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元自衛官、異世界に赴任する  作者: 旗本蔵屋敷
10章 元自衛官、獣人の国でやり直す
160/182

160話

 テレサにはしこたま怒られました。

 仕事をねじ込まれる前だったのでまだ良かったが、それでも事後報告になってしまった事や相談しなかった事がマズかった。

 夕食までクドクドクドクドと叱られるし、夕食時には酒で絡まれるしで最悪だった。

 しかも酔い潰れてしまって運ぼうとしたら一発吐くし、マーガレットもスススと離れてしまうしでまるで良い事が無い。

 しかし、許可自体は貰えた上に「はいはい、デートデート。色男さんは大変ですね~」とテレサは同行しない事になった。

 出来れば同行してくれたら心強かったのだけど、マーガレットを想ってそうしなかったのかも知れない。


 シン……と、音が吸い込まれてしまいそうなくらいに雪が幾らか積もっている。

 前日吹雪いたのが嘘なくらいに今日は穏やかで、パラパラと昨日の降り忘れを今降らせているかのように幾らか見かけるくらいだ。


「昨日までの吹雪がまるで嘘みたいだ」

「ワンちゃんが今日は雪が落ち着く~って教えてくれたんです。そんな予感がしたとか」

「予感というより確信だよな? まあ、いいけどさ。ワンちゃん、匂いは頼む。雪の中どうかは分からないけど、何かに近づかれるより先に気づけるかはお前に頼るしかないんだ」

「ガルゥ」

「任せろ、だそうです」

「……お願いします」


 獣は基本的に人より優れている。

 熊の重量と力量には人間は叶わないし、虎や犬の速力にも追いつけないし逃げられない。

 チートを貰いはしたが、新人類の方が身体能力が優れている。

 じゃあ、それに見合って動物たちも強いんだろ? と思うのは当然である。

 そもそも弱者だったらモンスターと人類に板挟みになっていて滅びかねない。

 オークやゴブリンでさえ時たま動物によって返り討ちにされたり、逃げ惑っているのを見たことがある。

 つまり、動物とはモンスターにとっても脅威なのだ。

 じゃあ虎ならまだしも、その上神話に出るような虎とかもう話にならない。

 罠を仕掛け、動向を探り、習性を理解し、人数を揃え、遠距離からハリネズミにするのが人間らしいやり方という物だ。


 え? 正面からやりあう事になったら?

 そうなったらもうアレですよ。

 魔法や伝説の剣、銃で蜂の巣にするしか対抗策が無い。

 手榴弾を口の中に突っ込んでもいいが、間違いなく自分も半身が吹き飛ぶ自爆技になる。

 マーガレットの目の前でそれはしたくないなあ……。


「けど、雪の中でも薬草とかって見つけられる物なのか?」

「はい。木々を見て、植物の生え方を見て、あるいは周囲の環境を見て地面を少し掘ってみたり、木の皮を剥いだり洞の中を見たりしても大分見つかる物なんですよ?」

「……両方とも、やった事無かった」

「ふふ、こういうのは経験と知識ですから。あと、ヤクモ様は出来れば見ていてくださると助かります」

「潰したり、ヘンに手折ったりしたらまずいもんなあ……」

「いえ、中には触れると肌が被れてしまったり、微弱な痺れを誘発する物もあるんです。それと、中には男性の方が触れると弊害を催すような特殊な物もありますので、出来ればそれは避けたいんです」

「……はい」


 なにその聞いたことも無いような薬草。

 やっぱ世界ごと全部変わっちゃったんだなぁ……。

 魔法もあるし、科学も埋もれてるし、天使や獣人まで居る。

 幾らか自分の知っている常識を踏襲しながら、色々なものが変わってしまっていた。

 そもそも薬草や香草が有るのは現実でもそうだったが、煎じてから貼り付けると多少の傷も短時間で癒せるとは何なんだ?

 煎じなくても口に押し込めば再生能力を向上させて少しの効能は得られるとか、ゲームじみている。

 魔力を封じ込める石? 新陳代謝能力の向上による治癒?

 馬鹿げている、が……それがここでは常識なのだ。


「そういや、色々持ってきたみたいだけど──」

「はい、ちょっとしたお食事を持ってきちゃいました。女将さんにお願いして厨房を少しお借りして用意したんです」

「あ、だから昨日……いや、なんでもない」


 テレサに怒られてる間居なくなってたのかと言いたかったが、それを言うと自分が長時間拘束されていてそんな事を気にしていたのかと怒られかねない。

 本人は「今日はオフ~♪」とか言って暖房の付いた自宅に戻っていった。

 最後の最後”カシュッ”という音がしていたので、完全にビールタイムである。


 自分もビールの方が良いな……。


「あ、早速見つかりました」

「ん? どこ?」

「そこの木の根元です。別名股咲きの紅と言うんですけど、お茶のように飲む事が出来る上に眠気覚ましに使えるんです。乾燥させてから粉末状にして調合すると怪我をした人や意識を失いそうな時に意識を強く保たせる効果も出せるんです。それと、薬草と組み合わせると染みるのですが治りが良くなる効果をもった塗り薬になるんですよ?」

「へぇ~……」

「あ、ワンちゃんは近くの木の皮を剥いでください。洞咲きの桜を見つけたら教えてくださいね?」

「ガウ」


 洞咲きの桜?

