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元自衛官、異世界に赴任する  作者: 旗本蔵屋敷
2章 元自衛官、異世界に馴染もうとす
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29話

 命令の責任は、それを指示した者にある。

 ――かつて、俺がまだ新兵だった頃の言葉だ。班長の指示での作戦行動中、徹底不足で遂行が難しくなってしまった事がある。ポイントαの奪還に際して、敵の反攻に使用する対戦車地雷を誰も持っていなかったのだ。

 当然、何でこんな事になったのかと追求が始まる。その時俺は、陰鬱な気分で新兵である自分等のせいにされるのでは無いだろうかと思っていた。しかし、そうはならなかった。その時の班長が誰にするかを決めたまでは良かったが、それを伝えたときに敵の急襲があり空砲で掻き消えてしまったのだ。当然、新兵である自分らは分かっていても分からなくても「怒られるとヤベエ」と言う認識で理解したフリをする。それで全員がすれ違ってしまったと言う話だ。

 俺たちは先輩にめちゃくちゃ怒られるが、班長は怒らなかった。なぜなら「俺も確認取らなかったのがわりー」と言って、一人で分隊長に怒られに行ったのであった。

 つまり、だ。俺がカティアに何か指示をしたとしても、悪意や怠慢などで生じたものでなければ責任を持って対処しなければならない。そして、それはカティアのせいではないと萎縮しないようにしなければならないのである。


 昼の前に、俺は運動を終えて帰ってきた。カティアは俺のベッドですやすやと眠っており、部屋の主であるミラノだけが俺の帰りに反応してくれた。


「お帰り」

「カティアの面倒を見てもらってすまない」

「良いのよ。アンタはやるべき事をしていた、私はこの部屋に留まっていた。ついでなんだから変に感謝しないで」

「それでも、ありがとう」


 そう言って俺はカティアの様子を見に行った。この短時間で体調を崩したりしてないだろうかと熱があるかどうか調べようとし、その手が汗ばんでいるのに気づいて魔法で水を出した。薄い膜で手を包み込む位に濡らし、それを温風で乾かす。ドライヤーや自然乾燥に近いやり方ではあるが、乾いたかどうかと汗ばんでないかを確認してカティアのおでこに触れた。

 ――部屋に帰してから、汗を拭いたり着替えたりさせたりはしたもののすこしベタついた。そこに気がつけなかったのは失格だなと重いながら、未使用のウエスを湿らせて彼女の顔を少しだけ拭ってやる。

 ミラノは”俺がだらしないと主人である私までだらしが無いと思われる”と言って、使い魔はどうあるべきかを教えてくれた。けれども俺は”可愛い彼女が汗などで塗れたままで居させるのは好ましくない”と思った。俺がだらしないとか思われるのはどうでも良い、何故なら組織に所属しているわけじゃないので彼女と俺だけの問題だ。

 俺は、浮かれていたのだろう。カティアがやる気を見せ、俺のトレーニングに付き合ってくれると言ってくれたことで。実際、一人で黙々と走るよりは楽しかった。けれども、カティアの向き不向きを確認する事無く枠に当てはめると言う、自衛隊のようなやり方を強いてしまった。彼女は、別に志願して入ってきた隊員とは違うと言うのにだ。


「何してるの?」

「俺は間違ってたのかな。カティアに無理をさせて、結果倒れさせた。

 ――カティアに出来ることを優先させてやらせた方が良かったかな」

「けど、アンタはそうしたかったんでしょう?」

「それは俺のエゴだよ。願望で彼女を振り回して――高望みしすぎたんだろうな。

 カティアは必死に追いつこうとしてくれてたのに、俺は……」


 振り切ってしまった。仕方がないとため息を吐き、熱等が無いのを確認すると俺は部屋の隅に仕切りを作って着替える。仕切りなどは無いのでミラノがこちらを見ていないか確認し、声をかけてから汗を吸った運動服を脱ぎ捨てた。流石に全身の汗を落とすくらいの水魔法制御は出来ないのでタオルで拭くことしか出来ない。それでも有る程度はサッパリするので、そのまま普段の私服へと着替えた。

 

「それで、どうするの?」

「対処は幾つかある。止めさせるか、頑張らせるか、レベルを下げるか。

 何にせよ、考えないといけない」


 俺がそう言うと着替え終わったのを察知したのか、本を閉ざしたミラノがゆっくりとこちらを見た。その表情は真剣とか真摯とか、そういったものだ。


「――止めさせると思った」

「止めさせて、それで彼女が納得するならそれでも良い」


 そう言い放つと、俺のベッドが軋む音がした。どうやら寝返りをうったらしく、先ほどまでこちらを向いていたはずの彼女は背を向けている。寝相が悪いタイプだったりはしないよな? そう言えば寝相がどうなのか聞いたことが無いのでアリアに迷惑をかけてなければいいんだけど……。


