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元自衛官、異世界に赴任する  作者: 旗本蔵屋敷
2章 元自衛官、異世界に馴染もうとす
30/182

30話

 羽目を外し過ぎない程度に、リフレッシュしなさい。

 これは花の金曜日を向かえ、課業終了の節目ともいえる終礼ににて中隊長がよく言った言葉だ。兵士――いや、隊員はいざと言うときの為に常日頃から訓練をしている。それは肉体的なものもあれば、精神的なものもあり、技術的なものもある。自衛隊員は職人のようなものだと例えられるが、それくらいに様々な技術を教え込まれ、それを下っ端のうちから習熟させ、出来る様にしていく。そんな事を毎日続けているのだ、良くも悪くも鍛え上げているのだから疲労も疲弊もするだろう。

 自分は陸上自衛隊所属だったのでその範囲でしか思い出せないが、基本的に多くの”士”階級は常に駐屯地で生活している。家が近くにあろうとも、帰りたくとも特別な事情が無ければ許されないので――それこそ”羽目を外す隊員”と言うのは珍しくない。

 だからと言って、張り詰めたままに疲労・疲弊を重ねられても宜しくないので釘をさしておく意味でそう言うのであった。


「トウカって、力もちなんだなぁ……」


 昼の場にて、人数が減ったとは言えそれでも多くの魔法使いが食事を摂りに来ている。その中で多くのメイドが食事を配り、席を立ったのを確認して食器類を下げているのだが――。トウカは他のメイドに比べて大量の食器を重ねて両手に山を作り、さらには頭の上にまで乗っけてバランスを取るのに苦労する事無くスイスイと移動している。

 よく考えれば、おっちゃんの拳骨だの何だのを食らってなお復活までの時間は短い上に、それを引きずっているような所を見たことが無い。タフで、力持ち。能天気と言うか前向きで――従順である。

 アルバートはグリムと共に帰省して行った。ミラノとアリア、カティアはいつも通り部屋で昼食を摂っている。ヒュウガはもうちょっと遅くまでランニングをしてから食堂に飛び込んでくるし、ミナセはエレオノーラに引っ張られて食事もそこそこに退出してしまった。俺は俺で食事も大方終わっているが、急いで戻っても自由すぎる時間が午前一杯あるだけなので、たまにはノンビリしてみようと粘っているところだ。

 そう言えばレム――黒い羽の女の子は居るのだが、白い羽の女の子の方はまだ遭遇していない。もしかすると休みだから常に食事を部屋で摂っているのかもしれないと結論付けた。レムはレムで食堂で食事をしている所は良く見るのだが、ボッチである。

 じゃあ俺はどうだというのか? 頬杖をついてレムを見てボンヤリしているが、俺の周囲の席はすっからかんである。以前であればミラノやアリア、カティアが居た。休みに入ってからでもアルバートやグリムが居た。そして今は……誰も居ない。ボッチである。

 何でだろ、何が悪いんだろうなとボンヤリし続けていると目の前にトレーが叩きつけられた。なんだろうなって見ると、そこには不機嫌そうなレムが居た。畳んではいるようだがそれでも人一倍横にスペースを取っている羽を見て、扉を潜る時には邪魔だろうな~なんて事を考えてしまった。


「不愉快な目線を向けないで」

「え? そんな不愉快な顔してたかな」

「退屈と雑念が混じった目線でレムを見てた」

「知り合いが居なくなって、一人で食事ってのも退屈でなぁ……」


 別に一人だと寂しくて死んじゃうラビットではないのだが、やはり喧騒と言えるほどに騒がしいのに慣れていた分腑抜けてしまう。フォークで野菜を突いてはいるが、どうにも上手く刺さらない。


「そういや、結局あの後顔を合わせることも会話したことも無かったなぁ……」

「そう、それ。レムはね、何を話そうかずっと考えてた。なのに、貴方はちっとも来なかった」

「あ、話す内容は考えてくれてたんだ」

「そうしろって言ったのは、貴方」


 そうでした、俺でした。とは言え、俺のほうは何を話せば良いのかまったく考えておらず、人差し指で自分の額をトントンと叩いて模索してみるが、考え込んでいる傍らで目線をやると周囲の目線が突き刺さっているのに気がつく。どうやらボッチとボッチがつるんでいるのが珍しいようだ、その事に気がついて何も言えずに周囲ので無遠慮に目線を呉れている奴らのほうを見ていると顔を背けられる。マジでボッチである。


「御免、何かいい話題とかあれば良かったんだけど……。俺の方は何にも考えてなかった」

「――それはずるいよ」

「じゃあ、好きな食べ物とか聞いてみても良い?」

「……果物」


 そして果物と聞いて、そのまま数秒の間が出来る。何が好きなのか考えてるんだろうなって待っていたが、腕時計が綺麗に一分経過したことを知らせた。


「って、うぉい! 果物の中で何が好きですかねぇ!?」

「? バナナとメロン」


 うん、なるほど。バナナとメロンか~、そっか~。そしてまた俺は待つ、時間が四十五秒経過したあたりでまた声を張り上げる。


「何でバナナとメロンが好きなんですかね!?」

「? 甘くて、まろやかで、美味しいから」


 其処まで聞き出すのに数分使っている。叫んで脳に血を上らせてしまったが故に疲れてしまった。そして呼気を整えてる間に三十秒経過して、理解したことがある。あ、こいつコミュニケーション能力がやべーわ、と。何と言うか、友達が居なかったとかそういうレベルで話が広がらないし、発展しない。

 マジかよ、ヤベーよ。こうやって頭を抱えていても、ため息を吐いてもレムは首をかしげて”何故疲れてるの?”って感じである。数度指で机を叩き、吹っ切るように頷いた。


「よし、それじゃあ話を続けよう。何か本を読んだりするかな」

「読む」

「どういった系統の本が好き? 例えば歴史書、戦略書、啓蒙や啓発本、寓話や童話のような話とか」

「童話とか、寓話が好き」

「へぇ~、なるほど。何で好きなのか聞いてもいいかな? もし良ければ、だけど」

「面白いから」


 結局、やりようによっては上手く出来るんだよなあと思いながら会話をまわした。道具や武器が悪いから何も出来ないという言い訳は通用しない、道具や武器が何であれ活用する手段を思いついてナンボだ。それに、いざとなったら戦いの中で武器を失い、弾が尽きる事だってある。そんな時に相手や味方の武器を使い、戦闘を継続しなければならないのだ。

