31話
何事も、反復して練習せよ。
中隊に配属され、初っ端の訓練が市街地戦を想定した訓練で言われた言葉だ。前期教育でのシゴキや後期教育での訓練ではやらなかった事に疲弊してしまった。新しいワード、新しい動作、新しい規則、新しい行動――そういったものを数時間で、落ち着く間も無く叩き込むのは難しい話だった。
訓練中はポケットなどに物を入れておけず、訓練が終わってから同期と一緒に「あの掛け声、どういう意味だったっけ」等と思い出しながらメモ帳に書き込んでいく。緑本《新隊員必携》には基本的な情報しか書かれておらず、市街地だの検閲だの観閲式だのと知らない事だらけだった。
それでも必死だった、覚え、習得し、錬度を高め、自分の価値を高めることにわき目も振らずに全力で突っ走っていた。自主的なトレーニングは課業時間外でも出来るが、実際に銃を出して自分よりもより多くを理解している曹の人に指導されるのは課業中にしか無い。
時間は、俺にとって短すぎた。
「んがっ――」
朝食を食べ終え、新たに個人部屋を手に入れた俺は満腹感と至福の一時を満喫するようにベッドに横たわっていたら、そのまま寝落ちしてしまった。自由度が増えたことで、常に部屋の偉い人を意識しなくて良くなったのだ。ミラノがベッドに転がって読書をしていても、俺はベッドに腰掛けることまでしか出来なかった。夜にミラノが寝れば就寝時間で、彼女よりも先に寝ることも憚られたが――今や、そのような事柄からも解放されたのだ。
初めての朝食後の二度寝、窓から差し込む日差しがポカポカと暖かく、部屋の温度と共に心地良さまで高めてくれた。潜る事無く横たわっただけだったのだが、いつの間にか寝てしまっていたようだ。心地良く眠ることはある種義務ですらある、それを何者かによって妨げられた俺は間抜けな声と共に目を醒ましたのであった。
「お主、気持ち良さそうに寝るのじゃな。ちと早いが、邪魔しておるぞ」
「姫さ――。なんで、ここに?」
「姫と呼ぶな、ヴィトリーと呼べ」
見れば、俺の上に姫さんがボディープレスをしていた。そして重なった状態で俺を見下ろしている、その顔の近さに俺はドギマギするしかない。誰かがかけてくれたのだろう俺の上着で感触や接触面積が誤魔化されていなければ悲鳴を上げていたに違いない。
降りるようにお願いし、上着をそのまま着込むと自分の体温で温まった服で欠伸が漏れた。
「んっ、ん~……。お茶お茶――」
「妾の分も頼むぞ」
「はいはい……」
ミラノから予備の簡易セットを貰ったので、それと父親からの贈り物に入っていたお茶の葉だのも使ってみる。薬缶に水をいれ、それをガスで沸騰させるよりも魔法で全てやると早いこと早いこと。数分でお茶の準備が出来たので、それを机まで運ぶ。
「えっと。カップ、カップ……。あったあった。ミルクは分けてもらったのが有るし、砂糖も幾らかあるか……」
「変に上手いのを出そうとせずとも良いぞ」
「その道を極めた人たちにどうやって敵うんですかね、自分……。
はい、どうぞ」
ヴィトリーの分も準備できたので、それを差し出すと「うむ、すまぬな」と言って受け取った。そして自分の作ったお茶の味を確かめるためにまず香りを楽しみ、それから液体の色を揺らしながら眺め、舌で味わう。お茶の淹れ方はミラノも良いのだが、アリアの方が更に一段上の腕前を持つ。ミラノは魔法や勉学もできるし、お茶の淹れ方や作法までも出来るのだが――器用貧乏なのだろう。何でも出来るように頑張った結果、突出した何かが無いと言えばいいのだろうか……。アリアは身体が弱い分落ち着いている事が多く、お茶の淹れ方や作法の細かい所にまで気が行くようになったのだろう。
「それで、今日の用事は何ですかね?」
「うむ、それがじゃな。父が見回りをするというので、その様子を見に行きたいのじゃ」
「――見つかりにいきたいんですかねえ?」
「馬鹿を言うでない。じゃからこうして、バレないように外套を持ってきたというに」
そういった彼女は、外套を羽織って見せてくれた。その姿は旅の人物に見えるし、フードを被れば怪しい人物になる事は出来ても誰だか判別はつき難いことだろう。少なくとも、正面から凝視でもされなければ大丈夫だと思われる。
ヴィトリーも自分の取った対策が完璧だと言わんばかりに満足げに頷いていた。自分としては苦笑する他無く、言い訳を並べて潰してしまうという手段も失われたわけだ。
「それで、何時ごろに王様が見回りをする予定なんですかね」
「昼以降じゃな。まだまだたっぷり時間は有るぞ」
「時間がたっぷり有りますね、確かに。
それじゃ、叩き起こされた分また寝ても良いですか?」
「駄目に決まっておろう。何の為にわざわざ早くから来たと思っておる」
どうやら拒否権は無いらしい。ミラノやアリアに助けを求めたいところだけれども、考え込んでから立ち上がったのが不味かったのか「誰かを呼ぼうとしても、無駄じゃからな?」と言われてしまった。まるで脅迫だ。誤魔化すように窓まで向かい、外を眺める。
――平和だ。艱難辛苦がどうして俺にばかり降り注いでくるのだろうか? 平和で温厚、波風立たない生き方をこよなく愛し、二度寝や惰眠を愛し、ゲームやアニメにラノベにコミケを愛するいたって普通でどこにでもいる平々凡々な人だというのに……。
そんな事を考えていたら、隣の男子寮の窓から炎と一緒に一つの影が放り出されるのを見た。その影は地面に転がると、即座に起き上がった。それが人であるという事と、ミナセであると言うのを認識するのは同時だった。
窓から追撃で魔法の攻撃が幾つも飛んでいく、それを回避するようにミナセは回転受身を駆使してどんどん遠ざかっていった。ミナセを追うように窓から幾つかの人物が躍り出る。それがエレオノーラに、白羽黒羽の二人と――もう一人、見覚えの無い小さな女の子であるのを確認すると窓から離れることにした。多分アレは見ちゃいけないものだし、見ないほうが彼の為になるだろう。ヒュウガは何があったのか、ミナセが飛び出したと思われる窓あたりからボトリと落下して動かなくなった。
「ん? なんじゃ、どうかしたのか」
「――いえ、風が強いみたいで」
距離がある事と窓を閉めていることを言い訳に、ヴィトリーが興味を持たないようにした。ミナセは王様に呼び出されたりしているくらいの人だし、態々クッソ情けない所を見せてあげようとは思わなかった。
都合良く風――と言うか、魔法の余波か?――が窓をカタカタと揺らした、俺も下手に長居はせずに窓から離れ、再び席へとつく。するとお茶を飲み干した彼女が空になったカップを見せびらかすように眼前でプラプラさせていたので、望みどおり新たに茶を注いだ。
「あぁ、そうだ。何でこんなに早い時間から?」
「それは、お主。遅ければどこかに行ってしまうか、見つからぬ可能性があったであろう?