「俺は、主人カも知れないけど強制はしない。彼女がしたくないと言うのならしなくていい、やりたいと言うのならやらせてあげたい」

「多少は無理やりでも良いんじゃないかしら。なんだかんだ言って、アンタと同じで不安な所はあると思うけど」

「――……、」

「とりあえずやらせる、それで見極めたら良いじゃない。

 アンタもそうだったでしょ」

「――そうだな」


 しかし、やはり俺に彼女を導くには適正が合わない気がする。そもそも中学生の頃からスポーツなら何でも出来たし、男であると言う所も大きいだろう。それに比べてカティアは人になり立てだ。多少運動能力が高いとは言っても、それを駆使も酷使もしたことは無いだろう。


「アリアやミラノに、カティアの魔法の勉強や練習ってお願いできないかな」

「へえ?」

「俺は魔法に関して疎い。それに比べてミラノやアリアは授業中にカティアと一緒だったと言う事も踏まえて互いに難しい話じゃないと思う」

「アンタも魔法を教われば済む問題じゃない」

「カティアと比べて俺には戦いの土台がある程度ある。魔法を学ぶのは必要なことだけれども、既存の物がどこまで通用するのかを試したほうが一番戦力として直ぐに組み込みやすい。

 俺がもし最初から魔法の練習ばかりをしていた場合、前回の襲撃と同じような事があった時に自分の中の常識に囚われて、最悪ミラノ達すら逃がすことが出来ずに死んでいたかもしれない」


 そうやって色々と述べると、ミラノは幾らか呆れた様な表情を見せた。それから少しため息を吐くと口を開く。


「正論のオンパレードをどうもありがとう。けど、そうね。アンタの言うことは正しいと思う。

 仕方ないから、承諾だけはしといてあげるわ」

「――ごめん、ありがとう」

「だけど、アンタの口でカティアがどうしたいのか聞きなさい。それが条件」

「ん、了解」


 話は一段落しただろう。ミラノは再び読書に没頭し、俺は腕時計を確認した。昼が近い、ミラノ達はまた部屋に食事を持ってこさせるのだろうか。そうやって考え事をしていると部屋の扉がノックされた。その時に癖で腰の銃剣を確認してしまい、着替えたばかりでそこに無いのを思い出して頭を掻いた。今更銃剣をわざわざ装備するのもアホらしくなり、そのまま扉を開けるとそこにはメイドさんがいた。食事を運んできたらしいのでカティアとミラノの分を受け取る、当然いつも食堂で食事をしていた俺の分は無いので食堂にまで行かなければならないだろう。

 だが、俺はミラノの傍に食事を置くとカティアの分の食事を持ってベッドにまで近づいた。


「お~い、カティア。ご飯だけど、食べるかい?」


 ゆっくりと揺さぶる。他人なので細かな体調の異変には気付けないので、変に刺激を与えて負担をかけるのも悪いと思ったからだ。数度の声掛けと肩叩きでカティアが大きく息を吸ったのを聞いた。どうやら眠りから覚醒したらしく、半眼でふにゃふにゃしている。


「ん、なに~……?」

「お昼だよ。お昼。食べられる? 起きられるかい?」

「ん~……」


 問いかけに対して反応はあるものの、明確な返事が返ってこない。これがアリアの言っていたフニャフニャ状態なのかもしれない。多分、直ぐに食事を摂ることも出来ないだろう。椅子を持ってきて傍に座り、カティアを静かに見守った。


「ごはん……?」

「そ、ご飯だよ。食べられる?」

「食べさせて……」


 そう言って彼女は口を開いた。完全に自分で食べるつもりは無いらしい。あるいは自力で食べることが出来ないのかもしれないので、仕方が無いなと受け入れた。

 まずはどれを食べさせてあげようかなと考えながら、味が薄いものから順に食べさせることにした。トウモロコシのスープ、肉と魚のソテーとサラダ、焼きたてのビスケットパン等々。レストランでこんなものを食べようとしたらどれだけの出費になるだろうか? 少なくとも何かしらの特別な日であることや気まぐれと近場を通ると言う幾つもの条件が重ならないと食べないだろうし、食べることは無かっただろうが。


「ほら、あーん」

「あ~ん……」


 こうやって食事をさせてあげていると、小学生の頃に弟や妹の看病をした事や、自衛隊の時に後輩が寝込んでいたときに食べさせたことを思い出す。慣れた手つきでカティアに食事をさせる、俺は寝ぼけたままに幸せそうに食事をするカティアを微笑ましく眺めた。

 普段は隠している猫の耳や尻尾までもが幸せそうに動いてるのを見て、自分の空腹は幾らかどうでも良くなる。――けれども、こうやって自覚してしまうと自分が矮小でくだらない存在に思える。本来なら善意等で行っている筈の行為が、打算や計算――あるいは他人の不幸で自分を装飾しているように思えて仕方が無い。

 正義には打倒すべき悪が必要だと言うのと同じように、優しさと言うのは『劣った誰か』が必要だと言う考え。偽善だ、欺瞞だ、いましている行為ですら自分の罪を少しでも打ち消そうとする行動に思えるのだから。


