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元自衛官、異世界に赴任する  作者: 旗本蔵屋敷
10章 元自衛官、獣人の国でやり直す
167/182

165話

 良く休めなかった、疲労感が抜けきっていなかった、そもそも継続的戦闘ではなく断続的戦闘に対する訓練をしていなかった。

 言い訳なんていくらでも思い浮かぶけれども、最終的に言えるのは「自分が不甲斐無いからだ」で終わる。

 骨折、切り傷、擦過傷、打撲、皹、痺れ、麻痺、神経毒……。

 決勝戦にまで来ると、もはやなんでも有りだった。

 今までランダムに抽出された人員でその戦闘のみでの仲間として戦ってきたが、そうやって32名が16名に、16名が8人に、8人が4人に、4人が2人になれば後は個人戦と何も変わらない。

 

 今までの獣人の多くは力任せで、少しばかり技量が優れていたりする程度だった。

 しかし、最後の最後で自分がぶつかったのは”プロ”のような相手だった。

 狩人のような相手は神経毒の吹き矢だの、乾燥させた植物の粉末をつめた小袋をぶつけて痺れさせてきたりと頭を使っていた。

 距離を離せば鞭を使ってくる上に、近接に持ち込めば的確に金的や人体の中心部という弱点を狙ってくる。

 それでもなんとか勝利できたのは、辛うじて自分の運が勝ったというだけでしかない。

 鞭で拘束されたのを逆に考えた。

 拘束されてるのではない、相手もこちらに拘束されているのだと。

 相手が自分の行動を制限してるつもりで、逆に鞭を手にしている以上は相手も制限されているのだ。


 無理やり引っ張りつけると、相手が垂直に引っ張られて飛んできた。

 それを思い切りラリアットで黙らせる。

 何処に当たったのかなんて分からない、ただ腕を叩きつけられた相手がそのまま軌道を変えて地面に叩きつけられて動かなくなる。

 死んだかなと少し焦ってしまったが、生命活動自体は行われていた。


『おぉっと、大盤狂わせダァ!!! 前回の準優勝を叩き伏せて勝利したのは、人間の大地ァ! オレサマも少しは厳しいんじゃないかと思ってたが、どうやら目が節穴だったみテェだな!』

「あぁ、クソ……クソ──」


 わき腹に突き刺さったナイフ、肩に刺さっている毒針、太腿に刺さっている暗器の矢だのと色々とひどい。

 以前に自分の世話を言いつけられた獣人の子供が居たけれども、これは名誉の負傷にも誇りにもならない。

 片腕が痺れて魔法の行使効率が悪い、突き刺さった矢が変な刺さり方をしているのか足が痙攣する。

 ひどい吐き気と眩暈がするが、すでに戦闘中に胃袋は空にしてしまった。

 回復魔法をかけるが、効率悪化の中で魔力だけを大量に消費してしまい空腹も酷い。


 ゾルが片手を小さく振るうのを見て、力なくピースサインを作る。

 そして退場して行くのを見て、きっと受け入れ準備でもしにいったのだろうと見る。

 あとは自分が集団戦においての優勝の表彰だけで、待機室に戻って……またあの地下牢とも言える場所に戻るだけだ。

 

