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元自衛官、異世界に赴任する  作者: 旗本蔵屋敷
11章 元自衛官、内乱に加担する
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177話

 ヤクモが敵地侵入及び工作行為を行っている中、ゾルザルとプリドゥエン達のしている事は迂回からの横撃の為に”派手に、浸透した敵を排除し、情報の途絶”を行い続ける事だった。

 

「これでイミあんのかねぇ……」

「はい、勿論で御座いますとも。戦いを始めるとなった時、重視されるのは速度と人員と、物資と……情報で御座います。ゾルザル様は目隠しをして、魔物や賊が居るかもどうかも分からない中国を渡れますかな?」

「そりゃ、難しい話だな」

「ええ、魔物や賊ならまだマシでしょう。ですが、今回は”敵”として我々が居るのです。獣人族の方々は様々な手段で情報が得られますが、幸いな事に遠地であればあるほど飛行系に頼りきりになっているみたいです。なら、逆を言えば”飛ぶ鳥を落とす”という言葉で情報を容易く遮断し続ければ情報の届く範疇は狭まります」

「ダガ、それも接近するまでダロ?」

「ええ。ですが、その頃には情報が錯綜しだします。前にはエカシ様やトウカ様などの部隊が、後方ではご主人様が行っている撹乱行為が実を結んでおおよそ時を同じくして届くでしょう。締め付けていた情報入手の輪がそれに従って解放されれば、どうなると想います」

「……まあ、そこにいたナニカが居なくなったと考えるわナ」

「まあ、そういうわけです。今はここに何かが居ると思わせれば宜しい。けれども、ご主人様が到着された今、今度は徐々に隠れていかなければなりません。それと、痕跡と形跡も残さずに寒さと退屈を相手にしなければなりませんが」


 結局の所、彼らのしている事は最終的には単純だった。

 どこまでもヤクモを囮とするやり方だ。

 挑発し、文面で息子を人質のように扱い、怒り狂えば耳と目を塞ぐようにどこかで偵察が消える。

 それが薄まると同時に背後では好き勝手されている。

 正面の敵か、それとも背後の怨敵か。

 実際の敵と不明瞭な敵を前に、戦場と言う危険地帯に居ながら安全であった筈の都市をかき回されている。

 

 前面の敵を一気呵成に撃破出来るのであれば、取って返して後方を叩き潰せば良い。

 しかしだ、そこでゾルザルとプリドゥエンが時機を見て横合いから殴りつければ『与し易し』とはいかなくなる。

 エカシたちは悠々と陣地を選んで拠点を構築していられるが、現王はそうも行かない。

 怒り心頭で出立させたが為に準備はごたつき、兵士も檄でいくらか揺らいでいる。

 物資なども人間などとは違って短期決戦仕様である為に飲食や野営を加えると留まる事そのものが不利でしかない。

 そこに限って言えば、ツアル皇国への援軍として何度も赴いたエカシたちや、傭兵としてツアル皇国で一戦に混じっていたゾルザルは人間の手口を知っている。

 獣人の強さと共に、弱さも理解していた。


「しっかし、オッサンが居るとホントに楽だな」

「そうそう。あの浮いてるのを空に飛ばしているだけで遠隔地の偵察兵も気づくんですから」

「人間はまだまだ侮り難しということですかね」

「あぁ、いえ。まあ……魔法、みたいな物ですよ。ただ、私は正規の教育を受けておりませんので独自のやり方になりますが」

「「「へぇ~……」」」


 プリドゥエンは自分を褒めそやすような連中に、少しばかり恥らいながらも言葉を選ぶ。

 まさか自分自身がアンドロイドであり、今駆使しているのが元来の自分であったなどと説明が出来ないからだ。

 暇を見て学園に滞在中、書物を大いに読み漁ったものだからこそ、余計に慎重になっているのだ。

 

 幸いな事に獣人は魔法が使えず、魔法に関しても疎い。

 だからこそ魔法といえば文字通り『魔法』としか思えないのだ。

 それがたとえ、科学の進歩や結晶、非人道的な研究や金と死体の上に立っているものだとしても。


「しかしだ、問題がアル。必要だと思った分しか持ってきてネーし、もしもつれ込めバ餓えや渇きと戦う羽目になる」

「それなら心配は要りません。幾許かの飲食物を”魔法”で持ち運んでおりますから。ただ、あちらの偵察に使っているものが無ければ出して証明出来ませんが、必要とあらば景気づけも簡易的な寝所も出して見せますとも」

「オ!? そりゃありがてェ!」


 プリドゥエンの言うように、彼らは部隊間の調整を無線にて行い、少しずつ作戦行動を変えながらも夕方前にはその日の行動を終えることが出来た。

 勿論、先ほどの言葉が嘘偽りではない事を証明するかのようにプリドゥエンは酒や食べ物を転送して寄越す。

 必要があれば温かくして眠れるように寝袋なども取り出す。

 若干風邪っぴきになりかけた隊員が居れば、彼の様子を見ながら薬を飲ませる。

 そうやって、出来る限り万全の状態で、士気旺盛なままに事へと望もうとする。


「……すまねぇナ」

「何がでしょう?」

「何がって、預かった兵に良くしてくれてるダロ? オレだけだったら、とてもじゃネェが付いて来させるにも精一杯だったろうナ」

「いえいえ、こんなものは下士官程度の簡単な心得ですよ。私達は彼らを大事にしながら甘やかすことなく、けれども模範や見習うべき相手として振舞うというだけです」

「ソレが難しいってんだヨナァ……」


 まだ生身の人間だった頃、徴兵制に従い毎年訓練を受けてきたプリドゥエン。

 階級的にはヤクモの”営門三曹”よりは高いのだが、常備兵と予備役兵とでは差がある。

 試験を受け、教育の大半を終えて曹になる予定だった男。

 ソレに対して良好な成績を出しているからと昇任し続けただけの男とでは違いが出て当然である。

 

