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元自衛官、異世界に赴任する  作者: 旗本蔵屋敷
11章 元自衛官、内乱に加担する
175/182

173話

 暫く経過し、それぞれが急ぎ出来ることを整えている中。

 ヤクモは、出来る限り纏め、知りえた情報を抱えてエカシとの話し合いをしている。

 

「しかし、それでは我らは敵中に飛び込み、包囲されるだけではないだろうか?」

「そこでゾルと一握りの者をこちらに、自分たちは先んじて出立して、日付と時間を見て──こちらで行動を起こします。エカシさんがトウカと一緒に敵部隊前面に布陣して、交戦するかどうかの時には……ゾルが側面から横撃を出来るように、自分は──そのまま浸透する”フリ”をします」


 エカシが蓄えていた情報や報告書の中には、かつて滞在した町や補給を受けた都市等での事柄も書かれている。

 つまり、糧食や武装や防具、矢に至るまでの事柄が書かれていた。

 輸送手段、運搬経路、搬出要領、おおよその集積量に至るまで。

 なぜこんなものを前王の部下が握っているのかと問われれば、歯牙にもかけなかったゾルの父親である現王の怠慢に尽きるのだが。


「浸透するフリ、とは?」

「そうですね。ゾルには直接的な危機を煽る役割を、自分たちは間接的な危機を相手に与えようかと。戦闘は行えば行うほど損耗は資源にも加わりますし、医療品や備蓄した物資、動く分の食事、破損したり破棄や紛失する防具武具に至るまで消費します。戦闘に直接関与するとうるさいでしょうし、自分らは裏方で何とかしようかなと」

「然様か……。だが、それはそれで負担が大きいのではないだろうか?」

「別に。これくらいなら、似たようなことをやった事があるので。ただ、ゾルとエカシさんがうまく連携できて、トウカが……変に暴走しないかだけが心配です。地形も、戦いの部隊も、日付も、時間も、その後に出来るいくつかの行動も想像しましたけど、そこが一番気がかりなんで」

「……あの倅か」

「正直、この国のこととかどうでもいいので、トウカとゾルの事を考えるのなら自分も……前線に加わりたいですけどね。けど、それをやったら、多分……後戻りできないんで、やめときます」


 ヤクモは出来るのならば、すべての力<チート>を叩きつけてでも早く終わらせたいと思った。

 だが、前線に出ることを考えるたびにミラノの事が頭をよぎる。

 どんなに頑張っても、どんなに苦しんでも、想いすらも否定される。

 それを思い出すと、今いる皆と同じ事を繰り返したくないと裏方へと逃げ込んだ。

 

 それだけでなく、力を振るえば振るうほど、活躍すれば活躍するほどに自分の望まない方向へと転がっていく事を理解したからだ。

 たとえ誰かのためであっても、たとえそれ以外は何の意図が無くとも。

 

「──ただ、裏方とは言っても出来る限りのことはしますよ。自分らが急がないと相手が混乱してくれないですし、軍隊みたいに”お前が遅れた分、他の奴が辛い思いをするんだぞ!”と連帯責任で腕立て伏せをさせられる──わけじゃ、ないですしね」

「まあ、言うまでも無いとは思ったが。理解はあるのだな」

「似たようなことは」


 時間厳守、決まりごとや教わったことを守る。

 そういったことで失敗し、誰かを失ったことは幸いにも無いと認識している。

 だからこそ、それを続けたいと。

 外見二十前後にしか見えない、異国の地にて英雄譚のように風聞を聞いている青年がそこまで熟しているのを、エカシは少しばかり眉をひそめた。

 だとしても、関わりが深いツアル皇国では同年代の若者は、それくらいの年代から武働きを持って成人に向けての”教育”を受けているので、それが異なこととは思わなかった。


「だが、本当にそんな事が出来るのだな?」

「ええ、はい。物を無限に出し入れできるので、それで”奪取”することが出来ます。その上で擬装した物を幾らか配置して焼くことで、敵の持っていた物資を丸々こちらのものに出来ます。相手を餓えさせて、その上で敵が身動きできなくなる頃合を見て逆に豪勢に兵たちを慰撫してあげてください。人間より強いとは言っても、腹も減れば疲れもする、眠くもなるし嫌気も差す……。殺傷とは直接的な戦闘でしかないので、相手方の兵士のやる気や心を挫く事が最大限勝利に近い一手になります」


 そう言うヤクモの目の下には、幾らか隈が蓄えられていた。

 なにもエカシとの話し合いはこれが初めてではなく、勉強の合間合間に話し合って行動指針を決めていた。

 その度に知識不足や情報不足、認識の甘さや考えの甘さを突きつけられ、それでも否定はされずに”再考”をさせられている。

 そうやって、何とかここまで来ている。

 エカシも、命を張るのなら少しでも良いほうへ。

 負けを減らし、せめて引き分けに。

 引き分けを減らし、少しでも勝ちを拾いに。

 勝ちを練磨し、それ以上の勝利へと願うのは自然な話であった。


「……成功、させられるのだな?」

「でなければ、トウカとゾルを死地に飛び込ませることになりますよね。それを避ける為に、今日までの日々と時間を費やさせて貰ったつもりですが」


 そう言ったヤクモの顔はすでに疲労にまみれている。

 頭脳派ではない男が、自分を転じる為に己を犠牲にした結果だ。

 