兵は拙速を尊ぶというらしいではないか」
「急いては事を仕損じる、という言葉もあるんだよなぁ……。
けれども、まあ――個人間の事柄なら急いても失敗は無いか。
それで、何故自分を?」
「それは当然、一人では怪しまれるであろう。じゃからお主を伴って行けば、怪しまれ難いというものよ」
そういう物なのか? けれども、王様の視察を行っている中、民衆に混じって頭まで外套とフードで覆った人物が立っていたら、流石に怪しまれると思う。俺がいたとしても怪しさは変わらないだろうが、その時は会話でも普通にしていればどうせ変な事を言われて俺が慌てふためく展開になるに違いない。目立ってしまうことをあえてする事で怪しさを減らす、ピエロ役として俺を所望しているに違いない。
そして事前情報として、ミラノ達の父親が来ているという事から「何でミラノやアリアじゃないんです?」という質問自体が省かれる。ミラノやアリアが目立ってしまうと、下手すると連想ゲームのような繋がりからバレるかもしれないという事を想定しているのかもしれない。
あぁ、クソ。考えすぎで疲れてくる。何でゲームでもないのに……陸曹教育でもないのに、ただの日常生活でここまで考えなきゃいけないんだ? 楽がしたいだけなのに、厄介事が俺の方に飛び込んでくる。それでも、仕方が無いのだろう。相手は姫様だ、逆らうと一番打撃を受けやすい相手だ。ミラノやアリアであれば、まず個人間での制裁、その上に家――とは言っても公爵なのだが――からの制裁が有るくらいだ。しかし、姫様となるとミラノやアリアだけじゃなく、公爵家にまで迷惑をかけた上で国民からも制裁を食らいかねない。それこそ、この国に居られなくなる位に。
「――分かりましたよ。お付き合いしましょう。けど、守ってほしい事が幾つか」
「ほう、なんじゃ。褒美か?」
そう言って彼女はポケットから首飾りだの、指輪だのを取り出した。俺はそれを見た瞬間に首が取れんばかりに左右に振る。
「No, no, no, no! Nein《ダメダメダメダメ、駄目だって》!?」
「何を言ってるのかさっぱりじゃが、これでは駄目か」
「足りないどころかその逆で、今日明日には俺が殺されます! ヤですよ、なんで厄介事を抱えなきゃいけないんですか!」
「しかし、褒美を与えるときはでかく渡せと父がじゃな……」
それにしても大きすぎである。貨幣ならまだしも、宝飾なんてどう処分したらいいんだ? 誰かに与えるにしても、金に換えるにしても危険度が高すぎる。そもそも換金を受け付けたとして、金に換えてくれる程に金を溜め込んでる人がどこにいるというのだ。しかも手放さなければ存在を知られただけで空き巣や押し入りに狙われまくる事になる。つまり、存在そのものが厄介事だった。
「あの、褒美を取らせるのであればせめて貨幣で……」
「ではこれを受け取れ」
そう言って放った小袋を受け取ると、握りこぶし程度に内容物が存在しているのを感じた。おっ、シルバーかな? もしかしたらゴールドも少しくらい混じってるかな? なんて期待して紐解けば、そこにあるのは全プラチナと言う圧倒的金額。
「あああ、あのっ! なんでこんなに高価な貨幣を何十枚も一気に渡すんですかね!?」
「むぅ、いちいち小言が五月蝿い奴じゃな……。仕方が無かろう、物の価値とか妾には分からぬのじゃから仕方が無いであろう」
「じゃあ、数枚だけ……褒美として貰って置きます」
貰わないで置く事も可能だったが、あえて貰っておけば「こんな事になるとは聞いてないので降ります」とか「褒美の額と見合わないので止めます」と言える。当然貰ったのに懐に入れれば追求されたときに苦しいので「成功報酬としてこれだけ貰います」と言ってベッド脇の机の上に置いておいた。これで一方的な支配じゃなく、契約的な意味合いで互いに幸せになれる。俺は貰った金額の範囲内で努力するという証がこの貨幣に乗っけられるし、ヴィトリーからしてみれば「信用を明示できるもので確約する」と言う事が出来るわけだ。
少なくとも金額を提示も明示もしないで「成功したら払います」と言われたら、俺だったら「え、やです」と言ってしまう。そもそも俺はこの国で産まれた訳でもないので、国やそれに連なる人々に対して敬意も忠誠も抱いてないのだ。そして同じように、ヴィトリーからしてみれば「見知った顔だけど知らない他人」を信じるのは、身分的にも立場的にも難しいだろう。だから、安心を買っているという見方も出来るわけだ。ここで俺が変に「いや、いらないですって!」なんて言ってしまえば、余程の馬鹿かそこ抜けた真っ直ぐな人じゃなければ「コイツ、見捨てるんじゃね?」となりかねない。いざと言うときに、互いに足の引っ張り合いになって共倒れになるのだけは嫌だ。
「今回の外出で、ヴィトリーの警護を含めて目的を達成できたらこの数枚のコインを成功報酬としてもらいます。けど、自分が割に合わないと感じたり、失敗した場合はこれをそのまま持ち帰ってください」
「ふむ、成功報酬と言う奴か。良いじゃろ。じゃが、そこまで言うにはしっかりと役目を果たしてもらうぞ」
「――危ない場所には近寄らないです。危ないと思ったら姫さんも素直に指示に従って貰います。もし逸れた場合は無闇に合流しようとしないで、学園かゲヴォルグさんの家、近い方に向かうこと。それともし戦闘などに陥った場合は――」
「うむ、『構わず逃げること』じゃな」
「あぁ、えっと……。そうですね」
自分の発言が、ことごとくクラインと被っている。話が早い上に信じてもらえるというメリットはあるのだが。なんだか、こう……侘しさはある。結局、見られているのは俺ではなくでクラインと言う人物なのだ。認められない、認めてもらえない。そんなことを考えた瞬間に、胸が締め付けられた。この世界でも、俺は苦しまなければならないようだ。きっとそれだけ業が深いのかもしれない。
そんな苦悩は内にしまいこみ、死にたいと思いながらも準備をする。剣、可変銃、実弾、弾帯に水筒やエンピとナイフが付属しているかどうか、今回は要人であることも踏まえて簡易的な治療も出来るように医療キットの存在もストレージ内で取り出しやすいように目で確認しておく。
「それで、何時出るんですか?」
「うむ、お主の準備が出来次第じゃな」
「なら、一眠りしてからでも――止めて姫さん! 冗談、冗談ですから!?」
時間稼ぎをして何とかしようとしたが、無駄だった。となると九時だというのに外出しなければならない上に、午後までだいぶ時間が有るので昼食の場まで確保して、この姫さんを退屈させないようにしつつも適度な食事も与えなければならないわけだ。
この前の外出である程度自前の金を崩せた。変にプラチナ硬貨を出して騒然とされたり押し問答になるリスクは避けられる。報酬がぶら下がってるとは言え、何故細かい金を持ってないのだろうかと教育係のオルバとやらを呪った。
――☆――
自衛隊にいたときは、自分達の営内室の扉に名前と状態を示すマグネット盤が張られていた。自分の名前の横に「在室・訓練中・外出中」等々と、己の状態を明確にしておくことで無駄を減らすことが出来るのだ。同じ中隊に所属していても任務や行動、訓練は様々だ。支援で居なくなったりする人も要るし、それこそ不発弾処理や教育で居なくなる事だってある。