「美味しかったか?」

「んま~……」

「ほら、口の周りが汚れてる。可愛い顔が台無しだぞ」


 そう言って口の周りを拭うと、カティアはボンヤリとしたままにポーっとしている。食事をした事で多幸感を得たり、あるいは眠気がぶり返したのかもしれない。そんな彼女をゆっくりと寝かしつけると、徐々にその目が閉ざされ、再び安らかな呼気のみが聞こえるようになった。

 やれやれと思いながら時計を見ればもう1252である、あと8分で食堂に行って食事を済ませろと言うのはちと酷だ。美味しそうだったんだけどなあと諦めのため息と共に諦めることにした。


「食事を逃したか。これは痛いなあ……」

「途中でわたしに任せれば良かったじゃない。私の方が割きに食事を終えていたんだし」

「少しは主人らしいことをしてやらないと。それに、倒れたのは俺のせいなんだから――自分で面倒見ないと」

「それで倒れられても困るのだけど」

「大丈夫。丸一日食事無しで活動していたことも有るし、それに比べたらなんでもないさ」


 事実、状況によって食事なんて摂取している暇が無い事だってある。災害派遣だったり、急な戦況の変化だったり。流石に長い期間食事を抜いてしまうと意識や行動だけではなく士気に関わるが。

 健常な人が一食抜いたところで大きな影響は無いが、カティアのように一度倒れた人が食事を抜いてしまうと回復が遅れてしまう。傷病兵を一日でも、一時間でも早く回復させることで負担が減るという見方も出来るが。そもそもカティアの症状が悪化した場合、俺には治療する為の知識や病状を判明するための知識も経験も無い。それに、薬が無い。薬が無いと言うのはかなり痛い、症状の緩和すら出来ないのだから悪化した場合は回復が遅れるし、最悪は――って場合も有りうるのだから。


「空腹で言い訳をしないようにね」

「傷口が疼いて戦えませんって言う兵士くらいにありえないね」


 そして俺は後にやってきたアリアを加えて、二人の教師によってクラインとして演じるための教育が始まった。先日教わったことを反復するように始まり、そこから徐々に進んでいく。けれども、本当に自分でもあまり違和感を覚えないくらいに合致することが多くて困る。困ったときに頬を指で掻く癖だとか、嫌な事でも受け入れた時にはため息を吐いてから肯定するとか、自分に関わる事では自身が無さそうなくせに他人の為の時にはしっかりとしているとか――って、やかましいわ。

 三時頃になればカティアも起き出して来て、休憩を挟んでから残り数時間だ。季節で時間は前後するらしいけれども、0800~1700で勉強だろうが仕事だろうが区切られているのはうれしい限りだ。一時間半、短いようで長いし、長いようで短いのだが。


「カティア」


 休憩時間中、折を見てカティアへと声をかけた。どうやら足腰はある程度回復したらしく、自分の足で歩ける程度にはなったようだ。だが、俺が声をかけるとなぜか「ヒャイッ!?」などと声をひっくり返す。何故驚いたのか分からないけれども、もしかすると倒れてしまった事が恥ずかしかったり、あるいは寝ぼけながら食事を摂った時にフニャフニャしていた記憶があるから恥ずかしがったのかもしれない。戸惑いながら頬を掻いてしまい、その仕草を自覚して苦笑で上塗りした。


「一つ、聞きたいことがあるんだ」

「あら、何かしら」

「これから、どうしたい? 俺と一緒に走ったけど、もし嫌だと言うのなら無理しなくていいよ」


 強制しない、無理強いしない。彼女の自由意志と考えによってどうするかを判断しようと思った。


「直ぐに決めなくても良い。ただ、どうしたいのか自分で決めてくれるかな」


 そう言って待つこと数十秒と言ったところか。カティアは顔を上げて真っ直ぐ俺を見る。


「私は、貴方の傍に居たい」

「それなら、もう叶ってるじゃないか」

「違う、そうじゃないの! 私は、貴方が戦っている時でも、どんな苦しいときでも、辛いときでも、傍に居たいの!」


 まるで告白のようだ。常に相手を愛し、敬い、慰め、助けて変わることなく、その健やかなる時も、病める時も、富める時も、貧しきときも、死が二人を分かつ時まで、命の日の続く限り――。日本ではそこまで聞くことはないだろうフレーズだが、自分の宗教の関係や産まれや育ちの関係でよく耳にしていた。だから、告白みたいだなと思ったときに若干戸惑ってしまい「お、おう」と、返事もそのまま曖昧になってしまった。


「アンタ、この前の襲撃の時に置き去りにしたり、戦力として数えなかったりしたでしょ。

 それでカティアは悩んでるのよ、苦しんでるのよ。察してあげなさい」

「――カティア、俺は別にお前が頼りにならないなんて思ったことは一度もない。

 ただ――前も言ったように、俺に出来ることとカティアに出来ることでやる事、出来ること、任せられる事が分かってないんだ。それに、こう言っちゃ何だけど……居てくれるだけで、俺は随分助けられてるよ」