 それでも、暇を見つけてはネットワーク上に転がっている情報やデータを見て、彼なりに学んだつもりでもあった。

 勿論、身近に居る男の言動を録音・録画と見比べながら。

 

「普段ご主人様がやっている、傭兵団体の長の役割を軍事的に置き換えていけば近しいものになしますよ。自分が全ての責を負うものだと言う事を自覚し、己の言動が付き従う者の性質に関わるものだと深く理解する。彼らの事を良く理解し、良く管理し、纏ろう物事で様々な事を考え、準備を自他共に整える……と」

「ア~、そういう風に言われれば分かりやすいナ。確かに、薬草や飲食料の持ち合わせの確認、武具防具の状態確認とかやったっけナ」

「ええ、そういったものをもっと規律や規則のように、誰が同じ地位や役職についても出来るようにした。その恩恵を、ただただ餌を待つヒナのように受け取っただけで。いやはや、今となっては不足を感じております」

「アンタで不足とか言い出したら、もはやそれ以上は英雄のような”何でも屋”を頼るしかネ~な」

「まあ、そこらへんの話は教育や国のあり方、水準などを用いる事になりますが。ゾルザル様。もし……この戦いで勝利された場合、そう言った事を見直してみては如何でしょうか」

「アン? オレたちが勝ったところで、こんどはテュ……トウカが統治すンだろ」

「……だとしても、今ここに居るのはトウカさまではなくゾルザル様、貴方なのです。そして、これから先を考えるのならば、この話はしておいた方が良いと思いまして」

「この先?」

「勿論、今度はゾルザル様がご主人様の助けになってくれる事を願って、ですよ。今回とて、首を突っ込む必要は皆無でした。トウカ様の為だったとしても、あの場で大暴れする事を許可していただければツアル皇国へと逃れる事も出来ましたので」

「ハン。キョーダイがトウカを守る為にそうしたいっていったんだゼ?」

「だとしても、獣人族そのものの問題を解消すると考えれば、安すぎると思いませんか?」


 ゾルザルは、プリドゥエンに言われて黙る。

 彼自身ソレは理解していたのだ。

 国政も、政策も行わない父親。

 ただ人間が憎いからと宥和政策を否定し、排外政策を推進した。

 それだけならまだ理解もあった、人間は獣人族を”魔物の一種”のように認識しているからだ。

 暴行、誘拐、奴隷化、残虐行為への捌け口。

 それらを考えれば、父のやっている事に理解もある。

 だが、獣人族である自分たちの誇りを、個人的感情で踏み潰した。

 あの場には遠地からの観客も居る、自分の父が犯した失態は知れ渡ってしまっている。

 だから、ゾルザルとしては今回の一件は既に”始まっていた問題”として認識していた。

 ヤクモやトウカの件が無くとも、最終的には自分が父を討つなり追放しなければならないだろうと。

 ”そうでなければ、誇りすら喪う”と思って。


 ヤクモたちが逃げおおせていたのなら、自分は居残って父を追及する筆頭にならねばならないと考えていた。

 そうでなければ”民衆の主張”は、どこからも発せられないまま煮えたぎるからだ。

 蓋をしたままに物を煮込めばどうなるか? 薪が追加され続ければ? 火力が増えれば?

 吹き零れるだけならまだ良い。

 だが、鍋そのものが吹き飛んでしまう”圧力”を持ってしまったら、お終いなのだ。


 だから、ゾルザルは何も善意のみでヤクモ側に付いた訳ではない。

 早期に自分達が蜂起してしまえば、少なくとも鍋という名の国が吹き飛ぶ事は免れるから。


「……サァ、何のことだかわからネェな」

「では、ゾルザル様。お願いとも言えますが、誓って今回の一件を”貸し”としては頂けないでしょうか?」

「もう話はついてるってのにカ?」

「──……、」


 今度はプリドゥエンが黙り、ゾルザルはその沈黙を”立場の弱い人間の者の物”と思った。

 だが、そうではなかった。

 ”強者が圧力を発する為に、必要として行う沈黙”だと気づいて口笛を吹いてしまう。

 先ほどまでの柔和な笑みは既に消え、鋭利さと冷酷さを持った顔になっていたのだから。


「ご主人様は、行為には対価をと仰りました。確かに、お二人の間で話はついたでしょう。ですが、それは”到底足りない”物で御座います。なれば、それを知った私が少しでも睨みを利かせねばなりません」

「──まあ、それについちゃなにか思わんでもないがな」

「ならば、お願いします。ご主人様を後悔させないで下さい」

「……何かあったのか」


 そこに到って、ゾルザルは”英雄の転落劇”に考えが到った。

 ユニオン共和国が軍を起こした事から、芋づる式に調べ上げた先に居た人物。


 詩となって、民衆の間で一時話題になった。

 鬨の声として、学園に詰めていた連中の酒の肴になっていた。

 そんな男がヘルマン国に落ちぶれてやってくる。

 その変遷をゾルザルは知らない。


「……ご主人様が語らないのであれば、仕える私が語るのはおごがましいというものでしょう」

「チェッ、口が堅いな」

「それに、私とてその場には朦朧とした中で居合わせたに過ぎませんから」


 背後で幾らか酒を入れて楽しげにしている連中の声を聞きながら、二人はその輪からは外れている。

 プリドゥエンの分機は披見率の低下のために、焚き火の変わりと灯りになってくれていた。


「人は、己の行動や行為の結果を受け止めるのが常です。いえ……そうあって欲しいと、願っているだけなのかも知れませんが。少なくとも、悪い事をすれば子供であれば大人が叱り、大人であればしかるべき処罰や報いを受ける。善い事であれば褒められ、大人であれば賞与や賞賛されるべきなのです」

