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元自衛官、異世界に赴任する  作者: 旗本蔵屋敷
10章 元自衛官、獣人の国でやり直す
168/182

166話

 集団戦に比べると個人戦は楽だ……と、言うことはない。

 集団戦を見られていた事が、そして今までの戦いを知られた事が侮りを相手からそぎ落としていった。

 結果として、回復や治癒等と言った悟られない魔法だけでは如何ともし難くなった。

 まるで忍者の試験のように、一戦を終えるたびに手加減を徐々に緩めなければならない。

 たとえ相手の腕が折れても、足が拉げても、毛並みが焦げ付こうが、数秒とはいえ心臓を雷撃で止められようがだ。


 周囲から見れば下らない話だと思う。

 攻撃系の魔法を解禁した途端に戦闘そのものは楽になったのだから。

 今までの戦いで追い詰められ、傷ついていたのはなんだったのかと自分でも思う。

 その代わり、獣人には効果が薄れるはずの魔法で、なぜここまで”効果的に”ダメージを与えられるのか。

 その点で、見る目が変わったのは感じた。

 ゾルも自分をここまで追い込めりゃ大満足だろうと、自身の勝負が来て舞台へと飛び込んでみるのを眺めた。


「さぁて、と。ようやく、来たナ? キョーダイ」

「できればもう帰って寝たいんですが……」

「そう言うなッテ。これが正真正銘、本当に最後の戦いなんだからサ。これが終われば、大手を振って出られるようにしてる。もちろん、つまらないマネをすリャその限りジャねーが」

「ほんっと……バトルジャンキーだな」

「”ばとる”なんちゃらってのは良く分からネーが、良い響きだな。どういう意味だ?」

「戦闘狂、戦い大好き野郎って意味だよ」

「ハハ、いいネ。これからはそう名乗るか。バトルジャンキーのゾルザルってな」


 そう言いながらゾルが抜き出すのは斬馬刀のような等身大の大きな片刃の獲物だった。

 それを片手で逆手で掴むと、重量などを感じさせないように振るう。

 風圧や風切り音が離れている自分にまで飛んできて、ヤベェヤベェと内心が冷えあがる。


「以前使ってた武器は、隠れ蓑かよ」

「そりゃお互いサマだろ? オマエさんは魔法を隠してたし、オレサマは得物を隠してた。どっこいどっこいってヤツだな。それに、オマエサンはまだ本気を出してないしな」

「──……、」


 何かを言おうとしたが、その悉くが彼らの誇りであり伝統であるこの闘技場や戦いを穢しかねなかった。

 言いかけて、けれども言いかけた事実をごまかせなくて。

 いつものように、半分本当で、半分嘘の行動をする。


「お前、ほんっっっと~に、面倒臭いやつだな」

「ハハ、良い顔ダ。全力を出してくれよナ?」


 全力、といっても何処まで出していいのか迷う。

 縛り付けて抜けないようにしている剣で、半ば打撃武器のように扱っている。

 魔法も魔法で発動した瞬間に加減など無くなり、下手すれば痕や後遺症すら残しかねない。

 そんな……そんな心持で戦って良いのだろうか?