 それと同じように、部下や後輩を上手く使わなければならない。最初から「アイツはクソ!」と言ってしまえば、互いの可能性は消えてしまう。上に立つ者であったとしても、相手を理解する努力をしなければならない。テンパり癖があるが、射撃で四十八点を叩き出す男。チャランポランでよく怒られているが、同期から必ず助けてもらえるお調子者。対人関係の構築が下手で無口だが、気がつけばアシストしてくれる人等々――。優れている場所は必ずある。だが、日本は”加算式”ではなく”減点式”だから、優れた場所よりも短所ばかりが見られてしまう。

 まあ、レムに関しては良く分からないけれども、彼女の生い立ちを知らないのに苛立つだけ人生の無駄だ。怒るにしても苛立つにしてもエネルギーとリソースを割いてしまう、そんなことで能率を下げるのはとてもじゃないが馬鹿らしかった。

 だが、この会話のやり方も若干なれたものだ。だいぶ昔に孤児院や老人ホームでのボランティア活動をしていた経験がそのまま生かせるから助かっている。子供の相手も、老人の相手も手段は違えど目的は似ている。そう言えばボランティア関連で表彰されたけど、あれどこに行ったんだろうな……。


「俺も本を読むのが好きなんだけど、何かおススメの本はあるかな?

 まだ字を覚えたばかりで、難しい言い回しとかが無いのが良いんだけど」

「おススメ……。それなら、今も刊行してる三十八巻物の騎士物語が有る」

「三十八か――多いなぁ。それ、俺でも読めそう?」

「馬鹿でも読める」


 馬鹿でも読めると来た。しかし、その読めるって言うのは”字面を追う”って言うのと”理解して読める”って言うのと、どっちなんでしょうかね? けれども、シリーズ物は大好きだ。初めて読んだ日本の漫画といえば、ダイの大冒険だった。純粋無垢で、離島暮らしをしていた主人公が魔王を倒しに行く旅だ。未熟な主人公と臆病な魔法使いから始まった冒険で――最後には、世界の為に自分を犠牲として行方不明になってしまう。

 あの作品は決して小さくない影響を与えてくれたし、日本と言う国に興味を持つには十分な印象を与えてくれた。そこから日本にやって来て、アニメやラノベ等と嵌って行くのは目に見えたものだったが。


「それって、貸してもらえたりするのかな?」

「貸し出し用が有ったと思う」


 おうふ、貸し出し用? って事は、実用と保管用がありそうな勢いだ。学生時代やコミケに参加するようになってからは聞きなれるようになった言葉だ。自分用、他人用、保管用とかだったかな。読書が大好きなのかもしれない、あまり踏み込まないようにしておこうと思った。

 とりあえず、彼女との対話はリードさえしてやれば成立すると理解できた。そして変に聞き出すのではなく、聞いても大丈夫かと許可を求めて許諾さえしてくれたら答えてくれる。そうやって会話を何とかくり返せば話は進むようになってくる。


「魔界、だっけ? そこでの生活ってどんな感じ? 農業とか、狩猟とか、工作とか、芸術とか――そういうので大きな違いって有るの?」

「無いわ。ただ方向性と、それに従事する人が違うだけ。今でも人類を滅ぼすべきと戦ってる人たちの多くは、奪った物で生活を維持してる。

 それに比べると、最初は反対が多かったけどレム達の方は穏やかに進んでる。その結果、農業とか工作だけじゃなくて芸術とか、文明的な成長も出来てる」

「なるほどなあ……」


 やはりと言うべきだろうか、二分された魔界の勢力も歩み方はそれぞれ違うようだ。人類と融和を選んだ勢力は内政面で発達し、人類といまだ敵対している勢力は戦闘面で優れていると見るべきだろうか。もしかすると兵器や武器等で優れているとか、そういった面もありそうだ。そもそも魔界の人物が人類と同じ身体能力をしていると考えない方が良いのかもしれないが。


「変なの」

「え? な、何が?」

「多くの人はレムを怖がるのに、貴方はレムだけじゃなくて魔界の生活とかを知りたがってる。

 普通は、知りたがらない」

「それは……あれか。人の方も魔界――魔族? に対して敵対的だから、とかなのかな」

「それもある」


 そう言えば、殆どの国が魔族に対して良い感情を抱いてないんだったかな。そもそも人間達が住まう大陸に居る魔族が離反して国を建てたそうだが、その国でさえツアル皇国以外は認めて居ないんだったか。溝は深いのだろう。


「俺は別に天界も魔界も人間界も別に差は無いけどなあ」

「? 言葉の意味が良く分からない」

「俺さ、最初は使い魔として呼び出されたんだ。けど、世界のあり方も、国の有り方も――それこそ文字でさえも読めないくらいに違う場所に来ちゃったもんだから、同じ人類として人類に好意的! ってのはあんまり無いかな。

 もしかすると人類の方に目も当てられない闇があるかもしれない、魔界や展開にだって表に出てこない光があるかもしれない。それを目の当たりにしたわけでもなく、経験や体験をした訳でもないのに断じて終わるのは――早計過ぎやしないかなって」


 まだ俺には人類側――更に言えば、ヴィスコンティ側から見た情報しか手に入れられてない。もしかすると同じ事柄でも他国に行けば別の事柄として言い伝わっている可能性だってあるし、最悪の場合”編纂された歴史”という可能性だって有るのだ。神の名を背に、絶対王政を布いて来た人類と同じように、あるいは勝者となったが故に都合良く書かれた歴史のように。

 世界史を紐解いて、二次大戦で描かれる日本とドイツは常に悪者のように描かれている。しかし、悪者として描かなければ自分等のして来た事がバレてしまう連合国としては都合が悪いので、徹底的に――それこそ五十年以上経つ今でも負債のように悪者の子孫のように背負わされている。

 ただ、枢軸国にも後ろめたい事が無かったとは言えない。ただ一方的な押し付けの歴史だなと俺は思ってしまい、結局歴史や価値観ですらどこかの大多数の勢力が都合良く描くものなんだと理解してしまうと信じ切れなくなってしまっただけの話だ。