「ハッ、それが理想や夢だって分かってるか」

「ええ、理想や空想の類でしょう。けれども、ソレが実現できそうな相手が目の前に居るのなら、叩き付けずには居られないのでは。少なくとも、出来るかもしれない人物が居るのですから」

「──空手形って言うんだよ。或いはナ、実現できるかどうかも分からない約束って奴ダ。最悪全員くたばる、そうじゃなくとも命のやり取りにおいて全員が無事だなんてのはありえネェ。ダガ、酬いないだなんてことはしネェよ。オレ個人で出来ることだったら、出来る範疇で何でもするつもりダ」


 ゾルザルは当たり前のように言う。

 ヤクモの要求は関を自由に通れるようにして、今後ゾルザルの名の下に獣人がらみの襲撃が無いようにして欲しいというものだった。

 ソレは本当に”瑣末ごと”でしかない。

 ヤクモへの襲撃を仕掛けていたのはそもそもゾルザルが報復の為であり、今となってはそれは解消された問題であった。

 関を通るにしても、国をひっくり返すような戦いの成果としては軽すぎる。

 法外の行為を行うのかと思ったがそれも無く、関所を通る際に優先して通行できればそれで良いというだけのものだった。

 そんなものは、名前を貸し出せば解決してしまう。

 つまり、成功してしまった場合の報酬としては瑣末過ぎるのだ。

 

「……そのモノ言いだと。向こうで、ソレで失敗したんだナ」


 だからこそ、ゾルザルは正解に近づいた。

 ささやか過ぎる見返り、トウカの為に内紛へと首を突っ込むバカさ加減、仲間の為に己を差し出した愚直さ。

 喪失した自信、それでも仲間第一に考える思考、自分に降りかかる危険性を埒外にする危うさ。

 ゾルザルは半ば直感めいた物だったが、ソレに思い至ると少しずつ咀嚼できる材料が出てくる。

 英霊タケルとあったことがあり、共に戦線を支えた事もあれば使いッ走りのように役立ったこともある。

 強いにも拘らず増長せず、慢心せず、澄み渡るような笑みを湛えた男。


 ── どこかの誰かの為に ──

 ── 昔、心が折れそうになった時に仲間がそんな言葉を教えてくれた ──

 ── 自分のやる事なす事全てに目に見えた意味が生じるわけじゃない ──

 ── けれども、必ずどこかの誰かには影響を与えている ──

 ── それが例え自殺行為でも、例え埒外なバカに見えるような自殺行為でも ──

 ── それを信じられるなら、たとえ絶望的な状況でも踏み止まれるんだ ──

 ── 見返りなんか無くても、皆に馬鹿にされても、どれだけ傷つこうとも……ね ──


「マ、何があったのかは想像するしかネェが……。そうか──」

「誠実であろうとして、忠実であろうとして。本来なら首を突っ込む必要の無い問題に、皆の盾になるかのごとく突っ込んでいって……この様ですから」

「なるほどね。だから”因果応報”を欲するというわけか」

「確かにご主人様はどうしようもないくらいに愚かしく、バカで、愚直でありながら悩んでばかりの男です」

「オイ……」

「ですが、それでも他人を優先せずには居られない、人は斯くあるべきだという理想を感じずには居られないのです。たとえ他者から奪うのが楽だからと賊に身を窶す方が居ても、当たり前なように人が死んで行く世界だとしても」


 かつてのように法や道徳、国民の水準が高いわけでもナショナリズムが発達しているわけでもない。

 見つからなければ良い、捕まらなければ良い、死ななければ良い、殺されなければ良い。

 ギルドが自前で対傭兵相手の準警察部隊を編成するのも、結局の所”迷う人が居る”からだ。

 一時の欲に流されて、一時の感情に流されて、一時の猜疑心に流されて、一時の正義心に流されて。


 そうでなくとも、プリドゥエンの居た時代は既に資源枯渇や気象変動による末期時代だったのだ。

 多くの国が生き延びる為に他国を侵した。

 多くの人が生き延びる為に他人を犯した。

 人間性という言葉が霞んできた時代の中、アンドロイドとしてただただ世界遺産である施設を定められたように維持・管理し続けただけなのだから。


「誰かの為に真剣に考え、真剣に悩み、最善を尽くそうとする。そんな方が報われずに居る。これほど残酷な仕打ちが御座いますか? 守った相手に、守るべき相手に、尽くすべき相手に、身命を賭して困難な事をしたにも拘らず否定され、拒絶され、振り払われる。それほど惨いことも無いでしょう」

「──だな」

「だから、私はゾルザル様に頼んでいるのです。貴方様の出来る範囲で構いません。今回の一件を借りとして、ご主人様に酬いて下さい」


 今回の作戦も、結局の所ヤクモが多くを負担している。

 ソレを考えると、ゾルザルも揺れずには居られない。

 たとえ訓練を負かされても、たとえ地形把握の為に誰かを使ったとしても、たとえ物資の再確認の為に誰かを使ったとしても、たとえ憎しみを自分に向けるために過激なことをしたとしても。

