表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元自衛官、異世界に赴任する  作者: 旗本蔵屋敷
2章 元自衛官、異世界に馴染もうとす
23/182

23話

 信頼関係を築いておくのと同時に、信頼できるようなヒトとなれ――。

 そう言われたのは後期教育の最中、休憩時間中に武器監視として居残った自分と班長をしていた二曹からだった。

 当然、兵隊や軍隊、軍事に関しては”外聞”でしか知らない自分にはその言葉の意味はぼんやりとしか分からなかった。けれども、そうやって生活が長くなってくると、様々な”元軍人”の著書だったり、戦争に関した書物を読み漁る事もあった。そして、日米合同訓練等で他国の軍人などを見ていると分かってくる事はあった。

 信頼できない相手を、自分の背中や命を預ける事をしない。それは自他共にそうだ。死ぬかもしれないという恐怖を上回る連帯感が自分を救うかもしれない、銃撃や榴弾、炸裂弾などによって負傷した場合でも見捨てられないかもしれない。そう思えるだけで攻撃の手は緩まないし、逆に仲間も頼もしく思えてくる。

 だから中隊長の言う”私達はね、家族なんですよ”という言葉がどれほど重いものなのかを理解できた気がする。中隊の上官を親父のように思って従い、同期を双子や――それこそ親友のように考え、後輩を弟のように大事にせよ。

 そうやってやっていけば、どんなに辛くとも、惨めでも、怖くとも堪えられるという事だ。もっとも、射撃や整備、炊事等でしか評価されなかった俺がどう思われていたかなんて、自然と低評価で創造することしか出来ないのだが。


「三名で外出、と。アリア・ダーク・フォン・デルブルグ様と、ミラノ・ダーク・フォン・デルブルグの騎士であるヤクモ様、そしてその使い魔の――」

「カティアですわ、おじ様」

「――カティア様、っと」


 北門の守衛に名前等を確認してもらい、外出する事になる。何かがあったとき、その帳簿を確認すれば誰がまだ戻っていないのかを確認するのが楽になる。それによって、先日の騒動での被害者も有る程度割り出せたのだ。

 状況が落ち着いてから、街中を多くの兵士が捜索し、市民も自分の生活の為に一部自主的に手伝った。その結果、誰が行方不明で、誰が死んだのかも把握できている。魔法を使える家系の子息を預かっている学園としては、出来る限りの事をしたと言えるだろう。そもそも、学園の外に出てしまえばそこからは”自己責任”なのだから。

 俺たちのことを名簿に書き記した頬に斜めの傷をつけた、年齢よりも幾らか老けたような兵士がいた。彼はかつて騒動の中で魔物を退治するために駐屯部隊の一人として戦い、そして一つ部隊の生き残りとして俺たちと合流した農家の三男だった。

 前は学園の外部に存在する街の治安維持に携わっていたようだが、どうやらあの時アルバートやミラノを学園に送り届ける俺と一緒に居た事で身分が高くなったようだ。本人は幾らか精神的に老けてしまったようだが、それでも学園を覆う壁の守衛になれた事が兵士を辞めずに続けようとした一因だそうだ。


「――今日中に戻るようにしてくれよ?」

「ええ、今日中に戻りますよ」

「魔物はもう居ないだろうけど、油断はしないでくれ。あれから治安も幾らか乱れてる、人の手で事件が起きないでくれれば良いんだけど、高望みだろうな」

「まあ、高望みでしょう。それでも、何か起きないように、何か起きても大丈夫なようにしますよ」

「あんたなら本当にそうしてくれそうだな。ま、学園に近いほうが安全になるって分かりやすくて助かるけど」

「確かに。それじゃ、また後で」

「ああ、またな」


 そして門を先に出て待っていたアリアとカティアに合流する。手続きは時間がかかるもので、学園としては出入りの情報にはかなり気を使っているのが分かる。前はミラノが一人で全て手続きしてくれていたが、俺も貴族の片隅に位置するようになったので、ミラノのお抱え騎士という事も相まって単独で手続きが出来るようになった。

 それに、顔見知りが偉くなった事でその手続きも幾らか緩和・簡略化されるのでやりやすい。それどころか俺の話を聞かされたであろう守衛の中には、俺を見ると敬礼してくれる者までいた。


「今度、一緒に酒でも飲まないか?」

「あ~……。貴族サマの相手が無ければ、ぜひ、喜んで。美味しい食べ物とか、そう言ったのを優先してくれれば良いよ、どうせこの国の料理は全然分からないし」

「はは、ならそうするさ。貴族サマ相手の料理を食べ過ぎて飽きてきてるだろうし、部下にも聞いておくさ」

「よろしく~」


 あの襲撃で、学園生徒は幾らか大人しくなった。そして最近の噂の影響で学園関係者は午後の八時までには必ず学園に戻るようにとお達しも出ている。殺人事件と、ミイラ。それが本当かどうかなんて学園の内部に居る俺たちには確認しようが無い。それでも、貴族という”暇な連中”は噂話を好んだ。そのせいで正確な、或いは信憑性の有る情報が何なのか分からなくなってしまったのである。だから話半分で聞く事にした。守衛にもそこらへんを聞いてみたが、どうやら学園の守衛は街の治安には絡まないらしく、情報や認識にズレが有るのだとか。管轄が違うらしい。