 何だろうと思っていたが、ワンちゃんが指示に従って木に爪を引っ掛けて丁寧にはがしていく。

 何本目かで空虚な音が聞こえ、見た目は何とも無いのに皮を剥がすと幹に空洞が出来ている物があった。

 その中に淡く発行する桜色の花があり、洞咲きの桜というのもなんとなく分かる。

 ……が。


「桜?」

「ツアル皇国の限られた土地、彼の方々の故郷とうたわれる土地の木だそうです。私も実際に見たことはありませんが……薄らとした桃色で大変美しいと聞いております」

「……ツアル皇国の連中って、元からそこに居たわけじゃないんだ」

「伝承では遠い島国を故郷とし、そこを脱した民の子孫だとか言われてるみたいです。そちらでは獣人と人間が共に生き、暮らしている土地だとか」

「なんで脱したんだろ?」

「さあ、聞いただけですから……。もしかしたら何かあったのかもしれません。外の世界を見てみたかったとか、海の向こうに興味があった一家だったとか」


 ……あるいは、流刑地のような扱いをしていたか、商船や探査船の難破で帰る事が出来なくなったのを美化したか。

 そう思いはしたけれども、口にはしなかった。

 ネガティブシンキング、マイナス思考。

 口に出せば流石に場に宜しくないと思うものだし、そぐわないので黙るくらいは出来る。


「あ、髑髏草まであるなんて。今日はツイてますね」

「ど、髑髏草?」

「見た目は骨のように細いのに、枯れ木のように幾らか頑丈だからそう言われてるんです。それと、少し齧ってみてください」

「か、齧る? 大丈夫なのか?」

「大丈夫ですよ」


 まあ、マーガレットを疑っても仕方が無いので、言われたとおりに齧ってみる。

 パリポリと、軟骨よりは少し硬い食感。

 舌触りは少しザラザラしているが、ビーフジャーキーのような感じだ。

 だが……。


「ん!? 辛い! というか、んんッ!? いや、刺激が強すぎる!」

「はい。髑髏草は辛味をもった植物でして、こちらも使い方を間違えなければお料理に使えます。汁物や、粉末にして油料理に少しなじませて冬場には重宝するんです」

「かっ、齧っちゃったのは大丈夫な感じ?」

「はい。そのまま齧った場合は気付けになりますし、意識の無い傷病人が居たらとりあえずコレを口に放り込んで判断しろとも言われております」

「それ、刺激物を放り込んで反応が無ければ危ないっていうやつじゃ……」


 心配蘇生法等で肩を叩き声をぶつけると言うやり方を思い出さないでもない。

 そういえばどこかではアンモニアなどを用いて、それを嗅がせる事で無理やり覚醒させるとか聞いたことがあるな……。

 

「お口直しをしたいのであれば、竹茎があるのでそちらを齧ってください。あちらは中に甘い汁が入ってますので、辛味を忘れるには丁度いいですよ」

「え~っと、どれだ?」

「んとですね」


 マーガレットとワンちゃんのコンビは雪で色々なものが埋もれていても大活躍だった。

 ワンちゃんだけでなく、マーガレットも時折「あ、この匂いは……」と鼻をフンフンさせながらフラリと香草や薬草を見つけ出す。

 時には手袋を、時には小瓶に詰め込んだりしながらも、少なくは無い数を採取している。

 そして、彼女は傭兵の教えである「取り尽くすな、青いのを刈るな」というのを守っている。

 別に誰かに聞かされたわけじゃなく、お屋敷で教えてくれた人がそう言ってくれたのだろう。

 実に三時間ほど掛けて採取をしている傍らで、グウとお腹がなってしまう。

 お昼には早いが、食べた時間からすればそれなりに経過している時間帯だ。

 普段であれば何かしら口に放り込んでいるあたりだけれども、ワンちゃんが「にゃん」とマーガレットに向けて鳴いた。

 きっとそれが合図だったのだろう。

 ワンちゃんが場を整え、マーガレットがワンちゃんに背負わせていた荷物の中からお茶や軽食を出してくれる。

 

 一気にピクニックの場と化した森林の中、幾らかの鳥の鳴き声や自然の音をBGMにした。


「どうぞ。ミラノ様のように上手く淹れられるか自信はありませんが……」


 そう言ってマーガレットは、あの学園から離れてから久しぶりにみる簡易セットを取り出す。

 三脚にビーカーのような代物だが、コレはこれで手軽でいいと彼女たちは言ってたっけな……。

 プリドゥエン曰く”風情が無い”との事だが、それ以外では特に文句を言っていなかった気がする。


「寒いですし、時々こうやって魔法も使ってあげないと忘れそうで」


 と言うのは本人の言だ。

 マーガレットも魔法を使えるはずなのだが、ミラノたちに比べるとその雰囲気を感じさせない。

 どこにでも居るような普通な女の子に思えて、けれども時折こうやって思い出させてくれる。


「ヤクモ様のような、長時間保温できる入れ物があれば良かったのですが」

「あれは……あんまりそういう使い方をすると整備が大変だから……」

「?」


 自衛隊の水筒も幾らか保温機能はあるが、温かい物ならまだしも熱いものを入れれば性能や寿命を落とす事になるし、そう言う事を積み重ねていくと決して落とせない匂いまで染み付いてしまう。