「まず、自分を信じて貰う為にもこれくらいはやって見せますって。じゃなきゃ、一番命を張る連中とうまくやれないですい……」

「その調子で、本当に大丈夫なのか?」

「移動中、ちょっと休みまふ……」


 エカシは幾らか心配はしたが、それでも仕方が無く受け入れるしかなかった。

 たとえ信用できるかどうかは別にしても、失敗しようが成功しようが相手の裏できな臭い動きが漂えばそれで良い。

 ──と、失敗まで仮定されているのだからもはやどうする事も出来ないのだ。

 

 数日後に備え、最後の確認だけでもせねばと、エカシは退出するヤクモを見送った。





 ~ ☆ ~


「おと~さん!」


 あぁ、突拍子もない夢を見ているなと……。

 そんな自覚はあった。


 結婚していないし、それどころか絶賛童貞暦を実年齢で更新中だというのに。

 眠っていると思えば、そんな夢を見ていた。

 少なくとも悪夢ではないなと身構えてはいないが、そもそも寝ている自覚がある時点で休めていない。

 ただ、その夢は馬鹿げた妄想と言うよりは、ありえた未来の一つなのかも知れない。

 以前見た”元の世界で生きて行く事を選んだ世界”の、地続きの世界だとなんとなく感じ取った。

 設定は、多分”自衛隊に再入隊した”と言う世界だろう。

 階級は二曹になっているあたり、願望が混じっている気もするが……。


『ただいま!』


 自分だけど、自分じゃない声が聞こえた。

 その男は、朗らかな笑顔で玄関先までかけて来た自分の子を抱き上げる。

 場所は……見覚えがあるので、多分営外宿舎だろう。

 父親が買ってそのまま遺産と化した一戸建てじゃ、流石に練馬駐屯地までは毎日辛すぎる。


 幼い……多分四歳になるかどうかの娘を片腕で抱き上げながら、靴を脱ぐと中へと入っていく。

 そこには、ちょうど調理中で、しかも指を切ったらしく「いたっ……」と、指を舐めているミラノがいた。


『大丈夫か?』

「あぁ、お帰りなさい。早かったわね」

『防災訓練はこんなもんだよ、っと』


 厨房で指を切ったミラノの指を手に取ると、慣れた手つきでそばに置かれている絆創膏を貼る。

 しかし、絆創膏が貼られる直前に傷口が癒えていくのを見た。

 多分……魔法を隠すために、カモフラージュしたのだろう。

 そりゃそうだ。

 現代に魔法はないし、そもそも使えるほうがおかしいのだから。


「ありがとう」

『どういたしまして、っと。ほら、貸してみ? 献立は……っと、なるほど』

「今日は私が作るハズだったのに……」

『まあまあ、そもそも向こうじゃ料理はしてもらう立場だったんだからさ、少しずつ……少しずつだよ』

「One by one≪少しずつ≫ね……ごめんなさい」

『良いって。今日も一日、おう家とちーちゃんを有難うございました』

「ました!」


 ちーちゃん……と言うらしい娘は、意味を分かってるのか分かってないのか、同じ言葉を繰り返した。

 ミラノはエプロンをはずして居間へと皿を並べに言ってくれる。

 ちーちゃんも同じように準備をしてくれて、自分はミラノが行っていた調理を引き継いで完成させる。


『ちーちゃん、今日も良い子にしてたか~?』

「してた! ママの手伝い、たくさんした!」

「アイロンかけた服を畳むの手伝ってくれたのよ。こんな小さい頃から確りしてて、ちょっと恐いわね」

『天才過ぎて?』

「良い子過ぎて。私が……小さかった頃、そんなこともした事無かったのに」

「ママ、お手伝いしなかったの?」

「え゛、う゛……ッ!? し、しなくて良かったのよ! 父さまの家には、えっと……たくさんの使用人がいたから!」

「しよ~にん?」

『お手伝いさんのことだよ』

「ママ、すご~い!」


 子供に羨望の眼差しを向けられるが、当の本人は少し口の端をひくつかせながら目を背ける。

 ……凄いのは親であり、自分はそこの子だったと言うだけと言うのを知っているからだろう。

 ただ、それでも娘の手前か、あるいは……乗り越えたのか。

 卑下するような様子は見られなかった。


「けどね、ちーちゃん。ママは自分でやらなかったから今大変だけど、ちーちゃんは今覚えたからこれから大丈夫よ」

「そうなの?」

「小さい頃に覚えた事は、大きくなっても覚えてるものなんだから」

『ママは海外で飛び級した天才だったんだぞ? 勉強が凄い出来たんだ』

「てんさいなのにおりょうりできないの?」

『そんなことを言ったら、パパはおバカさんだったけどね』

「うそだ~!」

『本当本当』


 ……その”バカ”の意味は、ミラノがいれば分かる。

 望まれて産まれて来たわけじゃないミラノと、何も望まれなかった自分と。

 それでも努力して自己価値を高めれば生まれた意味を産み出せると信じたミラノ。

 望まれる事が永遠に無くなったが為に努力すら諦め逃避した自分。

 

