の無いように配慮をするという事で」

「じゃあ父さま、私は姉さんのお手伝いで良い?」

「勿論構わないが――。身体の方は大丈夫なのかな?」

「うん、大丈夫だよ。それに、お屋敷の中なら何かあっても直ぐに部屋まで運んでもらえるし、兄さまが運んでくれると思うし」


 ミラノの提案、アリアの補足によって展開がどんどん補強されていく。けれども、昨日も到着してからまともに関わっていないので、別に文句も問題も無かった。むしろ、カティアまで客人扱いで一室宛がわれているのに驚きだ、完全に全員がバラバラになってしまった。残念ながら、心細さを感じているのを否定できない。

 

「二人がそうしてくれるのは有り難いけれども、自分のやりたい事を優先しなよ?

 僕は――ほら、暫く屋敷には居るけど、まだ完治したわけじゃないから療養の続きをしなきゃいけないし」


 本当のクラインは、昏睡状態から回復した。そして最初は声も出せないほどの衰弱っぷりで、自力で食事も出来なかったのだが、その日の夕方には自力で起き上がり、自力で食事をし、長い台詞も言えるようになっていた。

 けれども、クライン自身の扱いが難しい事になっているのを理解しているので俺からは何も言えない。公爵は「療養している」と言っているが、それをミラノやアリアも信じていない点が問題なのだ。つまり、領民等の距離の開いた人々はともかく、地位的に、あるいは距離的に近い人はもう死んだと思っているのだろう。だから、下手に言えば騒ぎになってしまう、それを踏まえて公爵は本気で”サプライズ”にしてしまうようだ。

 クラインが本当に”とりあえず屋敷に戻れるまで回復する”となれば、その時点で俺は役割を果たしたことになり、公爵が「驚かせてすまなかったね」と事情を説明してくれるだろう。それまでは踏みとどまり、持ちこたえ、偽装し続け、創意工夫をしなければならないのだが。

 俺の発言に二人は少しばかりキョトリとしたが、先に口を開いたのはアリアだった。


「兄さま、父さんは仕事があるから私達が面倒見たいって事なんだけど。

 私達じゃ不安?」

「い、いや。不安じゃないよ? ただ、二人とも――やる事は無いの?

 学園から何か……課題とか、あるいは休みが明けてから何かをやるからどの事前学習とか」

「――別に課題なんて出てないから。それに、自主的に学びたいことが有るなら勝手にするのが基本なの。去年もそうだったし」

「兄さまは……学園に入ってないから。知らなくても仕方が無いでしょ?」


 えっと、ミラノとアリアが学園に入ったのが四年前で? 十歳の時に学園に入ったんだったか。入学の時期は多少変動するけれども、おおよそ十二歳の時に入学するのだとか。ミラノとアリアが十四歳で四年生だというのは分かったとして、クラインは何歳なのか聞くのを忘れた。クラインとは前にステータスだのコネクトだのとMMOシステムの魔法を使わせているので届くだろうと、メッセージを送る。「今何歳?」なんて聞くのは馬鹿げたことだなと思ってしまう。その後「へえ、若いね。どこ住み? というか、会わない?」なんて付け加えれば完全に出会い厨である。

 ただ、ここで強く反対する理由は無いので「じゃあ、頼めるかな?」と言うと、二人と頷いてくれた。これでミラノとアリアが一緒に行動する事になった。


「公爵様。わたくしもお三方とご一緒しても宜しいでしょうか」

「ん? あぁ、君は御客人だからね。自由にしてくれて構わない」


 カティアの扱いは、現在の所”ずっと昏睡していたクラインの夢に現れていた夢魔で、夢の中で仲良くなり相互に信頼関係が結べたので使役している”という事になっている。じゃないと、猫耳や尻尾が出たときに「人間じゃねえじゃんアイツ!」って叫ばれてしまう。それ位なら最初からそう言う事にしてしまえば良い、どうせ使い魔であるという事実は同じなのだから過程を嘘と偽りで固めてしまえば都合が良い。歴史も同じように結果さえ正しければ、過程なんて幾らでも都合良く塗り替えられるものだ。

 よく聞くだろう? 「歴史は勝った者が創る」と。クラインが回復したと言う喜ばしい報告があるのだから、それに付随する小さな女の子が”どのような経緯で”使い魔として存在しているのかなんて、そう多くの人が気にするわけが無いのだ。