 それらが必要で、それらを吸い上げてから判断しなおし、考え直し、修正や考え直し、作戦会議等を重ねたのは彼なのだから。


「わぁったよ。借りといてややる。ダガな、どうなるか分からネーし、どう酬いる事が出来るかなんて分からネーぞ?」

「ええ、それだけで構いませんとも。──今のお話、ご主人様にはご内密に頼めますでしょうか? 私がこんな事をしたと聞けば、無かった事にしようとするでしょうから」

「ア~、想像つくな」

「──さて、歓談は一時中断しましょう。どうやら偵察が来たようです」


 個人的な時間よりも優先されるのは組織的な時間。

 休憩中とは言え気を抜かず、ほんの僅かに滲ませた己をすぐに静めて”兵士”へと戻る。

 酒を飲んでいた他の者も、状況を察するとすぐに静まる。

 其々が構築した身を隠せる場所へと潜み、やり過ごす。


 排除をして存在を誇示する時間はとうに過ぎていた。

 今度は敵の目を掻い潜って浸透する時間だ。

 全ては、敵が猜疑心を生み、後方へと意識を逸らす為に。





 ~ ☆ ~


 神聖フランツ帝国での仕事が終わってからは、退屈な日々の繰り返しだった。

 ご主人サマが時折言い渡してくる指示に従いながらも、テキトーに理由をつけては休んでいる。

 

「チッ、もうねえや」


 空の酒瓶を床に放る。

 アルコールに沈んだ脳の中で、ほんの僅かにマトモな自分が警戒するように情報を羅列している。

 現在地、学園都市の急造した家屋の個室。

 状況、任務無しで休息中。

 体調状態、それなりに魔力も回復してきたが退屈で死にそう。

 個人的な事柄、学園都市の復興状況や民衆の状況を把握する事。


 とまあ、こんな事を思考整理してみた所で危険性も緊急性も無い。

 ヴィスコンティ国から急造の支援部隊が詰めてくれている上に、復興支援の為に物資や職の斡旋までしている。

 神聖フランツ帝国が”あの日以来”此方で貧困者や身寄りをなくした子供相手に活動をしている。

 孤児院の建設や炊き出し、優先順位が低い連中が身を寄せ合う仮の宿舎まで作っている。

 ユニオン共和国の連中も幾らか兵士を差し出している。

 扱いは傭兵みたいなものだが、その代わりに様々な支援を受けて国を立て直す為に頑張っている最中らしい。

 

 ……まあ、なんだ。

 あのバカが頑張った成果は、こういうところで生じているわけだ。

 ヘラを死なせずに救出した事で神聖フランツ帝国が閉鎖的ではなくなった。

 ユニオン共和国を独力で叩き潰し、その上公爵に歯向かい牙を抜かずに済むようにしたからこそ彼らも少しだけ反省しながらも国として力を貸してくれている。

 民衆って奴も、祭り上げられる”英雄”が居たおかげで、少しばかり鬱屈せずに済んだ。

 つまり、この都市はまだ死なずに済んだってワケだ。

 

 徐々に、徐々に4国の集う土地としての意味や意義を失いかけていたなかで、少しばかり取り戻したつながり。

 それがあのバカの成果だというのに、負け犬として出て行きやがった。


 ── 俺も……楽しかったよ ──


 あ~、やだやだ。

 他人の恋愛事情って奴は見ていて痒くなるばかりだ。

 マリーも無自覚だろうし、あのバカもまさかあれが告白だとは思っても居なかっただろう。

 まさか”これからも楽しい時も、辛い時も一緒に居よう”だなんてな。

 あの他人に触れれば触れるほどに臆病さが顔を出しそうになるからと、攻撃する事で安寧を得ていたお嬢サマが……ね。

 いや、ソレを言ったらヘラも同じか。

 アイツは”公平で公正に愛を注ぐ奴”だった。

 勿論背景には好きになりだしていた傭兵を、裏切りで失ったからというのも有るんだが。

 

 ヘラの奴は、何時か”自分を特別じゃない”と思う奴を待って居たんだろうさ。

 聖女のように思われ、万民が彼女を尊敬し崇拝する。

 けれども、一皮向けばなんて事は無い。

 英霊や英雄じゃなく、ただの一人の女だと思われたかったってワケだ。

 

 ── だったら従え、後は……何とかする ──


 あの言葉は、今まで”何とかする側”だった分、重く響いたんだろうな。

 聖女として多くの人の為に”何とかする”のが当たり前だった。

 けれども、あの時から……”何とかしてもらう”という一個の人間に戻れたのだから。

 