 ゾルがフィールドに入ってから、意味を理解できたナレーションや観衆の声がただの雑音に成り下がる。

 世界が、自分のみに収束していくのを感じた。

 どうすれば良いだろう、どう戦えば良いのだろうと戸惑ってしまう。

 今更……英霊の代わりに賊を殺処分した時点で殺人と言う行為に手を染めてしまっている。

 その中に今更数字の1を追加したところで、咎人である事に変わりは無いのに……。


「オイ」

「あでっ……」

「キンチョーしすぎじゃネェの? 少し肩の力を抜けッテ」


 ゾルがいつの間にか接近していて、でこぴんによって自分を現実へと引き戻す。

 内へ内へと向かっていた思考が、そのときようやく外された。


「必要なのは集中ダ。試合開始と同時にブッ倒れちまうゾ?」

「あぁ、うん。その……悪い。どう……闘えばいいんだろうなって、考えてた」

「考える余裕なんてネェよ。ただ相手と自分が居て、100も200も行動して、相手を一つでも上回ったり強い役を叩きつければ勝ちなだけだ。簡単だロ?」

「まあ、そう……なんだけどさ」

「心配するなッテ。始まリャ、そんな事を考えてる余裕もなくなるさ」


 そういっている間に、試合開始の時刻になってしまった。

 ゾルが開始地点にまで移動すると、肩を馴らすように腕ごと斬馬刀を振るう。

 そして開始の合図が鳴ってからも、ゾルはまるで見世物のようにストレッチをしている。

 屈伸、シンキャク、腰回し。

 それをボサッと見ている自分はバカなのだろうと、申し訳程度にストレッチをしておく。

 

 そして準備運動を終えて、ゾルは一つ息を吐く。


「んで、それで良いのカ?」

「へ?」

「もっと本気にならないと──死ぬゾ?」


 何を言ってるのだろうと、剣を構えた。

 鞘が一瞬視界を塞いだ瞬間、自分は剣を構えることなく宙へと吹き飛ばされている。

 体感時間では数秒、けれども実際には一秒にも満たない間の中で自分に何が起きたのかを考えていた。

 

 歓声がやかましく聞こえ、それでもと自分の体の回転や姿勢を制御する。

 受身で何とか足の裏をつくが、ぬるりとヒダリ肩が熱く湿りだしたのに気がついた。

 バクリと肩の骨が斬り砕かれている。

 そのせいで腕周辺の動きがだいぶ鈍いことになっている。


「オホ~、いいね。これで終わりだったら流石に拍子抜けしてたとこダ」

「あ、クッ……」

「だから言ったロ? もっと本気になれッテ。今ので目が覚めたなら良いけどナ」

「結構……良い目覚ましになったっての」


 骨、肉体、神経、皮膚……。

 そういったものを魔法で直すと結構腹が減ってくる。

 そもそもここ数週間、拘束されながらの飯事情はそこらへんの都合を考慮されてはいなかった。

 さながらレンジャー隊員が最終想定を終えたかのように、いくらか残っていたはずの脂肪が溶けて消費されてしまった。

 鶏がらとは言わないが、不健全な痩せ方をしてしまいこれからが心配でもある。


「なら、本気でヤりあおうぜ?」

「出来れば、程々が良いんだけどなあ……。これ、絶対給料のうちに含まれてねえ……」

「ハハ」


 ゾルが笑いと供に踏み込んでくる。

 今度はいくらか本気になっていたので、ゾルの刀に自分の剣を重ねることが出来た。

 重さ、衝撃、衝突力、体重、速度。

 アイアスの突進力、タケルの攻撃速度、ロビンのような鋭さを全て複合した攻撃は自分の足の裏で土盛りを作るくらいに滑らせた。


「いいネ、いいネェ!!!」

「んなろっ!」

「お?」


 胸倉を掴み、ポイッと背負い投げのように投げ捨てる。

 本来ならそんなものは背中から叩きつけられるのだろうが、獣人のスペックは空中受身をさせてしまうようだ。


「その調子だ、キョーダイ」

「うるせえ、言ってる場合じゃねえっての……」

「それじゃ、もっと本気でいくぜぇ!!!!!」


 その言葉が合図だったろうと直ぐに分かる。

 低く構えると、再びゾルは突撃してくる。

 そこからは、今までは「どう殺さないか」で必死だったのが、「どう切り抜けるか」に戦い方が変わった瞬間でもあった。

 