 カティアも同行する事になり、これでいつもの四人になった。幾らかホッとしていると、直ぐにミラノの眉がはねた。それを見て怯えるしかない。


「兄さん。お願いだからもう少し自信を持って。家の案内を妹にお願い出来た位で安心してたら、これから先部隊を任され、軍を任され、領地を任され、民と未来と家を任されるのに。家の中を案内して貰えるだけで安堵しないで」

「い、いや。だって! みっ……右も左も分からないし、もし僕に”自信を持ちなさい”というんだったら、一生部屋から出ないだけで自信の一つや二つはもてるけど」

「その開き直り方もどうかと思うけど……」

「だって、仕方が無いだろう? 僕がこの屋敷でどれだけ学を修め、武に磨きをかけ、魔法の扱いに長けても――屋敷を出たら僕よりも優れた人は居る。――分かってるよ、実際に屋敷から出てる二人は僕よりも多くの事を知ってる筈。僕の世界は、まだこの屋敷だけで、外の事を何も知らないんだ……」


 言ってから、クラインっぽくないよなと更に怯えてしまう。けれども、どうやらクライン像から外れたことを言ってはいなかったらしい。もしかすると、クラインは――自衛隊に入る俺と大分似ているのかもしれない。比べられ過ぎて自信が無く、出来ることよりも出来ないことばかりを気にして、外の世界を恐れていた。高校の次に有るのは大学か就職で、俺は高校になってようやく父親の仕事がどれだけ偉大で責任重大なのかに気付かされたのだから。

 ミラノは何も言えず、アリアは柔和な表情でこちらを見ている。そして公爵も――実の息子を見るような顔つきをしていた。


「息子よ、お前は立派だ。だが、天気が心配で外に出られないと言う事は無いだろう?」

「は、はい」

「同じだよ。ミラノとアリアも、きっと入学の時は一番不安だったと思う。

 それでも、遠く離れた地であっても出来る事をした。お前は決して短いとは言えない年月を眠って過ごしたが、それでも――家に閉じこもって恐れるよりは、恐れを知っていきなさい。

 恐れを知らないよりは賢いが、それも過ぎれば褒められたものではないね」

「――分かってます」


 なんで俺がクライン本人のように言われてるのだろう。そもそも、演じている事でめっちゃ怯えてるのであって、別に家の外が怖いとかそういう話ではないんだけどなあ。俺に限っては、だけど。


 それでも、自信がなくて何かに怯えていると言うのは一緒なのだろう。俺も、クラインも。


 朝食を終えたら朝食後のティータイムが有る。部屋で寛いでいる所にまたもや執事とメイドが来て相手をする。もうね、本当にいいからと言うのだけれども、「クライン様は、もう良い歳をしております。子供のような事を言わないでください」と言われてしまった。言外に「貴族としての自覚を持って欲しい」と言う事なのだろうけれども、そもそも俺は――いや、俺も貴族の端くれだったわ。それでも、領地も家も無い貴族だが。

 執事が「剣の稽古と乗馬くらいは練習された方が良いかと」と言ってきたので、それに関しては肯定しておいた。


「剣も忘れたし、馬に関しても乗れるかどうか怪しいから。出来るなら頼みたいんだけど、出来るかな?」

「ええ、今朝の旦那様の話を聞いて、直ぐにその事を考えました。

 遣いをやって、一日でも早くこちらに呼べるようにいたします」

「ありがとう」


 そう言うと執事は深く頭を下げた。そして茶を飲み終えるとメイド共に執事が去り。暫くノンビリとした時間を過ごせるようになる。なんだかんだ食事は味を忘れがちだけれども、そのメニューに関しては豪華だ。品が多く、一品の量は少なめだ。そうやって様々な味で楽しませ、退屈させないようにしているのだろう。そうなると細かく手を動かさなければならないので、どうしても作法に気が行ってしまうのだが。

 そう言えば、新宿で真面目にヨーロッパの食事を食べた事があるが……。多分、同じような物を注文したら諭吉が一枚……いや、二枚は無くなるかもしれない。そう考えると、殆どの事をメイドや執事にやらせているこの生活だけでもかなりの金が動いてるんだろうなと考えてしまった。

 本棚から書物を取り出し、ゆっくりと読む。読んでいるのは哲学書のようなもので「魔法使いとその地位のつながり」とか書かれていた。タイトルだけで下らないのかなって思ったが、著者は失われた歴史のギリギリまで調べることで「こういうことではないだろうか」と、考察し、推測し、その上で語っている。しかもなんで発禁にならないのか分からないけれども「英雄とは、本当にいたのだろうか」とまで突っ込んでいる。下手すると「英雄の血を受け継ぐもののみが魔法が使える、そしてそういった人物が国の舵取りをしている」という基盤が崩れかねない。