 そう、思っていた。

 けれども、表彰……あるいは撤収だと思っていたけれども中々話が進まない。

 ゾルが居なくなった進行の場が幾らか騒がしく、なにやらきな臭いと思った。

 そして、嫌な予感は全て確信だという事を思い出す。

 自分がいつも「嫌な感じがする」というのは、常に確定した悪い事態を感じ取っているだけなのだと。


『おっと、ここで趣向を凝らした新しい事をする事になったァ! 飛び入りの挑戦者が居るようで、それを撃破すれば人間でも優勝扱いだそうダァ!』

「あぁ、んなこったろうと思ったよ……」


 観客席から、数名の獣人が飛び降りて乱入してくる。

 すでにその数は十名にものぼる。

 しかも、観客の癖にすでに武装されているあたり観客でもなんでもない。


「待ってくれ、呼吸を……ッ!!!!!」


 わき腹に刺さったナイフを、もはや落ち着いた状態で抜くという事が出来ないと感じた。

 一気に抜くと、ダクダクとあふれる血を腹筋と手で無理やり圧迫して流出を抑え、回復に専念する。

 回復というよりも応急処置程度には治癒したが、相手は待ってくれないようだ。


『さあ、十人を相手にこの人間は勝ち抜く事が出来るのカァ!!!』

「ゾルザルぁぁぁあああああぁぁ!!!!!」


 事情を説明しろとも、この状況を何とかしろとも言いたい叫び声だけが虚しく響いて消えていった。











 ── ☆ ──


「死ぬ……」


 ゾルに会う事無く、再び独房へと何とか帰ることが出来た。

 しかし、それに気がついたのは翌日の夜であり、どうやらそれまで意識を失っていたようだ。

 雑な止血処置、抜くだけ抜いて置きながら縛っているだけの負傷箇所。

 既に蟲に集られて食べる間でも無い冷めた食事、水だけ無いのは嫌がらせにも程がある。


「ステ……。って、神経毒回りすぎだろ。クソ、治れ治れ……」


 視界に映したステータス画面で、全身に発生しているデバフや負傷箇所とその深刻度を見て溜息しか出ない。

 幸いだとしたなら、辛うじて胴体がまだ無事というくらいで、あと一日遅れていたら心臓や肺が弛緩して死んでいたかもしれない。

 前にアーニャに頼んで解毒とか、そういった方向の魔法を教わっておいて良かった……。

 ただ、その初使用が他者のためではなく自分の為と言うのが情けない限りだが。


「お、目を覚ましたかキョーダイ」

「ゾル……」

「遅れて悪かった。目を覚ましたのが何時か分からネェが、少し立て込んでたんだ。オマエさんの為だが」

「何を言ってるんだ? ……っと」


 解毒をある程度済ませると、体の痺れや酷い痛みが回復する。

 それでも骨折だの打撲だのといったものはまだ残っているので、今度はそちらの処置をしなければならないのだが。


「昨日の決勝戦の後、オレサマが居ない間に勝手に試合を差し込まれた件でだ。進行役やそれを差し込んだらしいヤツを全員絞り上げてたんだが、最後の最後で死なれた」

「……ゾルの差し金じゃないのか」

「アン? なんでそんな事をする必要があるンだ? オマエさんには勝ち進んでもらって、人間に対する考え方や見方を変えてもらわニャならネェ。じゃなきゃ、この国はそのうち死ぬ」

「死ぬ、ねえ」

「分かってネェだろ? ツアル皇国に協力する代わりにメシを貰ってるんだ。少し考えりゃ”それが無くなったらどうなるか”くらい分かる。それが協力関係の終わりか、あるいは悪意のあるヤツが塞き止めたりするかは別にしてもな。いつまでも獣を狩って、貰った飯で笑って生きては行けネェのさ」


 ゾルの言い分は理解できるし、納得できる。

 そのために他国へと渡っていた、傭兵をやっていたと考えれば少しばかり色々納得できる。

 だが──。


「けど、ゾル。あえて一言いうけど、だいぶ綱渡りじゃないか?」

「なんでだ?」

「何でって、獣人の抱く考えや恨みは”正当”なんだからさ。人間が悪いことを実際にやってきた、だから人間という連中に偏見や辛くあたるのは仕方が無いと思う。お前がする必要があるのは、獣人の印象を変えることだけじゃなくて、同時に人間連中に対しても同じくらい無法者を出さないように要請して”平等”にならなきゃ行けない。門戸を開きたい、未来を潰したくない。そりゃ大いに結構。けどさ、まず根本を正さなきゃやってる事はただ頭をたれる事にしかならないだろ」

「それも当然やるさ。だがな、それをするにしても他者を……人間が踏み込める国にしなきゃならネェだろ? それとも、国内の安定を無視して毎度毎度赴くのか? そんなんじゃお互い分かり合えるとは思えネェがな」


 そこまで考えてたとは思わず、閉口して黙り込むしかない。

 降参して両手を挙げるが、それと同時に恐ろしいほどの疲れと眠気、空腹が蔓延してくる。


「っと、長話も悪いな。ったく、オレが見てないと直ぐに変な連中が動き出しやがる。そんな残飯なんか誰が出したんだ?」

「さあ? 起きたらもう置かれてた」

「まあ、なんにせよ集団戦の勝ち抜きと優勝を祝わせてくれや。ある程度勝ってくれりゃいいと思ってたが、マジでここまでやるとは思ってなかった」

「……まあ、そうでもしないと延々と狙われるし。守れなかった二人の為にも、少しは頑張るさ」


 トウカとプリドゥエンを思えば、諦めたくてもそんな選択肢は選べないのだから。


「しっかし、勝ったにしても少しは誇ったりエバったりしても良いんじゃないか? それとも、ツアル皇国の連中のように謙虚ってヤツなのか?」

「勝敗は人生続けてりゃ常に生じるものだし、そこでへこんだりエバったりしても仕方が無いだろ。勝敗はただの過程で、その先の生死こそが結果だからなあ。勝っても負けても、生きていればその逆のことが起こりうるんだからさ。いちいち何十回と戦って、その中の一人として優勝した所で誇らしくもなる訳が無い」