 心音の煩さが、徐々に静まっていく。

 そして熱を帯びた静かなものへと自分が切り替わっていくのを感じた。


 斬撃、刺突、殴り、蹴り、殴打、拘束、掴み、足払い。

 様々なものがゾルから繰り出されてくる。

 それをいなし、かわし、防ぎ、あるいは得意とする反撃や我が身を削ったカウンターに持ち込む。

 斬馬刀を鞘越しに叩きつけられ、鞘が軋んでいくのを聞いた。

 あるいは、軋んでいったのは自分の理性だったのかもしれない。


「クソ!」

「へっへ~! いいネいいネ! そうだ、もっとだ!」


 魔法も織り交ぜることにして、現在の”敵”を叩き伏せようとする。

 しかし、魔法を発動してもゾルは手馴れた様子で斬り伏せ、時には拳で殴ってぶち壊してくれる。

 特に厄介な相手だと感じさせられた。

 

 互いに細かいダメージが蓄積しながらも、それが目に見える打撃や致命的な一手にならずに時間だけが過ぎていく。

 ゾルが自分の剣を蹴り、大きく距離を開くと一呼吸を入れる。

 自分は追撃も出来ずに、顎を伝った汗を手で拭った。

 そこまで闘って生まれた空白で、ようやく観客の歓声が耳へと入った。

 ……試合そのものへの、熱狂的な声であった。


「喜べよ、キョーダイ。少なくとも人間でここまで持ちこたえたのは初めてダ。良い武器に、良い魔法行使能力だナ。息が乱れても、疲れてきても魔法も闘いも立派ダ」

「そりゃ、どうも……」

「ダガ、まだ足りない。足りないンだヨ、キョーダイ。オマエはまだやれる筈だ、こんなものじゃないハズだ」

「それは買いかぶりすぎだ、っての」

「いや、買い被りじゃないネ。オマエさんの傍に居たという男が、色々とおしえてくれたのサ。何をしてきたのか、何をしたのか。英霊連中と訓練し、冒険し、野望を打ち破り、戦争に横殴りを仕掛けた。そんなヤツがこの程度だとは思わないね」


 ドクリと、自分のしてきたことをなじこの男が知っているのかに困惑する。

 暫く考えまくり、結果として暗躍したままに面白い状態を作り出すことに力を割いているおところ思い出す。

 英霊殺し、最後の足跡はミラノを誘拐して、その足でなぜかヴァイスをユニオン国から救出したところまでだ。

 その後の沙汰はまるっきりだったが、どこかで潜伏して今も何かをしているのだろう。

 マリーを殺そうとしておきながら、ヘラを救うために自分に助力したりと滅茶苦茶だ。

 そして今は、ゾルが買いかぶってくれるくらいの情報を掴んでいる。

 ため息を吐いて、汗を払った。


「だとしても──」

「アァ、だとしても本気を出すワケがない……カ? それも聞いてる。オマエさんは戦いが好きなんじゃない、”敵を完膚無きにまで叩き潰す”のが好きだとカ。だからサ、オレサマもこういう事をするわけよ」