「え?」


 カティアの幾らか驚くような声に、俺は幾らかかつての記憶を引っ張り出すように少しばかり考えた。


「俺には弟と妹が居て、親がしょっちゅう居ないから面倒を見るのは俺の役割だったんだ。

 ご飯を作って食べさせたり、一緒に遊んだり、遅くなったら寝かしつけるのも俺の役割だった。

 あの頃を思い出すし、俺が頑張ってカティアの面倒を見なきゃって思ったから頑張れてる。多分、俺一人だったら適度で適当な位で全て終わらせて、ケ・セラ・セラ《何とかなる》の精神でボンヤリしてたんだろうなって思うよ」


それは、班長にも言われたことだ。一番下の隊員として活躍した一年は、どうやら班長や陸曹等からしてみたら「なんだこいつ」と思われるくらいにパッとしなかったらしい。それが後輩が入り、責任を感じ出した頃から認識が大いに変わったとか。仕事内容の理解度や、訓練におけるアドバイス等々で――言ってしまえば「教える側は教わる側の三倍理解してなければならない」と言うのを体現したのが自分だった。

 自分だけで話を済ませる場合、理解度を『感覚』で済ませてしまう。射撃で言うのなら、どういう風に銃を構えれば反動が逃れやすいのか、射撃した後に照準を素早く戻しやすいのかと言うものだろうか。それらの”基本”を教えようとした場合、感覚的なものではなく理論的なもので捉えなければならなくなる。故に、頭を使って色々としていたら――と言うことだろう。

 そんな俺がカティア無しに、あるいはカティアが完全なる人ではない使い魔だったのなら、ここまで考えたり頑張ったりもしなかっただろう。


「もうちょっと、見栄を張らせてくれないかな。カティアは俺よりも魔法が使えて、俺よりも素早く動けて、字が読めて――頭が良い。それは俺には出来ないカティアだけの武器なんだ。

 もしカティアが俺と同じように戦えるようになりたいって言うのなら、俺は嫌かな」

「……なんで?」

「だって、俺は俺で、カティアはカティアだろ? 皆自分と同じになったら、それは気味が悪いし。

 ――なら、俺から戦い方を少し学んで、ミラノやアリアから魔法を学んでくれた方が一番助かる」

「――……、」


 思いつきの言葉だったが、ある種の妥協点とも理想とも言える発想だと思う。俺とカティアだと、前線に張り付いてるか、アグレッシブに行動するのは俺の役割になるだろう。そう考えると、援護も出来て、陽動や一撃離脱をするに値する速度を持っていて、支援に向いているのがカティアだろう。

 カティアにいきなり色々詰め込むよりは、追加である程度の技術や知識だけつけてもらって魔法主体になってもらった方が良い。時間があれば様々な教育だって出来るだろうが、その教育をする時間が不透明すぎるのだ。なら即席だろうと、ある程度の戦力になってもらう方向で付き合った方が良いだろうと結論付ける。


「だから、俺と同じ訓練で、同じことが出来なくても良いんだ」

「なら、貴方の思う私らしさで導いて下さるかしら」

「確約は出来ない、けれども努力はする」

「そういう時は、嘘でも強がって見せるのが男って物ですわ――っと」


 そういったカティアはティーポットを取り、可愛らしく掲げて見せた。それを見て、多分ではあるが”注ぎたい”と言う意思表明なのだろうと受け取ると、空にして見せたらどうやら正解なようであった。空になったカップにお茶が注がれる、そしていつものように味付けをしようとしたらカティアに止められた。


「普段、どうやってお茶を飲んでるのかしら」

「八割紅茶の残りはミルク。砂糖は小匙で三かな」

「八割紅茶と小匙三、っと」


 今言った様に彼女は味付けをして、どうぞと差し出してくれた。それを受け取り、自分が普段飲んでるお茶と似通った味だなと思う。そもそも、味にはあまり拘らない。大筋良ければ大丈夫と言うアバウトさで生きてるのだ、そうじゃなければ軍事糧食を食べて頑張れないだろう。


「それじゃ、明日までに私がどうあるべきか考えてくれるかしら。

 私は絶対に諦めないから」

「了解。明日までには考えを纏めておく」


 カティアなりに続行の意志を見せてくれた、そして俺が言った手前彼女の「私に合うやり方を」と言うものを突っぱねられない。それに、彼女が生命的な意味で俺に依存しなければならない以上は、好きに生きろと言って放置は出来ない。

 喜ぶカティアを尻目に、俺はミラノとアリアに向けて頭を下げた。


「改めてお願いしたい。カティアに魔法を教えて下さい。その為に俺に出来る事であれば、何でもやる」


 俺には、そうやって言うことしか出来なかった。金を積んだり、何かしらの利益を与えるという”交渉”という手段をとるには、そういう生き方をしてこなかった事で選ぶことが出来なかった。けれども、なぜかミラノが大きくため息を吐いた。その理由を問おうとするよりも先に、彼女が口を開く。


「頭を上げなさい。アンタがそうしたいと決めて、カティアもそれで良いと言っていることに対して文句は無いわ。そして、貴方の使い魔は、私の使い魔であるのと同じ。その彼女が、私の役に立つ為に魔法を学びたいと言っていて、アンタには私やアリアが身近で適任って事なんでしょ?」