 誰だよこんな本書いたのって思ったら、どうやらミラノ達の先祖の一人だったらしい。”デイビット・ダーク・フォン・デルブルグ”と言う名前がつづられており、少なくともこの地方の人物であることも想像に難くない。

 とまあ、手に取った本が面白かったせいで本棚に収められている書物に興味が出てきてしまった。拙い翻訳能力でなんとかタイトルだけでも読み取ってみたが”ドレイク卿の冒険”やら”封印されし乙女と子爵”やらと、タイトルだけでも面白そうだった。これは読書だけでもきた甲斐があったかもしれないと数冊持ち出して机に置きながら読み解いていった。

 自衛隊に居た時も言われたが、体育会系が多い中で俺は数少ない読書家だった。ロッカーや衣装ケースなどと個人の荷物を収納する場所があるのだが、同じ部屋の先輩や後輩は基本的にアイドルや音楽CDや、それこそ”受け継いだもの”とか言ってエロ本が突っ込まれていたりする。けれども、俺はロッカーも少ないスペースに本を捻じ込んでいたし、二段ベッドの棚や衣装ケースの中にまで本を大分溜め込んでいた。しかも、それがエロ本とかだったらまだ上官や先輩も「しかたねえなあ」と笑い話になっただろうが、ハードカバーだのマンガだの、ラノベだの文学書だのと雑多な種類の本が納められていた。

 本当に笑えない話だが、駐屯地内部で麻薬騒動が起きたことがあり、全部の中隊はMPによる全ての所持品やロッカーなどを点検される事になった。その時俺は岩手への支援活動から帰ったばかりで代休を取っており、そんな事は全く知らないままに呼び戻されたのだ。そしてMPが来るから開放! と言われ、全てを曝け出したのだが――


『”HALO”? 君は、空挺部隊に行きたいのかね?』


 MPの一人にそんなことを言われ、俺は何も言えなかった。まさか海外で大人気なゲームシリーズの”HALO”が日本で書籍化されていて、HALO違いなんですよとはとてもじゃないが言い出しづらかった。確かにHALO降下してるけど、あの人パラシュート無しで飛び降りてるから真似できない。

 そして合計七十八冊にも及ぶ書籍を全て曝け出すのに時間がかかり、後で班長に「お前なぁ」と言われるのであった。なお当時部屋に居た二人の先輩のロッカーは、一人はぐちゃぐちゃの大雪崩。もう一人は申請無しのガスガンが入っていたのに、その場で班長がMPに謝罪したのは俺の大量の書籍に時間を食ったときだけだった。納得がいかなかったが、後で先輩二人は三ヶ月の外出禁止措置が取られていた。

 そう言えば、この世界では魔法使いってのは航空偵察に準じた事をするのだろうか? しないだろうな……、航空機がそもそも無い上に血統でしか魔力を保有しない。それに魔法使いがそのままイコールで身分の高い人々だから、そんな苦労をしたがる人も居なければ自分が出張ると言う考えがそもそも無いのだろう。

 軍事演習とか、訓練の光景とか見てみたいな。見れるかな?


「部屋から出てこないと思ったら、本を読んでたの」

「あ、ごめん」


 何がごめんなのか分からないけれども、そもそも家の案内に関して時間を指定した記憶が無かったので、少なくとも全責任が此方にあるわけじゃない。じゃあその場で考えを巡らせて、分からないことがあったら聞けよと言われるだろうが、そこに気が回るほど余裕が無かったと言い訳をさせてもらいたい。

 読んでいた本を閉ざし、ミラノに続いて入ってくるアリアとカティア。いつもの四人だなって思うと、少し笑みさえ浮かんでしまう。


「兄さん、妹達が会いに来ただけでそんなに喜ぶのは――変わらないのね」

「――訪ねて来られて、嬉しくない間柄じゃないからね」

「それに、本が好きなのも……昔と同じ」


 ミラノは兄と言いながらも、昔と同じと言っている事で「兄と似ている」と言外に言っているように思えた。沈黙し、それから本を撫でる。


「本は、歴史だからね。学園に行けなくても、多くの知識が詰まってる。たとえ……外の世界が何も分からず怖くても、本を読めば少なくとも無知ではないから」

「――そう」


 ミラノは、とりあえずそれで問答をやめるようだ。ゆっくりと部屋に入ってきて、俺が読んでいた本と次に読みたいなと思っていた本の題名を見ると、寂しい笑いを浮かべた。


「――なにそれ。もしかして、昔のように同じ道筋を辿ってるの?」

「あれ、前も……この順番で本を読んだっけ。覚えて、ないや……」

「ううん、良いの。そう、この本――」


 俺が読んでいるのは十二英雄に関して色々調べた、若干想像の込み入った書物。後の本は失われた歴史の先にあったのはどのような時代だったのかという発掘と考察と文献を書き纏めたものだったり、臆病な貴族の坊ちゃんが名代として活動している最中の事件で成長する様子を書いたラブ&ストーリーのようなものだ。勉強、勉強と来て息抜きを地味にはさんでいる。