「悪い、待たせた」

「あの人、前に一緒だった方ですよね? なんだか仲が良さそうに見えましたが」

「ん? まあ、街の様子とかを聞いてきたんだよ。また何かあってからじゃ遅いし、出来る限りの危険性を把握しとくことが大事だと思って。

 ――もし街中で危ないと思ったらその時点で全部中止、直ぐに学園にまで戻る」

「なら、違和感やおかしな所があったら貴方に報告すれば良いのね」

「そう言うこと。アリアも、ちょっとでも危険を感じたり不安を感じたら言ってくれ、対処と判断するから」

「えっと、はい。分かりました」


 そう言ってから、自分の装備を確認してから彼女達にはなるべく左側ではなく右側を歩いてもらう事にした。帯剣しているのを良く見せるためというのと同時に、何かあって剣を抜く時に左側に彼女達が居るとやり辛いからだ。従者が主人を誤って斬るとか、笑えない事故は避けたい。

 しかし、街中に出てみれば少しは時間が経過した事を理解できる。全くの陰惨とした光景ではなく、言ってしまえば『復興の最中』というイメージを強く感じられた。そこかしこで大工だの石工だのが働いているのを見るし、ヴィスコンティ――ミラノ達の国に所属している公爵家が治安維持のための兵士、復興に必要な資金、そのための人材をかき集めてくれたとか。自分の国での出来事だからと国王が命じたのだろう、じゃ無ければあまりにもボランティア過ぎる。

 それでも、一日における復興力が大きい事は、そのまま治安や国力に繋がるので無視できない。下手すると外交材料にされかねないので軽視出来ないのだろう。自分の国の内部で半ば独立したような学園を保有する事に、何かしらの強みや旨味が有るのだろうが……。


「少しずつ、前みたいに戻ってきてますね。子供が外で遊んでいるのは良い事です」

「子供が外で遊べるくらいに、危険度や治安が良いと判断されてるって証拠にもなるからな。

 それに、子供が外で遊んで、老人が所々で長閑にしている事が心のささくれを取っ払っていってくれる。当面は国からの支援が有るから明日を嘆かずに済む、人攫いや犯罪に身を窶すほどに追い詰められていないから、踏みとどまってる。

 ――良い手、なんじゃないかな」

「良い手かも知れませんが、ユニオン共和国が怖いですね」

「へ、なんで?」

「ユニオン共和国は全ての国を統一し、優れた国家が導く事で再び団結し、協力し合う事を謳ってますから。

 表立っての武力行使はしていませんけど、今のユニオン共和国の勢力に組み込まれてる地域の幾らかは、恐喝、脅迫、軍事的示威とかとかとかとかで出来上がってます。同じように、今回の出来事を弱みにしてしまったり、或いは手薄な事から攻め込まれても嫌じゃないですか」

「……あぁ、そっか。地域的に農業に不向きで、全体的に国力――国土が弱いんだったか」


 魔王の残党や強力な魔物と戦争しているといっても過言ではないツアル皇国も、ユニオン共和国より国土には恵まれているようだ。農業も盛んで、自立して国を回せる。――それを踏まえて考えると、ツアル皇国に大規模な軍勢を送り、魔物の残党を徹底的に狩ってしまおうと思わないところが人間らしいなと思った。魔物との争いが無ければ、下手するとその国土から多くの人が輩出され、他国を圧倒してしまいかねないのかもしれない。

 そういえばどこかで見聞きした記憶が有る。”人類は滅亡の危機に陥ろうとも、決して手を携える事ができない”と。たぶんそれは有る意味真実なのだろう。それこそ、再び人類がほぼ滅亡しかけ、国を失い、十二人の英雄が表に出るくらいにならなければ、だろうが。


「――国って枠組みが出来ると、どこもかしこも面倒くさい」

「ヤクモさん、そう言うことは覚えてるんですか?」

「まあ、少しは――かな。兎に角、街が復興してくれないと外出もしてられないし、学生達も鬱屈しちゃうからなあ」

「たしかに学園の中が広いとは言っても見慣れた、飽きた光景ですからね。外に出たいって思ったなら、そう出来ない事で嫌気がさすかもしれません」

「それでまた喧嘩売られたり、厄介事に巻き込まれるのだけは嫌なんだよ。ほら、成り上がりじゃん? それ所か、当初は使い魔で平民以下、今じゃ貴族階級の末席に居るんだから何かとちょっかい出されやすいし。俺としては平和、平穏にダラダラしたい」

「あはは、ヤクモさんはノンビリしたがるんですね」

「その分、戦いで頑張ってるだろ? 生きるか死ぬかという緊張に、それも極限状態の緊張に長時間晒されると、如何しても平和な時はボンヤリしちゃうものだよ。それを『油断するな』って奮起するのが本来良いんだろうけどね」


 そう言ってから、自分の本質がどっちかを考えてしまう。正しい事の為に筋道通して戦う兵士の自分なのか、それとも誰かの役に立てたら良いなと思いながらもボンヤリノンビリしている自分なのか。

