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元自衛官、異世界に赴任する  作者: 旗本蔵屋敷
2章 元自衛官、異世界に馴染もうとす
21/182

21話

 緒元、という言葉を聞いた事は有るだろうか?

 簡単なものであれば”この銃の口径は○○mmである”とか”この銃の全長は~”とかの性能であり、それだけではなく”A整備”とか”C整備”とかの整備要領だの、弾倉がどうこうと色々なものへと繋がっていく”基礎”のようなものだ。毎分どれだけの弾が撃てるのか、どれくらいの距離までなら効果を得られるのか、何条右転なのか左転なのかなども関わってくる。そんな事を覚えて何になるのかと言いがちな情報が、重要になってくるのだ。

 小銃一つでこれくらい細かく、しかも長距離射撃になればなるほど拘らなきゃいけなくなるから迫撃砲や砲撃をする人たちはどれだけ賢いのだろうかと考え込んでしまう。しかし、兎に角素早く性格に遠くまで射撃が出来る事、足並みを揃えられる事、そして体力や持久力に溢れていて活気がありながら従順で、なおかつ色々と物事を考えられないといけない普通科は楽ではあった。

 歩け、走れ、伏せろ、撃て。そう言った行動に装備や持ち物が付随しながらも毎回変わるくらいだ、やっている事は単純なものである。ただ、まあ。幹部になればまた新しい見え方はあったのだろうが、俺はなれなかった。


「ねえ、こんな事に何の意味が有るのかしら」


 戦闘訓練を終えて、夕食までの一時間半。俺は厨房にまで行って紐を借りてきて、そこにカティアが”何故か”拾い集めていたヘアピンを挟み込んで簡易歩数計が完成した。百メートルを示すヘアピンと、”ダマ”を挟んで一キロを示すヘアピンという役割で分けておく。後はそろばんと同じように、百メートル毎にヘアピンを上げていき、それが十カウントになったら百メートルのヘアピンは下げてキロのヘアピンを上げてやる。レンジャー隊員が使うらしく、良く目にしていたし、小隊長がレンジャー上がりの幹部なのでそこらへんの話は演習などでよく聞いたものだ。

 両足を動かして一カウントとする複歩にすると数えが緩やかになり、数え間違いが発生しなくて済むので良い。後は慌てずに、確実に歩きながらやるだけでよかった。

 今回の件でカティアは”落ちている物を拾う癖”が有るというのを知れたというのも大きいだろう。ヘアピン等もそうだが、細かくて綺麗に見えるガラス片だの、砕けた武器の金属片だのと――見ていて綺麗だなとは思うけど、それが果たして有用なのかどうかを考えると疑問を抱かざるを得ない物を拾い集めていた。自分も小学生の頃は鉛筆の芯が折れたら皆から貰って筆箱に集めていたし、高校生の頃は落ちているペン等を拾っては使っていたし、飼い主に似るのかなとか考えてしまう。

 おかしいな、まだ十数日しか主従関係を結んでないはずなのに、何でこんなに似るのだろうか? あるいは、元から似ていたからかもしれないが。やめさせるべきなのか、それとも彼女の自由にすべきかで悩んでしまう。


「今度アルバートと俺で、五人対五人での指揮能力対決をする事になって、それで俺が指揮する奴等のトレーニングも兼ねて、学園の外壁が大体どれくらいの距離有るのかを計算してるところ」

「それに意味が有るのかしら?」

「距離が分かるという事は、数を重ねるか速度を競うかが出来る。長い距離を走らせればそのまま長い時間激しい行動が出来るという事だし、早く走らせればそれだけ強い負荷に耐えられる身体が出来るという事にもなる。それぞれ違う特徴が出るけどね」

「ふ~ん?」

「――カティアは鍛えるとか、そう言うの興味はなさ気か」

「汗水垂らして頑張るとか、そう言う趣味はありませんの」

「まあ、お前は既に強いもんなあ……っと、これで二キロか」


 二つ目のキロヘアピンを上にずらし、九つのヘアピンを下げた。しかし、学園外周は思ったよりも距離が有る。大体一週で四キロくらいだろうか? 知ってる早い人なら十分位で走ってしまうかもしれない、三千走で九分を割る程の人は、それこそ富士登山駅伝に毎回出ているような歴戦の猛者だったりもする。俺にはとてもじゃないけど砂利道とアップダウンの激しい、しかも酸素濃度の低い場所で五キロだ六キロだと走る気力はサラサラ無い。


「あら、貴方だって強い筈でしょう? だって、そう言う風にして貰ったと聞いたはずだけど」

「それでも何もしなけりゃ鈍るだろうし、下手すりゃデブる。俺だって嫌だし、お前も嫌だろ? 俺が『なにもしたくね~』とか言って食っちゃ寝しまくった挙句デブったら」

「まあ、前の貴方よりは今の方が魅力的だと思うけれども――」

「それに、この前のモンスターの襲撃で分かった。怠けてたら、死ぬしかないって。だから俺は地道にやるよ、面倒だけど」


 さて、体力検定の一級基準はどれくらいだったかな……。腕立て八十、腹筋八十二、三千を十分と……大体三十秒くらいまでだったかな? それと走り幅跳びで五百三十以上飛べてれば良かったはずだし、ボール投げが六十で、懸垂が……十七だったか十八だったか――それくらい出来ていればとりあえず”一級”だったと思う。