なので、代休が貯まり平日に消化する事だってあり、居るだろうと思って部屋まで行って見たら居なかったということは多々あるのだ。俺も個人の部屋を与えられた以上は、そういった対策をする事で「何故居ないのか」と言うのを有る程度分かりやすくすることにした。
とは言え、磁石なんてまだ一般的ではないらしいので、部屋の前に置かれている小さな机の上に紙と石でとりあえずは対策をする事にした。もしかするとプラスティックフィルムの原材料に行き着けば、それをクラフト経由で作り出す事だって出来るかもしれない。工程や製作過程をすっ飛ばせるこのシステムは便利だ。故に、怖くも有るのだが。
「うむ、やはり外は良いな。城の中から見下ろす事しか出来なかったからな」
「それはそうでしょうねえ……」
学園を出るときに、いつものように外出の手続きをしようとした。しかしこの姫さん、面倒を嫌ったのか衛兵に何かを見せながら耳打ちすると「後はこちらでやっておきます!」と衛兵の態度が急変した。
俺は半ば唖然としていたが、衛兵によって「あの方を待たせないで下さい」と”お願い”されてしまった。そこまで言われてしまうと、急いでこの場から姫さんを遠ざけたほうが皆の為になるのかもしれないと思い、さっさと出てきた――と言うよりも、出てこれたのだった。
そうやって学園から出ると、大通りと共に様々な建物がある。これも有る程度は見慣れた光景だ。そんな見慣れた光景を、マップというフィルター越しに眺めている。基本的に良く立ち寄る場所以外に興味を持たない為、一度は立ち寄ったり見たかもしれない場所でも「あれは何の店?」とか聞かれたら「分からん」としか言いようが無い。お店も「外食・食材(食品)・その他」でしか覚えないので上限は低い。
普段から家にこもりっきりで生活するのがデフォルトだったので、そう多くの情報を態々仕入れる必要が無かったのだ。食事に関しては、家に引きこもっていれば出前でも取らない限り餓死する結末しかない。どうしたって買出しにでなければならなくなるから覚える。
「そんなにきょろきょろしてどうしたのじゃ?」
「あ、いえ。一応護衛と言う形ですから、周囲の警戒をと」
「ふむ、それもそうじゃな。じゃが、ちと待てお主よ」
何だろうかと彼女のほうを見ると、物凄い近さに顔があって慌ててしまう。システムウィンドウのマップ越しにその顔が有って、どっちを見ていいのか分からないし、見ても理解が追いつかなかった。
「な、なんですかね!?」
「うむ、口調を改めようではないか。妾は良いが、お主まで恭しい口調だと気付かれる危険性が有る。
じゃから、妾を街娘か豪商の娘程度に認識すればよい」
「街娘、豪商……」
豪商と聞いて、そう言えば父親の友人に貿易商に勤めている人を思い出した。だいぶ恰幅の良い重役さんで、自分より幾つか年下の兄妹が子として居たのを覚えている。その仕事柄、何度か家で兄妹の面倒を見たことがあったが、その妹は人見知りをするし泣き虫だったなと思う。
――結局、生まれや育ちなんてものは子供の時には大きな影響を与えないので、何も知らなければそこらにいる一般家庭の子供と同じなのだ。
「もしくは、兄でも良いぞ? 可愛い可愛い妹が街に連れ出してくれと言うので、仕方が無く連れ出した妹想いな兄貴分と言う奴じゃ」
「――仕方ない。なら、多少は粗野、粗暴になるかもしれないけど許してくれ。
そっちが言い出したことなんだ、後で打ち首だの市中引き回しだの言い出すのは無しだからな」
「大丈夫じゃ、分かっておる。しかし、なんじゃ――」
再び彼女はこちらに顔を近づけてくるが、なぜか先ほどよりも動揺しなかった。それは不意打ちじゃないからだろうか、落ち着いて「近い……」と押しのけることが出来た。
「お主、口調と一緒に雰囲気まで変わったな」
「ん、そうか? 俺にとっては、何と言うか――意識を切り替えただけなんだが」
「まず顔つきが違うな。それに、からかい難くなった」
そう言われるからには、そうなのかもしれない。けれども、そんなに大きな変わり様かと疑いたくはなる。ただ、平凡な日常に居る時の自分から、職務を果たす時の真面目な自分に切り替えただけなのだから。
「人畜無害な顔は餌で、近寄った無法者を的確に撫で斬りにしてしまいそうじゃな」
「流石にそこまで過激じゃないって。――多分な」
「多分なのか!」
訓練でも、どこまで本気を出して良いのかと言うラインがある。格闘訓練で、事故による負傷は仕方が無いとしても、人体の骨格やら筋肉のあり方などから「明らかに越えちゃいけない最低ライン」とやらを、最初から無視して他人を破壊するのは駄目である。
ただ、今の自分には自衛官と言う”他人の目を気にしなさい”という状態には置かれていない。それに、もし慮外者が居たとしても、適切な対処としてボコボコにする事だってあんまり厭わないし、最悪「こっちの方が安全だ」と言って、殺さなければならない事だってあるだろう。
流石に人を殺したくはないが、綺麗事を抜かして護れる物も護れないような教育は受けていない。地獄と言うものがあり、そこに死後叩き落されようとも護れるものが守れればそれでいいのだ。そう考えながら、ドッグタグを撫でた。
「それで、どうしたい? だいぶ時間が有るだろうに」
「そうじゃな。街の中を適当に案内してくれ、それから酒場とやらに行ってみたい」
「酒場に? なんでまた」
「あそこには様々な旅人や仕事をする男達が集うと聞く。そういった場所に行ってみたいのじゃ」
「――誰かによって清められた情報じゃないのが聞きたいって事か」
多分、城で暮らしているときは耳に入れて良い情報と入れてはいけない情報を選別しているのだろう。教育のため、彼女のため、国のためと良いながら濾過した情報を聞かせる。都合の良い、耳触りの良い情報だけを聞かされるのは、大変危険だ。だからと言って、彼女を”穢した”と言わせしめるまでに情報過多で溺れさせるのも駄目だろう。
酒と言う要素によって安全性が低くなっている場所だから、もしもを考えると連れて行きたくないと言うのが本音だが、代替案を出せないのに反対することは出来ない。それこそ、無法地帯レベルで危ないから、護ることが出来ないと言い切れるのであれば突っぱねる事も可能なのだが……。
「仕方ない。ただ、姫さんは」
「姫、と言うな」
「そこは設定だ。名前で呼び合っても良いけど、それだと何で態々隠れるような真似をしてるのかが納得いかない。それに、身分の良さや育ちの良さをひっくるめて愛称で”姫”って呼んでるとか、ありえない話じゃないだろ?」
なんか、ヴィトリーと名前で呼ぶには長すぎるし”ヴィ”という発音で始まるのがそもそも言いづらい。結局、途中でヴィトリーと言う名前よりも、その身分である「姫さん」で呼んだほうがめちゃくちゃ楽だと気付いた。
俺の言い分に納得がいったのか「ふむ、そういうのもあるか」と言って頷いていた。そして笑みを浮かべる。
「では、お主に妾を『姫』と呼ぶことを許そうぞ」
「そいつは重畳……。それじゃあ、行きますかね」
「うむ、妾を楽しませるのじゃ」
こうやって意識を切り替えると、普段の自分が楽をしているんだなとよく分かる。けれども、それで改める要因はないので、普段は楽をしたがりな自分で居てもいいんじゃないかなとさえ思えてくる。常に努力し、顔向けできないことをせず、こつこつと積み重ねていけば責任は果たしているといえる。努力に必要なのは理解力とそれを他人に共有できる論理的な思考回路であって、今の状況に必要なのは集中力である。