 酒臭い水筒や、なぜか甘い匂いがする水筒を持った先輩などが居たが、アレは真似するなと補給から達せられている。

 ……水筒に焼酎を入れた猛者や、気分転換の為にカルピスを突っ込むとか、アホでしょ。


「それと、”サインドイッチ”を持ってきたんです。お肉にちょっと色々仕込んで、それで料理して挟んで……。お外じゃなければ、お肉の汁が出ててもうちょっと美味しかったかもしれません」

「これ、もしかしてさっき言ってた髑髏草?」

「はい、そうです。粉末状にしてお肉に塗してから焼いたんです。噛んだ時の匂いとかも焼くと飛ぶので、程よい辛味になってくれるんですよ?」

「まるで香辛料や調味料だなあ……」

「貴族や偉い人に草を振舞ったというと問題になりますから、少し知恵のある方々のちょっとしたお料理の工夫ですよ」


 まあ、木の根を食わされたとか言って、米兵と日本兵との間でイザコザがあったとか聞いたしな……。

 自国であれ他国であれ、変な醜聞を流されるくらいならちゃんとした物を使う事である種の牽制になるわけか。

 美味い物食べて、美味い美味いと薬草や香草に頼ってられるのも下々だけか……。

 周囲に「アイツ、草食ってるんだぜ?」とか言われるのは社会的ダメージがでかすぎるよな。


「そういや、お母さんとはどうだった? ちょっと投げっぱなしだったけど、うまくやれてる?」

「はい。父様も以前より幾らか元気になられたみたいで、領地にいたデルブルグ公爵家の兵士たちも帰っていきました。大分調子が悪かったみたいで、運営のお手伝いをしてくれてたので少し寂しいですが」

「……──」


 いや、たしか……辺境伯って、地味に中抜きしてませんでしたっけ?

 その理由と目的がオルバの亡き親父がかつてのテクノロジーを用いて行なっていたクローニングを利用して、奥さんを取り返せないかというものだったので責め辛い。

 公爵も確か嗅ぎ取っていたはずなので、たぶん体の良い監視と情報収集だったのだろう。

 ただ、そのことをぶちまけると「じゃあマーガレットの母親が帰ってきたのは間違いだったのか?」となってしまうので、流石に言えないが。


「母様は優しくしてくれます。お屋敷でも私が色々な事をしていたと聞いて、同じようにしてくれるんです。皆様は驚いていましたが、今では落ち着いています」

「そっか。なら……良かったかな」

「お屋敷に居る間は、色々な裁縫を教えて貰っていたんです。それと屋敷の方々からお料理や、薬草と香草についてももう少し色々学んで……。抱きしめてくれて、一緒に寝てくれて……」

「──……、」

「私は子としては、魔法の扱いが得意な訳でもなく、ごめんなさいって謝ったんです。けど、母様は『元気でいてくれれば、それで十分だから』と言ってくれました。私のいう事だけを静かに聴いてくれて、私がどうなのかは一切聞かないでそう言ってくれたんです。嬉しかったなあ……」


 そりゃそうだろうなあ。

 娘であるとはいっても、自分の話を聞いて、穿ったりしないでそのまま了承するとか。

 そう簡単に出来る事じゃないし、家がかかってるんだから尚更だと思う。

 

 ──  ……  ──


 なにか、あったような気がした。

 けれども思い出せないくらい、今は過去に蓋をしてしまっているような気がした。


「親子の仲が良好なら、それは良い事だと思う。ユニオン国のあの人も……悪い人じゃなかったし」

「あの人?」

「妹に良く似た子の父親で、ユニオン国の指導者なんだ。色々なすれ違いもあったけど、ユリアを大切にしてくれてるのは分かる」

「あの人、ですか?」

「あぁ、まあ。ユリアとシコリがあるのは分かるけど、最近は……大人しくて良い子をしてるんだ。それに、なんか……妹の記憶とゴッチャになってて、ユリアなのか妹なのか最近じゃ分からなくなって来てる」

「……嘘を吐いてたりしませんよね?」

「う、嘘ってなぜ? 嘘を吐く理由も意味も無いし、最近じゃ使いっ走りで部隊の新設の草案作りまでさせられてる。今は忙しいのか顔を見せないけど、自分の……頭の中に入ってる部隊の動きだとか、訓練だとか、そういったのを用いたいんだってさ」

「──ヤクモ様は将来的にユニオン国に行かれるんですか?」

「いや、当分は良いかな。思い切り暴れちゃったし、死者は出してないにしても相当恨まれてると思う。指揮官だけ落伍させたりとかやらかしたから、今頃責任の押し付け合いやなすり付けでゴタゴタしてるだろうし」