 

「……兄さんはね、赤ん坊の頃から面倒を見てくれてたから。だから、乳母よりも兄さんと一緒にいた時間の方が長かったの。

 それで、良く本を読んでくれてた。おとぎ話や夢物語を、成長してからは少し難しいけど騎士が悪い王様を倒しに行く話しとかも読んでくれた。だからね、私は兄さんに似て本を読むのが好きだったの」

「――じゃあ、今でも読んでるんだ」

「えぇ。とは言っても、勉強が優先だからそうそう他の本を読んだりは出来ないけどね」


 ――そう言えば、ミラノが本を読んでいる所は良く見ている。ベッドに転がって本を読んでいる姿を見て「男って思われてないのかな、スカートとかパンツとか気にするところがあるだろ……」と思ったりも下が……そっか、勉強だけじゃなくて、読書もしていたわけか。そう言えば本の種類が違ったような気がするけれども、その時はまだ字の読み方を教わっていなかったから判別できなかったんだ。


「ちなみに、アリア様も読書をされてましたわ、ご主人様」

「私は姉さまほど勤勉じゃないけど、本はその分読んでるかな。

 兄さまが教えてくれたような本って、図書館に沢山有るよ?」

「へえ、だったら――機会があれば見に行きたいな」

「ちなみに、兄さまの懇意にしてた商人はまだ居るから、気になった本があったら町まで下りたらいいと思うよ」


 そうアリアが教えてくれる。今までは他人行儀な感じで「ですます」と喋っていたが、ミラノと会話をするように砕けてくれている。だから違和感を覚えてしまうが、それも慣れるしかないのだろう。頬を指で掻いていると、カティアがなにかを持ってきて部屋に置く。それは学園に居る間、ずっと使ってきた簡易セットだった。本当なら火をおこし、水を温め、ティーポットに淹れて、カップに注ぐのだが、この簡易セットは火を薪などに頼らずに、水を汲んでくる必要もなしにお茶の準備が出来る魔法使い向けの物だ。

 事実、俺も学園に居て魔法に少し触れてからは魔法で水を出し、魔法で水を沸かしていた。それを持ってきてくれたと言うことは、少なくともどんな時であってものどの渇きを我慢するか、もしくは声をかけて頼まなければならない。幾らか気持ちは楽になりそうだ、あからさまにホッとしてしまう。


「それは、何かな?」

「あぁ、”兄さまは”初めて見るんだった。これはね――」


 なんとも寒々しいやり取りだろうか。ヤクモとしてであれば既に知っていることだが、兄のクラインとしては知らないことかもしれない。それに、例え知っていたとしても「それは何?」という言葉には色々な意味が含まれるので「それその物が何なのか知らない場合」や「何故そんな物がここに?」という使い方も出来る。後で追及されても言い訳がしやすいし、言い逃れが出来る言葉遣いは楽だがしんどい。だが、どこで誰が聞いているのか分からないのが実情だ。敵意や害意の無い身内から、政敵であろう他家等々。自分が本人ではない事を気取られては不都合が生じる。

 最悪、クラインが生きていると言うことで不利益を被る輩が何かをしてくるかもしれないという可能性がある。そんな時に「実は偽者でした」となって、じゃあいいやとなれば平穏だ。けれども「演じさせたのに何か理由があるのだろう」と探りを入れる奴は必ずいる、そして「数名兵士が足りない」という事に気がついて、更にそれが「どこどこの町に居る」と言うとこに波及し、居場所を特定されれば暗殺だって有りうるし、誘拐や脅迫だって無いとは言えない。

 ――日本は平和だ、けれどもそんな物は表向きだけだ。裏では似たような事は行われているし、暗殺せずともそれなりの地位と身分と経歴のある人物に、それっぽい事を言わせれば無視できない攻撃にはなる。相手が不利であればあるほど、効果は高い。……警察や機動隊を挑発し、相手に手を出させれば大義名分が出来ると言った奴が居た位なのだから。