 それでも……相互補完で、何とかなったんだと思う。

 自分は、ミラノのように強くなかった。

 ミラノは、自分のように強くなかった。

 戦える強さはあっても、心が弱かった。

 心は強くても、立ち向かう強さが無かった。


 だから、自分はミラノの傍に居る事で安心していた。

 どうしたいかを決めてさえくれれば、その目的を目指して手段を講じるのが自分の役割だと割り切れたから。

 でも、今は──。


「ねえ、おとうさん」

『ん? なんだ、ちーちゃん』

「どうして泣きそうなかおしてるの?」


 そう言って、ちーちゃんは”俺”を見ていた。

 その夢の主役である”自分”ではなく、それを客観的に見ている”俺”を。



 ~ ☆ ~


「うぶっ……」

「だ、大丈夫ですか!?」


 夢から覚めたヤクモを待っていたのは、突っ込んだ顔面を冷やす冷たい雪だった。

 ワンちゃんに跨り、瞼を閉ざしてウトウトとして半醒半睡としていたが、夢の中で変な反撃にあったせいで驚き、バランスを崩して落下してしまった。

 

 現在ヤクモはマーガレットとワンちゃん、テレサの三名で行動している。

 プリドゥエンはゾルと共に別働隊ど同行しており、マスクウェルはエカシの傍でお留守番である。

 本来であれば手勢を割くのは愚かしいが、今回に限っては情報伝達速度を重視した。

 携帯電話にプリドゥエンのAIが入っており、それで常に連絡が取れる。

 それに加え、マスクウェルもまたウェアラブル・デバイスの設定を終えて通信が可能な状態になっている。

 無線機無しで、無線機以上のことが出来るのでそういった人員配置になった。

 ヤクモが唯一理解し習得している散兵行動や浸透は、こういった連携により密度の高い行動を可能にする。

 

 ただ──それは、万全たる体調と状況を整えた場合に限る。

 それどころか、現在は一応敵勢に到達する前でこの様である。

 不慣れな事を長らく続けた代償は、ワンちゃんの背中で揺られる心地よさで眠ってしまうくらいに疲弊を重ねていた。


「ちょっと、大丈夫?」

「うい……今、どこ? どれくらい?」

『現在、出立してから1時間と38分経過したくらいですよ、ご主人様』

「ぜんぜん経ってなかった……」

「半刻ほど寝たかどうかですよ」

「ガウ」


 テレサに引き起こされ、マーガレットの手を借りて再びワンちゃんの背中へ。

 決して短いとはいえない書斎での生活は、久々の野外活動に支障を来たす程までに腰と背中を痛めつけていた。

 肉体は若返ってはいると言っても限界がある。

 目的地に到達するまで五日も要するのに、初日でこの有様であった。


「まだお休みになられていても大丈夫ですよ。その……今度は落ちないようにちゃんと支えますから」

「あの、マーガレットさん? それ、支えてると言うより、抱きついているだけじゃ……」

「じゃ、じゃあ──」

「裾引っ張られても……」

「グルル……」


 マーガレットがどうしたらヤクモを落とさずに済むかを、色々な方法で試す。

 しかし、抱きついたり服を掴んだりと色々な意味で間違っていて、ヤクモはため息も出ない。

 

「二人乗りって、もっと色めきたったものだと思ってたけどなぁ」

「キミがそう言うのを気にするなんて、驚きね」

「状況が状況じゃなけりゃもうちょい色々反応もあっただろうけど……」


 言葉を切り、再び意識が遠のきかけるヤクモ。

 良くも悪くも切り替えが上手いので、敵情に触れるまでは”オフ”になっている。

 集中も移動以外のやる事も無い上に、移動はワンちゃん任せである。

 高機動車やトラックでの移動のように惰眠を貪ろうとしたが、箱物と背中では勝手が違いすぎた。


「テレサ。あんまりこういうのは何だけど、戦闘や戦争に組合員が加担するのって大丈夫なの?」

「加担はしないわ。お目付け役として行動を見届けるだけ……という建前で来てるし。そもそも、キミのやろうとしてる事に私が手伝えることなんて無いでしょ」

「潜入、工作、破壊工作……。なんだか、英雄って言われた人のやることから程遠いですね」

「本当は、こういった行動の方が多いはずなんだけど。たまたま、運よく、個人で何とかなっただけだし……」

「そうそう、たまたま、運が良かっただけなのよ。だから、気を引き締めて行動しましょ」


 と、テレサは気を引き締めるように言う。

 そもそも当の本人は「上手くいっただけ」と言ってる通り、誇ってすらいないのだが。


「というか、テレサ。足とか寒くないか……?」

「良いの良いの。キミは休まなきゃダメでしょ。それに、これくらいの積雪って久しぶりだし、実際に触れておきたかったから」


 テレサ……こちらではテレジアを名乗る彼女は、元々ヤクモが生まれ育った世界を管理する女神である。

 しかし、後輩であり、今いるこの世界を管理しているはずのアーニャが倒れてしまい、その原因と思しき男を見定めに来た。

 ──ハズ、だったが。

 今となっては彼女もまた永い孤独で世界を管理するだけの作業に疲れてしまい、他者と触れ合える今を楽しんでいる一人の少女に過ぎない。

 それまでは、やる事をやったら酒に浸るだけの毎日だったのだから。


「あれ、去年も雪は降ったはずでは──」

「テッ、テレジアは……ツアル皇国の民が元いた場所、遠い地から来たらしいから! あっちは──雪が降る場所と降らない場所、極端だから!」

「そうそう! だから、雪が……懐かしかったのよ」


 懐かしかったと言う言葉に普段の言葉の軽さは無かった。

 それが女神となる前、生前のことを思い出させたからだろう。

 だが、マーガレットは違うところに食いつく。


「ツアル皇国の方々が、昔いた場所……?」

「えっと……GPSは、生きてるな。世界地図で示すと──地形情報は大分前のだけど、今いるのがここね? んで、世界をぐるりと反対ぐらいにまで回り込むと、こんな島国がある」