「どちらに行かれるとしても、これからはずっと傍に居ますから」


 マーガレットにそう言われてしまうと、心のささくれが痛む。

 けれども、少しばかり考えて……そう言えばと──告げねばならない事を思い出した。

 それはこの世界にとって自分がどのような存在で、この世界の住人たちが自分たちにとってどんな存在なのかを。

 無条件に好意的になってしまう事や、信じやすくなってしまうこと。

 天上人程じゃないにしても”命令”してしまうと、聞き入れやすくなってしまう事も自白した。

 それは……自分なりの懺悔や告解であった。

 あるいは、どこかでマーガレットとの距離を一定のままにしておきたかったのだと思う。

 

 しかし、彼女は──自分の”浅はかな溝”とやらを容易に乗り越えた。

 それでもと、私はヤクモ様を愛しますと。

 心が震えるのは当たり前だった。

 他人の不幸や事件を踏み台にしてその存在を誇示するしかない正義の味方や英雄。

 他人を”餌や踏み台にしている”という後ろめたさがあった。

 別に意図していないにしても、事実としてそうなっている。

 正義の味方や英雄は、他者の不幸を糧に生まれるのだから。


 潔癖症、完璧主義者、汚点の無い人物……。

 外交官たる父親の為に、検事を再び目指し始めた母親の為に、弟や妹の未来を潰さないように。

 言動も、一歩ずつでさえも……波風立てないように気をつけてきた。

 他人を踏み台にした栄光は、汚くないと言えない。

 汚くないという事は、綺麗ではないという事だ。

 そんな泥だらけの道に、彼女を歩かせたくは無かったが……踏み込んできたのだ。


「……自分が、もう少し見境と理性の無いヒトだったら、マーガレットを抱きしめて口付けでもしていたかもしれない場面だ」

「や、ヤクモ様がそうしたいのであれば……そうして頂いても大丈夫ですよ? 私は、そうして頂きたいと思ってます」

「いや、衝動に任せてそう言う事をしたくない。それに……この大きな子もマーガレットの家族だと言うのなら、コイツも食べさせて行かなきゃいけない。それに……見栄を張りたいんだ。それまで待たせるのは悪いけど、待っては……くれないかな?」

「──元々、私たちの約束は学園卒業までの約束でしたから。それに、そう思っていただけるのは嬉しいです」

「子供の頃から一緒なんだから、そこもちゃんとしてやらないといけないからなあ」


 軽率になれたなら、軽薄になれたなら……もっと人生は楽だったと思う。

 けれども、幼い頃から染み込んだ習性は抜けない。

 自分の利よりも、相手にどこまで与えられるのかを考えてしまう。

 マーガレットがどうしたら幸せになれるのか、マーガレットがどうしたら悲しまずにすむのか。

 マーガレットがどうあったら楽できるのか、マーガレットがどうあったら悩まずに済むのか。

 自分が幸せになるだけなら簡単だが、誰かと……皆と幸せになるのは一番難しい。

 それを目指し、そうしようとして……ミラノには、手を払われたのだが。


「そういえば、外套の匂いで辿ったって言ってたけど、良く……持ち出せたね。これって一応、代金と一緒に返したつもりだったけど」

「ヤクモ様の部屋は……あれから、誰も近寄ってないみたいでしたから。ミラノ様もアリア様も入ってないみたいで、カティア様やヘラ様、マリー様といった方々も立ち入ってないみたいで。私が入ったときには、もう部屋の清掃もされていませんでしたから」

「清掃も?」

「トウカ様がヤクモ様の部屋の清掃を担当していたみたいです。ヘラ様の一件があってから、出来る限り英霊の方々が来訪や滞在されても失礼の無いようにと、学園側からの配慮だそうです」

「……そんな事になってたのか」

「ただ、机に大きな穴が開いていたのが気になりましたが。何かあったのですか?」

「……ミラノが攫われた時に手紙を留める為に刃物が突き立てられてた。その名残だと思う。それを見て、学園を飛び出して、ミラノに拒絶されて……。戻ったら学園が襲撃された後だった。それからは少し休んで……そしたら公爵が植民地のようにユニオン国を属国扱いしようとして、英霊の望む世界じゃないだろって、自分に……俺に一声も無しに全部決めてた。だから全部ご破談にして、脅したから逃げ出して……。気がついたら転げ落ちてた」

「そうだったのですね……」

「今は新しい自分探しの旅の途中かな。主人が居なくなって、自由と言う不自由に放り出された今、何がしたくて、どう生きたいのかを手探りしながら生きてる感じ。まあ、傭兵家業は大分向いてるよ。結局……戦いや荒事の世界から抜け出せなかった」