 しかし、その考えも前に自分で言った『スイッチ』というもので解消してしまう。ノンビリ、ぼんやりとしているのが本来の自分だとしても、いざ事が起これば戦いに身を投じて何かを、誰かを守るために頑張るのもまた同じ自分なのだ。

 平和を叫ぶ団体よりも一番平和を願っているのが兵士でありながら、一番平和とは程遠い場所へと赴いては消えていく――。反比例するように、そうなっていくのだろう。あるいは、戦うことを知らなければ何も守れないという事を理解していて、その上で切り替えによって不抜けたり教育の行き届いた兵士にもなったりもするのかもしれない。

 そんな事を、今更考えたところで答えを教えてくれる人は居ないのだが。


「――けど、あの戦いを見てるとノンビリとかボンヤリからは遠く思えるのよね。狼には突撃していく、オークやゴブリン相手でも武器と立ち回りでどうにかする。一種の芸術ね」

「戦いぶりを芸術って言われるのも、なんだかなあ」


 カティアの評価と、自分の中での”戦いのイメージ”が全くかみ合ってないと思った。実際の――自分が前いた世界での戦いであったなら、それこそ戦争であったなら。華やかさとは無縁で、栄誉や名誉とも無縁な世界だ。死ぬか生きるか、そこには綺麗ごとなんて存在しない。空から、或いは遠くから飛んでくる火器・弾薬によって、原型を留めない事だって有る。綺麗に死ねる事なんて早々無い、泥臭さと硝煙と血のことしか思い浮かばなかった。

 そこに芸術は有るのだろうか? たぶん、対岸の火事として見るのであれば、そうなのだろう。湾岸戦争だって”ゲームみたいだ”と言われたし、自分が関わらなければどうでも良いのだ。


「それで、今日のエスコートはどんな順番なのかしら」

「先に俺の物を回収する、そして街に戻ってきたら一番近い店で臨機応変に対処するけど、教会は絶対に寄りたい」

「死んだ時に、死んでいたときに会った女神様がそう言ったらしいですけど。そう言われたのならそうしないといけませんね。お供え物とか、貢物とかは何かいってましたか?」

「いや、ただ教会に顔を出して欲しいとだけ」

「宗派とか、教会の名称とかは分かってますか?」

「い、位置しか……」


 ボソッと『マップ』と呟き、地図を確認する。すると街の中に位置している事は分かるのだが、いつの間にかアーニャがマーキングをしてくれたのだろう。大小種類様々な矢印が教会を囲うように描きつくされて「ここ! ここですよ!」とまで簡単なアーニャ自身のイラストと共にメッセージまで添えられていた。

 俺も聞くべきだったかもしれないが、言い忘れたので勝手にメモっておきました! みたいに、こんな事されても、その……。まあ、良いか。もしかすると教会が幾つかある可能性もあるし、その上で場所がそれぞれ違う場合は片っ端から巡らなきゃいけなかったので大助かりだ。

 時間の浪費と無駄は一番嫌いだ。それこそ、自分の時間を奪われるのが一番嫌いで、休日は親に買い物へ行くように言われた時は大体不機嫌になっていた。それでも文句こそ言うが、どうせ誰かが行かなければならないので、過去の経歴的に自分が行くのが確実だった。

 幼稚園の頃から一人で買い物に良く行かされていたが、弟と妹もその経験がない。そして買い物に行かされると言うことは、似た商品があったときにどこを基準として何を選べば良いのかも理解しているという事でもある。少なくとも、店の場所がわからなくて迷子になったが為に、二度と買い物に行きたがらなかった幼い弟には酷だっただろうが。

 ただ、俺の曖昧な回答に額へ指を当てて「む~……」と悩むようなそぶりを見せたアリア。そして彼女が考え込むように首を数度左右に動かしてからポムと手を叩いた。


「ヤクモさんは興味がないことに対して無頓着すぎるんですね」

「それは……よく、言われてたかな」

「戦いとか、武器とか、そう言うのは詳しいですよね。けど、その他の事はあんまり重要視してないというかですね」

「まだ俺の世界が狭いから仕方がないよ。何もわからないうちは全てが大事に思えて、何かをすれば何かを忘れるような状態だって多々ある。色々理解して、慣れてくることで取捨選択ができたり、優先順位がつけられるようになってくるから」

 

 なお、今は『貴族は面倒だから、知り合い以外はあまり関わらず、それでいて人が多い場所では言動に気をつけよう』位の事しか分かってない。公爵がどうとか色々有るけれども、今の所その子息子女である学生くらいしか見かけてないし、訓練中はアルバートやミラノ達を助けた事等から有る程度羽目を外さない程度に強気にやってるし、若干の無作法などは記憶喪失という”設定”とミラノの実家である公爵とか、いつもつるんでいるアルバートの公爵とかの威光を借りて変に敵対しないようにはしてる。

 高校の時はどうしてたかなって思ったけど、基本的に俺はフリーダムだった。一年生は三階で、三年生になると一階の教室を使えるシステムだった。一年生の時、降りる時は「誰が一番高い段から飛び降りることができるか競争しようぜ~」とか言い出して、結果十八段全てを通り越して飛び降りることが癖になっていた。そして教師の間では「ダン! って音がしたらあいつが居る」と言われてるくらいだったらしい。なお、教師からの評判は悪くなかったので、お調子者扱いだったのかもしれない。