「……?」

「マア、見てなッテ──」


 ゾルが片手を高く掲げ、指を大きく鳴らす。

 するとナレーション席が幾らか騒がしくなり、なにやらゴタゴタしだす。

 そして、そこに居る人物を見て頭に血が上るのを感じた。


「ダイチ様!」

「と、言うわけサ。オマエが本気を出さなきゃ──」


 ゾルの言葉を聞いてやる義理は、最早無くなった。

 戦闘に勝ち、みんなの安全を勝ち取る。

 それよりも優先すべき事項が出来、人質にされたマーガレットを救出する事を任務とする。

 自分でも加減を忘れた踏み込みは、認識を大きく外れてゾルへと急接近させた。

 思い切り叩き付けた鞘は理性のタガが外れたとでも言わんばかりに、そのまま砕けて刀身を晒す。

 防いだゾルは、初撃を受けた自分のように初めて後ろへと下げられる。

 その時だけ、観客の声がやかましく聞こえた。


「ハハ、ハ。それが本気カ?」

「うるせぇよ」


 最初から剣撃など囮でしかない。

 そのまま速度を用いて体を滑り込ませ、顔面を掴み足の裏へと足をねじ込む。


「お、オ?」


 相手を崩し、頭から地面へと思い切り叩きつける。

 ミシミシと、初めての致命的な手ごたえを感じた。

 だが、ほぼ同時に顎下への衝撃で自分も吹き飛ばされる。

 地面を少しばかり滑りながら、ゾルが反撃で蹴りを放ったのだと悟った。


「カハ、ハ! それが本気だな? オマエサンの!」

「くそ……」


 ゾルは今の打撃で何処かを斬ったらしく、こめかみを伝って血が滴っている。

 自分も今の蹴りで鼻に衝撃が行ったらしく、鼻血が垂れて来た。

 ゆっくりと起き上がりながら、次はどうしてやろうとか見ている。


「最初から……」

「ン?」

「最初から、人質を使うつもりで居たのか?」

「手ェ抜くからダロ?」

「それで、どうするつもりだ?」

「別にどうもしないサ。ただ、オマエサンが手ェ抜いたり、ワザと負けようとすればどうなるかは分かンダロ?」

「下種が」

「そんなの、何処にでも溢れてる事ダロ?」


 強く、強く地面を踏みしめる。

 土煙を起こして、半ば浮くようにして水平に相手へとすっ飛んでいく。

 それが異常だとか、今は考える余裕は無い。

 迎撃のように振るわれたゾルの刀に剣を振り下ろし、その剣を支点に反動で軽く頭上へと跳躍する。

 一回転し、ゾルが間抜けなカモを叩き斬るかのように振り上げてくる。

 それを剣でいなし、ギャリギャリと光る火花を見ながら弾く事で回転を得て、裏拳で殴りつける。

 だが、それをゾルは片手で受け止めた。

 どうやら自分の得意とするものが剣技や魔法ではなく、徒手格闘での不意打ちだと気づかれたみたいである。

 けれども──。


「一緒に痺れろ」


 拳を起点に、電撃魔法を発動する。

 自分へのセーフティなど考えられていない、自爆特攻である。

 ゾルと自分に電撃が走り、感電する中でもゾルは笑う。

 

 ガチのバトルジャンキーだ、付き合いきれないとかつてオルバに使用したカミカゼアタックをする。

 その瞬間、拳から肩にかけての感覚が全て消失する。

 ゾルから逃れた事だけは理解し、バックステップで間合いをはかる。

 チラと見れば、拳はぐちゃぐちゃになっていた。

 肩は反動で脱臼しており、半身の服が綺麗に千切れている。

 それでも、煙の中では笑い声が聞こえる。


 煙の中から出てきたゾルも、半身が血や焦げですごい有様だった。

 お互いに打撃を受けてなお、自分もゾルも戦意は削がれていない。


 数度呼吸を繰り返し、最早理性など何処にも無い。


「「死ねよやぁぁああああああ!!!!!」」


 ただの、殺し合いしかそこには無かった。





 ~ ☆ ~


『こんな事を頼めるとは思ッチャいネェが……』


 ゾルとヤクモの試合の前日、マーガレットは個人的にそんな話を受けていた。

 誘拐というよりも、狂言でしかないこの行い。

 目の前で”義務と責務”を背負った男が必死に戦っているのを眺めながら、マーガレットはこれが正しいのか分からずに居た。

 それでも、と。

 蚊帳の外で待っているよりは、彼女は己の目で自分たちの為に闘う自分の愛する男の姿を見たいと、話を受けた。

 今や半身が魔法でズタズタになり、それでも戦いに望む男。

 その戦いの理由が、本気になった理由が自分のためではなく他人のため。

 

『オレも、別に殺そうと思ってるワケじゃネェさ。けど、アイツはそれだけじゃ、本気になってくれない。だから、頼む』


 ゾルは、己の身の元や状況を全て明かした。

 その上で、頭を下げて頼んできた。

 ヤクモと本気で闘いたいと、そのために偽りの人質になってくれと。

 

