33話
死にたくなければ考え続けろ、学び続けろ。
そう言われたのは、陸曹教育で睡眠不足と疲労疲弊で疲れている中での状況付与のある行軍の訓練中であった。陸士の時は、言われたことさえ立派に出来ればそれで立派だった。けれども、陸曹になるに当たって「思考しなければならない」と言う事を叩き込まれ始めたのだ。言われたことだけをやるのでは三流となり、思考して発言して出来る限り行動を良いほうへ持っていけるように協力しなさいと言う意味なんだと思う。
例えば、攻撃を受けた時に身を竦ませてしまったら素人。その場でしゃがんだり伏せたり出来れば、まあ三流。近くに地面の起伏が無いか、身を少しでも隠せる場所が無いかを咄嗟に判断して、少しでも優位な位置に移動できて二流、その上で敵が射撃してきただろう位置にアタリをつけ、それ以上の攻撃をされないように反撃など出来れば一流だろうか。ただ、状況によるので一概にこれがあたりだとは言えないが。
オルバとの遭遇から数日後、昼下がりに俺達に訪問者が居ると言う報告を衛兵経由で受け取る。その為に午後はとりあえず礼儀作法の勉強は中止と言うことで部屋を整えて待つことになった。暫くは自室で待機していたが、途中でミラノが二人を引き連れてやってきた。その人物はオルバと女性一名とされていたので誰なんだろうと考えていたが、昼食後に現れた二人を見て頬を掻くしかない。
「すまぬ。妾のせいで、お主に迷惑をかけた」
「いや、謝らなくてもいいよ。むしろ、城に帰ってから大丈夫だった?」
「姫様は暫く魔法を使っての外出は禁止となりました。いえ、封印と言ったほうが正しいでしょうか。暫くは魔法そのものの出力が下げられ、空間転移をするのに必要な魔力を捻出する事が出来なくなりました」
謝罪する姫さんと、その処遇について説明するオルバ。見れば髪を束ねているのだが、その束ねるために使用されているものがリボンではなくお札――と言うか、紙媒体の何かに変わっていた。そう言えば戦闘中にオルバは御札を使用した魔法の詠唱簡略化をしていたわけだし、似たような感じでお札そのものに効果を持たせているのかもしれない。
成る程、ゲームで言う装飾品みたいな効果でもあるのかなと思いながら自分の装備品を見てみるが、当然の如く装備効果は無い。衣類に『自動修復・耐久度上昇』が付いているだけで、睡眠無効化とか麻痺無効化とかは無いのであった。
「それはオルバが作ったの?」
「はい。付呪を行える人は少ないですから、僕が作りました」
「へえ、凄いな。何か他にも付呪した物ってある?」
「この服がそうです。支給された服を僕が自分で調整しました」
「へぇ……」
オルバの服って、そんなに凄いのか。前にクラインの服を着たときにも思ったけれども、ヒラヒラが多いのは偉い事を示すためなのだろうか? 冷静に考えてみれば「余分なところが多いと邪魔」と思うのだが「こんなに余分なものを高価な素材を使ってまで仕立てている、そんな服を着ている俺は貴様らと財力がまず違うのだよ!」と言うことでもあるのかもしれない。本来は「自分の仰ぐ領主や国王が立派な姿であるのが望ましい」と言う思考などを取っているのかもしれないが……
オルバに近寄りその服を触れながらアイテムの画面を見る。どうやら自分が装備していないものであっても、触れていれば確認は出来るようだ。どれどれ――
「防御耐性、状態異常耐性に振ってるのか。道理で、あの時の爆発で俺は骨砕けたのにオルバはそうでも無かったんだな」
「貴方、分かるのですか?」
「ん? まあ、そんな感じ」
この前の事で、無の魔法を扱えるという事実を隠していたのが問題になり「隠し事禁止」とミラノに言い渡されてしまった。なので、ここで「いや、材料が良さそうだから」とは言えなかった。それでも、方っても良いかなと思えることを曖昧に言うようにしただけなので、隠し事は普通にしている。悪く言えば「耳障りの良い情報や気分を良くするような事柄のみ言えば良いかな」って事であり、自体をややこしくするだけであってどう足掻いてもそれが肯定的や改善に繋がらないものは黙っていることにした。
だが、オルバは信じられないといった様子で何かを取り出して俺に見せる。
「では、これは?」
「なにこの御札……。破損時に所有者に力の加護を与える?」
「では、この銀時計は!」
「損耗低減……。あぁ、時間のズレを最小限にしようとしてるのかな」
「じゃあ、この眼鏡!」
「所有者の意志とは関係無く外れることは無い……。
呪の装備の効果を逆にしたような加護アイテムっぽくなってるな」
オルバお手製の付呪の品々を手に取り、それらの様子を見た。するとオルバは唇をひくつかせ、納得がいかない様子を見せる。もしかしたらあっさりと自分がどのような凄いことをしているのかを見抜かれてしまったのが気に入らないのかもしれない。あるいは、この前まで偽者扱いしている相手が実は凄かったみたいなのが気に食わないのか。
「――ミラノさん、彼は召喚したんでしたよね? だとしたら、凄い拾い物ですよ」
「おいこら、人を物扱いするんじゃない」
「そうね。無の魔法が使えるから、できるかもしれないって事を忘れてた。
他に何か隠してない?」
「あの、隠す隠さない以前に『才能は有るけど知識も経験も不足している』っていう事をですね? 考慮してくれると、ヤクモさんすっごい嬉しいんだけど」
そもそも、魔法の才能があったとしても何ができるのか、どういう魔法が使えるのかをまったく勉強していないので何も出来ないのに等しいし、付呪も同じように項目が表示されているのが本当に全てなのか分からないので出来るとは言いがたい。何と言うか、言うのが憚られたから言わなかったんだよと言いたかった。
「あの、ですね? 不勉強で、無魔法とか付呪とか出来るかも知んないけど、経験も知識も足りないから『出来る』って言い辛いんだよ……。
使える、出来るって言えるのはさ、ある程度使いこなせてからじゃないと自分や相手が痛い目を見る可能性が高いと思うんだけど、どうかな?」
「確かに、その考え方は良いと思います。過大評価をされて、いざと言うときに行使できる魔法が少ない場合、共倒れになりますから」
「――そうね。そもそも、魔法に対して理解が浅いのに、自分が行使した魔法が何に属するか判断つきかねたわね」
理解されて嬉しいけど、そう言うのは苛烈に怒る前に察して欲しかった。いや、言っても良かったけど「口答えしない!」と一蹴されていた可能性だって有る。文字通り、手足が出て。それに、武力行使が得意と言うだけであれば、別にやらなきゃいけない事は増えずにすむ。トレーニングして、運動して体力や能力の維持・増進をするだけなのだから時間は減らないし労力は増えない。けれども、魔法が色々できるとなると魔法関連で何か言い渡される可能性はあるし、付呪が出来るとなるとこれから「じゃあ、これお願い」とか言って付呪したら便利だとか助かる品々を渡されかねない。