「──大地が、浮いてますね」

「その言葉はなんか悲しくなる……。えふんえふん! まあ、ずっと遠い土地で──飛行機とかあれば、一日くらいで着いたんじゃないかな」

「たしか、空を飛ぶ大きな乗り物ですよね? 沢山の人が乗って、遠い土地にまで行ける」

「ちょっと……」


 テレサが非難がましくヤクモを見る。

 ヤクモや自身が異世界から来たという事や、それらに纏わる様々な事柄は隠さねばならないからだ。

 ヤクモ単独ならまだしも、自分のことまでバラしてるのではないかとテレサは危惧する。

 実際には、ただ”予知夢”の繋がりで得た情報しか知らないのだが。


「どういう土地なんですか?」

「──獣人と、少しの人間が住まう土地よ。北は寒くて、南は暖かい土地だったかしら。とはいっても、私は……携帯貸して」

「ホイ」

「えっと……大体ここら辺にずっと居たから、他の場所は分からないのだけど」


 そう言ってテレサが示したのは東京だった。

 しかし、ズームインしたのが宜しくなかった。

 ピロリと、星型マークの保存した位置情報が現れる。

 気になったから少し触れると「自宅」と書かれている。

 それはヤクモの自宅の位置であり、今となっては存在しない”家族が帰ってくるのを待つ場所”であった。


 それをテレサは見なかったことにして、位置を中央に寄せると携帯を返す。


「あそこはここと違って、獣人と人間の融和が上手くいってる国なの。それと、帝と王という……ヴィスコンティの王様と諸侯のような感じで国を治めてるのよ」

「はわ~……」

「ちなみに、今カレが来ているような”和服”があちらの主流の服なの。私はこちらの服のほうが気に入ってるけどね」

「……他の服、着勝手が良くなかったんだ。うん」


 現在は”ダイチ”を名乗っているヤクモは、英雄だった噂からも己を切り離すように見た目を変えた。

 短くさっぱりとしていた髪型は、肩に触れるくらいにまで伸びており、後ろでは余分に動かないようにと軽く縛っている。

 和服の幾らかダボっとした服装を着ることで、印象から遠ざかろうとしたのだ。

 顔つきも無表情とも真面目そうなものから崩れ、不精で自堕落そうに見えるのだが。


 ただ、服に関してはそもそも選択肢が少なかっただけである。

 印象から遠ざかるにしても洋服がベースのほうが気安さはあったが、材質と肌触りを重視した結果避けざるを得なかっただけである。

 わざわざ旅の商人から途中で割高な値段で購入してまで着てたりもする。


「和服なら母親が茶道やってたし、父親が甚平とか買ってくれたから着付けも大丈夫だし。なんにしても柔道の稽古着にも似てるから馴染み深さはあるかな」

「キミってさ、結構普通じゃないよね?」

「両親が凄かっただけで、そのお零れで色々あっただけだよ。両親サマサマって奴さ」


 本人は高卒自衛官、父親は外交官、母親は異国で検事の卵。

 ”お坊ちゃま”と揶揄されまくってはいたが、それでも本人の想像以上に”お坊ちゃま”であった。


「けど、この地図を見てると……世界って広いんですね。私たちは、この場所しか知らなかったという事なんですね」

「ただ、こうやって見てると分かると思うけど。歩きでも、それこそ馬車に乗っても時間さえかければこれくらいは移動できるんだ。速さなんて関係ないし、一歩ずつ歩ければ……遠くにまでいけるし、色々な事は知れるよ」

「いつか、テレジア様の居た国も見られるでしょうか?」

「さあ、どうかな。ユニオン共和国の東側は人が寄り付けない地域だって聞いたけど、全部が全部そうだとは聞いてないし。地図を見れば分かるけど、大部分は陸地で移動できるから……時間さえかければ、たどり着けるかな」

「どんな国や人が居るんでしょうね」

「その前にどんな習慣や信仰があるかだな……。今回みたいな事件はもう真っ平ごめんだ。毎度毎度問題が大きくなりつつある。後は何だ、空中に浮かぶ都市、コロンビアを落とせば一人前か? それとも人類未踏の遺跡やお宝を発見して、それを崩落で一握りのお宝にしたらオッケー?」

「マーちゃんに通じてないと思うよ?」


 ヤクモとしては両親が事故死した時点で人生の最大の不幸のピークだと思っていた。

 だが、それをやすやすと超えるような不幸な出来事がこちらでは頻発に起こっている。

 まず魔物に飲み込まれた都市からの逃避行。

 次に、過去の英雄同士が争っている中でただのパンピーが巻き込まれた事。

 第三に国ごと洗脳の海に沈んだ中で、英雄や国を相手に隠れて戦ったこと。

 第四に、学園都市を乗っ取ろうとした一個大隊を単独で横撃し、遅滞作戦からの主人奪還作戦。

 そして今、前王の娘であるトウカを筆頭とした国を取り戻す戦いに従事。

 