 まあ、めでたいことだ。

 かつて仲間だった連中が、ただの人間として得られなかった幸せを今になって得られるようになっている。

 英雄や英霊から、ただの人間へと戻りだしている。

 そうでなければいけない、そうでなければならない。

 なぜなら”英雄足らんとすれば、全自動化されたシステムとなる”だけなのだから。

 人間としての英雄でなければ、その内切り離された風船のように宙ぶらりんとなり、何時しか死ぬ。

 英雄であろうとし続けて、負担と無茶に飲まれてしまう。


 認めなけりゃならない筈なんだ、かつての頃とは違うと。

 大勢の仲間が居たが、その仲間に付き従う兵士連中が居たからこそ成り立っていた。

 だが、今のオレたちにゃ付き従う兵士は居ねえ。

 それでも個人で何とかしようとするのは、元貴族だからこその愚かさと愚直さ。

 英霊となったからこその責任も相まって、死が近い。

 そこらへんでいくと、タケルくらいか……見極められるのは。

 退ける時に退き、負けを負けと認められる。

 アイアスはダメだ、アイツぁ殿に率先してなりたがる。

 そうするとロビンもくっついちまって、結局死亡率が高くなっちまう。


「はぁ……もっと人間連中も危機もってくんねぇかねえ? 仮にも英霊が洗脳受けて、国の首都丸ごと陥落してたってのに」


 オレのご主人サマが考えている事は別として。

 ご主人サマとは別に、オレにだって思惑はある。

 マリーやタケルがそうであるように、あまりにも愚直すぎるし、率直過ぎる。

 英霊だから、英雄だから、そうあるべきだからで思考が固まっちまってる。

 だからヴィスコンティで軍事演習が起きた時のように、兵士との連携なんてどこにも無い。

 英霊は英霊として運用され、兵士は兵士として運用される。

 そんなの、戦争や戦いの姿ではない。

 

 なら、人間連中が危機感を抱くにはどうすればよいか? 

 簡単だ、英霊が絶対じゃなくなれば良い。

 英霊が元仲間にボコられる、なんなら一人や二人は消えてもらって構わない。

 そうすりゃ、人間連中も自分達がゆりかごの中の赤子ではいられないと気づく筈だ。

 そうでないのなら、人類は滅ぶしかない。

 いや、違うな。

 そんな人類は滅べば良い。

 一万でも十万でも百万でも一千万でも死ねば良い。

 その結果、選別された少数派が”マトモ”になる。

 

 まあ、そこまでうまくいく訳が無いか。

 途中で英霊連中も気づいて団結するだろうしな。

 その時になって誰か一人にでもマトモにやり合って勝てそうな奴はいるか……。

 居ないか。

 だまし討ち、詐術、奇襲、伏撃、釣り──。

 真っ当な英雄連中が使わないような汚さくらいしか手札には無い。

 その手札は常に大富豪で革命が起こった状態でしか使えない貧弱さだ。

 つまり、革命に値するような状況が作れないのなら最弱の一手は使いようが無い。


「……酒、まだあったか? ッチ、また買いに行かなきゃな」


 めんどうくせぇと思いながら、外出する。

 金を落としてやらなきゃ復興支援にゃならないし、住んでいる以上は寄与しなきゃな。

 あ~、英雄って辛いわ~。


 適当に買い食いもしながら、再び部屋に戻る。

 最低限の調度品しかないが、居心地は良い。

 毎日定時で清掃してるし、何ならゴミ出しまでしている。

 ソレくらいしかやる事が無いと言えば終わりだが、見回した感じでも都市の中は幾らか活気が戻ってきている。

 勿論、以前と同じ……とはいかないだろうが。

 それでも、生きている以上は……前を向いて、一日を生きていかなきゃいけない。

 両親を失おうと、孤児院で学び育つしかない。

 妻や夫を亡くそうと、金は降って沸いてくるわけじゃない。

 家族を失おうと、笑えど泣けど腹は減る。

 ソレを365日繰り返せば……一つ歳をとる。

 

 価格統制を受けた林檎を齧りながら、そうやって立ち直りつつある人々を見た。

 羨ましいこった。

 オレたちには……味わう事の無いことだからな。

 いや、オレにとっては尚更か。

 誰かの代理品でしかないオレには、他の仲間以上に突き刺さったものがある。


「……娼館にでも行って見るか」


 まだ日が高い昼間ではああ言う商売は裏にまで行かないと行けないだろうが、安全性は低い。

 逆を言えば、夜間に大っぴらに客引きをしてくれている方がまだ安心できる。

 館を構えて、女性と客の為に誠実である。

 その事が互いに利益となる。


 まあ、それにだ……。

 旦那を失った連中にとって仕事といえばこんなものしかない。

 身体を売るか、出て行くか。

 暗黙の了解として、魔物の襲撃以降そういった娼婦は増えた。

 なぜなら、生きなければならないから。

 

 とはいえだ、こういった時に思ったようにならないのがオレの運の悪さって奴だ。

 ご主人サマからの通信が入ってくる。

 頭の中に響くその声に、煩わしさを隠せなかった。


「へ~い」


 応答すると、ご主人サマは新しい任務を付与してくる。

 それをテキトーに、酒を呷りながら流し聞きする。

 

「……まあ、魔力の供給は続いてるし、休ませて貰ってたからな。8割程度ってところだ」

「……状況は資料に纏めてるさ。後でそっちに送る。都市の状況も、各国の支援状況や通過していく連中の事も調べてある」

「英霊連中の事も適宜調べてある。幸いな事に英霊マリー、ヘラ、ロビンは一塊だからな。アイアス、タケル、ファムの事も調べてある」


 必要な情報を上げて、言うべきことを言い終える。

 そして、相手の言う事を暫く聞いていたが──。


「……なに? いや、おい!」


 叫ぶと、隣部屋から壁ドンがされる。

 だが、ご主人様はお構い無しに、一方的に命令をしてくる。

 その内容が何度も、何度も頭の中で木霊する。

 噛み締め、咀嚼し、飲み込んでから──。


 飲み掛けだったボトルを、そのまま壁にたたきつけた。

 騒がしい音が響き、ボトルが砕け散る。

 アルコール臭が広がり、壁がドンドンとやかましい。

 新しい命令があまりにもクソ過ぎて、ソレを受け入れるのに時間がかかる。

 けれども、抗えず、逆らえないから受け入れるしかないと判断すると新たに思考をめぐらせる。

 命令は命令だ、主従関係があるからこそそこは逆らえない。

 逆らえば、文字通りはなれながらも拷問じみた真似ができてしまう。

 それこそ、何もせずに爪の間に針を刺すような痛みを生じさせることも、何もせずに首を絞めて酸欠に陥らせる事も。

 