クラフトも出来ると言ってしまった日には、材料を探すことや入手する事、そして作れるものを増やすために時間を割き努力しろといわれる可能性は決して低くない。当然だが、そんな事になれば俺の自由時間は壊滅し、日に日に痩せ衰えてポテリと倒れるだろう。主に、過労で。自分からする努力は努力じゃないというが。それこそ「やれ」と言われて、気が進まない事に関しては進捗は遅々たるものだし成長は微々たる物だ。
「結局、何か一つ出来ることが増えるとその何倍も知らなかった事ややるべき事が分かっていく。
オルバが付呪が出来るんだっけ? ならさ、教えてくれよ」
「僕が、ですか?」
「もちろん、嫌なら良いけどさ。文字通り、俺は知り合いも少なく情勢に疎いからさ。どこに行けば学べるとか、優れた師がいるとかそういうのも分からないんだ。
頼っても良いかな」
「――お尋ねしますが。それで僕が騙すとは考えないのですか?」
「騙してオルバが得をする可能性を考慮できるならそれも考えるよ。
けど、それをやる利点が無いんじゃないかな」
「へえ?」
まず、オルバ個人を頼るということは、その発言や他人を紹介するにしても責任が伴う。オルバが俺に何かをするにしても、嘘をついて遠い地に俺を追いやって”事故”が起きようとも、その責任はオルバが負わねばならない。下手な言い逃れをすれば姫様の教育係であるという事実と、俺がデルブルグ家に所属しているという事実がオルバを苦しくする。
何を考えるにしても、自分の立場や将来にまで続く禍根を作り上げてまで何かをするというのが考えづらいからだ。
「それで、僕に何か利点はあるのですか?」
「そうだな……。オルバが何か欲しがるものがあるのなら、それを与えられれば良いけど」
「では、貴方が使っていた銃を欲しいと言ったらどうしますか?」
一瞬、呆けてしまった。それから少しだけ考え、首を横へと振る。
「いや、これは止めてくれないかな」
「何故です? 貴方の持っていた武器は、私にとって最大限の利益を約束してくれると信じていて
、その上での提案ですが」
「オルバ。この銃に辿り着くまで、それこそ短くない年月と沢山の死者が出てる。この銃をオルバがどうしたいのかは分からないけれども、俺がこれを渡して制作方法を確立した上でどこかに情報が漏れたら――世界がひっくり返る」
「何を馬鹿な――」
「馬鹿でも、なんでもない」
そう言って、俺はオルバを静かに見た。オルバは、表情を皿にして、俺の顔を見る。
「――八千万だ」
「それは開発にいたるまでの費用がですか?」
「違う。この、お前が欲しがった銃がここまで成長するまでに、死なせてきた人の数だ」
「――はい?」
「え――」
オルバの疑問を抱く声、それとは別にミラノの掠れるような声が対照的で、印象的だった。それでも、オルバは少しだけの間をおいてから嘲笑するかのように笑う。
「じょ、冗談でしょう。そんなに人が死ぬわけが――」
「じゃあオルバ。この武器が量産され、安い値段で武器と弾丸が供給されるようになったら、他国や戦いで有利になるにはどうする?」
「それは当然。特別な技術も要らず、ただ引き金を引くだけで、相手が――遠くで、死ぬので……」
「そう。狙って、撃つ。弓のように引く力も必要なく、兵士や騎士のように鍛錬する必要がなくなってしまう。そうなると、女や子供――それこそ老人ですら誰かを殺せるという事に繋がるわけだ。
戦争は突撃を主とした物ではなくなり、遠距離で他人を殺すという意識の存在しない武器で撃ち合いをするようになる。結果、戦いは長期化して、兵士が足りなくなった国家は年齢を引き下げ、あるいは引き上げ、女性までをも兵士として戦線に突っ込みだす。
魔法が使えるから、貴族だからと言う血統や特殊性での優位は失われる。民が武器を持てば誰でも殺せるようになり、今までふんぞり返っていた奴らが次々殺されるようになる。
――オルバが言ってるのは、そんな時代を早く取り寄せたいって言ってるのに近いんだよ」
そう言いながら銃を取り出した。そして銃を眺めてから、オルバを見る。その時どんな表情をしていたのかは分からないけれども、オルバが表情をこわばらせ、引き攣らせているのだけは良く分かった。
「――この銃の扱い方を良く知っている俺なら、この部屋に居るオルバやミラノ、アリアにカティアを含めた自分以外を、それこそ魔法を使わせず、武器を抜かれても対処しながら全員殺せる」
「なっ!?」
「もし、今俺が言ったことを成すのが民だったらどうする? 革命の始まりだ。当然、今までの権利を手放す奴は居ないから民を軽んじて兵士を差し向けるだろう。その時に、民が武器を隠していて、それが俺の持っているような武器だったなら……終わりだ。しかも、互いに同じ武器を持っていれば長期化は必然。
国は内乱状態に陥り、上に不満を抱く奴らがどんどん決起し、集合する。そして戦いが長引けば民は生活が苦しくなり、結果として反乱を起こす。それに対抗するために、考えられるのは親家族や兄弟を人質に兵士として強制的に従わせる奴らも居るだろうな。あるいは、他国に逃げる前に少しでも手土産や財産として略奪や徴発をしてから逃げ出す奴らだって現れるかもしれない。
だから、俺はこの武器を渡したくない」
考えた結果だが、冷静に考えれば「コイツは短時間で魔法使いであろうと数名を即座に殺せる」という認識をされても仕方が無い物言いだった。けれども、譲れない事柄でもあった。いつかは、誰かが銃を発明するだろう。けれども、それが今じゃなくてもいいはずだ。相手はわざわざ戦列歩兵でやってきてくれる、魔法や弓が飛んでくるが――それは知覚出来ない死ではない。であれば、回避もしやすい上に追撃をされ難い。逃げるのはそう難しくは無さそうだ。
「これを渡すことで誰かが守れるかもしれない。けれども、渡したことで死ぬ人の方が多すぎる。
人が死ぬのは、少ない方が良いんだ」
「――では、見せてもらうというのはどうでしょう。貴方の居る場所で、貴方に言われた事はやらないと約束して。見て、触れて、勝手に憶測で理解します」
「それだったら良いや。ただ、もし作るのなら抱きこまれない奴を選んでやってくれ。じゃないと――」
「じゃないと、なんです?」
「俺が生きている間の平和を守るためにも、たとえ地の果てだろうが情事の最中だろうがトイレの中だろうが、見つけ出して殺してやる。さっき言った八千万人ってのは、百年もしない中で消えた人の数だからな」
そう言いながら、安全装置の確認と弾倉の排除。スライダーを開いて薬室確認をしてクルクルと見る。その上で危険性はないと判断すると、それをオルバへと手渡した。
「……これが安全装置といって、これを操作しないと引き金を幾ら引いても弾が出ないようになってる。それで、今思いっきり下がってるこいつはスライダーって言う。引き金を引いたときに生じる爆発を逃がす役割と、弾が連続で射撃できる役割に関わってる」
「なる、ほど――」
「だから、理解して欲しい。誰も殺されたくないんだ。目の前で人が死ぬのも、親しい間柄の人が遠くで殺されてしまうのも――嫌だ」
父親の友人の中には、JICAに勤めている人が居た。その人は忙しさ故に結婚すら間々ならず、何度か仲違いや破局をしてしまって結婚できてないと苦笑しながら語ったりしてくれた。二十も歳の離れた、兄貴のような人だった。父親が仕事の都合で家に居ないとき、日本に居るときはしょっちゅう遊びに来てくれた。コッソリと色々プレゼントをしてくれたりなどして、大好きだったが――バングラディッシュで、テロ事件によって死んだ。