 第二次世界大戦で沖縄やペリリューを経験した米兵が、そのままベトナムとイラク戦争を体験するような馬鹿げた話である。

 中身が二十九であれ海外出身であれ、平和な世界で生きてきたヤクモにはそれだけで衝撃である。

 

「もう、そのうち世界を滅ぼす大魔王と大決戦とかするような不幸が起きても不思議じゃないね」

「あはは……。けど、魔物を率いる王が亡くなったのって今の英霊の方々が頑張ったからですよね? 新しい魔王が立ったとは聞いてませんが……」

「けど、ツアル皇国がヘルマン国に協力を要請して、魔物に対する防波堤になってるのは事実だから……。嫌だなあ、嫌だ……嫌だ。ツアル皇国が滅亡するとか、そう言う”最悪な事態”すら想像出来る」

「それは──」

「否定できない、だろ? そう言う未来も、見たんじゃないかなと思う」


 マーガレットが言いよどんだのを『肯定』と受け取る。

 ツアル皇国が滅び、魔物が雪崩れ込んでくる未来も彼女は見たのだろう。

 夢で自分が死ぬ未来のみが見えるマーガレットには、ヤクモが時折見る”BAD END”とは違い、理由や原因が分からないのだ。


「……ホラ、お話ならまだ出来るんだからもう少し休んでたら? 私とワンちゃんが周囲は見ておけるから」

「ガウ」

「かな……だな。もう少し、休めるうちに休んどくよ。到着したら──」

「大丈夫、任せて。組合のツテで安全な宿くらいは見つけられるから。到着したら最低限必要なことをしたらすぐに寝ること、分かった?」

「うい」


 分かれば宜しいと、テレサは鷹揚にうなずいた。

 それから、腰に巻いている帯を少しばかり引っ張られる気配を感じながらヤクモは再びウトウトとし始める。

 眠りにつき、瞼の裏から見た夢はまた幾らか違うものを見せているようであった。


 今度見た夢は、相手はミラノではなくトウカだった。

 それを客観的に見ているヤクモは、自分の節操の無さを自嘲する。

 しかしそれは、心配しているがゆえに強く思いすぎているだけなのかも知れないと分析もする。

 ただ、相手によって自分の状況や境遇が違うのは何か意味があるのだろうかと考える。


 トウカと結婚したヤクモは、ヘルマン国で補佐役として大樹していたのだから。





 ~ ☆ ~


 ヤクモが疲労疲弊と睡眠不足で雪に再び落下している中、遠い場所でゾルの父親である現王は目を血走らせながら部屋に篭っていた。

 それはヤクモが前王が手篭めにされたと言う罪を被せてきたからでも、自分が簒奪者だとプロパガンダが出回っているからでもない。

 ヤクモから直宛で、ゾルの事で脅しをかけてきているが為にまともな軍事的な行動が取れずに居たのだ。


『お前が行動すれば、ゾルも同じように行動するだろう』

『出立の準備をしているようだが、その日ゾルもそこに出向くことになっている』

『父親であるお前と戦うことを恐れているが、本当に戦うことを選んで良いのか?』


 ゾルを引き合いに、そしてプリドゥエンが小型機で上空警戒をした上で見つけた見張りなどを用いて脅しをかける。

 プリドゥエンの分身のおかげで遠い地に居てなお宇宙衛星のように、だが現場で漂わせたドローンのようにリアルタイムで監視されている。

 警戒をしても、監視をつけても、怒りに任せて人を集めて部隊を動かそうとしてもその前後で必ず文が届くのだ。

 現王からしてみれば、遠隔地に居るはずの相手が警備の者の監視をすり抜け、まるでこの場ですべてを見聞きされているかのような錯覚すら覚えた。

 しかも、その文のどれにもゾルの写真がくっつけられている。

 仲間としながらも、まるで人質であるかのように使っているのだ。


 現王は前王と思想の違いから相容れず、結果として簒奪者となっただけでしかない。

 手に入れた権力にも暫くは興味があったが、やがて振り回されていることに気がつくとその責を丸投げした。

 なんて事は無い。

 人間に憎悪こそすれども、人間と融和する思想を持っていた前王自身を憎悪していたわけではなかったのだから。

 憤慨などはすれども感情が揺れていた時代が終わり、相手を失ったことで”何も無い日々”が来た。

 その結果、早い内に身を崩してしまった。

 

 それでも税を重くしたり、暗君として国を滅茶苦茶にしなかったのはゾルの存在があったからに過ぎない。

 妻を失っていた現王にとって、ゾルは文字通り目に入れても痛くないくらいの存在であった。

 だから多くを放棄してからは、ゾルを可愛がる事に傾倒した。

 あの日以来、強くなりたいとせがむ我が子のために訓練を施したり、武器の扱いを教えたりした。

 そこに親バカは多分に含まれはしたが、だからと言って過大評価はしなかった。

 なにせ、前王を殺めるまでは数百もの同胞を従える武将≪もののふ≫だったのだから。

 