 そもそも、こんなに傷だらけになったら両親だけじゃなく弟や妹でさえ色々言う事は間違いない。

 ミラノやアリア、カティアが居なくて良かったと本気で思う。

 たとえ必要であったとしても、そのために何処まで自分を犠牲に出来るかでしか何かを掴めないのだから。


 だが、ゾルとしては面白くなさそうだ。

 あるいは、理解が出来ないのかもしれない。


「少しは嬉しくしてくれネェと、英霊の為の戦いを穢すことになるんだがなぁ」

「英霊ファム、ねえ。これで喜ぶかねえ……」

「──今は学園に居るらしいけどな」


 これは踏み込まないほうが良い話題かもしれないと、ゾルが差し出したちゃんとした食事を口にする。

 幾らか残っていたはずの死亡が回復魔法の乱用で消費されてしまった、ひどい飢餓状態だ。

 物足りない、もっと食わせろと思ってしまったが、そうするとデブるので程々が良い。


「そういや、学園の方じゃ英霊が結構集まって色々教えてるらしいな。コッチでも結構聞いてるゼ」

「英霊マリーと、ヘラ。アイアスにタケルに、ファムにロビン……だったかな。ユニオン共和国にはヴァイスも居たらしいけど、どうなってる事やら」

「いろいろ知ってるンだな」

「学園経由でユニオン国に入って、そこからコッチに来たからなあ。獣人ってのを見てみたかったし、そのあとでツアル皇国に行く予定だったんだ」

「ほぉ~ん」


 ゾルはしばらく顎を撫でていたが、ニヤリと笑うと人差し指を向けてきた。


「……まあ、色々理由がアンだろ? 最近英雄になったと噂の”ヤクモ”さんヨォ」

「何いってるんだ? 両親に貰った名前はダイチだ。カヤマ・ダイチ。山のように大きく、大地が如く広く多くの人を支えられるような優しい子になりなさいと言う願いから貰った名前だぞ」


 ちなみに、名前がそうなった由来は両親が阪神・淡路大震災を数日の差で転勤で国外へ異動して、その様子を父親が外務省の一員として忙殺されながら触れたからだそうだ。

 母親もテレビ越しに見ていたらしく、父親は一週間帰らなかったこともザラだったとか。

 沢山の者が失われた中で、優しい子になって欲しいとして……大地と名づけた。

 実際には他者にではなく自分に優しい子に育ってしまったし、大地の様な懐の広さも無い大人になってしまったが。


「いやいや、誤魔化すのは無理があり過ぎンだろ」

「逆に、なぜそう思うのか論拠を聞きたいくらいだ」

「まず見た目が噂と大部分が合致してるってのと、英霊が学園に居るって話で何でオマエさんはそこまで詳しく知れてるんだ? そもそも、ユニオン国の英霊ヴァイスに関しても触れてないのになんで知ってるんだって話ヨ」

「いやいや、学園に居る英霊の話くらい外にも漏れるだろ……」

「『いんや?』 そもそも、英霊の話なんて噂話が大半で、英霊マリーと英霊ロビン、英霊アイアスに関してはヴィスコンティの連中が隠してるから居るかどうかすら分からないのが当たり前ダロ?」

「──……、」

「ツアル皇国は前線に英霊タケルと英霊ファムを置いてるし、オレサマも居たから少しは見たことくらいあるんダゼ? まあ、英霊ファムは見れてネェけど……。あとは、神聖フランツ帝国では英霊ヘラは自ら様々な事をやってたから周知されてるし、英霊ヴァイスも国を纏め上げるまで前線に居たからな。噂どころか、傭兵の間でも一致した認識くらいある。認識されてるということは、英霊マリーやアイアスと言った連中が居ると言って、オマエさんのように絶対そうだと言えるのは余程の馬鹿かオマヌケだけなのよ」


 それは……。

 いや、話として触れるだけでもアウトとかだいぶヤヴァくないですかね?