 しかし、今ここで同じようにお調子者として振舞えば――まあ、ミナセとかヒュウガ等のツアル皇国の人はそこまで気にしないだろう、けれどもその他の国々の人は確実に白目でこちらを見てくるだろう。下手をしたら無礼者扱いや頭の軽い奴扱いでミラノやアリアが貶されかねないし、どう考えても立場を悪化させて世界を狭めかねないのでNGである。

 さながら自衛隊時代の生活とあまり変わりないが、大きな違いとして階級の違いによって会話が出来ないレベルで壁があるかどうかというのと、仲間意識が有るか無いかがある。とは言え、士長レベルの人間が自部隊以外の佐官に話しかけることが出来るかと言えば微妙ではあるが。



     ――☆――



 街の周囲を覆う壁を出るのは幾らか骨だった。つい最近襲撃された事と、ある程度修復されたとは言え外壁が修復・修繕し終わってない事や危険度の把握が済んでない事が理由として言い渡された。だが、その衛兵の目はしきりにアリアに向けられていた為、もし何かあったときの事を考えて頑なになっていたのだろう。なので、アリアには衛兵とともに待ってもらって、カティアと共にマップを参考にしてこの世界へ来た当初の位置にまで向かう。

 そして自分の埋めた品々だが、全くもって無事ではなかった。漁られたとか、破損していたとか、そう言う話じゃない。入れ物ごと消えうせていたのだ。

 いや、消えうせていたという表現は正しくないか……。なんていうか、ゲームで言う”データの残滓”みたいな状態になっていたのだ。しかもカティアには見えていないようで、実質それを渡された俺にしか見えない情報という概念のようなものに成り下がっていた。しかも”あと●●日でロストします”とまで表示されていた、完全に消滅するまでのカウントダウンが開始されていたようである。

 手で触れられないデータと化しているものをどうやって回収したら良いのか? それも単純な話で、自分で触れたら一発でストレージへと移送された。スカスカで寂しかったストレージの中に今まで埋めたままに放置していた品々が放り込まれている。普段持ち歩いている可変式の銃とは別に、ちゃんとした実銃も放り込まれていた。八九式や六四式等と使い慣れた小銃、十mm拳銃だのもあるし、それらの空砲実弾まで放り込まれていた。

 俺が理解していて、扱える装備が大量に手に入る。しかもその分量に見合った重さなんて関係ない、空間使用率も関係ない。俺個人が、火薬庫になっている。事故も起きない、弾薬の使用期限も無い。一人で使用するには膨大すぎる弾数、アーニャがそれこそ”全知全能”であったならば、これを押し通せなかったかもしれない。けれども、人生をやり直すという名目と、武器の性能を理解している俺がだまくらかすような数を請求しても通った。ワンマグが最大三十発、”レ”にして引き金を引きっぱなしにしたら数秒で無くなってしまう。――という事を説明して、納得してもらった。

 そして帰る途中でマモノを発見するわけだが。手負いの獣だったようで、こちらを見ると足をひとつの足を引きずりながら遠くへ逃げていた。今でも討伐部隊が巡回しており、街の近くにいる魔物をとりあえず排除して安全化しているようだ。前では禁止されていた『死体から有益なものを剥ぐ』という事が黙認され出していた。

 当然対象は魔物に限ったが、それによって少しでも市民の懐具合を潤わせようと言う魂胆だったのだろう。死体の片付けも、一部志願制で雇っていたくらいだし、家を喪った人や家族や身寄りを喪った人にはそうでもしなきゃ生きていけないんだと思う。そしてそこで俺に出来ることも何も無い訳だが。

 町へ戻ってくる途中、荷物を取りに行くと言った手前、手ぶらだといぶかしまれてしまうので、負い紐をつけた八九小銃を前面にぶら下げ、背中には背嚢を背負って中身は真空圧縮と防水処置の施した服装や下着等々が入っている。これ一つで何かあったときも簡易な着替えや歯磨きなど、それこそ野外で寝る羽目になっても困らない物ばかりがつまっている。馴染みのある懐かしい品々が手に入って内心ホクホクだ。

 衛兵が全ての品を検査し、彼らにとって不思議なものに関しては全て説明をして何とか中に入る事ができた。アリアが見ている前でシート広げて品々を展開し、数名の衛兵に探られてるのを見られるのは若干冷や汗をかいたが、彼女は不思議そうに見ていただけで特に何か言ったりはしなかった。


「それが外においてきた荷物ですか?」

「そうそう。着替えとか、日用品とか、装備とか」

「見慣れない物ばかりでしたが」

「素材も形状も違うけど目的は同じだよ。男物だけだけどね、今使っている物と似たようなものだと落ち着くんだよ」

「履き心地が違うとか、そう言う話なんでしょうか」

「違いますわ、アリア様。”アレ”の収まり心地が違うって意味ですわ」


 アリアの疑問に対し、カティアがシレッととんでもないことを言い放つ。というか、言い放ちやがった。チラとこの世界の下着がどんなものか見たのだが、若干フンドシチックなものだったり、下手すると履いてない奴までいる。マジか、世界史の勉強の時にそんな事習ってないぞと考えてしまったが――そういえば、下着が当たり前になったのは産業革命以降だとか言っていたような気もするが、その記憶ですら正しいかわからない。