「そろそろ、屋敷を案内してもらおうかな。そう長くかからないよね?」

「まあ、四半刻くらいあれば大丈夫じゃないかしらね。

 勿論、父さんから入っちゃいけない場所も聞いてるから」

「兄さま、昔と違うところがあるかもしれないからちゃんと覚えて欲しいな」


 まあ、後でクラインが来たときに二度手間になるのだろうけれども。意味は変わるので負担だとは誰も思わないだろう。もしこれから負担が発生するとしたら――クラインを含めた、全員だ。公爵は身内を守るために間者を許さない、ミラノとアリアは身内だから自身の安全により一層注意しなければならない、クラインは自分が狙われる危険性と共に跡継ぎとしての自覚と共に妹二人を気に賭けなければならない、そして俺は――最悪、影武者として使われる可能性がある。

 ――大丈夫じゃないか、そんなに世界は悪意に満ちていないのではないかと考えたい。けれども、それを考えさせて貰うにはあまりにも国内だけでも馬鹿げた事柄が溢れていて、外交を含めると歴史を遡って色々調べればキナ臭くなる。

 歴史にもしなんていうのは無いだろうが。例えばイギリスが偉そうに支配者層に居なければナポレオンは領土拡大をして国威を得ようとはしなかったかもしれない、ナポレオンが領土拡大をしなかったのならドイツ国民はフランスに敵意を抱かなかったかもしれない、敵意を抱いてなかったのならフランスに宣戦すると言う選択をしなかったかもしれない、フランスに宣戦していなければ工場地帯を奪われてハイパーインフレーションが起きなかったかもしれない、ハイパーインフレーションが起きていなければナチスドイツとしてヒットラーが台頭しなかったかもしれない、ヒトラーが台頭していなければユダヤ人は死ななかったかもしれないし日本も無理をしなかったかもしれない。

 かもしれない、でしか語れない以上やはり無駄なのだ。人間は、欲深い。人物の人柄を知るためには権力を与えよとはよく言われるが、それと同じように――この世界でも同じことが行われている可能性は考慮したほうが良い。結局、力を持ち、その力によって上に立つものは力によって他者を排除しながら生き延びる。それこそ、最後の一人になるまで。

 だから、用心をするに越したことはないし、正体が露見することも避けねばならない。絶対に。

 幾つかの部屋を案内してもらい、ミラノがごく当たり前のように書斎に踏み込んだ時は驚いたが、それよりも気になったのは棚にある書物のほうだった。公爵は忙しそうにしていたが、どうやらこの前の街の視察に関していろいろと纏めているらしい。

 挨拶もそこそこに、部屋の案内をされておきながら「基本的に用があったとしても、あんまり立ち入らないで」と言われた。だったら部屋の中にまで入ってくる必要は無かったんじゃないかなと思ったのだが、言ったら睨まれてしまった。怖い。ただ、書斎に有る書物が気になるといったら、公爵が部屋に居て認可の下りたものだけ部屋にもって言って良いとの事、これはでかすぎる収穫だ。ミラノにも言ったが、書物とは歴史なのだから読めば少しはこの世界のことが分かると思うんだ。

 そして書斎の他にはちゃんと客間だの、玄関だの、食堂だの、厨房だの、メイドや執事の詰め所だの、屋敷の警護をする兵士の詰め所等々と色々あった。これだけ案内されたらもう大丈夫だと思うだろう? けどな、これはまだ一階部分なんだぜ……。二階は基本的に屋敷の住人の部屋が多いらしく、先ほどの書斎も二階に有ったのにわざわざまた一階に下りてまた戻ってきたわけだ。

 確りとミラノとアリア、カティアの部屋を案内されてから「あれ、広間から階段を上って、左右で男女分けされてね?」と思ったのだが、昔は階段を挟んで片側に全員つめていたらしいが、誘拐事件を切っ掛けにミラノとアリアの部屋が移動したらしい。クラインの負傷や誘拐が部屋替えにどう関わるのかは知らないけれども、それをわざわざ聞きたいとは思わなかった。

 ただ……何と言うか、学園に居た頃は気品とか言動とか、意識などでしか”貴族”という物を意識する事はなかったが。こうやって屋敷に来ると強く思い知らされる。床は大理石とか何かで出来ているようで、ツルツルで煌びやか。二階や個室の大半は絨毯などが敷き詰められている。そして廊下は甲冑だの絵画だの壷だのと色々有って、これでもかと金を使っているようだった。