 鍛えに鍛えた息子が「ツアルに行きたイ」と言った時、一度は反対した。

 だが、それでもゾルが諦めないのでその本気加減を受け入れて「ならば、支援で行け」と放出した。

 それがいい結果になったかは、現在のゾルを見れば誰もがうなずくだろう。

 ただし、ゾルが手元を離れてからは女と酒に溺れたのだが。


 それでも言いつけたとおりに定期的に連絡を寄越し、時折国許に帰ってきて顔を見せる。

 大小さまざまな細かい傷を付けても、深い笑みで「ヤってきたぜ!」と勝ち誇られれば親冥利に尽きるというものだ。

 強くなり、現地や国内での評判も上がってきたら、今度は「息子に委ねるか」という気持ちが芽生えてくる。

 ゾルが王として国を切り盛りする。

 人間への憎しみは癒えずとも、それを上回る子煩悩。

 いつそうしようかと、親の気持ちを日々募らせていた。


 だが、その”親としての気持ち”を傷つけられ続けている。

 それも、どこの誰とも分からぬ”人間”にだ。

 ただの脅しであれば一笑に付した。

 むしろかつて最前線で鳴らした武を背景に「やってみろ」とさえ思っただろう。

 しかし、そこに絡んでいるのは愛すべき息子なのだ。

 愛情と手間隙かけて育てた子を脅迫材料に使われ、”いつ卑劣な人間らしさが息子を襲うのか”と気が気ではなかった。

 

 夢にまで恐れを見てしまい、最近では情緒が不安定気味にすらなっていた。


 しかし、結局の所解決法は一つしかないのだと気づく。

 

 ── 息子を盾に取る人間を殺せば終わるのだと ──


 ここにきて、パタリと脅迫めいた文や写真が来ていないことが背中を押したのもある。

 思い立ったらそうせずには居られないとでも言うように。


 しかし、それこそがまさにヤクモの望んだ”時間調整”であった。

 相手が動こうとしたら足を踏む、踏み出そうとしたらその足を蹴る、踏み込んだのなら膝を横合いから崩す。

 間合いを計り、威嚇する事で相手を縫い付けたままに時間稼ぎをしつつ、その間隔を調整することで焦れた頃に解放すると言う”拷問の手管”にも似た事を行った。

 人は痛めつけすぎれば慣れてしまう、だからと言って手ぬるくやれば意味が無い。

 であれば、手厳しく痛めつけた上で空隙を作り、回復しかけたところで再び叩きつけるという眠らせない拷問にも近い。

 状況を停滞させるために、相手の精神を停滞させない。

 ”弱者”を自覚している男は、相手の弱い所を突く事に関しては厭らしいほどに長けていた。


 現王は、自分が幾らか誘導されているとも気づかずに行動を起こす。

 最低限身なりを整えると、傍に居た兵士を怒鳴るように呼びつけて。


「如何しましタ?」

「得物を出セ」


 その時、彼は幾らか昔に戻っていた。

 人間にひどく傷つけられたときのように。

 傍に居た男に、己の考えを叩きつける。


 ただ、一つヤクモにとって誤算があったとすれば、それは人間と身体のつくりが違うということであった。

 息子を取り返すために、あるいはヤクモを殺すためだけに現王は出陣までの時間の多くを、過去の遺産である体力と筋力に任せて再度鍛え上げる。

 刃こぼれし、ナマクラになった武器を再び鍛えなおすような作業だ。

 だが、それでも酒と贅沢で膨れた腹は人間よりも早く消化されていき、逆に筋力は容易くかつてのように磨かれていく。

 

 だが、それを知るのはずいぶん後の話である。





 ~ ☆ ~


 移動中、休憩ポイントがあるのに利用しないのは馬鹿げた話である。

 確かに物資の輸送能力を無視し、ストレージという魔法で物を無制限に出し入れできるとしても、それは簡易な対策にしかならない。

 ヤクモ達はその日の移動限界点を見極めると、さっさと宿を取って休むことにした。

 ただし、外見的にはテレサを除いて二人とも誤認魔法で獣人に見えるようになっているのだが。


「マーガレットって、幻惑系使えたんだなあ……」

「これでも、五段階中第三段階と二段階までは全部抑えてますから。流石に無までは手が出ませんが」

「なんか……その話≪せってい≫も久しぶりに聞いたなあ。火・水・土・風の基本四系統、聖と闇の上位系統、無の伝説系統だったか」

「ミラノ様たちはもう第四、第五に到達しますから……。私なんてまだまだで」

「でも、無詠唱は習得してるんだよなあ」


 ヤクモが提唱した『思考と動作による無詠唱理論』は、英霊で魔法に特化しているマリーによって実用化にまで漕ぎ着けられている。

 無系統の魔法を習得していなければ出来ないと思われた技術だったが、実の所そんなことは無かったとマーガレットをして証明された。

 なお、無詠唱に関しては個人差があり、文字通り『適性』が参照される。

 想像に頼り、集中力や精密な思考と別動作を求められるが為に、全員が直ぐにできるというわけではない。

 その点、マーガレットは様々な家事を行っていたこともあって想像をしながら動作を用いることで無詠唱を行うことに適していた。

 