平和の為に活動し、貧困に喘ぐ人々を助け、死ぬはずだった人を多く救ってきた……立派な人だった。なのに、戦いとはまったく無縁であったあの人を殺したのだ。正しいことをしていて、その為に結婚したいな、けど出来ないんだよなあとボヤキながら、それでも自分の信じた道を……誰にも後ろ指を指させてはならないくらい立派な行いをしていたにも拘らず、殺されたのだから。
「先ほど外したものは見せて貰えないのですか」
「こっちは弾を籠めてあるほうなんだけど。さっき言ったとおり、取り扱い自体は簡単なんだよ。だから渡さない」
「やれやれ、僕の信用は無いみたいですね」
「いきなり攻撃してきた人を信じろと言ってもね……」
「ですが、これを渡す程度には信じていると」
「まあ、それ単体じゃ殴ることしか出来ないしね」
オルバはどうやら銃の研究に忙しそうにし始めたようだ。やれやれと思いながら外した弾倉を手へと叩きつけ、偏りをなくしてから弾帯に付属している弾倉ポーチへと捻じ込む。そして蓋をして処置は完了だ。
「ごめん、姫さん。放置しちゃって」
「いやいや、オルバと対等に話す奴を初めて見たからな。そこに口を挟むほど無粋な真似はせぬ」
「なっ、姫様!?」
「もし違うというのであれば、損得抜きでお互い仲が良いと言える友人を言ってみよ、オルバ」
「――……、」
オルバ、姫様の言葉を黙殺。そして聞かなかったことにして銃を弄っている。……そっか、オルバ、ボッチか。冷静に考えて、父親が罪人で家がほぼ取り潰し状態になってる事とか、若さと優秀さの関係で対等な関係の間柄として接してくれる人はそうそう居ないだろう。
「しかし、八千万人とは吹っ掛けたな」
「はい?」
「先ほど、お主が渡すのを渋った理由としては中々良かったぞ」
「吹っ掛け、じゃ無いんだけどなぁ……」
多分、オルバとミラノが俺の言葉を受け取ってくれたのは想像が出来たからかも知れない。ミラノはそもそも前の襲撃戦で俺がこの銃で短時間で何体もモンスターを斃しているのを目の当たりにしているし、オルバは銃の研究と開発をしているのだから『連射が出来て、リロードするまでに何発も撃てる』と言うだけでどういうことになるかを考えて納得したのかもしれない。
「そもそも、そんなに人がどこに居ると言うのじゃ」
「――だから、自分は異なる世界から来たんじゃないかなと思ってるんだよ。
そういや、世界地図って無いの? なんか、世界に対する認識がぼんやりし過ぎてて比べるのも語るのも難しいって思うんだけどさ」
「あのね。世界地図なんてそんな簡単に見ることは出来ないの。
そうね……、家に帰ればあると思うわ」
「あ、そうなんだ。それは助かる」
なんだかんだ、地図の寸借さえ理解していれば距離の感覚がつかめるし、距離の感覚が掴めれば徒歩移動の場合にかかる日数も理解できる。そうやって理解を連鎖させていけば大まかな国土の広さだって分かるし、もし街から出ることがあったとして外で不利な状況へと陥ったときに「地形が分かりません、地理状況つかめてません」なんてのはただの馬鹿だ。自殺行為ですらある。
それに、やはりどんな世界なのか興味が有るのだ。自分の居た世界と違うと思えば、徐々に落ち着きを得られるだろう。変に何も知らないと言うことは、知りたくなる事に繋がる。まるで小学生の頃に、世界の遺跡の本を読み漁っていろいろと想像していたかのように……幾らか、楽しい。
「そうじゃ、お主よ。付呪が出来ると言う事は、上書きや解除は出来ぬか?」
「え?」
「今のままでは、外出すらままならぬ。もし出来るのであれば、やってはくれぬか」
コッソリと、姫さんがそんな事を言ってくる。髪を束ねている御札に触れると「魔力抑制」という効果が発揮されていた。多分これのせいで転移に必要な魔力を集められないのかもしれない。だが――
「姫さん、それは駄目だよ。それはこの前の出来事に対する反省と罰なんだから、たとえ嫌であっても受けないと」
「むむむ……」
「じゃないと、悪い事をしても何とかして逃げようという癖が出来てしまう。もし『何をしても、誰も罰しない』って勘違いしたら、お終いだと思う。
だから、悪い事をしたら謝って、罰を受け入れないと――誠実さを失ったら、お終いだ」
思い出すのは連帯責任で、誰かが悪い事をしたりやるべき事をやらなかったりすると罰を受ける。その大半は腕立て伏せや足あげ腹筋、戦闘衣を身に纏った状態で延々と走らされるなどが有る。けれども、全員でやらされるのはまだ良い方だ。酷いのになると本人は「お前は見てろ、何もするな」と言われ、目の前で無関係である同期が、仲間が苦しめられるのだ。
「し、仕方が無いのじゃ。妾は良い王となるためにも、受け入れる!」
「無断外出の禁止じゃ無くても、いつでもおいでよ。居なければ会えないけど、学園に居る限りは俺も居るからさ。もし勉強とかお城での生活で疲れがたまったら、愚痴くらいは聞くよ」
「そうじゃな。うむ……」
もしかしたら、姫さんの「楽しい事は出来るだけ早いうちに体験しておきたい」って言うのも、好意を寄せていたであろう相手が居なくなってしまった過去が起因しているかもしれない。何をするにしても、その対象が居なくならないと言う保障は無い。理由は何であれ、居なくなってからでは伝えることも会うことも出来ないのだから。
「では、愚痴を聞け!」
「はいはい、仰せのままに」
そう言って姫さんとの会話に集中しようとしたところで、ふとミラノが気になった。何か考え込むように、オルバの傍で銃を見ている。その意味は分からないが、ただ――不安になる位の集中力であった。まるで――脱柵を決意した人のような、あるいは先輩の理不尽な振る舞いに抵抗や対抗を決め込んだ同期のような顔。
何事も無ければいいんだけどな……
――☆――
俺は、ミラノによって魔法の訓練までさせられるようになった。詠唱の練習、魔法の制御、相手の詠唱にあわせた適切な魔法の選択と行使……。これからドッヂボールを始める、お前半径三十cmの範囲から出ちゃ駄目だし、ボール取ったり反撃するの禁止な! 見たいな感じで、ミラノがポンポン魔法を叩き込んで来るのに対して、防御や打開策で切り抜けると言う変な訓練までもが行われた。
「攻防は大丈夫みたいだから、今度は相手に眠りや混乱させるような魔法に抵抗できるようにする事」
「あぁ、そういやカティアに眠らされたっけな……。そういった異状ってどういうのがあるの?」
「え? 眠るとか、痺れるとか。そういうのよ。もし受けてしまった場合は致命的になるから、大体防御や回避の魔法や技術を編み出すらしいけど――」
「……編み出すらしいけど?」
「それを習うの、来年からなのよ」
「あ、そう……」
ガーンだな、出鼻をくじかれた。けれども、オルバの服を触った時に付呪を見る感じだと状態異常に耐性をつけておけば抵抗、あるいは無効化できそうだった。そのことを考え付くのとほぼ同時に、ミラノも同じようなことを言ってきた。