 俺が何も知らないのであれば「もっと別の場所に金を使えよ」と言ったかもしれないが、実はこれも一つの内外に向けたアピールの一つになるのを知っている。父親が外交官であった以上、その意味を知らずには居られないからだ。

 公爵家、国王の次に権力を持つ階級の人物。その公爵が、有る程度の家やメイドや執事、それと兵士を雇わず、若干でも豪華な暮らしをしていなければ軽んじられる可能性があるからだ。午後に商人や町の偉い人が面会に来るのだと言う。そういう人をもてなしたりする一環で、威容を示さなければ従ってもくれないだろう。結局、見栄なのだ。

 三十分ほどかけて家の中の散策を終えた。執事のザカリアスがそれとなく知らせたのだろうか、俺達が急に厨房を覗いたりしても料理人は驚いたりはしなかったし、むしろ――少し居心地が悪いくらいに「クライン様、クライン様」と笑顔で呼んでくれた。どうやらその多くが入れ替わる事無く昔から仕えてくれていたらしく、彼らからしてみたら療養と聞かされて居場所も分からず顔も見せてもらえないまま数年も経過しているわけだから、幾らか活気付くのも仕方が無いだろう。

 ――クラインは、父親である公爵に似て分け隔てなく使用人にも接していたと言う。体調を崩した使用人が早く回復するように配慮していたとか、良人を見つけて辞めていったメイドが生活が困窮してきたのでまた働きたいと言った場合も再雇用したりとか、公爵のそういった所を見てきたからだろう、同じように物腰が柔らかく使用人たちともの関係も良好だったらしい。

 探られて痛くない腹はないとはよく聞くが、この前の地震で城壁が崩壊したり魔物が乗り込んできた時にも大分早めに軍を動かしていたし、その後も治安維持の為に兵を割き、物資支援や作業員の派遣だのと良い事をしている。少し遅れてアルバートの親も動き、国王も先日来た。多分、公爵の行動は独断だろう。とは言え、貴族制なら事後承諾や半ば強引な行動も責任追及はされ難いだろう。どうせ民主制じゃない上に国民は政治に関わるほど知恵や知識も無いのだろう、あとは政敵が居るならそれをいなせば良いだけだ。


「屋敷だけでも、随分時間がかかったね……」

「当然言っておくけど、これでも減らしたほうなのよ? 兄さん。

 もしこの屋敷を全て知りたいと言うのなら、庭にある宿舎や武器庫、兵糧庫や倉庫も見せなきゃいけないし」

「え、宿舎? 武器庫? 兵糧庫? 倉庫!? それは今度ゆっくり見たいから、こ――父さんに聞いて貰ってもいいかな?」

「なんで宿舎を見たがるのかしら……。もし『同じ部屋に住んで生活してる所とか楽しそう』なんて言うのなら、呆れるけど」


 何故言いたいことが分かったのだろう? しかし、クラインと俺とではそんな考えに至った理由は違うはずだ。例えば俺の場合は――転勤によって毎回交友関係断絶ばかりしていたから、やっぱ誰かが傍に居る生活っていうのも良いよな~っていう考えもあるし、自衛隊における営内生活というのもやはり孤独じゃなくて良かった。勿論、プライベートやプライバシーなんて無いので――まあ、性欲発散のときやそういったものを所有する場合は困るのだが。少なくとも、先輩二名と後輩二名共に関係は良好だったので辛くはなかった。


『ぱいせ~ん、見てくださいよっ――こまねちっ!』


 まあ、高校卒業で入ってきた後輩は良くも悪くも馬鹿だったのだが。それでも俺が居なくなった後に陸曹教に行ったと聞いてるし、何も無ければしっかりと三曹として責任と役割の増えた正社員として頑張っているだろう。もう一人の後輩は格闘に長けていて、すぐさま格闘訓練隊に行かされたっけ? そのせいでプレスをやらない事やらない事、一回ガチで怒られたことが有る。――というか、怒るように後輩に言ったのだが。


「姉さま、仕方が無いよ。兄さまは――その、友人が欲しいって言ってたから」

「……友達は、欲しいよ。一人は寂しいし、利益でしか繋がりの無い関係なんて……寂しいじゃないか」

「昔も、同じ事を聞いた。だから、今度来るアルバートとか――気が合うんじゃないかしら」

「だと良いね……」


 アルバートは気に入らない相手を見下したり、邪魔な相手を排除や妨害する程度のみみっちさを持っている。けれども俺が親しくなれたのは、ある程度の実力を示せたことが大きいだろう。それと同じようにクラインも実力を示したなら親しくなれるかも知れないが、此方は長兄あちらは三男なのでうまく行くかどうか……。グリムはいつも通りマイペースながらも仕える相手であるアルバートを守ろうとするだろうし、うまく行くかどうかは疑わしい。