 けど、それで論破されて敗北を認めるくらいボッチ暦が短いわけじゃない。

 ネットにどっぷりと漬かっていれば、これも逃げられる。


「いやいや、ゾルさん? そもそも、学園で騒動が起きたことをあのテレジアに聞いてるんですけどね? その時に一握りの英霊の話が出てきた、だから確実な情報として知ってるだけだって」

「あぁ、あの嬢ちゃんか……」

「そうそう。そもそも大きな出来事は組合にとっては組員である傭兵連中にも関わることだし、仕事でも色々知ることが出来る事だって多いだろ」

「──まあ、そういう事にしておこうか? ちなみにダナ。オマエさんが傭兵として活動した前後でまったく似通った英雄ヤクモは捜索されたくらいに行方を眩ませたらしいけどな」

「色々あるんだろ? 英雄ってのが息苦しかったとかさ」

「それと、なんかダイチって名乗りだしたとか」

「それもう知ってる奴が俺のあとつけてただろおぇぁっ!!!!!」


 なんで密接な状況の変遷が情報として残ってるんですかね!?

 まあ、傭兵にも移動タイプと固定タイプが居るとか言ってたし、たぶん移動が被った奴が居たんだろうな!!!!!


「ナァナァナァ、なんで逃げ出したんだ?」

「それはッ──」

「マァ、落ち着け。興味はあるが、言いたくないんだろ? たとえオマエさんの中身が何であれ、オレにとって重要なのはその中身は獣人を相手に差別も憐憫も抱かない思考をしたバカだって事だけサ」

「それを、信じろとでも?」

「──ハハ、初めてイイ顔をしたな? キョーダイ」


 ミシリと、鉄格子を掴む手に力が入る。

 言われてから自分が久しぶりに熱を持ち、その結果感情のままに生きる人間に戻っていたのに気づく。

 ユルリと力を抜き鉄格子を手放すが、握力によって握りつぶされた鉄格子には指の痕がくっきりと残っていた。


「おー、コエー。本気を出せばもっと楽に勝ててたダロ。いや、それじゃ殺しかねないか」

「……一つだけ確認させろ」

「なんだ? キョーダイ」

「お前、実は仲間にもまだ監視つけてたりしないか? 俺が逃げ出す前と、逃げた後の仲間に」

「付けてるぞ?」

「──……、」

「マァマァ、キレんなよ。相手が良く分からないうちに対等なまま出て来る訳が無いだろ? ただ、こうして状況を教えて安心させるくらいのことは出来るッチャ出来るが」

「どういう意味だ?」

「いや、普通にオマエさんのお友達は元気にやってるよ。だが、この街にまで到達したらしいが」

「……それが事実という保障は? 俺が安心して間抜けを晒してる合間に裏で色々やってないという証拠は?」

「証拠は無い、が。証明はしてやれる。必要なら出入りの帳簿を持ってきて名前が記入されたのも見せるゼ?」


 静かな鼓動だけがやかましく感じられた。

 本当の言葉なのか、それともそれすら嘘なのか。


「──目的は何だ」

「イヤイヤ、言ってる事は変わらネェよ。ただ、国のために、親父が退いた後の為に国を立て直すためには何が良いのか、何が必要なのかを考えているだけサ。だが、正直どうすべきか困るネ。オマエさんを生かしておく事が果たして利益に繋がるのか、それとも破滅への道になるのか。その為には脅迫や恐喝、あるいは仲間を捕らえる事すら考えても見たガ──」

「が?」

「そうした方がオレサマの首が絞まるからやらネェ。それに、ここ暫くそばに居て分かったのは、オマエさんの嫌う事をしなければ、あるいは信用や信頼が克ち合ってる状態なら、変な事をしない方がより良いと思えたしナ。狗なら飼い馴らせば良いガ、狼は飼えネェ」

「狼、ね……」

「オマエさんは狗のように見えるが、それは猟犬のソレに近いからナ。普段は静かに、あるいは愚鈍そうに見せかけて、その奥は……隙を見せたら一瞬で喉を噛み千切る狼と同じダ。それに、狼は仲間想いダ」


 そう有れたらいいけれども、実際には自分は何も出来ていない。

 仲間想いなのではなく、仲間にぶら下がっているだけに過ぎない。

 拘りはするが固執はしない、利益があるから大事にはするが不利益になるのなら見切りをつける。

 