 なら、逆のことが出来る。

 命令の意図を理解し、要求を満たしながらも”曲解や湾曲を以って達成する”という事が出来るならオレの勝ちだ。

 ああ、オレの勝ちなんだ。

 マリーは死なずに済んだ。

 ヘラも一命を取り留めた。

 命令ではマリーを殺して目的を達成する筈だった。

 命令ではヘラが死のうとも目的が果たされる筈だった。

 だが、それらは『曲解と湾曲』によって、避ける事ができた。

 あそこで死んでも、効果的で効率的で、最大限の意味を持つ死にはならないから。

 

 ふらりと、再び部屋を出る。

 その足先は魔法学園だ。

 勿論、身元は平民ということに詐称されているオレには入りようが無い。

 納入や納品でもなければ、決して。

 だが、そうはならなかった。


「だから、学生や関係者以外は立ち入り禁止だ。それとも、誰かと会う予定でもあるのなら次善通達くらいあるはずだが」


 門で衛兵に止められている。

 南門の復旧も大分進んだようで、跳ね橋も既に新しい物へと代わっている。

 そんな事を調べていると、学園内から小さな子供がやってくる。


「やあやあ、ボクが呼び出したんだ」

「学園長!?」

「手続きを無視してしまうけど、良いかな? 本来ならキミたちに通達すべき事だったんだろうけど」

「いえ、大丈夫ですマスクウェル様!」

「そう? なら良かった」


 ……いや、本来なら南門の様子を見ているだけのつもりだったんだがな。

 けど、まさか来訪者と勘違いされて、勝手に詰問されるとは思わなかった。

 まあ、入る事は出来るんだが。


「さて、自己紹介からしようか。ボクはマスクウェル。英霊マスクウェルと呼ばれて、100年以上この学園を見守り続けてる」

「ご挨拶どうも。自分は……ヴァース。ただ散歩をしていただけなんだが、物珍しそうに学園を見ていたら来訪者と勘違いされてね」

「はは、そりゃ済まなかったね。けど、残念だよ。普段なら6学年千人程度の学生たちが居るんだけどね」

「そりゃ……さぞかし賑やかだろうさ」

「賑やかというよりかは煩い位なんだけどね。けど、今じゃそれが心地良いんだ」

「──……、」


 喧しさが心地よいと言われて、ソレを否定する事はできなかった。

 思い至る事柄があって、それは仲間達の騒がしさだったのだから。

 混ぜてもらえずとも、あの傍に常に居た。

 かつては喧しいとは思いもしたが、いつの間にかそれも当たり前になっていたのだ。

 作戦会議中の喧騒も、兵士たちの雑談も。

 その中には居なかったが、煩わしいと思う事は無かった。


「普段はもっと賑わってるんだ。朝は気だるそうに食堂に行く生徒たちが居て、それからは賑やかになる。授業ごとに教室が違うし、魔法の訓練や武芸の訓練をしているから賑やかさは時間に応じて代わる。疲れを隠せずとも楽しそうにしている生徒たちが休み時間のたびに行き交って、また授業を受けて……。昼や夕になれば食堂でまた楽しそうにしているよ。雪が降っても、暑くなってもそれだけは代わらない。顔ぶれが代わって、学年も代わって、時代が変わってもね」

「ふ~ん……」


 学園長に連れられて、学園の中を歩いていく。

 かつては防衛拠点として使われた場所も、今ではすっかり学園になっている。

 それでも城や城砦に思えないのは、人類がソレほどまでに数を減らしていたからに過ぎない。

 食堂も、ホールも、学園本舎も昔は弓や剣、槍や甲冑を装備した連中で溢れかえっていたというのに。

 

「さて、ようこそいらっしゃい! 学園長室だよ!!!」

「……さて、おかしいな。オレの記憶が確かなら学園長室は更に手前にあったと思うんだが」

「アレは”人間側”の学園長だよ。というか、ボクの代わりをしてくれてる人。ほら、背丈が低いから侮られるとダメダメでしょ? だから、色々考えたり決めたりはするけど、実際に表舞台に出るのはあっこの人。ボクはもっぱらここに居て、医務室に誰かが入ったら念のために見に行ったりする感じ~、みたいな~? だから、ここは招待されなければたどり着けないし、存在しない部屋なんだ」

「学園長が医務室行って良いのか……」

「まあ、色々な負傷者が居ると、教員だけじゃ技術的にも知識的にも賄いきれない事があるからね。そんな時こそ、ボクの出番さ。手足がモゲようと、骨が折れて臓腑に突き刺さろうともすぐさま治してみせる。今のところ、執刀成功率は10割!」

「そりゃ羨ましいこった。あの日……外に居りゃ更に多くが救えたろうな」


 魔物の襲撃があったあの日、多くの死傷者が出た。

 都市を囲う防壁を崩した地揺れからの火災や建物の崩落で亡くなった連中も多い。

 魔物がそれから侵攻し、殺された連中も多い。

 けれども、あえて言おうか。

 ”負傷しただけで助かった命”とやらもあっただろう。

 いや、実際にあった。

 手足の切断だけで済んだ連中も居る。

 傷口を圧迫止血するだけでも助かった奴も居る。

 脳挫傷などから復帰できず、血に溺れ死んだ奴も居る。

 火傷が、切り傷が、打撲が、毒が……命を蝕んだのもあった。

 だがこの学園長は、学園を座して出てくることはなかった。


「ボクの受け持つ領域は学園で、設立した学園の周囲に勝手に集った連中の事までは面倒見切れないよ。それに、あの日ボクは命からがら逃げ込んできた生徒や住み込み作業員、教職員や衛兵の相手をしていたんだから、それは”無茶な言いがかり”にすぎないかな」