普段から集中力と思考的な努力を併用したら疲れ果ててしまう。身体と精神、其々のスイッチを有して、必要に応じて使い分けるのが一番負担が少ないのだ。持続走の最中に頭を稼動させる必要があるだろうか? あまり無いだろう。
楽をするという言葉がマイナスイメージを伴って独り歩きした、その結果楽をする事そのものが悪になってしまった。しかし、それは間違いだと思う。仕事に対して全力過ぎるというのは、明らかに問題なのだ。とは言え、一般の企業や会社ではそんな事を言って実施する余力は無いだろう、そんな余力を与えてくれない、の間違いかもしれないが。
「のう、ヤクモよ。どこか楽しい場所はあるのか?」
「俺もまだ理解と把握をするほど外出してないからなあ。まだ数回、片手で数える程度しか街に出てないからまだ何とも……。それに、落ち着いて出歩いたことはないし。
質の悪い案内でいいのなら、適当な場所に適当に連れて行けるけど」
「うむ、ならばその”適当な場所に、適当に”とやらで頼む。変に身の丈に合わぬ場所に連れて行かなくても良いからな?」
「理由を聞いても?」
「決まっておる。良い物ばかり出て来る生活は飽きておる。様々な素材や材料を買い揃え、最高の料理人が作る料理――聞こえは良いがな、そんなものは城のなか故に、身分や立場故に出来る事ではないか。
その地域で手に入るものや手に入らないものがある、故に地域ごとに有名な食べ物や料理が現れる。それを知りたいと思うのは不思議なことか?」
そう言われて、自分は「立派なんじゃないか」と答える。俺はただの一兵士とか、ただの騎士に過ぎないからあまり多くは考えられない。けれども、上の立場になれば、地域での産出物を把握しておくことで、例えば戦いや災害が発生したときの予想を立てられる。戦争になった時、通過や進出する地域の農作物や食物を理解していれば輸送の手間を低減出来る。それこそ『先発部隊』を送るときに、少数の兵士がそこで徴発や軍事手形を切る事で負担を市民に与えるだろうが軍事的優位性を生み出すことは出来るのだ。
それに、地域の産出物を理解する事は経済的優位性も理解できると言う事になる。食料は当然重要だが、戦いをするにあたって鉱石だの木材だの海だのは必要な要素だ。鉱石がなければ装備を揃えられなくなる、木材が無ければ火を軽々しく使えなくなるし弓や矢を使えなくなってしまう。海は魚介類や塩が入手できる上に、地理によっては公益や貿易によって富を得られることもあるのだ。
そこまで姫さんが考えているかは分からないけれども、興味を持つことは何事でも大事だ。偉業を為すのも小さな一歩から……。どんな事も、興味を持たなければ忘れるし、衰えるし、喪う。地域、ひいては国のことに興味を持たない王は、いつか国を喪うだろう。
「……その為にも、今度はお金の使い方とか学んでもらわないとなぁ」
「うむ。此度はお主に全て任せる。その合間合間で良いから、色々教えるのじゃぞ?」
「はいはい、了解ですよっと」
とりあえずは散歩と行こう。少なくとも今のうちに大通りを通って色々な店を見るついでに姫さんに街の様子や民の様子でも見せておいたら良いだろう。後になって「なんじゃこれ!?」などと騒がれるのも困るからだ。それに、状況が変わって「どうしようか」って話をしているときに、周囲に気を取られていて「聞いてなかった」とか言われて、結果的に失態を犯すのも避けたい。
姫さんを連れての散歩をしながら、こまめにマップとの睨めっこと地理の把握に努めた。訪れた店は店舗名とその店の種類がマップに記載されるようになっている。品物に関しても最後に確認した範囲で値段も一緒に記録される。便利な時代になったなとか勘違い甚だしいことを考え、俺だけMMOやRPGをしているのだと思い直した。
ミラノ達と違って詠唱と言う”過程”じゃなく、その魔法が齎す効果を言う”結果”で発動できる時点でかなり違う。マップ、ステータス、ストレージ、状態異常等々……垂涎物の情報やシステムを保有しているのだ、かなりのイージーモードになっているのだが――そのはずなのだが……。
「結局、自分で突き進むのと、周囲に適応して安定をはかろうとするのは逆方向の努力か……」
「何をいきなり言っておるのじゃ、お主は」
幾つかの店を冷やかし……もとい、来店して見回ってみた。服売り場で自分が着ている物とは材質、あるいは素材の割合が違い素朴な服を色々見てみたり、ゲヴォルグさんの所とはまた違う鍛冶屋で武器や防具を持ったり触れたりして頷いていたり、ミートクレープと言う手軽な食べ物を買ってみたりとか色々した。
そして街の様子を眺めて状態を把握しながら、その様子を見て色々考えたりしながら酒場にまで辿り着いた。流石に騒がしさは控えめのように感じられるが、不幸を餌にして商人がだいぶ来ているらしく、その護衛や同乗して仕事を探しに来た人の一部が来ているようであった。
「いや、ただの独り言。それで、昼の酒場はどうですかい?」
「うむ。もっと騒がしい場所かと思ったが、予想に反して静かじゃな」
「昼間から飲むのは老人か他の場所から来た人が多いんじゃないのか?」
「何故そう思う?」
「仕事がある人は仕事してるだろうから、今居る人の多くは”仕事が無い人”って考えてもいいと思う。とはいえ、例外は有るから一概には言い切れないけれども、割合としては多いんじゃないかね。
街から街の移動で護衛や警護をしている人は到着してしまえば一息つける、同じように仕事を求めて――あるいは仕事の為に来た人もいきなりありついたり従事する可能性はそうそう無いと思う」
色々語ってみせたものの、その大半は「自分の体験や経験」と言うものから構築された予想であり、世界が違うから常識等もすべて違うので、予想はただの想像に成り下がってしまう。歴史が違う、政治体制も軍事体制も違う、文明が違う、文化も科学力も違う。多くの事が科学で証明された事を知っていて、ボンヤリと「こういうことなんだろうな」と想像出来る俺と、その域に科学力が到達していないが故に未知で不可解な現象が多いが故に宗教の力が強いこの世界のように。
俺の常識と、この世界の常識は相容れない。だから間違うことの方が多いだろうし、正しく合っている可能性の方が低いと思う。
「ふむ、成る程な。そういう考え方も有るのじゃな……。
しかし、一つだけ解せぬことがある」
「なに?」
「なぜ、妾はジュースでお主だけが酒を飲んでいるのかと言う事じゃ!」
そう言って姫さんは憤っていた、それを受け流すかのように俺はエールを飲んでいた。姫さんに関しては、アルコールに対する耐性がどれほどの物かを知らないし、変に酔ってしまったらすぐさま連れ帰らなければならなくなる。俺に関しては『任務放棄、命令軽視じゃね?』と言われるかも知れないが、地でアルコールに耐性が有る上に少し酔うか潰れるかの二択しかない。散々挨拶回りや酌で飲まされまくったのだ、自分の限界も程度も分かっている。飲みすぎなければいくらアルコールを摂取したところで誤射はしない。自分のやるべき事は護ることであって、不埒者が居たとしてもそれを態々追い回してまで背後関係を糺したりする必要が無いのだ。
それに、そんなに緊急度の高い状態にはならないだろうと踏んでいる。国王と公爵が視察しに来るのだから、警戒度は高く市民も幾らか避け気味だ。こんな時に騒ぎを起こせば直ぐに顔も身元も割れてしまうし、逃げるのも難しくなる。そういった判断を踏まえての、飲酒であった。