 甲冑を身にまとう必要が無いので負担は少ないだろうが、それでも俺で言うなら弾倉を弾嚢に入れて腰ベルト――弾帯につけてるし、更に水筒や携帯エンピなどをつけているから重量はそこまで気にならないが、昔の人に比べれば装備の軽量化はされていると思う。ビバ、科学。科学の力は扱い方によっては万人を救い、万人を殺すという言葉は事実だったと俺は思う。


「それに、ほら。都合良く休みに入ったし、その間にほんの少しだけ他の人より動けて、ほんの少しだけ他の人より魔法を使えて、ほんの少し他の人よりも戦えたほうが良いじゃないかな」

「その”ほんの少し”と言うのがどれくらいなのかは分からないけど、たぶん貴方の言う少しってここの生徒たちからしてみたら少しじゃないんじゃないかもね」

「ま、だろうな。普通の人より強くて、二人とも魔法に関してはズルいくらい恩恵受けてるし。必要なのは知識と経験って――前言ったっけ?」

「言ってたわね」

「じゃ、それで行こう……。それにしても、無断で戦いに参加させるって言ったのに、良く怒らなかったな。俺はまた蹴りまわされるかと身構えたけど」


 あの時、アルバートには咄嗟に「カティア入れるわ」と言ってしまったが、本人の承諾は一切無かった。なので俺はカティアに蹴り飛ばされるかな、下手すりゃ窓や井戸から落下する事も想定して身構えていたのだが「あら、良いわよ」という言葉であっさり受け入れられてしまった。

 歯を食いしばり、片足だけは後ろで踏みとどまるように構えていた俺は一瞬で気が緩むのを感じた。このお猫様は非常に気まぐれなのか、あるいは掴み所が分からない。


「だって、役に立てるって事でしょう?」

「まあ、そう、だな」

「私は貴方の使い魔。前は役に立てなかったけど、これからは絶対に貴方を支えてみせるから」

「――程ほどにな」


 俺がそう言うとカティアが小さく唸ったように聞こえた。数を忘れぬようにしながら、カティアのほうを見る。そこに居る彼女は、幾らか憎らしげにしていた。


「私は、誰かの影なんかじゃないの。役立たずなんかじゃ、無い」

「誰かに――というか、猫のときにそう言われたのか?」

「……ええ、そうね。だからお願い、役に立たせて」


 ――珍しく焦燥感というか、強気ではないカティアを見た気がする。さあ、どうする? ここで俺はカティアになんて応えてやれば良い?

 優しい嘘で彼女を肯定してやるふりをするのか、厳しくとも彼女の為に否定してやるのか。或いは、自分のやり方を変えていくかだ。俺は――正直な話、拳銃や突撃銃といった使い慣れた武器の方が一番信用できる。だからこそ、俺は前回失敗した。だからこそ、前回俺は死んだ。じゃあどうすべきか? 一歩踏み出してみようじゃないか、なあ。


「――もし、俺が鍛えろと言われたらやってくれるのか?」

「貴方が一緒なら」

「なら問題ない。俺も身体を鍛えたいから、一緒にやるとしよう。

 さて、距離計測の続きをしながら話をしよう。俺はミナセとヒュウガの二人、あと一人はまだ未定だけど、そいつとカティアを含めて四人に指示出ししながら、俺が討ち取られないままにアルバートを討ち取るようにしなきゃならない。

 で、その為に俺はあらゆる状況を考え、あらゆる対策を立てて、その中で四人が出来そうな作戦を導き出し、対策や行動を全て叩き込み、一通りの訓練をさせてから役割を決め込んで戦いに挑む」

「そう聞くと、まるで本当の戦いみたいね」

「本当の戦いだろ。ここで出来ない事が何で実際の命のやり取りで出来ると思うよ、お兄さんに言ってごらん?」

「お兄さんって歳じゃない癖に」


 それを言われて、俺は頭の中が一瞬真っ白になった。そうだ、俺は肉体こそ若くとも、実際はお兄さんと言われるよりもおじちゃんと言われるような年齢をしていたのだった……。けれども、そうか……歳か…。


「あら、歳の事で傷つくの? 以外ね」

「傷つくというか。精神年齢と実年齢が比例してないってのは、悲劇なんだなと思いながらも自分が同じになってたことにちょっと愕然としてね……。年齢を重ねてれば勝手に敬われるだろうと好き勝手にしてる年配者を思い出して、うわあって」