「ねえ、貴方も付呪が出来るのなら、そういうのをやれば対抗できるのかしら?」
「どうだろ。やろうと思えば出来るかもしれないけど、材料の問題が有るから難しいかな……」
「もしかして、地図が見たいって言うのはそれに関係する?」
「関係、しなくは無いよ。赴いて手に入れなきゃいけない場合も有るだろうし、もしかしたら問題が発生してその問題を取り除かないと入手できない可能性だって有るわけだし」
輸送物資が道の崩落で辿り着けなくなるとか、輸送手段が徒歩しかない上に支援部隊が忙しすぎて対応できない場合などがあったっけ……。災害派遣では、それこそ”道が無い”場合や”自然災害によって車が走れないくらいに埋め尽くされた”と言う場合だって有る。山での活動の場合、天候や山の状態によってはヘリでの運搬もままならない。
そういや、若い《下っ端だ》からと言う理由で何箱も物資をもたされて往復させられたっけ。……昔が、懐かしいや。
「えっと……、実は幾つか前に試してみたんだ。どう言う事が出来るのか分からないのも嫌だったから」
「それで?」
「俺の着てる服をさ、破れ難くしてみたり、多少の破損だったら自己修復するようにしてみたんだ。
多分手に入らないだろうし、俺の思い出の品が無くなるのは嫌だからさ」
「自己修復……。それって、何?」
「だから、多少の傷は直る……。何だろう、常に回復魔法がかけられている道具、みたいなものかな……」
説明していて自信が無くなってきた。けれども、分かりやすい説明と言われたら、回復し続けている状態としか言えない。そう説明すると、ミラノに胸倉をつかまれた。
「アンタねぇ……!」
「近い近い!」
「その事、誰にも言ってないわよね?」
「カティアにも言ってないって!」
俺がそう言うと、ミラノは周囲を見る。少し離れた場所でオルバがカティアと姫さんを相手に魔法の講釈をしている。ミラノやアリアと違い、既に学園を卒業しているオルバなら更に詳しいことを教えられるだろう。だが、胸倉を掴まれた俺を視界に入れたのかオルバが少しばかりこちらを見ていた。
「――秘密にする事」
「やっぱ、面倒ごとになるから?」
「当たり前じゃない。だって、物なのよ? 物。それが人の怪我みたいに治るだなんて、ありえない。
もしそれがばれたら……そうね、良い事は無いわ」
「想像はつくよ」
人は、誰だって優れていたいと思う。個人であれ、集団であれ、派閥であれ、政治であれ、国であれ、人種であれ――。かつての世界大戦では、技術者の奪い合いが起きていた。その結果、宇宙開発戦争が起きている。当たり前だ、科学者や技術なんてものは時間と金を大量に食ってゆっくりと大成するものだ。それを掻っ攫えるのであれば何でもするだろう。
自動修復、それは武器であれば防具であれば”使い物にならないようにならなければ、傷やへこみですら直る”と言ってるのと同じだ。つまり、一本、二本と存在数が増える度に”戦争の長期化に耐えうる国”が出来るのと同じだ。小競り合いや戦闘での損耗が無くなる、損耗しなかった防具が兵士を何人も救う。そんな絶対有利、誰もが欲しがるだろうから。
「出来れば、魔法も多少訓練はするけど内緒の方向で持って行きたいなって思うんだけど、それは――駄目かな?」
「それをしたいから、アンタに怒ってそれを教えようとしたかったの。
――けど、そっか。アンタも無が使えるのね」
クラインと似て、俺も無の魔法が使える。そして、やはりと言うか何と言うか、付呪だの製作だのは無の魔法に属するらしい。理由は良く分からないが”存在するものを一度分解し、目的に沿って既に存在するものに対して再構築して付加されるから”とでも考えておく。そうでもしないと「あれ、質量保存の法則は?」とか考えてしまい、ややこしくなるからだ。
そもそも、魔力が多くても少なくても人として外見上の差異は無いのだから、それと同じように目に見えないシステムや理屈で強化がされてるのだろうと考え、捨て置くことにした。
「ミラノ。たとえどれだけ似ていても、俺は兄の代わりは――クラインの変わりは出来ないよ」
「分かってるわよ」
「ならいいけど……」
しかし、どうにも不安は拭いきれなかった。ミラノやアリアが、俺を兄と被せ過ぎていてる可能性が捨てきれないのだ。似ていると言う事を利用するのであれば、俺も別段悩みはしなかっただろう。けれども、この前俺が一度死んだときに怒った事やオルバとの戦闘で知らぬ間に腕を大火傷していたので怒られたことから、負傷するだけじゃ飽き足らず、何時しか戦う事すら封じられる日が来るかもしれない。そして、俺が負傷したことでフラッシュバックや過去を重ね、パニックを起こす。そんなリスクを抱えなければならないのだ。
外出――じゃなくても良いか、夜にアーニャの場所にいけるように念じてみよう。それで遭遇できたのなら、問いただしたほうが良いかもしれない。何故、俺の居た世界と、此方とで同じ人物――いや、似通った人物が居るのかを。俺はクラインで、弟はオルバとして存在している。もしかすると、妹も……母親や、父親までもが存在するかもしれない。その時、俺が自制心と平常心を保てるかどうか分からない。過去に溺れ、現実を歩むのではなくただただ足踏みをしているだけなのだから。
「アリアは……、やっぱり来ないみたいだね」
「何? もしかして、気にかけてるの?」
アリアは、部屋でのやり取りの後で庭へと出る時に「すみません」と、気分が優れないから休むと言って部屋に戻っていった。ただ、顔色が優れていなかったのを見て取った。
「気分が悪そうにしていたら、気にするでしょ。俺のした話の内容もないようだし」
「――体が弱いから、そのせいかもしれないけど」
「だとしても、心配しなくて良い理由にはならないよ。世話になってるんだから、気になるんだ」
ただの他人であれば、体調不良であっても「へぇ、そう」と流していただろう。けれども、やはりこの世界に着てから一番数多く接しているのがミラノやアリアだ。世話になっている、そして寝食を共にしているからこそ――家族、のような感じがしていた。それも、やはり自衛隊の特色が大きいだろうが――
『――……馳走さん』
脳裏に浮かぶのは、誰も居ない五十八坪の一戸建ての家の中。一人で調理し、自分しか食事を摂る者の居ないかつての光景だ。不必要な場所のシャッターは閉ざされ、昼間でも薄暗かった家の中。会話相手は存在しない。もくもくと食事をする、響くのは食器を突く音と自分の咀嚼音だけだ。そうやって何年も生活をしていると、かつての自分と今の自分を比べてしまうのだ。学生時代に――弟や妹。両親が居た頃の家の中で騒がしく食事をしていた自分と、自衛隊時代に同じ中隊の先輩や後輩。違う中隊に配属された同期等と一緒に会話をしながら食事をしていた自分と。
だから、自分自身でも認めざるを得ないくらいに……共同生活で一緒に居た相手を身内だと思いやすいのだろう。実際、そうだろう。例えどんな苦手な先輩でも、例えどんなに嫌いな相手であっても、長く一緒に生活をしていると「この人はこれが出来る」とか「この人はこれをやらせると良い」とかが分かってくる。結局、苦楽を共にするのだから嫌いあってる場合ではなくなるのだ。