 兎に角、変な一言でアリアは一瞬クエスチョンマークが乱舞していた様に見える。口を「はい?」と言ったままに開け放ち、フリーズしたかのように『ぽえ~』っとしていた。しかし、直ぐに思い当たったのか、頬に朱が差すと同時に両手で頬を押さえて「え、え?」と言っている。ウブか。


「あら、まさかそういう事はご存じないかしら?」

「へ!? あ、いえ、そのっ! その、すみません……」

「なあんだ、そう言った教育はあまりされてないのかしら。以外ですわ」

「あの、えっと……」

「カティア、やめとけ。そう言った事はデリケートな話題になりかねないし、下手な知識を教えた事で後々立場が悪くなる可能性もある」

「あら、残念」


 カティアが小悪魔的な笑みを浮かべてアリアに近寄っていたが、止める様にいうと素直に従ってくれた。そしてアリアから離れてクルリと孤を描くようにして俺の傍までやってくると、器用に鞄を半ば登って内緒話のように耳打ちしてきた。


「けど、貴方が男である以上、こういう話は付きまとうんじゃないかしら?」

「そう言うときは『まだまだ未熟で、修行中の身なので』とか『今は修練に打ち込んでいる半端者なので』とでも言うよ」

「本音は?」

「――そう言った、男と女の話って言うのが不慣れすぎて恐いからやだ」


 斬った撃った殴った叩いた等であれば経験がある、痛みはある程度叩き込まれると想像も出来るようになるし、様々な種類の痛みを体験するほどに多少の負傷や痛みに対して恐れは抱かなくなる。しかも、痛みとはどうせ当の本人が抱えるものだ。だから自分が痛い目にあう分には耐えれば良いだけの話で、相手を痛い目に合わせる分には加減するのか痛めつけるのか殺すのか等の領域を考える程度でしかない。

 だが、男と女の関係というのは同性の間柄やただの友人、或いは趣味仲間とは違って厄介だ。どうしたって自分だけの世界ではなくなるし、共有された世界観の中に多少の誤差があるというだけの話では済まないのが常だ。事実、ネットでは良く聞く話で『こんな旦那だとは思いませんでした』という奥さんの言葉や『妻に趣味で買ったものを全て売り払われました』という旦那の声は存在する。どうしようもない食い違いという奴だ。

 さて、じゃあ別れれば良いと思うかもしれないが、この世界では一定の領分にまで話が持っていかれてしまった場合、当人達の意思では全てが動かなくなると見て良いだろう。身分、階級、地位、立場、政治、国政、民衆、その他貴族の動向――色々だ。昔は自由な恋愛など許されなかったとは言うが、そもそも恋愛が自由であった世界でも俺は恋愛をした事がない。――攻めるは難き、守るに易しって状態なのかもしれないと無理やりに前向きに考えた。色を知らなければ色欲ハニートラップに引っかかる心配もない、みたいなところか。


「変に興味もって色欲に溺れたり、或いは変な知識をつけた事が家族の耳に入ってみ?

 公爵家、この国で三つしかない国王についででかい力を持つ貴族が親って事は、下手すりゃ軍隊総動員されるぞ? しかもこの国には今後近寄れなくなる所か、他の国にまで根回しされたらコソコソすることしか出来なくなる。

 そうなったらさすがにおしまいなんですけど」

「全部倒せば?」

「あのですね? 俺は戦いがしたくてここに来たわけじゃなくて、うまくやりつつノンビリしたいんですが、わかりますかね? 前回はたまたま戦わなきゃいけなかったから戦っただけで、必要の無い戦いはしたくないよ。痛いし、面倒だし」


 可変銃も万能ではなく、実銃と同じように整備を必要とすることが分かった。しかも面倒な事に、魔道具整備という技術的なものが必要となり、しかも本で勉強できるのは”手段のみ”である。どっかのゲームのように『対象を指定し、魔法を発動すると武器の耐久度を戻せる』とか『武器を新品な状態に戻せる』等といった効果は無い。『これによって魔道具の整備が可能になる』という、整備の前提条件でしかなかった。

 それでも、魔道具を知識を有して分解し、道具や手作業で整備していくよりは早いし安全性はある。ミラノやアリア、メイフェン先生に聞いたところ魔道具というのは数が少なく、分解の仕方を知っている人がそもそも殆ど居ない、というレベルだったのだ。

 夕方以降、部屋での勉強とは別で整備に時間を費やした。下手糞だからか、一度目の整備では状態を把握する為だけに三時間も費やして終了している。二日目でようやく整備に踏み込んだもののそれでも二時間、三日目に整備の残りに一時間で何とかなった。今では毎日夕方以降に状態を把握して、逐一整備して時間の節約とスキルアップを目指している。

 ――脱線したが、戦ったら自分の体のケアも十分だが、武器や道具のケアも必要なので面倒くさいという事だ。それでも、今日はようやく入手できた武器――八九式と拳銃を簡易分解してみたいとは思っているけど。

 