「それじゃ、次は庭ね。庭は広いけど、庭師が手入れしてるものに突っ込んだりしないこと」

「やだなあ。まるで突っ込んだことが有るみたいに――」

「兄さまは忘れたかもしれないけど、剣のお稽古とかでしょっちゅう突っ込んでたよ?」


 マジか。どれだけ吹っ飛ばされてるんだよ、クライン。


「他にも、廊下の壷を引っ掛けて壊しちゃった時に、部屋で震えてたら別件で父さまが部屋に来て窓から飛び降りたとか」


 なんか、聞きたくなかった。子供の頃から大分小心者というか、怒られるのが苦手だったらしい。俺も怒られるのは苦手だ、指導とか教育と言われて肉体的に精神的に苛め抜かれるほうがまだマシである。それでも、俺もマリアだかイエス・キリストの像をぶっ壊してしまい、お漏らしと涙を流しながら誤った記憶が残っている。あの頃は小学生だったか? まだ家族全員で暮らしていて、妹も指をしゃぶりながらも「お兄ちゃん」と言ってトテトテついて来て居た頃だったかな。

 色々考えながら、あるいは考えさせられながら庭なども案内され。遠くではお屋敷に詰めている兵士が訓練をしていたり、庭師が手入れをしていたりと中々良い賑わいがある。そして午前一杯を使って屋敷の内部と庭や出入りする門辺りまでは理解できた。そして見取り図は無いのかなと聞いたところ、そんな物は無いとまで言われてしまった。もしかすると配置図とかを知られないように公爵が一人だけ持っているのかもしれない。後でなにか紙を借りてクラインの為に申し送りできるようにしておこうかなと考えた。

 

 そして案内が終わった。屋敷の案内をしてもらった俺は部屋にまで戻ると「それじゃ、兄さんの案内が終わったことと、今度倉庫とかも見たいって事伝えるから」と言ってミラノは去り、アリアも着いて行った。残ったカティアと一緒に部屋で読書をしている、彼女も最近では簡易セットで茶を出す程度の魔法の扱い方は習熟したらしい。水を出すのも、それを沸騰させるのも実は難しいことなのだと知った。魔法のランクが低い人だと火力が足りない、ランクが高い人だと高火力になりすぎるのだとか。大分前に、ミラノが魔法の火力調整とかしていたけれども、それと同じようにやらなければ水を汲まず、薪を燃やさずに自室でお茶など到底無理なのだ。

 なお、カティアは一度水量調整に失敗してアリアの部屋を水びだしにした事があるとか。成功の裏では俺には明かさぬ失敗が大分ありそうな気がしてきた。


「ご主人様、お茶の用意が出来ましてよ」

「ああ、ありがとうカティア」


 今までは全部自分でやっていたのだが、俺が自分でお茶を作ると執事やメイドが放っておいてくれない。なのでカティアにやらせれば、少なくとも自分直下の人物にやらせていると言うことで収まりがつく。しかし、何故子悪魔口調なのだろうかと思い、いくらか怪しみながらもお茶に口をつけると良い具合に美味しかった。


「――美味しいね」

「私も、日々成長しておりますのよ?

 それはさておいて、口にあって良かった」

「ありがとう」


 単純に嬉しかったし、地味に緊張が続いていたのでホッとできてよかった。俺がどれ位の量をお茶にし、どれ位牛乳と砂糖を入れるのかを覚えてくれていたのだ。それを嬉しいと思わない訳がない。しかも、カティアは幼く見えるが――それでも女の子だ。将来が楽しみなくらい、既に外見は整っている。そんな子が自分の好みを把握し、お茶を入れてくれただけで嬉しくなっても仕方が無いと思う。

 だから俺は自然と手を伸ばし、彼女の頭を撫でていた。彼女は頭を撫でられるのが好きらしく、それ以上に喉に触られるのが好きなようだ。――元は俺と同じ世界に居た野良猫である、それが「使い魔が欲しい」という願いから、人の姿と一定の知性と知恵を持って現れたのだ。前まではただのすました子だったが、最近は幾らか役に立つことをしてくれるようになってくれた。ただ、その代償は俺的には小さくなく、過保護になってしまったのだが。