「で、俺には暫く道化を演じろって?」

「ハハ、イイ顔をするようになったナ。だが、それで見返りが手出しをさせないってだけジャ面白くないだろ? 言えヨ。オレさまに出来る範囲で酬いてやる」

「それは、人間であっても自分に連なる連中には手出しをさせないってのとは別に、か?」

「あぁ、そうだ」

「なら……通行許可証だな。これからどうなるか分からないけど、ある程度優先して門だの街だのを移動できる程度の権限を」

「軽いナ」

「それ以外は、理由が何であっても自分らに手を出さない事を遵守してくれりゃ──それでいいや」


 へにゃりと、力を抜いて座り込む。

 そして温もりが消えないうちに食事の残りと祝い酒を口にした。

 ソレを見ているゾルは少しばかり意外そうな顔をする。


「それでいいッテ、欲が無いナァ」

「高望みすれば足元を掬われる、かと言って何も望まなければ疑われる。なら、程々の物を望むくらいが長生きできる。それに、楽して得た物の価値は……良く、分からないしなぁ」


 異世界転生によるイージーライフ。

 身体能力の向上による本来であれば新人類にとっては赤子レベルだったのが同等以上になれている。

 旧人類への服従などで発言力や好感度への勝手な補正。

 そして銃器や訓練なしでの膨大な魔力と、知識による魔法の行使に関するズル。

 そのせいで価値観が余計に狂ってしまっているので、有り難味も苦労も無い状態だ。


「けど、そうだな……。もし──」

「もし?」

「この国が落ち着いて安住出来そうなら、どこか呉れれば良いかなぁ~って。今まで家すら持った事が無いんだ。一度は腰を落ち着ける場所がどこかにあれば、ソレが良いかなと」

「なら──」

「一等地とか要らないからな? けど、そうだな。仲間達が居ても手狭じゃない場所なら、何処でも良いさ。なんか……なんか、もう。今回の一件も含めて、少しばかり疲れた。休みたいんだ、ちょっとばかり」

「……なら、少しばかりオレさまも頑張ってやるヨ。キョーダイ、オレはな? たとえ利用した形であっても、恩には酬いる。それがこの国に居る間だとは約束してやれないガ、必ずそうするさ」