「全てを判断するのは、自分だ。数多くの書物であれ、伝聞であれ、喧伝であれ――そんなものは二次的、三次的なものに過ぎない。そもそも、学んで来た事の何割を本当に理解できているのかも分からないのに」

「――……、」


 変なことを言ったつもりは無いんだけれども、レムは言葉を失ったようであった。それから、少しだけ首をかしげて「変な人」と重ねて言われるのであった。



 ――☆――


 レムとの会話が長引いたせいでか、気がつけば既に周囲には自分らを除いて誰も居ないような状態になっていた。腕時計を見て、もう閉鎖の時間まで後数分だということに気がついた。


「あ、やっべ……。ごめん、つき合わせて」

「良い。別に、つまらなくなかった」


 そう言って彼女は「またね」と言って去っていく。どうやら”また”が有るらしい。初対面でのやり取りが、ミナセを挟んだとは言え意見の対立で平行線だったから意外だった。よく見る「違う意見の奴らはおかしい奴だから何してもオッケー」理論で、そいつらの排除のためであれば犯罪に手を染めていようが構わないという手段をとるような人じゃないようだ。分かりやすく言えば、沖縄で救急車を勝手に開け、勝手に検問し、首を絞められたと自演写真を流すような奴らの事かな。それを報道しない新聞やテレビもある種同罪なのだが。

 そう言えば、彼女は一人称が”レム”であって、自己紹介でもそう名乗っていたからそれが名前なのかなと思っていたけれども、フルネームを言わせて見たら”レムリア・ティルアミール”だったので、レムと言うのは略称だったらしい。

 フルネームを知れたのも何かで役に立つだろうなと席を立つと、おやっさんがフライパンをまるで得物のようにもう一つの手にパシパシと叩きつけて威嚇している。刀剣を肩でトントンと揺らしているくらいに十分な威嚇だ。


「おい、お前ぇ《おめぇ》。ここはもう閉鎖だ、とっとと出て行きやがれ」

「ごごご、ごめんなさい!? ってあだぁッ!!!」


 フライパンが垂直に頭へと叩き降ろされた。小気味良い音とは別に視界は明滅、耳鳴りはするし、焦点がぶれる。頭を抑えて悶えていると、おやっさんとは別の人物が駆けてこちらまで来た。


「出入り口閉じたよ! って、あれ。まだ居たの?」

「おう。こいつが可愛い女の子と話し込んで出やがらねえ。そのせいで出遅れたってワケよ」

「あ~らら、ヤっくんったら女誑しなんだ?」

「そんなんじゃ――。ただ、魔界はどんな場所で、そこに住む人としてどういった事が好きなのかとか。純粋に気になったんだって」

「なら、お前の聞いた事をそのまま言ってもらおうじゃねぇか」


 何故聞かれなきゃいけないのかは分からないが、俺は会話の中で自分が聞いたことや自分の所見も踏まえて幾らか語って見せた。当然、今日の四半刻程度の会話で理解できることや拾い集められることなんて高が知れている。その結果、憶測や希望的観測を踏まえて会話が広がってしまう。

 一方的に語っているのなら直ぐに会話は途切れていただろうが、トウカが良い具合に会話に混じってくれた事や、投げかければおっさんも考えて返答してくれるから何とかなった。


「――と言うことで、治安的や対外的には訪れるには向かないかもしれないけれども、あちらにはあちらで別の文明文化が芽生えてるんだと思う。ヘルマン国はこちらの大陸に存在するから似通った生活や文明になるみたいだけど、向こうは生態系から植物の頒布まで違うらしい。

 となると、香辛料や手に入る農作物や出来上がる食物まで違うから――料理が気になるかな、やっぱり」

「へえ、そんな事考えたこと無かったなぁ。だが――魔界に行った人なんて聞いた事ぁ無ぇぞ?」

「無いなら探ればいい、かつてこちらの大陸を侵略した種族かも知れないけれども、理解をしなくていい理由にはならないからね」

「むつかしい事考えるね~」

「お前ぇが女目当てで話かけてないのは分かった。だがな、それが閉鎖時間を越えて良い理由にはなんねぇなぁ」

「あはは……」


 射撃のときもそうだけれども、集中が過ぎると時間も周囲も分からなくなる悪癖がある。面白いこと、楽しいこと、興味があること、集中すべきこと――。そういった時に、上手く集中できるのはメリットもデメリットも有る。なお、興味が無いことには集中が続かない模様。テーブルマナーを学んでも、その順番や方法が零れ落ちるのはその為だ。同じように、銃の分解や性能とかはおぼえているくせに分解し終えた時の個別部品名称なんかは殆ど忘れた。


「しっかし、そこまで気にかけてねぇと、身分とか魔法とかもあんまお前ぇには関係無さそうだな」

「魔法があれば色々できるだろうけど、無けりゃ無いなりに考えれば出来る事はあるだろうし。

 有る方が有利だろうけど、俺にはこいつがあるから」


 そう言って、可変銃を取り出す。そのグリップのみだった存在が、印象に強い十mm拳銃へと変わった。安全装置はちゃんとかかっている、スライドを下げていないから装弾はされていない。当然銃口の先を人に向けたりはしない。銃口管理に関しては、最悪戦闘靴でわき腹を蹴られるような勢いで”叩き込まれる”。


「少なくとも、戦士や兵士のように鍛えなくて良い。技術も必要ない。

 弓のように遠くの敵を、弓より早く、甲冑を着ていても貫ける上に連射が出来る。

 ――ただこいつを持って、疾走れ《はしれ》、撃てって奴ですよ」

「ふぅむ、コイツぁ……。ユニオン共和国でお偉いさんの中でもごく僅かな人物が持っている奴に似ているなぁ。”ガン”とか言ったか。だが、ここまで小さくは無かった気がするが……」

「お。おやっさん、流石。世界を旅しただけ有るね……」

「へっ。身一つで旅をするにも、料理をするにも強くねぇと無理なんでね」


 魔力を吸い上げてるのか、それとも魔力を蓄積させているのかは知らない。けれども、その魔力を銃弾として利用するための変換効率か蓄積量――あるいはそれらに伴う弾道の安定にでも手間取っているのだろう。火薬量を増やせば反動が大きくなるし、銃本体の強度が必要になる。口径をでかくすれば空気抵抗等の影響がでかいから銃身を少しでも長くして安定化を図りたいとか、そういうものもあるかもしれない。……流石に対戦車狙撃銃のような超破壊力ライフルを携行してるとは思いたくない。