「もっと褒めてくれてもいいのよ?」

「褒めてる褒めてる。偉い偉い」

「へへ……」


 これがゲームとかなら、フラグ一個目とか、好感度一定量上昇によるボーナスとかなのだろうけれども。そもそも恋愛ゲームのように簡単に異性と仲良くなれるわけが無いし、仲良くなれたとしてもカティアの場合はあと何年待てば良いのかって話になる。自分の中の倫理観と異性に対する無知から何も信じられない。彼女は俺に対して幾らか歩み寄りと親切をしてくれているが、それが”俺の状態が悪化すると道連れで自分も死にかねないから”と言う所から来ているかも知れない、などと考え込んでしまう。

 ――ダメだ、悪い癖だ。何かをする前にあれだこれだと色々考えてしまい、肝心な”行動”が遅れてしまう。その点も、クラインと同じなのだろうが。

 そう言えば、クラインから返事が来ていた。どうやらミラノやアリアとは三歳違いの現在十六歳だとか。たぶん年子なのだろう、それでも学園に通い出したら十七歳になる。大分遅いスタートだが、それでも――きっと通うのだろう。ミラノ達を救ったことと、その時の負傷で療養していたと言えるのだから、まだ救いは有る。それでもなお侮蔑するような奴が居たら、俺は彼の行動の素晴らしさを元に「同じように、誰かの為に自分の身一つで敵の中に乗り込める奴がいるか」と問いただしてやるくらいのつもりでは居よう。


「それで、何を読んでいるのかしら」

「ん? 今はね、魔王が人類を攻め滅ぼそうとしている中で、国を束ね上げ、同盟を結び、援助を受けながらも自ら兵を率いて戦う一人の若き国王の話。

 なんかね、大分長い作品みたいだよ? 産まれた時の話から世界規模で話が動いていて、そこから少しずつ時が流れていくんだけど、本棚に有る一番新しい話だけでも既に成人して一つの部隊を任されている所まで話は進んでるんだ」

「つまり、創作話ね」

「創作話も案外捨てたものじゃないよ。ただの作り話だと切って捨てるのは勿体無い事だと……僕は、思うよ。部隊の運用に関しても言及しているし、大分調べたんだろうね、領土の広さからどれくらいの兵糧を年間得られて、どれくらいの兵士とどれくらいの年月くらいなら戦いに耐えられるかを設定して書いてくれてる。

 ――実際問題、徴発で民を兵士として連れて行くということは小さくない経済への影響がある。そして勝利や敗北、どれくらいの犠牲が出て、どれくらいの犠牲を相手に強いたか等によって国や民の意識が好戦と厭戦に傾くのかも書かれてる。

 何と言うか、実際に起きた出来事を書いているようなすごさがあるんだ」


 そこまで語り、それでもまだ語り足りないとお茶を飲む。それから長々と語りそうになってからカティアが呆れているのを見て、語るのではなく興味を惹く様なことを考えた。


「――例えば、貴族の暮らしについても書いてるから、そこらかどのような礼儀作法がされているのかを知ることが出来るだろう? 同じように、料理の名称からどのような材料や素材が必要なのかもわかるんだ。つまり、浅い創作話じゃなく、現実を下敷きにしている作品なんだよ」

「あぁ、なるほど。つまり、そこから得られるものがあるということかしら」

「そういうこと。一騎打ちとか、剣や槍の扱いに関しても書かれているから、もし実際にアルバートとは別の相手が出てきても、この作品から学べたことで勝ちを拾えたり、あるいは負けから逃れる事だって出来るんだ」

「ふむふむ……」


 カティアが興味を少しだけ持ってくれたようなので、やはり相手によって何を求めているかを理解し、それを与えることで読書の切っ掛けになるのだなと改めて思い知った。事実、俺も一度だけそれで苦い思いをしたこともさせられたことも有る。

 彼女がどの部分を欲するか分からないが、今分かっている材料だけでも「役に立てるようになりたい」というものが有る。つまり、本から学べるよと言う所に言及してやれば、少なくとも無関心ではいられないはずだ。

 幾らか語り終えた後、カティアは「私も読んで良い?」と訊ねてきた。俺は勿論それに対して拒否するつもりは無く、ただ「汚したりとかしないように」とだけ伝えて二人での読書タイムとなった。読書中、互いにあまり喋ることはない。時折カティアが「これはどういう意味かしら」と聞いてくるのに答えるくらいで、あとはただ静かに紙のこすれる音と飲むために持ち上げたカップがソーサーに置かれる音が聞こえるだけ。

 そう言えば、高校生の時にも似たような事をしていた気がする。図書室で読書だったか、勉強だったかをしている俺。そんな俺の傍で、誰かが同じように何かをしていたような……。



 ――誰だっけ?――

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