 ミラノには散々「戦い以外のなにかを」とか言ってきたのに、結局抜け出せていない。

 生産者ではなく、非生産者として。

 魔物を危め、外れた人々を危め、自分だけじゃなく周囲のヒトをも危険に晒している。

 そして今となっては、自分のしてきた事のツケの清算から目をそむけていた。


「もっと、何か……良い方法はあったはずなんだけど──」

「──グルルルル」


 会話の途中、ワンちゃんが低い唸り声を上げる。

 先ほどまでは俺から食べ物を貰って満足そうにしていたのに、今では眉間に皺を寄せ瞳は鋭く尖っている様であった。

 何事だろうかと思っていると、俺の剣を咥えて寄越す。

 流石にソレを見て反応できない程じゃない。


「……マーガレットを頼む」

「にゃん……」


 クセで銃を抜こうとしてしまい、その手がブルブルと震えているのを握り締める。

 無理だ、出来ないと剣を抜くと同時に何かが飛んでくるのを見た。


「こなくそっ!!!」


 一、二、三と剣で叩き落す。

 その後で一斉に飛んできた物を、見えない風の障壁で防いだ。

 それらは投擲しやすいように幾らか改良されたナイフで、嫌らしくもギザっ刃や血抜き用の溝まであった。

 

「ガウッ!!!」

「ひゃっ!?」


 ワンちゃんはマーガレットの襟首を加えると、彼女を思い切り中空へと放り投げた。

 そして自身の背中に落とすと、これで動きやすくなったと言わんばかりに鼻息を荒くする。


「へっ、ざぁこ雑魚ぉ!!! 居るのは分かってるぞ? 五人だろ? バレてっかんなぁ!!!」


 防御したとは言え、視界にアクションマーカーが記された。

 それはFPSゲームで言う『痕跡』と同じで、誰かがダッシュしたり発砲すると居場所がその場所に示されると言う物と同じ原理だ。

 しかし、残念な事に攻撃をして来なかった連中の事は表示されない。

 プリドゥエンが居れば分身でUAVが出来たので更に精度の高い情報が得られたが、ソレは仕方が無い。

 居ないのだから、ソレを求めても仕方が無いのだ。


「出てこないと森ごと焼き尽くす。そうしたら焼けて死ぬしかないし、こっちはそれで弁明するから何ら痛くも痒くも無い。ど──」


 どうする?

 そう言い掛けて、目の前をワンちゃんの大きな身体が横へと通り抜けた。

 カキリという乾いた音、そして雪の上に落ちたのは自分が視認出来ない吹き矢だった。

 細く鋭いそれは矢やナイフよりも小さく、想像していなかった物なので全く反応できなかったのだ。


「悪い、助けられた」

「ガルウ」

「仕方が無い森ごと焼き払うか。マーガレット、口元を袖で覆って煙を吸わないようにするんだ」

「森を、焼くんですか?」

「それか、皆仲良く骸を晒すかだ。……テンコーミツルトコニワレハアリ……」


 ワザとらしい詠唱、魔法を使うだろうと言う誘い出し。

 それでどれだけ乗ってくれるだろうかと思ったら、上空と地上の同時攻撃で応じてくれた。


「死ねやぁぁああああ!!!!!」


 空の二人と地上の三名。

 同時に突っ込まれたら死ぬしかないが……。


「地上は任せた!」

「ガウッ!!!」


 任せられるものは任せてしまうことにする。

 空中なら魔法で何とかできるので、地上は覇者に任せてしまうことにした。

 無詠唱、空中に一人を固定してしまう。

 手と足を空中で空間へと固定してしまえば重力とは無関係に落下すら出来なくなる。

 落下してくるもう一人には剣で応じる事にした。

 振り下ろされる剣に対して横に寝かせた剣でとりあえず受ける。

 受けて……使っていた剣を手放してそのまま相手の胸倉を掴むと柔道の体落としの要領で、反転しながら相手を振り回して地面へと叩きつける。

 地面は雪だ、そんな物でダメージは無い。

 なので「仕方が無いな」と言ってカティアがかつて自分に掛けた睡眠魔法を使う事にした。

 確実性に掛けるのであれば気を失うまで殴り倒しても良かったが、直ぐにワンちゃんの増援に向かわなければならない。

 スリープと、顔面を掴んで掛けた魔法は直ぐに相手を眠りへと誘った。


「お、おい……」


 一人目が寝たことに、空中に縫い付けられているヤツがうろたえる。

 俺はゆっくりと自分の剣を拾うと、相手を見上げて笑みを浮かべる。


「はい、二人目いらっしゃ~い」

「うおぉぉお!?」


 視認出来る拘束具ではないので、どのタイミングで解除されるのかが分からない。

 ずっと力を篭めているのも無駄だが、相手が真下に居る以上は攻撃できるように備えなければならない。

 空中固定から開放した時に、腕から先に解放すると振り下ろした剣と固定されていた足を支点に相手は空振って一回転する。

 そして一回転した相手が地面にうつ伏せに落下して「ぐぇ」と言ったのを見届けて、顔を上げるのを待った。

 ……たぶん、相手も悟っていたのだろう。

 ソロリと顔を上げると、笑みを浮かべた俺と見合う。

 その相手の首を強く剣の柄頭で叩くと、目がグルリと白目になって雪に突っ伏した。


 さあ、ワンちゃんとマーガレットを助けるぞ!