「ま、その言葉をとりあえずは信じとくさ。……それじゃ、少しはずしてくれ。治療や回復、修繕とか……色々やらないとなぁ」

「分かった。それと、今回の件は本当にオレじゃないからナ?」

「分かった分かった」


 ゾルは納得してない様子ではあったが、それでも信じさせる証拠は無いと断念したようであった。

 彼が去った後、自動修復の追いついていない服装や、回復の足りない肉体の治癒に専念する。

 服を脱ぐと、酷い怪我々ゝが現れた。

 振れるだけで、動くだけで、布地が擦れるだけで痺れる様な痛みから解放される。

 服装や装備を点検している中、借り物だった鞘が破損して中身が見えているのに気づく。

 伝説の剣だとか何とか言われていた代物が、隙間からきらりと光っている。


「お前もバカだよな。なんで自分に拾われたんだか」


 もっと良い使い手が居ただろうと、剣としての出番が少ないそいつに同情する。

 あるいは、片割れを失った剣だからこそ伝説としての能力や尊厳すら失ったとか。

 あの銀髪の少女は、もっとコイツを上手く使いこなしていたっけ。

 目蓋を閉ざし、マリーが召喚した彼女との手合わせを思い返す。

 剣……というよりは、便利な道具のように扱っていた気もする。

 洗脳されていたヘラとの大戦の焼き直しの中でも、投げた剣に自身を移動させることで攻撃と移動をこなしていたっけな。


「ごめんな? こんな無様な使い手で。もっと上手く……使ってやれれば良かったんだけど」


 そう言いながらトウカから教わった手入れのやり方を思い出す。

 血脂を拭ったり、若干であれば研ぎ直すくらいは分かるようになった。

 やっていることは包丁と同じかもしれないが、耐久度や刀身と引き換えに行っているので注意が必要だ。


 そして、回復と休息のバランスを見て目蓋を閉じると……甘い夢の名残が飲み込もうとしてくる。

 寝ている感覚はあるのに、意識だけがまどろみの中ではっきりとしている。


 ──ねえ、なんで傍に居てくれなかったの?──


 しかし、甘い夢は途中から自分を責め立てる自分の夢へと切り替わっていく。

 幸せを感じると、その幸せに見合わない自分を思い出して。

 だが、それが──最近は、趣向が変わったように思えた。

 今までの夢は一方的で、他者の姿を借りた自分による自己否定でしかなかった。

 CODのゾンビモードのように、あるいはGears of WarのHORDEのように、ただただ暴力を耐えるしかなかったのだ。

 だが、今は……何かが違う。


 ミラノの姿をしたナニカが、心を揺さぶろうとしてくる。

 けれども、それは心に響かなかった。

 共鳴でもない、反応でもない。

 感情や想いに同調しない言葉は、何の影響をも齎さなかった。


 それどころか、光景ですら……自分のものではない。


「はっ……」


 甘い夢では否定される、では”俺好みの夢”にすれば良いだろうと毒の残滓が適応したのかもしれない。

 だからこそ、綻びまみれの夢は直ぐに破綻する。


「自分で目が覚めることが出来るなんてなぁ……」


 それでも汗だらけだったが、自力での目覚めが始めて成功した。

 酷い夢見だったけれども、悪夢に付き合わされることはなかった。

 疲れたなと腕時計を見るが、まだ三時間寝ただけだった。

 一日も過ぎておらず、その癖酷く濃密な日々で回復が追いつかない。


「あぁ~、風呂入りたい……」

 

 濡れタオルのみの提供ではどうにもならない。

 魔法で何とかしたくても、回復に最近は極力注ぎ込んでいるのでその他の事が疎かになっている。

 胃袋の中がもうすっからかんになっている、どうやら胃袋の消化効率がよくなっているらしい。

 マスクウェルの施した旧世界の強化人類計画とやらは、出来る限り不都合なところや弱さを消そうと躍起になったらしい。


『ご主人様……』

「……プリドゥエン?」

『しっ、お静かに。こちらに居ます』


 チカチカと薄暗い地下牢の中、柵の外で明滅する鈍い光を見つける。

 その明滅の仕方を見て、脳裏でゲームと訓練の二つが思い出される。

 All Clearという、安全である光信号であった。


『ご無事ですか?』


 そんな言葉と供に現れたのは、かつてのロボット体の方のプリドゥエンだった。

 ステルス迷彩を僅かに解除し、歪んだポリゴン体をうっすらと見せている。


「まあ、何とか……」

『事情は出来る限り把握したつもりです。ご主人様は……最後までお付き合いになられるおつもりですか?』

「事実であれば乗るに値するし、嘘なら叩き潰すだけだ」

『また、何十何百と死んででもですか?』

「それでお前らが守れるのなら、あるいは……手出しするのに見合わないと感じられるようになるのなら」

『……毒の影響ですか? それとも、私の行った投薬の悪影響ですか?』

「さあ、どっちも……あるんじゃないかなあ」


 見ているだけで幸せになれる夢と、ハイになれる薬。

 その同時摂取で過剰ダウナーになっていると言ってもおかしくはない。

 じゃなけりゃ、とっくに痛みと疲れで泣き喚いている。

 ソレが出来ないのは、痛覚が磨耗してしまうくらいに副作用を受けてしまっているから。


「てか、お前ら……近くにいるのか?」

『ええ。マーガレット様とも合流しております。皆様、一緒に居られます』

「そっか……。なら、良かった」

『良くはありません。ご主人様はまた他人の為に己を犠牲にすることを選びました。その件で、私が不満や怒りを感じてないとでも?』

「それはどうでも良い。今は目標に向けて行動中だ。感情の吐露は、成否の後で聞く。ソレよりも──」

『それよりも、状況を伝えて国を離れろと?』

「そうだ。これが成功するにしてもしないにしても、ゾルの目的が達成するまで時間がかかる。それまでに自分に危害が及ばないとは限らない。その時に繋がりがバレて人間に敵意を抱く連中に狙われたら厄介だ」

『ご主人様は、どうすると?』

「んま、ゾルに付き合って出来る事をやってみる。それに、なんだか別の意図が動いてるみたいだし、それを無視したら……駄目な気がするんだ」


 気がする、と言う名の予感であり、予感と言う名の確信である。

 このクソッタレな目は、新しい未来を見せてくれた。

 それは人間との関係を改善しなかった場合、人類は詰むと言う最悪な未来だ。

 ユニオン国と手を結んでも、神聖フランツと手を結んでも、ヴィスコンティがツアル皇国に助勢しても、それら全てが重なっても足りない実力差。

 ユニオン国との争いという馬鹿げた行いだけではまだ足りないと、未来の方が教えてくれた。

 ふざけるなと、自分にこれ以上何をやらせたいのかと。

 