 マーガレットは、プリドゥエンやテレジアのような戦闘能力が無いことを痛感していた。

 自分らが含まれている”誰かのための戦い”と、”そんなバカを助ける戦い”のどちらでも役に立てない。

 それだけは嫌だと、請け負った。


「ミラノ様が、嫌がるのも分かります。これは……悲しいですね」


 何処までも愚直に誰かの為にとあろうとする事が、何処までも疎外感を感じさせる。

 壁や溝を感じさせ、その距離が近くても同じ場所に立てていないのだと。

 近くに居るだけでは足りないと、マーガレットは少しでも理解しようとした。

 その答えは、目の前にある。


『いや、マア。なんというか……。別に痛めつけたいワケじゃネェよ。ただ、闘っておきたいンだ。人間にもこういう連中が居るッテ、国の目を覚ましてやりたい。ジャ無けりゃ、遠くないうちに行き詰る』

『あとは、純粋に……オレサマがどの程度なのかを少しでも試したいンダ。王子だとか、首長の息子だとか、そういうので本気でやり合えないのはもうイヤだ』

『代わりに、ジョウチャン達には出来る限りの事はする。それがキョーダイとの約束だから』


 ゾルは、そういって自分の首から提げていた装飾具をマーガレットに渡した。

 それが彼女に手出しさせないと、身を守る証明になるといって。

 実際、そのおかげで彼女は奇異な目で見られることはあっても、言葉や態度ですら侮蔑されることは無かった。


 特等席とも言える場所で、プリドゥエンとテレジアが観客席に紛れ込んでいるのを彼女は見た。

 プリドゥエンが紛れ込ませていた子機が、サプライズイベントでヤクモが嬲られていたのを知っていたからだ。

 それが誰の手によるものかは別にしても、この戦いに意味や信用・信頼が無くなればその時点で救出し、国そのものから離脱することすら考えている。

 その場合、プリドゥエンの子機による支援とワンちゃんの突入でマーガレットは離脱することになっている。

 その後の状況を見て、ヤクモを抱えて逃げるのか等も、色々と考えられていた。

 だが、それらはまだ先の話だ。

 

 マーガレットは、震える手を握り締めて目の前の戦いを余す事無く見つめる。

 自分が加担していることを理解していながらも、彼女は……戻ってきて欲しかったのだ。

 それが矛盾した望みだと思いながらも、元気になって欲しかった。

 今の諦観と停滞を選んだダイチではなく、展望と進歩を選んだヤクモを再び見たいと。

 しかし、それでは危険や苦労を再び背負い込むだろうということも分かっている。

 もうどうでも良いと、ノンビリとしている今の方が彼の為ではないかと彼女は悩んだ。

 普段から義務と責務を感じて何かをし続けるヤクモよりも、適当に日々を生きているダイチの方が彼を安んじるのではないかと。

 

 しかし、結局どちらでも彼は後悔するだろうと思い、彼女はあえて彼を騙す道を選んだ。

 危険の無い、狂言誘拐。

 激昂し、ゾルを敵視し本気を出す。

 その結果勝利するか敗北するかは別としても、止まった心臓が再び脈動するにはその方が良いと。

 自信を、少しでも取り戻せるのならそれが良いとマーガレットは選択した。

 そうする事で、たとえ茨の道に突き進むことになろうとも、自分たちが共に歩めばよいと。

 数名が、マーガレットと同じ考えに行き着いた。


「頑張って……」


 魔法が何度も飛び交い、その中で何度も自爆特攻を重ねる。

 既に衣類はボロボロで、互いに血に塗れている。

 それでも、徐々にではあるが──ヤクモは、笑みを取り戻していた。

 自信の喪失と共に蓋をされた戦いに触れ、生きがいの中に快楽を見出したからだ。

 ゾルのことを戦闘狂いと評しながら、戦闘以外に己に価値を見出せない男が苦痛と困難などを飲み込むには諧謔的になるしかなかった。

 痛いからイヤだ、苦しいからイヤだ。

 そういった否定を、”けれども、それを感じている間は生きていると言う証拠になる”と肯定に変換する。

 