「ああ」

「なら、それに対して異存も異論も無いわね。それに、今のアンタには負担を強いてることも理解してるし、頑張ってる事も認めるから。ただ、勘違いしないで欲しいのは、何でもかんでも私達に頼らないようにしなさい。今は――何も分からなくて、何も出来ないから認めるだけ」

「――有難う」

「それじゃあ、私は寝る時も一緒なので一番お世話しなきゃいけませんね」


 不意打ちのようにそう言われ、俺は幾らか慌てる。そう言えば、ミラノにはお願いしたが、アリアにはお願いしたことも無ければ感謝したことも無かった。前は自分とカティアの繋がりを隠すためとはいえ、アリアが彼女を自分の部屋で寝泊りさせ、さらには寝起きの悪い時でも面倒を見ていてくれたのだから。


「あぁ、えっと。アリアにも感謝してるよ? 勿論」

「なら、何かしらのお返しとか期待しても――良いですかね?」


 この前の外出で色々と買わされたのだけれども、あれじゃ足りないと言う事だろうか? あるいは、ミラノに追求されない名目としてお礼を要求しているのかもしれないが。


「えっと、自分で出来る範囲、買える範囲でなら……」

「それじゃあ、今度一緒に外に行きましょう! この前は色々ありましたし、やり直しと言うのも良くないですか?」

「確かに。ケチがついちゃったしなぁ……」

「ご主人様。頑張る私へのご褒美とかいかがかしら?」

「また買うの!? まあ、いいけど」


 そうやってアリアとカティアによって再び色々と約束が取り付けられる。それを見ていたミラノはため息を吐き、静かに紅茶を飲むのであった・



 ――☆――


「「かんぱ~い!!!」」


 アルバートの部屋で、俺は部屋の主である彼と何度目かの乾杯をした。ワイングラスを軽く当てて小気味良い音を響かせ、それから少しばかり高く掲げてそう叫んでいた。

 ミラノに話は通っていたらしく、彼女は夕方以降グリムがその旨を伝えると「あぁ、そうだったわね」と言って俺を送り出してくれた。そしてグリムに連れられて、飲み会場であるアルバートの部屋にまで来たわけだ。

 そしてこの前アルバート達が外出した際に、幾らか酒の席で食べられるような物を買ってきたらしく、今回は酒のみで胃を満たすことは無さそうだった。


「しっかし、まだこんなにワインを持ってたのか」

「この前父上がまた送ってくれたのだ。そして貴様と縁が有ることを知らせると、喜んで直ぐに追加を送った。そのおかげでワインだけで壁が埋まる」


 事実、アルバートの部屋の隅には木箱が置かれているのだが――。その数が明らかに多い。失礼だと思いながらも許可を得てから空けると、一箱だけでも何十と瓶が詰められていた。


「うわ……」

「貴様にも何本か礼として贈られたであろう?」

「ミラノの部屋で飲めないからしまったまんまなんだよなぁ」

「なに、飲んで居ないのか。勿体無いぞ。我が領地で採れた最高の果物から作った最高のワインだ。寝かすつもりが無いのであれば、早々に空けぬと酸っぱくなるぞ。

 保管に適した場所は無いのだからな」


 ワインセラーだったか、あるいは保存に適した地下がないと劣化しやすいだろう。しかし、部屋の主人であるミラノに「私の部屋を臭くしないで」と言われてしまっているし、かと言って一人で酌をしようとすれば止められるので飲めずなままだ。ストレージに突っ込んでいるから劣化はしないだろうけれども、酒が好きだからこそ飲んでもいい酒を飲めないというのは地味に辛かった。


「しかし、なんだ。まだまだ貴様に関しては分からぬ事は多いが、助けられたし色々な事を教えてもらっている。友であり、同胞であり、戦友である。身分や立場だの、利益や見返りを求めずにした貴様の行為は、誇らしいぞ」

「止してくれよ。俺はただ、自分に出来ることをしただけなんだ。それに、俺の居た場所では――いや、所属していた組織では当たり前だったんだからさ」

「ほう。それはどのような組織だ?」

「国に仕える軍隊みたいなもの、かな。軍隊とは呼んじゃいけないんだけど、似たようなところ」


 自衛隊は軍隊に非ず――。それが日本の認識だ。いや、方便とも欺瞞とも言えるかも知れない。ただ敗戦後に米国の指示の下で再編され、再軍備してはいけないという約束から逃れるように出来上がったものである。しかし、その実態は軍と一緒だ。ただ違うものは、全ての隊員が国民の目を気にした立ち振る舞いや言動をしなければならない弱者になっていると言う事であろうか。