「――連射が出来ないか数発撃ったらリロードに似た動作が入る、っと。

 うん、ありがとうおっちゃん。少なくとも、いきなり敵対する羽目になっても少しは何とかなりそうだ」

「今の会話だけでそう言い切っちまうお前ぇもどうかしてるよ。

 ちったぁ恐怖とか、そう言うのは無ぇのか」

「いや、だって。死ぬ時は誰だってあっさり死ぬもんだろ。道を歩いてる人が心臓を患っていて死ぬように、昨日まで元気だった両親が事故で亡くなる様に、また遊ぼうと約束した友人が事件に巻き込まれて亡き者にされたり――ね」


 どうせ死ぬ、分からずに死ぬ、それが惨めか、悲惨か、唐突か、緩やかかなんて些事だ。誰もが、自分自身を主人公として生きながら、自分の運命ですら理解できずに志半ばで、あるいはその志すら失って消えていく事だってある。俺自身、心臓発作で死ぬだなんて思っていなかったように、大多数の人間も自分が死ぬとは思っていないだろう。逆を言えば、何を思いどう生きようが死ぬ時は死ぬ――と言うことだ。事実、この前の襲撃で自分や親しい人が亡くなるだなんて思っていた人が、一人でも居るだろうか? 居ないだろう、絶対。


「恐れを拒絶したら、避けて通るしかない。けど、恐れを受け入れて立ち向かう勇気が有るのなら理解をしたがるのと同じかな。病気をした時も、何も知らないで変な処置をするよりは、齧りでも良いから適切な処置を出来るほうが良いって言うし」

「ふぅん、なるほどなぁ……。だがまあ、そこらへんは料理と同じか」

「おやっさん、話もいいけどここ空けた方が良いんじゃないかな~?

 皆、掃除が出来なくて困ってる」


 トウカの言葉に、俺とおやっさんは周囲を眺める。見ればモップだの雑巾だのを持ったメイドさんが遠巻きにこちらを包囲している。床を見ると、俺たちを中心として数mの範囲を除いて掃除を殆ど終えてしまっているようであった。そして厨房のある方からは、料理人の数名が顔を覗かせている。完全に仕事を停滞させてしまっている。

 気がついたおやっさんは頭を掻いた。


「――厨房から裏に抜けて出ろや」

「あ、了解っす」

「じゃあ、連れてくね」


 トウカに連れられ、厨房で指示待ち状態に陥っていた料理人達におやっさんが怒鳴り声を上げるのを背に厨房から出た。厨房の中は既に夕食の仕込を始めている、炊事用車両とか――電気や灯油を使えない分時間がかかるのだろう。少し目線を振れば、かつてコソコソ隠れてそこで身体を洗っていた木材置き場が有る。アレを燃料として火をおこし、それで料理しているのだろうが……。良くやるものだなと、考え込んでしまう。

 そうやって目線を彷徨わせていると、俺は黒い猫がミルクを舐めているのを見つけた。それはカティアが猫になった時位のサイズで、ただ毛並みが黒いという差でしかな無い。


「猫?」

「うん、そだよ? なんかね、最近良く見かけるようになったんだ。

 ヤっくんは最近ここに来ないから、知らなくても無理ないよ」

「へぇ~。あぁ、よしよし。なんだ、人懐っこいなお前――」


 膝を突いてしゃがみこみ、近づき過ぎない程度の距離から手を伸ばす。完全に産まれたてのようなサイズだ、正確な日数は分からないけれども――産まれて三ヶ月も経過して無さそうだ。小さすぎる、守ってやりたくなる、それと同時に――まだこの世に生を受けて分からないことだらけなんだろうなと考えてしまう。

 そう考えると、カティアが俺に半ば依存しているような形で役に立ちたがるのは、それに似ているのかもしれない。産まれて間も無い筈であった彼女もまた――俺が死んだ後くらいに死んで居るわけだ。どうやって生きればいいのか分からず、世界も社会も他人も分からず、ただ死と言う喪失を味わったのだから。


「どこから来たとか、そう言うのは?」

「んっと、使い魔じゃないかな? 誰かが買ったリボンみたいなのつけてるし」

「そのリボンの種類ですら、な~んか変な感じがするんだよなぁ……」


 カティアとまったく似通ったリボンをしている、それも色違いなだけであって完全一致していると言っても問題じゃない。そう考えると、ミラノとアリアの兄が俺と似通っている事を考えると、もしかすると異世界で有りながら同位体のようなものが存在するという事があるのかもしれない。

 俺とカティアに似通った生物や人物が居る一方で、ミラノやアリアのような人物が俺のいた世界でもどこかに居た可能性だってあるのだ。流石に、アルバートがそのまま向こうに居るとは思いたくない。我と書いてオレと言っているような時代錯誤な人物が何で居るんだって話だ。


「お~、よしよし。遠慮なく牛乳を飲むんだよ~?

 どうせ捨てちゃうんだし、飲まれても文句は無いよ」

「トウカは動物が好――」


 彼女も同じように俺の近くでしゃがみ込み、猫へと手を伸ばした。それを見て、同じように動物が好きなのかなと訊ねたかったのだが――彼女の伸ばした手へと上手く飛び乗った猫はそのままトウカの顔面に爪あとを残した。そして地面に着地した猫はミルクの注がれた皿まで戻ると、その手や口を使ってトウカや俺たちから距離をとるように離れてまた舐め始めていた。


「お、おい……」

「ふ、フフ……。誰がその牛乳をあげたと思ってるのかな~?

 恩を仇で返すとは、お主も悪よのう――」

「血、血が出てるからな? 