「妹に懸想するのは止めなさい」
「懸想じゃないよ。そんな事を言ったら、ミラノの事だって俺は心配するさ」
「嘘。だって、私はアンタに優しくしてないから、アリアみたいに好かれてるとは思わないし」
「好く、好かないと、世話になってるなってないは別問題だよ。
確かに、俺には不慣れで怒られることは多いし、ミラノはアリアよりは厳しいけど――」
「――……、」
「それでも、世話になってるし恩は感じてる。それに、なんだかんだ妹のように……家族のように思えてきてるってのもあるからさ。多分、その影響かな」
「妹? そんなに似てるのかしら」
「ん~、どうかな。強気な物言いとかは、似てるかもしれない」
「聞いても良い?」
「もちろん。五歳くらい、だったかな。年下でさ。妹が欲しいって、何も知らずに幼い俺と弟が親に頼み込んだんだ。
やっぱり、初めての女の子だったから両親共に喜んでね、俺達も子供の癖に赤子だった妹の面倒を積極的に見てた――」
可愛らしく着飾り、指をしゃぶって人形を抱きしめてトコトコとどこまでもついて来る小さな子だった。それが、気がつけば弟に似て強気になり、足蹴にされたことや踏まれたこともそう少なくは無い。平気で一番上の兄である自分に「これ買ってきて」とパシらせ、「これ分からない」と勉強において優れている弟を飛び越して俺を利用していた。
当時海外に住んでいたことから、日本の幼稚園は無かったために現地の幼稚園に入った。結果として、幼い頃から買出しに一人で行かされていた俺よりも語学力に優れ、交友関係に優れていた。とは言え、嫉妬されたことも少なくなく。虐められた事もあったっけ。あの時、どうやって解決したんだったか――。
そして、結婚して元気な男の子を産んだ。もう八ヵ月にもなるその子を俺は、一度だけ抱いたことが有る。小さな存在、けれども確かな重み。初対面で怯えられたものの、地面に這い蹲って顔の位置をハイハイは出来ないまでもアブアブと暴れる程度の事は出来る赤子と同じ位置にまで低くしたり等をしたら、直ぐに馴染んでもらえた。
「俺の子供じゃないけど、俺の父さんの……一族の血を継いだ子が産まれたんだ。
元気で、人見知りをしない子で、転んで頭をぶつけても泣かないで笑ってるような子だった。
抱き上げて高い高いをするだけで笑って、お風呂が大好きで、食べ物は気に入らないものだとブブブって吐き出すけど、好きな食べ物だと物凄い笑顔になるんだ。
それで、それで……」
語っている内に、やはり郷愁に駆られる。親はどうしようもない、向き合っていくことしか出来ない”歴史”なのだから。けれども、妹や弟、そして妹の子供なんてものは過去ではなく、現在進行形で生きていたのだ。どんな子供になっただろう、どんな学生生活を送っただろう、どんな理想と希望を抱いて頑張り、どんな失敗と挫折に涙を流すのだろう。
考え事は尽きないが、一つだけ言えることはある。それは、俺が呼ばれることも無ければ、そう言った事柄に関わったり、愚痴を聞いたり、話をする事も出来ないと言うことだ。弟も、もしかすると交際して子供が生まれるかもしれない。なのに、俺はもう死んでしまったのだ。あの世界において、俺の未来は閉ざされてしまったのだ。未来を知ることも、もう無いのだ。
「――そっか。俺じゃなくて、ミラノやアリアが結婚する事も、あるんだよな」
これ以上考えてはいけない、考えたら止まらなくなる。それを理解して、大きく息を吸って”塞き止め”ると、当たり前の事を言った。前に俺がそれで動揺したことも含めて、既に思考自体は完結している事柄だ。なのに、また同じ事を言ったのは逃げだ。これ以上赤子や妹――家族のことを喋らないようにするために、そしてつなぎとしては自然であるかのようにするためだ。
それに対してミラノは小さくため息を吐いた。
「例えそうだとしても、それは学園を出るまでは無いし。学園を出て直ぐにってことは無いわ。
それにしても以外ね、赤ん坊や子供の面倒見が良いようには――思わなかった」
「両親が出かけて居ない時は弟の面倒を見てたし、妹が生まれてからは妹の面倒も見てたからね。
それに――俺には、それくらいしか役に立てることが無かったから」
「……強いじゃない」
「けど、それは生産性の無いものだよ。むしろ、ただの破壊行為に過ぎない。
誰かを殺す……それが人間であれ、魔物であれ、動物であれ変わらない。
殺すのは、簡単だ。けれども、殺した生物がそこまで成長するまで面倒を見るとなったら――長い年月と労力がかかる。
出来れば、何かしらの――人に誇れる技術や能力があって、それで生きていけたら良いんだけどね……」
俺が、もしバトルジャンキーだったなら。あるいは、戦う事が誇りだと言い張れるような人間性の持ち主だったのなら、この前の出来事をひっくるめて自分を幾らか肯定できただろう。けれども、俺は戦う事を肯定しているわけじゃない。ただ「誰かの役に立つこと」として選んだのが自衛隊であって、それこそ米軍のように「一生を国に尽くす」という言い方が出来るのであれば、その人生に意味はあっただろうとは思うが……。俺は、国に尽くすことも出来ず、半端にその知識や技術を手にしただけの……半端ものだ。
「そんなこと無い」
だが、俺が苦笑しているところにミラノの言葉が降ってきた。その言葉の真意は分からないまま、ボンヤリと彼女を見ると腕を組んで偉そうにしていた。
「――姫様に聞いたとおり。アンタ、私達を助けた事をぜんっぜん誇ってないのね」
「まあ、ね」
「けど、アンタがどう思おうが、思わまいが関係ないの。私は、アリアは、アルバートは、グリムは――あとマルコは、アンタが助けてくれた。いえ、救ったのよ。それに、聞いたわ。私が倒れている間に街に出て、何人も助けたって事も。死んでいたかもしれない人を、本当だったらそこで未来も何もかもを失っていたかもしれない人を助けるって、そう多くの人には出来ない――アンタの言う生産性のある行為じゃない?」
「けど――」
「あぁ、もう!」
尚も「そんなことは無いよ」と言おうとした俺の頭にチョップが叩き込まれ、そんな事できたのこの娘!? と驚いている俺の目の前でミラノはふんぞり返った。
「アンタがなんと言おうと。私は感謝してるし、アリアも感謝してる。当然、アルバートやグリム――それとマルコも感謝してるに決まってる。何を言っても、その事実はひっくり返らないんだからね!」
「――……、」
そう言い切られると、呆然とするしかない。そこに俺の思考も、思想も、感情も、理屈も存在しない。押し付けだ。押し付けられた感想だ。その理屈で行くと、俺にとって「本当に、なんでもない」とされる事柄ですら「それでも感謝してる」と言い切られてしまう。そう言われると、まるで自分が価値有る人間みたいに――いや、ヒトみたいに思えてしまう。
そんなわけ、無いのにな。
「――なんにせよ、アリアが不調なのは気がかりだ。前にミラノが倒れたときみたいに、長引かなきゃ良いけど……」
「私が?」
「地揺れがあって、庇ったときだよ。俺が頭から血を流して、ミラノが気分を悪くしただろ?