「強いけど面倒くさがりな英雄ってのも大変ね」

「忠義尽くすのは国というでかいものか、家族恋人友人とかのごく僅かな人だけの方が良い。

 社会に出れば、企業や会社は絶対的な忠誠を求めるけれども、社員とかには報いる事は少ない。そう言うのを見てきたら、余計に楽して生きたくなるよ」


 政治家を見ても呆れてしまうような政党が居るし、一部”声の大きな国民”とやらは自分達の正しさの為に法を犯して不法占拠を堂々とやってのける。沖縄の知事は一体どこの国の人なのかと言わんばかりに自国には反対しながら仮想敵国とは親密にしているし、防衛力の強化を”戦争の準備をしている”と騒ぎ立てる奴等だって居る。

 しかし、その一方で所謂”右”と言われる人も、”○○人だから”と一緒くたに、坊主憎けりゃナントヤラとばかりに侮蔑している。自国の為と嘯きながらも、彼らは彼らでそれ以外の多くを嘲笑する事にばかり全力で、どう見ても健全には見えなかった。

 そうやって”人間の嫌なところ”を現実やネット、テレビなどで沢山見てきてしまうと、更に色んな事が嫌になっていた。国の為にと頑張っている最中は、少なくとも活力に溢れていた。当たり前だ、毎日訓練に勤しみ、どこかの誰かの為にという大義名分を掲げて生きていたのだから。


「”きぎょー”? ”かいしゃ”?」


 そして、幾らか声が大きくなってしまったようで、アリアが俺の声を聞いて理解不能な単語を繰り返していた。危うい、変に溜め込んでいた鬱憤を思い返してしまったせいで声が大きくなってしまったのかもしれない。カティアをヒョイと地面に下ろし、『マップ』でちゃんと教会に向かっているのかを確認しながらアリアの顔色を窺った。記憶が無い事になってるから、変に疑われるとヤバイ。

 しかし、彼女は別に変に勘繰ったりはしなかったようだ。それは助かるのだが、今度はカティアのかわりにアリアが寄って来る。


「ヤクモさん、カティアちゃんと仲が良いですね~?」

「そうかな? そうかもしれない」

「ですが、その。幾ら召喚に応えたからと言って、男の人と女の人の関係になるのは、良くないと思いますよ?」

「いや、なってないけど――って事は、前例があるのか……」


 俺がそう呟いて頭を押さえ、アリアが苦笑している。顔を赤らめ、困ったように――あるいは誤魔化しているのか――笑っていた。そりゃそうだろう、俺だって困る。召喚したのが”そう言った行為”の対象になるようなものだったとして、手を出していた事例が有ると言う事を暗に言っているのだろう。

 俺が顔を抑えて盛大なため息とともに漏らした言葉に、アリアは「ええ、そう、ですね」といった。


「その、中には愛玩として自分の使い魔を扱う人が居ると聞きますから」

「いやいやいやいや、なんでそんな話になるかな。無いから、絶対」

「え゛!?」


 そして反対側からカティアの喧しい叫び声、そして周囲の人々の目線が集中した。その瞬間、二人の女性から俺へと視線が移動し、足のつま先から頭のてっぺんまでじろじろと見られる。当たり前だ、靴や服装だけじゃなく、大きな背嚢を背負い、彼らにとって見慣れない八九式を負い紐でぶら下げている。旅の人かといわんばかりの様相に、きっと何割かは「ここで何が起きたのか知らないのか、あのバカは」とでも思われてるかも知れない。しかも女性二人侍らせながら暢気に歩いている、顰蹙を買いかねないだろうなと思った。民度というものを期待してはいけない、それこそ誇りか飯のどちらかがあればやっていけるという程度なのだから。


「カティア、うるさい……」

「えぇ、だって……」

「――ヤクモさん?」

「はい!? いや、何もやましい事してないですよ!?

 親と神に誓います、マジで!!!」


 アリアの声に一瞬どきりとし、焦りに焦って一気にまくし立てた。しかし、まくし立てた後でアリアが俺の剣幕におされてキョトリとしてたし、俺もその表情を見て少し落ち着いた。彼女はミラノの妹のアリアであって、俺の主人をしているミラノではない。なのになんで必死に否定してるんだ、バカらしい。


「あの、ヤクモ……さん?」

「いや、悪い。なんだろう――なんかミラノに問い詰められてる気がして慌てて……」

「そんなに、姉さんに似てますかね?」


 そう言って柔らかな笑みを浮かべたアリア。そして彼女は両手で噛みをつかんでミラノっぽくして店、ちょっとキリっとして見せた。そうするとミラノっぽく見えてくる、というかミラノにしか見えなくなった。


「似てる似てる」

「そうですか? では、ちょっとだけ――。

 ねえ、ヤクモ。アンタ、ちょっと調子乗りすぎ」

「おほっ――」


 アリアが声質も似せ、表情もそれっぽく言ってみせた。それだけで、俺は表情が凍りついた。何というか、最近のミラノとは別で、俺を呼び出した時のミラノのようで、その上言っている言葉が言葉なので思考まで一瞬凍りついていた。

 なんて言えば良いのだろう、何と言い返せば良いのかすら分からなくなってしまった。しかし、何でここまで思考が吹き飛ぶのか理解できず、頭を振ってカティアを見た。彼女は別に何も思っておらず、考えても感じても居ないようで俺をただ見ているだけだ。