「十分好き勝手してると思うのだけど」

「それは、否定できなくて、だな……」


 そう言ってなよなよと気概が崩れていくのを感じた。なんというか、直視したくなかった現実を思い知らされたというか、ちょっと前に「可愛い子沢山居るし、フラグ王が傍に居るけどワンチャンあるよな?」とか思っていた自分が情けなくなってしまった。

 しかし、そんな俺の背中をポンと叩くカティア。これ以上の死体蹴りは止めて欲しいと思うのだが、彼女はクスリと微笑んだだけだ。


「ま、考え無しのご主人様じゃなくて、考えた上で好き勝手してくれてるからまだ良いご主人様だとは思うわよ。そう言う意味では、若すぎなくて良かったと思う」

「……そう言うものかねえ」

「ええ、そう。ただの考え無しの好き勝手なら、それはウザいだけじゃない?」

「俺はそうじゃない、と」

「今のところは、そうね。貴方は押し付けるだけじゃなくて、その為の手段や方法まで考えようとしてる。ただやる事を指示するんじゃなくて、その為の方法や向き不向きも考えようとしてる。

 そう言う意味では、私はアタリだったかもしれないかしら。ただ、頼って欲しいし、使って欲しいのだけど、ね」

「まあ、それは追々と言う事で……」


 実際、今の彼女に頼ったり出来る事なんて限られている。それこそ”有事に備え、自学研鑽に努めてもらいたい”としか言えないのである。実際、今の彼女に「俺が集中的に狙われてるから側面に回って敵に圧をかけてくれ!」というような状況でもないし「弾が足りない、余裕の有る奴が居ないか聞いて回ってくれ!」と叫ぶような場面でもない。

 そもそも、戦い方のスタイルが違うので『戦闘訓練』という練度向上を狙いたくとも俺にはダンスのような戦いは全く指導できないし、逆に彼女も俺が武装解除術や武器強奪戦闘だのといった技術、体崩し等の相手を崩し地面に引き倒す技を指導してもらう事だって出来ない。せいぜいが”本気でやりあった場合に反応できるか、思考がどこまで働くか”を鍛える事しかできないのである。

 まあ、最初から面倒を見ていたらバトルスタイルを似通わせられただろうし、収集癖についても早く気付けただろうし――前回、俺が死ぬ結果も避けられたかもしれないのだが。たぶん、どこかで自分はまだ彼女を”仲間”と思えてないのかもしれない。それこそ、庇護する”一般人”として、見ているのだろう。自衛隊の気分が、幾らか抜けきってないのかも知れないが。


「ねえ、ついて来てる人が居るんだけど。無視したままで良いのかしら?」

「会話してるみたいだし、別に俺達の後をつけてるつもりは無いんじゃないか?

 ただ外壁沿いに距離を測ってる俺を付回して何の得が有るんだよ」

「けど、一人はあの黒い羽の子みたいだけれど」

「そりゃ事件だな。闘技場でミナセを痛めつけると直ぐに魔法で吹き飛ばしてくれるし、もしかしたら報復か、或いは脅迫しに来たのかもしれない。で、もう一人は?」

「貴方をパニックして襲った、モヤシな男の人」

「マルコが? こりゃ、ちょっと展開が予想できないなあ……」


 少なくともマルコが俺を目の仇にしていたとしても、魔法と俺の使う”銃”という飛び道具のどちらが優れているかは分かっているはず。奇襲なのか不意打ちなのか、或いは共闘で俺を狙ってるのかも知れない。そうでもしない限り、二人の共通した俺に繋がる事柄が見つからないからだ。


「――あともうちょい進めば一周だし、それまでに何かしら行動があったらそれに対処しよう。それまでは放置で」

「あら、意地の悪いこと」

「藪を突いて蛇を出す必要は無いと思うんだよなあ。それに、どうせ面倒だと思う」

「何故そうだと思うのかしら?」

「だって、俺はあちらさんを知ってると思えるほど仲が良い訳でもないし、むしろ嫌われてると思える材料の方が多い」

「そう」


 そして二人を気付きながらも決して見る事無く。距離は詰めさせず、かといって離れすぎずにそのまま一周を果たそうとする。三キロ、四キロと計算して、目印のように立てて突き刺した携帯エンピでゴールしたらだいたい四キロだという事にした。もし本気で精査した距離を図りたいのなら、それこそ靴のサイズで踵とつま先を合わせながらぐるりと一周するしかない、それ以外の方法は知らないのだから仕方が無い。


「で、このぐるっと回った一周で四キロ――だったかしら。四キロってどれくらい?」

「俺が――現役だった頃に走ってた距離は三キロなんだけど、四なら十一分から十二分前後なら十分良いんじゃないかな。体力が無いうちは完走させることが目的になるだろうけど」