まるであの時みたいだ――」
ミラノは刃物を恐れていて、それよりも更に血を見るのに恐怖を抱いている。刀剣等は怯えたり、身が竦んだりする程度で済むらしいけれども、血は本格的に駄目なようであった。焦点が合ってないのか目が震え、手が震えていて自力じゃ立つこともままならない。そして――言ってしまえば、今にも吐いてしまいそうなくらいのショックを受けているようにも見えた。まるで……初めて、人の死体を――欠損や腐乱死体を見た新兵のようであった。
翌日も自力での行動は出来るようではあったが、活動は出来無さそうに見えたくらいだ。アリアもまた――同じようになるんじゃないかと心配した。
「ミラノみたいに、アリアもなっちゃうんじゃないかって思ったんだよ」
「まるで私がアリアみたいって言ってるようにも、アリアが私みたいって言ってるようにも聞こえるけど」
「そこまでは言わないけどさ。ただ――」
「ただ?」
「もし二人が入れ替わったとしても、気付けないだろうなって思うかな」
事実、声も同じで口調や抑揚が違うだけだ。同い年、同じ背丈、同じ体つき。髪の色も同じ、目の色ですら同じ。むしろ違う所を上げた方が早いくらいに、似ている。俺には、二人が入れ替わっていても――あるいは、二人がミラノ、もしくはアリアの姿をしていたら判別つかないだろう。
「クラインなら、そんな事は無かったんだろうな……」
「兄さんは、判断できなかったわね」
「それじゃあ、入れ替わって遊んだりしてたんだろうね。けど、まあ――少し困るかな」
「困る? なんで」
「だって、ミラノとした約束を入れ替わったアリアと果たしても意味無いだろ? 逆にアリアとした約束を入れ替わったミラノと果たしても仕方が無いわけだし。
俺の言う”恩義”って奴もさ、ミラノとアリアで形が違うわけだし。どういう物ならミラノは喜ぶかな、何だったらアリアは喜ぶかなって考えてる。それが、実は違う相手だったらって考えたら、悲しくなるよ」
「――大丈夫よ。そんな事はしないから」
「そっか。なら……信じるよ」
盲目的では有るけれども、他人を疑って生きるよりは信じて生きた方が心地は良い。その言葉が真実か、そうでないかなんて考えても仕方が無いのだから。切り捨てられるときは切り捨てられる、大事にされる時は大事にされる。必要なのはその時々で、どう対処するかだ。切り捨てられるのだとしても、そのまま恨んで死んでいくのか――それとも、そういった事が有っても大丈夫なように技術や知識、経験をつんでおくのか。
けれども、何が起きても対処できるように準備しておくと言うことは……とどのつまり、俺は誰も信じてないのかもしれないなと自嘲する。ただし内面で、絶対に表に出さないように。その後も、夕方に入って姫さんとオルバが帰るまで、色々と彼らからしか学べない事を聞いて学ぶことが出来た。それと同時に、学園外部の情報も手に入る。どうやら、不審死と行方不明がピタリと止まったらしい。一応警戒は緩めない方向で巡回と警備は強化したままにしているらしいが、ここ数日でなんらそれらしい事件は起きていないらしい。
俺が白昼夢を見てから既に一週間近く経過している。と言うことは、国王が来て兵士の警戒が強まったことで犯人は逃げ出したのかもしれない。ただ、気がかりなのはミナセやヒュウガ、クロエ等と言った食堂で会う面々と……ここ数日会っていない。ただ、死亡だ葬儀だと騒がれてない以上は何も起きては居ないのだろう。もしかするとミナセやヒュウガも、突如入った予定でどこかに出かけているのかもしれない。クロエも、きっと国に帰ったのだろう。
そう考えると安心はしたが――それもきっと、恐れから目を背けただけに過ぎないのだろう。
――☆――
その日の夜、俺はアーニャの事を意識して眠った。などと書くと、まるで恋慕や劣情でも抱いているかのように聞こえるが、ただ単純にあの真っ暗で拾いようで狭い空間に行けないかどうかを確認したかったのだ。それに、尋ねたいことがあった、だからそうやって眠りについたのだが――。
「わぁ……」
俺が眠りについたであろう直後、俺は何時もの様に椅子に腰掛けて居るのに気がついた。その場所、空間に見覚えが有るので混乱は最小限ですんだ。
の、だが――
「よよ、ようこそいらしゃいました、貴方様!」
朗らかな笑みを浮かべ、両手を羽と同期させたかのように広げながら此方へと走ってくるアーニャ。それをみて俺は椅子から転がり落ちるように折り、受身で位置をずらした。そして俺が座っていた椅子に突っ込むアーニャと、ガラガラと椅子が倒れる音が響く。羽の無い生活で大分苦労してる様子だったので、同じように羽のある状態でも躓くだろうなと思ったが――やっぱりだった。
「うぅ~、酷いでずぅ~っ……!」
「いや、ごめん。受け止めるにしても、座ってたから無理かなって」
「それにしても、やりようって物があると思うのですが……。イタタ――」
若干罪悪感が芽生え、手を掴んでゆっくりと起き上がらせた。――ハズ、なのだが。片腕でアーニャがぶら下がってしまった。彼女が軽いのだろう、そもそも重量がカティアと同等かそれ以下に感じる。下界では人に合わせた質量の肉体をしているとするならば、良く転ぶのも頷ける。
「で、何で走ってきたし」
「え? それは、そのっ。貴方様が自らの意志で来てくれるとは、思ってませんでしたから」
「いつでも来て良いって言ってただろ? それに、聞きたい事があったから」
「聞きたいこと? ――少々お待ちください、直ぐに場を整えますから」
そして何時ものように丸机にお菓子とお茶が準備され、何時ものようにお茶を注いで俺に差し出してくれた。今回はバターシュガートーストだった、これはお茶が進むのでお茶に投入する糖分は控えめ、乳はマシマシっと。
「それで、お聞きしたいことと言うのは」
「あぁ、それが……。俺に似ている人物が居るだけじゃなくて、弟とほぼ同一人物が居たんだ」
「はいはい」
「だから、ちょっと聞きたいんだ。もしかして、この世界には身内や友人とか――居たりするのか?」
「ん~、そうですね~。確か、世界や人物に関しては基本構造はオリジナルがあると聞いてます。それをベースにして、世界が派生していると考えていただければ分かりやすいかなと」
「つまり、どの世界においても必ずと言って良いほど似通った人物が居る可能性は高いと」