 なんかそれっぽく袖で血を拭ってるけど、猫に引っかかれただけだからな?」


 トウカはまるで好敵手と対峙しているかのごとく不敵に笑っているが、そんな素晴らしいものではないだろう。あるいは、彼女がずっと昔から猫が好きだけど猫からは嫌われやすい性質だからこそ猛っているとも取れなくは無いが……。


「さあ、今日こそは私の腕にっ――」


 トウカが猫に飛び掛っていく、それを回避されて受け皿を巻き込んで派手に地面に倒れこんだ。ミルクを顔面から浴び、頭の上に受け皿が乗っていた。猫はそんな彼女の背中に着地し、一度だけ顔をこするとこちらへと向かってくる。

 猫の両目が俺を少しばかり見つめていた、けれどもそんな時間も束の間で、猫は俺の脇を通り過ぎるように去っていった。去っていった猫の有様と比例し、トウカは――無様だった。スカートはめくれてドロワーズが晒されている。そんな自分の様子を意にも介さず、「ふへへ……」などと、変な声を漏らしている。何この子、怖い。

 そんな彼女が皿を頭に載せたままに幽鬼のごとく起き上がり、揺れながら猫を追おうとした。しかしそんな足取りですら厨房から飛んできたフライパンを頭に受け、昏倒した所をおやっさんによって足から引きずられて厨房へ引きずり込まれて終わりを迎えた。

 後に残された俺にはやる事も出来ることも無くなり、何だか釈然としない気持ちのまま部屋へと戻った。



 ――☆――


 数日経過し、ミラノ宛に幾つかの荷物が来た。その差出人は彼女の父親で、俺は荷物の開封を手伝わされることになった。その中から、綺麗な服が入っているのに気がつく。


「ミラノ、父親から衣類が届いてる」

「どれどれ――。あぁ、これは……」


 ミラノはその衣類を見て、それだけで何かを理解したようだ。そして荷物をそのままに部屋を出て行こうとする。


「アンタはその服を着て待ってなさい」

「着ろって。あぁ、そういうこと……」


 それで何と無く察し、この服が俺――いや、クラインの物だという事が分かる。ため息を吐き、誰も居なくなったことを幸いとして俺は着替えることにした。その着付けで有っているかは分からないけれども、少なくともズボンはズボンだし、シャツはシャツらしい形をしている。それらをそれっぽい順番で着込んで行けば、それらしくはなるだろう。

 だが、学生の着ている衣類とは違ってこれは貴族としての服なのだろう。ジーンズと違って材質が良いせいか、破けやすそうな印象が強い。夏用のスーツのような薄さで、下着シャツの上に半袖のシャツを着込み、更に上着を重ね着しているのだが暑さを感じない。これが夏用の服であってくれ、じゃ無ければ冬は凍えて過ごす羽目になる。

 文句を言うなら、不安を感じさせるものに対して重ねるしかない。もしこの服を着ているときに戦いになった場合、思いっきり踏み込んだり激しい運動をした時に生地が裂けそうだとか、ジーンズや戦闘服に比べて素の耐久性や防御力が無さそうだとか、上着はなんでかヒラヒラしている箇所が多く引っ掛けたり引っ張られたりしそうだなとか、そもそもボタンで全部留めればいいのに何箇所かバックルだったり紐だったりで高価そうに仕立て上げている。


「……こんな服、絶対好き好んで着たくねぇ」


 多分破けたり装飾品が一個欠けたりしただけで莫大な金がかかりそうだ。それに比べたらWranglerのジーンズは最高だ。安いし破け難いし保温性も悪くない。あれも慣れれば靴次第ではちゃんと走れるし、運動や戦闘に関しても問題は少ない。それに、破損しようが着れなくなろうが若干気楽に買い換えられる。

 落ち着かない服装だが、これで剣を帯びればそれっぽくなろうかと思い、腰の左側へと提げる。剣を使っていたと聞くし、これでだいぶ似たことだろう。髪の色や目の色までは違うので、俺に現在似せられるのはこれが限界と言ったところか……。

 あとは逆ハの字になりがちな眉を揉んで柔らかくし、少しでも表情を柔らかくする。後は、口調を”俺”とかじゃ無くて”僕”にすれば良いだけ。言葉遣いを選べばそれだけで似通えるとか、俺にとってデルブルグ家の子息を演じるという選択をしていたら、案外イージーモードだったんじゃないかなと思ってしまった。その代わりに自由を失い、自分を失い、全てを騙して一生を終えなければならなくなるのだが。


「そうだ、魔法で見た目を誤魔化せるって言ってたし。ちょっとやってみるか……」


 出来心というか、悪戯心。俺は魔法書から該当する魔法を見つけ出し、その魔法をもって以前見かけた絵画と同じ色へと自分の見た目を変えて見せた。部屋に備え付けられている鏡を見ながら微調整をし、記憶通りの見た目になったのを確認する。


「多分着方も分からないと思うから、アリアも手伝って。カティアは着付けの仕方を覚えておいて。

 きっと、貴女がやる事になる可能性も有るから」

「ヤクモさん、失礼しま――」

「――……、」


 どうやミラノとアリアが戻ってきたようだ。アリアに魔法の勉強を教えてもらっていたカティアも一緒に来たらしい。それにうろたえる事無く、むしろ演者の如く――自分を、偽る。


「お帰り。ミラノ、アリア」


 出来る限り、彼女達によって教え込まれた彼女たちの兄の喋り方を真似てみた。しかし、反応が芳しくないどころか――無い。何かまずったかなと、頬を掻いて困惑する。


「えっと……。ごめん。何かおかしな事をしたかな?」

「あ……。ううん、そんな訳無いじゃない」


 ミラノが首を振り、我に返ったようだ。それでも、態度が”俺”に対するものとは違うのを俺は感じ取る。腕を組み、恥ずかしがるように目線を逸らしている。そして、彼女の言葉遣いも何と言うか――柔らかかった。


「に、兄さん――」


 だが、もう一人の人物は……ミラノのように戻ってこられなかった。アリアはまるで信じられないといったように呆け、こちらを――”クライン”へと近寄るように一歩ずつ歩んできた。その様子は、ある種異常だ。それでも、喪ったと思った相手が無事で姿を現したのなら、誰もが似たような行動を取るのかもしれない。

 手を伸ばせば触れられそうな距離で、彼女はペタリと地面に座り込んだ。そして、あろう事か泣き出してしまう。突然の事態に驚き、戸惑うことしか出来ない。そもそも、男同士のかかわりが大半で、女性との関わりなんて殆どしたことが無い。こう言った時、どうすれば最善なのかが分からなかった。