「――魔法は使わないのよね」

「使ったら意味が無いんで素の能力で走ってください」


 そこまで言って、んじゃテストランでもしてみようかなと思った。素人がいきなり走ると関節を痛めやすいので、ミナセ達に走らせる前にまずナップサックマーチでもさせてみようか。となると必要なのは大容量バッグ――背嚢が要るんだけど、重力を操作する魔法が有るかもしれないので探してみるとしよう。


「それじゃあカティア、早速なんだけど頼まれてくれるか」

「なにかしら」

「あぁ、えっと。尻尾と耳をまずしまってから、落ち着いて聞く事」

「私は落ち着いてるわ」


 なんか、こう。お預けをしまくったペットのようにメチャクチャ喜ばれても困る。それだけ俺の役に立ちたいのかなとか思わないでもないが、それが彼女の存在意義だからと言ってしまえばそれで終わりだろう。


「えっと、ミラノとかアリアに背負えるような鞄は無いか聞いてみて、もし無ければ買いに行きたい事を伝えてくれるか?」

「鞄? 聞くのは良いけど、そのお金は有るのかしら? 誰が出すのよって言われたらおしまいだけれど」

「ちょっと待ってろ……。『ストレージ』」


 そう言って、自分の視界にしか見えないウィンドウを出現させる。そして何時もはストレージ内部に保管されている品々の中から貨幣を選び、前に戦闘の最中聞いた”プラチナ”のコインを十枚ほど彼女に手渡した。百ブロンズコインが一シルバーコインと同じ価値になる、百シルバーで一ゴールドコインと同じ価値になる、千ゴールドコインでプラチナコインになるので――単純に金額計算をしたら一千万くらいの価値になるはず。そしてメイフェンの給料が四プラチナであって、その半分は魔法関係で消えてるというのも覚えている。

 カティアはプラチナコインを受け取った、たぶん彼女もお金に関してあまり理解が無いのだろう。指でつまんで一枚二枚と数えて、正確な枚数を把握した所で握り締めた。


「その金を見せて、支払いは自分でするから許可だけ頼んできて欲しい」

「じゃあ、許可が出るように祈ってなさい」

「あぁ、そうだな」


 カティアはそう言うと背中を向けて歩き出し、その速度が徐々に増していって最終的には駆け出してしまった。なにが彼女をそこまでさせるのだろうか、しかも転んだぞカティア……。

 コインをばら撒いてしまったのだろうか、きょろきょろと周囲を見回している。そして慌てて探し、その枚数を数えて遠目でも分かるくらいに安堵していた。しかし、プラチナコインの価値が分かった所で、ミラノやアルバート等の学生や、その親がどれくらいの金を動かせて、手に入れられるのかを知らないから、もしかすると十枚も渡したのは愚策だったかも知れない。

 カティアの姿が見えなくなるのを見届けてから、俺は付回してきた二人へと接触する。彼女が居る状態で話がこじれれば、被害が大きくなるのは目に見えているし、下手な事を言うとカティアを失望させかねないからだ。だから、結局誰かの為でありながらも自分の為という――半分の目論見で俺は行動していた。


「で、俺の後をつけ――って、何で疲れ果ててるんだよ、マルコ」

「はぁ、はぁ……。なんで、こんな長い時間、歩いて……」

「だって、距離計測の為に一周してたんだから、そりゃ歩くだろ」

「――ぼっ、僕の用事は後回しで良い!」


 そう言ってマルコは地面にどさりと座り込んだ、そう言う行動って特別階級的に見栄えがどうとか、みっともないからとかそう言う話にはならないのだろうか? そんな事を考えたりもしたが、そもそも多国籍で習慣や思考が違う人が居るのであんまり気にしなくても良いんじゃないかなと思えてきた。


「それで、えっと――」

「レムはレムよ」


 あ、一人称が自分の名前な子が来た。小学生の頃、日本に来た時に居たっけ? そう言う子。だいたい二文字くらいの名前の女の子だったかな、自分のことを名前で言うってのは。さすがにその後会ったりもしなかったので成長してもそのままだったのかまでは知らない、

 まあ、そんなことはどうでも良い。前にヒュウガやミナセと食事をしていた時に名前はぼんやりと聞いていたが、知らなかったことにして置いた方が何かと良いだろう。世の中には初対面なのに名前だけでも知られているという事実が嫌だという種類のヒトも居る、ミナセ関連で嫌われる可能性が高い俺には尚更そう言った可能性は有るだろう。


「それで、二人して付回して何用でしょうかね? まさかだけど、死んだはずの人間が生きてるのは自然の摂理に反するとかそう言うお言葉ですかね?」

「別に、そう言う話じゃないし。ただ、リョーを虐めないでって言いに来ただけ」

「虐め、ねえ」


 俺はその発言を白けた気持ちで聞いていた。そしてミナセが居る練習光景を思い出し、教育の一環として痛い目を見た彼の表情が、それでも辛さや苦しげに染まっていたかどうかを思い出す。

 しかし、残念ながら前までならミナセは痛い目にあったら暫くは引きずっていたが、最近ではそんな表情を見た記憶がない。


「あなたがリョーをああやって鍛えなくても、私達が守るから」

「それはミナセの意志なのか?」

「違うけど」

「なら、俺もやめる気は無いかな。それ以前に、複数名の人物が俺が戦いに関して色々とやってるのを正負含めて求められてるから止める訳にもいかない」

「それも分かってるけど、別にミナセまで強くならなくて良いじゃない」

「その言葉、ミナセや先日の襲撃で親しき者を亡くした人の前でも言えるか?