「……マーガレットは、まだ魔法の勉強は続けてるのか?」

「え? あ、えっと……。荷物にお勉強道具は入れてないので、途中で投げ出した形になってますね……」

「──出来れば続けてはもらいたいけど」

「状況が状況ですから」


 そう言いながらマーガレットは休憩に入ると気遣うようにお茶を作る。

 薬とも香草とも言える物を使い、できるだけ状況に即した労わりのあるものを使うように心がけている。

 滋養強壮や、冷え対策、集中力の持続や疲労回復等々。

 かつて色盲だったが為に、別の意味で相手の顔色や様子を伺うことに慣れているので、これ以上とない組み合わせであった。


「湿布、作ったら使いますか?」

「腰の後ろに欲しいかな~」

「じゃあ、用意しますね」


 そう言っているヤクモは、結局ウトウトと意識の半分は常に覚醒していたために休まっていなかった。

 宿を取ると夕食も取らずにベッドに転がり、半眠半醒のまま漂っている。

 責任感と義務が覚醒を促し、疲弊と任務が睡眠を促す。

 部屋の中にふんわりと、様々な薬草の香りが漂う。

 すり鉢をゴリゴリと心地よく、一定の間隔で鳴らす音は余計に眠気をさそうくらいだ。

 

 不安がヤクモにも無いわけではない。

 しかし、致命的な選択肢や行動は即座に”幻視”として警告が叩きつけられる。

 寝ていても起きていても関係なく、まるですでにゲームをプレイした者がBAD ENDルートに踏み込んでしまい、セーブデータを読み込むように。

 ただ、その幻視は現実のようにヤクモは受け止めねばならない。

 五感全てが働き、時間の流れですらリアルになる。

 一瞬で浦島太郎のように時が飛ぶこともあるし、空腹や痛みに苦しむ事だってある。

 ヘラに神聖フランツ国に来ないかと言われたときでさえ、そうした場合自身が洗脳されてしまい処刑される痛みや苦しみすら味わっている。

 実際に死ぬのと同じ痛みや苦しみを、自分の選ぼうとした間違った行動や決断で味わう。

 何だかんだと、精神的な支えを失った上に義務を失った以上、磨耗していた。


「うつぶせになってください。少し冷えますが、徐々に湿布を貼った場所から温まりますから」

「ん……」


 少しだけ迷いながら、それでもヤクモは上だけを肌蹴るとうつ伏せになる。

 背中を見たマーガレットは、その背中が地味にいくつかの傷を残しているのを見た。

 

「傷だらけ、ですね」

「そうなのか。……そっか。背中は、自分じゃ見られないし、鏡なんて見てなかったからなあ」

「これは、火傷ですね。それと切り傷と、刺し傷と、擦過傷。背中だけで傷口のお手本が見本みたいに並んでます」

「流石にもう跡になってるか」

「そうですね。そのときに気づいて回復させていれば治ったかも知れませんが」

「冷たッ」

「腰に今貼りました。肩の方もお貼りしますね」


 少しばかり軟膏のようなものを塗ってからその上から被せるように湿布を貼る。

 一枚目には想像以上の冷たさに驚いたヤクモも、二枚目からは反応が愚鈍になった。


「あ゛~……、生き返るわ゛~……」

「按摩もいたしましょうか?」

「いや、それは……いい、かな」


 一瞬揺らぐヤクモは、かつて自分が父親や陸曹相手に散々やっていた記憶を思い出した。

 父親も古参陸曹も気持ちよさそうにマッサージを受けているのを考えると、自分がマッサージを受ける側になったらどうなるのだろうかと言う好奇心があった。

 しかし、しかしだ。

 それは同性相手であって、異性にやってもらうのは恥ずかしすぎるという素直さが勝った。

 

「ダイチ様は、なぜ不得意ということをここまでやったんですか?」

「……まあ、兵士やってるからさ。パッと出の相手を信用するかってのが大きいし、それに……」

「それに?」

「作戦を考えるやつってのは、本来前に出てきたりしないのが当たり前なんだ。作戦や行動を考えるけど命を張らない、それに従って現場で身体や命を張る現場。勝ってるうちは、あるいは……正義や大儀を信じられるうちはまだ良いけど、疑いを持たれたら瓦解しかねない。だから……”一番ましな地獄”を整えて用意する必要があるんだ」


 それはヤクモなりに、自衛官生活をした上で構築された”思想”だった。

 大隊長や師団長が変わるたびに規則も変わる。

 部隊の運用思想も変わることもあるし、そもそも普通科の隊長が同じ普通科の人間だと限らない。

 元空挺の人物が来て、普通科とはかけ離れた検閲を受けたことすらある。

 その他にも、駐屯地における規則がガラリと変わった事だって少なくは無い。


「少なくとも今回、自分は同じ危険を冒すと言う姿勢を見せてる。負担を分担して受け持ってる。その上で、出来うる限りの楽な死地を用意したんだから少しは信じて欲しいね」

「それでも死地なんですね」

「……兵士と言う、名前も個性も引き剥がされて数字にされた連中にとっては、だけどな」


 兵士ではない人々や、実態を知らない連中からしてみれば兵士とて個である。

 しかし、戦場や戦闘、戦争と言うフィールドにおいてはそんなものに意味は無い。

 名前も個性もただの個人を特定するために貼り付けられたラベルに成り下がる。

 どんな経歴を持とうが、どんな過去を持とうが、どこに生まれようが、死ねば”損害の内の1”で終わりである。

 