 国の為と言えば愛国者として危険人物と言われ、自衛隊といえば人殺しの集団といわれる。そんなことが続けば下に、下にと下っていくのは当たり前のような気がした。


「幸いなことに海に囲まれた、他国と陸続きじゃないことで仮初の平和を維持できた国だった。

 だからこそ普段から国を護る訓練をしながら、災害が起きれば国民の為に――人助けをするのが当たり前の組織だったんだ。

 そこに打算も見返りも何も無い。それが、俺達の、任務だったからだ」

「俄かには信じ難いが、そういう所があったのだろうな」

「あぁ、あったんだよ。だから、俺のした事は、特別じゃなかったんだ。

 国の為、人の為、仲間の為、家族の為、どこかの誰かの為に……何年も、何年もそうやって頑張ってきたんだ」

「まあ、そのような場所で頑張ってきたとしたら――確かに貴様には酷な話ではあるな」


 そう言って、アルバートがごくりとワインを飲み干した。そんなアルバートに、今回は一緒についてきたカティアがワインを注いでくれる。なんか、今日一日で使い魔らしくなったというか……若干、仕える者みたいになった気がする。そして逆にグリムが俺のグラスが空にならないようにしてくれる。身分的には俺のほうが圧倒的に下なのだが、アルバートに呼ばれた客人と言うことで下に出ているらしい。

 なお、グリムとカティアはこちらの様子を見ながらだがそれぞれお茶を飲んで雑談をしている。


「従者として、気にかけてることは何かしら?」

「――主人のこと、もーもく的にならない事」

「盲目的?」

「――悪い事は悪いって、言う。みんな、間違いはある。

 一番悪いの、間違ってても何も言わないこと」

「なるほど……」


 その様子を見て、そう言えばアリアの所で世話になっていた時も別段二人の関係が変だったことは無い。と言うことは、俺が言った「色々な人と仲良くなってくれ」と言うのを上手くやれているらしい。アリアが優しいからと言うよりは、俺に対してのみ変な態度を取っているという所か……。


「まあ、何度も言うようではあるがな。貴様が将来こちらの家に来てくれれば良いのだがな」

「ミラノにも言ったけど、出来れば――色々な国を見て、それから色々考えてみたいんだ。

 もしかすると、俺の居た国は見つからないかもしれない。それでも、居心地の良い場所を出来るだけ探してみたいかなって」

「そうか。――そう言ったのなら、我も強くは引き止められぬ。だが覚えていて欲しいのは、家ではなく我個人の裁量の範囲であれば、幾らでも融通をしてやろう」

「高く付きそうだな」

「はは、それは当然であろう? 貴様に貸した分だけ、貴様は我に借りを作ることになる。

 旅に出るのであれば、ミラノの制御から離れる事になるのだからな」

「それ、ミラノに怒られないか?」

「忠義は抱かせるものだ。貴様がミラノより我を選び、来るのは貴様の意志によるものだ。

 我が貴様を抱き込むのであれば、それは火種になりかねんからな」

「考えてる事で……。けど、アルバートが自分で言ってるけど、忠義をどこに向けるかなんて俺次第だし、俺だって何を思ってどの国に居たいと思うかなんて今じゃ分からないからなあ……」


 日本は父方の母国で、南米は母方の母国がある。そしてアメリカンスクール経由でアメリカも好きになる切欠となっただけでしかない。それでも、切欠こそが第一歩である。盲目的な愛国者ではないけれども、自分の好きな国を想うと言う事を恥ずかしいと思ったことは無かった。


「そういや。他の人の使い魔を俺は見たこと無いんだけど、どうなってんの?」

「――使い魔というのは、召喚しようとして出来る訳ではない。人によって、”場所”や”時間”、”媒体”が違うのだ。場所も、時間も、媒体も半ば直感的な所が大きい。運良く国内で、自分が見知っている場所であれば良いのだが。一度しか訪れたことの無い場所や見知らぬ場所だったりした場合、召喚にまでこぎつけるのが難しくなる。

 分かっているのは、優秀な魔法使いであれば天啓により全てが分かるとされていることだ。事実、ミラノだけではなく学園にも数名は学生でありながら使い魔を所有するものは居るであろう。だが、先ほども言ったように、ここを出るまでは学園や街から出ることはそう多くは無い。故に、持てる者は特別視され、優秀である事をそれだけで証明できるのだ」

「へ~。それって……ミラノが凄いって証明にもなるのか。

 けど、それにしたって見てないぞ? なんか、こう。ミラノの説明だと、動物だったり、モンスターが浄化されたようなものだったり――凄いと過去の大戦での英雄が出てくるって聞いてたのに」

「使い魔と言うのはその人物の何かを象徴するものなのだ。故に、それを堂々と見せびらかすのは即ち弱点をひけらかして歩くような物と同じだ。我やグリムとて、そのような事は好かぬ」


 そういったアルバートだったが、ちょっと待って欲しい。そういったことは、好かない? と言うことは何か、なんだか既に使い魔を持っているかのような言い方だが……。

 そうやっていぶかしんでいると、アルバートが咳払いをする。


「――我とグリムも、使い魔くらいは居る。ただ、普段はその姿を見せぬようにしているだけでな」

「あ、なるほど。準・返還みたいな真似事が出来るのか」

「何を言っているのか良く分からぬが。その呼び出した主にとって有用な場合が多い。

 グリム、出すが良い」

「――ん。分かった」


 アルバートの求めに応じ、グリムが小さく詠唱する。それが呼び出しの呪文なのだろうかと考えていると、ポムという小さな音と共に彼女の傍に小さな存在が現れた。それはグリムの頭と同等くらいのサイズで、直感で言うのであれば『強く無さそう』と言うものであった。