「う、っく……にい、ざ――」

「え、えぇ!? あ、アリア」

「ディスペル!」


 ミラノが咄嗟に笛を出し、俺に向けてそう言った。それによって遠くに有った鏡の中の自分の姿が、元通りになったのを見る。どうやら解除というか、解呪されたようだ。


「あ、え?」

「ヤクモ! アンタ、演技を止めなさい! 今、直ぐ!」


 ミラノも若干慌てていて、俺も更に慌てて咳払いをしてしまう。別に声のトーンも変えていない、完全に地声だから咳払いをした所で何の意味も無いのだが、それに気がつくには冷静さが足りなかった。


「あ、んっん――アリア、ごめん。そんな、泣くなんて……」

「部屋から出る、早く!」


 そしてまさかの部屋からの強制退出である。着替える暇もなく、追い出されてしまったので所在も無い。まさかこの格好でウロウロするわけにもいかず、かと言って女子寮でぼんやりするのもまた考え物だった。部屋に入る間も無かったカティアを見て、小さくため息を吐く。

 女子生徒とすれ違う、苦笑しながらも片手を挙げて見送るが、なんか走って逃げられた。今この瞬間だけでも自殺したくなった、ガチで。少なくとも通りすがりに不思議な顔をされる事はあっても、手を上げて「やあ」と言った様子で挨拶をして逃げられた経験は無い。


「やっぱり、この服は窮屈だなあ」

「ゆったりした感じがしそうなものだけど」

「そうじゃないよ。こう……。学校の制服と同じ理由だよ。自分の所属を自他に証明し続ける存在とも言えるのかな。俺には――公爵家と言うのはぼんやりした感じでしかその凄さを理解できないけど、この凝った衣類はその凄さを周囲に知らしめると同時に、着ている人にもその重みを理解させるんだ。

 行動も、発言も、全て自分だけじゃなく家に跳ね返る。――息苦しいな、って」


 自衛官のときから、胸には所属と名前が刺繍されている。それだけではなく、士階級であれば腕に階級が、曹以降からはその襟に階級が縫い付けられることになる。士の時は特に何もなければ部屋の後輩だけ見ていればいい、けれども曹になると班の全員を背負うことになる。尉になれば小隊の全員を、佐になれば中隊だ。仕事だけじゃなく、対外的にも偉いからと息苦しさは幾らか増すだろう。それは、俺が父親の仕事が外交官であるが故に風俗にも行かず、勉強は出来ないなりに立派な長男として――泥を塗らないようにとしていたのと同じだ。

 そう考えると、クラインは――ミラノとアリアの兄は、同じように考えていたとしたら、きっと同じようにしていたのだろう。父親や先祖の功績を、偉大な英雄の名に恥じぬ事をと……ずっと、ずっと。それが何時からかは知らないけれども、辛かっただろうなと思う。けれども、それは同情すべきことじゃない。きっと、彼は同情を求めてなんか居ないだろう。ただ誇りあるものに対して、誇らしく生きた。ただそれだけなのだから。


「カティアから見てどう思う? こんな服装をした俺は」

「そうですわね。わたくしとしては、まあまあ良いのではなくて? と言ったところかしら」

「まあまあなんだ」

「そうね。服の重圧に負けているというか、逃げたがってるのがさっきので分かったから。

 けれども、それを無視するのなら――」

「無視するのなら?」

「おっ――」


 オッ! などと、擬人駆逐艦の早い娘を連想するような声を出した。何を言おうとしたのか分からないが、言いかけたままに終わらせるつもりは無いみたいなので黙って言葉がどう続くか待った。


「き、貴族っぽいんじゃないかしらね?」

「”お”から変わったんだけど、何を言いかけたのさ」

「”お”から始まる言葉なんて言おうとしてないわよ!」


 なんかキレられてしまったので「さようで」と言って話を切った。カティアは一旦ムキになってしまうと、中々元に戻らない。下手に声をかけたり近づこうとしたものなら「フシャーッ!」と威嚇され、引っかかれてしまう。もう何度か顔面を引っかかれ、腕や手に噛み付かれている。それだけの回数を経験していれば”偶然”では無く”条件付けられた必然”として学ぶというものだ。

 暫く廊下の窓から外を眺めていたが、荒い息を徐々に落ち着けた彼女は、顔を未だに朱に染めたままに言う。


「――けど、まさか泣くなんて思いもしなかったわね」

「前に聞いたけど、殆どそっくりらしいからね。喋り方も、今みたいに落ち着いた喋り方をしてると一緒らしいし、二人とも『瓜二つで殆ど同一人物』って言ったくらいだよ」

「良かったんじゃない? もしかすると、立場も地位も良くなって、将来安泰かもね」

「少なくとも覚えは良くなるだろうね。ただ、深入りしすぎると身動きが取れなくなるから気をつけないと」


 俺がそう言うとカティアは理解が出来なかったのか、キョトリと首をかしげた。そして少しだけ難しそうな顔をしてから「そういう難しいのは、貴方に任せますわ」と言ってきた。これに関しては彼女に求めるのは酷だ、対人関係――それどころか、社会や派閥、国のあり方とかを踏まえて色々と考えるには歴史の勉強をしなければならないが、様々な角度から学ばなければならないので、それに関してはネットと言う広大な知識の海を泳ぐことが出来た俺が恵まれていただけだ。

 ただ、ネットを使えるように女神様に配慮してもらったとしても、今度は変な失敗をしないように管理をしなければならない。今じゃどんな失敗でネットライフを学ぶかは知らないけれども、昔は無限アラートだのポップアップの無限表示だの、思春期にありがちなエロサイトに入った瞬間架空請求ン万円だの何だのと色々有った。嘘を嘘と見抜けぬものにはネットライフは生き難いと、オマージュ名言をチャットルームで聞かされたがその通りだと思う。

 普段の服装なら窓枠に凭れ掛かって外を見ることも出来ただろうが、服が汚れるだろうことやクラインを重ねやすい今の格好でそぐわない事をして不興を買うのも馬鹿らしかった。自然と、佇むような形になってしまう。そうやって薄幸な青年と化していた俺の背後で、ようやく扉が開いた。