 もしお前が――」

「レムって言いなさい」

「――レムがだ。仙人の如く隔絶された場所で質素に暮らし、東で病気の子供が居たなら行って看病し、西に稲作業で疲れた母親が居れば代わって稲の束を背負い、南で死にそうな人がいたなら恐れなくても良いと傍で言い聞かせてやり、北で争いがあればつまらないから止めろといって仲裁し――

 まあ、細かいのは長いから投げるけど。私欲無く、誰彼構わずに助け、救えると言うのならミナセに戦い方を教えるのを止めてやっても良い」

「何よそれ、出来るわけ無い」

「なら、諦めろ。お前が言ってるのは”生きようと努力している人に生きたまま死んだ人形になれ”と言うのに等しい。お前の言う事は、理想論だ。何か理由があって一緒に居られない時だって有る、想定外の出来事で離れ離れになることだってある。俺がしているのは、そう言う事態に陥ったとしても無謀な事をせず、かといって混乱してしまわない程度に落ち着きを与え、逃げられる程度の力と、抵抗できる能力を与える為でも有る。

 レムやもう一人の白い羽の子が居なければミナセが何も出来ず、逃げる力も抵抗する手段も無いまま死ねと言うのか」


 語っている内に熱が入り、自分の顔が怒りなのかそれとも語っている自分に対する羞恥心でか熱くなるのが分かる。けれども、俺が言っている事は決して間違ってない。そんな思い上がりで何かを、誰かを、多くを、全てを守れる訳が無い。ただ、俺の場合は自分の事を勘定に入れてないだけであって――前回は、そう言う意味では目的・目標を達成してる分勝っている。

 そして、ミナセがやる気を出したというのに、冷や水を浴びせかけて泥をかけるようなその行為に我慢がならなかったのもある。人が努力してるのに「私がやるから」とその努力を無意味にする? なんだそれ、どれだけ馬鹿にしているんだ……。


「……俺は、俺が居ない間に死んで欲しくないから教えるんだ。お前は――何を考えてるかは知らないが、自分の欲望や目的の為でしかない。守る? ミナセを? 笑わせるな。この手が届く範囲ですら、視界の範囲ですら人を守るのは難しいんだぞ。それもでもお前は、お前らは――失えば失うほどそれを責め立てる、最初から手遅れであったとしても理屈じゃなく感情でな。

 それを防ぐ為にやってるのに、何でそれすら反対するんだ? おかしいだろ」

「おっ……かしく、ない」

「そうか。ならお前とはやり方の違う、ミナセたちを想ってやっている今の戦闘訓練は認可されるよな? これは傷つける為でも、死に向かわせるためのものでもない。生きて欲しいから教えるんだ、また何かあっても後でお互いに『よく無事だったな』と乾杯したいから教えるんだ。

 だから、レムから見たら痛めつけて、虐めてるだけに見えるかもしれないし、嫌われるのは分かってる。けれども、俺だって真剣にやってるんだ、下手な真似をして怪我や死なれる方が嫌なんだ。だから真面目にやってて、その結果痛い思いをしてる」

「――……、」

「学園の中で、あの日の恐怖を知ってる者は俺のやり方を笑ったりはしない。戦い方を知るというのは、痛みを知るということだ。痛みを知った奴はその力を他人に振るえばどれくらいの痛みをもたらすか理解できる、そして自分が同じようにやられたら辛いかを理解することも出来る。

 もし俺が教えた技術を遊び半分でやる奴が居たら、ソイツは足腰立たなくなるまで”発散”させてやる。それくらい慎重にやってるんだよ、理解してくれないか?」


 最低だとは思う。勝手に熱を上げて訳の分からない事をまくし立て、話が右へ左へどこかへすっ飛んで無理に着陸させた。当然、一方的にこちらも正しいように見せかけて彼女の言い分を全く受容していない。これが交渉などであれば破談だろうし、そうでなくとも「こちらの話を聞いてくれなかった」と言う事で平行線を辿って拗れることだって有る。

 だから、俺にはそれ以上は語れなかった。ただ彼女を見つめて、怒るのか、感情的に喚き散らされるのか、ビンタなどの危害行為に出るのか、それとも屈服目的の威嚇行為に出るのかをただ黙って考えた。