「今は一枚岩、崇高な使命やら正義感やらでなんとかなってるけど、”まだ”その心意気を使って何かをする段階じゃないし、できるだけ集団は温存しておきたい」

「集団を温存、ですか?」

「個々人々であれば、よほどの事が無けりゃ状況や周囲に流される。トウカが旗頭なんじゃない、エカシを筆頭とした最初から居る面子が象徴になる。それを使いつぶした時に王手をかけてなけりゃこっちは苦しくなるし、何なら逆王手で詰む。効率よくお互いに負担を分け合って、何なら自分らが少しでも多く受け持って傷は少ない状態で相手を押し込まないとな」


 と、ヤクモは”心理”を語った。

 マーガレットからしてみればチンプンカンプンな話であるが、そもそも軍隊も部隊も”兵士が居なければ始まらない”のだ。

 何時の時代も、どんな立派な思想や意志を持った司令や指揮官、部隊長が居ても兵士の心が折れた時点で終わりである。

 前線を支え、行動を支え、壁となり、盾となり、矛となるのは常に兵士だ。

 そして、その兵士を支えるのは民である。

 民に嫌われた兵士が強い……事はまず無い。


「連中の”正義”を無関係な連中が崇めて、信じるから兵士は背中を押される。背中を押されてるからこそ踏みとどまれるしがんばれる。けど、民が『やばいんじゃないか、負けるんじゃないか』と動揺してそっぽを向き始めたとき、全員が”狂気と熱狂”から醒める。元々命のやり取りなんて正常な状態でやるもんじゃないし、対岸の火事だからこそ民だって熱中できるが飛び火するとなればその限りじゃない。最悪な事態は、自領土なのに物資の購入すら拒まれて徴収し始めること。それで勝てたとしてもしこりが残るし、一回限りならまだ良いけど、それを乱発されたらなお悪い。兵士とてそこまで来ればもう正義もヘッタクレもない、勝つため、死なない為、生きる為にやってる訳だから堕ちるのは早い」

「よく、そこまで考えられますね」

「自分だったら、で考えただけなんだけどな。それに、戦史や歴史を勉強していると崩壊した国や軍隊ってのは何かしらの最悪な兆候を出すことが少なくない。敗北者狩り、自国民狩りとかね。あぁ、後ろから逃亡兵を殺すってのもあったか」


 指折り思い出しながら数えるヤクモ。

 実際のその現場を見ているわけではないが、父親が外交官ともなればそういった情報は嫌でも父親経由で流れてくる。

 それこそ、まだ存命だった頃には個人間でのチャットなどで、散々に。

 過去の話もあれば、現在進行形で民族浄化が行われている場所もある。


「……テレジアは?」

「お酒を飲まれてます。この間のことで、自棄になってるようで」

「あぁ……」


 テレサは寝ている間に脱ぐ癖があり、その上でヤクモの布団に侵入してしまった事件を起こした。

 マーガレットは怒り悲しんで暫くヤクモと口を利かなくなり、ヤクモはマーガレットを恐れて書斎に引きこもった。

 その裏では、テレサはテレサなりに自分のしでかしたことをそれなりに恥ずかしがっていた。

 早世して女神業をやってるとはいえ、感性は幾らか埃塗れで鈍っていても当時のままである。

 男性の寝床に、自ら裸体で入っていったと言う事実を彼女は裏でかなり引きずっていた。


「……酒、飲みたいなあ」

「心臓、大丈夫なんですか? 出る時、プリドゥエン様に診て頂いたみたいですが」

「毒は、もう抜けてるみたいなんだけど……」


 毒の影響と思われていたものが、まさか怯懦から生じたものとは言い出せない。

 銃だけじゃなく、まさか”戦い”そのものに怯えているなんて。

 ミラノに拒絶された事が、誰かの為に守るべき誰かの傍で戦うことに対して拒絶反応を起こしていた。

 戦えば死ぬだろう、死んだ所を見られればまたミラノの時のように拒絶されるかも知れないと”先読み”している。

 根っこはネガティブな思想で凝り固まっており、そのネガティブさに染まったがあまり”では、どうすればよいか”と、後ろを向きながら後ずさりで前へと進んでいるだけの男である。


「……なあ、マーガレット」

「はい?」

「今日は、大丈夫だよな? またテレジア、寝ぼけたりしないよな?」

「そうなったら、私が少し頑張りますので大丈夫です」

「ど、どう頑張ると?」

「相手を脱力させて動けなくする魔法を覚えたので、それで動けなくしちゃいます」

「それは……」


 ダメだろ、と。

 ヤクモの突っ込みの言葉は口から出ずに消えていった。

 それでもワンちゃんが窓側を警戒してくれる関係から、出入り口付近を固めるのはヤクモになる。

 そして夜中に、酒の飲みすぎでトイレに行った彼女がそのまま寝ぼけて潜り込み、翌朝再び騒ぎになったのは予想できた話しかもしれない。

 マーガレットも場を和やかすために言った冗談が、まさか本当に必要になるかも知れないと悩んだのも別のお話。

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