「あれは――」

「――風妖精シルフィール。弓を使うとき、良く手伝ってくれる」

「矢の距離や当たりを修正してくれたりするそうだ。他にも、音を拾ったり、遠くに居る存在を感知するのを助けたり――色々だ」

「ふぅん、なるほど。弓を使うという特性と、アルバートを支えるという立場から考えると物凄い有用だよな」


 風精霊はとてもグリムになついているようだ。彼女の頬に自身の頬を――と言うよりも、身体全体をこすり付けている感じだ。なるほどなと一人頷いていると、こちらの存在に気付いた風の精霊が俺の目の前までやってくる。そして首をかしげて「誰だろう?」みたいに見ていた。

 そんな精霊を見ていて、俺は”こういう時は何か与えるのが第一印象として良いのではないだろうか”と思い、つまみの中から味付けが濃すぎたりせず、自然に一番近いだろう干した果実を差し出した。それを何だろうかとやはり見ているのだけれども、スンスンと匂いを嗅いで知っているものだと判断したのか抱きつくようにしてその果実を奪っていく。そしてグリムの時と同じように俺の肩に乗り、その果実を千切って食べる。どうやらお気に召したようで、そのまま食事を続けていた。


「ほう?」

「――意外。知らない人にシルフィールがそんなに早く懐くの」

「え、そんなに臆病とかだったりするの?」

「――ん。好奇心おーせー。だけど、怖がり」

「身体が小さいからなのかな。けど、生き物である以上は動物も人も同じだよ」


 人間だって見知らぬ人が距離を詰めてきたり、あるいは仲が良くないのに深い話をしたら離れてしまう。動物も犬であれ猫であれ、彼ら彼女らのペースを無視して自分の欲望を発揮してしまったら嫌がる。目を見つめすぎれば警戒するか目線を逸らすだろうし、大声を出したり安定しない――あるいは先を読めないくらいの速度で慌しくしていれば近づきたくはなくなるだろう。

 そして、構いすぎないこと。それは人間であれ、動物であれ同じだ。気性によって違いは有るだろうが、すりよって来るのとすり寄って行くのは違う。仲良くなるまでは、あるいは親しまれるまでは構い過ぎるのはマイナスだろう。

 実際、今も果物を与えて肩で食事をさせてはいるが触れたりはしないし、あまり身動きしないようにしている。性別は分からないけれども、食事をしているということは落ち着いた雰囲気が必要となるし、邪魔をするのは宜しくないだろうと放置する。それが、良い方向へ転がるかどうかは結果で見るしかないのだが。


「あらご主人様、種族問わずに人気ですわね」

「態々嫌われる必要もないし、好かれていた方が互いにやりやすい――だろ?」


 事実。事業であれ組織であれ何であれ、身近な存在と良い関係を築けている方がやりやすい。例えばだが、他の国や他の県から態々攻撃や口撃をしに来た奴らが居たとしても、地元の人々がちゃんと声を上げてくれるのと同じように。

 逆に、地元の人々とうまく行ってない他の場所へと言って現地住民を教育し、ゲリラや友好勢力にして味方につけるというやり方も出来る。仲が良いと言うのは、それだけで武器にもなるし盾にもなる。とは言え、そんな事を常に考えているわけじゃないけれども。


「で、アルバートはどんな使い魔を?」

「それはまた別の機会にしよう」


 あからさまに話題を切られた。何だかなあとワインを飲むと、、グリムが新たに注ぐ。アルバートも同じようにグラスを空け、カティアが注ぐ。ハイペースかなと思いはしたけれども、肉体が若返ったところで酒に対する耐性はすでにある程度備わっているらしい。酔うよりも腹が満たされる速度のほうが速いし、腹にワインが入るのと平行して尿意が徐々に催される。

 意図していた訳ではないが連れションをする事になり、改めて部屋に戻って乾杯をする。カティアとグリムはお茶とお菓子を摘みながら会話を楽しんでいるようだが、その頬がなぜか朱に染まっている。話題に問題があるわけでもなく、単に楽しんでいるが故に高揚しているのかもしれないと思ったのだが――どうやら違うらしい。

 カティアの呂律が若干怪しくなっているのに気がつき、”なにそれ?”とそちらを見ればグリムが「ひっく……」等と、まるで酔っ払いみたいなしゃっくりをしていた。それから周囲を見て、その原因が何だろうかと探ると、単純に空けたワインボトルの本数が多すぎただけのようだ。つまり、匂いで酔う――と言うか、気分を悪くしているようだ。