「姫さんが酔ったら、父親を見ることが出来ないだろ?」
「むむむ……」
「だからと言って、ここで二人ともジュース飲むのもおかしな話だからな。
おっ、チップスが美味いな……。塩分が効いてて、酒が進むなこりゃ。
おかみさん、もう一杯!」
昼間っからビール屑になる、こんな幸せな事があってたまるか。酒を飲めばフワフワしてくる、フワフワすれば思考から逃れることが出来る、思考から逃れることが出来れば一時的にだが苦しみをも忘れられる。
……考えてみてくれ。まだ苦しみながらも生きるべきだという人が居るのなら、俺は更に何を喪えば死んでも良い? 重圧や責任、さらには過去やその場から逃れる。はは、笑える。そんな自嘲ですら、道化な俺を笑う虚ろな笑いでしかない。
酒を飲んでいると色々忘れるのに、ふと色々な事を思い出しては喪った自尊心が怒りや興奮と共に蘇って来る。俺の中の何が……誰が、怒っているんだ? いや、分かりきっている。立派であろうとしたかつての俺が、今の俺に対して喚き散らしているのだ。
数杯目のエールを飲み、チップスや魚のフライを食べていれば流石に腹も膨れてくる。姫さんも文句を言いはしたものの、頼んだ料理が出てきた頃には食事を楽しそうにしていた。ジャガイモをただふかし、塩とバターが添えられたもの。魚に小麦と卵で衣としてフライにしたもの、クレープのような焼いた記事の中に野菜や千切りハムが入っているもの等々。
名称だけじゃ判別つかなかったので、材料を訊ねてそこから「食い合わせが……」とならないように頼んだ結果だが、まともだった。酒を飲んで一人になるのを止め、少しだけ意識の範囲を拡張する事にした。気がつけば、幾らかの人がこちらを見ているような気がした。
「食べたこと無いけど、おいしそうに食べてるな」
「うむ、美味いに決まっておろう! 初めて食べる物が殆どじゃ、これを味合わずになんとする!」
「そこまで言われると、おかみさんや厨房を仕切ってる旦那さんも冥利に尽きると思うね。
――あぁ、慌てて食うから口周りを汚してるぞ」
「おぉ、よく知らせてくれた。礼を言うぞ」
そう言って姫さんは外套ごしに腕で口元を拭った。一国の跡継ぎである姫がそんなんで良いのかと考えてしまう。だが、それよりも拭ったにも拘らず残ったまま付着しているものが有るので自然にハンカチを取り出し、それを拭っていた。別に何でもない、幼い子供や小学生の頃に弟や妹にしていたのと同じ事をただやっただけだ。打算じゃない、目論見も無い。ただ、口の周りを汚していたら見っとも無いだろうと思って、そんな姫さんを放置しておけなかっただけなのだ。
「袖で拭わないで、ちゃんとしたもので口を拭こうな。
見っとも無い所を見せるのは良くないだろ?」
「む、ぅ。すまぬな、礼を言うぞ」
「良いって。礼を言われるようなことじゃないし、ただ俺が気になったからそうしただけだから」
流石に姫だしなあ。姫じゃなくても女性としてそういった所を見られるのは嫌だろう。そう思っての行動だったのだが、余計なことをしたかもしれない。まあ、姫さんが自分から「兄妹や町娘のように扱え」と言ってきたのだから大丈夫だろう、これで不敬罪適応されたら流石に逃げるわ。
「お主は、余計な事を言わぬのじゃな」
「余計なこと?」
「確りしろとか、見っとも無いところを見せない様にとか」
「あぁ、なんだ。そんな事か」
下らない事だなと思いながら、俺はエールを飲んだ。そして更にもう一杯を追加注文して六杯目を待ちながら、少しばかり言葉を整理した。
「――確かに、その立場や身分に応じた立ち振る舞いは必要だと思う。
けど、そんな物は見栄でも良いじゃないか。何でもかんでも自分一人が出来る必要はないし、多少ヌケてる所があった方が愛嬌が有るってもんさ。
国を富ませる方法を知らなくても、数万の兵を巧みに操る技術が無くても、直接手を下さずとも戦場を支配する権謀術策の頭脳が無くても、それが出来る人に任せれば良い。
ただ信念と魅力さえあれば、自然と誰かがついて来るもんだろ。そういう人に上手い事任せて、真っ直ぐ前を見据えながら後ろに居てくれればそれで良い。後は姫さんを信じてついてきた人が、それぞれ上手くやってくれるんだからさ」
それは、自衛隊の生活の中で学んだことだ。後期教育の最中、何でも上手くやろうとした結果――同期と上手くやっているはずなのに溶け込めていない俺がメタクソに怒られた。自分一人で何でも上手くやろうとし、他人のケツを持ち、成功した所で兵士としては失格だといわれたのだから。
助け合うことは必要で、出来る奴が出来ない奴の面倒を見て一緒に頑張るのもまた正しい。けれども、それで自分が一人で全部抱え込んで沈むってのはおかしな話だし、他の出来る奴を頼って任せても良いのにそれをしないのは、誰も信じてないからだ――と言われた。
自覚できている、俺は今でも他人を頼るのが下手糞だと。けれども、無自覚でどうしようもなかったあの時と、自分がなぜ他人を頼らないのかを理解している今とじゃ雲泥の差だ。なぜ他人を頼らないのかと言う理由を、自分ごとメスで解剖する。その先に有るのは『怖いから』と言う、臆病な自分が居るだけだった。
「それは、経験か?」
「経験と体験、だな。事実、俺は一人じゃ何も出来ないヒトだよ。
色々な人に助けられて、色々な人に支えられて。同じように誰かを助けたいと思って、同じように誰かを支えられたら良いなと思ってるけど。さて、どこまで出来るか……」
「ふむ。自分がされて嬉しかったことを他人にもする、良い考えじゃな。そのお陰で、妾達は国の民を、重要な血を幾らか喪わずに済んだと言う訳じゃ」
「そういうもんですかね……」
「傲慢になれとは言わぬ、尊大になれとは言わぬ。じゃがな、お主が叙任を受け吟遊詩人がお主を詠うのには理由がある。民衆は、強かでは有るが強くは無い」
そうだろうなと思う。民と言うのはちっぽけで、上が揺らげば多大な被害を被りやすい立場に居る。それに、戦争になれば一番被害を被るのも彼らだ。農地、女子供、旦那や男手、家等を喪う。しかし、その一方で国が変わっても彼らは掲げる物を変えるだけで生きていける。敗れ去った貴族や将、王は恥辱に満ちた事を相手国に行われ、さらには処刑だってされるが国民はされない。
とは言え、ナチスドイツのスターリングラード攻防戦までの間に多数のソ連民をぶら下げているのを思い出せば、その時の国内情勢や国民感情等で左右されてしまうものなのだが。
「悲劇的な事件であった。その全貌が掴めぬ以上、変に民を不安にさせるわけにはいかぬというのが、父等の言い分であった。
じゃが、その企みは半分成功で、半分失敗であったと妾は思う」
「へえ、半分成功で半分失敗か……なんでそう評価したのか聞いてもいいか?」
「単純な話じゃ。父の目論見どおりに、お主の存在で幾らか民は安定した。
じゃが、肝心のお主が腑抜けて頭を抱えておるようでは意味が無い」
「酒の席なんだ、酔ったと言うことで許してくれないか? それに、おおっぴらに胸を張って英雄と言う肩書きを見てもらうよりは、通りすがりの正義の味方程度の認識の方が俺は好きだな」
「ほう、なぜじゃ?」
それは、救った人達に俺が殺されるからだよ。