「まるで、兵士みたいな事を言うのね」

「まあ、数年程度やってたし――先の出来事では、幾らか人を助ける事ができた」

「あぁ、あの中で外から戻ってきた一人なんだ。けどね、あなたのその”素晴らしい考え”でリョーを犠牲にさせたくない」


 たぶん、話は平行線で終わるのだろう。俺は失いたくないが為に、様々な手段や思考を教え込む事でミナセを生かしたい。けれどもレムは”戦えると言う事で回避出来たであろうリスクに突っ込む”という事を認めたくないらしい。武装論と非武装論のようなものだ。見ている場所は同じなのに、その道は全く違う。違いすぎる――


「――平行線だな」

「平行線ね」

「じゃあ、話をやめるというのは? 俺をどうにかするより、ミナセの説得にかかった方が……たぶん、精神的疲労も嫌気も少なくて済むと思うけど」

「なにそれ、皮肉?」

「いや、事実。だって、俺はそっちの考えに今の所説得される材料が見当たらないし、そっちも俺の言葉で説得出来てないから様々なものが無駄になってる。

 もっとも、マルコの休憩時間にはなってるみたいだけど。ただ、ありがとう」


 俺がそう言うと、彼女は幾らか呆気に取られたようだった。そして何度かの瞬きの後、若干険しくしていた表情を更に険しくし、警戒とも取れる表情で口を開いた。


「――ありがとう? 意味が分からない」

「単純に自分とは違う考え、違う意見が聞けるというのは良いことだからねえ。じゃないと思考硬直を起こして、新しい考えや別の考え方って言うのが取り込めたり、発想として出す事ができなくなる。それに、君は――いや、レムは俺に対して攻撃や叩き伏せるわけじゃなく対話でそれを示してくれた。それだけで良いことだよ」

「……変な人」

「変な人、ね」


 そう言ってから、不思議な沈黙が漂ってきた。俺は既にそれ以上の関わる取っ掛かりも言葉も無い、そしてレムも何を言うべきか分からなくなっているようだ。たぶん、俺がここで何かを盾にして強弁をしていたのなら――それこそ彼女にとってはやり易かったのかもしれない。それこそ実力行使や、感情的に吐き散らかすとか、色々ある。けれども俺はそんな彼女の予想を裏切るように「そういう考えも有るんだな」と肯定してしまった。対立という敵対関係から意見交換という若干の重なりを見せたことで”相容れない存在”から”不可解な人”へと変わったのかもしれない。

 だから、もう一歩だけ――踏み込まなきゃいけない。それは説得でもあり、交渉でもあり、バランスゲームのようなものでも有る。生きていく中で敵は少ない方が良い、だから手を打つだけに過ぎない。


「――今度」

「なに?」

「今度は、歴史の話とか……色々、他の事で話が出来たら良いなって思うんだけど、どうかな」

「笑えないんだけど」

「マジもまじまじ、大真面目だって。つい最近――本当に、つい最近。俺はここに喚び出された。

 今はまだマシだけど、それでも何も分からないんだよ。知り合いも、庇護も、縋るべき知識も無い。

 だから、この出会いはただの不幸な出会いなんかじゃなくて、これからに繋げる何かになれば良いな~なんて……、欲張りかな?」

「――……、」

「俺は、まあ……戦うことしか能が無いから何を与えられるかって言われたら、それこそ誰かの為に戦うって事しか出来ない。それでも――もし、レムが自分の利益を考えるのなら、俺がレムの発言に頷くしかないようにするという考え方も有る」

「なにそれ、交渉?」

「考え方次第、かな。仲良くなると言うことはある時は損得を越えるし、レムの力の背景の上に与えた情報の価値や重さを付加して頷くしかないという方法に持ち込んでも良い。

 どんなやり方を選ぶかはレム次第だけど。俺は、まあ……親しくなる方が好みかな」


 そう言ってから顎に手をやり、存在しない髭を撫でる様に手を動かしていた。作戦行動中や災害派遣などの長期活動だと、水が希少だったり、そもそも髭をそる時間や余裕が無い場合も有る。だから常に身を清潔にし、髪は短く髭は必ず剃るという俺達でも無精髭が出ることは珍しくは無かった。

 つるつるの顎に一瞬だけ違和感を覚え、それからそうだったと思い出した。どうにも自分が若くなっている現状を受け入れ切れていない。それどころか、この前の騒動のおかげで国を守るために頑張っていた自分に幾らか戻りつつある。それは一般人じゃない、自衛官だ。それは良いことなのだろうか? いや、良いも悪いもない――マイナス(ニート)でなくなっているのであれば、それは須らくプラスだ。そのプラスが、どの方向を向いているかなんて考えるのは後で良い。


「まあ、嫌だって言われたら仕方ないけどね。もし”絶対にかかわりたくない”って思ったなら先に言ってくれると助かるかな。そうしたら不必要な接触は避けるようにするし、下手に同じ場所に居ないようにはするから」