「ぐっ……」


 背中から地面に叩きつけられ、倒れるヤクモ。

 だが、倒れ際に放った魔法が、追撃で接近していたゾルに直撃していた。

 痛みを感じながらも、起き上がると再び戦闘に戻る。

 マーガレットを救い出さねばならないと、ただその一心のみによって。

 

「うぉらぁぁあああああっ!!!!」

「来いヨオラァァァアアアアア!!!!!」


 互いに何かを背負うもの同士、闘うしかない。

 闘わなければ誰かを救えず、命を賭けなければ真実を見せ付けられない。

 二人は、悲しくも忠実だった。




 ── ☆ ──


「ガッ……」

「くそ、ちくしょう……」


 勝ったのは、たぶん自分のはずだった。

 蓄積したダメージが、ゾルの足腰から力を奪った。

 膝を突いたゾルを蹴り飛ばし、よろめきながら馬乗りになる。


「ハ、殴れよ……」

「そんじゃ、遠慮なく」


 一発、二発、三発。

 何度も、何度も殴り続けた。

 しかし、なぜだか試合終了の声が聞こえない。

 さらに何度か殴っても、ゾルはニヤニヤと笑ったままだ。


「終わらせろよ」

「終わらネェよ。オレは……何年も優勝し続けてきた男ダゼ? そんなヤツが、人間相手に降伏するのを、観客が望むカ? 今だってそうだ、ヤツラは……オレが何かすると信じて疑ってない。もう、動けネェってのに」

「終わらせろよ!」

「なら、終わったと思えるまでやれヨ」


 渾身の力をこめて、殴る。

 地面が陥没し、罅割れ、煙が舞った。

 しかし、それはゾルを殴ったわけではない。

 ゾルの頭一つ隣を殴っただけで、自分はゆっくりと立ち上がった。


「もういいだろ! なんで試合終了の合図がかからない! 何で終わらないんだ!」


 優勝者であり、獣人であり、王子であるゾルには最初から敗北という道が用意されていなかったのではないだろうか?

 それは遠まわしな殺人じゃないかと考えると、ここ数週間の戦いですら仕込みにしか思えなくなった。

 それでも観客は戸惑い、決着の合図もかからない。

 なら──。


「もういい、俺が降参する──」


 そうすればこの馬鹿げた試合は終了だ。

 ゾルとの約束である本気で試合をするという目的は果たした、マーガレットも無事なようである。

 ならここに居る意味は既に失われた。

 優勝する事には意義も意味も感じていない。

 

 武器を収めて立ち去ろうとすると、眩暈がしたような暗闇が視界を覆った。

 疲れたのかもしれないと思ったが、そんな事は無かった。

 ドスドスドスと、自分に何かが深くめり込むのを感じる。

 思考と肉体が乖離したのを感じて頬を己で張ると、何が起きたのかを理解する。

 