そう言いたかったが、言わずに飲んだ。人と言うのは個人では色々な色があったとしても、ソレが集合体となって派閥になると愚かしくなる面もあるのだ。どれだけ優秀な大学を出たとしても、動物愛護の為に法を破る奴らがいる。どれだけ素晴らしい立場に上り詰めても、時代背景を鑑みずに「やれば出来る!」と若者を磨耗させ殺す奴らがいる。同じように、助けられることを当たり前として頼るようになった人々は、変に人助けをして名前まで売れてしまうと毎回俺が困難な時に出てきてくれると”勝手に”期待する。
そこに事情を汲み取ってくれる奴はどれだけ居るだろうか? 誰かが救われると、救われなかった奴らが不満を抱く。なぜアイツは助けたのに俺は助けないんだと憤る。それと同じように、裏をかき楽をする人にとっては便利な駒となる。何かを排除し、自分の都合を良くするために情報をゆがめ、曲解し、黙って俺を騙す。そうやって利用するだけ利用して上り詰めた奴は、いつか俺を邪魔に思うだろう。なぜなら後ろめたい事をして上り詰めたのだ、今度は自分が排除されるかもしれないと考え出す。
そういった人々の思考の結果、英雄となった俺は救った人によって殺されるのだ。何の後ろ盾も持たず、足場も覚束無い俺が名前が売れ顔を覚えられると厄介なのだ。自衛隊員であれば、感謝されるのは組織であって個人じゃない。けれども、今じゃそんな事も言えないのだ。
「それは、ほら。誰にでも素性がバレてる英雄や正義の味方よりも、そんな人が誰なのか分からないって言う状態の方が都合が良いだろ?
もしかすると悪巧みをしている人の傍を通るかもしれないし、こうやって酒の場だからこそ口が滑って聞ける情報だって有る。そこに有名になった俺が居たら、意識されて聞けることが聞けなくなるだろ?
そう考えると、気楽なほうが良いのさ」
「成る程、そういう考え方も有るか。名を売るためではなく、あくまで自分のなしたい事を優先するか。しかし、それじゃとお主がどのような功績を残そうと、どれだけ感謝されるような事をしたとしても誰もそれがお主だと気付く事は無いと思うが」
「俺が勝手に、自分勝手にやったことを何で褒められなきゃいけないんだって話だよ。
もし気になるのなら全部コッソリ書き記しておいてくれ。それで、必要なときに融通を利かせてくれればそれで良いさ」
自分の勝手な都合で人を助けて、それで注目されるのは嫌だ。身動きが取りづらくなるからと、目の前で見殺しにするのは自死しても避けたい。なので、やはり俺は無名のままやって行きたいなと思ったのだ。
それに、父親の仕事の繋がりで知った偉大な人が居る。杉原千畝、六千名もの避難民の命を救ったとされる、偉大な人物。彼はゲシュタポに目をつけられ、さらにはソ連に退去を命じられても誤魔化して居残り、本国――当時大日本帝国と呼ばれた日本の訓命に反してでも目の前で涙を流し、文字通り死ぬしかない彼らに逃げ道を与えたのだ。彼はそうやって”人として正しいこと”をしたが、決して誇らず、本国に帰ってからは国賊扱いされたが自分のした事に後悔も悔いも無かったという。
俺のなす事も、同じだ。手の届く範囲でやれる事をし、目の前で救いを求める人が居たらそれをただ救えればいい。ただ一握りでも良い、俺のした事を理解してくれる人が居ればそれで良いんだ。
「じゃが、お主よ。少なくとも救った奴を失望させるのだけは止めてやれ」
「ん?」
「多分じゃが、街中でお主を見ていた連中や、今もお主を見ている奴らの一握りくらいは、直接関わったりしたのではないか?
オルバがわざわざ妾の為に調べたのじゃ。一人の男が、瓦礫に押しつぶされて身動き出来ぬ者を救ったと。呆然としてどうして良いか分からぬものに、急いで携行できる食糧や水などを準備して逃げる事も考えさせたと。建物に閉じ込められた人を、窓や扉を破壊して逃がしたと。
確かに、あ奴らも辛いじゃろう。しかしな、それでも喪わずに済んだ命があって、生きていられる。そうしてくれた恩人が酒で頭を抱えていたら、誰も報われぬ」
なぜそんな話になるのだろうかとエールをまた飲んだ。そしてその杯を机に置いてからゆっくりと周囲を見た、すると数名の人がこちらを見て――確実にこちらを向いている。何だろうかと思っていたが、杯を握っていた手をそのまま剣の束へと滑らせる。もしかして、敵か? 酒場には人が溜まってくるので暴れるには不向きだ。その上人質でも取られたら厄介だ。
ゆっくりと立ち上がり「なにか」と訊ねるのがやっとだった。だが、俺の態度とはまったく逆の態度で相手は寄ってきたのだ。
「探し、ました――」
どうやら、敵ではないようだ。
――☆――
彼らは、俺に救われたという人々だった。子供を連れた父親が居た、仕事休憩でやって来た職人が居た、余命の中楽しもうと酒場に来た老人が居た、非番で休みの兵士が居た。
俺は当然のように、その一人でも覚えていない。そして同じように、俺は名や所属、身分などを明かしたりはしなかった。にも拘らず、彼らは俺の事を覚えていたのだ。どうやら服装が若干珍しかったのが幾らか彼らの記憶を刺激するのに十分印象的だったとか。
彼らは俺に感謝した、まるで本当に良い事をした聖人や善人に感謝するかのごとく彼らは俺を拝み倒す。けれども俺は戸惑うばかりで、その感謝ですら受け取ることが出来なかった。そんな俺は謝礼として酒を奢ってもらう事も、代金の肩代わりも、物品による感謝も全てお断りした。酒に関しては腹がいっぱいと言うことにし、代金の肩代わりは「それは今皆に必要なものだろ」と言って聞かせ、物に関しても「置き場が無くて受け取っても困るので大事に取っておいてくれ」と言うしかなかった。ただ、妥協案として「今度酒場で見かけたときに酒を一杯、それと雑談でもしてくれれば良い」と言って逃げた。
昔も、そう言えば誰かに感謝された気がする。同じくらい、しつこく。あの時も俺は逃げた気がするのだが、何があって、誰からどう逃げたのかは覚えていないが、俺が「何でも無い事」としてやったことに対してあまりにも大げさに感謝されたからだろうと思った。
「ほれほれ、いつまでむくれておるのじゃ。そろそろ父が来ると言うに」
「むくれてなんかない。ただ、頭が痛いだけだ」
俺はそう言い訳しながら、民衆に混じって大通りを通るであろう国王を待った。姫さんは更に追加で買った食べ物を紙袋から出しながら頬張っている。どれだけ食べるんだ? 俺なんか飲んだ酒が既に小として殆ど抜けてしまったというのに。よくもまあ消化される前にそこまで食べられるものだ。
「食べ過ぎになってたりしてないよな?」
「安心せい。妾はただ人より多く食べ、人より多く運動し、人より多く眠るという超健康優良児じゃぞ? 故にオルバの監視が厳しい。練兵場で運動をするのを気に入らぬらしいな」
「へぇ、姫さんが練兵場か……。武器は何? 細剣?」
腕は細いし、手にマメが有るようには見えなかった。となると、負担を考えて軽い武器だろうと思った。対外的にも「あそこの姫は武術を嗜んでいるらしい」という評判にもなるので箔がつく。疲れさせて大人しくさせるという意味もあるだろうし、そこそこやらせているんだろうなと思った。
の、だが――
「背の丈ほどある剣じゃ」
俺は、まだ酔いが抜け切っていないらしい。背の丈ほどある剣? そんな大きさで、軽々と振り回せる武器なんかあっただろうか? そもそも、魔法使いとして優秀なのにそんなでかい武器を振り回す必要があるというのか?