『ご主人様。その……理解が出来ません。なぜ戦う必要があるのです? なんなら全力を持って国から脱すればよろしいではありませんか。それに、それが出来る装備や技術をご主人様はお持ちなはず』

「──その話は落ち着いたらしよう。ただ、これをやらなきゃいけないんだ。だから頼む、逃げてくれ」

『お断りします。部下を、仲間を見捨てて逃げるような方の命令は聞けません』

「……だよな」


 失望も裏切られた感覚もなかった。

 理由が何であれ、自分は彼らを守る力がなかった。

 だから切り捨てて、自分のみで敵の中心部に踏み込んで行ったのだ。

 裏切ったのは、自分のほうだ。


『なので、お助けしようと思います』

「は? いや、まてまてまてまて。それは、ダメだ。プリドゥエン、自分は……俺は──」

『ええ、分かっております。貴方様は我々を想い、その主たる己を差し出すことで隷下の皆を救おうという、”指揮者”としての行動をしたのだと。ですが、私はそれに反対いたします』

「……ダメだ。今ならまだ繋がりをなかった事に出来る。合流するにしても、国外で良いだろ!」

『いえ、それをしては”我々”では無くなってしまいます。籠の中の鳥に、させられてしまいます。気持ちや厚意は……感謝します。しかし、その為に行動や思考まで束縛され、人間らしさを失うわけには行きません』


 人間性、人間らしさ……プリドゥエンの重視しているものだ。

 それがどれを指しているのかは曖昧だけれども、それは人間としての”弱さ”から来ているような気がする。

 誰かの為に己を差し出してしまう、その理由が”失いたくない”という自己愛のメンタル。

 あるいは……他者で周囲を覆わねば、その空隙や空白のみによって己が見出せないくらいにフンワリした意識とか。

 ちくしょう、下らなさ過ぎる……。


「……分かった、認める。ただし、それはゾルと自分の話が破談になったと判断した時にしてくれ。それ以外での、間接的な行動も直接的な行動はダメだ。ただ、行動するに当たって必要とする情報をかき集めて、その上で配置をする場合は教えて欲しい。地獄から抜け出すにしても、その案内人は必要だからさ」

『ご自分で地獄と言ってしまっているじゃないですか』

「口が滑ったんだよ。ここ最近、毒物や傷みに漬からない日々のほうが少ないくらいだ。軽口を叩けるだけ有難いと思えはしなかったけどさ」

『……では、意向を理解したので私も偵察に入ります。顔ぶれは貴方様がご一緒だったテレサ様、マーガレット様とそのお連れのワンちゃん。それと私とトウカ様と……マクスウェル様です』

「マクスウェルは、何が出来るんだ?」

『知識面や思考においてはかなり頼れます。最悪の場合、ご主人様を下水から逃す事も視野に入れておりましたが、その場合の出口の先をご存知でした。本人に言わせれば”地形や地理から考えただけだけど?”だそうですが』


 きっと、プリドゥエンを管理者権限で凍結させたとしても意味がないだろう。

 独断ではないのなら、もうそれはとめられない総意だということだ。

 マーガレットは下手すればお話だとか、下手すればワンちゃんと一緒に何とかしようとするかもしれない。

 テレサも組合としての立場を用いかねないし、そうなると立場が悪くなるのは……彼女たちだ。


 下らない、下らないと思っている。

 けれども、胸のざわめきを抑えられない。

 誰かの為に行動する、それは決して善意からじゃない。

 百人の内一人でも同じようにしてくれないかと言う願いからだ。

 それが、今起こっている。

 馬鹿げてる、自分を何だと思ってるんだ、安売りするんじゃない。

 そう思いながらも、そうしてもいいと思われるくらいには……なれてるのではないかと思えば、頑張れる気もした。

 

 集団戦が終われば、後は個人戦だけだ。

 個人戦は……今はとにかく勝ち進めている。

 ゾルがいい具合にナレーションをしてくれるおかげで、変に憎悪を掻き立てたり妨害を受けることはない。

 観客席から攻撃までされたら、それはただの乱闘になってしまう。

 ゾルもナレーションをしながら、どうやったら面白おかしく、その上で”人間サマ”への偏見や意識を変えられるかに躍起になっていることだろう。

 ただ……今回の決勝戦後のアレは、誰の差し金だ?