「ほら、部屋に――って、だから何してるの」

「え? その……出来ることが無くて」

「そんな窓辺で佇むところまで真似しなくたって良いでしょ……。ほら、早く入りなさい」

「ハイ――」


 ミラノに再び呆れられながらも部屋に入ると、まだ若干クスンクスンと泣くアリアがベッドに腰掛けていた。けれども、俺を見た彼女は大きく深呼吸をすると目じりの涙を拭った。


「――すみませんヤクモさん。まるで兄さんが帰ってきたような気がして、泣いちゃいました……」

「それだけ似てるって事ね。これなら母さまも元気が出来るはず」

「そう言えば、二人の母親は……元気が無いって聞いたけど、聞いてもいいかな?」

「そうね、事前情報として知っておいたほうがいいかもね」


 場を一度仕切りなおすように、ミラノがお茶を作るために簡易セットの方へと向かっていった。それを「いいよ、やるから」と言うと、ミラノは「おねが――」と言ってから頭を振り「いいえ、やるわ」と頑なになった。それでも、今更何もしないというのもバツが悪いので、手伝いくらいはする事にした。

 ミラノはチラリとこちらを見てきて、苦笑して返す事しかできない。それでもお茶の準備をして、暖炉前の机をベッドの傍にまで寄せ、四人でお茶を楽しめるように場を整えた。


「――母さまは、大人しくて優しい人だったわ。色々な事を教えてくれて、色々な話をしてくれた。

 執事やメイドにも対等で、新しく入ってくる人には自ら教え、出て行く人を惜しみながらも送り出すような人」

「魔法を使える事は特別なことかもしれない。けれども、自分たちが特別だと思わないで生きるようにと、教えてくれました。立場や身分は違うけれども、同じ”人”であると言うことも幼い頃から言い聞かされてきましたね」

「料理が好きで、裁縫が好きで、庭の隅っこに自分だけの花壇を作って世話をしていて……。

 他の貴族とは違う生き方をしていたわね」


 二人の話を聞いていると、少しだけ頭が痛くなった。それは嫌悪感とか、あるいはフラッシュバックと言えるものかもしれない。ただ、何が自分の記憶に引っかかったのか分からなかったので、お茶に口をつけたら甘すぎて吹き飛んでしまった。自分で砂糖を入れたのだが、カティアがそれに気付かず同じ数だけ砂糖を投じてしまったらしい。甘いというよりは甘ったるいそれを半眼で飲むしかない、小さな失敗で怒る気にはなれなかった。


「うぇっ――。それで、言いづらいかもしれないけど……。事件の後、元気が無くなったって聞いたけど。どんな感じに元気が無くなったのかな」

「母さまは、兄さまが居なくなってから身体が弱ってしまったの。

 一日の多くを床で過ごし、病になりがちで――」

「それでも母さんは、今までのように使用人の面倒を見ようとしたり、花壇の世話をしようとしてます。

 弱くなった自分を、認めたくないと。それを言い訳にしたくないとばかりに」

「――良い。もう、良いよ。ごめん、悪かった……」


 聞いていて、辛くなった。それはまるでハーフだから人間として不出来で、外人だから日本人として子供を育てられないと悩みすぎて一時期鬱病になってしまった母親を連想した。目の下にクマを作り、髪はぼさぼさになり、肌が衰えた母親。それでも三人兄妹の弁当を作り、朝食を作って起こし、見送ってからも家事をして帰ってきた俺たちの弁当を綺麗にし、夕食を作り――。

 言っては何だけれども、それでも全てを母親に投げたりはしなかった。学校から帰ってからも言われれば買い物に行ったし、自分の弁当箱ぐらいは洗ってしまった。夕食が終われば食器も調理器具も洗ってしまった。それくらい、俺は――母親が好きだった。

 結局、日本になじめなかった母親は父親の海外赴任で一緒に出て行ってしまった。それは俺と弟の就職が決まっていて、もう大丈夫だろうと判断した上での選択だったに違いない。それが本当に別れになるとは想像しなかったが。


「……元気に、してあげたいな」

「なんでアンタが落ち込んでるの」

「俺の親も、見ているのが辛いくらいの病気をしたことがあるんだ。

 それでも俺たちは幼くて、母親は家の事や俺達の面倒を見る為に――辛いはずなのに、頑張ってた。だから、かな。元気付けたいって言葉が、痛いくらいに分かる」


 その言葉に、ミラノが「……そう」と一言漏らしただけだった。そして俺は、自分で発生させた雰囲気を打開するためにも努めて明るく振舞おうとした。


「俺は、ミラノ達の母親を騙しきれる位に似せられるかな? アリア」

「あぁ、えっと。その……。はい、大丈夫、だと思います。

 先ほど、本人だと思うくらいに、似てましたから」

「それで、元気になると思う?」

「直ぐには無理でしょう。けど……」


 そこで言葉を切り、考え込むアリア。何と無く予想はつくが、聞かなければならない。


「けど、なにかな?」

「――直ぐには、無理だと思います。なので、元気な兄さんの姿を見せて、暫く一緒に居れば」

「――……、」


 だと、思った。そもそも姿を見せてちょっとそれらしく振舞っただけで元気になるようなら、今頃医者に何とかしてもらっているだろう。けれども、病は気からと言う。それと同じように――活力と言うものが無くなってしまっているのだろう。プラシーボ効果はあながち馬鹿に出来ない、視界を閉ざした相手の手首に水をたらし続けて「お前の手首を切った」と言うと、実際には血を流していないにも拘らずショック死してしまうのと同じだ。あるいは、重傷の相手に「軽傷だぞ!」と言い続ける事で死なせずに済むとか、そういう類でもある。

 つまり、演じるだけと言う役割から、さらには母親を元気付けて出来る限り回復できるように努めなければならないという事になった。当然、そこまでは誰も口にして俺に求めてはいないが、そこまで考えてしまって、どうして今更気付かなかったフリが出来るというんだ。


「……はぁ」


 ため息のあと「死にたい」と続けかけて、飲み込む。今こんな場所でそんな爆弾を放ったら険悪ムード待った無しだ、そんな事になれば待遇が悪化するのは考え付くし、接され方も悪化するに違いない。