 しかし、そのアリアが表情を戻してヘラッと柔らかい笑みを浮かべた。


「あはは、どうですか? 似てましたか?」

「にっ――似てるどころじゃなかった。まるで本人かと思ったよ」

「ほんと、ですか?」

「ほんとほんと。ミラノとアリア、入れ替わったら区別付かないんじゃないかって思ったよ、うん」


 実際、ミラノとアリアの違いといったら表情と髪型くらいだろう。双子レベルで似ている彼女らには声が違うとか、背丈や体型に違いが有るとかそう言ったものは無い。髪の長さまで似通っているので、二人が意図して表情や喋り方を変えて入れ替わったなら気付けない自信がある。

 前の……、使い魔としての繋がりがあった頃なら何か分かったかもしれないけれども、使い魔として普通の人と何が違うのかを知る前に死にリセットをかましたので、結局何も分からないままだった。もしかすると主人の居場所を探知できるとか、そう言ったものが備わっていたかもしれない。

 しかし、やけにアリアは嬉しそうだ。彼女は姉に似たいとか、姉に近づきたいとか――そう言う子なのだろうか?


「アリアはさ」

「はい?」

「ミラノに似たいとか、或いは近づきたいとか思ってるの?」

「なぜそう思うんですか?」

「いや、ミラノに似てるって言ったら喜んでたし。そうなのかなって」


 その問いはアリアにとってどんな意味を持っていたのだろうか。笑みが小さくなっていき、次第に寂しそうな表情になってから、ポツリと彼女は漏らすように言葉を吐き出すまでの間――見せた表情が嫌に印象的だった。


「その、私は体が弱くて……。姉さんみたいに元気で、魔法も色々出来たら良かったのですが」

「そういや、アリアについては何も知らなかったなあ。ずっとミラノの傍にいたし、特にミラノも多く語らなかったし」

「私は、その――。体が弱くて、ランクの高い詠唱をしてる時に最後まで唱えきれないんです。

 咳が出ちゃって、ダメなんですよ。だから評価もあまり良くなくて……」


 アリアが表情を曇らせる。ミラノと一緒に居る事が多く、アリアはカティアの面倒を見てくれていたからあまり接する機会は少なかった。座学では長い詠唱をすることはないし、そう言った長い詠唱をするであろう実技の時間の時には俺は闘技場に行ってるので見たことも無い。

 ――どのように過ごしているかは分からないけれども、きっと肩身の狭い思いをしているのだろう。そしてこういった貴族社会では、そのマイナス面は決して小さくはないと思う。ミラノが立派であればあるほど、彼女は軽視される。家柄とも比べられ、その体質から婚姻――政略婚などでもマイナス評価をつけられる。皆が詠唱し、魔法を発動している傍らで体質ゆえに細々とした魔法を使う事しか出来ず、或いは授業そのものを見ているだけで過ごすだけになっている可能性だってある。

 二人の両親がどのような人物かは全く分からない。葬儀で棺桶から出た時に見かけたくらいで、直接言葉を交わしたりかかわった事もないのだから。ただ、もし貴族というイメージで考えるのならアリアは親からさぞがっかりされ、期待されていないのだろう。そう考えるのなら、姉のように――普通の人のようになりたいと。


「医者には?」

「あの、えっと。お医者様には診て貰いました。けれども、治らなくて……」

「――そっか」


 アリアの病状はよく分からない、そもそも医学に詳しくも無いし、どのような症状であればどのような名称がつけられるのかを定める知識もない。自分に分かるのは人命救助や戦闘中の負傷への対処方だけだ、それこそ簡易手当てと呼ばれるものでしかない。彼女の役にはなんら立てないのだ。


「他の国では治す手段は無いのかな」

「噂ではツアル皇国で”トーチ”って言うものや、神聖フランツ帝国で神に祈りを捧げていれば治るとか聞きますが――父様がそう言ったことは許しませんから」

「まあ、そうだよな……」


 他国に行かせるリスクと、快復に対する期待値、そして行かせる事によるデメリットを考えればそうなるだろう。ツアル皇国はマモノと全面戦争中というリスク、神聖フランツ帝国で神に祈るというのも下手すれば教会の影響下に置かれたり、あるいは弱みを握られかねないという事も考えられる。

 だからと言って護衛だの兵士だのをつければ支出になるし、その人物達が及ばなかった場合はその分アリアは危険に晒されるので結局ダメだ。現代と違って通信や伝達手段が劣っている以上、距離があればあるほど対処に遅れてしまう。情報を早くやり取りできる、それは大きな武器となる。電話で助けを呼ぶことや現状を伝える事もできないのでアリアを向かわせる事もできないのだろう――。と、善意的に解釈する、実際はどうかは分からない。本当に「価値はない」として見捨てられ、見放された可能性だってあるのだが。


「……出来る事をやるしかない。無責任に大丈夫だって言ってやる事も、大丈夫と言って治す手掛かりを探してあげる事も出来ない」

「いえいえ、もう長い付き合いですから。この学園を出てから婚姻という話も私にはありませんし」

「は、婚姻? あれ……え?」


 何故アリアの口から婚姻という単語が飛び出たのか分からず、そして何故かドギマギしてしまう。そして直ぐに自分の浅ましさに思い当たって眉間を押さえた。――単純な話、ネットでよく言う”童貞の勘違い”という奴と”この世界での知り合いが少ない”というのが綯い交ぜになってしまっているのだと気付いたのである。