「そうかい。ま、思っただけだよ」


 学園長が指を鳴らすと、部屋の中の物が大きく動く。

 椅子が勝手に動き出し、少しばかり浮くとオレの後ろについて座るのを待った。

 座ってやると、机の前にまで自動的に運ばれる。

 机の上には、指を鳴らすと同時に出現したお茶やお菓子で溢れていた。

 お茶は淹れたてのようだ。

 こういった事にゃ少々喧しいぞ? オレは。

 

 ……チクショウ、美味いな。


「さて、歓談はこれまでにしようか。何の目的でここにまで来たのかな? 英霊さん」

「ばれて~ら」

「そりゃそうさ。ボクは魔法に関しては天才ではないけど、様々な事柄を咀嚼して普及できるようにするのなら誰にも負けないよ。キミが主従関係を結んでいる従者だと言うのは見れば分かる」

「見れば分かる、ね……」

 

 しかし、なんでだろうな。

 別に学園に意図してやって来たわけじゃあ無い。

 ただ、なんとなく……。

 あの胸糞の悪い命令を聞いてから、無意識に足を運んだのがここだったと言うだけだ。

 

 ── 早く来なよ! ──

 ── 待ってってば! ──


 誰かの複製だとしても、元となった人間はここで生きていた。

 ここを愛し、ここを大事に思い、ここに執着していた。

 だから、オレもそれを引き継いでしまっただけの話でしかない。

 遠い日の、”オレではない俺”の記憶だ。


「目的なんて無いさ。ただ、ふらりとここに来たくなっただけなんでね」

「──そっか。まあ、そういう時もあるよ。何かあった時、逃げ込んだり……或いは、助けを求めて入った先とかね」

「おっと、メンタルヘルスの時間かな?」

「そういった事もやってるよ。なんてったって、学園長だからね。様々な生徒が悩み、迷い、惑い、考え、倒れるんだ。それを導くのが教師の務めって奴だよ」

「で、それが楽しいと」

「まあね。それに、こうやって人に触れてないと、ボク自身が”人間”を忘れちゃいそうだからね」


 学園長は、静かに座った。

 それからは、互いに何かを語るでもなく茶と菓子をしばく。

 珍しく雪は降っていない、ただ寒さが暖炉の暖かさとは別に皮膚の表面を撫でる。

 温かいお茶が腹に入って、徐々に首や手首まで暖まってくる。


「……それで、悩み事かな」


 ただ、最初に口火を切ったのはヤツだった。

 それは意外でもなんでもない。

 オレは、何も喋るつもりが無かったのだから。


「いんや? オレは悩まないことにしてるんでね。悩みとは無縁な人生さ」

「だろうね。キミはいつも”決めている”だけだもんね」

「分かった風に言うねえ?」

「そういう人も居るんだよ。悩んでから決める人も居れば、既に答えは出てるのに悩み続ける人とか。キミは後者だ」

「──……、」

「まあ、何を考えてるかは知らないけど。きっと、それはずっと遠い、はるか遠くにある理想を見据えてるんだろうね」

「遥か遠き理想郷、か」


 少しばかり間を置いてから、今度は自分から”雑談”を持ちかける。

 話題転換とも、ズラしともいえる。


「……何故学園は休校になったんだ」

「都市側の防壁がまだ修復が終わってない事、魔物にやられた兵士や衛兵の数が規定数に届いてない事。4カ国から集めている子供が軍事的に狙われたからこそ、安全の為に一度全てを見直す必要があること。それと……内部が、キナ臭くなったから全て放出する為」

「キナ臭い、ね。当ててやろうか? 貴族至上主義者が学園内でも根を張りかけていたからソレを引っぺがす為ってのと、獣人を一人ずっと給仕に使っていた事実を吐き出すためだろ?」

「わお、凄いね! 少なくとも緘口令は敷いてたはずなのに」

「それは”問いただしたり、訊ねたりした場合”の話だろ? 愚痴、独り言、雑談を盗み聞く分には抵触しないからな」

「……どうやら、間者に対する警戒も見直したほうが良いみたいだね」


 しかし、学園が休校になった理由がそんなもんか。

 目の前に存在した脅威もそうだが、獣人が傍にいたこともマイナスになるってのは……酷い話だ。

 さて、と。

 色々と訊ねては見たが、それはそれで既に確証のあるものだ。

 質問でもない、疑問の解消でもないただの雑談。


 最後にお菓子とお茶を流し込むように突っ込むと、席を立つ。


「……さて、失礼したな。今回世話になった分、殺すのは最後にしておいてやるよ」

「はは、仲間殺し……。いや、英雄殺しってキミだったのか」

「おや、どうやら有名人なようで」

「そりゃそうさ。英霊を殺そうと襲撃をかけた人が居れば嫌でも聞くし。……というか、マリーが散々愚痴ってたし。ただ、それが誰なのかまでは言ってなかったし、聞けなかったんだけど」


 なるほど、マリーがね。

 確かに、アイツは愚痴っぽい。

 独り身の生活が長すぎたというか、孤独が長すぎた弊害だな。

 独り言もおおいし、ボヤきもおおい。

 どこでも情報漏洩をかませるヤツだ。

 