 そう思って振り返ったところ、その必要すらない状態になっていた。


「ガルゥ」

「有難うね? ワンちゃん」

「っと、もう終わってた……」

「ガウッ!」


 三人の曲者を山のように積み重ね、その上に乗って勝利の遠吠えをしていた。

 マーガレットも荒事自体には幾らか慣れてるのか、途中で「きゃ~?」とか「ワンちゃん、待って!?」といった悲鳴のような物が聞こえていたが、結果は間逆であった。


「……想像を遥かに越える活躍だよ」

「ガウッ」

「頼もしいけど、あまりやりすぎると俺の出番がなくなるからさ、程ほどにな」


 近寄り、労おうとした。

 しかし、ワンちゃんは何かを感じ取ったかのように咄嗟に身を翻す。

 その反転に気を抜いていたであろうマーガレットは放り出され、それを辛うじて抱きとめた。


「だ、大丈夫か?」

「は、はい。なんとか……」


 見れば、ワンちゃんは駆けて森林へと突っ込んでいった。

 まだ何かあるのだろうか?

 主人を放り出すとは、かなりのものだが……。


「あの……」

「ん?」

「その、離していただけると有り難いのですが……」

「おっと!?」


 ワンちゃんの動向を見ていて、マーガレットを抱きしめたままなのを忘れていた。

 飛びのくように彼女から離れると、彼女は服装を叩いて整えたりしている。


「えっと……怪我は?」

「ワンちゃんが頑張ってくれましたから。それに、ヤクモ様が抱き留めて下さったので……」

「──そっか」

「はい」

「──……、」

「……──」


 咳払いをして、耐えられないムードを誤魔化す。

 マーガレットが頬を染めて少し俯いてしまい、どうして良いのか分からなくなってしまったからだ。

 ストレージからタイラップを出すと、全員を後ろ手で両親指を縛る。

 こうすると親指が使えない上に手自体も捻ったり出来ないのでヘタに手首を縛るより良いとか聞いたな……。

 そうやって意識のあるヤツは深く昏睡させ、縛り上げていく。

 覆面等をしていたが、それらを外すと全員が獣人で固められていた。


「……こりゃ、襲撃かな」

「そんな……」

「まあ、こういった事がこれからもあるからさ。出来ればマーガレットにも……傍に居て欲しくなかったんだ。何時どんな風に巻き込まれるか分からないし。守れるかどうか──」


 分からない。

 そう続けようとしたが、目の前にドサリと追加で落とされた男と眼が合う。

 意識はあるみたいだが、どうやらワンちゃんが突っ込んで連れてきたもう一人のようだ。


「……あ~、君には降参して衛兵に引き渡されるに当たって、危害を加えたりしない保障とソレを訴える権利がある。どうする?」


 ミランダ警告ではないけれども、念の為にソイツにそう尋ねておく。

 その男は背後に居るワンちゃんの存在を見て、目と目が合ったのだろう。

 コクコクと数度頷くと、念の為に拘束して無力化する事だけは伝えておいた。


 帰り道はとんだ大荷物が増えてしまい、ワンちゃんはその背中に縛り付けられた大の大人たちに辟易してずっと深い唸り声を上げていた。

 村に戻ると、どうやら一仕事終えた後なのか汗を幾らか流しているゾルと遭遇する。

 彼の姿を見て、幾らか安堵した。


「よう、キョーダイ。昨日のカワイコちゃんと……なんだ、そりゃ」


 ゾルはワンちゃんに括りつけられた襲撃者を見て顔色を変える。

 周囲を見て傭兵仲間に声をかけると、こちらに駆け寄ってきた。


「……襲われたんだよ。それで、今回はうまくやれたんだ」

「生きてるのか?」

「じゃ無かったら連れてこない。テレジアは見たかな? 出来れば引き渡したいんだけど……」

「任せとけよ。よし、お前はテレジアの姉ちゃんを呼んで来い」

「へい!」


 ゾルは事態を把握するとテキパキと声をかけた傭兵連中に指示を出す。

 帰り道は歩きだった事もあり、マーガレットが息を上げてしまっていたのがずっと気になっていた。


「なあ、ゾル?」

「んぁ、なんだよ」

「これって、証言とか必要かな? じゃないのなら、マーガレットを休ませてあげたいんだけど」

「あ、あぁ……そうだったな。だがダイチ、テメーは残れ」

「分かってる。ワンちゃん、マーガレットを頼むよ」

「にゃん……」

「ヤ……ダイチ様」

「大丈夫だって。ちょっと必要な事をしたら戻る、約束だ」


 ワンちゃんにマーガレットを託すと、彼女を背中に乗せるとワンちゃんは宿へと向かっていく。

 可哀想に、アリアよりも体力は無いのだろう。

 冬の寒い中、吐息だけで周囲を深く曇らせていた。

 彼女を見送ると、深いため息を吐いて捕縛した連中を纏め上げる。


「ひ~ふ~み~……六人か。よくもまあ六人相手に気を失わせるだけで無力化できたな?」

「四人はワンちゃんがやってくれたんだ。俺……いや、自分は二人を倒したくらいで、加勢しようとしたらもう三人は倒れてた」

「ほぉん……。素直に言うねえ」

「嘘をついたとき、それが後に自分だけじゃなくて周囲を苦しめるって分かってるしね。それに、背伸びをした所でそれで自分が死ぬだけじゃなくて期待した誰かも傷つけたりするくらいなら素直の方が良い」