そう訊ねると、アーニャは「ですです」と答えた。どうやら正解らしい。となると、俺の見知った人物がこれからの行く先々で遭遇する可能性があるわけだ。弟が居た、俺も居た。となると、父親と母親も居るかもしれない。妹も存在するのだろう。
オルバとは一度相対したが、これから先――この世界で生きていく中で、家族に似た相手と対峙する事があるかもしれない。いや、オルバですらどんな理由で俺と敵対するかなんて分からない。その時に、俺は殺されず……傷つけずに勝てるのか。衝突をいなし、敵対しないで済むように出来るのだろうか。何を求められるか分からない、となると――俺が有益であり、敵対するにはリスクが大きすぎると”認められなければならない”。
「流石に、俺の身内に似ている人物がどこに居て、どんな立場か――なんてのは、知らないよなぁ」
「すみません。この世界の管理に一杯一杯で、この世界が誕生してから現在までに生没した人のリストを作るには、時間がかかりすぎます……」
「だよねぇ……」
アーニャは日中は教会でお勤めで、夜は寝てるのかそれとも移動してきているのか分からないが此方で作業。この空間での時間は、現実世界での時間とは影響しないと言うが――それでも、孤独なこんな空間でずっと一人作業をしていたら気分も滅入るだろう。
まるで、引きこもっていた頃の俺みたいだ。ただ、俺には義務も職務も無く、アーニャには義務も職務もある。とは言え、俺もアーニャもお互い死んだ人間だが。
「まあ、いいよ。分かった時にでも教えてくれれば。さて、と。それじゃあ、そろそろ――」
「え゛! もう帰られるのですか!?」
やるべき事、確認すべきことが終わったのでさっさと就寝して安寧と温もりに包まれようかなと思ったけれども、どうやらアーニャにとって俺がさっさと去ってしまうのは予想外だったらしい。ティーポットの取っ手を”握りつぶし”、支えを失った本体が机に一度叩きつけられ、転がり落ちて床で砕け散った。
「そんな! 貴方様の好きそうなゲーム、探してきたのですよ!?」
「よっし、四十八時間耐久プレイだ! なになに、どんなゲームがある?
傑作で楽しめる上に時間を有意義に使えるマリオRPGやクロノ・トリガーはあるかな。
やり込める作品ならガンパレとか、レディエントマイソロジーがいいな……。
あ、アンチャーテッド! あれ完結したし、ギアーズ・オブ・ウォーも四が出たよな――」
アーニャが「ほら、準備しました!」と言わんばかりに示した先に、沢山のゲームがあった。泣きたくなるくらいに懐かしいファミコンもある、それにPS4まであって万々歳だ。喜ばしいことにPCまで有るのだが――なんだろう、世俗に塗れすぎた気がする。
ただ、パソコンは何故Windows95なんて懐かしいものが有るのだろうか? せめて……互換性の問題でWinXPと一番問題の少ないWin7を用意すべきなんじゃないかって思った。
「てか、テレビ画面無いけど」
「えぅ? 画面なら、沢山有るじゃないですか」
「沢山って――。なるほど、世界を観察しているホロ画面を使うわけね……」
どうやって接続するのかなんて聞く気にはなれなかった。流石にゲームに少し触れていれば、あるいはPCを使うのであれば「出力や入力には端子、端末が必要だ」と言うことぐらい分かっているだろう。
「――それで、どうしたい?」
「え?」
「これからも度々ここで俺は世話になるのに、俺だけ楽しんでちゃマズいだろ?
まさか、俺が楽しげに一人で遊んでるのを眺めてて楽しいなんて言わないよな?」
「私はそれでも楽しいですよ?」
首を傾げられてしまった。ただ、理解できてしまう自分が居てさらに悲しくなる。高校時代、まだおぼろげに覚えている友人達と登校や下校をするとき、何時も話を聞いているだけの金魚の糞状態だった。それは、日本に来て間もなかったが為に話題に混じって語ることが出来るほどに知識も経験も無かったからだ。それでも、別に下っ端だとか、俺の前で楽しげに会話をしている友人たちの方が格上だとか――そういうことは無かった。
俺達はオタクであり、世論や社会から最底辺だと認識され、そうである事を他人に悟られぬようにとコソコソしてきたはみ出し者だった。テレビではアニメやグッズなどを所有した人物が犯人である場合大々的に報道され、常に立場は弱かった。それがアニメでなくとも、ミリタリーや鉄道でも同じで――仲間だったのだから。
だから衝突はしない。言ってしまえば、虐めも無いし誰が上で誰が下か等と言うこともなかった。面白そうだと思った本を借り、マンガを借り、歩きながら読んでいた気がする。だから、聞いているだけでも、見ているだけでも楽しいと思えるくらいだった。知らない事が多く、興味を惹く事柄ばかりだったのだから。
「――まあ、軽いゲームでも一緒にやろう。俺の遊ぶゲームは、大体成人向けだから」
「?」
「まあ、人体欠損とか。残酷表現とか?」
「あ~、確かにそう言うのは少し苦手でした」
「でした?」
「この前の騒動で、色々な負傷者を見てきましたので。腕が無い人、膝が折れて曲がってる人とか、沢山」
そういや、教会で勤めてるのだから――それこそ、死者への手向けの言葉やら手当てやらで活動しているはずだ。そして今では家を壊され、身寄りの無い人や食べるに困っている人へと食事の配給の手伝いもしている。となると、そういった人も見てきただろうし、接してきているのだろう。
――俺は基本的に学園の中でしか生活していないので、外部の事はとんと疎い。だから、本当はそういうのは怖かったのかもしれないが――慣れた、慣れてしまったと言うことなのだろう。
「……そうだ、モンスターハンターは有るかな? 初代でも、4Gでも良い。
どうせやるなら、仲良く、楽しく、ノンビリと――だな」
「良いんでしょうか? 私、そこまで上手じゃないですが」
「ゲームは皆で、仲良く楽しく遊びましょうって言われてるから。暫くはこれでも良いさ」
「では、失礼しますね」
と言って、俺は3DSを探し出す。そしてアーニャも見つけ出し、二人で起動して集会場に行くのだが――
「あれ。なに? その装備……」
「暇だったので、チョコチョコやってたんです!」
俺が布切れとナイフで現れたのに対して、彼女はネームが水色になっている上にゴリッゴリの強そうな装備だった。あれ、おかしいな。俺が生きている時のプレイではまだ名前の色は赤くなっただけなのに、それ以上なんて有るの? なにそれ、サイヤ人になったと思ったら相手が歩たらフュージョンしてきたかのような絶望感。