 近しい人が居なくなると、自分の助けとなってくれる人が居なくなるという事である。それとは別に――嫌なのだろう、自分に良くしてくれる身近な女性が嫁いでしまうというのが。小学生の頃から、何度も何度も片思いというのはしてきた。だが、その大半は引越しや好きな人、彼氏が居るという事実、更には結婚したという事で尽く敗れ去ってきた。七連敗だ、大敗北も良いところである。

 彼女の発言がうまく俺の中で受け止められきれず、そうして思い出したのが”昔は結婚年齢が現代よりも低かった”という授業で聞いた言葉だった。実際どれくらいだったのかは知らないけれども、戦国時代の信長は十四歳で濃姫と結婚したというし、秀吉の嫁さんも十二だか十三打かで結婚したという。つまり、この学園に居る殆どの人物に縁談やら婚姻やらの話がされているという可能性だってある。

 そう考えると、なんかもう色々とモヤモヤしてしまう。国が違うから分からないミナセやヒュウガは除いたとしても、ミラノやグリム、アルバートやマルコにもそう言った話は家から来ているのかも知れない。結婚や婚姻と言ってもよく分からないけれども、その”結果”というのは知っている。両親であり、子である自分らという存在。一つ纏めにして”家族”というものがそれだ。だが、その家庭は知っていても過程は知らない。それこそどのように出会い、何を切欠にしたのか、どのような逢瀬を重ね、結婚に到ったのか。そして結婚してから第一子である自分が生まれるまでの辛酸苦難や、それをどう二人で過ごしてきたか等も想像するしかない。そしてその想像は、実際に一秒を、一分を、一時間を、一日を、一週間を、一月を、一年を――ずっとずっと、実際に積み重ねてきた訳じゃないから劣化するに決まっている。

 結局、自分がかわいいのだ。駄目かも知れない、うまくいかないかもしれない、そもそも相手が自分を好いてくれるとも限らない、嫌われているかもしれない。そういった様々な事が俺の行動を鈍らせ、なあなあにし、そして見送らせてしまう。

 ……後数年で、誰もかもが居なくなるのだろう。そう考えると、嫌になる。アリアは今のところ婚姻の話は無いといったが、絶対に無い訳じゃないのだから。


「あの、ヤクモさん。大丈夫ですか?」

「え? あ、いや。大丈夫だけど――」


 どうやら、俺はアリアから見て大丈夫じゃなかったらしい。自分を偽らないと、どうしても弱く脆い箇所が出てしまう。眉間を押さえてこっそりとため息を吐き、それからいくらか空を眺めて意識を切り替えた。


「俺も、いつか言われるようになるのかな。ミラノやアリアの親や、あるいは俺を取り込みたい、取り入りたい人に」

「婚約や婚姻を、ですか?」

「ああ」

「さあ、どうでしょう? 姉さんのお付ですから、それは即ち私たちの家に属しているということですから、喧嘩を売るような真似をするような方は居ないと思いますが」

「そりゃそうか、自分の家に従属してる貴族を取ったら普通怒るよな」

「そうですね。それに、何も知らない人であれば姉さんの婚約候補とか、そういった考え方もするでしょうし」

「へ~……」


 へ~、じゃねぇ。冷静に考えろ? 俺がミラノの婚約候補として見られる、って事は逆に考えて……。


「――あれ、ミラノは婚約とか、婚姻の話が無いって事なのか?」

「あ、分かっちゃいましたか。話は有るには有るのですが、ぜぇんぶ、父様が拒否しました。

 少なくとも、学園を出てから考えるということで今は保留です」

「そ、そうなんだ」

「いま、安心しましたね?」

「い、いや。安心とかしてないし!?」

「あはは、またまた。けど、内緒にしておきますね」


 アリアに笑われ、そして内緒にするとまで言われてしまった。自分でも呆れる位に動揺と油断からくる安堵を見せてしまった。思ったことを表情に出すなと叩き込まれたはずだけれども、仕事中でもなければ任務中でも課業中でもないので素の反応をしてしまった。


「まさか、俺を脅そうとかしてる?」

「それは考えもしませんでしたね。そうした方が良いですか?」

「いや、そうしないでくれるほうが助かるかな!」

「えっと、こういう時は『どうしようかな』って言っておいたほうが得する気がします!」

「わかった、分かったよアリア。俺の負けだ、どうして欲しいんだ?」

「そうですね。何か買ってくれたりしたら黙ったまま忘れようかな~、なんて思うんですが、どうでしょう?」


 俺はその提案に降参するように両手を軽く挙げたままに頷くしかなかった。そして話を聞いていたカティアが「あ、私も!」等といって飛びついてくるしで騒がしく、結局カティアの分まで何かしら買わなければならなくなった。

 ――今回の買い物で物価と俺の持ち金を照らし合わせて、どれくらいの支出に耐えられるかを考えてみるのも良いかも知れないとか考え、俺たちは目的地である教会にまで到着するのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