眉間を押さえ、今度こそは聞き間違えないようにと集中した。
「あ~、えっと。はい?」
「じゃから、背の丈ほどある大きな剣じゃな。その一振りで攻撃も防御も出来る、素晴らしい一振りでな――」
「嘘付けぇ!? なんでその細腕で大きな剣が触れるんだよ!」
「我は神童じゃからな。伝説の魔法の扱いにも長け、大の大人が両手で振るう剣を片手で扱ってみせる。妾にお主を担げと言うのなら、肩に担いで言葉に偽りがないことを示そう」
そこまで言い切られると、この姫さんの言う言葉はきっと嘘偽りの無い真実なのだろう。出来ればその様子を見たいと思うのとは裏腹に、姫さんがそんな剣を片腕で嬉々として振り回している状況に遭遇したくは無いなと思った。下手すると絡まれる、力量を見せろとか言われかねない。
冗談じゃない。俺の持つ武力の大半を占め居ているのが”銃”と言うものによる戦力的優位性と、学んできた技術程度だ。魔法は勉強中、身体能力もこの前の襲撃で「うわっ、チートだぜぇ」と言えるほどに強くない事も理解した。強みではあっても武器になるまで到達していないのである。
暇を見ては魔法をコッソリ使ったりはしているものの、やはり目に見えない物は頼りづらかった。
「あぁ、えっと……。分かった、機会があれば見せてくれればいい。
だから信じる信じないじゃなくて、今この場で騒ぐのは無しだ。オッケー?」
「オッケーという言葉の意味が分からぬが、今は保留じゃな。あい分かった。
しっかし、お主等はこんなに粗雑な物を好きなだけ食べておるのか……。けしからん、実にけしからん!」
「あぁ、帰ってから料理人に注文つけまくるんだろうなってのが容易に想像できるよ……。
っと、来たぞ」
「む!?」
兵を伴い、警護されながら馬に乗ってやって来るのが――多分国王なのだろう。少し下がった位置にミラノの父親も同じように馬に乗って随伴している。歩兵がまず入ってくる、その歩兵ですら幾つか種類がある。重装歩兵に槍兵、半身を隠すような盾と長剣を携えた兵士、そして弓兵だ。そして国王達の付近には数騎の騎兵が居る、その編成の有り方は良く分からないがきっと意味があるものなのだろう。
少なくとも、装備によって威容を示す、兵の数や種類によって圧倒する。戦争ではなく民を相手にしたものだ、治安に繋がる民心対策も含めているのかもしれない。貴族階級とは言え、隅っこでよかったと思う。下手な階級を貰っていたらあの中に編成されて居たかも知れないのだ、今の方が恵まれているなと思ってしまう。身体能力が高いし、ガタイもそこそこ良いからお前重装歩兵な! とか言われた日には、夜と前日は自棄酒をしているに違いない。
未知の途中で街を治めているであろう人物と学園長が膝を突いて”パフォーマンス”をしているのが見えた。その二人に兵の列が近づくと、王がモーゼの大海のように兵の海から出て行き、合流した。国王が馬から下りてしまうと流石に見えなくなる。声を張って演説をしている訳でもないので、ただ見ていることしか出来なかった。
「あれが国王か。へぇ、意外と若いんだな」
「渋いであろう? けれども、まだ四十代よ。ミラノやアリアの父とほぼ変わらぬ歳でな、昔は父も同じように抜け出しては一緒に悪さをしていたそうじゃ」
「代々家を抜け出してるのか、そりゃ言い訳が出来んわなぁ……。しかも公爵は公爵で国王の昔からの遊び仲間で友達か、そりゃ重用もされるか」
「じゃから、そのよしみでミラノ達と妾が一緒に遊んだのじゃ。分かるか?」
何かしら特別な事情でもあるのかと思ったが、父親が親しいからその繋がりでミラノ達と面識や友好があったわけだ。新しい情報として脳に確り叩き込んでおく。相関図は役に立たないとは決していえない、ただ身分や地位、状況や目的によって扱い方が変わるだけだ。少なくともミラノ達についていれば、王家の繋がりもあるというわけだ。少なくとも内ゲバや足の引っ張り合いの標的にはされ難くなるだろう。今の内に先を見据える材料が必要になるとは思ってなかったが、こういったことも幹部以上からは当たり前になってくるんだろうなあ……。
ミラノの父親は紳士的ではあるが口ひげを蓄えて優しいとも鋭いとも言える面構えで、彼もまた戦いには自信が有るのだろう。そんな人物を従えている国王は……何と言うか、髭を徹底して剃っているんだろうなと”青さ”を口周りや顎に見てしまった。だが、大らかとも言える顔つきに髭があったらどう見えるだろうかと想像すると、予想以上に老けて見えるのと同時に威圧的に感じる。それを嫌ったのかもしれない。
「うむ、流石父じゃな。見ていて圧巻、これを見てつまらぬ罪を犯そうと思う輩は居らぬじゃろ」
「復興支援と支援物資の到着が早かったからな。家も無く、仕事も失い食うに事欠けば有ったかもしれないけど、家は国庫の負担で修復され、食事も配給している。失意に沈んだままじゃない、生きていることを実感できればそうそう罪を犯そうとは思わないだろ」
罪を犯すと言うのは、余程倫理観や道徳の低い奴らで無ければリスクを嫌ってやらない。だが、現状が辛い上にひもじく住まいも最低環境で、服の洗濯も出来なければ身体を清めることも出来ず、未来が見えなければ犯罪に手を染めるし現実逃避もする。
水は安きに流れるというが、それは人とて同じだ。自分より高いところ――大きな存在には逆らえない、だから自分でも手出しできる範囲で楽なほうへ、楽なほうへと行ってしまうのだ。
――両親の死で、数年も引きこもっていた俺も。同じく、楽な道を選んでいたわけだが。
「人が罪を犯さないのを”期待”するのは間違いなんだ。人が罪を犯さないように”行動し続ける”って事が必要なんだよ」
「む。お主、それは妾の民を侮辱しているのか?」
「――いや、俺の居た場所ではそうだったって話だよ。こっちじゃ、まだ日は浅いし外の世界を知らないから何ともいえないけど」