「アルバート、二人とも酔ってるんじゃ……」

「む? うむ……。その、ようだな」

「やばいって。俺、二人が暴れ出したり、介抱するの嫌なんですけど……」

「ならば貴様も飲んで、酔ってしまえば良い。なぁに、酔いどれの味方は酔いどれのみだ」

「あぁ……」


 っそう言ってアルバートはワインを飲む、そしてカティアが足取りや手つきも若干怪しくなりつつも、注ぐ。俺は周囲の狂乱に飲まれない程度にペースを誤魔化しながらワインを飲み、グリムが注いでくれる。


「どうしたぁ、ヤクモぉ……。グラスが乾くぞ。グリム、注げ注げぇ」

「――酌、する」

「お、おい?」


 飲まなくても注がれる、飲んでも注がれる。無駄にすると後が怖いと飲むしかない、その飲みっぷりを見てアルバートのグラスが空く速度も増してしまい、カティアとグリムがそれぞれ相手の傍に控えるような状態になってしまった。


「そ~れ、いっき、いっき!」

「ぷはぁ! ぬはははは! いやいや、良い気分だぁ! それヤクモ、貴様も飲めぇい!」


 カティアもカティアで、普段の淫靡とも底の知れない表情ではなく裏表の無さそうな顔をしてアルバートを煽る事煽る事。そのせいでアルバートは更に気分を良くし、もう今では首どころか腕まで赤く染まっている。それでも倒れないのは強さなのか、それとも調子に乗っているからか。


「しっかし、貴様ぁ。我はなぁ、解せぬのだぁ」

「はいはい。何が理解できないって?」

「貴様の使い魔はぁ、こんなにも可愛いというのに、手を出してないように見えるのだぁ」


 手ぇ、出したら犯罪者っぽいだろうが。そう言い掛けて、俺はぴくぴくと口角とこめかみを動かすことしか出来なかった。こいつは140だか150くらいしかない。そのもうちょっと上でもミラノとアリアだが、そんな彼女たちでも150から160くらいじゃないだろうか。そしてヴィトリーが160から170くらいか。俺が170を越えているのは前と変わってないみたいなので、少なくとも彼女らが170以上で有るという可能性は低い。

 じゃあ冷静に考えてみよう。20から30も背丈の差がある男が、自分よりあからさまに小さな女の子とそういう行為に励んでるとか。――どう考えても犯罪《未成年略取》である、本当に有難うございました。ちなみに自衛隊での後期教育で教わったのは「立たなくなるまでしごけば勃たなくなる」と言うものであり、実際に性欲と言うものは忙しくなればなるほど減じていくものなのだと知った。

 え、俺? 忙しくする事で出来る限りの発散を促しているし、コッソリと発散することもある。ただ、そういう時に限ってカティアの目が猫のようになって俺を見ているのが居心地が悪いので、余計に運動などに傾倒していっている。


「このような可愛らしい身体をしているのに――」


 そう言ってアルバートがカティアの尻を撫でるように触った。その瞬間呆気に取られるのと頭に血が上るのが同時だったが、俺が腰を浮かすのとアルバートの居た場所にグリムが居てワイングラスが浮いていたのは同時だった。充満したワインの匂いを逃すためと開けていた窓の向こうにアルバートの姿が見え、立ち上がった目的が一気に反転してしまった。


「――アル。悪いことした」

「ヤクモぉ! 我を離すなよ!?」

「あぁ、クソ。なんか、力が……」


 ワインの飲みすぎと急な動きでアルコールが一気に回った。視界の歪みと焦点の合わなさ、そして意識が朦朧とする事でうまく力を籠められない。二階とは言え、変に落下すれば死ぬ可能性だってある。五点倒置着地法とか教えてないので、足から着地した場合変に踏ん張ろうとして骨にダメージがいく。そうでなくとも尻餅をついて尾骶骨損傷とかになったら明日からの帰省に影響が出てしまう。何が悲しくて痛みを隠したり転がったりしたアルバートを見送らなければならないのか、少なくとも俺がミラノに怒られる!


「グリ――っ。カティアぁ! 手を貸してくれぇ!」


 しかし、グリムは分かるとしてもカティアの反応までも無い。なんだろうと首のみでそちらを見ると、頬を膨らませて涙をいっぱい溜め込んでいる。プルプルと何かを堪えているようであったが、姉妹にはペタリとその場に座り込んで泣き出した。

 泣き上戸!? それとも、普段は演じてるだけで実は純情派!? そんな見当違いな事を考えていたのだが、アルバートが暴れること暴れること。そして残念な事に、俺が伸ばしている腕をアルバートがしっかりと両手で掴んでいるから逃げることが出来ない。


「「あ――」」


 結果、一気に引き上げようとして身を乗り出したところで均衡が崩れ、俺の身も外へと放り出された。冷たい空気と空に瞬く星々が綺麗だ等と、現実逃避のような感想を抱いた俺達は悲鳴を上げる間も無く地面へと叩きつけられる。


「なぜ、我が……」

「なんでだぁ……」


 そして、どちらとも無く脱力して意識を失う。そのまま俺達は放置され、翌日の朝になってヒュウガによって発見されるのであった。

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