「なんか卑屈ね。さっきまでの強気はどうしたの?」

「誰かの為にってやろうとしてる事に信念が有るからそこは強気じゃないとダメだろうけど、今の話は俺個人とレムのかかわり方の話だったろ? 確かにレムの魔法は凄いし、ミナセの傍に居るんだから親しくしておく事で何かしらのメリットはありそうだけれど――それは互いに火傷をしてまですることじゃないと思う。確かに、酷すぎる嫌悪はいつか小競り合いから大きな争いになるかもしれない。けど、改善できないのなら互いに触れ合わない事が最善だと思ったんだよ」

「なんか、色々考えてるんだ。戦いに拘る人って、みんな頭の中まで筋肉で出来てると思った」


 その時だけ、俺は彼女からマイナスの感情を排した素の表情が見れた気がする。一瞬だけ、その時ばかりは彼女を”女性として”見てしまった。それでも、直ぐに咳払いをして彼女を意識しないようにする。素の自分がおくびを出したりしたら、その首根っこを掴まれて失敗してしまいそうな気がするから。


「頭の中まで筋肉で出来てたら、俺はたぶんもうちょっと幸せだったかもなあ」

「どういう意味で?」

「悩みが少なそうって言う意味で」

「なにそれ。あはは」

「いやいや、冗談じゃないから。本当だって」

「あの、君たち。そろそろ僕の事を思い出して貰っても良いかな?」

「「あ」」


 若干雰囲気が良くなった所で、そういえばこいつが居たなとマルコの存在を思い出した。最初のムードからか幾らか恥ずかしくもあり、レムはコホンと咳払いをすると背を向けた。そして「――リョーの事では諦めないけど、話くらいなら良いから」と言って去っていった。背中に存在する二つの羽を広げ、空に浮いてそのまま緩やかに遠ざかっていった。

 そして俺は、先ほどの雰囲気であればもうちょっと氷解を進められたのではないかと思って溜め息を吐いた。というか、吐くしかなかった。


「な、なんだい。僕はただ――」

「――いや、もうちょっと態度を軟化させられるかなって思っただけだけど、それ以前に会話が限界だったから有る意味助かったかもしれない」


 ちと、自分の会話の限界も感じつつあった。現実での会話なんて久しぶりすぎて、どういう風に話せば冗長すぎず、短すぎずにするものなのかが分からなくなってる。もしかすると会話じゃなくて解説をしてるのかもしれない。

 自分としては理解してもらえるのならしてもらえたほうが良いが、そのためにあまりにも言葉をダラダラと吐き出してしまうのが問題なのかもしれない。少し会話もどうにかしよう、自分が部隊に居た時はこんなんじゃなかった筈だと遠い昔のような出来事を思い返そうとする。ただし、それはマルコとのやり取りが済んでからだが。


「それで、マルコは何の用?」

「フフフ……、お前はアルバート――様との戦いで手が足りてないだろう?

 一人はお前の使い魔だと聞いたけれども、後の二人はおちこぼれのミナセ・リョーとヒュウガ・タケルだろう? そこで、役に立てる僕が手助けしてやろうと言うんだ。どうだい、嬉しいだろう?」

「――……、」


 一瞬、コイツは何を言ってるのだろうと本気で考え込んでしまった。なぜなら俺の中でのマルコと言ったら”典型的な貴族のお坊ちゃん”である。アルバートのように武芸を磨くわけでもなく、それこそ魔法という存在と身分に胡坐をかいているようなイメージだ。アルバートはまだ良い、強くなるためであれば多少自分を曲げてくれる。けれども目の前のこの人物はそうしてくれるだろうか? 予想とも賭けとも言えるが、たぶんコイツは嫌がるだろう。そういう事を、やろうとしているのだから。


「俺、今回の事で部隊運営というのを同時に試してみたいんだ」

「へえ、それとない機会じゃあないか。やってみたら良い」

「ただ、アルバートと戦う日までにミナセとヒュウガにやらせようとしている訓練が有る。それをお前も放り出さずにやると言うのなら、別に構わないけど」

「――やろうとしてる事を、まず聞かせてもらおうか」

「俺がアルバートに教えた”腕立て”とか”腹筋”を含めた肉体強化訓練と、走ったり歩いたりする高負荷時行動の強化だ」

「ぐ、ぬ――ぅ」

「今俺がぐるりと回ったこの一周、これを走ったり歩いたりしてもらう。最初は遅くても良い、けれども毎日徐々に速度を求める。歩く時もただ歩かせたりなんかしない、重い荷物を背負って最大で一日の半分を休憩挟みながら歩いたりもしてもらう」


 そう言った瞬間、明らかな不満顔を見せた。まだ最後の一人を誰にするのか考えては居ないが、カティアは直接攻撃に参加させられないので魔法使い枠として使用する事になるだろう。そしてミナセとヒュウガは近接だから、あと一人でどういう部隊編成にするかで悩んでいる最中だ。

 とは言え、俺には交友関係的に声をかけて捕まえられる相手なんて限られているし、それこそ今までの優雅な生活とは一転した惨めったらしい事をするのでついて来てくれるとは思えなかった。