「ほんっと、ツアル皇国の連中みたいなヤツだな。美徳ってやつか?」

「いや、どうかな。嘘をついても為にならないってだけだと思う」


 ゾルと捕らえた面々を並べていると、テレサがこちらにやってくる。

 幾らか必死そうな表情で、ソレはまるで心配している顔のようにも見えた。


「よっ、カワイコちゃん。オレたちのダイチがまたやってくれたぜ」

「きっ、キミ! 大丈夫? 怪我してない!?」

「自分は大丈夫だけど……」

「ホントに? 強がったり、心配させないために嘘ついたりしてない?」


 ぺたぺたと腕やら身体やらを触りだすテレサ。

 負傷していれば痛みや血が滲み出したりもするが、そもそも負傷していないのだ。


「あ~、カワイコちゃん。ダイチのヤツは怪我一つしてないみたいだぜ? 血の匂いがしやがらネェ」

「……一緒の子は?」

「先に宿に返したんだと。歩き疲れてるみたいで、可哀想だから先に帰らせても良いかってダイチから言われて、それはオレが認めた」

「よかったぁ~……」


 心のそこからそう言っているように見えて、彼女はぺたりとその場で座り込んでしまった。

 おいおい、雪の上だぞと慌てて引き起こす。

 それから彼女は数秒ほど呆けていたが、理性や思考の歯車が噛み合って来た様であった。


「とりあえずキミ達はそこの人たちを組合の懲罰房に入れておいて。あとで提示するけど、見張りと監視をするのなら特別報酬出すから」


 その言葉で、六人を見張っていた数名は喜んでタナボタを受け入れた。

 決して安くない金額なんだろうなあと思いながら、テレサとゾルだけが残される。

 そして宿まで戻ると、事情聴取のように全てを根掘り葉掘り聞き出される。

 マーガレットは落ち着いたようで、彼女もまたワンちゃんの通訳を含めて参加していた。


「とりあえずキミの言い分とそちらの一人と一匹の証言も書き留めたから。またなにか聞きに来るかもしれないし、呼び出すかもしれないけどその時は宜しくね?」

「あの六人はどうなるんだ?」

「別に大した事はしないわ。暫くは拘束して、裏が分かるまでか上が引き渡してくれって言うまでは拘留するだけ」

「けど、懲罰房って……」

「あれはウチで仕事を請けている連中が何かをやっちゃった時に反省させたり引き渡すまでの間に閉じ込めておく特殊な牢ってだけ。別に虐待も拷問もしないし、何も吐かないと言うのならただ引き渡されてどこかに行くだけだから安心して。それとも、そうしたほうが良い?」

「──いや、いいよ。自分は以前連中に言ったんだ。非があるのは認めるけど、こちらにも言い分はあるって。だから話し合いが出来るのならそうしたいって思ってはいるんだけど……たしか、この国の王子なんだっけなぁ」

「それじゃ難しいかもしれないわね」


 相手が並大抵の相手なら、追っ手や襲撃者をコテコテにする事で「次はお前だけど、どうする?」と言う意味で話し合いを持ちかければ何らかの反応はあるはず。

 しかし、王族となると話は違う。

 認めないだろうし、むしろ躍起になって殺しに来るかもしれない。

 今はまだ大事にはなっていないけれども、いつかは堂々と兵士や傭兵を用いて罪人のように追い立てられるかもしれないのだ。


「なあ、一つ聞いてもいいか?」

「ゾルさん、どうかしたのかしら?」

「いや、一つ気になったんだが。カワイコちゃんが監視する理由になった襲撃とその相手を全員ブッ殺したってのがホントだとして。なんで今回は傷つけなかったんだ? ワンちゃんが居るにしても、そっちの方が楽だったろ?」

「あの時自分は……俺は、生死の境目を彷徨ってたんだ。目を覚ましたら俺を守るために二人が頑張ってくれてたんだけど、多勢に無勢で……一人は大怪我をして横たわってた。それで、もう一人は……辱められてた。それを見た瞬間、我を忘れてた。それで気がついたら血だらけで、全員死んでた。けど、今回は……意識があったし、理性もあった。どうしようもないヤツなら仕方が無いけど、出来れば人は死なない方が良いに決まってる。だからそうした」

「──そうか」


 ゾルは俺の……自分の肩を叩くと部屋を出て行こうとする。


「オレは先にアイツらをちょっと見ておくぜ。カワイコちゃんも、ここでの用事が済んだら早めに来てくれよな」

「ええ、分かったわ」


 ゾルが去った後、テレサは暫く迷っていた。

 その理由は分からないが、深いため息を吐く。


「ほんっと、キミは……」

「自分のせいじゃないだろ」

「約束はしてあげられないけど、最善は尽くすわ。マーガレットさんも、一人で出歩いたりしない事。分かったかしら?」

「は、はい」

「ガルゥ」

「ワンちゃんが任せろ~って行ってます」

「ふふ、良い子ね。それじゃ、今日はもう出ない事。出るときは絶対一言いう事」

「うい」

「わ・か・り・ま・し・た・か・?」

「Jawohl, jawohl!!!《分かった、分かりました!!!》」


 気の無い自動返答を見抜かれ、耳を引っ張られる。

 さっさと降参して、分かりましたと叫び倒して懇願するしかなかった。

 テレサは「お願いね、ワンちゃん」と言って撫でて出て行く。

 ソレに対して「にゃん」と言うあたり、男女差別が酷すぎやしないだろうか?