「ちなみに、プレイ時間は……?」
「8912時間です!」
「新しくセーブデータ作ろう、な!?」
「貴方様がそういうのであれば、そうしますね」
そう言って彼女はタイトル画面へと戻り、三番目のスロットを新しく使用する事にした。なのだが、一番目だけでもそんな膨大な時間をプレイしていると言うのに、二番目のキャラクターも6000時間越えとか、どうかしてる。この空間では時間の経過が無い上に、世界の管理さえしていれば何をしても構わないような感じだから――俺が一日を過ごして翌日起きるまでの間に、彼女は数日多めにここで過ごしているのかもしれないと考え、頭が痛くなった。
「アーニャ」
「何でしょう?」
「――クマが出来てるぞ」
「はわぁっ!?」
慌てて鏡を無から取り出し、顔を確認するアーニャ。当然、クマなんて無い、出鱈目だ。けれども、彼女がゲームなどで徹夜をしているのであれば――そういった事に心当たりがあれば、原因は理解できているはずだし、出来ていてもおかしくない自分にも違和感を抱かないと思ったのだが、予想以上に引っかかってくれた。
「ごめん、見間違えだったな――っと」
「あ~、酷いです!」
「数多くの人が、精神と時の部屋を欲している中で、リアル精神と時の部屋でゲームに勤しんでるなんて恐れ入ったよ……。
この空間をコミケに参加する多くの人々に提供できたら素晴らしいと言うの、に――」
そういや、もう二度とコミケ行けないじゃん。アルバートはコミックがどうこうとか言ってたけど、ラノベやマンガ――ゲームもリアルタイムで情報収集できないし、発売日に購入して徹夜で遊び倒して誰よりも早く攻略してやるぜ! という遊び方すら出来ない。
「そっか、コミケに行けねえ……。しまったな、懇意にしてる人とももう会えないのか」
「コミケって、アレですよね。アメリカの海兵隊さんが『訓練より酷い』ってギブアップしたやつですよね」
「まあ、戦場だからね――。数十万人がそこに集い、数百億の金が動く。
政治的事情も絡んで、最近じゃ幾らかキナ臭かったけど――どうなったことやら」
「次あるのは何時でしたっけ?」
「冬だと思うけど、聞いてどうするのさ」
少しだけ嫌な予感がした。もう既にコミケなんて俺に無関係な存在だ。昔のように二次創作として文章を書き、イラストレイターに声をかけて挿絵と表紙と裏表紙をお願いして年に数冊~みたいなことをしている訳でもないし、そもそも世界が違うのだからかかわりようが無かった。
の、だが――。
「今度、一緒に行きませんか?」
「はい来たぁ! 嫌な予感的中だ! どうやって!? そもそもグッズ買う金も、世界の渡り方も、その保管場所も――そもそも戸籍が無いんですけど!!!」
「大丈夫ですよ。あの世界を担当している人に、ちょ~っとお願いをしたら、身分証明なんてワケありません! それこそ、何時契約したのかも分からないような住まいとかを確保したりも出来ます」
恐るべし、神の権化。下手すると神隠しと言われている事柄の何割かは、こうやって遊びに来た奴らがそのまま世界から立ち去ったからと言う説が立ちかねない。まあ、別に世界の謎を探求するつもりは無いし、解明したところで”スッキリ!”となるだけだ。
集会所でクエストを始め、幾らか素振りをする事で操作を思い出してクエストに望む。器用貧乏と言われがちな片手剣で細かく隙を少ない攻防をし、出来る限り張り付いて攻撃し続けるスタイルが好きだ。そしてアーニャは何かと思えば――片手剣だった。
「片手剣、か」
「あの。サポートしやすいから好きなんですけど。ダメ、ですか?」
「いや、好きな武器を使ったらいいさ。俺も、どの武器だと最短で相手を狩れて、効率的とか考えないから。弾かれない事、弱点属性があればオッケーって感じだから。
それに、どうせ序盤は金も素材も無いから自分の事を最優先していけば良いかなと」
「では、そのように」
そして、久々にゲームをプレイするのだが――。はまる事はまる事。対人戦等がメインのゲームはあまり好きじゃないが、シミュレーションゲームのように、あるいは数字などが変動して成長が実感できるゲームは好きだ。攻撃力と防御力が表示されている上に、攻撃モーションによって倍率が変わる。後は装備によって差し替えるスキルを考えて戦うのだから、モンハンは好きな方だ。なおディスガイアなどは廃人になりかねないので途中で挫折した。
そうやってこの空間で眠気と疲労を感じるまで遊びこんだ。長時間遊んでいるだけ有って、アーニャのプレイスキルは足を引っ張るようなものではなかった。敵の攻撃を良い具合に誘導してくれるし、回復や気絶している時に敵を突っ込ませない程度に立ち回りをしてくれる。
「流石に、遊びすぎた、か……」
「あはは。もう、目が疲れて――眠いですね」
「もしかして、この空間で寝ても現実世界じゃ影響ないとか」
「そうですね。なので、遊びすぎて疲れたときは一日休みますか~、ってなってしまいますね」
「羨まし過ぎる……。携帯ゲーム機、持って行ってもバッテリーが持たないしなぁ」
VitaだのDSだのと、携帯ゲーム機は所有しておきたいとは思う。よく生きるためには、努力をするだけではダメなのだ。良く努力し、良く休み、良く息抜きをする。そうやって成長し、鍛えられた人こそ良い社会人であり、隊員である。努力を強要し、休ませることをせず、息抜きをさせないのであれば短命でしかない。そして自分でそうしてしまう人も、自分から潰えてしまう。だから、息抜きの道具として持って置きたいのだがなぁ……。
「まあ、また遊びに来ればいいか」
「え? ストレージに入れておけば、魔力を消費して回復するようにしておけば大丈夫ですよ?」
「また摩訶不思議な事を……」
試しにストレージへ3DSを放り込むと現在のバッテリー総量と充電完了までの時間が表示された。……お? って事は、携帯電話とウォークマンもこうやって充電すれば使いたい放題か。となると、精神的負担の低減と回復が見込めるわけだ。素晴らしい、素晴らしすぎる――。
「あれ、ちょっと待てよ。って事は、俺は期待されてるって事? 向こうに行ってる間もプレイし続けて、会う度にお互い成長してましょうって事になる……?」
「はい!」
俺は、また自分から厄介ごとと面倒くさいことを背負ってしまったようであった。