 一度は叫び倒すのかと、そして拒否や拒絶する言葉を吐き出して去っていくのかと思った。だが、その口は一度引き結ばれてから声を潜めてマルコはこちらを睨むようにして見つめてきた。


「――それは、お前がやって来た事なんだな?」

「俺がやって来た事だ。少なくとも全て意味を説明しろと言われたら、何でそんな事をするのか説明できる。それに、無駄は一切無い。ただ――訓練のやり方とかは俺の居た世界の文化や文明に合わさってるから、もし受け入れられないなら……」

「叩きのめすって言うのか?」

「いや、はっきりと『無理』って言ってくれ。やりたいと言ってくれるのは確かに嬉しい。けど、無理強いはしたくない」

「それは何故だ?」

「――俺の居た所では、そうだったんだ。九十日の基礎訓練、九十日の部隊訓練を含めた百八十日で最低限の兵士に鍛え上げる期間が有る、けれども『志願制』だから辞めたい時は誰でも辞められる。仲間に、味方に背中から攻撃されたり、いざという時に算段に含めていたら居なくなられていたという事のほうが痛いんだよ」

「ふん、そんなの理想でしかない」

「そうか? まあ、そうなんだろうな。けど、無理やり徴用されたり、血筋や家系でしか構成されない上層部とは無縁な――実力と能力で全てが構成されたあのやり方を、通用するか試してみたいんだ」

「――ふん、そうか。けど、試すという意味でも入るのはありだな」


 そう言ったマルコは、少なくとも足を踏み出してくれたようだ。けれども、半端な上に全てを過去として埋もれさせた俺にどこまで再現できるのかは分からない。それでも、やるしかないのだ。俺が何もしなくても世界や社会は回っていく。少なくとも死にたいとは思ってない、死にたくなければ生きる方法を探っていかなければならない、生きる方法を探すという事は試行錯誤の連発だ。


「それで、いつアルバート様と戦う予定で、いつから皆で訓練するんだい?」

「それはまだ決めてないけれども、たぶんアルバートも訓練とか色々したがるかもしれないから――短くても七日、長けりゃ十四から二十一日とか有るだろ。

 もしかすると休暇最終日に持ってくるかもしれないし、そうなると――」

「四十八日はあるか」

「一月は有るわけだな」

「”ひとつき”? 月が一巡した時と言うのが正式な表現だ。まあ、だけど――ツアル皇国の連中は同じように言っているみたいだけどな」


 一月って言わないのか、なるほど。ミナセやヒュウガの前では今の表現で伝わるけど、こちらの国ではダメらしい。また新しい事を知れたなと思いながら、少しだけ考え込む。

 さて、マルコがどれくらいやる気を見せてくれるかで期間を引き延ばして考えなきゃいけない。諦めてしまうのであれば長めにとって、あての無い面子探しに奔走しなければならないし、逆を言えば遠近で二名ずつの今のままなら最低限の訓練を積んで作戦勝ちを狙うという方向性も良いとおもう。

 ――となると、訓練の質を下げて肉体的な成長よりも精神面の強化を目指したほうが良いだろうか? マルコはミナセとヒュウガを見下しているきらいが有る、助け合いの精神というのと連帯感を強化していった方がやり易かったりはしないだろうか……。

 考えても仕方の無い事だ、それに話が終わったのかカティアが寮の方から姿を現してこちらへ駆けて来る。彼女に片手で応じると気付いたマルコが慌てた様子で一歩退いた。


「そ、それじゃ。今の話を忘れるなよ!」

「ん、何か有るのか?」

「僕は蹴られたくないからな!」


 カティア、どれだけ恐れられてるのだろうか。とは言え、冷静に考えて「魔物が溢れる街中から何名もの人を救い出し、一度は死に瀕しながらも神の寵愛にて生き返った」なんて馬鹿げた噂まで広まっている相手を、蹴り一つで吹き飛ばしていれば恐れられもするというものだろう。

 ――蹴られる、その事になれて居ないわけじゃない。けれども、やはりとりとめも無く、敵意も害意も悪意も無い蹴りに対して反応は兎にも角にもし辛いものだ。敵である、敵対者である、害意や悪意を持っていると分かっている相手には警戒をするだろうが、そうじゃない相手には身構えても居なければ警戒もしていないからこそ対処しづらいのだ。

 カティアはそれだけで若干不気味がられたが、実はアリアではなく自分の使い魔だという事をカミングアウトしてから、理解や納得とともに更なる恐れが入った。小さな体躯で自分よりも大きな男性の頭部に蹴りを入れる。その身体能力と威力などから「あの人物にしてあこの使い魔あり」と認識されたみたいだ。

 逃げ去るマルコと入れ替わるようにしてやってくるカティア、彼女が「買い物良いって!」等と昂揚した感じに言ってくるのに対し、俺はその頭を撫でてやることしか出来なかったが――彼女はそれでも満足そうだった。

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