 それとも、自分にだけ威圧的なのかもしれないが。


「ごめんな、マーガレット。巻き込んじゃって」

「いえ、少しはお役に立てたでしょうか?」

「ワンちゃんが居て、凄く助かった……。一人だったら全員……生かすのは難しかったかもしれない。そうじゃなくても、無傷で終わったとは思えなかったし」

「ガウ」

「当たり前のことをしただけ~って言ってますよ」

「……そっか」

「──お茶、飲みましょうか」

「そうだな」


 結局、あのひと時も途中で邪魔されてしまった。

 しかし、それでも良かったと思っている。

 一度痛い目に合って脅迫までされたが、そんな相手を四人も相手にしてマーガレットに傷一つ負わせていないワンちゃんという存在。

 自分が何とかしなきゃと、あまり考えずに居られると言うのは気楽でいいと思う。

 あとはゾルやテレサがとっ捕まえた六人を尋問したりして、幾らかは情報が握れるかもしれない。

 そうじゃなくても、後手後手の策としては全部撃退して対話や会話の席に着けと言うメッセージを添えて帰らせまくると言うのも意味がある。

 何なら相手が指定した場所・時間・人数・状態にある程度は従うつもりですらある。

 それでも駄目だと言うのなら徹底抗戦をして、その上でヘルマン国を逃げ出すしかない。


「はい、どうぞ」

「ありがとう」

「緊張を解くためのお茶です。少し眠くなるかもしれませんが、そしたら横になって休まれたり、あるいは気付けの為に髑髏草を齧ってください」

「……いや、休むよ。悪いけどワンちゃん、寝てる間に何かあったら容赦なく起こしてくれるか? 流石に昼間に動くとは思いたくは無いけど……」

「ガウッ」


 マーガレットの出してくれたお茶を飲んで、一息つく。

 そして落ち着いてくると、幾らか眠くなってきた。

 それはマーガレットたちと会うまで、幾らか忘れていた物だった。

 不幸に酔い、失敗を何度も脳内で繰り返し、嘆きの涙で杯を満たしては再びそれで酔いしれる。

 そんな事を繰り返してきたのに、幾らか……今はマシだ。


「そういえばヤクモ様」

「ん?」

「また”俺”って、仰ってましたね。それに、言葉遣いも学園に居た時みたいで、格好良かったです」

「……言ってたかな、俺って」

「はい」


 ダメだ、全く思い出せない。

 よく叱られたよな、あまり集中しすぎると周りが見えなくなるから冷静になれって。

 熱血の気は無いんだけど、むしろクール気取りなつもりなんだけどなあ。

 どちらにせよ痛い人か……。


「なんで……俺って言わなくなっちゃったんですか?」

「……さあ、なんでだろうなあ」


 理由は分かってる、けれども”意味が分からない”のだ。

 自衛官としての自分を失ったことで”俺”を失い、個人としての”自分”が帰ってきただけの話なのだが。

 

「いつかまた、俺って言える自分に戻れると良いですね」

「そう、なれるといいなぁ……」

「なれますよ。だって、今まではもっと大変な事を成し遂げてきたじゃないですか。なら、一度や二度、三度や四度……何度だって、生きていれば失敗も挫折もあると思います。沢山の失敗をしてきた私が言うんですから、間違いないですよ」

「そうかな」

「はい」


 マーガレットの何の迷いも見せない肯定に、自分は少し恥ずかしくなってしまう。

 少なくとも、彼女の中では見えているのだ。

 トウカやプリドゥエンを追い込んだ自分が、再び自分の服を着て銃を手にして皆の前に立つところを。

 何らかの折り合いをつけ、あるいは乗り越えて再び自衛官の誇りを傍にしてかざせるように。


「ただ、私はたとえそうならなかったとしても、ヤクモ様のお傍を離れたりはしません。どんな場所にも、ずっと……着いていきます」


 それは告白かな? 愛のプロポーズかな?

 そんな事を思っていると薄い壁がドンドンドン! と叩かれ「うるせー!!!」と喚かれてしまう。

 しまった、やばい。

 自衛隊生活が長すぎたせいでプライバシーなんて無い物と思いすぎて、配慮を忘れていた。


「──……、」


 そして、マーガレットはマーガレットで隣の人に聞かれていたことも含めて真っ赤になってしまうし。

 ワンちゃんはワンちゃんで何かしら興奮したのか、手を噛んで来るし……。





 人生って、うまくいかねえもんだなあ!

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