 結果として毒もそのままに戦い抜いて何とかなったけれども。

 無我夢中が過ぎた気がする。


「格闘のプロなら、もっと効率的に、もっと効果的に相手を無力化できるんだろうなあ……」


 どうしても無力化ではなく手加減になってしまう、そうなると匙加減をミスって戦いが長引くことが多い。

 殺せば……直ぐに終わる。

 事実、幾つかの試合の中では、獣人たちのどちらかないし両方が死ぬ事も皆無とは言えなかった。

 腕が切り飛ばされたやつ、片足を切断せざるを得なかったやつ、片目を失ったやつ、喉を潰され永遠に喋る事が出来なくなった奴。

 そんな中で、自分も……同じようにした所で問題ないのではないかと言う考えがよぎる。

 

 だが、それじゃあ──前と同じだ。

 自分でまいた種を、さらに拡大してやる必要はない。

 ゾルの意図は別としても、自分自身に絡みつく蔦を切除しなければいけないのだから。


「……あ゛ぁ゛~、ゾルと戦いたくねえよぉ~!!! バカじゃねえの? バカじゃねえの!? バ~カ! ぶぁぁぁあああああぁぁカッ!!!!!」


 絶対強い。

 それどころか、ガチで全力出してくると思う。

 英霊の連中にようやく追いつけたかと思ったけど、それを超えるスペックの連中出してくんじゃねえよ!

 





   ── ☆ ──


 ゾルの父親である首長は怒りを隠しきれずに、報告を受けて部屋の中をひっくり返すように暴れていた。

 花瓶は壁に叩きつけられ、花は踏みにじられ、価値のありそうな装飾品すら投げられ、机や椅子はひっくり返っている有様だった。


「なんてザマだ!」

「はっ……」

「複数人で取り囲んだにも拘らず、死にかけの人間一人殺すことが出来ンのか!」


 決勝戦後、ヤクモは独力でその場を勝ち抜けた。

 それは今までの試合の中、観衆ですら気づけなかった魔法の存在によってのものだった。


『出ろ、お前らぁ!!!』


 死に掛けだった男の、半ば怒りの混じった叫び声。

 次の瞬間、半透明の人間が複数出現し戦闘に加勢した。

 それが何だったのかを考える暇もなく、劣勢を拮抗状態にまで押し返す。

 突如として頭部から出血しながらも、ヤクモ自身も戦いに参加し、勝利をもぎ取ると気を失う。

 その瞬間に夢幻の兵士たちが消えたことで、魔法なのではないかと認識された。


「連中はどうした?」

「今頃は犬の餌でしょう」

「くぅっ……ググ──」


 失敗した下手人はすでに処分してあると聞いても、彼の心は晴れない。

 それどころか憎しみばかりがブリ返し、怒りが頭を支配する。


「次は、もっと人数を集めロ。矢を射掛けろ、嬲り殺セ!」

「……しかし、闘技場の歴史を軽んじる事になりますが」

「知ったことカ! その歴史に人間の名が刻まれることの方がおぞましいワ!」

「では、用意を」


 男が去ると、ゾルの父親はそれでも暫く部屋を嵐のように破壊し続けた。

 かつて人間に騙され、片目を失った過去を持つ。

 それ故に成り上がれたとも言えるが、その当時の肉体は既に衰えていた。


「認めるものカ……、認められるものカ」


 息子のゾルが幾ら国の為に人類との外交努力をすべきだと言っても、彼は耳を貸さなかった。

 国内において人類に対して暴行や危害を加えても、それどころか窃盗から殺生に至るまでが黙殺されてしまう。

 そこまで”人類に復讐をすべきだ”と掲げて、ここまで来てしまった。

 たとえそれが望まれぬ物であろうと、長である彼には力があり、反対意見を封殺するだけの駒があった。

 自身と同じ苦しみや辛さを味わって欲しくないと言う願いも、今となってはゾルを拘束し己を正当化する主張に成り下がってしまった。

 一人でも多く、少しでも多く自分の受けた苦痛と憎しみを返さねばならないと。

 国を鑑みることなく、私物化して肥えていった。


 その結果、息子に愛想を付かされているとも気づかずに。

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