「そうだねえ……。もし、意味があるとして、英霊を殺す必要が生じたのなら。ボクを最優先にしてくれないかな」

「そりゃ、殺せるものならねという挑発かな?」

「ううん、そういうつもりじゃないよ? ただ、システムが概ね完成してるのなら、ボクが下手に長生きしても意味が無いからね。マリーが居れば攻撃や妨害魔法は研究が進む、ヘラがいれば支援や回復、防御魔法は事足りる。アイアスが居れば用兵や人を率いる人物の心構えが。タケルが居れば、魔法を応用した武芸を。ファムが居れば、戦いの中の心構えや戦いの最中に考えるべきことを。ロビンが居れば、支援や援護の役割を受け持った中でなすべき事が」

「なるほど。つまり人類にとって用済みだから、率先して死にたいと」

「有り体に言えばね」


 そう言って、どう見ても童女のような学園長はオレを見る。

 数秒だけソレを見つめて、口を開きかける。


「ボクだけは、キミを理解してるつもりなんだけどね。その為にこの学園に居付いてると言っても過言じゃないのに」

「抜かせよ。オレは……そんなの知るか」

「──ボクが一方的に知ってるだけだからね。あぁ、そうそう。知ってるだけといえば、ヘルマン国での戦況とかどうかな? 大分フル稼働させて情報収集してるけど」

「情報精度は?」

「たぶん、キミと引けはとらないよ」


 再び指が鳴らされる。

 沢山の紙面が纏め上げられていて、ソレを無理やりに渡される。


「現場写真、映像、音声。何でもありだよ。さあ、ソレを持って出かけておいで」

「……見知らぬ相手に良くやるな。これが真実であり事実ならの話だが」

「うん、ボクもキミを知らないけど。これくらいはしたいんだよ」

「英霊だからか?」

「キミだからだよ」


 意味が分からない。

 少なくとも、英霊化したあの場面にこんな奴は居なかった。

 あるいは……詐称か、もしくは誰かが成りすましているのかと思ったが。

 こんな好意的なヤツを、オレは知らない。

 ──オレは?

 

「──おま」


 気づいた事がある。

 それは小さな可能性だ。

 思いつきでもあり、僅かな疑問だった。

 そもそもだ、この英霊召還のシステム事態が疑問だらけだ。

 人の手で歪められる事が叶うのなら、そもそも何でもありなのでは? と。

 ならば問うしかないのだが、それは叶わなかった──。


「ごめんね?」


 その一声を最後に、意識は塗り替えられた。





 ~ ☆ ~


「キミは誰にも会わなかった。今日も酒を浴びるように飲んで、部屋で”拾った資料”を読み漁っていた──はい、復唱」

「……オレは、誰にも会ってない。資料は……拾ったんだ」

「それじゃ、気をつけて帰るんだよ」


 虚ろな目をしたカレが部屋を出て行くのを見送って、窓からもちゃんと帰るのを見ておく。

 ふう、こんなもので良いかな。

 ボクとカレは会わないほうが良いし、なんならボクは他の英霊と会わないほうが良い。

 仲間でありながら、仲間じゃないという事が露呈してしまうから。

 

「辛いよねえ。ボクはこんなにも想ってるのに、世界レベルでぜぇんぶすれ違っちゃってるんだからさ」


 まあ、色々有るんだよ。

 例えばの話になっちゃうけどね。

 一つの選択が、誰かを救う事もあれば誰かを死なせる事にもなる。

 何かをしないことで救われる事もあれば、何かをすることで死なせる事もある。

 一つの戦いで、救援に向かった事で見捨てる事になる命もあれば、救われる命もある。

 ボクは彼らを知っている。

 けれども、カレらはボクを知らない。


 そういう、運命を過ごしたから。

 

「さて、やる事は沢山あるなあ、っと」


 指を鳴らしてお茶などを片付けると、今度は大量の資料と書類が机に出てくる。

 学園の改修に関する資料や、その為にどれくらいの人員が必要なのか。

 ソレを行う事で学業に支障が出るのか否か。

 都市への影響は? 他国への影響は?

 そもそも論、永世中立地帯だった学園都市の学園がいきなりかつての意義を取り戻しだしたらどうなるか。


「それまでになんとかしないとね」


 今のところは代理を立てることで何とかかわせてるけど、その内破綻するのは目に見えてる。

 それまでに身の引き方は考えておかないといけない。

 

「──あぁ、合図一つで殺してくれ~ってやっておけば良かったかな?」


 それでも、ボクが知っているキミだったらこう言うんだろうな。


 ── ケッ、ガキがいっちょ前な事言ってんなよ ──

 ── 汚れ役は、オレの仕事だ…… ──

 ── お前は、ただ前を向いてりゃ良いんだよ! ──


 ……時間と言うのはね、幹から細かく枝分かれしているものなんだ。

 あの時ああしていれば、あの時あんな事をしなければ。

 そんなものの積み重ねが、人の数だけ存在する。


 ああ、意味が分からない?

 なら、外伝≪元自衛官、舞台裏日報≫でも読んでみたら良いんじゃないかな。

 あるいは、シュタインズゲートが分かりやすいかな?

 物語に存在する本流とは”別の流れ”。

 例えば、”傭兵さん”が死ななかった世界。

 例えば、”銀髪の英雄”が誕生しなかった世界。

 例えば、”英雄殺し”が裏方にならずに済んだ世界。





 例えば”英雄が全滅した”中で、人類が滅びずに済んだ世界……とかね。

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