 ハリネズミのように、矢が沢山突き刺さっていた。

 何処からなのか、誰がそうしたのかを考えるよりも先に、立っている事が難しくなった。


「ダイチ様!!!」


 マーガレットの声が聞こえたが、体が思うように動かない。

 ゾルを見ると、ゾルもこれは想定していなかったらしい。

 驚きの表情が、脳にこびりついた。


『人間が獣人の催しを穢していると聞いたが、まさかここまでやるとは思わなかった』

「……誰だ」

「クソ、オヤジのヤロウ……」


 ゾルが憎憎しげにそう吐き捨てた。

 どうやらゾルの父親であり、現在のヘルマン国を統治している男のようであった。

 ただ、ゾルの好青年で鍛え上げられた肉体と見比べると、太鼓のように膨らんだ腹や胴体は”戦闘民族”を感じさせないくらいに落ちぶれている。


『息子を痛めつけた咎と、ファム様への戦いの宴を穢した咎によりここで殺す』

「そりゃ……そりゃネェだろうがよオヤジぃ!!!!!」

『ゾル……』

「戦いの宴は、人間も交えた物だっただろうがよ! それをアンタが長になってから、人間を弾いたからこうなっただけだろうガ!」

『それは違う。人間は同胞を浚い、汚い手で勝利を掴もうとしてキタ。戦いからだけじゃなく、国からも排除するのは間違いではナイ』

「だからって、戦いを穢すことや、奉納する戦いを歪めて良い理由ニャならネェだろうガ!!!」


 ゾルの言葉は、オヤジである相手には届かないようであった。

 観客席から観客を押しのけ、あるいは選手の入場口から装備を整えた物々しい面々が入ってくる。

 それはきっと自分を殺す為の兵士か何かなのだろう。

 

 ゾルの意図した結果ではないにしても、もはやここに居る意味がなくなった。

 マーガレットを見ると拘束されかかっていて、腕を掴まれているのが見える。

 とっさに小銃を出してその相手の肩を打ち抜くが、銃の反動で全身の矢がさらに深く身体を蝕んだのを感じた。


「……終わりなんかな、これで」

「クソ、こんなのオレは望んジャいネェぞ!!!」


 ガシャンと小銃が手から零れ落ちる。

 血溜りを作って脱力する中で、訪れるだろう死を受け入れるしかない。

 その後生き返れるのか、待たなきゃいけないのか、本当に終わりなのかは分からなかった。


 だが、今回は……諦めさせてはくれない連中が居た。

 遠吠えが聞こえ、戦いの音が聞こえ、悲鳴が聞こえた。

 目蓋を閉ざして数秒だと思ったが、数十秒もの時が経過していたようであった。


「ご主人様!」

「大丈夫? キミ!」

「はっ……」


 バカだろと、軽口を叩きたくなった。

 けれどもそんな余裕もなく、力ばかりが抜けていく。

 ワンちゃんに乗ったマーガレットが舞台に下りてきていて、自分に駆け寄ってくるのを見た。


「マーガレット様、ワンちゃんと共にご主人様を」

「ここは私たちが受け持つわ」


 マーガレットに支えられ、ワンちゃんに襟首を噛んで放り投げられて背中に乗せられる。

 そんな中でもゾルの父親がうるさく喚いていたが、観客席から一つの影が舞台に降りてくると数十の獣人を軽々と吹き飛ばすのが見えた。


「マーちゃん、ワンちゃん。こっちこっち~」


 それは……トウカだった。

 まさか来てくれるとは思って居なかったが、今はそれどころではなかった。

 失血で意識の維持が難しく、マーガレットが矢を抜きながら治癒をし続けてくれている。

 ワンちゃんが駆け出すが、その中でゾルの「待ってくれ!」という声が聞こえた。


「まったないよ~」


 トウカはさらに包囲網を蹴散らすと、ワンちゃんに飛び乗って闘技場を抜け出す。

 しかし、ゾルがワンちゃんにしがみついた様で、トウカの「しつこいな~」という声が聞こえた。


「トウカ……」

「な~に~?」

「ゾルは……大丈夫だから」

「そうなの?」

「うん」

「じゃあ、ちゃんと乗せないと」

「お、オウ」


 その後、クラリとワンちゃんから落ちそうになる。

 しかし、トウカやマーガレットによって支えられながら自分は久しぶりの外へと出ることになった。

 ただし、途中でマスクウェルの誘導による下水道の旅を挟みながら。

 下水道を通ったさいに汚物に触れてしまったのだろう。

 脱出が終わり、治療が終わった後で酷い吐き気と高熱に見舞わされることになった。


 意識がおぼろげな中で、誰かに運ばれて身体をようやく横たえることが出来る。

 ボロボロの服は直ぐにはがされ、マーガレットが様々な薬草や魔法による治療をしてくれたことだけは……なんとか、覚えていられた。

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