 誤魔化すように眉間を揉み解し、それから首から下がるドッグタグの存在を服の上から確認した。そこに存在するドッグタグには、かつて自分が自衛官だった頃の認識番号と血液型――そして名前が書かれている。ただの自分の意思であれば、多分不安に飲まれていただろう。けれども、自衛官としての自分を足せば意思は意志になる。そこに不安はあっても、停滞は許されない。


「また、色々考えていかないと。記憶が曖昧とか言い訳したとしても、幾らか懐かしめるような事柄を用意しないとなぁ……」

「やる気ね」

「やる時はやる、やらない時は忘れてしまえって教わってる。

 下手に手を出せば火傷する、かと言って――今回の件は明らかに無視できることじゃない。

 演じ続けるにしても、きっといつかは破綻する。演じるのを止めるにしても、今度は似ていることが仇になる。母親が床に伏せっている理由がなんであれ、下手を打って追い討ちになるような事はしたくない。

 バレるにしろ、こちらから明かすにしろ……元気になって居るのなら、耐えられるんじゃないかなって」


 症状は分からないけれども、メンタルヘルスで通じるのなら幾らか考えようは有る。戦争ではなくとも、人は状況に応じてストレスを抱える。平時とは別に、ストレス――心の活力不足で陥る状態異常が存在する。急性ストレス障害《ASD》や心的外傷後ストレス障害《PTSD》だってある。軽度、中度、重度。若ければ、精神的な立ち直りさえすれば元に戻れるが……三子も産んでいて、それで居て肉体的な若さから遠ざかっているだろう人が、精神的に立ち直っても今度は肉体が足を引っ張る。難しい話だ。


「今度、メイフェン先生にでも話をして、医学の本でも探して読んでみるよ」

「あれ。アンタ、そんな知識あるの?」

「いや、ないよ。けれども、この国の――この世界の医学がどのようなものなのかを理解しないと、変な事をしていると勘違いされる。それに、言い訳やハッタリをするにしても、前提条件であるそれらの知識が無けりゃ効果があっても許してもらえないからね」


 そもそも、投薬や薬品を扱うとなると本気で勉強しなきゃいけなくなるので、大学にすら行っていない自分には難しすぎる話だ。対話や日常的な刺激から回復に向かわせる程度なら、医学と言うよりもカウンセリングに近い。


「私は何をしたらいいかしら、ご主人様」

「カティアは今回は出来ることが無いから、そのまま魔法の勉強をしておいて欲しい。

 あぁ、けど――。そうだね、肉体強化の魔法を他人にかけられるかと言うのと、治癒や睡眠を与える魔法の習熟に努めて欲しい」

「――考えがあるのなら、それに従うわ」


 さて忙しくなるなと思っていたら、ミラノが俺を見てそっとため息を吐いた。


「それで、アンタが何か得するの?」

「え? いや……。得するかなんて考えてなかったけど……。

 ――ミラノやアリア、それと父親から感謝されて、幾らか好意的に見られるってだけじゃないか?」


 正直、得をするとかそういったの前提で考えたわけじゃないので反応に困る。例えば報酬とか、あるいは身分や地位の保証とか、あるいは後ろ盾とか――。考えれば出てくるのだが、先ほどまで「どうしたらいいか」と言う事を考えてた時には微塵にも出てこなかった。


「それ、今考えたでしょ?」

「あ~、いや~……。

 んじゃ俺が『これで上手くいけば自分を売り込む繋がりが出来て、上手くいけば公爵の名を後ろ盾に出来る。ミラノ専属じゃなく公爵家に仕える貴族として立場も良くなり、家によく来る姫様と親しくなれば宮仕えの可能性だって出てくるわけだ』とか、そういうことを語れば満足するかい?」

「それはそれで嫌だけど、一番現実味が有る。

 ねえ、本当に何も考えてなかったの?」

「考えて無かったよ。聖人になろうとは思ってないけど――」

「『出来る事があるのに、やらないで後悔だけはしたくない――』でしょ?」


 ミラノが俺の言おうとしていた言葉を先取りする。それに驚きながらも「それそれ」と言った、言ってしまった。そうするとミラノは今度は盛大にため息を吐いた。


「だと思った。そんなアンタに、良い知らせが有るわよ」

「へ、へぇ……。何かな?」


 良いニュースと悪いニュースと言うワードが並ばなかっただけでも幾らかマシだろう。先に悪いニュースを聞いた結果、それじゃあ良いニュースは何かなって期待するのだけれども「今のが良いニュースよ」と言われたらたまったものじゃない。

 生きていたうえで、これと言って与えられる良いものと言うのに恵まれなかった俺は警戒するしかないが。そんな俺を逡巡しながら見ているミラノが、気が重そうに口を開く。


「父さまが、アンタの学園での生活を保障する事にしたわ。ちょうど帰省ついでに学園を去ることにした隣室が空き部屋になった事を踏まえて、そこがアンタの部屋になるから。

 明日以降同室で寝泊りしなくて良いわ。だから、今日の午後は荷物を纏めて引越し準備でもしてなさい」

「――え、個人部屋?」

「そ、個人部屋」

「一人で寝泊りしていいの?」

「そうだけど。今までどおり、自分の成すべき事を成しなさい。

 私とアリアを護り、家の恥とならない行動を心がけるように。

 細かい話は後で詰めるから、新しい規則で行動すること。良い?」

「ん、了解」


 報酬の前払いみたいで、若干「失敗すんじゃねーぞ、オラァ」と、釘を刺されているように思えた。やべぇよやべぇよ、これで失敗とか悪化とかさせた場合はどうなっちゃうんですかね? どう考えても「ここまで厚遇してやったのに失敗したのか」と言う展開になりかねない。

 脂汗と冷や汗を流しながら、俺はまた少しばかり待遇が良くなったのであった。自衛隊時代を思い出し、嬉しい所はある。五人部屋、部屋長以外二段ベッドと言う生活を体験しているから、プライバシーとプライベートの空間が広くなったのは素直に喜ばしいことだ。

 なお、カティアが使い魔であることを主張して同じ部屋に来たがったが、俺の使っていたベッドをアリアの部屋に持ち込んでそこで寝泊りすることに不満を隠さなかった。それでも、後日聞いたところベッドに寝転がったり嬉しそうにしている事が多かったとアリアに聴かされた。

 自分のベッドが嬉しかったんだろうな、うん。

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