そう言って、いつものように半分本当で半分嘘の言葉でその場を濁す。発言の方向を今居る場所ではなく、俺の居た場所と言う想像のつかない世界に送り込んだことでこれ以上の口論にならないようにしたのだ。彼女達は俺の住んでいた場所を知らない、俺の居た世界と言うものを知らない。それと同じくらいに俺もこの世界を知らないが――人間と言う生物が存在すればどこも似たようになる。限られたパイを奪い合い、殺し合い、騙し、蹴落とす。そこに国と言う枠組みは存在しない、宗教も、人種も関係ないのだ。余程の人じゃなければ「罪を犯すくらいなら、このまま朽ちて死にます」と言って、そのまま死ねはしないだろう。もしそんな人が居るのなら、出家したほうが良い。
「いいや、お主は何か言わずに隠したであろう!」
しかし、俺の誤魔化しはまったくの関係無しに「隠し事してるんじゃねぇ!」というジャイアニズムな考えによって失敗した。紙袋に残っていた食べ物を口に突っ込まれ、しかも顎と頭を掴まれて無理やり咀嚼させられる。
「ちゃんと食べぬからそんな後ろ向きな事ばかり考えてしまうのじゃ! ほら食え、そして良い事を考えろ!」
「ブファッ、フオッ!?」
口に突っ込まれたそれは、何かの肉を――カツ? 見たいに、まるっとあげたものだった。焼けた肉、さっぱりした衣、美味い肉汁……。先ほどまではビールとツマミで淡白な食事をしなかったせいでか、やたら食べたくなってしまうのは生き物としての性だろう。
無理やりだったものを、自分でかみ締め、噛み千切り、食べるようにする。そうすると姫様も大人しく離れ、俺が食べきるのを見ていた。
「――美味しい。これは、どこの?」
「先ほどこちらに来る途中で妾がお主から離れた場所周辺を探せば良い。
なにやら異国の食べ物のようでな、食べたものを自分なりに記憶から引き出して作ったのだとか」
「なるほど。そりゃ、今度外に出るときの楽しみが出来た」
美味しい食べ物が有る、それだけで明るくなるし元気になる。そんな俺は異常なのかも知れないが、少なくとも一週間以上も携行食しか口に出来ず、土や草の上で、あるいは高機動車両に座って眠る事しか出来ないという環境を経験しすぎたせいでハードルが低くなってしまったのだろう。お湯で温めた食事ですら美味いと思える、袋詰めされた”長持ちするように加工された”食べ物ばかりを食べていればそうも感じるだろう。
だから素直に。本当に素直に、美味しいものが食べられるのだと喜ぶと、姫様が笑みを浮かべる。
「うむ、やはりお主も笑みを浮かべた方が良い男に見えるな。じゃが、クラインには劣る。
お主もクラインほどに好青年であれば良かったが、それを求めても酷じゃろうな」
「まあ、ソウデショウネー。今ので目をつけられたって事に気がついてれば、なおさら良かったんだけどな~……」
「なぬ?」
俺がそう言うと、姫様は大通りのほうを見た。そこに居る兵士が目線や少しばかりの首の動きでこちらの方角を見ているのが分かる。そして更に向こう側で騎乗したままのミラノの父親と目線があったのを感じた。そしてその父親が苦笑し、ウィンクをする。どうやら咎めたりするつもりは無いらしい。
「離れよう。もしかすると姫さんの顔を知ってる兵士に見つかるかもしれない」
「う、うむ。仕方が無いな……」
俺は、姫さんを連れて民衆に紛れる様に移動し始めた。そして路地を通り、直線で視線が通らない場所を、市街地での戦いのように通ろうと動き始めていた。けれども、民衆と言う水流に逆らわず、馴染む様にして移動するので時間がかかる。それでも、変に外出がばれれば国王も立場上何らかの反応を示さなければならないだろう。
「余所見をするな、それでも王の貴下である兵士か!」
有り難い事に、騒ぎの原因を気にしていた兵士達をミラノ達の父親が律してくれた。そのお陰でますます行動しやすくなった。感謝しつつ、俺達はそのまま大通りから姿を消すのであった。
――☆――
ヤクモがヴィトリーを連れて去ったのを見送った公爵は、そっと息を漏らした。その姿がまるで実の息子が姫を連れて逃げ回る様子を想起させるものであり、楽しいとすら思ってしまったのだ。
「楽しそうですね」
「ん? ああ、いや。すまないね。少し考え事をしていてね」
「そうですか」
その公爵の近くに、一人の青年が立っている。細い目で、公爵の見ていた方角を同じように見据えていたのだ。そこに何があり、何を見ていたのかを探るように。だが、そんなそぶりも見せず、ただ民衆とそれを抑えるように立っている兵士を眺めているようにしか見えず、年齢の割には出来た人物だと公爵は考える。
「それで、オルバ殿は何故ここに?」
「先日、姫様が城を抜け出した時にこちらに来ていたという情報を掴みました。
そして、連日のように国王様がこちらへ来るのを、民の目線で見てみたいと仰っていたのでこちらに来たのです。
――ええ、どうやら今日も城を抜け出したようです。先ほどこちらの者がそう連絡を寄越しました」
「なるほど。今日も城を抜け出して、ここに来るとあたりをつけて先んじてこちらに来たと」
公爵の言葉に、彼は「ええ」と言った。そして暫く目線のみで周囲を見ていた彼だったが、自然な足取りで近づいてきた一人の兵士が何かを耳打ちすると、眼鏡を押し上げた。
「どうやら、当たりのようですね。それでは、失礼します公爵殿」
「そういうオルバ殿も、公爵家当主であろう?」
「ご冗談を。父の汚名を雪ぐまでは、ただの跡継ぎで若輩者ですから」
そう言って、オルバはその兵士と共に去っていく。その方角はヤクモがヴィトリーと共に去っていった方角だった。背中を見つめ、公爵はそっとため息を吐く。
「やれやれ、若いのか意固地なのか……。だが、それを許すのが大人の役目、だな」
決して浅くない関係で、同じ公爵家として先代……アルバの父親の代から浅からぬ縁が有る。けれども、幼少期のオルバとは人が変わってしまった事を公爵は残念に思った。だが、いつかオルバもそれを受け入れ、汚名を雪ぎ家名を回復するという行為に固執しなくなるのは遠い未来だろうと考えた。